1 婚約破棄? 婚約解消?
「お前との婚約は、俺が望んでした訳じゃない!」
貴族学園の教室のど真ん中で、クラスメートの貴族子女に囲まれた中、売り言葉に買い言葉でそう口にしたのは、わたくしの婚約者のフリードリヒです。
金髪で、女性受けする長身に精悍な体つきの、侯爵家の令息。
ちなみに、こんな言葉を投げかけられたわたくしの返事はこちら。
「フリッツの気持ちはよーく分かりましたわ! わたくしだって、最低限の礼儀すらない殿方との婚約なんてごめんです。そんなにわたくしと婚約解消したいというならしてあげましてよ!」
わたくしの言葉に、青くなっているのは、意外なことにわたくしでもフリードリヒでもありません。
フリードリヒを、「あんなケバい女が婚約者で大変だなー」「いや、魔性の女の方が言い得てるだろ」と囃し立てていた、フリードリヒの悪友達です。
「婚約解消!? そんなことしたら、お前は傷物だろう!」
「今時、婚約解消ぐらいで傷物になんかなりませんわ! これだけ望まれていないのに婚約関係を続けている方が、わたくしの実家が舐められます!」
「ああそうかよ! じゃあ解消なんかじゃなくて、婚約破棄してやる!」
「そちらの暴言が理由なのに、そちらから破棄できる訳ないでしょう!」
「そんな品位を疑う化粧で学園に通ってることがお前の非だ! 俺がどれだけ陰で色々言われてると思ってるんだ!」
フリードリヒの言葉に、教室が凍ったように静まり返りました。
次いで、「うわっ」とか「言い過ぎ……」とか「サイテー」、引き気味の声が聞こえます。けれども、発言の内容を否定する言葉は聞こえません。
そう。誰も、わたくしがケバくないとは言ってくれないのです。
「フリッツ、お前いい加減にしろよ! エリーがなんでこういう格好なのか……」
「分かりました」
クラスメートで幼馴染のジェイラス第三王子が庇ってくれましたが、他ならぬわたくしがそれを止めました。
わたくしも、……そしてフリードリヒも、きっともう限界だったのです。
「フリッツの言い分は分かりました。両家の当主を通して、婚約の解消、又は破棄に向けて動きましょう。それでは!」
ギロリとフリードリヒを睨みつけると、彼はわたくしの威圧感に怯んだようでした。
わたくしは黒髪ストレートで、大きな目をこれでもかとデコレーションした目化粧、真っ赤なルージュに、大きな胸や体のラインが分かるワンピーススカートという、洗練された大人な雰囲気の見た目ですの。だから、笑うととても妖艶に見えるでしょうけれども、睨みつけると、学生とは思えない威圧感が出るのです。今回はそれを利用いたしました。
怯んだフリードリヒを見て少し溜飲を下げたわたくしは、クラス中が見守る中、その場を去りました。
お昼休憩中でよかったですわ。少し頭を冷やしてから、授業に戻ることができますもの。
わたくしが当て所なく、されども淀みなく廊下を歩いていると、後ろからジェイラス殿下とわたくしの親友のキャロラインが追いかけてきてくれました。
「あら、二人とも。来なくてもよろしかったのに」
そう言って振り返ると、鬼気迫る顔をした二人が両脇からわたくしの腕を掴んできました。二人は驚くわたくしに構わず、ずんずんと廊下を進んで行きます。
「えっ? あの、お二人とも、離してくださいまし」
「いいから。キャロル、どこへ行く?」
「うちの部室にしよう。そこにあるから」
さながら宇宙人に連行される生贄のような状態のわたくしの抗議を、二人は聞いてくれません。問答無用で文学部の部室に突っ込まれた私は、二人に何故か壁ドンなるものをされて、動けなくなってしまいました。
「あ、あの、お二人とも怒って……?」
「怒ってるよ! 当然だ!」
「何でエリーがあんなふうに言われなきゃいけないの!」
キャロルは本当に悔しそうな顔をしていて、目からはボロボロ涙が溢れています。
わたくしが呆然としていると、ジェイラス殿下は、わたくしの頭をなでました。彼がわたくしに触れるのは、わたくしがフリードリヒと婚約したとき以来なので、5年ぶりでしょうか。
「よく頑張った」
わたくしは、心の壁が崩壊するのを感じました。
だってわたくし、わたくしは……。
「わたくし、振られちゃいました」
わたくしは、フリードリヒが好きだったのです。
本当に、本当に、好きだったのです……。
ボロボロ泣き出してしまったわたくしを、二人はしっかり抱きしめてくれました。
「「知ってるよ。本当に趣味が悪い!」」
優しい二人は、それでもわたくしの男性の好みを認めてくれませんでした。
今日は、服装の趣味も男性の趣味も否定される、散々な日のようです。
「それで、どうする?」
「そりゃあ、やっぱり復讐だろう」
急に悪い顔をした二人に、わたくしは目をぱちくりと瞬きます。
「……復讐?」
「逃した魚が大きかったことを思い知らせてやらないとな。顔は任せた」
「分かったわ。服は三人で一緒にいきましょうか」
「うん。女性だけで行くよりは、男の目線もあった方がいいだろうしね」
壁に追い詰められて、二人に抱きしめられたままのわたくしは、会話の流れについていけません。
「エリー。これも君のためなんだ。僕達の言うこと、聞いてくれるよね?」
ジェイラス殿下に至近距離で囁かれて、免疫のないわたくしは顔を真っ赤にしてしまいます。
それを見たジェイラス殿下は、そっとわたくしから離れた後、急に「くそっ」と言いながら壁を殴りました。何事なんですの!?
「なんであいつはこれを捨てたんだ!?」
「私、いない方がよかったかしら……」
それを聞いたわたくしは慌てて、「キャロルがいないと困るわ」と縋り付きます。
そうしたら今度はキャロラインが、わたくしからそっと離れた後、急に「もうっ」と言いながら壁を殴りました。本当に、何事なんですの!?
「なんで私は男じゃないの!?」
「君が女性で何よりだよ……」
同情するような目でキャロラインを見たジェイラス殿下は、わたくしの方に向き直りました。
「今日すぐはまずいな。あれに縋りつかれても困るから、ちゃんと婚約が解消されてから動き出そう」
「下準備くらいはいいんじゃないの? 先に用意しておいて、解消後から変身すればいいんだもの」
「それもそうだな。エリー、今日の放課後は空いてるかい?」
目まぐるしく進む会話に、わたくしは目を白黒させながら尋ねます。
「ええと……二人とも、何をなさるおつもりですの?」
「そんなの決まってるじゃないか」
「そうよ、決まっているわ」
二人は、わたくしの顔を見ながら、とても楽しそうに微笑みました。
「エリー改造計画よ」
「あの馬鹿をギャフンと言わせてやろう」
ギラギラと輝く二人の笑顔に、わたくしは、わたくしに逆う権利はないのだと察して、ホホホ……と愛想笑いを浮かべました。
けれども内心、一体どうしたらいいのと泡を吹いていたのです。




