楊花と……
「──てな事があったのよ。もう楊花に下駄箱で引っ付かれてさ、マジ恥ずかしかったわ」
いつもの様に姉ちゃんと二人で夕食を食べていた。献立は焼き魚と煮物と味噌汁……創造神はなんと俺。
焼き魚と味噌汁はともかく、煮物作れる高校生とか凄くないか?煮物は買って来たヤツだけど。
「昼ご飯食べてる時も、ずっと隣だったし」
「…………」
それは良いとして、さっきからこの女が自慢話ばっか聞かせて来るんだけど?
いや女の子に抱き着かれるって今は悪夢か。
でも楊花が相手なら全然有り、嫌いじゃないからな。
そう、嫌いじゃないけど怖いんだよなぁ。
「それで姉ちゃん……どうだった?」
「え?何が?」
「あの胸だよ。デカかっただろ?」
「ぶふぁっ!!」
「うわっきたね」
味噌汁を噴き出しやがった……
俺の作った味噌汁を……姉ちゃん如きには到底作れない具沢山の味噌汁なのに。
まぁ自分の茶碗に溢してたから許したろ。
「ゆ、雄治、それセクハラなんだけど?──てかなに?雄治もあの子に抱き着かれた経験あんの?!」
「あるも何も会う度にされてたぞ?」
「マジか?」
「うん。何回か昼も一緒に食べたけど、食い終わったら俺の膝の上で昼寝することも有ったぞ?」
「……マジか?」
「それも膝枕とかそんな低度の次元じゃないぞ?俺の膝に座ってから寝るよ」
「…………マジか?」
「しかも向かい合って」
「………………マジか?」
「さっきから疑い過ぎ……こんな嘘ついてどないするっちゅーねん」
「楊花……あの子ってばなぁにやってんのよっ」
弟が抱き着かれる場面を想像する。
それどころか膝の上で睡眠……優香には羨まし過ぎた。そして昔は自分がそのポジションだったと思い出す。
小学生の頃、雄治を抱き締めながら一日中ベッドで眠り続けて、流石にそれはやり過ぎだと両親に注意された事がある程だ。今でもそうしたい気持ちは何一つ変わっていない。
優香は下心から弟にカマをかけてみる事にした。
「………因みになんだけど……いや私がそうしたいとかじゃなくてさ?もしも私が会う度に抱き着く系の姉ちゃんだったら……どう思う?」
雄治は迷う事なく答える。
「え?高校生にもなって、姉弟でそんなことしてたらキモいでしょ?絶対に嫌だよそんな姉ちゃん」
「……ダヨネーワカルワカル」
あわよくばと期待したんだけど……まぁ無理か。
だよねぇ〜……でもさ、キモいとか言わなくてもいいと思うかなぁ?多分これ寝る前に泣くパターン入っちゃってるわ思いっきり。
……いやどう考えてもキモいよね。
でもこんなキモい事を考えてしまうのは、雄治と話せなかった期間が長かったせいかね?
最近、昔みたい雄治に甘えたくなる時がある。
偶に儚げに見える時があって、そこは昔の弟と違う気がするけど、可愛いと思う気持ちはやっぱり昔と変わらない。
それなのに愛情込めて見詰めてたらガン飛ばしてるとか言い掛かり付けられるし、可愛い弟が朝食のオカズをくれるって言うから貰ったらカツアゲされたみたいな顔されるし、賞味期限切れのプリンを間違ってあげたから処分したのにその事を未だにめちゃくちゃ恨まれるし。
いやプリンに関しては嘘ついた私も悪いけど……
「でもさ雄治。さっきみたいに胸が大きいとか、セクハラ発言はあんま止めときなよ?流石に本人には言ってないんだろうけど──」
「あ、言ってる言ってる」
「…………」
……楊花、うちの弟のいったい何処が良かったの?
私は全部だけど。
──優香は疑問を抱きながらも弟の手料理を満喫するのであった。
────────
「さてと……」
夕飯後、お風呂に入った俺はベッドに寝転がりスマホを確認する。アプリはタブレットに入れてあるので休日以外はスマホを放置してる事が多い。
俺はメッセージ画面を開いた。
未読の通知が複数……楊花と石田と姫田愛梨……後はどうでも良いメールが幾つかある。
姫田愛梨からのメッセージを読まずに削除し、他の二人から送られて来たメッセージの内容を確認する。因みに姫田愛梨をブロックしないのはそうすると負けた気がするからだ。
──まずは楊花のメールから読もう。
『先輩、こんばんは!またこうしてお話しする事が出来て嬉しいです!いっぱい傷付けてごめんなさい。先輩は悪くないよって言ってくれましたけど、私はそうは思いません。自分の幸せだけを追い掛けた、私の身勝手な考え方がダメだったんです。町田さんも傷付けてしまいました。町田さんに謝りました……でもそれで終わりだと思ってません。態度で示していこうと思ってます──それと、一番大事な事を伝えます。 先輩が大好きです。 この気持ちは絶対に変わらないです。前までの私は言えませんでした。今更だと思うかも知れませんけど、いつか、直接言える日が来ると嬉しいですっ!好きですっ!』
「……なんだこの可愛過ぎるメール」
明らかに前の楊花とは違う。
ほんとに成長してるんだ……やっぱり思いやりのある子なんだ、楊花は優しい良い子だ。
俺なんかに勿体ないぞマジで。
「いやそんな後ろ向きに考えないで俺も頑張ろう……楊花の期待に応えられるような、そんな強い人間にならなくちゃ」
今後、彼女が意図して誰かを傷付けるような事は絶対にしないと言い切れる。そんな楊花とまた話せるように、俺も自分自身と向き合わないと。
夜にもう1話投稿します。
石田のメールと本編です。




