ヤンキーに絡まれる女
日曜日の昼時に加えて駅前というのもあり、通り過ぎる飲食店はどこも人で溢れかえっていた。
「だから土日は出歩かないんだよ」
待ち合わせまで時間がある。
悪態付きながら駅前をぶらぶら歩いてると、人混みを少し離れた場所で不良に絡まれてる女性を見つけた。
無論、絡まれてる女性が誰か解らぬ為、雄治はそれを無視し通り過ぎようとする。
──しかし、すぐ近くを通り過ぎようとした時、思い掛けずその足が止まった。
「良いじゃねーか、少し付き合って下さいよ」
「こ、困ります……」
「奢るからさ?少しいいだろう?」
「あ、あう……」
二人組のヤンキーに言い寄られる少女。
見捨てる気満々だった雄治だが、それが知り合いとなれば話は別である。
「高宮生徒会長かよ……」
モロど真ん中の知り合いだった。
顔見知り程度ではなく、学校でかなり付き合いのある高宮生徒会長。
生徒では学校一の権力者たる彼女は顔面蒼白で、強引な不良共にしつこく言い寄られて居たのである。
「えぇ……」
相手が高宮と分かった以上、雄治の中で見捨てるという選択肢が消える。
ただ、問題なのはどうやって助けるかだ。
喧嘩はまず無理。
一対一でも喧嘩した事のない雄治にはキツイのに、複数となれば話にならない。
それと高宮を連れ出して全速力で逃げるのも、高宮の体力的には厳しいと雄治は思った……とにかく彼女は運動音痴なのである。
それに恋人のフリも絶対に嫌だった。もし高宮が乗って来なかった時の虚しさが半端ない。
故に、導き出される解決策は──
「ちょっ、は、離して……!」
そうこう思考してる内に、不良の一人が高宮の手を強引に掴んだ。流石にこれ以上放って置くのはマズイと判断し雄治は高宮の元に向かった。
「あなた達……ちょっと彼女からの離れて貰って良いですか?」
「ああん?」
「ああっ!後輩くんっ!後輩く〜ん!!」
──うわぁ……めちゃくちゃ嬉しそうに目を輝かせてる……本当に追い詰められてたんだな。
だったら今みたいに大声で叫べば良いのに……もうこの際なんでも良いけど。
「おいっ!オラッ!おいっ!」
「なんだコラッ!てめぇおいっ!」
いやオラつきすぎだろ……しかもよく見たら厳ついし、おー怖っ。
でもこれだけガッツリヤンキーなら、あの手が通じるかも知れない。
──雄治は拳を鳴らしながら近付く二人に向かって、不敵な笑みを浮かべながら告げる。
「俺が誰の弟だか知ってんのか?」
「はぁ?弟だぁ?ここら一帯を支配してるこの俺に、一体誰の弟が楯突こうってんだ、おお!?」
ここら辺を支配してる!?ヤバくね?
いや万が一作戦がダメで殴られたとしても、後で姉ちゃんに言い付けて殺して貰おう。
──雄治は取り敢えず、当初の予定通りある女性の名前を口にした。
「坂本優香の弟だぜ、俺は?」
「ふぇ?」
「あへぇ?」
その名を耳にした瞬間、オラ付き今にも雄治に殴り掛かりそうだった二人の動きがピタッと止まった。
そしてみるみる内に顔色が青く染まり、さっきまでの高宮以上に顔面蒼白となる。
「言われてみれば……」
「そっくりだっ!あの人にっ!」
「ふっ」
その様子を観て雄治は勝ちを確信した。
「……チクるぞオラ、ウチのねーちゃんによー、おいっ!」
さっきまでのヤンキー並みにオラ付く雄治……しかもしたり顔で姉への告げ口を仄めかす。
そして、何故かそんな小物感溢れる雄治を頼もしそうに見詰める高宮と、実は雄治の後をこっそり着けていた幼馴染の愛梨。
「さ、坂本雄治……噂には聞いていた……ヤンキー界で知らぬ者は居ないっ!あの西方不敗暴君悪魔の坂本優香が絶対に勝てないと豪語する男……!!」
「やべぇ……初めて生で観たっ!おおっ!言われてみればオーラが半端ないっ!(見間違い)──俺たちはとんでもない男に喧嘩を売ろうとしてたんだっ!」
「こ、殺される……確実に……」
「父ちゃん……!」
せ、西方不敗暴君悪魔の坂本優香って……姉ちゃん、なんて渾名付けられてんだよ。
つーかあの姉ちゃんが暴君で悪魔だと?どいつもこいつも見る目ねーよ!あの姉ちゃんの何処が悪魔で暴君なんだよっ!腹立つなマジでっ!
「慈愛天使だ」
「「へぇ?」」
「西方不敗暴君悪魔じゃなく、西方不敗慈愛天使だっ!今日からそれを世に広めろ。そうすれば今回の事は見逃してやるっ!──因みに、あんた達が手を出そうとしてた人は姉ちゃんの友達だぞ?」
「ま、まじかっ!?」
言われた不良達は同時に高宮を見た。
その所為で一瞬怯える高宮だったが、目の前に居る雄治が余りにも頼もしく、そのお陰でさっきの様に恐怖で震える事はなかった。
「お、おお、俺たちはとんでもないことを……!」
「分かったからもう行けっ!」
「わ、わかりましたっ!」
「慈悲をありがとうございますっ!」
「ただし『慈愛天使の坂本優香いぇーいっ!』と言いつつ、更にスキップしながら去れっ!」
「「は、はいっ!」」
「後は高宮生徒会長に謝れっ!」
「「本当にごめんなさいっ!!」」
「そして歳下なのに偉そうなこと言ってこっちもごめんなさいっ!」
「「お気遣いなくっ!!」」
「よしっ!行けっ!」
そして二人は声を張り上げ人混みの中へと消えて行く。
『『慈愛天使の坂本優香いぇーいっ!』』
側から観れば正真正銘の狂人である。そんなヤンキーを雄治は誇らしげに眺めていた。
「これで姉ちゃんの悪評価が鎮まると良いんだけど」
──その後、何故か西方不敗暴君悪魔堕天使と呼ばれ、更に畏怖される存在となった。
因みに余談だが、この渾名の『天使』の部分の出所が雄治と知った優香は、それはもう天にも登る気持ちになったという。
「うわぁーんっ!!後輩く〜んっ!!」
精神的に追い詰められていた高宮は、このシスコンチックなやり取りを聞いておらず、二人が去ったのを皮切りに雄治に勢いよく抱き着いた。
ただしこの行為……女性不審を拗らせた雄治にとっては堪まったものでは無い。
「ちょっ!こ、怖いっ!女に抱きつかれて怖いっ!生徒会長でも怖いっ!」
「怖がっだよぉ〜……助けてくれてありがどぉ〜っ!うわーんっ!死んだかと思ったよぉ〜!」
「死なないでしょっ!でも俺は死にそうっ!は、離れてっ!お願いっ!!」
「やだ怖い〜っ!」
「俺も怖い〜っ!」
結局、雄治と高宮は両者共に泣きながら3分ほど抱き合っていた。
そして人助けしても碌なことにならないと、雄治は改めて思うのであった。
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〜???視点〜
「はぁ……はぁ……危なかったぜ」
「も、もうこの街に居られないぜ……俺達はとんでもないお方に目をつけられちまったっ!」
先程、高宮と雄治に絡んでいた二人の不良は、路地裏に逃げ込み、そこで一休みしていた。
今日はどうにかなったが、あの坂本優香が弟に手を出されて黙って居るとは到底思えない……二人は溜まり場としていたこの街から逃げ出す覚悟を決める。
──しかしそんな決意、覚悟など虚しく。
「お兄さん達……ちょっといい?」
「ん?」
「なんだぁ?」
一部始終を観ていたストーカー女、姫田愛梨が黙って居なかったのである。
あの場で一連のやり取りを盗み見してた彼女は、雄治に手を挙げようとした二人を、なんと此処まで追い掛けて来たのだ。
「……ゆうちゃんを殴ろうとしてたでしょ?」
「え……ちょっと……マジで怖いんだけど、この姉ちゃん……」
「そんな分析してないで逃げるぞ……!」
「おうっ!──あれ居ない!?」
「前にゆうちゃんを殴った子がいたの。でも次の日からソイツはゆうちゃんに近付く事は無かった……なんでか解る?ねぇ?」
「……ぁ」
「……ヤッベ」
いつの間にか二人の背後に回り込んでた愛梨は、絶対に獲物を逃がさないと目をギラつかせ……不良共の肩に手を置いた。
「ゆうちゃんを守って来たのは……優香さんだけじゃ無いんだよ?」
──その後、このヤンキー二人は三週間の入院生活を余儀なくされるのであった。
次回も予定通り日曜日の20:00です