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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
86/334

第83話 神の使徒



 その日を境にエルティーナは盗賊狩りを始めた。

 予想通り、南から徐々に上がっていくような形で様々な村を回り、俺と共に盗賊を根絶やしにする毎日を送っている。



 道中では襲ってきた獣型の魔物の解体の仕方、食える部位、生態等、おおよそ先輩らしい知識を授けてくれるし、面倒な性格と偉そうな口調に目を瞑ればそこまで悪い奴じゃないことが嫌でもわかってくる。

 そうなると、謎なのはエルティーナと組んだ冒険者達だ。



 エルティーナと組まされた過去のDランク冒険者達は必ずと言って良いほど辞めるか、別の町に移動したらしいが普通に話していればそこまで面倒でもないエルティーナに我慢出来る奴は居なかったのだろうか? 

 いや、擁護する訳ではないんだけどさ。気持ちは痛いほどわかるし。それにしたって、今のところ耐えられたのはリーフくらいしか知らない。そのリーフもエルティーナを毛嫌いしているくらいだし。



 ついでに言えばリーフがCランクでエルティーナがDランクなのも何となく理由が想像出来るが……ギルドも中々シビアな判定をするもんだ。

 実力や知識はリーフ以上と断定しつつ、扱いはリーフ以下というのも変な話だ。まあ、人のことを言える立場でもないが、確かに幾ら強くても一人じゃ限界があるからな。



 冒険者ギルドも案外、ちゃんとしているらしい。

 バッカスの件を見るに組織と言ってもフィクションみたいにもっとアバウトなものをイメージしていたんだがな。



「うわああっ! 助けっ、助けてけろ! おら、お……がぁッ!?」

「これで最後……じゃねぇな。何やってんだあの女騎士」



 ジンメンから逃げてきた自分達を無償で助けてくれたらしい村を襲い、好き放題していた盗賊を正面から殺し回っていた俺は命乞いで忙しかった男を斬り捨てると、息をついて辺りを確認する。

 村の入り口の方でエルティーナ相手に一人の男が「こ、こいつがどうなっても良いのかっ。動くんじゃない!」と村の子供を人質にしていたので後ろから迂回して近付いていく。



「くっ……! 貴様、卑怯だぞ! 助けてくれた恩を仇で返し、こんな行いまでっ……投降しろ! どうせ貴様も助からないっ、諦めるんだ!」

「黙って殺される奴が居るか化け物女が! どうせ死ぬんだったらこいつも道連れだあっ!」

「ひいいいっ! お母さぁんっ……」



 ――……何だ今の説得。お前どうせ死ぬんだから黙って死ねよはねぇだろ。その通り首を差し出す奴なんか居るのか……? 盗賊も激おこだぞ。



 ちょうど家の壁を背にするようにして、少女にボロい短剣を向けていたので家の中に入り、気配や声から位置を特定。

 エルティーナの「止めろっ! その子に何の罪があるというんだ!」という制止っぽい声を合図に壁に長剣を突き刺した。



「罪だとっ!? 生きる為に仕方なく殺してきた俺tッ……」

「へ……? 血……? いっ、いやあああああっ!? 顔から! 顔から剣がああっ!」



 人質の悲鳴の内容的に、狙い通り頭に刺さったようだ。

 これでめでたしめでたし……



「なっ……!? し、シキッ!! また貴様かっ! もうすぐで説得出来そうだったのに、何故危険な橋を渡る!? 少女に刺さっていたらどうするつもりだったのだ!」



 でもないらしい。

 あの口上でどの口が説得出来たとか言ってるのか知らないが我らがエルティーナ様は本気でプッツン来ているご様子だ。



 俺はエルティーナと組んでから何度目になるかわからないほどのタメ息をつきながら家から出た。
















「~っ、はぁ……」

「おや、シキさん、最近お疲れのようですね?」



 エルティーナと別れ、いつも泊まっている宿の食堂兼酒場で、一人座っていると、給仕服を着た赤茶の短髪少女に話しかけられた。



「アニータか。……察してくれ」



 リーフ達の薦めや飲み会もあって酒場の常連にもなっているのでそこそこ話す間柄だ。

 何でも冒険者の彼氏さんが居るらしく、冒険者は普段どんなことをしているのかを気にして俺やリーフ達に訊いてくることがある。



「あ~……エルティーナさんですか?」

「そうだ……」



 エルティーナとの反省会(笑)もこの場所で行ったこともあり、彼女とも顔見知りらしい。まあ、あくまで顔見知りってだけで進んで話したいという程でもないようだが。



「町中で見かける限りじゃ、あんまり悪い人には見えないんですけどね~」

「そりゃあ悪い奴じゃないからな。頭が鋼鉄並みに硬いだけで」

「でも話すと一発ですね。真面目過ぎて一緒に居ると疲れちゃって……」

「ああ。向こうの方が正しいのはわかるんだがな……」

「この前なんか憲兵さん達が休憩しているところを注意してましたよ。『民を守るべき立場の人間が見回りの最中に気を抜くとは何事か!』って」



 周りに客が居ないからか俺の向かいの席に座るアニータが可愛らしさの方が目立ってしまって厳格さが欠片も感じられない口調で真似をしてみせる。



 憲兵……イメージとしては警察がパトロール中にちょっと一息ついてたところに難癖付けたのか。

 う~ん……まあ、確かに「見えないところで休憩した方が良くない?」とは思うけど、公衆の面前でしてたところで問題でもない気がする。相変わらずバカ真面目というか何て言うか……



 まあ、日本にも「救急隊員が自販機のスポーツドリンク飲んでんぞ、どうなってんだ、ああん?」みたいなクレームあったらしいし、似たようなもんだろう。



「おうお二人さん、仲良さそうに何の話だ?」



 そうして二人で愚痴りあっていると、リーフ達がやってきたのでアニータは退散していった。



「別に。エルティーナの愚痴だ」

「あ~……でもお前さん、案外上手くやってるみたいじゃないか。そろそろCランク昇格試験だろ?」



 最近知ったがC以上に上がるには試験なるものを受ける必要があるらしい。

 それさえ受けなければ上がらないし、受けるにも金と実績とギルドのお偉いさんの推薦状みたいなのも必要だとか。



「まあな……けど、疲れくらいする。あんたの時はどうだったんだ?」



 昔、パーティを組まされたと聞いたぞと付け足すと、リーフは適当な椅子にどかりと座り込んだ。



「アニータちゃん、エールとつまみ適当に頼むぜ! ……あん? どうって?」

「盗賊相手に火に油を注ぐような説得したり、正々堂々とした勝負を求めたり……あぁ、後あれだ、魔物に襲われてる盗賊を態々助けて、説教してぶっ殺したりもしてたな。何か泣いてたけど」

「何それ怖い」

「……気味が悪いな」



 アクアとフレアがゾッとしたような顔で反応した。



 俺も「何でわからないんだ……!」とか「何故理解しようとしない……何故、罪を背負わずして平然としていられるのだ……?」とか言いながら盗賊を斬り捨ててるのを見た時は鳥肌が凄かったよ。

 俺も大概だけど、エルティーナのは何かこう、歪な気色悪さというか正義を騙った自己満足の塊のような印象を受けるんだよな。



「えぇ……マジで何だそれ、気持ち悪っ」



 経験者のリーフが知らないのか。

 じゃああの言動はリーフと組んだ後に……? つっても様子がおかしいのは最近だからな。ここ最近……う~ん……コーザ達の件で既にイカれてる脳ミソがちょいと逝っちまったとか?



「俺が暴走しちまった時は何で無駄に殺そうとするんだって止めてたんだけどなあの女……」



 人殺しは楽しむことじゃないとか何とか……まあ、あの制止がなかったら俺は帰ってこれなくなってたかもしれないから何とも言えないけどさ。



「あ~……そいつぁ多分……お前が殺した奴等にも家族が居たんだ~とか罪の重さを理解させたかったんだ~とかそういうのだと思うぞ。それなら経験ある。つか実際言われた」



 リーフは目の前で虫か何かが潰れたのを直視した時みたいな顔をしながら俺の疑問に答えてくれた。



「……ありそうだな。因みに根拠は?」

「ここだけの話だがな? あいつん家、聖神教のお偉いさんの家系らしいんだ。昔、誇らしげに話してやがった」

「……納得」

「合点がいった。あのイカれた連中の関係者なら頷ける。寧ろ何故結び付かなかったのか……俺もまだまだだな」



 ボロクソ言われてんな聖神教。この世界で最も信者数が多いポピュラーな宗教だって聞いたけど。

 まあその日その日を生きるのに精一杯な奴とか自由が好きな奴からすれば神とか正義とかどうでも良いもんな。



 ……そういや、戦争の時に居たあの全身真っ白の気色悪い奴も聖神教の信者か。何て言ったか……聖、聖女……いや、違うな。聖……



「聖女……ノア……? 聖……女……聖……騎士……そうだっ、聖騎士ノアとか言ったか。聖神教……言われてみれば似たようなイカれた女が居たな……」

「何だ? シキ、お前あの有名なノアと知り合いなのか?」



 おっと、声に出てたか。

 気を抜きすぎたな。《集中》……よし。



「いや、一度だけだが見かけたことがあってな。その時、そいつも同じようなことを抜かしてたんだ」



 見かけたどころか矛先はガッツリ俺だったけどな。

 理由はわからんが、あの女が初対面の筈の俺を親の仇かってくらいに敵視したように俺もあの女を見た瞬間、「こいつだけは殺さなきゃ」っていう予感みたいなのを感じて……今思えばあの瞬間に《直感》が手に入ったんだろうな。逆に言えばスキルを習得するくらい俺にとって危険な相手ってことか。



「……ど、どこでだっ?」



 俺が見かけた、と言った瞬間、リーフは椅子を倒すくらいの勢いで立ち上がった。

 アクア達と共にポカンとするが、続けて「どこで見かけた!?」と訊いてくる。



「? 聖騎士か?」

「あぁっ、そのノアをどこで見かけたんだっ!?」



 食い入るように真剣な表情になったリーフに疑問を持ちつつもイクシアの王都近くでと答えると、「何てこった……」と呟きながら脱力して座り込む。



「……こっちに南下していたお前さんが見かけたってことはこっちに来てるってことだよな? ってことは……間違いねぇ。エルティーナの野郎、ノアの影響受けてやがる……」



 再びアクア達と共にポカンとし、三人で目が合うと同時に肩を竦めた。



「……お前ら、まさか知らないのか? 結構有名だぞ」



 リーフは何が何だがわからない俺達に何で知らないんだと言わんばかりに言ってくる。



「影響がどうっていうのか?」

「何かあるの?」



 フレアとアクアの疑問にリーフは至って真剣な表情で語った。



「……聖女であり、聖騎士であるノアは『神の使徒』として有名だ。『神の使徒』ってのはそのままの意味。神そのものの使いだ。神の声を聞き、神の姿を見、神と言葉を交わすことを許された特別な存在……とか何とか」



 後はそうだな……と思い出すようにしてリーフは続ける。



「『神の使徒』ってのは現世で神に最も近しい存在であるからこそ、存在するだけで近くの信者に影響があるらしい。噂ではノアに近付くと神を信じるようになるだとか信者が尚更信仰にのめり込み、破滅するまで金を教会に貢いだとか、ホラ吹きもビックリな現象が起きるんだそうだ」



 へぇ……何とも面白い話だ。実在する神に最も近しい存在か。



 ……ん? ってことは何だ? この近くにあの女が来てるってことか?



「結論だが、ノアが来るとその町では狂信者が増えて必ず暴動が起きる。『何故、神の教えを理解しようとしない』とか『全ては主様の御心のままに』とか訳のわからないことを喚きながら暴れだしたり、信仰を強制したり……理由は色々あるらしいがな」



 ……何て傍迷惑な。対処しづらい分、下手な魔物よりも厄介な存在だ。

 


「だからその聖神教の関係者であるエルティーナがノアの影響を受けてるとしたら……相当近くに居るってことなんだよ」

「怖すぎる……」

「……ふん、神がどうとか心底下らないな。お偉いさんなんか俺達に何の関係もないだろう」



 とは言うが、ノアを見かけたのは戦争時。イクシアの王都付近だし、俺が片腕をズタズタに引き裂いたからマナミが治さない限りは俺と同じように南下してきているとは思えない。マナミの【起死回生】以外で欠損部位を治せる手段はほぼないらしいからな。



「……盗み聞きした訳じゃあないが、耳に入っちまった(よしみ)でちょっとした情報をくれてやろうか?」



 マナミの性格上、当分の間治すことはないだろうと考えていると、後ろから声を掛けられた。

 振り返ってみれば、いつぞやかのベテラン三人、新人三人のパーティのリーダーらしき男だった。



 ――……俺が気付かなかった? こんな至近距離で? こいつ、気配隠してやがったな……?



「お? リーダーじゃねぇか。何だ? 一人で飲んでやがんのか。仲間はどうした」

「俺以外は皆、女と趣味の武器屋巡りだ」

「流石リーダー。いつも通りボッチ」

「酷くね? おいフレア、こいつ何とかしろよ」

「そいつの毒は常に撒き散らされてるから無理だな」

「か~っ、諦めんなよ。パーティメンバーだろうが! っははは」



 少しの間固まってしまった俺だったが、リーフ達と知り合いだったようで話はどんどん進んでいく。



「で? ちょっとした情報ってのは?」

「気持ちはわかるががっつくなよリーフ。……情報ってのはその聖騎士様のことさ。何でもジンメンの被害を知った聖神教の上層部が事態を重く捉えたようでな。聖騎士ノアとその部下、総勢千人程度をこの町に派遣するらしい。ギルマスは焦って色んなところを回ってるようだが、流石にそんな大人数は受け入れられないからなぁ。どうすんだか……」

「せ、千って……」

「……随分多いな。食料や寝床はどうするんだ?」

「ジンメンの件は解決してやるからその間の生活を何とかしろって言われたらしいぞ」

「けっ、奴等のことだ。それで人が救えれば信者も増えるし、金にもなるとか考えてんだろうよ」



 当然だが、地球とは違ってこの世界で千人と言うとかなり多い数だ。

 数人ならいざ知らず、そんな数の人間の当面の間の食料や雨風凌げる寝床となると、余裕のある町だろうと簡単には受け入れられない。この町で言えばただでさえ近くの村人を保護し、食料や生活難から他の町からの輸入に頼っている。



 その輸入に関しても冒険者が運ぶマジックバッグで何とか繋げている状態だからギリギリの均衡を保っている訳だ。

 当然、金は湯水の如く使われているからそちらは壊滅的なダメージを受けてるらしいが。



 一応酒や飯は食えるには食える。が、値段は普段の倍は軽くする。

 それこそ、そこそこ稼げる冒険者くらいじゃないと飲み食い出来ないくらいには高い。



 そんな状態でよくもまあ……とは思うが、圧倒的権力と力を誇る聖神教が救うと言ったのだからほんの少しの辛抱な気がしなくもない。

 まあ、現時点で既に危うい状況だから厳しいだろうがな。町長やギルマス、その他お偉いさんはてんやわんやだろう。確かに最近、ギルマス見かけないしな。見かけても直ぐ居なくなるし。



「それともう一つ。こっちは俺達には関係ないし、定かじゃないんだが……使徒ってのは干渉すると互いに何らかの反応が出るそうだ。つっても使徒かどうかとか他の奴とは違うとかそういうのが一目でわかるようになるだけらしいがな。けど、仲の悪い神を互いに信仰してたら自然と嫌い合うこともあるとか何とか……」

「ほ~、確かに関係ねぇけど不気味だなやっぱり。何でそんな訳わかんねぇ現象を起こす神なんかを信仰してんだか……」

「シーっ! リーフテメっ声がデカいっ。この町にも信者は居るんだぞっ、どこで誰が聞いてるか……」

「っと、そうだったな。悪い悪い……」



 確かに神は実在するし、聖神教内でも何の神を信仰してるかで派閥があると聞いたことがあるが……使徒同士で何らかの影響か…… 

 何か覚えがあるような……



 ――……いや、でも前見た時は何もなかった……筈。……確認だけしとくか。ステータスオープン:称号。



 不安になった俺は自分の称号欄を確認した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 称号:堕ちた者・固有スキル所持者・悪の権化・闇魔法の使い手・戦闘狂・指揮官・軍師・先導者・生還者・地獄を味わった者

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 以前と変わりないとわかってあからさまにホッとする。



 その後、保険というかちょっとした疑心暗鬼で自分を『鑑定』し……即座に後悔した。

 驚くべきことに、



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

偽装中。正しい情報が得られません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 と出たからだ。



 ――何だこれ……絶対クロウさんの仕業だろ……何だってこんなこと……



『おや? あはっ、漸く気付いたみたいだね。やっほ~ユウ君~。聞こえるかな~?』



 知らない間にステータスが偽装されていたという衝撃の事実に固まっていると、続けて白目を剥きそうな事態が起こった。



『お~い、聞こえな~い? あれぇ? そんな筈ないと思うんだけど……あ、そうか。返事の仕方がわからない感じかな? 普通に念じるだけで話せるよ~』



 何故かさっきからクロウさんの声が頭の中に響き渡るのである。

 リーフ達の様子を見るに明らかに聞こえていない。俺だけ聞こえるようになっているらしい。ご丁寧にリーフ達を含めた周囲の音が一切聞こえない。



『……これは何の冗談ですか?』



 言われた通りに念じると、クロウさんは俺をあんな目に合わせたとは思えないくらい明るい口調で話を続けた。



『おっ、聞こえた! う~ん、そんなに怒らないでほしいなぁ。『邪神の使徒』って称号を誰にも見えなくとしたのと《念話》スキルをあげただけじゃないか~』

『……はい?』



 ――……………………この人、今何て言った? 『邪神の使徒』? スキルをあげた? ……はぁ?



 一瞬、今でも夢に見る……オーク達に喰われた時のことを忘れるほどの衝撃だった。



『この世界の神は自分の陣営の人間を秘密裏に使徒として扱うんだよ。だから君も使徒。立派に人類の敵だしね。けど、それがバレたら殺されちゃうかもしれないから僕が隠蔽してあげたって訳さ』

『…………』

『《念話》スキルはそれを教える為の特別サービスっ。あ、でも安心して? レベル上げない限り、《念話》は使えないし、今のところ受信くらいしか出来ないから! あはは!』



 不公平なんだか公平なんだか……

 《念話》スキルに関しては受信しか出来ない電話みたいなイメージらしい。こっちからは電話出来ないし、独り言を呟いているようなものだからクロウさんしかわからない……そんな感じだろう。



『……何故このタイミングで?』

『君が自分を鑑定したら自動的に隠蔽が解かれるようにしたんだよ。それと同時に僕がわかるようにちょっとした細工をね』



 ……本当に規格外な人だ。次から次へと脳ミソが処理しきれない情報ばかり……。



『大丈夫。隠蔽が解かれるのは君に対してだけだから他の人にはこれまで通り見えない筈さ。鑑定系のスキルでレベルMAXくらいじゃないと見れないからどーんと構えてて良いよ! 使徒は一発でアウトだけど、《念話》も本来は魔物のスキルだしね! あははは!』

『…………』



 ……本当に白目剥きそう。驚きすぎてツッコむ気力を根こそぎ持っていかれた。



『じゃあ何か話してる最中っぽいからそろそろ切るよー。何かあったら念じて! 後は邪神ちゃんのところに行くとかね! んじゃまた――』

『――一つだけ良いですか?』



 人の身体を好き勝手に拷問して、弄くり回して……どうしても一言だけ言っておきたかったので被せるようにして念じる。



『ん~? 何かな~ユウ君~?』

 


 あのニヤニヤとした軽薄そうな笑みが浮かんでくるような楽しげな声。



 俺は自分に言い聞かせるように……目標として定めるように……強く言った。



『あんた、覚悟しとけよ。いつか絶対に殴ってやる。殺しても死にそうにないからな。例え死んでも……あんたにだけは絶対に一撃を食らわせてやる……!』



 少しの間、返答はなかった。

 しかし、数秒もすると相変わらずの声で、



『……あはっ。良いねぇそれ。出来る限り覚えてあげるからいつでも会いに来なよ。僕は基本的に魔国に居るからさ。僕が覚えている内に来れば一発くらいは受けてあげる! あはっ、あははははは!』



 という人をおちょくるような言葉が返ってきて……何も聞こえなくなった。



 ――んの野郎……! 俺がどんな思いで……ふ、ざけっ……ふざけやがって……覚えてろよクソ野郎ッ!!



「……した? ……シキ。……おーいっ、聞こえてるか~?」



 あまりの怒りに震えていると、段々周囲の音が戻ってきた。



「? 何か言ったか?」

「いや、お前がいきなりキレたんだろ。ビックリしたぞ」

「……何の話だ?」

「……気付いてなかったのか? 手元見てみろよ」



 リーダーと呼ばれていた男に言われて視線を落とす。

 すると、俺の手がいつの間にか持っていたコップを粉微塵に握り潰していた。



「……何だこれ」

「どうした?」

「本当に気付いていなかったのか? 水を飲んだと思ったら急に黙り込んでいきなり潰したんだぞ」

「弁償しないとな。アニータ、すまない。ちょっとした事故だ。金は出すから許してやってくれ」



 恐怖を覚えるというよりも心配してくれているような様子のリーフ達をよそに俺は気付いた。



 ――そうだ……確か使徒同士は干渉するとって話だったな。俺も知らない間に『邪神の使徒』になっていた。ならあの時、あの女を殺したくて殺したくて仕方がなくなったのも頷ける。《直感》もあるだろうが、俺とライ達が互いを憎しみ合うように俺とあの女も……



 つまり。



 あの女も俺の〝敵〟ってことだ。



 ――近々この町に来る、か……ならその時、俺は…………。



 床に落ちたコップの破片を集めながら、思考の海に沈んでいった俺だった。



来週の更新は土日どちらかの0時になるかもです。

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