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 佐々木の姿が見えなくなると、茶太郎がリュックの中でごそごそ動きだした。

 頭でぐいぐいチャックを押し開けると、ぴょんと中から飛び出す。

 危うげなく着地すると、それまで黙っていたのが嘘のように尊大な態度に戻った。

「及第点だな」

「佐々木さんが泣き出した時はどうしようかと思ったけど、なんとかなって良かったよ」

 事態はどうにか解決したが、一つ疑問が残っていた。

「結局取材ってなんだったの?」

 佐々木のことを取材対象だと言っていたが、はるひがしたことといえば彼女の愚痴を聞いたくらいだ。

 取材といえるようなことは一つもしていない。

「聞いただろうが」

「何を?」

「佐々木の話を散々聞いただろうが」

 愚痴を聞いたから何だというのだろう。取材と愚痴がはるひの中では繋がらない。

「だから、それでいいのだ」

「愚痴を聞くのが取材?」

 ちっとも理解出来ないが、小説の取材とはそういうものなのだろうか。

「愚痴ではない。悩みと言え悩みと」

「それくらいなら私にもなんとかなるのかなあ」

 取材と言われると何だか小難しい気がするが、話を聞くだけなら出来そうだ。今回だってなんとかなったし。

「うぬぼれるでない。お前だけの力でここまで話が上手く運ぶわけがないだろう」

「……どういうこと?」

 佐々木の傷の手当てをしたのも、カラオケに連れていったのも、話を聞いたのも全てはるひだ。

 茶太郎は何もしていない。

「佐々木は、つい、電話を切り。つい、泣き出し。つい、初対面の相手に愚痴をこぼした。だから、そういうことだ」

 そういうことだと言われても、さっぱりだ。

「分かるように説明してよ」

「榊様よりご加護を授かったと言ったであろう。全て榊様のお力だ」

「よく分からないけど……、佐々木さんが転んだのも榊様のせいってこと?」

 もしそうなら、榊に抗議しなければならない。だって、とても痛そうだったのだ。

「馬鹿もの。榊様が人に害を及ばすようなことを為さるはずがない。我らがいてもいなくても、佐々木はあそこで転倒していた」

「ならいいけど……」

「取材対象はだな、はるひ。お前の側にいると、榊様のお力の影響で気が緩みやすくなるのだ。普段だったら我慢出来たことを、ついしてしまう。勿論、悪心を持つ者はこの限りではない。あくまでも悩みを持つ善良な者のみが、榊様の影響を受けるのだ」

 本当に都合よく出来てるな、とはるひは関心した。

「ふうん。それでこの後はどうすればいいの?」

「本当に話を理解したのか……?」

「分かった分かった。榊様は凄いんだねえ」

 深く考えたって仕方ないのだ。それよりもこの後どうするかの方が気になる。

「……まあ、いい。今日はもう帰っていいぞ、社へは明日行く」

「いいの?」

「夕方に、人は社に近づかぬ方が良いからな」

 時間を確認してみるとまだ十五時だった。夕方というほど遅い時間でもない。

 問題ないのではと思ったが、茶太郎がいつもより怖い雰囲気だったので、言われた通りに帰宅することにした。

 家に着くと玄関に鍵がかかっていた。どうやら母親は買い物にでも行っているらしい。

 好都合だと思い、冷蔵庫からペットボトルの水だけもらってその日はもう部屋から出ないことにした。

 昼ご飯がいつもより遅めだったので、夕飯を食べずとも眠ってしまえば大丈夫だろう。眠っていれば母親や父親が自分を呼ぶ声が聞こえても罪悪感を覚えなくて済む。

 茶太郎が榊の元に戻らず家までついてきたので、その日はふわふわの毛玉を抱きしめて眠った。


 自覚はなかったが、慣れないことをして疲れていたのだろう。夕方に眠りについたのに、朝までぐっすり熟睡した。

 カーテンの隙間から差し込む光に目を細めながらスマートフォンのアラームを止める。ロック画面の表示を見ると土曜日だった。

 最近、曜日感覚が曖昧で、休日が来るたびに日にちが簡単に過ぎていることに驚いている気がする。

 熟睡したのでしっかり頭は目覚めていたのだが、肌寒かったのでもう一度布団にもぐり込んだ。

 今日が土曜日で安心した。だって学校に行かなくてもいい。

 安堵から布団の中で身体を伸ばすと、左手がもふりと柔らかいものに触れた。

「……茶太郎、なんでいるの」

 布団から飛び起きもふもふの主を持ちあげると、昨日行動を共にしたポメラニアンがそこにいた。

「自分で連れて来ておきながら何を言っておる」

 訝しげに茶太郎がこちらを見ているが、はるひからすれば今それどころではない。

「え? 嘘? なんで? ……夢、じゃ、なかったの?」

 茶太郎は大きく口を開けて唖然とした。

「はるひお前、妙に途中から疑問を差し挟まずに行動すると思っていたが」

「だって夢じゃなかったら犬が喋るなんておかしいじゃん!」

「今更だな!」

 どうやって入り込んだのか分からない本で埋め尽くされた部屋も、喋るポメラニアンも、部屋の敷居から一歩踏み出せば林の中だったことも、夢だと思っていたからはるひも途中から大して気にせずに受け入れていたのだ。

 それなのに、その全部が現実? とてもじゃないけれど信じられない。

 はるひは夢だと確認するために、ないはずの連絡先を検索しようとした。前までは毎日何回も見ていた緑色の背景が画面いっぱいに表示される。

 昨日は、検索するまでもなくスマートフォンの中に存在していた。

 佐々木美咲からメッセージが届いていたからだ。

『今日はありがとう、なんとかなりました。』

 メッセージのあとに、うさぎのキャラクターが、ありがとう! とハートを渡すスタンプも送信されている。

「良かった……」

 佐々木がクビにならずにほっとしたが、今直面している問題はそこではなかった。

「……夢じゃ、ない」

「はるひ……お前……本当の阿呆だったのだな……」

 可哀想なものでも見る目をした茶太郎に、この時ばかりは心の中でも言い返せなかった。

まったり週末に更新していくので最後までお付き合いいただけたら嬉しいです

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