第92話 揺れる心
ユウ視点です。
聖軍の対処について話し合った俺達だったが、リーフ達からしても聖軍を完全に足止めすることは不可能だという意見が上がった為、やはりライ達が来るまで耐えるor知り合いを連れて逃げるのが最善だという結論に達した。
聖騎士達だってリーフ達の時のようにいきなり現れて町を襲うなんてことは流石にしない筈だ。
行動に移すなら数日町中で身体を休めてから……いや、その数日で消費される食糧を惜しむ可能性もあるか。
しかし、だ。
幾ら神の手先だろうと町の奴等だって抵抗する。その痕跡はどうしたって残ると思うんだがな。まさかライ達にその痕を見せる訳にもいかないだろうし……何か特殊な死体や痕跡の処理方法でもあるのか?
等と思いながら道端で倒れていたムクロらしき何かに軽く蹴りを入れる。
「むにゃ……zzz……ふごっ!? いったぁっ!」
「何してんだお前。南に行ったんじゃなかったのか」
「ぐおおぉ……私のプリティなおでこがあ……って貴様、シキっ!」
「おうシキさんだ。……え、ちょっと待っておでこがプリティっつった?」
「寝ている女の顔面に蹴りを入れるアホが居るか!」
「スルーかよ。後、ここに居るが?」
「ええいっ、そういうことではないわっ!」
ステータスが絶対の世界なんだから一概にそうは言えんだろ。実際、傷は無いし。
「傷付かなくても痛いものは痛いのだっ!」
「人の心を読むな。仮面なのに何故わかったんだ」
「ふ、ふんっ。貴様はわかりやすいからなっ、顔なんぞ見なくても大体わかるのだ! 凄いだろ!?」
「はいはい凄いねカッコいいね。なら取り敢えず道を塞ぐのは止めようか。後ろの人マジギレしてんぞ」
「むふっ、もっと褒めてくれても……え?」
とニヤニヤし始めたムクロが振り返れば、後ろに居るのはそこそこ大きめの馬車。と、御者らしき青筋を浮かべたおっさん。
近くの広場で考え事をしていたのだが、先程から通りの方で何事か騒いでいたので来てみればこれだ。
「道端で寝るのは百歩譲って良いとしても何で大通りなんだ……というか何で寝れる」
その後、御者だけでなく、その主っぽい奴にまで罵倒され、挙げ句には馬車から出てきた子供数人にその辺の土や泥を投げ付けられて悲惨なことになっているムクロを軽くはたいてやりながらそう問う。
「いやー……眠かったし、疲れてたし、怠かったし?」
「いつもそれだなお前。しっかし……派手にやられたなぁ」
まあ向こうも流石に町中で轢き殺す訳にはいかないと思ったから最初は怒鳴るだけだったんだろうが、近くから聞こえてきたヒソヒソ話からすればめちゃくちゃ起きろ言われてるのに三十分以上も微動だにしなかったらしいからなこのドブ女。
後ろに他の馬車や人の群れの渋滞を率いてるあいつらも相当プッツン来てたんだろう。それにしたって女にやることじゃないと思うが。……それは俺もか。
「ま、その理由を考えればわからなくもないか」
連中はムクロを見るも無惨な状態に変えた後、ハッとしたような表情で「こんなことをしている場合ではなかった! 急ぐぞっ、お前達!」と爆走して行った。
方角はこの辺りで最も近い町の出入口。つまり門だ。
身なりはそこそこ、しかし、イクシアの城で見かけた貴族のそれっぽい品や振る舞いは無く、馬車には貴族の家紋もなかった。
それに加えて、主らしい男の肥満気味の身体を見るに恐らく商人だろう。必死こいてる割には俺の装備に視線が釘付けだったしな。
聖軍の存在を知って我先にと逃げ出している……と言えば聞こえは悪いが、まあ妥当な判断だろう。
冒険者が聖神教の裏の所業を知っているように、町から町へと渡る商人達にもそれ相応の知識があるということだ。
「……行くぞムクロ」
「うわぁ……びちゃびちゃだ……ん? 何だ? 何か話があるのか?」
「あぁ、少しな」
内容が内容だし、今の騒動やムクロの汚れ具合のせいでこちらに町の奴等の視線が集中している。
仕方ない、多少汚れるけど、俺が借りてる部屋で良いか……
そう思って連れてきたのが失敗だった。
十分後、長い間俺の寝床となっているベッドの上にダイブしたドブ女……いや、泥人間が一人。
「…………」
「どうしたんだシキ。……くふっ、私とにゃんにゃんしたかったんじゃないのか? ん~っ?」
人のベッドの上でどや顔でおいでおいで~してる泥人間の姿に青筋がはち切れそうになるが、何とか堪える。
「はぁ……もういい、突っ込む気力も失せた。石鹸とタライ貸してやるから身体洗え。どうせ『水』の属性魔法……じゃねぇなお前の場合。……まあ何でも良い。兎に角、水も魔法で出せんだろ? ほら、さっさと洗え」
最大な溜め息をつきつつ、マジックバッグから道具を取り出して渡した。
「おぉ……至れり尽くせりだな……んっ、身体を洗えだなんて、やっぱりにゃんにゃん――」
「――しねぇよ。外で待ってるから終わったら言え」
仕方なしに泥にまみれた布団とカバー、シーツに何故か無駄に抱き締められていた枕を洗って時間を潰した。
「……遅い」
何やってんだあいつ。もう三十分は経ったぞ。こっちはもう外に干したからやることがないってのに……
「ムクロ、そろそろ入って良いか? こっちも暇って訳じゃないし、用ってのは話だけなんだ、早くしてくれ」
ノックして聞くが返事はなかった。
代わりに聞こえてくるのは「あうー……あーっ……」という妙な声とチャプチャプという水の音のみ。
「ムクロ? ……入るぞ」
今まで喧嘩をしたことはあれど、無視されることはなかった。
そして、聞こえてきた覇気がまるでない声色。気にならない訳がない。
ムクロの性格上……いや、あいつの性格はコロコロ変わるからわからんが、素っぽい時でも裸を見られて怒るようなタイプじゃないし、そもそも何かあったのかもしれないからそんなこと言ってられない。
誰に聞かせる訳でもない言い訳を考えながらドアを開けた先に居たのは予想通り、未だ裸のムクロ。
「っ……おまっ、まだっ!? …………? ……む、ムクロ?」
「あー……ぅ? ……あおーっ……」
予想はしていたとはいえ、顔の隈に似合わず白くて綺麗な肌や女性らしい肉付きに思わず、動揺してしまった。
しかし、よく見ると様子がおかしい。
隠すこともしないでムクロがしているのはタライに貯まっている水を叩いて遊ぶというまるで理解出来ない行動。
いつも無気力ではあるが、いつにも増して生気が感じられず、無気力な顔と光を失った瞳でひたすらチャプチャプと水遊びをしている。
俺が部屋に入ってきたことに気付いても怒るのではなく、両手を上げて挨拶? をしてくる始末だ。
「あっ、あーっ……あー……」
あまりの衝撃的な光景に固まってしまった俺だったが、様子のおかしいムクロが俺の目を見て両手を広げて伸びたり、軽く閉じたりしているのを見て急いで駆け寄る。
「ムクロっ、どうした! 何があった!?」
ムクロの身体を近くに置いておいたタオルで隠しながら肩を揺らす。
が、返ってくるのは相変わらず「あっ、あー……あーっ……」という言葉になっていない声。
「な、何だよっ……どうしたってんだ……」
これまでかなりの数の性格と口調の変化を見てきているとはいえ、今回のは初めて見るタイプだ。明らかに普通じゃない。
「あー……あーっ…………ぅ、ううっ……うーっ……」
幾ら揺らしても力なく揺れて声を上げるばかりで正気に戻ってくれない。
それどころか、両手を広げるジェスチャーに反応しなかったからか、瞳に大粒の涙を浮かべながら唸ってきた。
「な、何だっ? 何で泣くっ。どうした、ムクロっ……」
「あっ、あっ、あっ……」
混乱する俺をよそに、謎のジェスチャーを繰り返すムクロ。
余計に訳がわからなくなった俺があたふたしていると、ムクロの瞳からボロボロと涙が落ち始めた。
ええいっ、泣きたいのはこっちだってのに!
「な、何かしてほしいのか……? わからねぇよムクロっ、どうしたんだよ……」
無性に泣きたくなってきたせいか、情けない声を出しながらムクロに話しかける。
すると、ムクロは「あーっ……あーうっ!」とタオルをはだけさせながら抱き付いてきた。
「っ……!?」
いきなり飛び込んできた感触やら温かさに目を回しながら取り敢えず抱き止める。
そうしてムクロの頭をポンポンしつつ、床に落ちたタオルを何とか掛けてやる。
当然視線は先に固定したままだ。下に落とせばムクロの背中やその下が見えてしまう。
「うっ、し、心臓がっ……何がどうなって……」
「あう~っ……きゃっきゃっ! きゃーっ」
「……わ、笑った?」
頭をポンポンしたのが良かったのか、抱き締める腕に軽く力が入ってしまったことが功を成したのか……
何故か喜び、より一層抱き付いてくるムクロの様子にある考えが浮かんだ。
「ま、まさか……お前……」
幼児退行、しているのか……? それも赤ん坊か、それに近い歳まで……
「きゃふっ……きゃっきゃっ」
「マジかよ……」
ムクロは俺の内心の疑問に正解とでも言うかのように再び笑った。
「……あ、ありえねぇ、性格がコロコロ変わるのもありえねぇけど……こんな、こと……」
こうなると、先程の謎のジェスチャーは「抱っこして」という意味のように思えてきたので試しに両脇を掴んで高い高い? をやってやる。
「きゃーっ! きゃーっ! うー……あーっ! きゃっきゃっ!」
「………………」
またタオルが落ちて色々丸見えになったが、絶句しか出来なかった。
何かめちゃくちゃ喜んでるし……
「こ、これ……どうすりゃ良いんだよ……このままってことも…………や、やべぇ、もしかしなくても人生最大のピンチだ……」
誰かに助けを求めようにもムクロは全裸だし、そもそも誰にどう助けを求めてどう説明すれば良いのかもわからないし、かといって服を着せようにも今の中身は兎も角、身体は大人の成熟したものだからこっちの理性がガリガリ削られるしでどうしようもない。
「てか、このままだと何もしなくても理性が……」
――前に当たったことのあるジル様やマナミのより柔らかくて……これ、は……不味い……!
興奮のせいか混乱のせいか、段々目が回ってきた。
「お、落ち着け俺……そうだ、素数を数えよう。1、さ――」
「あ!」
「――んぅっ!? や、止めろムクロっ……何して……あっ…………」
運が良かったのかはさておき、その後、俺の脳がショートして硬直している内にムクロは元に戻った。
互いに抱き合ってたせいで元に戻って早々に、
「お前何してるんだ……?」
ドン引きしたかのような目で見られたのはとても心外だったが。
寧ろ襲わなかった俺を誉めろよ……この世界の男って取り敢えず襲うんだろ、さっきみたいな状況だとっ。こんなことにスキルフル騒動させたのはジル様やエナさん以来だってのに……!
「納得いかねぇ!」
「知らんがな」
「いや、マジでお前幼児退行してたんだって。マジのマジなんだって!」
「そう言われてもな……記憶にないし、気付いたら裸でベッドの上に居る男に抱っこされてるとか言い逃れ出来る状況じゃないだろ。この強姦魔がっ」
いや、そうなんだけど。そうなんですけどもっ。
「違う……違うんだって……俺、無実なんだよっ……まだ何もしてないのに……」
「……今、まだって――」
「――言ってない! 言ってないから! もう俺を虐めるのは止めてくれっ!」
思わず学生の頃の口調が出てしまうくらいには納得出来ないが、幼児退行している間の記憶はないらしい。
聞けばいつもの性格や口調が変わる時は記憶そのものはあるというのにだ。
ゴミかゴキブリか変態か犯罪者を見るような目で見られた以外にビンタされたり、怒られたりとかはなかったけど、何かとんでもない精神的ダメージを負った気がする……
でもこの感じ、ジル様以来……いや、イクシア城での生活以来だ。ここのところ張りつめ気味だった気持ちが少し楽になった、ような……?
「ふっ……まあ兎に角、貴様が我に伝えたかったのは聖軍の目的なんだな?」
「はぁ、やっと話が進む……はい、仰る通りで…………おい、今笑わなかったか?」
「ぶくっ、わ、笑ってない。で……で? それを我に伝えてどうしろと?」
「嘘つけ声震えてんぞこの野郎っ。……どうもこうも今後の動きを知りたいんだ」
最初はお互いにふざけていた俺達だったが途中で気持ちを完全に切り替え、話を進める。
真面目な話、今回も手伝ってくれるというのならこれほど頼りになる仲間は居ないのだ。
何故俺を気に入っているのかは謎だが、向こうにとっては気紛れでも俺は既に何度も命を救われている。客観的に見れば対等だろう。しかしこちらは内心、頭が上がらない思いだ。
「南に行くのを止めたりはしない。ただ、もし良ければ手伝って欲しいってだけだ。それも聖軍を襲うんじゃなく、裏方や援助という形でな」
ジンメンや聖軍との争いに巻き込むつもりはないし、あの聖騎士達を始末するのは俺だ。一度やると決めた以上、あいつらは絶対に殺す。そこは譲れない。
だからあくまで手伝うだけ。知り合いの逃走に同行してくれるだけでも良い。
「最悪、俺達の知り合いを連れていってもらえるならそのまま南下してもらっても構わない。全てお前の都合に合わせる」
少し卑怯かもしれないが、同情を誘う為に仮面を外して真剣な表情を見せた。
ムクロには悪いがコーザ達の村での一件で見せた優しさ……とは違う何かを利用させてもらう。
あの時のムクロは被害を受けた女性や子供達の姿に同情し、争いの原因とも言える人の愚かさに嘆いていた。
つまりムクロはいつだかムクロ本人が言っていたように争い事を嫌っている。それもどちらかが理不尽な理由で一方的に虐げられるような争いを。
そこに人類の敵と称されて迫害される立場にある魔族やそんな歴史を作ってきた人族だとかは関係ない。多分、ムクロにとって種族や姿形の違いなんか些細なことなんだろう。
だから今回のような場合なら……
「……聖軍の真の目的は貴様の完全な推察に過ぎないのだろう? それに付き合えと?」
「そういうつもりはないが……まあそうなるな」
俺自身、自分はかなり薄情で冷たいと思っていた。
にも関わらず、今回は知り合いだけでも助けたいと思った。ジンメンの時は救いたいとすら思わなかったのに。
この差は多分、ムクロと同じだ。
ジンメンという魔物の、自然の脅威ならば自分の身を優先した。
即死させてくる奴を相手に人を助ける余裕なんてないと思っているからな。同情はするが、仕方ないで済ませられる。
逆に今回のは聖軍の……人間の身勝手な理由の為に起こされる悲劇だ。
被害を最小限に済ます為に守るべき人を殺すなんて本末転倒と言える。ましてや聖騎士バンのような真性のクズが居るなら尚更な。こちらは同情では済まない。やり方そのものには納得出来なくもない。が、被害を受けたリーフ達を見てしまった以上、仕方ないでも済ませられないのだ。
例外と言えるコーザ達の場合、聖軍と同じく身勝手な理由で起こされた悲劇ではあるが、相手は盗賊だ。聖軍と違って大義もないし、納得も出来ない。だがそれ故に奴等はそういう生き物なんだと思うことも出来る。言ってはなんだが、公的に盗賊は魔物と同じ扱いなのだ。俺自身も仕方がないと思ってしまう。
それに、そもそも俺達が助けに行った時点で既に手遅れの状態であり、コーザ達若者も死ぬとわかっていて特攻したからそちらも同情出来ない。村の破滅に付き合わされる羽目になった子供には同情するが盗賊が増える危険を予想せずに何もしなかったり、無理にでも特攻を止めなかった他の村人も同じだろう。
ただまあ……争いや殺しあいを楽しんでしまう俺でも根っこの部分はそれを嫌うムクロと同じ。
そう考えると、何となく嬉しいような気持ちになった。
――……いや、そんなことを考えてる時じゃないな。ジル様じゃあるまいに、ムクロを前にすると何でまた……集中集中。
「魔物の相手は極力避けるくせに、人と事を構えるとなれば急に好戦的になる。我は……私は嫌いだな、そういうの」
小声でそう呟くムクロ。
顔を軽く歪め、俯きながらの言葉だ。
少し刺さった。
――……やはり端からはそう見えるのか。確かに最初はあの聖騎士達を殺したいだけだったけど……町に戻ってリーフ達や平和に暮らしているアニータやセーラのような人々を見てしまった以上、救える命は救いたいという気持ちも強くなったんだがな。
「それではまるで……」
「ゲイルのよう、か?」
「…………」
図星だったのか、ムクロは苦い表情で押し黙った。
奴も元は狂戦士だった、みたいなことを言っていたから何となくそう言ったが……当たっていたらしい。
前衛に特化した『無』属性持ちとはいえ、魔法が使えたってことはもしかしたら俺と同じ狂魔戦士だったのかもしれない。
それに使う武器に違いはあっても同じか似たような職業なら戦い方は同じ筈だ。それに加えて戦闘狂の性。被って見えてもおかしくはないだろう。
「……お前があの豚野郎とどんな関係なのかは知らんが一緒にされては敵わん。俺はただ楽しんじまうだけだ。自分から争いを起こそうとは思わないさ」
「どうかな……少なくとも私には自分の本心に気付かない振りをしてるだけにしか見えない。本当は血湧き肉踊る戦いを望んでいるけど、常に血に飢えるようには……奴のようにはなりたくないからこれは戦わなきゃいけない、仕方ないって思える理由を探しているんじゃないか?」
「っ……そんな訳……」
「お前は自分が何を望んでいるのかわかってないのか? 聖軍との殺しあいと知り合いの逃亡援助で普通なら無謀に近い殺しあいを選び、赤の他人に過ぎない私に知り合いの命を託そうとしているんだぞ? わかりきっていることだろう」
「…………」
思わぬ反撃に今度は俺が押し黙ってしまう。
「隠しているつもりなんだろうが魔法を無詠唱で使っているのも知っている。だから何者なのかも見当が付く。……だが、お前は元からそんな奴だったのか? 殺され掛けたから殺す。故郷ではそんな生き方をしてきたのか?」
「…………」
「黙るってことは思うところがあるんだろう。前も言ったけど、シキ。お前は今壊れているんだ。その自覚を持て。さっきのように子供みたいな一面もあれば狂気に取り憑かれて争いを望む時もあるというのは危険だ。揺れているんだよお前は」
「揺れて……」
只でさえボロボロなのに死に急いでいるように見える、と言いたいのか……?
「……わからないなら良い。しかし、警告しておく。善悪で言えば恐らくお前は悪だ。お前は何をするにも躊躇がない。自らが助かる為に何の躊躇もなく他人を犠牲に出来るだろう。が、それと同時に善の心も併せ持っている。誰の影響かは知らんがお前を見ているとお前の中に常に居るように思えるな」
元来は悪でもライと一緒に育ってきたから中途半端に善人らしい心が芽生えた? ……はっ、アニメじゃあるまいし、笑えない冗談だな。
「そして……相反する心を持っているってことはどちらも中途半端ってことだ」
「どちらも……か?」
「当たり前だろう。矛盾した心があるのだから」
俺の疑問に、いつの日かを再現したかのように背筋を伸ばし、瞳が生き生きとし始めたムクロが堂々と答えながら近寄ってきた。
そうして俺の顔を両手で包み、優しく頬を撫でる。
「今のところは、だ。まだシキには人を思える優しさがある。私があの子供達を憐れんでいた時、似たような目で子供達を見ながら撫でてくれたじゃないか」
「……そうだったか?」
絶望した子供達やムクロの悲しむ顔を見て、何となくムクロの頭に手を置いたような記憶はあるが撫でたつもりはない。
しかし、ムクロの言葉は妙に心に入り込み、まるで本当にそうだったかのような気がしてきた。
「ふふっ……素直じゃないな。けど、それだよ。多分、天才的な悪い奴になる素質があるのに良い環境に、良い人に恵まれてしまったんだ……だから時折、優しさと狂気が見え隠れする」
本当に可愛いなぁ……とでも言いたげな優しげな顔で微笑んだムクロは真剣味を帯びた声色で続ける。
「お前は知り合いだけとはいえ、人を助けたいって思った。その気持ちは大切にした方が良い。それすら失くなったら……お前はただの悪い奴になってしまう。私はそんなシキ、見たくないよ」
お前は俺の何だ。何様のつもりだ。
そう思うだけで言葉に出来なかった。
それよりも強い思いがそれを邪魔したからだ。
「……嫌だ。俺はそんな奴になりたくない……」
つい口にしてしまった。
エルティーナを殺そうとしてしまった時のように、狂人に片足を突っ込んでいる自分が怖くて怖くて仕方がなくて。
何より。
「お前に……君に、だけは……そう思われたく……ない……」
何故かそう思った。
俺は爛々と輝く紅い瞳に魅入られるように固まってしまった。
ムクロはそんな俺を見てクスリと笑うと妖しい笑みを浮かべ……




