19 揉め事から助けてくれたのは
「なに、時間の問題ですよ。婚約破棄された傷物令嬢と婚約しようとする優しい男は私くらいでしょう? あなたは遠慮せずに私の優しさを受け入れるべきです」
彼は、わたくしへの婚約申込みが28件にのぼることをご存じないのですね。
それに、話がおかしいわ。
コジラセーノ子爵家からの婚約申込みは、先週お断りしたはずです。
わたくしからそれを言うのもはばかられたので「婚約をお受けしていない」と濁したのですが……。
お父様が、「公爵家の娘を子爵家に嫁がせるだと?」「婚約解消で傷物になったとでも思ったか」「これだけ申込みが殺到しているうちの娘によくもまぁ……」と大変お怒りで、わたくしが彼自身に困っていると伝えたことが最後の一押しになり、断りのお手紙を書いていましたもの。
あれが手元に渡っていないことはないはずです。
「あの……コジラセーノ卿からの婚約申込みについては、お断りのお手紙がいっていると思うのですが」
「ああ、何かの手違いですよね? 全く、大事な手紙の内容をし損じるなんて公爵家も落ちたものだな。修道院に行くよりも豊かな人生が送れるのだから、あなたも内心喜んでいるんでしょう?」
「い、いえ。わたくしは、お父様からのお手紙どおり、お断りを……」
「生意気なことを言う人だな」
段々距離を詰められて、わたくしは廊下の壁際まで追いやられてしまいます。
コジラセーノ卿は怒ってしまったようで、口元は笑っていますが、目が笑っていません。
(どうしましょう、怖いわ……)
こういうときに限って、廊下には誰もいません。
けれども、わたくしが廊下をトボトボ歩いていたのはお花摘みから教室に戻るためで、廊下の先の教室ではキャロラインが待ってくれています。
大きな声を出して彼女を呼んだ方がいいのかしら。
でもそうしたら、この方は逆上してしまうんじゃないかしら。
そんなふうに逡巡していると、グイッとむりやり左手を掴まれてしまいました。
「痛っ……」
「おい、こっちを見ろよ。お高くとまっていても、そんな男ウケのいい格好をして、本当は慣れてるんだろう?」
「お、男ウケ? あの、ただの白いシャツにスカートです……」
「まだ清純ぶるんだな、わざとらしい」
ど、どういうことなんですの?
シャツとスカートはだめなんですの?
「は、離してくださいまし」
「大体、ちゃらついたフリードリヒなんかの婚約者だったんだ。色々経験済みだろうに、純情なフリなんかしても意味ないんだからな」
「経験だなんて……離してください!」
「まだ逆らうのか!」
カッとなったコジラセーノ卿は、右手でわたくしの左手を掴んだまま、もう片方の手でわたくしを殴ろうと手を振り上げます。
わたくしは怖くて怖くて、声も出せないままぎゅっと目をつぶりました。
けれども、時間が経てども、くると思っていたはずの衝撃がきません。
(……?)
恐る恐る目を開けると、そこには振り上げた手を掴まれたコジラセーノ卿と、コジラセーノ卿の手を掴んだ彼がいました。
「何をしてる」
彼はどうやら、わたくしを助けてくれたようです。
わたくしは、怖いやら安心するやら驚くやらで真っ白になりながら、彼の名前を呼びました。
「フリッツ……」
そう、わたくしを助けてくれたのはフリードリヒだったのです。




