第90話 聖軍の目的
明けましておめでとうございます。
久しぶりの投稿のくせに長いですがご勘弁を。……完全に投稿忘れてて変な時間になったとか言えない(ボソッ)
短剣一本に大剣一本。
慣れもあるがステータスが高いが故に軽いとすら感じていたそれらが背中と腰から無くなったというのは中々どうして寂しいものだと思いながら北西へと歩を進める。
現在地から北西と言えば危険かもと予想していた町の方だが、行き先を変えた理由としてはもしリーフ達が聖軍の連中に襲われたのなら一度町に戻っている筈というのもあるし、単純に失くした武器と底をついた魔力回復薬の補充に行きたいというのもある。
後はジンメンに飲まれてるかどうかの確認だな。今の魔力残量なら囲まれても風を起こしながら跳べる。それに、隣には「大剣ないなら尚更背負えよ~……疲れたよ~……もうやだー、歩きたくなーい~……」とぶつくさ言っているムクロも居る。もしもの場合を考えればまだ余裕があると言えるだろう。
「何でもかんでも投げるのはやっぱ良くねぇよなぁ……つっても安物に貰い物だからまだマシ……でもねぇか……?」
子供染みた駄々を捏ねるムクロを無視して自分の攻撃手段について考える。
俺の戦闘スタイルは奇襲や初見殺し、馬鹿力ならぬ馬鹿攻撃力を主体とした近接戦闘だ。
聖騎士達と戦った時は確実に殺せる確証がなかったから爪斬撃や爪を使わなかった。代わりに今まで使ってきた短剣と大剣をぶん投げたせいで大分身体が軽くなってしまったのだ。
次会うときは爪による初見殺しが使えるとはいえ……代償が中々大きいような気もする。
大剣に至ってはイクシアから支給されたものだしな。どうせ投げるんなら破壊した方が良かったかもしれない。ま、紫色の砂のようなものを放出するのが特徴の若いオーガ魔族と遭遇したと報告されれば一発でバレるだろうから意味はないがな。
取り敢えず安物は投げても可、ジル様素材のは絶対に拾える確証がなければ無しというこれまでの方針は変わらないが、今のところ爪斬撃しか遠距離攻撃のレパートリーがないのが痛いな。
さっきの戦闘もあの盲目ジジイの読心スキルがyesとNOの二択を迫る効果だったから助かったようなもの。
恐らく、遠距離攻撃の有無しか訊かなかったから俺の取れる行動までは読めなかったんだろう。
あのまま攻撃の届く距離や「攻撃手段は剣か」、「それとも別の武器か」等の質問をされていたら余計に不利な状況に陥っていた筈だ。
そう考えると相手の油断や傲りも助かった理由に入るのがわかる。俺自身も傲っていたが……傲り以前にまた暴走しかけていた。あの悪癖はマズイ。もっと冷静に、冷酷に――
――殺さないとな。
「クハッ……」
「うぅっ、ね、ねえシキ。その笑いは止めよ? 目付きとマッチしちゃってすんごい怖い……」
顔を露にしたままだからか、犬歯を剥き出しにしてニタァと笑った俺に身震いをしてまで怖がるムクロ。
殺気には動じないくせに人面型ジンメンや俺の顔と、目に見える怖いものは苦手らしい。失礼な奴だ。
「っと、悪ぃ」
「まだ興奮してるの? ……私で発散する?」
表情筋を伸ばしたり、叩いても戻らなかったので仮面を魔物のそれに変えて顔を覆いながら謝ると、とてつもなく返答に困る提案をしてきた。
その発散が性的な意味なのか、暴力的な意味なのかで対応、大分変わるぞ。
「あ~……生憎、そういう興奮とは違うから、その……」
「ぷくくっ、何を想像したのさ。童貞はこれだから……」
「は? うっざ」
「可愛いなぁ……」
それまでの面倒そうかつ怖がっている顔を一変させてニヤニヤ弄ってきた。
……全然関係ないけど、ムクロの顔を見てるといつも思う。元は美人なんだろうが隈のせいで本当に台無しだな、と。
何て言うか残念な美人ってのがピッタリ似合う。……可哀想に。
「……たまに思うんだけど、何かお前の好感度高くねぇか俺」
「え~? そうかなぁ……私的には普通……でもないかっ。確かにちょっと気になるかも……かもかも~!」
そう言うや否や俺にトコトコと近寄り、仮面に手を置いて再び顔を露にしてきた。
クロウさんがくれたこの仮面は魔力に反応して形を変える。
魔法の扱いに長けたこいつのことだ。どうやって俺が形状を変化させているのかを見て覚えたんだろう。
「……何だよ」
「えへ~……やっぱり貴方、私にちょっと似てるんだもん。日に日に隈が増えてきてるよ?」
「隈?」
言われて気付いたがここ最近、自分の姿を見てないな。鏡なんて日本ほど普及してないし、当然と言えば当然か……等と思いつつ、マジックバッグからショウさんに貰った手鏡を取り出す。
そうして覗いてみれば、写ったのは相も変わらず……いや、寧ろいつにも増してヤバい目付きの仏頂面とムクロほどではないにしろ、目元を真っ黒にしたような濃い隈だった。
「うわぁ……マジかよ……」
……ていうか角ってこう生えてるんだな。
場違いな感想を抱きながらペタペタと角や隈に触れてみる。
角は黒く、ツルツルしていて右のこめかみ部分から斜めに真っ直ぐ突き出ている。
一方、隈に関しては皮膚の感触からして気持ち悪く、色合い的にも相当根深いように見える。それもあってか、一見自分だと思わないくらいには顔付きも変わっている。
これは……治らない、だろうな。
――角は兎も角、隈は何で……あぁ、喰われたからか……? いや、にしたってこの前ムクロと風呂入った時はそうでもなかったような……
「……クハッ、まあ良い。日本人の俺はもう死んだ。今の俺は目的もなく、行く当てもなく、たださ迷っているだけの屍だ。そう言う意味じゃ確かにお前と似てるかもな」
心境が変われば見た目くらい変わる。別段、気にすることもない。
「ふふっ、そういうとk……zzz」
「……話の途中で寝んなよ」
人が割りきったタイミングで俺の方へと倒れてきたムクロを手慣れた手つきでキャッチし、おんぶする。
――ったく。こいつはどうしてこう……
「……なあムクロ。お前は…………」
すやすやと完全な眠りについているムクロについ溢してしまった疑問は風の音に飲まれて消えていった。
翌日。
夜通し歩いたお陰か、無事町に辿り着いた。
いつもよりピリピリとしてはいるが、人々の様子を見るに聖軍もジンメンもまだ来てないようで何よりだ。
大方、命からがら逃げ出したリーダーかエルティーナ、あるいはリーフ達が居る筈のない東のエリアでジンメンと遭遇したことについて報告して漏れたんだろう。たまに絶望したかのように座り込んでる奴もチラホラ見えるし。
「さてと……先ずは冒険者ギルドだな」
リーフ達も恐らく居る筈だ。居なかったにしても場所を知っていそうな奴等は幾らでも居るし……気になることもある。
そう思い、ギルドの方へと歩き出した次の瞬間。
「あーっ!!」
と、耳元で大声を出された。
「おぅっ……っるせぇな。起きたんならさっさと下りろ」
キーンとなった耳を擦りがら唐突に声を出したムクロを地面に下ろす。
「しまった、忘れていたぞ……! そうだっ、我は南に行くつもりだったのだ! ええいっ、何てことをしてくれたんだ貴様! とんだ無駄足ではないかっ、毎度毎度人を都合の良い女扱いしおってえぇ……!」
「はぁ? お前の都合なんか知るかよ、テメェが勝手についてきたんだろうが。後、誤解を招きそうな言い方止めろ。仮面的に洒落にならん」
事実、近くを歩いていた奴等のひそひそ話が猛烈な勢いで広がっている。
ジンメンに聖軍と一難去ってまた一難を繰り返した挙げ句にこれだ。ムクロが居なきゃどちらにしろ死んでいたか、捕らえられていた可能性があるとはいえ……この仕打ちはあんまりだろう。
「人が寝ている内に勝手に宿に連れ込むし!」
「まあお前は俺が入ってる風呂に突入してきたけどな」
「やたらと抱き付いたり、触ってくるし!」
「抱き付いてくるのはお前だし、お前が毎日おんぶしろって言うから嫌々触れてるだけだけどな」
「むむむっ……! だ、だからって人の胸の感触味わうのは違うだろう!」
「被害妄想も良いところだな。ドブみてぇな臭いしやがるくせによく言える」
「……~っ! シキのバカ! もう知らないッ!」
ムクロのとんでもない風評被害に冷静に対処していたら顔を真っ赤にしてプルプルした後、走り去ってしまった。
……そっち北だぞ。南に行きたいんじゃないのか。
「はぁ。女ってのはわからん……」
全ての女がああなのか、もしくはムクロだけがああなのか。
てかあいつまさか口調と一緒に性格も変わるんじゃないだろうな。偉そうな口調の時はやけにキレやすい気がするぞ。
「いや、今のはお前が悪くねぇか?」
「ん? ……お、リーフじゃないか。無事……ではなさそうだな」
ツンデレ口調でハキハキと喋る時はもっと懐っこかったような……等と考えていると、後ろに居たらしいリーフに声を掛けられた。
変わらずの偉丈夫だが、身体の至るところに生々しい傷が見え隠れしており、顔色も優れない。
やはり聖騎士バンに襲われたか。
「……聖軍か?」
周りの目もあるので小声で問う。
「あぁ。あいつら、問答無用で襲い掛かってきやがった。……あの様子だと俺達に非があるって感じじゃあねぇな。だが、お陰でこの様だ。ったく、俺達が何したってんだよ」
「これだから聖神教の奴等は……」と比較的おちゃらけた表情で話すリーフ。
一見、普段と何ら変わりないリーフではあるが目は笑えてないし、顔もひきつっている。
怒りで震えているようにも見える。思い出しただけでもプッツン来るくらいの何かがあったらしい。
「誰か殺られたのか?」
その様子からただ事じゃないと察した俺はアクアかフレアのどちらか、あるいは二人が殺されたのかと思ってしまった。
「……フレアがやられた。アクアや俺は比較的軽傷で済んだんだが……魔法使いってことでいの一番に狙われてな」
「その怪我で軽傷、か……生きてはいるんだな?」
「まあな。けど……魔法使い生命を断たれちまった。あいつはもう戦えねぇ」
よくよく思い出してみれば、聖騎士バンは仕留め損なったかのようなニュアンスのことを話していたな。そして、レーセンは首を切りつけたと言っていた。
当事者であるリーフが断言したってことは……
「喉をやられたのか……最悪だな」
聖騎士達のふざけた態度を思いだし、つい吐き捨てるように言ってしまう。
考えられる中で最悪と言えるのは当然、死だが魔法が使えなくなった魔法使いは死んだも同然。
殺されたと言っても良いくらいだろう。
先日、俺が殺し損ねたゥアイとかいう女聖騎士のように異世界人ではない普通の魔法使いが魔法を行使するには詠唱が必要だ。
だから魔法使いが対人戦闘を行う場合、先ず狙われるのは喉や口だ。まともな言葉を発せられなければ詠唱することが出来ないからな。
魔法は発動さえすれば前衛の奴等からすれば理不尽な暴力と死の嵐だが、逆に言えば魔法が使えない魔法使いはただの的。そして、この世界に欠損やそれに近い怪我を治す術はマナミの【起死回生】以外殆どない。
必然的に喉さえ潰せばその魔法使いは二度と魔法が使えない上にステータスも低いお荷物へとジョブチェンジさせられる訳だ。
その為、魔法使いであるフレアの喉を潰したのは向こうからすれば最善の手と言える。
問題は襲い掛かった理由だ。俺から見てもあのバンとかいう男はただ暴れたいだけのように感じた。絶対にろくな理由じゃないだろう。
リーフの言い方的に逃げてる時に奇襲されたっぽいし、例えどんな理由だろうと他人の勝手な都合で生きる術を奪われては心底笑えない。
そもそも内心や実情は兎も角、名目上は冒険者として町への貢献に繋がる依頼を受けて来たのだから。
「……あぁ。いきなり現れたと思ったらそのまま、な……。俺達は驚いている内に他の奴等にやられたよ。あの盲目のじいさんが止めてくれなきゃどうなっていたか……」
――レーセンか……そこまでやっちまったんならそのまま殺した方が良い筈なんだがな。……いや、俺の推測が正しければ奴等の真の目的は……。
「実は俺やさっきの女も襲われてな。精一杯、一矢は報いた。フレア達の良い土産話になれば良いんだが」
「何? ははっ、そいつぁ良い。襲ってきたのは向こうなんだからなっ。神の使徒だか何だか知らねぇけどよ、人様の人生をまるっと潰すたぁどういう了見だってんだ」
遭遇した数人の聖騎士の特徴と負わせた怪我の具合に事細かく説明すると「おおっ、そいつらだぜ! 俺らをやったのは! くぅっ……よくやってくれたな!」と、いつもの調子が戻ってきた。
「奴等の目的に目星は付いている。と言っても確証はないがな。だから出来れば冒険者ギルドかこの町のお偉いさんに話だけでも聞いてもらいたいんだが……いや、その前にあんたらとの認識を合わせたい。二人は今どこに?」
「目的の内容で認識の違い、か……成る程、やっぱ相当ヤバい案件なんだな。……まあ良い。フレアはいつもの宿屋で寝込んでる。アクアは回復薬の補給だな。喉も酷いがそこまで近付かれたからか、他の傷もかなり深いんだ。相手が相手だから幾ら中立を謳う冒険者ギルドでも報告し辛くてな」
俺の言葉に直ぐ様、スイッチを切り替えて真面目な顔へと変化させたリーフが無精髭の濃い顎を擦りながら答える。
冒険者業の経験が浅く、常識外れな力と認識の俺と長年冒険者をやっていて、どちらかと言うと常識人の部類であるリーフとの認識の違い。
洞察力の優れたリーフのことだ、大体見当は付いたんだろう。
「誰が聞いているかわからないし、冒険者ギルドと言っても職員はおろか、冒険者だって大半は流れ者だからな。それが正解だと思うぞ」
この世界にはフィクション物と違って犯罪歴や出身を明らかにするようなシステムはない。
日本でオタクをやってる頃は水晶とかに触れるとステータスや犯罪歴が出てきて……みたいな話をよく見かけたが実際それをやられると結構な問題だしな。プライバシーの欠片もないし、どの基準でどのくらいが犯罪になるか、なんてのは国どころか町ずつに違ったりするからどうしたって問題が起きる。あれば便利そうではあるが、やれば確実に秩序は乱れる筈だ。
ま、どの道、正義の象徴であり、神の使徒を自称する聖軍と戦闘を行ったと報告するのは不味かっただろうがな。襲われたといってもリーフの言う通り、相手が相手だ。社会的立場からして、まともな職に就ける技量や根性がない、あるいは血筋や生まれのせいで冒険者に成らざるを得なかった、等と判断されるただの一冒険者が太刀打ち出来る相手じゃない。
そう結論付けつつ、途中でかなり割高な魔力回復薬を補給しながら俺やリーフが常連となっている宿屋へと足を運んだ。
「つまり奴等の目的はこの町をジンメンに対抗する為の拠点にすること……?」
「……元々居た町民や食糧の問題は?」
「金銭的にも体力的にも変動した他の魔物の生息範囲的にもジンメンから逃れられる奴の方が少ないんだ。皆殺しにすれば千人程度の食糧くらいは何とかなるんじゃないか?」
「確かに……今思えばどうせ死ぬんだからさっさと死ね、みたいなことを言ってたしな。あのイカれ聖騎士」
今、俺は全身包帯まみれで言葉を発せられないフレアが借りている部屋で御三家アトリビュートの三人を交えてちょっとした議論をしている。
結論から言えば聖軍の目的はリーフの言った通り、この町を滅ぼしてジンメンに対する拠点とすること。
言ってしまえばジル様やライのような最強の職業よりも珍しいであろう聖女と聖騎士の並行職という聖神教の最終兵器であるノアの力を最大限に生かす為の策だと思う。
ジンメンの絶望的な即死能力に対抗出来るのは現状、ライやノアのような別格のみ。
ライはイクシアの所属ではあるがあいつの性格上、ジンメンのような脅威を放っておくとは思えない。
それに、イクシアからすればオーク魔族であるゲイル率いるオーク軍と戦争をしている際、ライやイケメン(笑)への聖剣の斡旋、聖軍を動かしての援助と聖神教にはどうしようもない程の借りがある。幾らライやマナミが死ぬ可能性があるとはいえ、戦力を寄越せと言われれば断りきれる案件ではないだろう。
勇者である本人も望み、ジンメンは死を振り撒く体の良い化け物なのだから尚更に。
「…………」
ユウの知っていることは極力話さず、シキの推測と状況判断や偏見のみの話を黙って聞いているフレアを見やる。
包帯で表情はわからないが、目は怒っている。信じてくれているらしい。
「予め聖騎士達の食糧や宿の手配を頼んできたのは自分達の負担を出来るだけ減らす為ってか……何て奴等だ……」
「でも大陸中の期待や信頼を裏切ってまでそんなことをするとは思えない。誰か一人でも逃したら……」
「もし聖軍からもジンメンからも食糧難や魔物からも逃れられた奇跡の人物が数人居たとしても大抵は平民か冒険者だ。そんな名前も素性も知れない数人の言葉を誰が信じる? 相手はあんたの言う通り、大陸中の期待や信頼を勝ち取っている聖神教。話にならないだろう」
今一疑念を抱いているアクアに続けて言えば、と話を続ける。
「立場上、信頼も権力もあるが故に信じてもらえそうな貴族はその立場が邪魔をするんだ。領民を持つ者が真っ先に逃げる訳にはいかない。もし仮に逃げて生き残ったとしても領民を見捨てた貴族として爵位を剥奪されるし、聖神教からは神敵扱いされて死ぬまで追いかけられるか、人知れず消される。そして、信じられたところで聖軍を何とか出来る程の軍事力を持つ国は現状、帝国主義を掲げている軍事国家、パヴォール帝国くらいしか存在しない。どの道、この町は滅ぶしかないのさ。……ま、全て俺の推測でしかないがな」
バンのような戦闘狂……いや、快楽殺人を求めるイカれた奴も居るとはいえ、聖騎士達が魔族である俺やムクロを問答無用で襲うのなら兎も角、普通の平民よりも力を持つ冒険者を襲う筈がないのだ。
どうせ死ぬor殺すのだから襲っても問題はないか、単にあの聖騎士達が可笑しいだけか……襲われただけならその二択だが、唯一まともそうなレーセンがどうせ死ぬから殺させろと抜かしたバンに反論しなかった。品がどうたら質がどうたら言うだけで、どうせ死ぬんだからという一点には何の否定もなかった。
と、いうことはだ。
レーセンは平民を襲うことそのものを悪いとは考えていない。……いや、厳密に言えば少し違うのかもしれないが、品や質が落ちると説教するくらいだ。平民の命と聖軍を天秤に掛ければ聖軍の方に傾くのだろう。
「要はその為の認識合わせだ。俺は元々聖軍に良い印象を抱いてなかったからな。普通の感覚と冒険者としての感覚を持ち合わせているあんたらの意見が聞きたかったんだ」
もう襲われた後だから嫌でも印象は変わってるだろうがな。
それでも異世界人である俺と現地人である三人とじゃ認識そのものが違うから聞かないよりはマシだと判断した。
「う~ん……そう、来るか……ちょっと待ってくれ、落ち着かせる」
リーフは一旦、俺の話を噛み砕く時間を要求し、アクアは「……私見で良いのなら」と話してくれた。
「まだ完全に信じた訳じゃないけど……でも他に僕達が襲われた理由は思い付かないから。そんな理由で襲われたのなら余計偉い人達には言わない方がいい。権力や純粋な強さ、技量を持ってる人ってのは大抵貴族が絡んでる。そして、貴族の殆どは聖神教と繋がりがある……エルティーナが良い例。僕やフレアは兎も角、リーフはソロで活動出来るくらいの経験と強さ、知識がある。けど、エルティーナとは同期なのに隔絶した壁がある。それは才能も成長の幅も環境も何もかも、全てにおいて言えること」
比較的無口なアクアがこれまでにないくらい饒舌に語ってくれた内容は確かに頷けるものだった。
俺としてはこんな非常事態ならば力で何とかしてしまえば良いと思ってしまうが、この世界で生まれ育った人間からすれば貴族や聖神教を敵に回すなんてそれこそあり得ないことなんだろう。その力を先ず持っていないというのがそもそもの話ではあるが。
「……成る程。リーフはどう思う? アクアには悪いが今の意見を聞いてしまったら安易な行動は出来ないからな。取り敢えず保留か……信頼出来る友人知人だけに打ち明けて町から逃げるかの二択になったが一応聞いておきたい」
――もしくは奴等が町に着く前に闇討ちするか。たらればの話になるが、ライ達が合流しておらず、撤退もしていなければ魔力回復薬の補給さえ済めばムクロが居なくても最悪何とかなるしな……。後は奴等が今居る場所の問題か。
内心にチラリと燻る殺意を抑えていた俺の言葉に「私見って言ったのに……」と少し驚いているアクアと真顔で考え込むリーフ。
少しすると、リーフは渋い顔で話し始めた。
「……先に言っておくがアクアと同じように私見になる。最終的にどうするかはお互いに任せるけどよ。あくまで私見だぞ。……俺もアクアの意見に賛成だ。お偉いさんには悪いが聖神教との繋がりがある時点でそもそも信用出来ない。これは多分、冒険者の大半はその筈だ。あるいは商人なんかもそうかもしれねぇ」
話せる二人中、二人が反対か……ならやはり相談という手はないな。
冒険者の大半云々ってのも町から町へと移動することのある奴の話だろう。冒険者や商人は普通に暮らしている平民と違って自分で見て聞いて蓄えた知識、常識を持っている。聖神教の過激な部分を口にはしないだけで危険な旅をする奴の殆どが知っているということだろう。
「それと同時に知り合いと逃げるってのも賛成だ。まあその知り合い達が簡単に頷くとは思えねぇが本当に聖軍の目的がシキの推測通りなら今が最大のチャンス。奴等の保有する力の性質上、来てからじゃ遅いからな」
そう。
そこが問題なのだ。聖軍には強いだけじゃなく、もう一つ面倒かつ厄介な性質がある。
「知らないかもしれないから言うが奴等は転移魔法と呼ばれる特殊な移動手段を持ち合わせている……らしい。その魔法をどうやって発動させて、どう移動しているのかはわからないが聞いた話だと、一瞬で別の場所へと転移する魔法だそうだ」
これはイクシアに居た時の英才教育と図書館みたいなとこに閉じ籠って勉強していたお陰で知った知識だ。
説明してくれたリーフが加えて「エルティーナが嬉々として語っていたから間違いない筈だ」と話しているのを横目に思考に耽る。
リーフの言った通り、転移魔法は概要も使い方も全てが不明で聖神教が秘匿している特殊な魔法と言える。
一度に移動出来る距離も人数も不明なせいで何もわからないに等しいが確かノアがライを連れて聖剣を取りに行った時も使っていた筈だ。
世間一般の認識は聖神教が神から賜った神業、らしいがその力があるが故に聖軍は負けることがないので、その認識に拍車を掛けている。
強い魔物達に囲まれれば瞬時に逃げられるし、強い魔物と遭遇すれば逆に瞬時に囲むことが出来る。
戦争で言えば食糧や人手不足という問題も補える。
地の強さで他国軍を上回り、神出鬼没で地の有利はろくに機能せず、完全な交代制で戦える為に疲弊することもない。一人一人が回復魔法を使えるので即死にさえ気を付けていれば数が減ることもないのだ。
上級騎士に至っては戦闘中も連続して使える奴も居るという異常っぷり。
恐らく時と空間を司る『時』の魔法だと思うんだが……まあ、そこはどうでも良い。
「いつ、どこから俺達が遭遇した百人近い聖騎士達が現れるかわからない以上、行動は出来るだけ早い方が良い」
「とはいえ、簡単には信じてくれねぇだろうし、大所帯になればなるほどお偉いさんからは怪しまれるぞ。壁から出る時、憲兵に止められる可能性もある」
逃げの一手の俺とそうしたくとも事は思い通り進むわけがないと言うリーフ。
言ってはなんだが既にどうしようもない程に追い詰められているのだ。
唯一、助かる方法があるとすれば……
「後はそうだな……異世界から召喚されたとかいう『真の勇者』と『再生者』が来るまで耐えればこの町も人々も全て助かる……かもしれない」
ライやマナミは聖軍が行うであろう蛮行を黙って見るような奴等じゃない。
俺の心情を抜きにして、町のことだけを考えるのならば、たたでさえ強く、壁をすり抜けて来る上に抵抗したら神敵扱いしてくる相手に何日間も時間を稼ぐことが出来ればあるいは……とは思う。逆立ちしても無理だろうがな。
「……勇者? 再生者?」
「よく知ってるな、町や村には入れなかったんだろ? その強さとお前の秘密のせいで」
「ん? ……ああ、イクシアの王都付近であった戦争に参加していたからな。最前線で戦っていて気付いたら俺一人だ。使い捨ての傭兵がたった一人だけ生き残ると報酬が貰えないかと踏んでこっちに逃げてきたんだ」
実際、戦争で使っていた傭兵団で少数の傭兵だけ生き残った場合、逃げていたんじゃないかとか隠れていたんだとか言われて殺されることもあるらしいからな。
我ながら咄嗟の出任せにしては中々良い理由だ。
「ま、兎に角。俺が戦争で見かけた勇者達はまともそうだったって話だ。聖軍の奴等はノアと一緒に『あの方達』も来ると言っていた。断言は出来ないが俺が与えた致命傷に近い傷の奴には直ぐの辛抱だ、くらいのことまで言っていたし、最低でも再生者は来ると思う」
「再生者さえ来れば聖軍はこの町を滅ぼすことを諦める……いや、後回しにする、か? ……となると」
「俺達に出来るのは大人数の奴等が転移出来る広場を片っ端から潰すか、転移して来た奴等を奇襲して一人ずつ殺していくか……」
「……うーむ、成る程な。転移魔法の定義はわからねぇが奴等が転移出来る空間そのものがなければ入ってこれないし、ジンメン殲滅が本来の目的だから本末転倒に近い気もするが、奴等自体は先遣隊だから問題は無し。……寧ろ、死にたくないから逃げることも出来ないし、死に物狂いで守ってくれるかもしれねぇってか」
「……は、話についていけない」
現状、行動は全て後手に回される。選択肢そのものがないに等しいがやらないよりはマシだろう。
こうして、俺の話を信じてくれたリーフと、アクアと同じく話に置いてかれているフレアと共に続けた会議は日が沈むまで続いた。
本当は年末に今回の話を投稿したかったのですが仕事とスランプの影響で……未だに筆が進まず、当分の間投稿頻度が怪しいと思いますがここまで読んでくださっている読者様の為、「エタったか……と思われる側に行きたくない」という作者の意地の為、これからも頑張っていきますので今年もよろしくお願いしたい所存です。




