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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
84/334

第81話 狂気と正体と

グロいシーンがありますので食事中の方等はご注意ください。



「なっ……んだ……っ!? こ、これは……!」



 エルティーナこと私は目の前の光景が信じられなかった。



 つい先程コーザという若者に、焦ったせいで置いてきてしまったマジックバッグから取り出した回復薬を飲ませ、死に体から重症程度に抑えてきたところだったのに。

 何故か先行した新たな……しかし、不気味な仮面男のパーティメンバーに助太刀しようとスキル頭痛が来るまでスキルを連続で使用し、盗賊達のねぐらであろう洞窟の奥に突入したのに。



 大量の盗賊達が待ち構えていると想定していた。

 シキとかいう傭兵崩れの平民は考え無しに飛び込んでそれらに囲まれ、危機に陥っていると思っていた。



 しかし、私の目に飛び込んできたのは大量の血と肉片、物言わぬ肉塊達。

 村人らしき女達も倒れているが目の前では私よりも弱いと思っていたシキが頭部の潰れた死体を盾に降り注ぐ矢を受け止め、迫ってきていた大剣使いに矢が刺さりまくったその死体を投げつけているではないか。



「……こ、この……惨、状は……?」



 見れば顔をすっぽり覆っていたオーガを思わせる角付きのシキの仮面が何故か目元だけを隠すような形状になっている。

 素性の知れないシキの口元が露になっているのだ。



 そこには背筋がゾッとする笑みが浮かんでいた。

 肉食の魔物が手頃な獲物を見つけたが如く、悪魔か何かが新しい玩具を手に入れたが如く、私が知る人族のものよりも鋭利な歯を剥き出しにしている……心底から愉快そうな笑みだ。



 だが、行われているのは愉快とは程遠く、寧ろ真逆……恐怖や絶望を思わせる残虐な行為ばかりだった。



 死体を投げつけられた大剣使いは仲間を斬ることが出来ず、峰で受けとめ……一体どれほどの力が込められていたのか、剣ごとその巨体をくの字に折られ、壁にめり込んだ後、動かなくなった。

 その後を追うようにシキに襲い掛かった短剣と長剣を扱う二人は絶妙にタイミングをずらし、反撃を難しくしたにも関わらず、一人は妙な形状の剣で無理やり叩き斬られ、もう一人は長剣による刺突を少し体を動かすことで胸当てにわざと当てさせられ、腕が伸びきった完全な無防備状態でシキの懐に入り込んだところを左拳による突き上げで鈍い音と血飛沫を上げながら天井に突き刺さった。



「ぅ……あ……っ…………」



 今も尚残虐極まりない惨劇が続いているのに……私は絶句し、固まってしまった。



「こ、このっ……化け物があっ!!」

「獣がっ、よく吠えるッ!!」



 盗賊一味のリーダーであろう男が《縮地》で接近し、妙な形状の剣を構えていたシキに肩を刺された。



「ぐあああっ!? テメェッ!」

「ふははははっ! 自分から突っ込んできておいて何キレてやがる!」



 男が苦悶の表情で後ろに下がり、シキも剣を引っ張って男の肩から抜く。



「きたね――」



 男が血の噴き出す肩を抑えながら何か言おうとした次の瞬間、男の片腕が飛んでいた。

 見ればシキが腕を振り切った状態で残心している。



「――何か言ったか?」

「あ……? ……ぁ……あぁっ……うああああぁーーっ!? 腕ぇぇ! 俺の腕がああああああっ!!」



 続けてもう片方の腕も斬り落とされた。



「ギャアアアアアアッ!!」



 聞くに耐えないおぞましい光景と声に反射的に目を反らし、耳を抑えてしまう。



 しかし。



「くふっ、くはっ、くっははははははっ! 残った奴は黙って首を出せっ! そうすりゃ楽にしてやる……! っはははは……クハッ、クハハハハハッ!」



 というシキの宣言が聞こえた瞬間、私は《縮地》で彼の元へ向かっていた。




 ◇ ◇ ◇



 後ろからエルティーナが近付いてくるのがわかったので再び剣をひっくり返し、先程ボスにやったように構えておく。

 瞬きした次の間には刀身の湾曲した部分に首を当てたエルティーナが現れた。



「っ!? っ! ……き、貴様っ……!」



 湾曲部分の内側は逆刃になっているので切れ味は全くなく、当たったと言ってもこちらに衝撃もなかった為、特にダメージはなかったようだがエルティーナはかなり焦った顔で後ろに下がると激昂してきた。



「ど、どういうことだ! コーザ殿を放り出して一人で乗り込むとは! 常識を知らんのか!?」

「……まず第一にこういうことだ。第二に、テメェの常識は知らん。少なくとも鞄や道具をそこら辺に投げて先行する間抜けの常識はな」

「ぐっ……! 何を貴様ぁ……!」

「何か問題が?」

「……くぅっ!! ないっ!」

「なら黙って見てろ間抜け」

「貴様っ、この私を愚弄するか!」

「当然する。自分の常識の無さを棚に上げてよく吠えるな。そこで啜り泣いてる獣と類友か? んん?」

「ぐうぅぅぅっ!!」



 歯ぎしりをしながら凄むエルティーナだが、俺の煽りに対して文句の一つもなければ暴力で訴えたりもしてこない。

 自分の浅はかさでコーザ達を死に追いやった上にコーザしか救えず、挙げ句に盗賊討伐の殆どを見下していた平民に任せてしまった自覚があるんだろう。



 例え、俺が独断でコーザを置き去りにして盗賊達の拠点に踏み入り、勝手に全滅させようとリーダーであるエルティーナが指示も出さず、自分の脳内だけで意見を完結、行動した結果がこれなのだから責任はエルティーナにある。

 自分勝手だが、勝手に動いてほしくないのならコーザを見ていろだとかここで待っていろだとか俺に何か一言ある筈なのだ。



 何もなかったということは、この女騎士にとって自分の脳内で完結させた意見を当然のように俺がわかっているものだと思い込んでいるのと相違ない。

 残念ながら俺はエスパーでもなければジル様のような《心眼》スキルもないし、シズカさんの【多情多感】を持っている訳でもない。



 自分がリーダーだと主張するならばリーダーらしき言動をとり、リーダーらしい指示を寄越せば良いものを黙って行動するからこうなる。

 かといって全てエルティーナが悪いとまでは言わない。指示を求めず、自分勝手に行動した俺にも責任はある。



 だが、リーダーであるエルティーナが諌めなかったから好きに行動して良いと俺が独自解釈し、こうなったんだと言えばエルティーナに責任追及が来る。

 それをエルティーナ自身もわかっているから今にも斬りかかってきそうな形相で俺を睨んでくる訳だ。



「お遊びを邪魔されたせいで些か機嫌が悪いんだ……黙って殺らせろ……っ!」

「ま、待てっ! 確かに私が悪かった! だがそれとこれとは別だ! 何故、皆殺しにしようとするっ、それに遊びだと!?」

「討伐依頼だろうが! そもそもこいつらは敵だ……敵は殺す。殺さなきゃこっちが殺られるんだからな……!」



 両腕を失くし、泣きながらブツブツと呟くボスに止めを刺そうと振り返った瞬間、エルティーナに後ろから両脇を抑えられた。



「落ち着け! どうせ奴等は死罪だ! 貴様が手を汚すことはない! これではまるでっ……人殺しを楽しんでるみたいではないか!」

「フーッ……! フーッ……! 楽しんで何が悪い……! お前だって魔物を殺すだろっ。それと同じだ!」

「そ、それは殺す理由だ! 楽しむ理由ではない!」

「……っ」

「落ち着けっ。……目が血走っているし、息も荒い。見たところ、極度の興奮状態だ。少し頭を冷やせ」



 言われて気付く。



 ――そ、そうだ……俺は何で……楽しんで……? こ、れじゃあ……本当に化け物じゃないか……俺は魔族だけどっ、人だ! 落ち着け……落ち着け……! このままじゃ俺はっ……



「フーッ……フーッ……はーっ……はーっ……」



 再び荒くなっていた息を整えるように深呼吸をして心を鎮める。

 


 それに呼応するかのようにエルティーナの拘束も弱まっていった。



「ほら、水をやる。顔を洗え。ただでさえ紅い瞳が真っ赤だぞ」



 そう言って自分の水筒を渡してきたので好意に与り、頭から水を被る。



「お、俺……は……俺は…………」



 しかし、水筒を空にする勢いで浴びたにも関わらず、全く落ち着かなかった。

 それどころか全身の熱が上がっていくような気すらする。



 視界が定まらず、両手がブルブルと震え、水筒を落とした俺は辺りを見渡して無防備な背中を向けるエルティーナにショーテルを振りかぶる。



「殺す……ち、違うっ……殺、さなきゃ……俺はもう楽しみたく……!」



 オーク達の口が一斉に押し寄せてくる光景と泣きながら戦っていたジル様とクロウさんの姿がフラッシュバックする。



 ――発狂した影響、か……? 頭ん中がぐちゃぐちゃだ……死にたくない、生きたくない、楽しめ、殺さないと……殺さないと生きれない……生きたくないなら剣を捨てれば良い、戦いを楽しみたくないのなら……俺……は……



 ブツブツと呟いていたからか、エルティーナが一瞬だけ振り向き、目が合った。



 剣を向け、殺気を撒き散らす俺と。



 ――何で……俺、こいつを殺そうと……? ま、不味……い……折角出来た居場所が……



 自分でも何故ショーテルを構えているのかわからず、漸く地に足が着いてきた冒険者業が出来なくなってしまうという漠然とした恐怖に固まっていると、エルティーナは数秒俺の目を見つめた後、視線をずらして倒れていた女達の元へと走っていった。



 それを認識した瞬間、力が抜け、へなへなと座り込んでしまう。



 震えの止まらない手を見つめたまま、己の所業に戦慄していると「死ねっ、化け物ぉ!」という声と共に矢が飛んできて――



 ――何者かの手によって阻まれた。



 俺の顔面目掛けて飛来してきたそれは目の前で虫か何かを払うように弾かれ、落ちていった。



 完全に油断していた瞬間だったのでビクリと肩を震わせて助けてくれた恩人を見上げる。



 相も変わらず光の失われた、死んだような瞳。ギョッとしてしまうほど黒く淀んだ隈。綺麗だったであろうに、痛みきってボサボサになっている赤黒い髪。泥や血、その他色々なもので汚れきったドレス……



 ムクロだった。



「ム……クロ……? こんなとこで何、して……」

「むっふっふ。これで二度目だな! お前を救ってやったのは! 頭を垂れるが良い! ……あれ、三回目だっけ? いや、もうちょっと救ったような……? う~ん……まあ、覚えてないけど何度目かだ! 感謝しろよな!」



 そして、相変わらずの記憶力の無さと変わりまくる口調。



 いやいよもって本物のムクロだ。



「た、すかった……でも、何でこんなとこに……?」

「あ~……偶々? ……け、決してお前の後を付いてきたとかそんなんじゃないんだからねっ! 勘違いしないでよ!?」

「……頭大丈夫かお前」



 適当な返事の後にツンデレ発言である。

 相変わらずイカれた女だ。けど、本当に助かったし、お陰で少し冷静になれた。



「あの植物魔物から逃げてる時も思ったんだが……お前、戦う時に性格が豹変するよな? 戦闘狂か?」

「まあ、な……なりたくてなってる訳じゃないし、何でなのかも知らないけど……」

「ふーん……」



 興味無さげに質問しつつもどんどん顔を近付けてきたムクロ。



「な、何だよ」



 俺がたじろぎながら訊いても無視されてしまった。

 寧ろ俺の顔を仮面ごと鷲掴みにして覗いてくる始末。



「うおっ、マジで何なんだよ……」



 ――どこ見て……目? 俺の目を見てるのか……?



「お前あれだな。頭イカれてるだろ」



 約一分後、唐突に口を開いたかと思えば罵倒だった。



「……お前にだけは言われたくない言葉No.1を一発で引き当てやがった」

「あははは! 言うわね! けど、ちょっと意味が違う。いや……あたしの場合はある意味そうなんだけど……貴方、ここ最近、何かとても辛い出来事があったんじゃない? 怯えと哀楽、狂気の光が見え隠れしてる」

「…………」

「相当な痛みと絶望を味わった者が宿す光……助けを求めるようでいて敵対者は絶対に殺す……そんな危うい精神状態……」



 こいつ、俺が発狂して……思考系スキルのお陰で辛うじて思考出来ているのを見抜いた、のか?



「ふっ……ふふふっ……練習に丁度良いな……悪いなシキ、貴様には実験台になってもらう」



 あまりの勘の鋭さに固まっていると、唐突にムクロの紅い瞳が輝いた。



「な、何……言って……」

「同族を傀儡にするのは忍びないが人の里で暮らしている以上、我々の領土内に居場所がないんだろう? だから我の操り人形として……くくくっ……」



 頭の中にモヤが掛かったように何も考えられなくなり、視覚や聴覚が鈍くなっている事実だけが理解させられる。



 遠くからエルティーナが生き残った盗賊や先程矢を射ってきた傭兵崩れを捕縛している声が聞こえるが全身に力が入らず、魅入られるようにムクロの綺麗な瞳を見つめてしまう。



「ぁ……ぅ……て……め……」

「ほう? まだ抗うのか。信じられない精神力だな」



 明らかに異常なことが起きていることとムクロが何者なのかもわかった。



 しかし、何故か抵抗出来ず、体が鉛のように重くなってくる。



「ふ、ふふふっ……」



 ニヤリと妖しい笑みを浮かべたムクロの口から鋭利な歯が見えた。



「どれ、〝初めての〟食事と行こうか……」



 そう言って少しずつ俺の首に顔を近付け、大口を開けたムクロが噛みつこうとした瞬間――



 ーー出せる限りの力でムクロの顔面に頭突きを入れた。



「ふぎゃっ!?」



 鼻を押さえて後ろへ転がったムクロを『鑑定』し、クリアになってきた思考でその事実を受け止めた。



 鑑定結果は、



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 種族:魔族《吸血鬼皇(ヴァンパイアロード)》。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 吸血鬼の特徴は相手を魅了し、傀儡とすること。それと吸血行為だ。

 魅了という状態異常に掛かったことがないから確信はないが、思いっきり魅了されてたんだろう。



「テメェ……いきなり何しやがるっ!」

「もがあああっ! いひゃいじゃないか! は、鼻がっ……」

「人様を魅了しようとしたんだ。当然の報いだろうが」

「へ? な、何で《魅了》を知って……? お、お前も《鑑定》持ちか!?」



 先程とはうって違って涙目で抗議してくる様はただの人間にしか見えないが間違いない。

 こいつは魔族だ。しかもかなり高位の。



「む~っ……だからって頭突きすることないだろ!? ていうか何で《魅了》が解けたんだ!」

「……お前バカだろ。どういう理屈か知らんが、テメェが俺の目から視線をずらしたら正気になった。魅了……いや、《魅了》スキルの発動条件は相手と目を合わせることなんじゃないのか?」

「………………はっ! そうだった!」



 数秒固まった後、ポクポクポクチーン……と、合点がいったような顔をしたムクロ。



 やはり事実らしい。



「わ、忘れてた……」



 今まで見たことないくらい衝撃を受けたような顔をしている。



 ――らしいっちゃあらしいが……それで良いのか吸血鬼……仮にもロードだろ。王様なんじゃないのか。しかもお前()ってことは自分も《鑑定》スキルを持ってると告げたようなもんだぞ……



 完全に相手のミスで助かった感じだ。

 咄嗟に【抜苦与楽】で《魅力》の効果を『抜』いてはいたが如何せん遅すぎる。



 抵抗という抵抗も出来なかった。

 あのまま目を見つめられていたら俺はムクロに魅了されて傀儡と化していただろう。



「テメェ……覚悟出来てんだろうな?」

「おぉう……そよ風のような殺気だがこの感じ……お前結構マジだな!? 頭突きはもう嫌だ! 逃げるが勝っ、へぶしっ! また鼻があっ!?」



 俺の全力の殺気を笑いつつも逃げようとしてズッコケて再び顔面を強打した。



 両手で鼻を押さえながら面白いくらいに転がり回ってるのでこれ幸いにと指をポキポキと鳴らしてビビらせていると後ろから、



「……貴様はさっきから何をしているんだ。正気には戻ったようだが……」



 と、エルティーナに声を掛けられた。



「こいつがっ…………ちっ。覚えてろムクロ」

「おぉう……痛いのは勘弁な。何回鼻をやられれば……あ、ヤバっ、鼻血……」

「……知り合いなんだよな貴様ら」



 面倒なことになりそうだったので不思議or不審者を見るような顔のエルティーナにはムクロの正体を教えないことにし、俺達はムクロ共々、盗賊の被害者達を連れて村へと帰投した。














「何とお礼を申し上げれば良いのやら……! このご恩は決して! 決して忘れないのじゃ!」

「気にするなご老体。今回の手柄は殆どシキによるものだ。彼女らの様子に偉く憤慨してくれてな。自らの危険を省みず、盗賊達を討伐してくれたんだ。それに……若者達の件もある。手放しでは喜べんよ」

「……彼等は己が怒りを晴らすために行動した。その結果、コーザ以外の者達が…………全ては止められなかったわしらの責任じゃ」

「しかし……我々も強く止めなかった。こうなるとわかっていたのに……」



 何やら話し込む村長とエルティーナをよそに各々家の中へと運ばれていく被害者の女達。

 顔が布で覆われていたのはやはり死んでしまっても尚弄ばれていた者達だったらしく、村人達はその凄惨な死に様と遺体の至るところに残る盗賊達の鬼畜の所業の証に声を上げて泣き、埋葬していた。



「惨いな。同じ人を襲うなど……」

「……いや、お前が言える言葉じゃねぇだろ」

「しかも狙われたのは年若い乙女達と聞いた。男というのはどうして……」

「……その男をつい先程襲った乙女(笑)はどこのどいつだ? あぁん?」

「……おいシキ、お前のせいでシリアスな雰囲気が台無しじゃないか。人が折角、感傷に浸ってるってのに」

「うるせぇよ。第一俺達には何の関係もねぇだろうが」


 

 それらを見ながら隣のムクロに突っ込みをこれでもかと入れる。



「確かに関係はない。……けど、可哀想じゃないか。皆、何の罪もない子達だったんだぞ?」



 悲しげにそう告げるムクロは今にも泣きそうな顔をしていた。



「……人間が人間にやったことだ」

「だとしても……人は人だ……惨たらしい姿で帰ってきた家族に対する他の者の目を見てみろ。……皆、泣いてるし、どうしようもなく悔しそうにしている。身勝手な都合と身勝手な欲望の為に何の関係もない子供達が泣いてるんだぞ。それは……とても悲しいことだ」



 ムクロの視線の先には俺やエルティーナに抱き付いてコーザや女達の心配をしていた子供達が居た。

 声を上げて泣いている者も居れば、この世の全てを呪うかのように暗い光を瞳に宿している者も居る。



「あんな小さい子供がああいう目をする……種族は違っても……とても悲しいと……そう思わないか?」



 確かに……子供が笑っていられない状況ってのは悲しいことだろう。

 だが、それは近くの大人が招いたことだ。



 ジンメンの被害はなくとも噂くらいはこの辺でも流れてくる筈だ。

 勿論、一番悪いのは盗賊達ということに違いはないが、ジンメンによって盗賊が増えたり、魔物が逃げてきたりする可能性を鑑みず、所詮は対岸の火事だと傍観していたこの村の連中にも責任はある。



 予めギルドに連絡を入れて戦力を増強するとか村の守りを固めるとか色々出来た筈だ。

 実際は襲われてから……事後報告的に助けを求め、敵の情報は一切無し。あるいは「今辛いから思い出したくない、思い出させたくもない」の一点張り。



 その上でコーザ達とその後の村長達の行動だ。

 被害者達の、腐りかけても尚遊ばれたその遺体の痛々しさや残された村人、子供達から気持ちだけは痛いほど伝わってくる。だから否定はしないし、非難もしない。けど……それでもコーザ達を止めるべきだった。



 結局、助かったのはコーザだけだし、障害が残るほどの大怪我だと聞いた。

 一時の怒りに飲まれ、先のことを見ようとしなかった結果だ。



 子供達は可哀想だけど、大人は可哀想だとは思えない。……まあ、言ってしまえば俺やエルティーナもその大人の内に入るがな。



「悲しい、か……」

「子供が純粋に笑えない世界なんて……」



 どうしても周囲が悪いと考えてしまう俺と何やら真剣な顔で考えていたムクロだったが、やがてエルティーナが依頼達成のサインを貰って村長の家から出てきたので町に戻ることにしたのだった。









 村から十分離れた頃、エルティーナに質問する。



「結局、あの村はどうなるんだ?」



 やはりと言うべきか、答えは……



「……そう遠くない滅ぶだろう。我々が……いや、私が付いていながら……何たる不覚……っ!!」



 という苦虫を噛み潰したような顔と腹の底から絞り出したような低い声だった。



「まあ、若手が居ないんなら……当然ね……」

「老人と子供だけじゃ移動もままならないだろうし、その内依頼として来るだろう。そん時こそは依頼料を貰わないとな」


 

 ムクロのは兎も角、俺の言葉は本人的に許せなかったらしい。



 エルティーナは凄まじい形相で剣を抜き、俺の首に当ててきた。



「貴、様ぁ……! 彼等の気持ちも察せられないほど鈍いのかッ!」

「……それとこれとは話が別だ。同情じゃ俺達の懐は暖まらないし、食っていけねぇことくらいわかるだろ」

「だが! 彼等は今、失意の中に居るのだぞ! 何故、手を差しのべられないのだ貴様は!」

「知らん。不幸があったから無償で助けろってのは乞食のやることだ。俺や村長、村人達の判断ミスもあったが、長々と冒険者をやっている筈のお前の行動があいつらを乞食にしたんだぞ。何良い子ちゃんぶってんだ? ……それといい加減剣を下ろせ。お前は〝敵〟か? 敵なら容赦なく殺すぞ……!」

「っ!?」



 いつまで経っても剣を当てているエルティーナに殺気をぶつけて黙らせる。

 普通の人間からすれば強烈過ぎる俺の殺気に顔色が赤から青に一瞬で変化して、震え始めた。



「……シキ、お前もその女に剣を向けていただろう。見なかったことにしてくれた相手にどの口がほざくか」

「……黙れムクロっ。お前は関係――」

「――ないか? 我は貴様の命の恩人だぞ? それでも貴様には何の関係もないと?」

「っ……」



 そうやって今度は俺を黙らせたムクロは先程、正体がバレた時のような間抜けな態度と姿から想像も出来ないほど凛としていた。

 心なしか猫背だった背筋はピンと張られ、瞳には生気が宿っている。



「またその口調……テメェ、それが素か」

「……いいや。確かに我は種としての王だがな」

「……種? お、王? な、何の話だ?」



 本性を現しつつあるムクロと睨みあっていると、剣を下ろして震えていたエルティーナから当然の質問が返ってきた。

 無視するとそれこそ面倒そうなので、殺気を収めつつ説明してやる。



「……こいつは遠い遠い土地の王族らしいんだ。口調が偉そうだから関係あるのかと思ってな」



 魔族の領土はこの大陸の最北端。俺達の現在地は最南端とまではいかない程度の南。正直、遠いどころじゃないが嘘は言ってない。



「お、おおおっ、王族!? き、貴殿がか!?」



 【不老不死】の魔王が支配する領内で幾つ国があるのかは知らんが一応こいつも魔王の扱いなんだろうか? それともムクロ本人が言っていたように種として王の名が付いているだけで王族ではないとか?



「……変な誤解をするな。私は王族ではない。貴族出身ではあるが決して王等と……」

「き、貴族……因みに爵位は……?」

「公爵だ」

「こ、ここここっ、公爵ぅっ!? う、嘘はいけないぞ平民。か、彼女は冗談が好きなようだなっ」

「……全身がめちゃくちゃ震えてるぞ」

「だだだだだ、大丈、大丈夫ぶぶにききき、決まっているだろう!」

「他国の貴族を敬う必要なんざないだろうに」

「……ま、今は貴族でもないがな」



 エルティーナが話の流れでしれっと剣を納めたその一瞬、ムクロが何かを憂うような表情で誰に聞かせるでもない程度の小さい呟きを漏らしたのを俺は聞き逃さなかった。



 ――ふーん……今は、ねぇ……



「……そういやムクロ。さっきも訊いたがお前、何であんなとこに居たんだ?」

「ん? あぁ、そろそろ町にも飽きたし南に行こうかと思ってな」

「それで俺達を見かけたと?」

「な~んか見覚えある仮面男が居るなぁって思って尾けてきたぜ」



 エルティーナと俺が剣や殺気を納めたからか、再び光を失い始めた瞳でグッと親指を向けてくるムクロ。

 本当にコロコロと態度も口調も変わる奴だ。……てかやっぱり尾けてきたんじゃねぇかこいつ。



「……洞窟の近くの草むらで寝ていたからと声を掛けてしまった私が言うのもなんなんだが……なら何故、我々に同行しているのだ? 町に向かってるから真逆の方向だぞ?」

「……………………確かに!」



 …………。



 本人曰く元とはいえ、貴族にしちゃやっぱり頭のネジが何本か……いや、全部逝っちまってるな。

 そのくせ、服とか装飾品は今も本当に貴族みたいなんだから謎の女だ。




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