第88話 聖軍
土曜には間に合いませんでしたが書けたので投稿。
所々おかしいかもです。
見える範囲に跋扈していたジンメンを殲滅し終わり、ジル様の剣から出た炎に包まれてしまった黒斧の温度が冷めるのを待つこと十分。
俺とムクロは適当に話しながら時間を潰していた。
「さっきの剣……どっかで見た気がするんだが」
「そうか」
「気がするんだが!」
「そうか」
「何だよぉ~、私の正体が知りたかったんじゃないのかぁ~?」
「……知りたいとは思うが聞いたら自由じゃなくなるような気がするから聞かない」
「む~……まあ、思い出せないってことはそんなに重要なことじゃないってことだからなぁ……単に似た剣を見たことがあるのやもしれん。同じようなことが出来る魔剣は幾らでもあるし」
……人はそれをフラグと言う。
とは言うが、受動的なことを言うだけであんな化け物染みた剣の詳細は訊いてこない辺り、本当にどうでも良いことなんだろう。
そんなことを思いつつ、黒斧に触れて温度を確かめる。
触っても問題ない程度に下がっていたので背中にくくりつけようとし……止めた。
よくよく考えれば聖騎士ノアとその部下達がこっちに向かっているらしいからな。
他は兎も角、ノアにはこのやたら特徴的な黒斧を見られている。隠しておいた方が無難だろう。
そう判断した俺は結局いつも通りの全身に大小構わず剣を装備した変人スタイルに戻る。
これなら余程のアホなんだと油断を誘えるし、黒斧よりは目立たない……という程でもないか。
まあ良い。
「さっきは街を無視して南に行くつもりだったんだがムクロはどうする? お前が寝るから勝手に進んでたぞ俺」
「ん~? ま、どっちでも良いわね。目的という目的がある訳じゃないし?」
おかしいな。前は南に行きたがってたような……? ……あ、こいつ目的忘れてんな。
「俺の方は……ジンメンに遭遇した時に一緒に居た友人達が南の方に行ったのが見えたからな。出来れば合流したい」
「別に良いわよ。てか、じゃああんたアタシが偶々通りかからなかったら本当に死んでたのね」
「……その節はどうも」
ジンメンの死骸を見ているとリーフ達の顔が頭に浮かぶ。普段色々世話になっているせいか、あいつらには情が湧いているらしい。
とはいえ、リーフはベテラン。残る二人も俺より数年も先輩の冒険者だ。大丈夫だとは思うが……相手がジンメンのような厄介な魔物だとどうしてもな。
「じゃ南に行くわよ! さあほら、またおんぶしなさい!」
「…………」
ムクロがそんなことを言った直後に抱きついてきた。
何も返答してないのに勝手に人の背中によじ登り、定位置に着くとか細いくせに下手したら俺よりも強い膂力を持つ腕でしがみつく。
俺は俺で無反応で受け入れ、案外美脚だったムクロの両太股をガッチリ掴む。
――何か慣れてきたな、口調も態度も温もりも。そういう奴なんだって思えば……可愛い、か? ……っといかん。〝そんなこと〟を考える余裕は俺にはないよな。集中集中……。
そんなこんなで再び移動を開始する俺達。
イメージとしては街から真東に移動し、ジンメンや人面型と遭遇。そこから何を血迷ったのかジンメンの生息範囲である北へ上がって散布型ジンメン等と交戦し、人面型が出た謎の森を東の方に迂回しながら南下している訳だが、もうそろそろ街から見て南東と言える辺りまでは来ている。
しかし、どこを見渡してもリーフ達の姿はない。気配を極力殺して移動しているにしても大抵のことは何でも出来るムクロが何も言わないってことはもう別の方向に進んでいるんだろう。
「この辺りは平原だから直ぐに見つかると思ってたんだがな」
「zzz……」
「……いつの間に寝やがった。寝過ぎだろ」
気付いたらムクロは寝ていた。
海賊の王に俺はなると豪語している人の家系かこいつは。
「……ん! アレが切れた! 頭が死ぬ! おいシキ下ろせ! ちょっと一服してくる!」
と、思いきやカッと目を見開き、この発言である。
排泄の必要がない構造をしている魔族だからトイレの隠語という訳でもなさそうだ。
「何だお前、煙草吸ってたのか?」
この世界でも煙草のような嗜好品は存在する。
どちらかというと葉巻とかキセル? のようなものの方が多いようだが。
「違うが似たようなもんだ! つか早く下ろせ! ぶち殺すぞっ!?」
「いつになく猟奇的っ! わかったよ……ったく」
俺が下ろすや否やムクロは未だかつて見たことのないダッシュで姿を眩ました。
目が血走っているように見えたが……大丈夫だろうか?
「……ヤニ補給か。わからん嗜好だ……まあ、元学生だしなぁ」
吸ったことのない俺からすれば煙草休憩とかヤニ補給の意味が全くわからない。
あのムクロが取り乱すくらいだから相当な衝動なんだろう。……しかし急だったな。初めて会った時は何も言ってこなかったし、最近吸い始めたのか?
等と思っていると。
どこからかザッザッザッ! と一定のリズムで地面を踏みつけるような音が聞こえてきた。
どう聞いても大量の人間が同時に歩いているような音に驚き、反射的に近くの草むらに身を隠す。
ジンメンの生息範囲内か、限りなく近いにも関わらず聞こえてきた人の発するような音に思わず隠れてしまったが、感知系のスキル持ちが居れば何の意味もない。
寧ろ何故隠れたんだと疑われる可能性があるくらいだ。咄嗟だったとはいえ、失敗だった。
音の距離と方向から察するに音の主達はそこそこ離れた位置に居る。恐らく、百メートルは余裕で離れているだろう。
そして、リズムを乱すように聞こえてくるガチャガチャとした不協和音からこの音の主達は鎧を着ていることが伝わってくる。
つまり……近くで行軍している奴等が居る。それもジンメンから逃げ仰せるか、倒せるほどの強者達だ。
しかし、それらが何故ここに、という疑問が浮かぶ前に気になることが一つ。
さっきジャンプして上空から辺りを見渡した時は人影なんて一切なかった。
だからリーフ達は居ないと判断したんだが……音の大きさと数を考えれば相当な大人数。俺が見落とすとは思えない。まるで何処からか湧いて出てきたようだ。
「全体、止まれぃッ! 人里までもう少しだが、暫しの間休憩をとる! 各々しっかりと休めように!」
「「「「「ハッ!」」」」」
距離はある筈なのにまるで耳元で叫ばれてるような耳に突き刺さる声が聞こえてきた。
どうやら運の悪いことにこの近くを休憩場所にするらしい。
――っるせぇな。……今の感じ、《拡声》か《大声》のスキル持ちだな? だとすると……面倒なことになった。
急に現れた謎、そして、聞こえた号令で奴さんが何処の誰かを察した俺は尚更姿を晒せないと判断し、息を殺して気配を潜めていく。
地球でどうだったのかは知らないがこの世界では戦争でも普段の見回りでも素で声が大きいというのは意外と役に立つことが多い。
指示や命令が部下に伝わりやすいのもあるが嘘でも適当なことを叫んでいれば牽制にもなるし、いざという時に目立ってしまって狙われやすく囮にもなるからだ。
そういうこともあり、声を大きくするような効果を発揮するスキル持ちはとても重宝される。
イコールで声系スキル持ちが居る組織はかなり大々的なものだ。実際、国軍規模の軍なら必ず採用されているくらいに。
と、言うことは、だ。
今の煩い奴の組織はどこかの国軍か、国軍並みの戦力と資金力を持つということ。
そして、この辺りはまだイクシアの領内だ。
ならばイクシアの国軍なのではないかとも思うが、イクシアの現女王は戦争に備えて戦力をイクシアの王都に集結させていた。例え他国からの侵略や密偵等の回し者の侵入を許してでも、とイクシア全土から徴兵していたのだ。
大規模なそんな戦争が終わった直後に国軍が大部隊を率いてジンメンが跋扈するこの辺りに来るだろうか? そもそも騎士達ですら俺達異世界人には敵わないというのに。
よって浮かんでくるのは聖軍の存在だ。
他に戦争で見かけた褐色の金髪女騎士やその部下達は少数精鋭と言った感じで人数は少なかったし、馬を使っていた。
逆に聖軍は徒歩。加えて全員がフルプレートの鎧を纏っていたから音だけで判断するなら聖軍であることに間違いはない。
また、聖軍はこの世界で最も権力を持つ聖神教が保有する軍隊だ。理由もなく他国に攻めることは絶対にないし、他の国とは違って信頼があるから理由さえあれば武器を所持したまま他国に入ることも出来る。イクシアの領内に居ても不思議はない。
それに、いつだったか聞いた噂のこともある。
――聖騎士ノアとその部下千人がジンメン退治にやってくる……千人が一気にってことはないだろうから別動隊……いや、ジンメンの脅威を見越しての先遣隊か? 《直感》持ちのノアが居なきゃ良いが……
「聖歌隊の調子はどうですかな」
「相――……きい……――……っ…………」
「ほう……それは重畳。お邪魔しましたな、では」
「レ――殿も……――……」
「ほっほ。ノア様も来られるんじゃ、若い者には負けられんわい」
煩い声の方は聞こえても他は殆ど聞こえてこないので会話の内容は不明瞭だが俺の予想通り相手は聖軍であり、俺の中では明確な〝敵〟であるノアは居ないようだ。
口振り的にやはり先遣隊らしい。ならば退却したいところだ。まだ何のアクションもないからバレてはいないようだが時間の問題だろう。
問題はムクロだな。ヤニ補給にしたって何処まで行きやがったんだ? 奴等は魔族や獣人族を生け捕りにしては十字架にかけて火炙りにすると噂の狂人共だぞ……
まあ俺よか圧倒的に強いから大丈夫だとは思うけど……等と思いつつ、匍匐前進ならぬ匍匐後進でじわりじわりと後ろへ下がっていく。
感知系スキルを持たない俺は気配を感じとることは出来ても正確な数や強さまでは把握出来ない。
特に相手が大多数だと「百人は居るくらいかな……」程度で、大雑把なことしかわからないのだ。
だからこそ撤退が最善。下手にリスクを冒すよりも尻尾を巻いて逃げ出した方が賢明な時もある。
そもそもノアは〝敵〟だと断言出来るが聖軍は曖昧な感じだ。殺すべき〝敵〟ではある。が、優先順位は然程でもない、と言ったところだろうか。
――はっ、気配を感じる、か。日本で学生やってた頃では考えられない感覚だ。そう考えれば大分異世界に馴染んだな……
自嘲気味に気を抜いてしまったのが悪かったのか、足元に落ちていた小枝を膝で踏んでしまった。
パキッ、と小気味の良い音が鳴り、無言で顔を抑えながら「何てベタなことを……」と自分に対し、激しいツッコミを入れる。
直後、「何奴!」、「誰か居るのか!?」と数人がこちらへ向かってくるのがわかった。
――ええいっ、バレちまったら仕方ないっ。魔族であることは極力隠して何とか切り抜けるしか……!
内心ではそんなことを考えつつもチラリと冷静な部分が「殺せば良い」と唆し、右手が自然と腰の剣に向かっていく。
幸い、相手は数人。多少騒がれてはいるが喉をカッ切るか首を飛ばせば静かに殺せる。
先手を打たれる可能性を無視してでもやり過ごすべきか、口封じをしてさっさと逃げるべきか……
しかし、先程聖軍が急に現れたのが頭によぎった俺は全身の力を抜き、剣から手を離した。
そのまま両手を上げて出ていこうとし――
「zzz……お腹空い……た……んがっ……んぅ~……むにゃむにゃ……」
「……女子じゃと?」
「何だってこんなところに……」
――すんでのところで聞こえてきたムクロの寝言らしき声とこちらに向かってきていた聖騎士の会話にコケそうになった。
何とか持ち直しつつ、再び身を隠す。
――あ、危なかった……見つかったのはムクロだったのか。危うく間抜けが一人増えるところだった……
「何で寝てんだよ」とか「見つかってんじゃねぇよ間抜け……って俺も似たようなもんか」とか色々思ったがそれらを差し置いて、非常に困った。
ここで見捨てるというのも忍びないし、見捨てたところでムクロなら問題ないだろと思ってしまうし……要するにどう動けば良いのかわからないのだ。
まあ魔族ってバレなきゃ問題は……
「ん? ……よく見るとこの女子、魔族じゃぞ! それもかなり高位の吸血鬼……!」
いや、早速バレとるがな。
脱力すれば良いのやら、驚けば良いのやら、絶望すれば良いのやら……
と、下らないことに頭を悩ませかけた次の瞬間、耳を疑う会話が聞こえてきた。
「魔族だぁ? ……おいおいマジじゃねぇか。…………へっ、何でこんなところに居るのかは謎だけどよ。魔族ってんなら殺しても良いよな? さっきの三人組の冒険者みてぇにお預けってのは無しだぜ、レーセンのじいさんよ」
「待て。何故居るのかも謎じゃが、最も謎なのは例の『古代生物』が縄張りを形成しつつあるこの領域で死んでいるのではなく、眠りについていることじゃ。我々が知らぬ脅威が蔓延っているのやもしれぬぞ」
「どの道、アレのせいでこの辺りは滅ぶんだ、今更脅威なんざ知ったこっちゃねぇよ。それとも何だ? 怖じ気づいたのか、上級騎士様?」
三人組の冒険者だと? こいつら、まさか……リーフ達に遭遇したのか?
まるで殺し損ねたとでも言いたげな、不満気な声と言い、興味深い単語の連発と言い、本当に聖軍なのか……? いや、上級騎士ってのは聖軍での位を示す言葉だった筈だ。ムクロの眠り癖のお陰で意見は割れているようだし、もう少し様子見するか。
「ほほっ、相変わらず品のない男よの。あんまりがっついてると嫌われるぞよ?」
「ああ? うるせーぞ、クソ女。ゴブリン並みに盛ってる奴に説教される筋合いはねぇ」
「貴様……今、俺の女に喧嘩を売ったな? 売ったよな? ぶっ殺すッ!」
「上等だ悪趣味やろ――」
「――止めんか小童共ッ!!」
レーセンと呼ばれていた、声のデカい奴の怒声に思わずビクリと肩を震わせる。同様に言いあいをしていた他の奴等も驚いたらしく、押し黙った。
あまり仲の良い部隊とは言えないらしい。
「先ずバン。貴様は先程、盗賊と見間違えた等と抜かして通りすがりの冒険者の首を切りつけたな。事態が事態じゃ、羽目を外すなとは言わん。じゃが節度は守れ。ゥアイではないが貴様のような品のない者が居るから聖軍の質が落ちる」
「……流石、『炯眼』は言うことがちげぇな。けどあんま調子こくなよ? 序列はあっても同じ上級騎士なんだ。偉そうに説教すんじゃねぇ」
「まだ懲りぬのか……論外じゃな。次にゥアイ、こやつが見た目通りの阿呆と知っていて何故煽る? 仲間の不和は死に繋がると教えた筈じゃが?」
「ほ、ほほ……妾としたことが、猿を見るとどうもな……これからは肝に命じよう」
「はて。わしの記憶違いでなければ前も似たようなことをお主の口から聞いたぞ? もうボケたのか?」
「っ、ほ、ほほほ……」
「ジジイ……貴様もゥアイを侮辱したなっ!? したよな!?」
「ソーシ。貴様は実力は十分でもその短絡的な性格が治らないからいつまで経っても序列が上がらんのじゃ。……やれやれ、これからノア様がいらっしゃるというのにこの面子では立つ瀬がないわい」
声だけだから判別しづらいが、ムクロの近くに居るのはレーセンというじいさんとバンとかいう血気盛んな若い男、比較的仲の良さそうなゥアイとソーシという男女のようだ。
レーセン曰くバンが冒険者を襲ったらしいが……ジンメンの生息範囲に入るようになった、あるいは直ぐ近くまで飲まれているこの辺りで三人組の冒険者と言ったらこちらに逃げていったリーフ達しか思い浮かばない。
リーダーのパーティは新人三人組とルーク、プルの六人組だ。後ろの二人は人面型のこともあるから死んでいると仮定して……生き残っている可能性があるのはリーダー。新人達は単体なら全滅。リーダーと一緒に行動しているなら一人か二人が死ぬだけで済んでいるだろう。
バンとかいう聖騎士はリーフ達に襲い掛かった。これは恐らく間違いない。
『お預け』ってことは殺し損ねたってことだ。なら全員生きてはいるということ。襲った真の理由は謎だが、やられたのがもし本当にリーフ達ならこいつらは〝敵〟だ。殺すべき〟敵〝。なら俺が取るべき行動は……
――いや、それよりレーセンの口調だな。今のは十中八九……
「バレておるよ。出てくるが良い。このタイミングで隠れているということはこの娘の仲間じゃろう? 我々は腐っても神の手足であり、剣であり、盾である聖騎士。魔族相手に容赦は出来んぞ」
……ハッ。やっぱりバレてやがった。やけに説明口調だと思ったらこれだ。生かしておく気はないってか。
そう結論付けた俺は立ち上がりながら仮面の形を変え、角の周りを覆うだけのバンドのような形状へと変化させる。
顔は完全に露になるがパッと見、角はそういう被り物なのだと感じる筈だ。これで見抜かれるんなら魔族か否かを見極める何らかのスキルか魔道具を持っているし、見抜かれなかったんならそれはそれで僥倖。イクシア周辺で『人類の敵』である魔族と組む酔狂な奴は居ないから油断を誘える。
目潰し用にしれっと地面の土を握り込んだ俺はライ達やムクロ以外で初めて魔族としての姿を晒した。
「魔族……いや、人間か? 紛らわしい格好しやがって」
「ほほほっ、全身に武器を備えるとは……っほっほっほ! 余程の阿呆か余程の世間知らずと見たぞよっ」
「人質が居るのに全く感情が動かない。余程の能無しも追加だな、ゥアイ」
「ほほっ。ソーシ、お主も中々言いよる。流石、妾の認めた男よ!」
「ゥアイ……」
「ソーシ……」
「やれやれまぁた始まりやがった……相変わらず気色悪い絵面だぜ」
「……はぁ。ほんに疲れる奴等じゃな……これでも実力は確かなんじゃよ? しかし……お主も強いな、鬼の子よ」
各々色んな反応をしてくる聖騎士達。
仮面の形状に騙される奴も居れば、カップルなのか互いを抱き合っている奴も居る。そして話を聞く限り、唯一まともと言えるであろう聖騎士レーセンはしわしわの顔を歪ませながら溜め息をついていた。
髪は白くとも衰えを感じさせない筋骨隆々な身体を惜しげもなく晒しているレーセンだが、どうやら盲目らしく、両目を布で縛っていた。
――一瞬で見抜かれた……? 魔道具を使った感じはしなかった。そういう技術でもあるのか? それに……盲目だからと言って油断出来る相手じゃねぇな。他は兎も角、こいつだけ別格だ。立ち振舞いに重みと経験を感じる……グレンさんを思い出す気迫だ。
人目で魔族だとバレてしまったことや脳裏に浮かんでくるイクシア最強の人物と目の前の老聖騎士が重なって見えたこともあり、余計に警戒心が強くなる。
「ふっ……青いな。俺達の話に度々反応して気配が漏れていたぞ? 隠蔽系のスキルも隠密系のスキルも無しによくもまあ隠れようと思ったものだ。しかし、魔族ならば当然だな。だからこそ……こうさせてもらおう」
レーセンはそれまでの厳しくも温厚そうな雰囲気を剣呑で鋭いそれへと変化させると、黙ったまま腰の剣に手を置いていた俺の前で背中の長剣を抜刀し、無防備に寝ているムクロの首に当てた。
――……なんだ、目が不自由なんじゃないのか……? まるで見えているような動き……ご丁寧にムクロの首には傷一つ見当たらない。ムクロの位置も首の角度や細さも理解しているのか……つくづく盲目とは思えねぇな。
「…………」
「驚きもしなければ動揺もしない、か。仲間ではない……違うな。この娘に価値がない……いや、先程の会話から殺さないと踏んでいる……? ほう、これも違うのか」
何だ? さっきから何を言って……
「ふむ。この距離なら攻撃が届く……当たりか」
「っ!?」
こいつ、まさか……シズカさんやジル様のような心を読むタイプのスキル持ちかっ! 独り言に見せかけての質問ってことは……イエスとノーの二択しか読めないか、そう思わせるだけのブラフ……どちらにしろ厄介な相手だ。
「見たところ近接武器しかないように見えたんだがな。厄介だ。お前達、下がれ」
互いに対する認識を改め、同じにしたところで仲間を下がらせるレーセン。
しかし、黙って言うことを聞いたのはゥアイとソーシのみ。残るバンは投げナイフのような形状の短剣を抜き、こちらを見据えていた。
「バン、あまり困らせるな。俺は下がれと言ったんだ」
目はこちらを逃さず、更にはムクロの首に当てる長剣へ込める力を緩めもせずにバンに指示を出す。
が、口調も雰囲気も一変させたレーセンに対し、バンからの返答はなかった。
「そろそろよお……我慢の限界なんだ……俺ぁ定期的に何かを殺さなきゃ……切り刻まなきゃ生きれねぇんだよおいいぃ……!」
ぶつぶつと何やら不穏なことを言っていて、先程のムクロのように目が血走っている。
おおよそ聖騎士と呼ばれるような奴じゃないのがひしひしと伝わってくる。
――まともじゃないなこいつ……聖騎士にはこんな奴も居るのか……。
ムクロを連れたまま下がっていくレーセン達の前で二本目の短剣を抜いてジャグリングを始めたバンはやがて獰猛な笑みを浮かべ……
「このクソジジイが魔族ってんならテメェは魔族だ。俺達に殺され、滅ぶべき運命にある忌まわしき種族……だが俺は寛大だからな。チャンスをやろう。俺とサシで勝負して勝ったらお前も女も見逃してやる。ただし、負けたら女共々殺す。楽には殺さねぇから安心して死ねよ?」
と、思いもよらない提案をしてきたのだった。
年末まで忙しいと死刑宣告を受けたので来年まで不定期更新になります。
最低でも二週間に一度は更新したいのですが……怪しいところです(汗)




