第31話 彼女はそこにいた
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「確かにこの部屋なのですが……」
「いやその部屋は違いますね」
「なんでよ!」
気配を辿って辿り着いた部屋を指差したところ、アルカに秒で否定された。
「そこは衣服部屋です。たくさん服がある故に鍵がかかっているので」
「なるほど、それは確かに……」
まあ、そもそも衣服部屋に隠れるのはナンセンスだろう。そんな面白くもないし。でも……
「だからちがい……え?」
でも、ここにいる。私の技術におそらく間違いはない。
だってほら、鍵はかかっていない。
「鍵がどうしましたって?」
「……一応見てみましょうか」
私たちは、確認のために部屋の中に入った。なのだが……そんなことよりも……
「何この部屋、むしあっつ!」
「ステラ様、お言葉」
「ムッシュあつーですわ」
「売れない芸人か何かですか」
なんだか、この部屋はいやに暑い。どうなっているかというと、窓が閉まって換気が死んでいるのだ。太陽があたりやすい場所にあるこの部屋は、今日のはじめに太陽を浴びて、それから閉まりきった部屋で蒸しサウナが完成したというわけだろう。
「まあ、こんな雨の日に窓ひとつ空いていないとなるとこうもなりますね」
まったく、最近の建物は防犯上の都合からか換気が悪くって困りますわ。
「ちょっとステラ様、窓開けてきてください」
「主人よ私」
「メイドですよ、私」
「そんな自慢げに言われても……」
メイドに突き動かされる主人ってどうよ。あー、これも萌えメイドとかの関連で聞いたことあるなあ、ドSメイドとかだっけ。まぁいいや、一刻も早く部屋に外の空気を入れたいから開けるけどさ。
色々な服の横を通り過ぎ、窓際まで向かう。大人服から子ども服まで勢揃いである。
そして、その服々を眺めながら窓際に向かった時だった。
そこにアイラが横たわっているのがみえた。ほら、見つかりましたでしょう?
「ほら! アイラよ、アル––」
その時だった。
アルカが私の横を走り抜けたのだ。
「え?」
その顔に冗談じみた雰囲気は一切無かった。むしろ、今まで見たこともないような深刻な表情をしていた。
「あ……アルカ?」
「ステラ様、窓をすべて開けてきてください」
「だから私は––」「早く!」
アルカはこちらにも目をくれずアイラの様子を確認している。
只事じゃないことはわかった。余裕がないこともわかった。
「開けてきましたわ、どうなっていますの?」
少し小走りに窓を開け、それからアルカに聞いた。
おそらく、予想はたっていたけれど。
「不整脈、皮膚の色、体温上昇、間違いなく重度の熱射病です、意識も曖昧で本当にまずい」
そう、熱射病だ。
確かに条件は揃っていた。暑い天気、部屋も洋服も換気が悪い。彼女は子どもでありながら、今日はあまりものを食べず飲まず、そして私の捜索をするためにおそらく動き回った。
「どれくらいまずいの?」
「それを説明する余裕がないくらいには」
アルカ越しにアイラの姿を確認する。顔は赤く、微かに乱れた息が聞こえてくる。ドレスは汗でびっしょりで、それが乾いていないのがこの天気の最悪さを物語る。
一刻の猶予もない。このままだと命の危険だ。
「とりあえずこれを持って全力で走ってください。そして大人を見つけてこのメモ用紙を渡してください。できればこの屋敷の人間がいいですが……この際誰でもいい」
アルカから一枚のメモ用紙が渡される。そこには、現在の状況が簡潔に書かれていた。医療機関を今すぐに呼ぶこと、水とできれば氷を今すぐに持ってくること。このメモがアルカによって書かれたということ。
四歳児の私に口頭で伝言を任せるより、よっぽど確かな方法だ。
「私のせい、ですわよね」
「いいえ違います、ステラ様」
アルカはそう言ってくれるが、これは私のせいだ。間違いなく私のせいだ。
彼女は無理をしていた。いつから? おそらくはじめから。無理して笑っていた。私の前で弱音は出せなかった。お姉さんとして、弱音は吐けなかった。
私が逃げるなんて考えていなければ、彼女が一人になることもなかった。心配した彼女が会場の外を走り回ることもなかった。
会場にいれば早期に発見できた。おそらくここまで酷くはならなかった。
私はそれを考える頭がありながらそれをしなかった。遊び呆けていた。考えられるのにそうしたのと、考えなしにそうしたのでは訳が違う。考えられるのにそれをしないのは、あまりにも罪として重い。
今日は少し調子に乗りすぎた。やりたいようにやりすぎた。そのツケが、私ではなく、他人に回ったのだ。あの日と同じように。
大抵そうだ、自分の罪は大抵、自分ではない誰かに押し付けられてしまうんだ。
そう、そばにいる善良で罪のない、そんな誰かに。
「ねえアルカ、まずは水が必要なのよね」
「そうです、冷たい水が一刻も早く必要です」
「わかったわ……」
でもこれは私の責任だ。悪いのは私なのだ。
そう、私の責任なのだから……
「『私の責任の始末は私がつけなくっちゃ』」
右手で標準を定め、そして言葉に魔力をのせた。
魔力をのせた言葉は、魔法になりうる。
その魔法により、アイラの上に水が集まる。それは重力のまま落ちて、彼女には水が浴びせられる。
突如現れた水に当然ながらアルカは驚く。
あたりに目線を向け、そして右手を上げた私に目をとめる。
「これは、一体……」
「ねえアルカ。私、魔法が使えるの」




