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12『ついには王様が、国を差し出して、結婚を申し込んできました』

**



男たちは我先にと、競うようにして行動を始めた。

アリアネルの美貌と、瞳の魔法を前に、彼らは既に正気を失っていた。

アリアネルの願いを叶えるために、アリアネルを我がものとするために、男たちは脇目もふらず奔走した。

ほどなくしてアリアネルのもとに吉報が届いた。

それは王宮への、召喚状だった。


「アリアネル……」


玉座から身を乗り出した現国王、クレイ・アーバスノットは、声を大きく震わせた。

「お、お前、なぜ……」

顔を伏せたアリアネルは、周囲に気取られないよう、音も動作もなく深呼吸をした。


(だいじょうぶ。わたしはもう、ただ人の手で転がされるだけの宝石じゃない)


「どうしてお前がここにいるんだ……?」

問われたアリアネルは、わずかに顔をあげ、目を伏せたまま、相対するクレイを眺めた。

数年前国王が急逝し、若くしてその座を継いだクレイは、美丈夫ではあるが、まだ青二才といった風体が抜けていない。

アリアネルと対面し動揺する姿には、まるで威厳が感じられない。むしろアリアネルの記憶にあるクレイより幼く感じられるほどだった。

(……ああ、私は、こんな人になにを怯えることがあったんだろう)

臣下や貴族たちも多く同席するこの謁見の間で、国王が取り乱す様は、いっそ哀れでさえあった。

(うん。怖いことなんか、なにもない)

アリアネルは背筋を伸ばし、大きく目を開いて、まっすぐにクレイを見つめた。


「お呼びいただいたので、参上いたしました」


アリアネルはそう言って、微笑みを浮かべた。

ただ美しいだけではない。蠱惑的な、抗いがたい求心力を持ったその笑みに、クレイはもちろん、その後方に控える王太后と王妃も、思わず息を飲む。

目の前にいるのは、確かにアリアネル・ガーデンだった。

しかし彼らが知る12歳のアリアネルとは別人だった。その圧倒的な美貌はさらに磨きがかけられている。幼さが抜け、成熟した女性として成長した彼女は、もはやただの宝玉ではなかった。

庇護欲とともに情欲をかきたてる、夜の蝶であり、輝く満月であり、咲き誇る月下美人だった。

どれだけ美辞麗句を連ねても及びつかない、それでいてひどく艶めかしくもある存在だった。


(……?まだ魔法を使ったつもりはないけど……?)


アリアネルは身構えた。

言葉を失い、微動だにしないクレイの顔からは、完全に表情が抜け落ちている。

アリアネルは彼がなにか画策しているのだろうと思ったが、実際の所、クレイはただひどく混乱しているだけだった。

それも当然だろう。

アリアネル・ガーデンは、10年前、たしかに死んだはずだった。

クレイ自身の手で完膚なきまでに叩きのめし、樹海の奥深くに捨てたはずだった。

助かる見込みはなかった。それにアリアネルは、目を焼いていた。視力を失い、顔にも大きな傷が残っていた。

それがどうしたことか、今目の前にいるアリアネルは、確かに生きている。

傷跡ひとつない顔で。色合いは変わっているが同じ目を、この世に二つとないはずの宝石を持って、目の前に佇んでいる。

「なぜだ」

クレイは三度、問う。

「お前は、死んだのではなかったか」

アリアネルは笑みを讃えたまま答える。

「ご覧の通り、生きておりました」

アリアネルは優雅に膝を折った。

身にまとったドレスは、まるで喪服のような地味で暗い色合いのものだったが、整った容姿を引き立てるにはこれ以上ない代物だった。

どれだけ豪勢なドレスも、装飾品も、アリアネルが纏うとかすんでしまう。

なにも飾らない方が、彼女の魅力は最大限に引き出されるのだ。

「ま、魔女め……」

そんなアリアネルとは対照的に、豪奢なドレスと装飾品で全身を包んだ王太后は、忌々し気に呟いた。

「呪いを振りまく悪女め……お前の目論見はわかっているぞ」

「目論見?なんのことでしょう?私はただ、呼ばれたので参っただけですけれど」

「よくもまあぬけぬけと……。お前が呼ぶように仕向けたんだろう!」

王太后の恫喝に、アリアネルはお察しがよろしいですね、と余裕たっぷりに返す。

「こうでもしなければ、今や下賤の身となった私では、王宮に足を踏み入れることもできませんでしたから」

アリアネルが王宮を去って間もなく、ガーデン家は廃嫡された。

「下賤の身である自覚があるならば、今すぐこの場を立ち去れ!」

いきり立つ王太后を、それまで黙って成り行きを見守っていた貴族たちが、慌てて宥める。

「お待ちください、陛下!」

「彼女は我々の代表としてやってきたのですぞ」

「民の嘆願を無下にするおつもりですか?」

少なくないその数に、王太后は驚き、怯む。

そう、アリアネルは彼らの手引きによって、国王への嘆願を許されたのだ。


王宮の宝石を手に入れたい。

そんなアリアネルの願いを受けた貴族たちは結託し、王宮に直訴した。この王宮のどこかにある宝石をどうか譲ってほしい、と。それが手に入るのであれば、爵位や領地の返還さえ厭わない、と。

王宮は貴族たちから山のように送られてくる、正気とは思えないその願い出に困惑した。

彼らのいう宝石がなんのことかさっぱりわからなかったのだ。

そんなものは存在しない、不敬である、といくら跳ね返しても、貴族たちは諦めない。しまいには民の一部からも、同様の請願があげられる始末で、これはただ事ではない、と王宮は調査を開始した。

そして原因である一人の女性にたどり着く。


男たちはみな、たった一人の女性の願いを叶えるためだけに、すべてを投げ出そうとしていたのだ。


彼女の願いを叶えたものが、彼女を手にすることができる。

女性の美しさは天上のもので、それを手にするためならば、なにを失っても惜しくはない。

調査に出た臣下でさえも、アリアネルにすっかり心酔し、他の男たちと同じような請願をする始末だった。

こうなれば元凶を問いただす他ない、と、ついにアリアネルは王宮に召喚を命じられた。


そして王宮は激震に震える。


国王と王太后はもちろん、王宮にはアリアネルの顔を知る者が数多くいた。

アリアネルは10年前、病死したと発表されていた。

一族が途絶えたガーデン家は取り潰され、彼女の存在は人びとの記憶に残るばかりだったが、未だに稀代の宝石令嬢の逸話は耐えていなかった。

アリアネルは、忘れ得ぬ存在だった。

特にアリアネルに執心していたクレイは、はじめこそ奇跡の再会に我を失っていたが、次第にその瞳に炎を宿していった。

強烈な渇望が、彼の中で渦巻き始める。

もう二度と目にすることのできないはずだった宝石が、再び目の前に現れたのだ。

今度こそ絶対に逃さない。

必ず、手に入れる。

10年ぶりに芽生えた欲望は、クレイの頭を研ぎ澄ました。

獲物を前にした狩人のように、冴え切った頭で、クレイは動き出した。

「母上、彼らの言うことはもっともです」

眉を吊り上げる王太后に、クレイはそっと耳打ちする。

「いま帰すのは得策ではありません。アレの真意を明らかにしなければ」

クレイの言うことはもっともだった。

ここでアリアネルを帰しても、貴族たちの腹はおさまらないだろう。

息子の正論を受け、王太后は顔を顰めたまま口を噤む。

「さて、それではアリアネル。君の話を聞こう」

クレイは威厳たっぷりに言った。

先ほどまでの狼狽は微塵もかんじさせない、堂々とした態度に、アリアネルは驚くが、しかし飲まれてはいけないと自分に言い聞かせ、余裕の笑みを浮かべたまま答える。

「お願いがあります」

「それはわかっている。だがその前に、君には説明しなければならないことがあるだろう」

「……この瞳のことでしょうか」

「いや、すべてだ」

クレイは玉座にゆっくりと腰を下ろした。

「10年前、ガーデン家は暴漢に襲われた。君は王宮に引き取られたが、家族を失ったショックで正気を失い、自らその顔を焼いてしまった」

クレイの言葉に、ざわめきが起こる。

アリアネルが王宮でその顔を焼いたことは、箝口令が布かれ、ごく一部の者しか知らなかったのだ。

クレイはアリアネルが表情を変えないことを確かめ、続ける。

「君は一命をとりとめたが、その両目は潰れ、顔にはひどい傷痕が残った。私はそんなきみとの婚約をやむなく解消し、君を療養地へ送った。……そうだな?」

クレイは嘘をついた。

自身の行いを隠し、あくまでアリアネルの面倒を見ていた、という呈を取りつくろおうとしていた。

アリアネルは笑みをわずかに深くして、その嘘に乗った。

「はい。国王陛下には深く感謝しております。当時のご恩を忘れたことは、一度もありません」

アリアネルの皮肉を、国王も笑顔で受け流す。

「よい。過ぎたことだ。……しかし問題はその後だ。君はしばらくして療養地から姿を消してしまった。そして今日、君は再び現れた。癒えるはずのない傷を癒し、失ったはずの両目を取り戻した状態で」

クレイはアリアネルを見下し、命じる。

「説明しろ。今までどこにいたのか、その顔は、一体どうしたのか」

アリアネルはクレイの威圧に屈せず、胸をはって答える。


「私は魔法使いに助けられました」


アリアネルは嘘をつかなかった。

本当のことだけを、話して聞かせた。


「心と身体に深い傷を負い、死のうとしていました。そんな私を、彼が助けてくれたのです」「私は彼と10年間、ともに暮らしました」

「けれどある日、彼は動かなくなってしまいました」

「死んだのではありません。目の見えない私はそのときまで気付かなったのですが、彼の身体は木と泥でできた人形でした。それは彼にとって借り物の身体で、本当の彼は、この王宮の中に、数百年から封じられているというのです」

「借り物の身体が限界を迎えた彼は、最後に私に魔法をかけてくれました」

「彼の魔法で、私の傷は癒えました」

「また彼は私に、自身の瞳を与えてくれました」

「私は彼のおかげで、この顔と、光を、取り戻すことができたのです」

「それなのに私は、彼にお礼のひとつも伝えられていません」

「私は、私に新しい人生を与えてくれた彼に、自由を与えてあげたいのです」


「私の望みは、彼を解放してもらうことです」


「どうかお願いです。彼はこの王宮のどこかにいます。探し出してください。外に出してあげてください」

「それが私の目的です」

「私の、ただひとつの望みです」



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