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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
89/334

第86話 再会と遭遇

気持ち悪い表現があるので食事中の方等はご注意ください。



「おーい……いつまで寝てるんだ~? 流石の私でもそこまで呑気に寝れないぞー。おーい、シキ~……死ぬぞー」



 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!



 最早、聞き慣れた声と《直感》による強制的な予感めいた感覚が告げる死のイメージ、聞きたくなかった奇声を目覚ましに飛び上がった俺は文字通り目の前まで迫っていた、口をばっくり開けたジンメンから間一髪で逃れ、振り向き様に咄嗟に出してしまった爪で斬撃を飛ばしてジンメンを切り刻んだ。



「っぶねぇ! めちゃくちゃビビった! てか何でお前が居るんだ!? いつもどっから湧いてきやがる!」



 目が覚めなかったらジンメンの口の中だったことに冷や汗を流しつつ、近くの木の枝に座って足をブラブラさせていたムクロに悪態をつく。



 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!



「お~! 何だ今のっ、爪か? 爪かっ? 珍しい武器使うんだなぁお前! しかも隠し武器……! 暗殺者でもやってたのか~?」



 ――しくった。咄嗟だったとはいえ、爪を晒してしまった。また冷静さを欠いて……ん?



「何で俺生きてんだ?」



 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!

 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!



 ジンメンが居たってことは胞子が舞っていた筈だ。

 俺はその胞子にやられて気絶して……



 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!



「そんなもん知らん。私が来た時は既にビックンビックン痙攣してたし、泡も吹いてたぞ」



 死にかけてるじゃねぇか……。



「何で……」



 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!

 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!

 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!



 まさか【抜苦与楽】か? 確かに気絶する直前に増やした思考に【抜苦与楽】を使うよう念じたけど……



 腕や足を振ってみるが特に不調はない。



 なら『身体の中の悪影響を及ぼす物体を取り除く』という命令を気絶した後も増やした思考が自動的に……?

 可能性としてなくはないが、意識がない時って脳ミソどうなってたっけな……



 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!

 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!



「いやさっきからうるせぇなっ!! おいムクロ! 何で現在進行形で俺達は無事なんだっ? 何かしたんだろ!?」



 もし仮に自力で胞子を『抜』いたんだとしてもさっきから辺り一面で奇声を上げまくってるジンメンが飛ばしているであろう胞子を吸って死んでいない理由にはならない。

 余裕そうに足を揺らして遊んでいる人物が目の前に居るんだ。十中八九……というか確実にこいつが何かしているんだろう。



「むふっ……知りたい? 知りたいかねシキくぅん……」



 コロコロ変わるムクロの口調の中でも今回のは初めて聞くものだ。

 いつもウザい口調だと思ってたけど、今回のは何というか……純粋に殺意が芽生えた。



「良いから教えろ。こちとら死にかけて余裕ねぇんだイカれ女……」

「おおぅ……目がマジだ……本気の本気で怒ってるじゃあないか……ではそんなムカ着火ファイヤー状態である君にこの私が……この私がっ、僭越ながら教えてしんぜよう」

「ぶち殺されたいのか?」



 後、何でそんな単語知ってんだお前。



「え~……どこかの誰かさんに誘拐されて町に戻った私は――」

「――そこはどうでも良いわっ、理由だけ、簡潔に、早く教えろっ! てかお前が勝手についてきたんだろうが」



 相変わらず「ゴゥエゴエッゴギェアァッ!」と全く同じ奇声を上げて近くを徘徊しているジンメンを注視しつつ、促す。



「ふんっ、童貞のくせに。偉そうにしちゃって」

「その口調はこの前も聞いた、良いから話せ。……後、こんな時に言うのもなんだが足をばたつかせるの止めろ、下着見えてるぞ」

「いやん、シキのえっち」

「ぶっ殺してぇ……」



 桁違い過ぎる能力を持った魔物に囲まれたこの状況なのにも関わらず、我が道を行っているので話が全く進まない。



 あまりのイラつき具合に力が抜けてくる。……何か見せびらかすようにスカートたくしあげてるし。



「ほぉらお前の大好きなおパンツ様だぞー」

「…………」

「無視か? ん~? 無視かぁ……?」



 変人というか痴女というかイカれている目の前の女がニヤニヤしながら……そして、無視されたのがわかると、途端に目をうるうるさせながら中々にエロい生足と黒の大人チックな下着をチラリチラリと見せてくる。



「…………」

「……ちっ、つまらん。わかったよ、教えれば良いんだろう? 何、別に難しいことはしてないさ。ただ風を起こして飛ばしているだけだ」



 態々見せびらかしたスカートの中にチラリと視線がいくだけで面白い反応をしない俺にムクロはつまらなそうにスカートから手を話すと、再び足をばたつかせながら事も無げに言った。



 ――俺達の周りに常に風を起こすことで胞子を飛ばしてるってことか? ……化け物かこいつ。



 しかも俺達異世界人以外あり得ない筈の無詠唱だと……?



「あ、勘違いするなよ? 一度発動すれば解除するか、魔力が尽きるまで発動するタイプの魔法を使っただけだ」



 先程の態度とは一転して真顔で話すムクロだが、どちらにしろあり得ない。

 胞子を近付かせない風を起こすだけなら俺でも出来る。前衛ではあるが、魔法もそこそこ使えるようになった今の俺なら常に発動も出来なくはないだろう。



 しかし、俺達の周囲を覆うように風を起こしているのなら俺達が呼吸に必要な空気はどこから来る?



 謂わばムクロは俺達が胞子を吸わないように空気の壁を作った訳だ。

 確かにそれで周囲を囲っていれば胞子は吸わないだろう。が、逆に言えばその壁の内側は新鮮な空気が入ることのない密封された空間になっているということ。



 俺がどのくらいの時間気絶していたのかは知らないがその間、ムクロは密封空間に新鮮な風を作り出していたということになる。



 人間……いや、魔族とは言え、ベースは殆ど人である俺達の呼吸に必要な空気を作り続ける空間と胞子を払う為の常時発動タイプの風の壁。

 それを同時に発動、維持するなんて……ハッキリ言って化け物だ。



 呼吸に必要な空気を増やしすぎれば俺達に圧が掛かって何らかの悪影響を及ぼし、少なくしすぎれば息が出来なくなる。

 そして、外の風の壁は維持し続けないと胞子が落ちてきて俺達が死ぬ。



 ――それをこうも余裕そうに……本当に何者だこの女……



「さて。これで貴様を助けたのも何度目かだ。黙って血を吸わせたまえ」

「……このタイミングで言うことか?」

「吸ったことがないからやってみたいのだよ。どんな味がするのかも個人的に非常に気になるところだ」

「それは吸血鬼としてあるまじき醜態なんじゃ? 後、普通に鉄の味がするだけだろ」

「ふむ。一理あるな」



 ……何でこんな会話してんだっけな俺達。



「まあ良い。確かに今回のは本気で助かった。盗賊の時もな。だが変に借りは作りたくない。生きて町に戻れたら一つだけ何でも言うことを聞こう。……俺に出来ることであれば、だが」



 保険を掛けたのは相手が吸血鬼だからである。

 死ぬまで血ぃ吸われそうで怖いしな。ムクロだし。……ムクロだし。



「えぇ~……? 別にそういうの要らないんだけどぉ……ていうかぁ、してほしいことあったらもうさせてるしぃ」

「oh……何という事実」



 得体も素性も知れない相手に譲歩した方だと思っていたが、返ってきたのは面倒臭そうなで嫌そうで「何言ってんのこいつ?」みたいな顔と反応だった。

 確かにムクロの強さなら出来るだろうが……この世界の女性の強者は人に力ずくで言うことを聞かせるのが常識なんだろうか。



 ――……どうもジル様がちらつくな。未練がましい男みたいで格好悪ぃったらありゃあしねぇ。



「ん~……じゃあ血をくれ。味見用と食事用と予備用と実験用と料理用で」

「死ぬわっ! 殺す気か! てか後半おかしいだろ!」

「あはははは! やっぱ面白いなお前! よぉしっ、ではこのムクロ様が貴様を存分に守ってやろうではないか! 対価は後で考える!」



 後でってのが一番怖いんだが……てかこいつ、ムクロが本名だと思ってないだろうな? いい加減、名前くらい思い出したろうに。



「いや、やってくれるのは空気の創造だけで良い。他は俺がやる」

「ん? 胞子飛ばすのと倒すの?」

「あぁ、お前なら俺の力を言い触らすこともないだろうからな」



 それに。

 ここまで出会うというのも何かの縁だろう。聞いてみれば今回も町を出たのは良いが、何をどうしたのか方向を間違えて進んできたらしいし。



「ほう? では見せてもらおうか。貴様の力というもの……お゛う゛っ゛!?」

「…………」



 ムクロはどっかのマザコン大佐みたいな台詞を言いながら枝から飛び降り……不自然にその下に生えていた小さい木の枝にゴンッと股間を強打した。

 ちょうど足が地面に届かないギリギリの高さだったらしく、足をピンとさせて数秒固まり、そのまま横に倒れた。結構シリアスな空気だったので思わず俺も固まる。



 普段は隈が酷い顔を澄ましているムクロが今度のは流石に目をカッと開き、一瞬だが白目を剥いていた。

 まあ、イメージとしては数メートル上から落ちてきた自分の全体重で自分の股間を潰したことになるからな。相当な激痛だろう。



 よく見ればムクロが急所をぶつけた小さい木の枝も枝そのものではなく、木の根元からポッキリ折れている。

 落下時の勢いも追加されて凄まじい衝撃になっているな。



「お゛お゛お゛おうぅっ、おう……体験したことのない痛み、だぁっ……」



 両手で恥ずかしいところを抑えながら地面でゴロゴロと悶え、時折怪しげに腰をビクつかせている。



「……まあ、なんだ。男じゃなくて良かったな」

「そ、それは……慰めてるようで……慰めてない……ぞっ……」

「いや、冗談抜きで男だったら卒倒ものだから。下手したら死ぬぞ」



 ぶつけてるのは同じ急所だけど、ちょっと違うだろうし。いやまあ、痛いのは同じだろうけどさ。



 その後、股間を抑えながらだが、プルプル震えながら俺に付いてくるムクロ。

 既に胞子を飛ばす風の壁は解除したらしいので、俺が『風』の属性魔法で飛ばしていることになる。一応だが、適当な詠唱をしてあるので「異世界人なのか」等と怪しまれたりはしていない。



 壁を作ったのではなく、俺のはただ風を起こしてるだけなので当然ジンメンは近付いてくる。それらは斬撃を飛ばすことで瞬殺だ。

 胞子さえ対応出来れば後はどうとでもなる。近付けないだけで基本的な戦闘能力はそこら辺の魔物と変わらなかった。



「す、すまん……ちょっと確認して良い? 多分これ血ぃ出てる……」



 道中、涙目でピョンピョン跳ねてるムクロにそう言われたので足を止め、周りのジンメンの殲滅に掛かる。



 ――粗方、殺し終わった……けど、奇声は聞こえるからまだどこかに居るな……



 《気配感知》の有無でこうも差が出ることに歯噛みしながらも周囲の警戒に当たる。



「うわっ……やっぱめちゃくちゃ血ぃ出てる……これは痛いな、あはははは!」



 ()の目も気にせず、その場で下着を脱いでスカートの中を確認してるムクロに脱力しかけたが、何とか持ちこたえる。

 そりゃ小さいとは言え、一つの木を股間で薙ぎ倒せば流石に血くらい出るよな……等と思いながらマジックバックから回復薬を出し、コロコロと後ろに転がしてやった。



「使え。痛いんだろ」

「……いや、気持ちは有り難いが男も魔物も居る場で股間に回復薬掛けてる女とか恐怖だろ。気持ちだけ受け取っておく」

「…………」



 いや、その男も魔物も居る場で股間を晒してるのはどこのどいつだよ。

 チラッと下着脱いでんのが見えちゃって見ないようにしてる俺の身にもなってほしい。



「ん、よし。パンツ履いたし、こっち見て良いぞシキ」

「……良いのか? 血が出てるんなら無理しない方が良いと思うんだが」

「問題ない。ま――」

「――おい痴女テメェ! 白昼堂々と何口走ろうとしてんだっ」

「何を驚く。童貞はこれだからな……◯◯◯(ピーー)◯◯◯(ピーー)くらい女でも割りと普通に言うぞ。生理とかで◯◯◯(ピーー)から血出る奴だって居るし」

「うわぁ…………いや、何て言うか……もう少し恥じらいをだな……」

「だからそんなもん気付いたら消えてたわ」



 何故消えた羞恥心……人が一番持ってないとダメな心だろ。



「……まあお前が良いと言うんなら良いがな。流石に魔法使いっぱってのも疲れてきた。さっさと開けた場所を探そう」



 少しでも開けた場所があればまた俺の魔粒子ジェット大ジャンプで抜けられる。あるいは跳ねるのをムクロに手伝ってもらっても良い。

 どの道、ジンメンの縄張りらしいこの謎の森がどこまで続いているかわからないし、方向も既にわからない。一度、上空から見てみないと何もわからんだろう。



「何だ、無理してたのか」

「疲労程度で済むならお前に作る借りは少ない方が良いからな」

「別に気にしないんだがなぁ……あ、じゃあおんぶしろよ」

「……何故に?」

「おまたがね……いたいのっ」

「はっ倒したい、そのうるうる顔」

「良いだろー? 減るもんじゃないしー」

「攻撃に使える手が減る」

「じゃあ私が抱きつくからぁっ、おんぶしておんぶっ」

「……言っておくが俺の武器は剣だからな。動きで吹っ飛ばされても知らんぞ」

「ふーんだっ、貴方程度の力で私が吹っ飛ばされる訳ないでしょー?」

「…………」

 


 このどんどん脱力していく感じの会話、何度目だろうと思いながら再びムクロをおぶう。

 相変わらず恥ずかしげは一切なかったし、形の良い美乳が背中で激しく自己主張しているが最早慣れた。



 ――魔法行使なら兎も角、単純なステータスでも()()と言われるくらいの差があるのか……この女、本当に何者なんだか……



「あははは! 出発しんこーっ!」



 妙にテンションの高いムクロと共に移動を続ける俺だった。











 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!

 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!

 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!



「んでこれかよ……」

「お前……方向音痴だな……こっち完全に北じゃないか? ちょっと引くぞ」

「マジではっ倒すぞ。どの口が言いやがる」



 開けた場所が全くなかったので仕方なく太い枝のある木に飛び移り、そこから魔粒子ジェットを噴出しながら跳ねて辺りを一望し、取り敢えず森じゃなく、平原のあった方へと進んでいた俺達は早速ジンメン達に囲まれていた。



 とは言っても俺がジンメンの胞子で気絶した時点で夕方に近い時間帯だったから辺りは真っ暗闇だ。

 全方向から聞こえてくる奇声と何かが蠢く気配で囲まれたことを察知しただけで何も見えない。



 ――新月ってのが痛いな。たまに赤い月とか緑色の月とか出てるくせに今日に限っていつも見えるデカい月しかないのか……昨日は見えたのに星の周期どうなってやがんだよこの世界は……魔力も流石に尽きかけてるし……かといってムクロに何でもかんでも頼るのはな……



 仕方なしにマジックバックから取り出した魔力回復薬を飲み、少しだけ魔力を回復させる。



「何匹居て、どの方向にどれくらい居るのかとかわかるかムクロ?」

「わかるけど教えないぞ。お前が余計な借りは作りたくないとか駄々捏ねたんだろうが。……おい、この先に岩が横たわってる、ぶつかるなよ」

「……見えてんのかよ」

「当たり前だろ」



 ――《気配感知》と《夜目》スキル……? つくづく化け物だなこいつ。



 等と考えながら思考に耽る。



 魔粒子ジェットの大ジャンプは暗すぎて何も見えないから危険だし、闇雲に斬撃を飛ばしたって当たらなきゃ無駄だしな……どうしたものか……

 いっそ、《闇魔法》の〝粘纏〟を付与したくっ付く炎で辺りを焼きつくすか……? いや、普通に俺達の身が危ないか。……ムクロに『闇魔法の使い手』だってことがバレそうだし。ただでさえ魔粒子ジェットの件でジーっと観察されてるからなぁ。



 俺が魔粒子ジェットを使った時、「おおおおっ! 何だ今の!? 何だ今の! もっかいやって! やってって! うおおおおっ! 凄い凄い! 綺麗だし、高ーい! あはははは!」とハイテンションで喜び、それからも使え使えとねだってきていたムクロに視線をチラリとやる。



 相変わらず何にも見えないな。前も後ろも上も下も……おんぶしてる相手すら見えないとか暗すぎるだろ……



「そんなに見つめられると照れるんだが?」

「おっとすまん」

「ふっ、美しすぎるムクロ様に見惚れてたか」

「いや、あまりにも臭いから死んでるんじゃないかと」

「……酷くない? 流石に死体みたいな臭いなんて……うわ、くっさっ……何この臭い……」



 最近は少し肌寒いから温もりとしては最高なんだがな。感触も。

 如何せん、本人も自分で嗅いでおいて臭いと言うくらいどぶ臭いから有り難みは薄い。



「お前、何日風呂入ってないんだ?」

「……一週間くらい?」

「その間、道端とか下水道の近くで寝てたんじゃないだろうな」

「……確かにちょっと臭いところだったような」

「…………」



 夜だからかはわからないが、辺りのジンメン達は奇声を上げるだけで襲っては来ない為、普通に会話する俺達。

 音や何らかの動き、熱とかに反応するスタ◯ドみたいな生き物でもないらしいので、ある意味余裕を持っていられる。



 普通の奴なら胞子を飛ばし続けることなんて出来ないし、出来たところで全方位を殺人胞子振り撒く化け物に囲まれた時点で詰んだと絶望するからな。

 その分、最悪はムクロに何とかしてもらうか、俺が焼き払ってダッシュで逃げるか出来る俺達は少しゆとりがあるのである。



 しかし、それも唐突に終わりを告げることになる。



「……なあシキ。何か……後ろからいつにも増してキモいのが付いてきてるんだけど」



 という、ムクロの言葉によって。



「……ジンメンか?」

「……多分?」

「多分じゃ困るんだが」

「いや、人間が勝手に付けた名前なんか道端で寝てただけの私が知るわけないだろ……ってシキっ、何かめっちゃ走ってきてる! お前も走れ!」



 俺の言葉に理不尽にキレてきたムクロが焦った様子で促してくる。

 確かに後ろの方からダッダッダッダ! と一定のリズムで走ってくる何かの音が聞こえる。



 ――……音的にジンメンじゃないな。あいつらは植物だからこんな何かが走るような音は出せない筈。そこそこの重さで……二足歩行、か?



「前見えないんだから走れる訳ねぇだろ。自分で何とかしろよ」

「だって周りに居る植物魔物と同じ身体なのに人の顔がめちゃくちゃ浮き出てるんだぞ!? 気色悪くて見てられんわ!」



 ……え、何そのホラー生物。めちゃくちゃ怖いんだけど。



「ねえシキ! 走って! お願いっ、走って! めっちゃ早いし、目が! 全身の目が全部こっち見てるぅ! 怖いよおっ!」

「や、止めろよ! 怖くなってきただろ!?」



 ――ダッダッダッダッダッダッ!!



「「ひッ!?」」



 結構な速度を想像してしまうような足音で完全にこっちをロックオンしてるのがわかった。

 俺とムクロで最初は温度差が激しかったものの、あまりにも怖くなったのでこちらも走りだす。人生最大級の本気ダッシュである。



「ああっ、ヤバいヤバいヤバいヤバい! もう直ぐそこまで来てるぅっ! よく見ると足とか手とかも人の手足が固まって出来ててめっちゃ気持ち悪いいいいっ!」

「怖いからマジで止め――」



 ここまで近付かれれば嫌でも気配が伝わってくる。俺達と謎のジンメンとで十メートルは確実に切った。

 そう思った矢先。



「――ギィヤアアアアアアアアアアッ!!」

「「ひいいいっ!?」」



 明らかに人の声だった。

 色んな人の……老若男女問わず、本当に色んな人が同時に甲高い悲鳴を上げたような声が辺りに響いた。



 生理的に受け付けないというか悪寒がするというか……耳元で黒板を思いっきり引っ掻かれたような、と言えば伝わるだろうか?

 俺はどちらかというと発泡スチロールが嫌なタイプなのだが、兎に角、思わず耳を塞いでしまうような何とも不快過ぎる声に俺もムクロも堪らず悲鳴を上げる。



 恐怖と不快な気持ちに染まった心が堪らず逃げろと訴えかけてくるので、魔粒子ジェットを使って加速し、一気に走り抜ける。



「ムクロっ、この先に障害物は!?」

「何もないっ、ずっと平原! けど、ジンメン? がちらほら!」

「真っ直ぐ突っ切ると当たるか!?」

「多分大丈――」

「――イイイイヤアアアアアアアアッ!!!」

「「ひうぅっ!?」」

「ヤバいっ、チビりそう! 漏らせる身体じゃないけど!」

「私も何か出ちゃいそうっ! 何も出ないけど!」



 急加速しているにも関わらず、まるで距離がとれてないように感じるほど、近いところから不快な奇声が聞こえ、ムクロと共に震え上がる俺。

 互いに汚いことを言いながら全力で駆ける。



「キエエエアアアアアアアアッ!!」

「ぐすっ……怖いっ……もうやだぁ……」



 ムクロが再び聞こえてくる奇声に泣き喚きながらがっしりと俺の首元に抱きついてくる。

 普段なら背中で潰れてる胸の感触とかずり下がってきたムクロを何とか落とさないようにと両手で柔らかい尻を鷲掴みにしちゃってることとかにもう少し反応する俺だが、生憎そんな余裕はなかった。



「いや、泣いてねぇで魔法撃てよ! 馬鹿なのかっ!?」

「だってっ、だってぇ……」

「だって何だ!? 気になるから早く言えっ!」

「だって口パクパクさせてんだもぉんつ!」

「だからっ、パクパクが何だよ!?」

「違うっ、何か言ってるのっ! じっと色んな人の目がこっちを見つめながら喋ってる! ……ほらっ、今! 助けて、助けてって言った! 怖いよぉっ! うえええんっ!」



 恐怖は伝染する。



 どこかで聞いたことのある台詞が頭の中でリピートされた気がした。



「落ち着け幻聴だ! 良い歳した大人が泣くな! お前幾つだよ!?」

「百から先は数えてないわバカあああっ! 何で聞こえないんだよおおおーっ!」

「百っておまっ、クソババアじゃ――」



 と、思った以上のムクロの歳に驚いた直後。



「――ケ……テ……ケテ……タスッ……」



 確かに俺は聞いた。



「……テッ、タ……ケテッ……タスッ! ケテッ!! タ゛スケ゛テエエエエエエエッ!!!」



 俺達を追っている『何か』が上げた助けを求める気色悪い奇声を。



「ひいっ!? 手が伸びたっ!」



 ムクロの言葉に「は?」と返したのも束の間、次の瞬間、グッ! と左足を『何か』に掴まれ、転倒した。

 かなりの勢いで地面に倒れ込むが、ジル様の素材で作られた胸当てのお陰でダメージはそんなにない。



 しかし、恐怖の為か、ムクロがぶるぶる震えながら頭と首に凄まじい膂力でしがみついてくる。

 足を俺の身体に巻き付けてまで震えている。



「ぐっ、ああいいいっ!?」



 ムクロには首と胴体を、『何か』には左足全体を握り潰されるかのような激痛と共に何人もの人に足を掴まれているような感触に思わず悲鳴が上がる。

 


「ぐおおおっ!? む、ムグロっ、苦しっ、息出来なっ……!」

「タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ! タスケ……テ! タス……ケデエエェッ……!!」

「っ!? や、やああああっ! 怖いいいっ!」

「ぐえっ!? ぐ、うううぅっ! ごほっ!? ごほっ、けほっけほっ……おまっ、俺を殺す気か!?」



 『何か』の手か何かが当たり、尚更恐怖したらしいムクロの、俺の首をロックしてへし折ろうとしていた両腕が今度は俺の胸板をがっちりとホールドした。

 咳き込みながら、そして、現在進行形でギリギリと締め付けてくるムクロに抗議しながら俺の足を掴んでいる『何か』に向かって右足でガンガン蹴りを入れる。



「キヤアアアアアアアアアアッ!!」

「クソっ、があああああっ!!」



 ――強いくせに何ビビってんだよこのアバズレっ! これ以上、締め付けられたら死、ぬううっ!? 



 俺の蹴りに怒ったらしい『何か』の奇声のせいか、何故かムクロの締め付けが余計に強くなり、まともな思考もままならなくなる。



 上半身は一応だが味方に、下半身の半分は『何か』に潰されそうになっていることに涙目になりながら、ヤケクソで全身から熱風を放った。

 『風』の属性魔法で作った微風を『火』の属性魔法で急激に熱した熱風だ。完全に無詠唱だったが本気で命に関わる。咄嗟に出してしまった。



「ギッ!? アアアアアアアアッ!?!?」

「あっつ!?」

「げほっ、ごほっごほっ……テメっ、ムクロ! 覚えてろよっ!」



 突然の熱に驚いた『何か』とムクロが一気に俺から離れる。

 その間に思い切り息を吸い込んで咳き込みながら熱風の噴射を維持する。



「何かめちゃくちゃ熱いんだけどっ! 何この風!?」

「良いから黙って俺の後ろに来るか、奴を攻撃しろっ!」

「ウウウウゥォォッ! ァァアアアアアッ!!」



 『何か』は熱に弱いのか、唸るような甲高い奇声を上げるだけで全く近付いてこないので背中側だけ熱風を出さないようにしつつ、全力で火力を上げる。

 少しすると、背中にムクロらしき人物が抱き着いてきた。それを片腕で抱き返しつつ、「お前、次締め付けてきたら叩き斬るからな!」と警告する。



「唐突な殺人予告っ!? シキっ、お前一体どっちの味方なんだっ!」

「こっちの台詞だ、変態痴女野郎ッ! テメェと俺とじゃ圧倒的にテメェのが強ぇんだから気を付けろよ!」

「耳元で煩いわっ! お前と違ってあいつの顔が泣いてるのも全身を掻きむしって血みたいな液体を出してるのも見えてるんだからしょうがないだろ!」

「何だそのおぞましい光景!? そんなん見えてたのかよ!」

「ふ、ふんっ、どうだビビったろ! 私なんか膝は震えてるし、腰も抜けそうなんだからな!?」

「うわ、そんな情報聞きたくなかったっ! 余計怖ぇ!」



 互いを罵りつつ、驚愕の情報に驚きつつ、じわりじわりと『何か』から距離をとる。

 気配は先程から動いていないので、ムクロを抱いていない方の腕を向け、広げた手のひらから人なら火傷待ったなしの熱風を送り続けるのと同時にジンメンの胞子飛ばす為に出していた風も同じく熱風に変える。



 幸い、周りのジンメン達はここまで騒いでも襲ってきていない。

 蠢いている気配はするから何らかの習性に則っているんだろう。



「ええいっ、どの道見えないんじゃ埒が明かねぇ! ムクロっ、何でも良いから明かりを寄越せっ! 前みたいにジャンプして逃げるっ」

「わ、わかったっ!」



 ムクロは俺の要請にさっきまで怒鳴っていたとは思えないほど素直に例の《言語翻訳》スキルでも聞き取れない謎の詠唱をして光の玉を作り出した。

 ムクロの両手の上に浮いているそれは正に青白い炎と言った様子で不気味ではあるが、光の強さそのものはかなりのものだ。



 それを空に放ち、「■■■■――」と再び謎の詠唱した直後、凄まじい轟音と共に辺りが青白く照らされた。



「擬似的にだが太陽を作った! 早く逃げるぞ!」



 そう言うや否や、その場から跳ねて俺の背中に飛び乗るムクロ。がしっ、ぐにゅうううっ! と、引くほどの馬鹿力と美乳が全力で自己主張している。

 やけに素直だったのは一刻も早く逃げたかったからのようだ。



 内心、「太陽!? はぁっ!? てかそんなもん作れるなら攻撃しろよ!」と疑問と驚愕と怒りに染まっていたが、極めて冷静に辺りを見渡し、常に増殖、急加速している思考で逃げ道を模索する。



 辺りに居るジンメンの方向と数、こちらへの反応等、様々なものを確認しながら身を翻し、いざジャンプしようと屈んだ瞬間。

 先程の『何か』の姿が目に入り、思わず棒立ちになってしまった。



「っ!? し、シキっ? 逃げるんじゃないのかっ? おいっ、逃げるぞ! 逃げっ、逃げようよぉっ! もうやだ私っ、お家に帰りたいぃ……うえええんっ!」



 あまりの恐怖にムクロが幼児退行を起こして俺をガックンガックン揺らしながら泣いていたが耳に入らなかった。



 『何か』の浮かび上がった姿が……否、『何か』の身体に浮かび上がった顔に見知ったものがあったからだ。



「お、前ら……何でっ……!?」

「タスッ……タスケ、テ……!」



 ムクロが創造した青白い太陽が照らし、暴き出した『何か』の身体に浮き出ていたのは幾重にも連なる知らない顔と――



 ――先程、俺が見捨てたリーダーグループのルークやプルの顔だった。




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