エピローグ
ふわりと風が前髪を持ちあげる。
コートを着なくなった両肩はとても軽い。手櫛で髪の毛を整えていると、手の甲に軽い感触があった。
頭の上に持っていった手を下ろすと、どこから飛んできたのか桜の花びらが一枚のっていた。
もう、すっかり春だ。
昨日は高校の終業式だった。今日からは春休みだ。
あの日、学校に行ったはるひを萌たちは謝罪と共に盛大に迎えてくれた。
朱里が言っていたように萌も優香も未来も反省していて、はるひの姿を見た途端、目に涙を浮かべながら謝ってきた。
萌なんかは泣きすぎてアイメイクは崩れているし、鼻水もちょっと出ていて、気が抜けたはるひは笑いながら三人の謝罪を受け入れた。もう誰にもこんなことはしないでねと釘をさして。
朱里とは、放課後の美術室で二人きりで話をした。
幽霊部員の多い美術部は活動日以外に美術室に来る部員は朱里しかいない。大事な話をするにはぴったりの場所だ。
開口一番ごめんと口にした彼女に、気持ちに気づかなくてごめんなさいと謝罪し返すと、謝らないでと言ってぼろぼろ泣きだした。
しゃくりあげながら泣いて嗚咽でもう喋れそうにない様子だったので、実ははるひだって朱里を羨ましく思っていたのだと告げてみた。
驚きに見開かれた目からぽろりと一筋涙が流れた瞬間を、はるひはきっとこれから先もずっと覚えているだろう。
はるひが学校に行かない間に朱里は萌たちと一緒に行動するのを止めていた。
話してみたうえで、やっぱり萌たちとはどうしてもテンションであったり、色々と馬が合わないそうだ。それは、朱里が劣っているわけでもなければ、萌たちが悪いわけでもない。純粋に相性の問題だ。
今まで相当無理させていたことに改めて気づいて再び朱里に謝った。だが、その謝罪は
彼女をまた怒らせた。
色々と正直に話してくれるようになった朱里は、はるひと考え方が異なるポイントが山程あって中々に難しい。
だけどはるひはそんな朱里のことが大好きだ。朱里も、はるひのことは好きだと言ってくれた。だからそれでいいのだと思う。
佐々木とはたまにメッセージのやり取りをしている。嫌なこともあるけれど、今日もどうにか働いているそうだ。年度末決算が終わったら食事に行こうと誘いがあったのだが、年度末決算ってなんだろう。会った時にでも聞いてみようと思う。
路地を曲がると大地と会った近所の公園の桜が満開になっているのが見えた。先程手の甲に落ちてきた桜の花びらはここから飛んできたのだろう。
ざあっと強く吹いた風が、桜の花びらを空に散らす。
空はぬけるような綺麗な青空で、桜の白と薄紅が映えて可愛らしくも美しい。
あれ以来、大地は部活に行くようになったのか夕方のジャングルジムから姿を消した。
またな。と言ったわりに彼は姿を現さない。近所のようだからその内会うこともあるだろうと思うのだが、元気にしているのか少し気になる。
彼なら、きっと大丈夫だろうとは思うけれど。
大通りに出ると休日だからか、人通りが一気に増えた。
二度寝もせずに春休み初日の午前中から出かけているのは、榊の社に行くためだ。
学校に行った翌日に報告に向かったのを最後に、締切があるからとしばらく社出禁を言い渡されたので会うのは久しぶりだ。
事の顛末を聞くだけ聞いて、榊は終業式までは学校生活――特に休んでいた間の勉強をちゃんとするようにと言ってはるひを社から追い出した。書斎が一日で驚くほど荒れていたので恐らくすでに執筆作業が大変だったのかもしれない。
一ヶ月ほど社に行けていないが、茶太郎やシロはたまにふらっとはるひに会いに来ていた。
会うたびに元気なのか勉強はちゃんとやっているのか聞いてくるので、まるで親戚のおじさんおばさんのようだ。ちなみに一回口に出したら茶太郎のお説教は二倍になった。
最近ますます口煩さがパワーアップしている気がする。シロはどちらかというと放任なところがあるので対比で茶太郎のお小言が多く感じる。
きゃんきゃん怒っている姿も可愛いのでいいのだが、たまにえいっと箱をかぶせたくなる時がある。絶対ものすごく怒られるだろうからやらないが。
学校に行くようになると毎日めまぐるしい変化が起きる。
朝、起きて。ご飯を食べて支度をして、登校して、授業を受けて、休み時間に雑談して、下校して、夕飯を食べてお風呂に入って、眠る。
毎日同じことを繰り返していても、家の中に閉じこもって一人でいる一日と、外に出て誰かと過ごす一日は違った。
一人でいても、人は変わることが出来ない。誰かの影響があってはじめて変化は起きるものなのだろう。
さわさわと揺れる木々の音が聞こえる。今日は、祠に向かう前に常世思金神社で参拝していくつもりだ。姿を見たことも話したこともないが、榊たちとの縁を繋いでくれたのはオモイカネのようだから、感謝を伝えようと思ったのだ。
鳥居をくぐると境内でも桜が咲いていた。
神社の桜は年季を感じるどっしりとした木が多い。せっかく綺麗に咲いた桜がここにいるのだし、茶太郎とシロと、了承してもらえるなら榊も一緒にお花見してもいいなと、楽しみに心をはずませながら足を進めた。
暖かな一陣の風が背中を押すように吹きぬけていく。
セミロングの髪の毛が風にのるのを目で追いかけると、思いもよらない光景が飛び込んできた。
じんわりと滲んでいく視界に、佳乃が和泉と手を繋いで参道をこちらに向かって歩いて来るのが見える。
やわらかく散る花吹雪が祝福するように彼女たちを迎えていた。
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