第89話 『炯眼』の聖騎士
視点がぐちゃぐちゃな気がしますが一応ユウ寄りの三人称視点です。
「…………は?」
「そんな勝手が許される筈ないだろう! 良いから下がるんだっ!」
決闘しろ、というあまりに荒唐無稽な提案に目が点になったシキと受け入れる訳がないと憤慨するレーセン。
シキに至ってはバンがそんなことを提案した意味がわからず、何かの罠かと疑っているくらいだ。
「うるせぇな『炯眼』。魔族を殺して何が悪い。歳と序列の違い程度で一々上から物言いやがって……偉そうなんだよテメェ」
「このッ……!! ……~っ、はぁ。……わしは遊び感覚で殺そうとするなと教えた筈じゃ。それにこやつは油断出来る相手ではない。わしの《直感》が騒いでおるのじゃ」
染めたような色が目立つ、鈍い赤髪を短剣を握ったままの手でガリガリと乱暴に掻きむしりながらそう言い放つバンにレーセンは思わず激昂しかけたものの、一際大きな溜め息をつくと、それまでの殺気すら感じる重苦しい『圧』を霧散させた。
(ほう、《直感》持ちか。読心系と感知系、《直感》のような特殊な感知系と無駄に守りや策略に長けてやがる。つくづく面倒な手合だな……)
口では油断するなと言いつつ、与える必要のない情報を渡してくる辺り、負けるつもりもなければ逃がすつもりもないのだろうと結論付けたシキはニヤリと笑い、答えた。
「そっちが良いんなら受けてやっても良いぞ? お前みたいな三下をぶちのめすくらい訳ないからな」
内容は明らかな挑発。
しかし、バンは挑発だとわかっていても頭が一瞬にして沸騰したらしい。
「ぶっ殺すッ!!」
短く吠えると《縮地》を使って、シキに襲い掛かった。
「ええいっ、安い挑発に乗せられおって! ゥアイは魔法で援護! ソーシは下級騎士達を呼べ! 恐らく遠距離攻撃の手段を持ち合わせているだけで基本は近接戦闘を得意とする奴じゃ!」
シキの耳にそんなレーセンの指示が聞こえてきたので、バンの二刀の短剣術を一本の長剣で軽く往なしながらそっと耳元で囁く。
「向こうはああ言ってるがお前の言うサシってのは大人数で一人を痛ぶることなのか? あんだけ吠えておいて仲間に助けを求めるって……ははっ、犬以下じゃねぇか」
下級、中級、上級、特級と位が分けられており、その中で更に序列を付けられる聖軍でレーセンは上級の序列七位に位置する。そのレーセンには敵わないとはいえ、バンという短絡的な男も上級騎士である。
聖軍は下級で五千人を優に越え、中級で三千人、上級は二千人も居るという大部隊だ。下級でも全員が何らかの魔法を使えるので一般的な国軍の兵士を越えると言われている。故に生半可な実力で上級に入れはしないのだが、バンはその上級の序列百位内に入っていた。
単純に考えれば一万人の中でトップに近い実力を持っている訳だ。当然自信は付くし、傲りもする。他者を見下し、殺しに愉悦を見出だすくらいには。
それを一目で見破ったシキは「聖軍の知識を得たのはどこ……いや、いつだったか……」等と今や懐かしさすら覚える敵地を憂いながらバンの猛攻を往なしていく。
「それほどの相手か!」と部下達の方へ移動を始めていたソーシには牽制兼先制攻撃として安物の短剣を投げつけ、瞳目掛けて向かってきたバンの短剣を皮一枚のところで躱す。
「てんめぇっ……!! 殺す殺す殺す殺す殺すッ!」
「くはっ、聖騎士様にしちゃあ随分と品がねぇな!」
怒りのせいで攻撃が単調になってきているのを確認しながら援護を命じられていたゥアイにチラリと目をやれば詠唱を開始していた。
「我、求めるは獄炎の灯火、彼の者の死。故に我は望む――」
(……この時間に石投げるくらいは出来そうなもんだけどな。詠唱が必要ってのはつくづく面倒なルールだ)
内心憐れに思いながらも付かず離れずでバンとの距離をキープすることで魔法の行使を牽制する。
シキが聞く限り、ゥアイの詠唱速度は常人の二倍に近い。離れていても感じる魔力からして魔法使いとしての技量や力は相当なものだろう。
しかし、元が付くとはいえ、詠唱の要らない異世界人であるシキからすれば時間の無駄とも言える詠唱は相手がどんな魔法を使ってくるかを教えてくれ、戦闘中での隙を作らせ、そのくせ詠唱中は同時進行で他の行動をとれる者が滅多に居ないという最高にして最悪のシステムだ。
かつて訓練として相対したことのあるイクシア最強の魔法使い、リンスと比べると使ってくる魔法の属性は一つ、感じる魔力も魔法使いとして一流というだけで強さそのものには大きい差があると判断出来るくらいには違いがある。
(ははははっ! 前衛だから後衛相手は不利かと思ってたが別格以外ならこれほど楽な相手は居ねぇな!)
ジルの素材で作られた防具は魔法を弾く特性がある。それを右腕以外全身に付けていることもあり、リンスやムクロのような桁が違う者と比べれば目の前の相手は格好の獲物にしか見えなかった。
「どこ見てやが――あがぁっ!?」
上から振り下ろしてきたバンの短剣に下から斬り上げた長剣を当てることであらぬ方向へと弾くとその勢いのまま顎を蹴り抜き、昏倒させる。
何かを言おうとしていたからか舌を噛みきったらしく、白目を剥いて気絶したバンの口から夥しい量の血が吹き出ているのを横目にゥアイに向けて背中の大剣を投げ付ける。
「――さすれば、彼の者……にっ!?」
一方、致命傷に近いバンの様子に驚きながらも何とか平常心を保ち、詠唱を続けつつシキの方を見やれば自分の身長に近い大剣が飛んできていたことに一瞬硬直したゥアイ。
咄嗟に詠唱を中断してまで回避行動をとったことにより、団子に纏めていた髪がなくなった程度の被害で済んだが死の予感は未だ続いていた。
気付いた時にはシキが「クハハハハハッ! その程度か聖騎士いぃぃっ!!」と叫びながら肉薄してきており、聖神教という一つの国よりも強大な力を持つ組織の一員である自分に対し、躊躇が欠片も感じられない斬撃を繰り出してきた。
「待てぃっ! この娘がどうなっても――」
レーセンの制止の声を耳にしながら何とか横凪ぎの一撃を回避する。
再び頭部を掠り、髪が散っていったが惜しむ余裕も怒りすらもないただただ必死の回避。
しかし、躱されたと判断するや否や急激に手首を返すことで横凪ぎの軌道を無理やり変えた乱暴な二撃目は躱しきれなかった。
シキの長剣は凄まじい速度でゥアイの右肘を捉え、その先とで別れさせたのだ。
「あっ……ああああああああっ!!? 腕がっ! 妾の腕がああああっ!!」
真っ赤な鮮血と共に宙を舞うゥアイの右腕。
それを遠目に確認したソーシは完全に冷静さを失った。
「きっ、貴様あああぁぁっ!!」
どこから取り出したのか、フィクションでしか見受けられない巨大な槌を手にバンよりも力強く、素早い速度の《縮地》でシキの方へと迫るが、如何せん距離がある為にレーセンの行動の方が幾分か早かった。
人質が通用しないと見るや即座にムクロを投げ捨て、長剣を振りかぶっていたシキの元へと駆けつけると、腕を抑えて悶絶しているゥアイを抱き抱えて再び距離をとったのだ。
他の聖騎士達が鎧やガントレット等の防具を装備している中、唯一動きやすいだけの何の効果もない服を着ていたレーセンは長袖を破いて長めの布を作ると痛がるゥアイを無視して腕を縛り付けていく。
相当な力を込めたのか、出血は大分マシになったようだったが、あまりの激痛にゥアイは青い顔をしていた。
また、止めを刺す寸でのところで逃げられた形になったシキは小さく「ちっ、全員が《縮地》持ちかよ……面倒だな……あぁ、面倒だ」とぼやいていた。
面倒と言いつつ剣を構えている辺り、聖騎士達を完全に〝敵〟として定めたらしい。
「痛いっ……痛いのじゃぁっ!」
「落ち着け、死にはせんっ。ノア様と共にあの方達も来るっ! 直ぐの辛抱だ!」
「高貴な妾の腕をぉぉっ……よくも……ッ! よくもッ!!」
レーセンの言葉に移動中のソーシが「……そうだった」と言った顔で少し落ち着く中、ヒューと如何にも感心したとでも言いたげな軽快な口笛がゥアイの耳に入った。
「パニックを起こすのではなく怒るなんてな。流石、聖騎士様だ。成る程、こいつが言ってたゴブリンってのはこういうことか」
殺すつもりで近くに倒れているバンに蹴りを入れながら煽ってくるシキにゥアイは言葉を、近くまで戻ってきていたソーシは再び冷静さを失った。
「ぶっ殺すッ!!」
シキはチラリとムクロの方に目を向けると、怒りで顔の色を赤から青、終いには白く変化させていくソーシを無視して走り出した。
それを見たレーセンは再度ムクロの元へと移動する。
片や《縮地》持ち、片や移動スキル無しの者。
当然、レーセンの方が早くムクロの元へと辿り着く。
「やはり仲間か!」
「さあ、言われてみりゃあ何だろうな?」
油断なくシキを睨み、最大限の殺気を飛ばしつつ、ムクロの首に長剣を押し付けることで自分に注意を向かせようとしたレーセンだったが、極寒の地すらも生温いと感じるジルの殺気を正面から受けたことがあるシキからすれば少し肌寒い程度の風に気を取られる訳がない。
右手の長剣でレーセンに斬りかかりながらも後ろから鬼気迫る勢いで突撃してきたソーシの槌による強打撃を左の籠手で受け止め、《金剛》スキルの発動部位を動かしていくことで衝撃を打ち消す。
が、流石に音はどうしようもなく、聞いたことのないような重苦しい打撃音が辺りに響き渡った。
(……レーセンの声のデカさもそうだが、今のはちと不味かったな。下級騎士とやらに気付かれちまう。ま、遠くの奴等が気付くくらいの音量なら……)
レーセンはムクロを抱いている腕を斬られながらも躱していたが、人質の安全と命そのものを一切考慮していない剣筋と力強さに、ソーシは自らが振った巨大な槌を片手で防がれたことに驚き、一瞬固まった。
そして、次の瞬間には紫色の輝きと共に二人の視界から消える。ソーシが焦った面持ちで周りを見渡し、再びシキの姿を捉えた時には一筋の光が走っていた。
「後ろだッ! 下がれ!」
「っと……これを躱すか。本当に面倒な奴等だな聖、騎士っ!」
「がはぁっ!?」
「ソーシッ!?」
ゥアイの悲痛な声が辺りに響く。
しかし、ソーシにその声を聞く余裕はなかった。
レーセンの注意で咄嗟に地面を蹴っていなければ首を飛ばされていた。
それが紛れもない事実だとわかっていても九死に一生を得た代償が大きすぎたのだ。
目をやられた。
ソーシがそう理解した時には凄まじい衝撃が腹を襲う。
肺の中の空気とかなりの量の血を吐きながら後ろへと吹っ飛んでいき、意識を失った。
「クハッ……一人はほぼ致命傷、一人は欠損、一人は失明に内臓破裂……さて、さっきから見えてるとしか思えねぇ動きをしてるあんただが、人質が通用しない相手にどう戦うんだ?」
シキは通常の動きをレーセン達の目に慣れさせたタイミングで魔粒子ジェットで急加速し、首を飛ばすつもりで長剣を横に一閃しようと試みた。
しかし、ギリギリで気付かれてしまい、後ろへと下がられた為に魔粒子ジェットで背中を後押しすることで無理やり前進。不恰好かつ狙いを大きく外しながらも両目を潰すことに成功したシキは間髪入れずに殺すつもりの蹴りをソーシの腹に叩き込んだのだ。
鎧を粉砕され、それでも抑えきれない威力の蹴りに盛大に吐血しながら何度も何度も地面へと身体を打ち付けて転がっていくソーシには目も向けず、肩に長剣をトントンと当てつつ残ったレーセンに問う。
バンは兎も角、ゥアイと言い、ソーシと言い、致命傷だけは何とか回避していることに若干の苛立ちと焦りを覚えているシキだが仮面を外しているが故に顔には出さない。否、出せないと言うべきか。
だが、年の差か、或いは経験の差か、はたまた有用なスキルの数の差か……
レーセンにはその焦りが手に取るようにわかっていた。
とはいえ。
それに加えて、自分が正面から戦っても勝てない相手だということもわかっていた。
人質が通用しないのではなく、人質ごと殺すつもりで攻撃することで守ろうとしていることもだ。
後押しするように、目の前の男が何かに興奮しかけていることも理解していた。
それに関しては自分の中の警鐘が最大限に鳴り響いている事から考えられる最悪の事態を予感させられていた。
レーセンの最悪とはシキがバンと同じような最低とも言える部類の性格である場合だ。
生粋の戦闘狂は興奮し過ぎて自分の状況や怪我の具合を客観的に判断出来ない。ここで逃げなければ死ぬ、と誰もがわかる状況でもそう感じず、死を恐れない敵というのは例え技量や単純な強さが無くとも手を焼くもの。それがシキのようなただでさえ化け物染みた力を持った者なら尚更だ。
「……その若さで今のような力を手に入れている者がおろうとはな。嘆かわしや……主様は二物以上のものをお与えになったか」
故にとったのは時間稼ぎという行動。
既に部下の下級騎士達が徒党を組んでこちらへと向かっている。
レーセンが感知しただけでも部隊の半数以上の数だ。
流石のシキでも数で囲まれては敵うまいと自らの信ずる神に意見しているように装ってまで時間を作ろうとしていたのだ。
しかし、シキもそれに気付かないほど愚かではない。
自分が再び暴走しかけていることもわかっていたし、時間を稼ごうと必死になっているレーセンの様子から他の聖騎士達が来ているのだということも理解していた。
その為、シキの思考はどうレーセンを殺すか、ではなくどうムクロを救い、逃げ出すかというものにシフトしている。
最悪、レーセンを殺してでも……とは考えているがそれではムクロにかなりの危険が及ぶ。
(落ち着け……ここでやらかせば俺はもう二度と…………)
既に人生で初めてとなるジルやライのような別格ではない対人戦闘で苦戦――と言っても仕留めきれないだけだが――を強いられていることに戦闘狂の性が鎌首をもたげ始めている。
シキの中の冷静な部分がムクロを助けて逃げるべきだと叫び、烈火の如き熱い炎が灯った部分は全員殺せば良いと囁いてくるのだ。だが、シキ自身、ここで選択を誤れば自由を失う可能性があることを理解していた。その為、静かに深呼吸することで努めて冷静な部分の声に耳を傾ける。
(初見だったから賭けに乗ったが……この耄碌ならぬ盲目ジジイのことだ。俺がムクロを救おうとしてるってのはもうわかってる筈。危ない手は使えない……そして、基本は近接戦闘しか出来ない俺相手なら自分が防御と回避だけに集中すればかなりの時間稼ぎになることもわかっている……つくづく……つくづく厄介な相手だな)
と、ここで喉に長剣を突き付けられているムクロが不機嫌だということを隠そうとしていない、非常に眠そうな顔で目を開けていることに気付いた。
「クハッ……クハハッ……やっとお目覚めか。それならテメェらくらいは殺しても悪かねぇよなぁ?」
「……な、何じゃ? 何の話を――」
自分よりも圧倒的に強く、有利なように見えて不利なこの状況を一瞬で瓦解させることが出来るムクロが起きたことに安堵するシキ。
そして、突如として様子が変わったシキに混乱するレーセンだったがそれでも尚、時間を稼ごうとし、
「――変だと思わなかったか?」
と、被せるように問われた。
「こんな場所で爆睡ぶっこいてる魔族がブンブン振り回されても起きねぇこと。戦闘が起きようが殺気に晒されようが微動だにしなかったことによ」
数秒間、シキの言葉の意味がわからず固まっていたが、言われてからはたと気付く。
自分が先程から人質にしている人物の異常さに。
考えてみれば可笑しなことなのだ。
この辺りでジンメンと呼ばれている魔物に飲まれた危険なこの場所で寝ていることに疑問を抱いてはいたが、バンの殺気には反応もなかったし、《大声》スキルで煩くなっているであろう自分に耳元で叫ばれようが起きようともしない。
人質として長剣を突き付けても襲ってくるシキから逃れるためにかなり激しく動いても、あるいは投げ捨てられようとも反応はなかった。
「ま、まさか……」
人質を助けたいという思いを隠す為に敢えて賭けに出たのではなく、人質の方が自分よりも強いから危険を無視して攻撃してきたのではないか?
そんな考えが冷や汗と共に過る。
「ふあぁあ……さっきから煩いぞシキぃ……んぁ? 誰だお前。……気安く触れるな」
まさかこんな娘が……と気配を探ってみれば相手は長剣を突き付けられているにも関わらず、恐れることは一切なく、欠伸までしている始末。
しかし、盲目のレーセンには見ることが出来ないが、その吸い込まれるような暗く紅い瞳がレーセンを捉えた瞬間、全身の毛が逆立つような感覚がレーセンを襲い、それと同時に正面からシキを相手取るよりもヤバい相手だと《直感》が囁いた。
今度は冷や汗すら出なかった。
下等生物を見るような、地球で例えるなら取るに足らない虫を見るような目に気付かず、本能のままに後退し……その結果、レーセンは命拾いをすることになる。
ムクロの、それこそ虫を払うかのような無造作に振られた華奢な手。
それが咄嗟に出していた自らの左腕に当たった瞬間、左腕そのものが跡形もなく消し飛んだのだ。
音もなく片腕を失くしたレーセンは両目の眼帯の中で光を失った目を大きく見開きながらも冷静に《縮地》を使用し、距離をとる。
だが、その時には既にシキが紫色の砂のような光を放出しながら後ろに移動しており、長剣を振りかぶっている。
「はっ、すげぇ馬鹿力だ、なあッ!」
「ぐっ……ええいっ! 揃いも揃って化け物か!」
《縮地》は途中で停止することが出来ない。
レベルや技量で移動距離は変動するが、《縮地》を見慣れた者ならば大体この辺りまで来ると読むことは容易い。
故にいつに間にやら背後をとっていたシキに気付いたレーセンは焦燥に満ちた表情でぼやき、地面を蹴ることで真上へと逃れた。
「……避けた? しかも直線にしか移動出来ねぇ《縮地》の途中……にっ!」
レーセンからすれば死神の鎌のように感じる黒銀の長剣が虚空を斬る。
とはいえ、驚愕程度では攻撃を止める理由にはならない。
不可解な現象に驚きつつも攻撃の手は緩めるつもりのないシキは手首を返し、滞空中のレーセンへと再び剣を振る。
「ふわあ~…………あー……眠い」
場違いにも程があるだろうとレーセンどころかシキすらも感じてしまう間の抜けたムクロの呟きをBGMに戦闘は続いていく。
レーセンはムクロの強さに内心、激しく動揺しながらも目の前に迫る剣を身体を捻ることで避け、再び地面を蹴るようにして空中を蹴り出すと、まるで本物の地面を蹴っているかのように後退していく。
そんなレーセンを「今度は《空歩》か! 無駄に多才だなジジイ!」と罵りながら魔粒子ジェットで追撃するシキだが《空歩》を使って空気を蹴り出す瞬間に《縮地》を使われては当てようがない。
(ちっ、どうなってやがる……《縮地》は中断出来ないし、そもそも異世界人でもこの短期間にあそこまでスキルを乱用すればスキルの連続使用による頭痛が来るってのに……最強の職業、勇者であるライが痛みを【明鏡止水】で無理やり押さえ付けて使っていた戦法を何故平然と使えるんだ……?)
「――のぉっ……! 何か――したか……!」
やがて下級騎士の姿がシキの視界に続々と現れる中、一撃必殺の凄まじい威力の斬撃を尽く躱されていたシキは一つの結論に至った。
最早、止めを刺すことは出来ない。今すぐ撤退すべきだ、と。
知性を持つ生き物は学習をし、より強く、より賢くなっていく。
それは魔物だろうと人間であろうと同じことだが、こと人間に限れば少し訳が違ってくる。
しかも相手は自分が殺しきれなかった上級騎士達だ。
怒りや悔しさ、交戦を行った経験をバネにより厄介な手合いになる可能性がある。
先遣隊という末端の騎士達が自分やムクロの情報を上に報告しない訳がないのだ。
ただでさえ、イクシアから追われている可能性があるというのに魔族を敵視する聖神教に目をつけられる等堪ったものではない。
(問題は……この盲目ジジイがあの方が来るから少しの辛抱だ、みてぇなことを言ってたことか。欠損や瀕死の状態を治す手段が限られているこの世界であそこまで傷つけられた奴に掛ける言葉だ。十中八九、マナミが来てる。……なら当然ライも。クソっ……だから――)
――殺しておきたかった。
見つかってしまったせいで始まった戦闘ではあるが、ここで見逃せば目の前の聖騎士達は様々な害悪を引き起こす。
そうわかっているからこそ、今ここで殺しておきたかったのだ。
「ぐぅっ……」
何の手品なのかシキには見当もつかないが盲目の筈のレーセンは移動、回避、簡易予知的スキルを連続多用し、こちらの攻撃を全て見切っている。
時折、苦悶の表情を浮かべ、腕からは鮮血が迸っているがこれ以上は時間の無駄だろう。
「ふーっ……ふーっ……フーッ……フーッ……! クハッ、この俺が殺しきれないなんて……上級だが何だか知らねぇけど、ただの〝凡人〟がここまで面倒とはな。……くっははは、傲ってたなぁ……」
出来るだけ落ち着こうと意識してはいたが、いよいよ以て興奮が抑えきれなくなってきたらしく、怪しい呼吸音と共に口が裂けたような笑みを浮かべながら自嘲するように呟いたシキ。
〝凡人〟という言葉の意味に首を傾げつつもその様子に追撃の意思がないと判断したレーセンは出せる最大限の声で「各員、戦闘態勢! 敵は魔族二体だ! 聖歌隊は『聖歌』の用意をしろっ、時間は俺と他の者で稼ぐ!」と叫んだ。
「ま、魔族だと? 何でこんなところに……」
「驚いている場合か! 戦闘態勢っ、戦闘態勢ぃッ!」
「誰か、聖歌隊の奴等を呼んでくれ!」
レーセンの号令に反応した騎士達の声がシキやムクロの耳に入る。
最早、目と鼻の先まで迫ってきているらしい。
「……手伝ってやろうか?」
「良い、俺が買った喧嘩だ。そう遠くない内に全員まとめてぶっ殺すさ」
寝起きで状況がわからないながらも協力を申し出てくれたムクロに決意染みた言葉を返したシキは女とは到底思えない醜悪な顔で呪詛のようなことをぶつぶつと呟いていたゥアイに視線を送ると、全力の殺気を飛ばした。
間違ってもただの魔族が飛ばせるものではない、尋常じゃない殺気の矛先であるゥアイはビクリと肩を震わせ、酷く怯えた表情で後退りをし、感じ取ったレーセンはゥアイの元へ駆けつけた。
しかし、あまりの殺気に聖騎士の二人が幻視した長剣を構えて特攻してくる若い魔族の姿はなく、代わりにあったのは女吸血鬼を抱き抱え、紫色の輝きを放出しながら空へと消えていく姿だった。
「やられた、助かった、後少し耐えていれば……さて、最も正しいのはどれかのぅ。個人的には……助かった、じゃな……」
「か、カヒュッ……」
それを気配で察したレーセンは極度の痛み、疲労、安堵に思わず座り込んでしまい、ゥアイは目眩ましだったとはいえ、おおよそ欠損という大怪我を負っている者が耐えられるものではない殺気に気絶してしまった。
「今にも暴れだしそうな恐ろしい気配と言い、最後の言葉と言い……演技だったのか、本気だったのか……やれやれ。こんな老いぼれが片付けられる問題じゃないわい……」
上級の中でも上位に位置する強さの四人の内、誰一人としてまともな状態の者が居ないことに戦慄、驚愕、恐怖した下級騎士達に囲まれながら、そう独りごちるレーセンだった。
書く暇がなさ過ぎてスランプに陥りました……次話投稿も当分先かもです。




