第24話 ピンチと書いてラッキーと読め
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アイラに向かって、配膳係の体のバランスが大きく崩れる。それも、大量のグラスと共に。
「アイラ様!」
事前にこけることを予想できたのなら対処のしようもあったが、これはそう避けられるものでもない。ただ配膳係が持っているグラスがアイラに当たって割れるとひどく怪我をしかねない。
どうにか避けることはできないだろうか。もしアイラだけの位置をずらしたらどうだろうか。いや、ダメだ。そうすれば私が標的に……私が標的に?
あらあら? そうですわね。逆に考えましょうか。
私が犠牲になったらどうなるのかしら? そうですわね、そうすれば私の服はどうしても汚れてしまいますでしょうね。いや、違うな。仕方なく服を汚せますでしょうね、不可抗力という名目で。
それって、ちょうどいいじゃありませんの。
うまくいけば、この問題だけじゃなくて、数ある問題がすべて同時に解決するかもしれない。こんなピンチを見過ごすわけにはいかない。
各配置を目測で定める。グラスの位置、トレーの位置、配膳係の位置、アイラの位置。うん、良好だ。
私の手の届く範囲にアイラはいた。すなわち、今の私が扱える体術で対応可能だ。念の為に古臭い体術をいくつかこの体に順応させておいてよかった。ちなみに練習の段階で何枚か絨毯が犠牲になったのは少し反省している。
「少し失礼しますわねっと」
私はアイラに手を伸ばした。そして男女の舞を応用した体術を用い、筋力を使わずに慣性の力でアイラとの位置をすり替えた。この技の正確な名前は忘れたが私はこの技を『シャッフル』と勝手に命名している。
いつもとは異なる靴なので、多少加減がわからずつまづきそうになるも、冷静に体勢を立て直しまして。
「!?」
何が起こったかまったく分からず、ただ目の前の視界が大きく変化したであろうアイラは唖然としていた。でもお気になさらず。どうかそちらでご覧くださいませ。
配膳係の側からたくさんのグラスが飛んでくる。当然ながらグラスはガラス製なので、勢いよく私にあたれば私が大怪我しかねない。加えて、勢いよくここに落ちれば付近にいるアイラが怪我するだろう。
なので、その二つを解決する最良の方法を考える。今の私にできることといえば……そうだ、都合よく不便な衣装を身に纏っているのだった。これを使えば良さそうだ。
咄嗟の思いつきなので、流石にシミュレートしようと考えた。しかし、間髪入れずに先行して一つ目のグラスが体に飛んできてしまった。仕方ない、自分の感覚を全面的に信じよう。
――――――――
ドレスの裾を持って強めに引っ張った。すると、当然ながらドレスが一足先にグラスに接触した。
手に神経を集中させる。接触し、それがドレスに重みを預けるその一瞬。
その一瞬を狙ってほんの少し手の力を緩めた。そしてほんの少し待つ。グラスが許容量を超えて傾き、ドレスに液体がかかり、そして繊維が液体を吸収するかしないか。そんな刹那の時間が過ぎた瞬間を狙って、また力を込めた。
さて、これで上手くいくといいのだが……よしっ、成功だ。
何をしたかというと至極単純で、ドレスで簡易的な反発材を作った、ただそれだけだ。グラスは私の体に着地し、私の体を転がって、そして遠くに飛ばされた、というわけだ。
さて、残るは十数個のグラスで、さっきと違って同時に来るわけだが。
まあ、つまり、だ。
要はさっきの単純作業を並列にやればいいだけだろ?
私は少し頭の回転を早め、乱雑に飛んでくるグラスを捌いた。
――――――――
「ふう、みなさん怪我はありませんこと?」
たった一瞬の間にすべてが終わるのなんて、戦闘では日常茶飯事だ。それに比べれば別に難しいことではない。久しぶりの超並列作業で、少々骨が折れたが、グラスの制御自体は問題なく済んだ。
「す、ステラ! 体がこんなに真っ赤になって大変よ! 死なないで!」
「ワインですわ、おそらくですが」
まあ確かに赤く染まって血っぽくもないけれども。アイラの横を見ると、ノルンも心配そうに見つめてくる。あら、何か言いたげですわね。
「ス……ステラちゃん……血が――」
「ワインですわ、どう見ても」
お前もかよ。ワインです、心配しなくても。
少し離れたところを見ると、アルカが分かりやすく絶句していた。はいはいワインワイン……じゃないな、あの顔は? さてはおそらく、洋服が汚れたことに対して慌てているのだろう。
あ、そうだそうだ、それでようやく思い出した。
ここからが本番なのだ。
――――――――
肝心の配膳係に目を向ける。今回の作戦がうまくいくかは彼女次第というところがある。主に彼女の善意や罪悪感に付け入る作戦なので、ほんの少し申し訳なく思いつつ。
さて、そんな彼女だが――
「アワアワアワ――」
凄まじく動揺していた。
動揺しすぎて本当にアワアワ口に出すほどには動揺していた。そりゃそうだ。他所の家の子どもに思いっきりワインをぶっかけて、ともすれば大怪我にでもなるかもしれなかったのだから。私じゃなければどうなっていたことやら。
「アワワワアワ――」
「ええっと、そこの配膳係さん?」
「ハイスミマセンミマセン――」
「ひとまずお話は聞いてくださる??」
ただ、彼女としてはそうは思ってはいないようで。なんなら、私の時点で詰んだと思っているようで。
まぁ……なにぶん貴族の子どもなんて基本的に性格が悪いからね、うん。
「は、はい。申し訳ありませ……」
「服が汚れたことはそこまで怒ってい――」
「怒ってますよね、スミマセン本当にスミマ」
「ひとまず最後まで聞いてくださる?」
「売るのだけはどうか」
「しませんわよ!」
もうそんな時代ではありませんでしょう!? 風評被害はやめてくださる!?
「ですが、流石にこのままだとパーティを楽しめそうにありませんわ。どうか着替えを」
「す、すぐに! 最高級の品を差し上げますので!!」
「あ、安物のありものでいいですわよ。何着か用意しているのでしょう? あと1日借りるだけでいいですわ。とびっきり涼しい服を用意してくだされば。さてお着替えに行きましょう、着衣室はどこかしら?」
「え? あ、え、はい、こちらでございます」「アルカもいくわよー」
交渉は成立したっぽいのでアルカも引っ張って連れて行く。これで今日のドレスが暑すぎるという一つ目の問題は解決である。そして、きちんと二つ目の問題への布石は打ってある。
「というわけですので、アイラお姉様、ノルン様、私はしばし別行動といたしますわ」
この作戦の最終目標の一つは、着替えに行くのを名目に別行動を取るということだ。アイラに構うことなくパーティを楽しむにあたってこれは欠かせない。
「おねえちゃんとしてついていくわよ!」
「ついてきて欲しい気持ちは山々なのですが……アイラ様はお知り合いがまだまだいらっしゃいますでしょう? きちんと挨拶周りをすることは必要かと存じます。アイラ様の邪魔をするわけには行きません」
「うう……それはそうだけども……ううん……」
彼女と一緒にいるうちに彼女の性格がなんとなく掴めてきた。
アイラは責任感があるのだ。だから姉として張り切るし、周りへの挨拶も欠かさない。そして、私にはアルカがいる以上、私に対して姉である責任は薄れるわけで、そうなれば挨拶回りが優先されるはずだ。
アイラは迷っているようなので、ダメ押しにもう一人使う。
「ノルン様はアイラ様についていってください。貴族について学ぶのには絶好の機会でしょう? ですわよね、カルトラ様」
「うん、そうだね。アルカさんもいるからステラちゃんは大丈夫だろうし」
あえてカルトラ側からの承認を得ることで、ノルンからの承認という面倒な過程はスキップ。
「まあ、そういうわけで、行ってきますわね。まあおそらくすぐに戻ってきますから」
そうして配膳係の女性についていくようにパーティ会場の部屋を出た。
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