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「誰かが、私の背中を押した?」
はるひは問うように榊に視線を向けた。
「そうだ」
「茶太郎じゃないよね?」
膝の上を見るとふるふる首を横に振られた。当たり前だ。あの日、茶太郎もシロも見知らぬ人間が飛び込んで来たことに驚いた様子だった。
「じゃあ、榊様ですか?」
榊もまた首を横に振る。
「お前の背を押したのはオモイカネ様だ」
「オモイカネ様……? なんか聞き覚えがあるような」
「はるひ! お前の記憶力はどうなっておるのだ! 鶏なのか!」
てしてし肉球で膝が叩かれる。
「初詣には参拝していると言っていただろう! オモイカネ様とは、常世思金神社の祭神であらせられる思金神のことだ!」
「……読み方を今知りました」
榊からも、茶太郎とシロからも目をそらす。だって仕方ないだろう、神社だの神様だのどれもこれも難しいのだ読み方が。
「はるひお前……勉学は大丈夫なのか……?」
本気のトーンだった。とうとうポメラニアンに本気で学力を心配されてしまった。
北高の偏差値は高くはないが低くもない。その中ではるひの成績は中の上辺りなので、そこまで成績が悪いわけではないのだが、言っても信じてもらえなさそうだ。
「オモイカネ様がお前をここに呼んだ」
こちらのやり取りを気にせずに榊は話を続けた。内容が理解出来ずにきょとんとしていると、説明を重ねていく。
「お前が壊した鏡はオモイカネ様より賜ったものだ」
古事記や日本書紀に記述があるが、思金神は天照大御神が岩戸に隠れた際に天照を岩戸から外に出すための妙案を考えた知恵の神で、八咫鏡をつくらせたのも思金神だそうだ。
「あの鏡は、常世思金神社に参拝した人間の祈りを映すものだった。……拝殿に置かれた鏡がなんのためのものかお前は知っているか?」
「……知りません」
そもそも拝殿に鏡が置かれていることすら知らなかった。
「鏡が映すのは拝む人間自身だ。人は神を拝む時、同時に自身と向き合い、自身の内側にいる神を拝んでいる」
「私達の内側には神様がいるんですか?」
「人物、信仰、思想、言葉、芸術、音楽、物語。あらゆるものがそれに成り得る。自身にとって芯になるもの。自身にとって背けないものが人には絶対に存在する。そのような存在を人は往々にして神と呼んでいる。だからこそ心の底から何かを願うとき、同時に人は己と向き合っているのだ」
「己と、向き合う」
意味を完全に理解したわけではないのだが、佐々木や佳乃や大地の話を聞くことで感じたことと榊の今の言葉はどこか重なるところがあるような気がした。
「鏡が壊れる直前、最後に鏡に映っていたのはお前だった――はるひ」
「榊様は、……はじめから私のことを知っていたんですか?」
「ああ。だが、私は今の立場になってからは一方的に鏡を通して人の心を聞くだけだった。ここ数十年、人と会って言葉を交わすことはなかった。前例がないのだ。だから私がお前と関わることでどんな影響をもたらしてしまうのか予想がつかない。オモイカネ様がお前をここによこしたことに意味はあるのだろうと分かってはいても、本当に私が特定の個人に干渉していいのかと、迷った」
そのため榊は、取材と称し社の外に向かわせた。そうすれば自分が直接干渉せずとも茶太郎を通して様子を伺える。
それだけでなく鏡が壊れたことにより小説の締切に支障が出そうだったので、一石二鳥だと考えたという世知辛い理由もあったがそれについては口をつぐんだ。
「今の、立場?」
取材に向かわせた理由よりも、何故かその発言が妙にひっかかった。
過去と、今が異なる立場だなんて、不変に思える神様にはふさわしくない言葉だったからだ。
「私はこの社の主ではあるが、今も神と呼べる存在なのかは私自身にも分からないのだ」
「榊様は、神様じゃないんですか?」
「私は、神であり人でもあった。そして今は――私にも私がどういう存在なのか判断出来ない。神とは呼べぬ、もしかしたら人が言う幽霊のようなものなのかもしれない」
神で、人で、幽霊。情報が頭の中でこんがらがってよく分からなくなる。
「榊様はもともとは人であった」
「人であったが祀られることで神となったのだ」
見かねた茶太郎とシロが補足を入れてくれたが、だからといってすぐに納得出来るほどはるひは神様事情に詳しくない。
「人間って神様になれるんですか?」
十二月二十五日にはクリスマスを祝って正月には初詣に行く身としては、神様なんてものはぼんやりとした存在だった。
今となっては目の前にその神様がいるわけだが、目の前にいるからといって、神様がどんな存在か人に説明することは出来ない。
知識がないため、はるひは人間が最初から人間として産まれるように、神様も最初から神様として存在するのだと漠然と思っていた。
「九州にある太宰府天満宮は分かるか?」
「えっと、合格祈願とかで有名なところだって聞いたことがあります」
「そうだ。では、菅原道真は?」
「名前は知ってます。日本史でやりました。平安時代の……あ!」
太宰府天満宮で祀られているのはその菅原道真で、そうであるなら平安時代からすでに人間が神様になっている例はあったのだ。
人の気持ちなんて榊には分からない。人の苦しみとは無関係な神様のくせにとはるひは心の中で榊を詰った。だが、あの日の自分は、前提から間違えていたのだ。
「人間が祀られて神になった例はお前が思っているよりも多い。豊臣秀吉も徳川家康も神として祀られている」
「そうなんですか?」
人神は菅原道真のように祟りを鎮めるために祀られる怨霊信仰と、豊臣秀吉や徳川家康のように生前の業績を称えて祀られる場合とがあり、榊は後者であった。
榊は江戸時代の人間で、教育者として地元に貢献したため死後祀られたそうだ。
秀吉や家康のように有名な偉人ではなくともそうやって祀られた人はその時代各地でいたらしい。
そうして昭和まで細々と信仰されていたのだが、戦後の影響で子孫が土地からいなくなり、残されていたはずの文献も混乱の中どこかに消えてしまったそうだ。
誰からも祀られることもなくなり、血族も死に絶え、全ての人の記憶からも消え去ったことで本来なら榊は消えるはずだった。
「この社はもともと私を祀った人間が、オモイカネ様が知恵の神だったこともあり、教育に貢献した私と縁があるだろうと、ここに分社をつくったのだ」
恩情か、それとも人の子でもあったゆえの神からの慈悲か、消える前に「榊」とオモイカネより名前を与えられることで社に留まることが出来たのだという。
「榊様のもともとのお名前は別にあるんですか?」
「人の頃と祀られた時の名前とがあるが、それも人の記憶から消えた時に私の中からも失われた。だから今の私を現す名は榊だけだ」
忘れられることがどれほどの淋しさをもたらすのか、はるひには想像も出来なかった。
「戦後しばらくの間はただ何をするわけでもなく私はこの社で漫然と時間を過ごしていた。誰にも関わらず何もせず、気づけば世の中は成長を遂げ、あらゆる物が世界を満たしていった。……はじめから神であったならこのような感情も生まれなかったのかもしれないが、あいにくと私は私が人であった事実を覚えている。二百年あっても私から人の心が完全に消えることはなかった。あらゆるものが私を置き去りにして始まり終わっていった。人であれば狂えただろうが半端な私ではそれすら出来なかった」
茶太郎やシロは社にいたが会話を交わすことはあまりなかったらしい。
榊たちはあくまでも神と神使であり、人とペットの関係性とは違うのだ。
「いつしか私は人の世に触れるために人の書いた物語を読むようになった」
もともと人間であった頃から好んでいたこともあり、社はみるみる内に本で埋まっていった。本はオモイカネを通して常世思金神社の神主から手に入れたらしい。
昭和のある時期の神主が見える人間だったそうで、その頃に神社のものは自由に扱っていいとの許可も得られた。
小説家になるうえでのあれこれも、オモイカネが代理の人間を手配することでどうにかしてくれたそうだ。
「――はるひよ、お前の問いに答えよう」
榊の言葉に居住まいを正す。もとは人であったと分かった今では見え方もまた変化したが、それでも彼の答えを知りたかった。
「私が小説を書いたのは虚しかったからだ」
「むなしい?」
「全てのものはいつかなくなる。例外はない。どれだけ善良であってもどれだけ望まれていてもだ。命は産まれそして必ず死ぬ。全ての生き物に平等に訪れる死とは理不尽なものだ。理不尽ではない死など死ではない。理不尽ではない死などは存在しない。善人でも悪人でも関係ない。当人が望んでいるかどうかも関係ない。この世に起きる全ての死は理不尽で出来ている」
はるひにとってはまだ死は身近なものではないが、榊からすれば息をするのと同じくらいには人が死ぬことは当たり前だった。それは神の身になったからでもあるし、生きていた時代のせいでもあるのだろう。
「私自身も二百年前に一度死んだ。妻も子も親族も友人も全て死んだ。私を祀った者たちも全て死んだ。人は死に、――そしていつか忘れられる。百年先でも語り継がれる人物はほんの一部だ」
「あの、榊様って、記憶は……」
「生きていた頃の記憶は断片的な情報としては残っている。死んでから次に目覚めるまでの間の記憶はない。死から幾ばくかの時を経てこの社で目覚めた瞬間に、私は神になっていた」
死の瞬間の恐ろしさだけが神となっても榊の中にこびりついていたが、それも長い時間の中で徐々に薄れていった。
オモイカネのような天津神からすれば榊が過ごしてきた時間もまた一瞬のような短さだろうが、人間からすれば二百年は途方もなく長い時間だ。
「命も、記憶も、この世に存在する大多数がいつかはなくなる。そう遠くない、百年もの時間があれば一部を除けば誰しも記憶からも忘れられていく。私はそれが――」
虚しかった。
死は避けられない、けれど忘れられていくことがどうしようもなく虚しかった。
「書物を融通してもらうようになってから数十年経った頃、オモイカネ様が鏡を社に持ってきた」
社に置かれた鏡は常世思金神社に来た参拝者の祈りの声をランダムで映し出すようになった。
病、怪我、仕事、恋愛、金銭、人間関係。人の悩みは多岐にわたり尽きることがない。
鏡に映し出される願いはいつも切実で、燃えるような鮮烈さがあった。
苦しみながらも必死に生きる人々の姿を榊はただ延々と見続けた。何も出来ないというのに、何年も。
その内に榊の内側で一つの願いが芽生えた。
「身勝手にも忘れられてしまうその人生を書き残したいと私は思った」
書物は未来に残る。
フィクションとして記したとしても、その人物が生きた証として、悩みが、葛藤が、欠片だけでも物語の中に閉じ込められるのではないかと考えたのだ。
人はいつか絶対に死ぬ。時間が全てを風化させいつかは記憶からも消えていく。けれど誰しもが生きていた。
誰の記憶にも残らなくとも、確かに生きていた。
「今の私は昔に比べれば本当に些細な力しかない。それすらオモイカネ様の恩情で使える力というだけだ。茶太郎やシロは過分に私を持ち上げるようなことを言うが、神使としての贔屓目でしかない」
「榊様そのようなことは、」
「お前らは私のための存在だから、そう思うように出来ているのだ」
茶太郎もシロも否定したそうにしていたが、意に反することをしたくはないのか、言葉をのみ込んだ。
「もとより人を救うことなど私には出来ないのだ。今も、神であった時も」
神は人を救えない。
もしも捧げられた祈りに答えて本当に神が人を救うことが出来たなら、世の中に悲しみは一滴も存在しなかっただろう。
本当に人を救えるのは人だけだ。神は精神的な面でしか人に関与出来ない。
「砂浜の砂の一潰だけを拾うような、傲慢な所業だという自覚はある。私が書き残したからといって人々が苦しみから救われるわけではない。……ならば結局のところ私は私のために小説を書いているのだろう」
いつか消えてなくなるだけだというのに、苦しみながらも生き続ける。あまりにも愛しい人たちを少しでもこの世に残しておきたい。その一心で榊は書いてきた。




