20 頼もしい彼
「フ、フリードリヒ……」
「……呼び捨てされるほどの仲じゃないと思うが」
背丈のあるフリードリヒの燃えるような瞳に睨まれて、コジラセーノ卿は怯んでいるようです。
お二人は仲が良い訳ではないのですね。それなのにコジラセーノ卿は、侯爵家の令息であるフリードリヒを呼び捨てにするなんて……どういうおつもりなのでしょう。
「離したまえ。私はエリーと話があるんだ!」
「エリー? お前に彼女を愛称で呼ぶ権利があるのか?」
嫌そうな顔でフリードリヒがこちらを見てくるので、わたくしは慌ててブンブンと首を横に振ります。
「わたくしも困っているのです。コジラセーノ卿、わたくしのことはエイジャー公爵令嬢とお呼びください」
「……もうすぐエリーは私と婚約するんだ! 愛称で呼ぶのは当然だろう!」
「お前は何を言ってるんだ? エリザベスには今28件の婚約申込みが来ていて、公爵家や侯爵家からのものだってある。こんなことをしでかす、空気も読めず情報にも疎い、見た目も平凡な子爵家のお前が選ばれるはずがないだろう」
「えっ……に、28件!?」
コジラセーノ卿が目を白黒させて驚いています。
フリードリヒ、どうしてわたくしの婚約事情に精通していますの?
ジェイよりも詳しいですわ!
「28件っていうのは、この間断ったとかいう子爵家の申込みを除いてだけどな。確か、名前は……コジラセーノ……ああなるほど、お前のことか」
ふっと鼻で笑うフリードリヒに、コジラセーノ卿のお顔が赤黒く染まっていきます。そして、ギリギリとわたくしの左手を握る手に力が入って、わたくしは痛みに声が出てしまいました。
それを見たフリードリヒは、鬼のような顔をしながら、コジラセーノ卿を睨みつけます。
「おい、その手を離せ」
「わ、私はエリーと……」
「離せ」
フリードリヒに凄まれて、コジラセーノ卿はようやくわたくしの左手を離してくれました。
見ると、手首にあざができてしまっています。困ったわ、きっとキャロラインや侍女達が心配してしまうわ。
手を離してもらえてほっとしたわたくしを見たフリードリヒは、わたくしをそっと自分の背後に移動させます。
フリードリヒは、こういう女性好みのさりげない気遣いが得意なのです。
「……お前、エリザベスに怪我をさせたのか」
「私は悪くない。彼女が素直じゃないから」
「言い訳はいい。悪くないかどうかも、お前が判断することじゃない。このことはエリザベスの親にも報告するから、エイジャー公爵家から抗議がいくだろうな」
「……っ、婚約破棄したくせに、でしゃばってくるな! 婚約破棄したお前の言うことなんて、エイジャー公爵家が信じるはずがないだろう!」
「婚約解消と婚約破棄の違いも分からないような無学な奴にこれ以上言うことはない」
フリードリヒはふと、周りに目をやります。
つられてわたくしも周りを確認すると、遠巻きにわたくし達を見ている生徒が何人かいました。
どうやら、わたくし達の言い争う声につられて集まってきたようです。
「手を離せよ!」
「……」
コジラセーノ卿は、そう言ってフリードリヒの手を振り払います。
その後、「覚えてろよ!」と言いながら、彼は逃げるように立ち去っていってしまいました。
「エリザベス、行くぞ」
「えっ?」
フリードリヒはわたくしの右手を取ると、スタスタと歩みを進めてしまいました。
驚くばかりのわたくしは、されるがままに連れて行かれてしまいます。
そうしてわたくし達は、裏庭に辿り着いたのです。




