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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
96/334

第93話 負の連鎖

遅れました……

急いで書いたので修正するかもです。



 見慣れた天井に見慣れたベッド、見慣れた部屋、見慣れた宿屋の娘……etc。

 俺が借りている部屋のドアを開けたまま固まってしまったアニータという少女を前に俺もまた黙り込んでいた。



「「…………」」



 非常に気まずい……そして、不味い。



 昨日、ムクロを部屋に招き入れて話をしたのは覚えている。

 何かそれまでに色々あったけど、そのことも概ね覚えている。



 だがしかし。

 その後のことが全く思い出せん。



「zzz……ん~……むにゃむにゃ……うぇへへ…………」



 故に俺の隣で何故ムクロが全裸で寝ているのかもわからない。



 寝ているだけでもちょっとしたパニックなのに何故全裸なのか。



「え、えっとぉ…………その……朝御飯の用意……出来た……んだけど……」



 幸い、俺の方は仮面を付けていたからアニータ(第三者)に正体がバレたということはない。

 問題は俺の方も何故か上裸で下も下着しか履いてないということだろう。



 つまり……どこからどう見ても事後である。しかも仮面付けたままというマニアックなソレだ。



「……違うんだアニータ、これは――」

「――ごめんなさいっ! ごゆっくり……ごゆっくり? どうぞ!」



 顔を真っ赤にして駆け去るアニータはまあ良いとして……



「昨日、何があったんだっ……!?」



 暫くの間、頭を抱える俺。

 しかし、断片すら思い出せない。



「確か……ムクロが幼児退行して、手伝ってくれって頼んでそれから……」



 ……ダメだ、そこからは記憶にない。



 これは本人に訊くべき……なのか? 何かが原因で……そう、何も飲んでないけど、酔ったとかでしちゃいました……みたいな? え、そんな状況で「昨日ヤったっけ?」なんて訊けるか? てか訊くか普通……?



「…………わっかんねぇ……」



 自分が致したか致してないかもわからない件について。



 どうしよう……あ、そうだっ、取り敢えず服を着て、ムクロが起きるのを待って……それからだな、うん、そうしよう。



 命のやり取りはしたことがあってもそういう経験がなかったからか、ある意味で思考を放棄した俺は取り敢えず出来ることだけしようとベッドから降り……



 腕をぎゅっと掴まれた。



「……む、ムクロさん? 起きて……というか何をしてらっしゃるので……?」



 寝起きであり、事後かもしれないこともあり、知り合いに事後かもしれない状況を見られたこともあり、事後かもしれない相手と共に服を着ていないということもあり、焦っていたのだろう。



「んっ……おはよう、シキ。昨日は……ふふっ……凄かったぞ」



 という慈愛を感じさせるムクロの優しい微笑みに、そして、危ない発言に思考が止まった。



 たっぷりムクロの綺麗な顔に見惚れた数秒後、出たのは、



「な、にが凄かったんだ……? 悪いんだけど、記憶がなくて……」



 という困惑の言葉だった。



 もし事後だったら問題になりかねない発言である。

 しかし、相手はムクロ。自分が悪いからと泥を投げ付けられても怒らない変人だ。当然……



「ん~……? ふぁ~ぁ……むにゅ……何だぁ? 覚えてないのかぁ? うりうり~……」

「んむっ……!?」



 一瞬、キョトンとするものの、怒りもしなければ傷付いたりということもなかった。

 代わりにえへへ~と無邪気な笑顔で俺の顔を掴むとベッドの中へと引きずり込み、抱き締めてきた。豊満とまではいかない美乳に顔を埋められて悶えてる俺に追加で少し強めの撫で撫でもしてくる始末だ。



 ――……まあ、ムクロ自身、昨日記憶飛んでるからな。それで怒られても困る。



 ……俺の中の冷静な部分が冷静なツッコミを入れている。

 

 

 じゃなかった。この女、何故抱き締めやがった。息がし辛いし、む、胸が……



「あう……」

「おーおー赤くなっちゃって……本当に可愛いんだからも~……」



 ――っ!? こいつっ……いつの間に俺の仮面を……!



 気付いた時には今の今まで身に付けていた仮面が盗られていた。



 俺が認識出来ない速度で魔力を動かして仮面を変形させ、瞬時にスるなんて……化け物め。



「や、止めろっ……何があったのかは知らねぇけど、お前にこんなことされる筋合いはっ……」

「何だよ~……本当に覚えてないのか~? 昨日はあんなに……ふふふ……」



 いや、マジで何があったんだ!?



 増殖、高速回転している思考の大半はテンパっていたものの、微妙にあった冷静な思考も次々に攻めてくるムクロを前に消え失せた。



「覚えてないっ、だから……これ、止めっ……」

「ぎゅ~っ……えへへぇ……離さないよ~だ」

「うおっ、力強っ!? びくともしねぇっ……!」

「シキはもう私のものなんだから……ね?」

「っ……」



 ただでさえムクロの白く美しいしなやかな身体に抱き締められており、その温もりやら柔らかさに目を回していた俺だが、化け物染みた力で押さえ付けられたことではなく、まるで愛しい人にするような優しい笑みに抵抗する気力を奪われてしまった。



「ぅっ……。あ、れ……? な、なんか……ボーッとして……?」



 何故かムクロの顔を見ていると頭が働かなくなり、霧がかかったようなモヤモヤした気持ちに包まれた。

 そのせいか、ムクロの紅い瞳が光っているような幻覚すら見えてくる。



「ふふっ……()()()()()、か……うん、初めてにしては上手く出来たかな」

「……? 何、言って……?」

「ん、よしよし……何でもないよ~……まだ少し疲れてるみたいだし、もうちょっと寝よ? さっきの子もごゆっくりって言ってたし……はい撫で撫でしてあげるからね~……」

「ぁ……ぅ……」



 抵抗する力も気力すらも沸かなくなってしまった俺は間近にあるムクロの端麗な顔と頭を撫でる優しい手つきに心臓の動きを乱されながら再び意識を失った。















「違う。本当に誤解なんだアニータ。俺は何もしていない。というか記憶にすらない」

「普段寡黙なのにそう必死に否定されると余計怪しいよシキさん。一人だと思ってドア開けちゃった私も悪かったけどさ~……」

「ええいっ、違うというのに……!」

「お前、こんな時に女連れ込んでいちゃこらするとか……この前話した聖軍の件は何だったんだよ……」

「「…………」」



 俺は今、宿屋の食堂でちょっとした辱しめを受けていた。



 顔を赤くしながら「ゆっくりしてとは言ったけど、まさか本当にしてくるなんて……朝からげ、元気なんだねシキさん……」ともじもじしているアニータに事情を聞いたらしいリーフ達。



 リーフからは若干、嫉妬みたいな感情も感じるがアクアとフレアはひたすら呆れ果てているような印象を受ける。

 とんだ誤解である。



「何だったって……俺が聞きたいくらいだ。昨日俺に何があったんだ……」

「というかあの姉ちゃんがお前の女じゃないってことに驚きなんだが。あんなに仲良さげなのに何もないってことはねぇだろうよ」

「……あれはただの行き倒れだ。偶々拾ったから町まで連れてきてやっただけで」



 因みに今は昼。ムクロは気付いたらまた姿を眩ましていた。

 お陰で何から何まで謎である。



「事後なら一日経っても相応の疲れとかがある筈。息子は?」

「……何もないな」

「そう……まあ、たまにそういうことじゃ疲れない人も居るしね」



 俺の様子に本当に記憶がないんだと信じてくれたっぽいアクアが尤もらしいことを言ってくるが生憎、疲れもなければスッキリもしていない。

 というかそもそも疲れって何だ。あれって疲れるくらいするものなのか……? それすらもわからないんだが。



「どうなんだ息子よ」

「ち、ちょっと、何してるのシキさんっ……!? も~、シキさんはそういう人じゃないって思ってたのにーっ……これじゃ他の冒険者の人と同じだよ~?」

「お前、アニータちゃんの前でどこ見てんだよ。態々ベルト緩めて中まで見たりしてよお」

「初めてだったんじゃ? それならこの混乱具合もわかる」

「……まあこいつ、こう見えて結構若いみたいだしな。わからなくもねぇか?」

「~っ……あ~もうっ、こんな真っ昼間から恥ずかしい人達! 男の人ってそれしか頭にないんだから!」

「ボクハムジツダヨ。嘘つけ、証拠は揃ってるんだ。吐けよひろし。……いや、たけし。……あ、さとしか? 太郎か? ……ボクハムジツダヨ!」

「「「……ダメだこりゃ」」」



 一人二役、裏声で息子と会話してたら誰も居なくなっていた。



「……ふむ。そして誰も……ってダメだ、やっぱ疲れてるな俺」



 まあ何にせよ、ここで腐ってるのは問題だ。

 聖軍がいつ来るかわからない以上、時間は無駄に出来ない。



 と、大分時間を無駄にしてから気付いた俺は冒険者ギルドに向かった。














「遅いッ! シキ! 貴様今まで何をしていた!? 五体満足で逃げ帰ってきたのは知っているんだぞ! さっさと準備しろこの愚図! 盗賊退治に行くぞ!」

 


 ギルドの建物に入った瞬間、この罵倒である。



 相手は冒険者ギルドの問題児、エルティーナ。

 ジンメンと遭遇した際、リーダー達のように俺の忠告に噛み付いたりしなかったものの、全く聞き入れなかったのは記憶に新しい。



 何をそんなに怒っているのかはわからないがここまで言われる謂れもない。……まあ時間を無駄にしていたのは認めるけど。



「……無事だったのか。どうやって逃げてきたんだ?」

「逃げた……だと? ふざけるなよ貴様……ッ! あれは逃げたんじゃないっ! 戦略的撤退だ!」



 同じだろ。聞こえの良い言葉に変えただけで。



「そうカッカするな。大変だったのはわかるが俺に当たることはないだろ。忠告したのに聞かなかったのはお前らだぞ」

「煩いッ! 正義の騎士たる私が撤退っ……撤退してしまったんだぞ!? 何たる失態……狼藉! 私は自分が許せないのだ!」



 ……狼藉はちょっと違くねぇかな。

 何はともあれ、ジンメン相手に大したことも出来ない内に逃げ帰った自分の弱さにプッツンきてるってことだろう。



 受付で小さくなっていたセーラに話を聞けばリーフ達やムクロと話し合ったこの二日間、ずっとこの調子だったらしい。



「シキさん……同じパーティとしてどうにかなりませんか?」



 と、頼まれてしまった。



 エルティーナ単体なら兎も角、この反応には流石の俺もカチンと来た。



「あのな……何度も何度も断ったのに強制して、何度も何度もメンバーを変えてくれと打診してるのにそれを無視してパーティメンバーなんだから何とかしろってのはおかしくないか? セーラ、あんたも俺がそこまで気が長くないのは知っているだろう」

「ひうっ……で、ですけど、一応パーティメンバーですし……」

「けどじゃない。決めたのはお前達だ、いい加減にしろ。……殺すぞ」

「ひっ!?」



 本当でそうするつもりはなかったがあまりに身勝手過ぎる言い分に我慢出来ず、殺気を飛ばしてまで言ってしまった。



「何をしている! こんな時に人に当たるなんて……どこまで愚かなのだ!?」



 と、ここで殺気に敏感に反応したエルティーナが俺の胸ぐらを掴んでそんなことを宣ってくる。

 思わず、お前もかと上から下にぐるりと視線を回してまで呆れてしまう。



 ――こいつら、どこまで……っ!



「………………あぁ。すまない、セーラ。相手が間違っていたな? 先ずはこいつとギルマスだった。二度と舐めた口を聞けないようその口を切り刻んでくれる……!」



 怒りに身を任せてジル様の爪を使った長剣に手を置き、いつでも抜けるように半身になると同時に現在進行形で俺の服を掴んでいるエルティーナと辺りに殺気を撒き散らしていく。



 我ながら子供だと思ってしまう行動だが……ダメだな。ついカッとなってしまった。



「「「「「っ!?」」」」」

「き、貴様っ……!」

「ひきゅっ!?」



 近くに居た数人の冒険者は驚くほどの早さで後退りし、その内半数以上が腰を抜かして倒れ込んだ。

 直に受けたエルティーナは赤から青、挙げ句には白に顔色を変化させて俺から離れた。また、エルティーナほどではないにしろ、至近距離で当たってしまったセーラは気絶し、その場に倒れてしまった。



「何だ……? 殺るんじゃないのか? エルティーナ……俺がどういう奴なのか忘れた訳じゃないだろう。俺が本気になればこんなもんじゃないってのもわかっている筈だ……人の好意を無下にするのはまだ良い。だが自分のことを棚に挙げて人をおちょくるのは止めろ。……殺したくなる」



 周りの反応に少し溜飲が下がった俺は長剣を納め、殺気を霧散させる。



 数秒後、息が詰まっていた者はぜぇぜぇと息を切らし、エルティーナ含めた数人はへなへなと座り込んだ。



「全く……黙っていれば次々に俺の自由を奪いやがって……」

「お、落ち着いたか?」

「……居たのか」

「居た。怖かった……」



 それでも苛々が収まらず、吐き捨てるようにぼやく俺に恐る恐るといった様子で話しかけてくるリーフとアクア。

 フレアも後ろに居るようだ。……何かうんうん頷いてるな。



「延々と一人で喋ったり、ぶちギレたり……情緒不安定かよお前」

「でも気持ちはわかる。あそこまで言われたら……」

「…………」



 やべぇ奴を見るような目で見てくるリーフに対し、アクアは俺に賛同してくれるらしい。

 先程からしてるグッドサインを見るにフレアも同じのようだ。



「我ながら幼稚なところを見られたな。……フレアは出歩いても大丈夫なのか?」



 気恥ずかしさやら周りの視線やらが気になったので話を逸らすつもりで包帯でミイラのようになっているフレアに話を振る。

 


「っ! ……っ……っ。っ!」



 必死に謎のジェスチャーで何かを伝えようとしているのはわかるんだが……如何せん、内容が今一わからん。



「あ~……痛いけど……大丈夫、か?」

「っ!」



 再びグッドサイン。

 合ってるらしい。



「なら一緒に依頼を……いや、流石に無理か。こいつと居ると前みたいなことが起こりそうだからお前らと行きたかったんだが……厳しそうだな」



 座り込んだまま俺を睨んでいるエルティーナを顎で示しながら話す。



「俺とアクアは動けなくもないけどな。特にアクア。ただまあ、今はまだ資金的に余裕があるからな。出来れば治療に専念したい。……例の件で信用出来る知人を説得したいってのもあるしな」



 後半は小声で告げてくるリーフ。

 恐らく聖軍やジンメンから逃げる件だろう。



「成る程。アクアは?」

「問題ない。知り合い居ない」

「そうか。……一応町から離れない依頼を探すか」

「だね」

「んじゃ、俺達はそっちに回るぜ」

「……っ!」



 リーフが無言でサムズアップしているフレアを連れて出ていくのを横目に、少し思考に耽る。

 


 実はリーフと違って俺の方は既に話を済ませてある。と言っても数人だけだが。

 予想通り殆ど信じてもらえなかったので、どうやって説得しようかと悩んでいる状態なのだ。



 話したのは先程のアニータの両親とアニータの恋人の冒険者、仲間をジンメンに殺されて塞ぎ込んでいたリーダーとレドの五人。



 それなりに世話になっている宿屋の二人やアニータにはやはりそれなりの情が沸いている。

 しかし、先程の俺の恥態をリーフ達が既に知っていたように、アニータは少し口が軽い。その為、アニータではなく両親に話した。が、向こうは町でも評判になるほどの店を持つ人達だ。当然、信じる信じない以前に宿屋を捨てるという選択肢は取り辛い。



 アニータの恋人の冒険者も話してみればアニータの幼馴染みらしく、かなり若かった。

 冒険者業はそのものは俺よりも先輩なのだが、人生で見れば俺の方が数年年上だし、一般人が背伸びをしているようなものだから大して強くもない。端的に言えば俺やエルティーナ、リーフ達に以前のリーダーパーティのように外で討伐依頼をバンバン引き受けるようなタイプじゃないから聖軍のことをそれほど知らなかった。故にこちらも半信半疑。口外しても構わんが消されるぞと脅したせいか、余計怪しまれた気もする。



 最後のリーダーとレドは心が折れていた。

 否、折れかけていた、というべきか。



 俺の忠告に耳を持たず、ジンメンから逃げてきた魔物と相対した結果、やはりルークとプルは死に、続いて新人の二人も殺られたらしい。

 前者は人面型ジンメンの身体に浮き出ていたから驚きよりも納得の気持ちの方が強いが新人まで死んでいたのは驚いた。



 どうやら胞子を吸ってしまったルークが逃げようとリーダー達の方へ来てしまったのが悪かったようだ。

 《縮地》の速度に対応出来なかったリーダーはルークの身体に付着していたか肺の中にあったと思われる胞子に気付けなかった。そして、新人の二人は一緒に抱えられていたレドと違って息を止めていなかった。



 リーダーの適切な判断は遅く、それによって先輩が死ぬ姿を間近で見てしまった新人二人はジンメンへの正しい対処法を忘れてしまった訳だ。



 残されたのはそんな現実に耐えきれず、ひたすら酒に逃げる毎日を送っているらしいリーダーと沈みきった様子のレドのみ。

 とはいえ、向こうは帰ってきて一週間近く経つ。俺は変な方向に行って聖軍と鉢合わせしたせいで時間が掛かったがリーダーは真っ直ぐ町へ逃げてきたからな。



 俺よりも身体や心を休める時間は多い分、被害は俺と比較にならない。

 が、元来何かと死が付き纏う冒険者だ。その内、克服するとは思う。



 聖軍の話をしたら「そうか……」とだけ言って終わりだったからな。今はまだ時間が欲しいんだろう。



 ――ま、時間が欲しいのは俺やリーダーだけじゃないがな。



 アクアと良い依頼を探しながらチラリと周りに目を向ける。



 セーラは気絶、エルティーナや近くに居た冒険者は未だに座り込んだまま固まっておりと割りと酷い有り様だが、殆どの奴はこの惨状に気付く暇もないといった感じで走り回っている。

 受付嬢は兎も角、後ろの職員達は慌ただしいし、お互いに怒鳴りあったりもしており、冒険者達は冒険者達でギルド内に置いてあるジンメンの情報が乗っている紙を取り合っている。



 率直に言えばギルドの人間は俺達が遭遇したジンメンについて調べたり、情報をまとめたりするのに奔走していて、冒険者はその対策に追われているような印象だ。ギルドの人間に関しては聖軍の受け入れ準備のこともあるのかもしれない。

 ギルドの人間は置いておいてもそこそこ有能な冒険者までもが依頼を受けず、昼間からギルドに居る光景は慣れてきた俺からすればかなり異様に見える。それほど緊迫した状況なのだろう。



「ここまできたら聖軍を抜きにしても町を捨てた方が良いと思うんだがな……」



 ここ数日は続いているらしい忙しない光景についそんな言葉が漏れてしまう。



「……それは難しい。多分、僕達も聖軍と会ってなかったらあの中に居た」

「町の人間に言うべきことじゃないのはわかっている。しかし、もう手遅れだろう。生きていれば町は再び作れる。逆に死んでしまえば何も残らない」



 俺の言葉に神妙な面持ちで反応したアクアに「気持ちはわかるがな……」と続けた。



「お前達のようにこの町で生まれ、育ち、生きてきた奴等からすれば捨て辛いのかもしれんが大切なのは自分達が生きていることじゃないのか? 場所や環境なんぞどうとでも……」

「それは違う」

「…………」



 アクアにここまでハッキリ否定されたのは初めてだ。



 その事実に少し面食らってしまった俺は目を丸くしながら、話を促す。 



「この町には僕達が生きてきた思い出や証がいっぱい詰まってる。生きるだけなら誰でも出来る。けど、慣れ親しんだこの町でなきゃ今みたいに生き生きとすることが出来ない人は多い。シキが言ってるのはそういうのを気にせず、ただ生きているだけのこと。それは……生きているとは言わない、と思う。だから皆、この町を守りたい。だからこの町を守ろうとしてる。……逃げようとしてる僕達と違って」



 最後のが一番言いたかったことなんだろう。

 悔しさが滲み出たような言い方だった。



 確かにアクアの言うこともわかる。町を作り直すのだって途方もない金と努力、時間や犠牲を要する。

 理想論だが、ジンメンの特性を考えればマスクのようなものを開発するだけで何とかなるかもしれない。



 しかし、現実は違う。

 敵はジンメンだけじゃない。



 ある意味、ジンメンよりも厄介でタチが悪い聖軍が居るのだ。

 それを知っているからこそ、アクアは自分の気持ちに蓋をしてまで町から逃げようとしている。



 ジンメンだけなら他の冒険者達と同じことをしていた、ということは聖軍まで来てしまった以上、この町は諦めるしかないと思ったんだろう。



「……すまない」

「気にしないで」



 この世界に居場所がないせいだろうか。配慮に欠ける発言だったな……



「ん? この依頼書は……」



 少し気まずくなったところで一風変わった依頼を見つけたのでアクアにも見せながら内容を確認する。

 どうやら町中の教会に住まう神父やシスターが次々と暴徒化しているらしく、それに襲われて怪我人どころか死人までもが続出しているという怪事件の早期解決を望んでいるようだ。



「……最近、特に酷いらしい」

「……そうか」



 教会ということは聖騎士ノアの影響である可能性が高い。

 それほど近くに迫っている、ということだろう。



「シキ。さ、先程は……済まなかった。どうも最近は気が立っていてな……ジンメン共と遭遇したからだろうか」



 聖神教の関係者だというエルティーナに目を向けたからか、本人は少しバツが悪そうに謝ってきた。



 ……別に謝罪も訂正も求めてないんだがな。何を勘違いしたんだか。



「……いや、こちらも悪かった。やり方が暴力的だった」

「そう言ってもらえると助かる」



 ――あからさまにホッとしちまってまあ……ハッ、随分とおめでたい脳ミソしてるこった。



 俺の内心が目にでも出ていたのか、黙っていたアクアが仮面に覆われている俺の顔を見て肩を震わせた。



「そう言えば……あんたはまだ盗賊討伐にご執心なのか? さっきはえらく鼻息を荒くさせていたが」

「違う。東でジンメンが出てしまった以上、私もジンメンの対応に回りたい……が、今回盗賊が出たのは……コーザ殿達の村なのだ」

「……またか?」



 対策してなかったと言っても早々、同じところが狙われることはないと思うんだがな……不運どころじゃないな、あいつら。



「我々がしっかりしていればこうはならなかったのだ……今度こそ、我々の手で決着をつけるべきだろう」

「……ん?」



 何か話が噛み合わないな。コーザ達のその後のことは関係ないだろうに、しっかり? 決着? 何を言っているんだこの女は。



「情報によれば……盗賊のリーダーはコーザ殿の許嫁らしい」

「……? ……あっ、成る程」



 一瞬、エルティーナの言葉の意味がわからず、つい素が出てしまったが大体わかった。

 盗賊が出たってのは盗賊に襲われた、という意味ではなく、村から盗賊が生まれた。……つまり、あの時村に居た誰かが盗賊になったってことだろう。



「……我々はあの村を救うことが出来なかった。村の人々も連れ去られた女性の心も……ならば責任は我々にある。我々がやらねばならんのだ」



 我々、我々と一々俺まで巻き込みやがってこのクソ騎士……。



 ……まあ良い。

 しっかし、あいつらが盗賊に、ねぇ……



 まさかとは思うが、ムクロが同情していたあの子供達も盗賊の一味なのだろうか?



 …………。



 ムクロが知ったら多分、「子供が悪事に手を染めなければ生きられないなんて……」と嘆く……だろうな。



 でもまあ確かに。



 まだ齢十にも満たない小さな子供が他人の身勝手な欲望に振り回されて、自分も振り回す側に回って……これではまるで永久に止まることのない負の連鎖だ。



 そんなことが起きてしまう現実そのものも、起きても不思議に思われることのないこの世界の歪さも、どうしようもないほど悲しいことのように思える。



 ――あぁ……ムクロはあの時、こんなことを感じていたのか。だから時々、誰かに甘えたくなる……



「そうか。コーザ達の村が……つくづく……つくづく世知辛い世の中だな」



 コーザ達のこともあるが、それ以上にムクロが俺に引っ付いてくる理由ややたらと抱き付いてくる理由がわかり、何となく悲しくなった俺だった。




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