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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第3章 冒険者編
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第79話 重なるもの



 町から南下していくこと半日。

 流石と言うべきか、エルティーナの道中での気の配り方、野営の仕方については見事なものだった。



 意外にも魔物に気付いたら予め声を掛けてくれたり、野営での注意点を教えてくれる等、優しいというか気を遣える面も持ち合わせており、魔物を討伐する際も現地人にしては素早く確実な仕留め方だったのだ。

 残念なのはそれら全てが嫌味口調かつ見下したような物言いだったところと雑魚魔物相手に無双出来るだけで異世界人補正のある俺からすれば大した強さじゃなかったところか。



 細かく言えば《気配感知》スキルを持っているのか、俺よりも感知する範囲は広いのだが、ジンメンでもなければ奇襲されても問題ないくらいには俺が強く、野営に関しても二人以上で行う場合での注意点だったので一人旅をする予定の俺からするとそこまで欲しいアドバイスではなかった。



 まあ、その辺は言っても仕方がない。子供みたいに「いや、意味ないから」と突っぱねることなく、素直に受け止めた。

 嫌味ったらしいとはいえ、気を遣ってくれてた訳だしな。



 それと二人での移動ということもあり、若干の問題が発生した。

 汚い話だが、トイレ事情である。



 町や村の間を移動する場合、冒険者に限らず、大抵の人は出したものを埋める道具やしているところを人に見られないように簡易的な幕みたいなものを持ち歩く。

 しかし、【抜苦与楽】を持っており、その上、排泄する必要ない体である魔族になった俺はトイレに行く必要がない為、それらの道具は持っていなかったのだ。



 エルティーナがトイレで俺から離れた後、「そこまで金欠なのか。平民は大変だな……しかし、我慢は良くない。貸してやろう」と無駄な気を遣って道具を貸してくれたり、無理やりトイレに行かされることがあった。

 問題と言うほど問題でもない気がするが……正直面倒だ。



 鎧を着てるからしょうがないとは思うんだがトイレに行く度に一々十数分も待たされたんじゃ堪ったもんじゃない。

 性根は腐っててもやはり女ということもあり、やれ「そっちは私が……その……」だの、やれ「良いか? 絶対にこっち見るなよ? 魔物の襲撃があっても来るな。風下に立ったり、耳を傾けるのもダメだからな?」だの……誰が地雷臭がするどころか核並みの地雷だと一目でわかる女のトイレシーンに興味を持つというのか。



 まあ容姿はそこそこ整ってはいるし、若干筋肉質なだけで凹凸ははっきりしているが……如何せん、性格が腐りきっている。

 まだムクロのような変人の方がマシだ。



 ……あれ? そういや、数日一緒に行動してたけど、あいつトイレ行ってないな。ぐちゃぐちゃしたよくわからない気配なこともあるし……魔族、か……? ……いや、あいつのことだ。垂れ流しにでも――



「――着いたぞ」



 俺の汚い想像はエルティーナの真剣な声と見えてきたボロボロの村で消えていった。



 百人程が住んでいるという、村にしては大規模なものだ。周りは気の柵で囲ってあるし、門番のような奴も居る。

 町並みならぬ村並みを見るに村にしてはそれなりに栄えている印象だが村人の顔が冴えない。絶望しきったような、生きるのを諦めた顔の奴等ばかりだ。



 男女共に若者の姿があまり見えないし、大方若い女は連れ去られ、若い男は応戦して怪我でもしたか死んだんだろう。



「先ずは村長に話を聞きに行くぞ。盗賊に襲われて気が立っているだろうから妙なことはするな。良いな?」

「……わかっている」



 俺達は槍を向けてきた門番達に冒険者登録証――持ち主のランクが一目でわかり、身分証にもなる金属の板――を見せて村長宅に上がっていった。










「申し訳ないのじゃが……見ての通り金目の物はあまり無くてな……基本的には村の中でしか交流がないこともあって物々交換が主流なんじゃ。だから硬貨はないし、かといって町で売れるようなものも……と、盗賊にっ……うっ……うぅっ……」

「親父っ、大丈夫だ。こいつらみたいな冒険者に頼らなくても俺達で何とかする! 態々金を掛けてまで……!」

「ご老人、安心召されよ。我々……いや、私が来たからには絶対にこの村を救って見せる! 報酬など、出せるものだけで良い。この村に滞在する時の寝床や食事程度でも良いくらいなのだ」

「うぅっ、うぅぅっ……ありがたやありがたや……藁にもすがる思いで使いを出してみれば……こんな聖人のような方が来てくれるとは……!」

「ふっ、よしてくれ聖人など……私は一冒険者に過ぎん。我々人族は汚らわしい獣人や魔族とは違って弱い。ならばこそ、こうして助け合うのも当然と言える」



 因みにこの茶番は村長、村長息子、エルティーナで行われている。

 ついで言うと村長宅にお邪魔してからずっとこの調子で村長が泣き落とし、息子が勇気を振り絞った若者を演じ、エルティーナがそれに引っ掛かり、無償で依頼を達成するくらいのことまで言っている訳だ。



 ……帰って良いかな。



 半日掛けて歩いてきたのに見せられたのはこの茶番。盗賊達を命懸けで討伐しても報酬はうちのリーダー(笑)が金がないんなら良いとこちらから断ってしまった。

 「出せるんなら貰うが襲われたばかりで余裕はないだろう?」とそういうことらしい。



「盗賊達の数や容姿、武器などを聞いておきたいのだが……目撃者は居るか?」

「居るには居るがのぉ……皆、心に傷を負っておる。無理に聞くのは……」

「それは……気が回らず、申し訳ない。では襲い掛かってきた方向はわかるか?」

「いや……何分、夜遅かったものでな。色んな方向から……としか」

「成る程。わかった」



 ……もうダメだ。色々と衝撃的過ぎて何の言葉も出ない。



 いや……一応何がわかったのだけ聞くか。

 絶対ろくな答えじゃないだろうなと決めつけたが聞いてみないことには始まらないもんな。



「……一応聞いておくが何がわかったんだ?」

「色々な方向、という情報から数が多いということがわかった!」

「あ、アホ過ぎる……」



 このアホ女騎士だけじゃなく、命の危険があったから、トラウマを植え付けられたから、家族を連れ去られたから、と様々な理由があるにしろ、まともな情報を寄越さない村長達も込みで。

 助けてほしいんならもう少し詳細を教えろって話だ。報酬だって殆ど出せないくせに「敵の情報は数が多いことしかわかりません」とか舐めてるのかと。



「で?」

「……で? とは?」

「……はぁ。敵の数が多いのはわかった。で? 何か策があるのか?」

「ない。敵の数が多かろうと私は民を守る騎士だ。数だけの奴等に負ける訳がない!」

「…………」



 白目剥きそう。



「後はそうだな……女を連れ去ったということは何処かに拠点があり、馬を使ったりもしていないということは平民が盗賊に堕ちただけの烏合の衆。必然的に武器も防具も貧相と思われる」

「い、言われてみればそうじゃったよう……な? 奴等は皆、徒歩じゃったし、見た目も……今思えばそこまで強そうじゃないような……」

「……親父、俺達が殺した奴も鍬を持ってたぞ」

「ふぅむ……なら儂らにも手伝えそうなことがありそうじゃな……」



 当たり前だろ。何深刻そうな顔で当然のことを言ってんだこのじいさん。



 ついそんな感じのことを思ってしまったが実際のところはどうなんだろうか。

 依頼主が手伝っても問題はないんだろうけど、それで死んだら問題だよな。



「いや、ご老人は村人を落ち着かせて復旧作業をしていてほしい。貴殿もな。そう勇むのは構わないが素人が側に居られると気が散るし、守りながら戦うというのは中々難しいのだよ」

「何だと!? 俺達の村のことだ、俺達が解決するのが筋だろう!」



 いや~、全くもってその通りだな村長息子。気になるのはじゃあ何で冒険者ギルドに泣きついたのってところだが。



「我々も依頼で来ている。これ以上無駄な死人や被害を出せば貴殿らの村はどうなる? 誰が復旧するのだ」

「うぅむ……そうは言うが……生き残った男達は妻や子を拐われた怒りで暴動を起こす始末。何とか使ってやってないかの。彼らの恨みも少しは晴れる筈じゃ」

「なっ、こんな偉そうな女と不気味な仮面野郎に何が出来るってんだよ親父っ! 冒険者なんかに頼らなくても俺達が何とかするから帰ってもらえ!」



 泣きついてきておいてこの仕打ちである。



 大分ふざけてる依頼主達だ。村長の話もあるし、ギルドの方が依頼にするかどうか悩むのもわかる案件だ。



「よさんかコーザ。この方達は冒険者だ。性別や見た目で判断してはいかん。普段畑を耕したり、食べられる魔物を狩猟している儂らとはレベルが違うんじゃ。……許嫁であるリーンを連れ去られたお前の気持ちもわかるがな」

「くっ! 何が冒険者だ! 要はまともな職に就けなかった奴等じゃないか! ……はっ、レベルが違うんだろ!? ならこいつらが本当に強いのかどうか試してやる! 表に出ろ女と仮面野郎!」



 村長息子改め、コーザさんは中々血気盛んな若者らしい。理由は納得出来るけどな。



「コーザ殿。復讐に燃えるのは良い。だが、そのリーン殿とやらが生きている可能性もあるのだぞ? 我々が信用出来ないのは百も承知だが今も尚危険に晒されているかもしれないリーン殿のことをよく考えてみろ。そんなことをしている暇がないのはわかるだろう?」

「だ、だが!」

「コーザっ。戦いのプロがこう言っているのじゃ……他の者達の説得も出来るな?」

「親父……! でもリーンは俺のっ」

「何度言わせるなコーザっ! 少し頭を冷やしてこい!」

「くっ……!」



 悔しそうに歯を食い縛りながらコーザは家から出ていった。



「良いのか?」

「復讐に燃える若者というのは戦力にもなるが足手まといにもなる諸刃の剣だ。放っておけ」



 いや、「あの様子じゃ納得いってないだろうから適当なところを徘徊したり、偶々見つけたりした盗賊の拠点に勝手に乗り込んだりするんじゃないのか」って意味だったんだが。……まあ良いか。依頼は盗賊の討伐だ。被害が増えようがそこは変わらない。奴等が死ぬのは奴等の勝手だもんな。



「村長、盗賊が襲ってきたのはいつ頃の話なんだ?」

「……一週間前ですじゃ」

「何と! ……遅かったか」

「成る程」



 なら殆どの女は死んでるか壊れてるな。捕まったら即処刑の盗賊に堕ちた奴等が女を拐ってやることなんかろくなことがないだろうし、そいつらに食料をやる必要も数日くらいしかないだろう。コーザやそれ以外の若者の怒りもよくわかる。

 奪われるだけ奪われて何も出来ず、家族や友人の生存も絶望的と考えればヤケを起こしたくもなるというもの。



 大切な人を亡くしたのではなく、()くした俺なんかとは非じゃないくらい腸が煮え繰り返ってる筈。

 恐らくその怒りと絶望は『闇魔法の使い手』なら魔族化待ったなしだろうなぁと思うくらいだ。



 ――ま、知ったこっちゃないがな。目の前で食われそうになってたり、襲われそうになってるんならまだしも預かり知らぬところで誰かが悲劇に遭っていようが別段思うことはない。精々可哀想な奴等だな、運が悪かったな、程度だ。



「儂には今もわからんのです……村のためを思えばどうしても助けが必要だと感じる。じゃがコーザ達のように弔い合戦をしたいとも感じる。……せめてこの老いぼれの体がもう少し……!」

「……心中お察しするぞご老人」



 敵の数くらいしかわからなかったものの、遭った被害から未来を追い求め、外部に助けを求めた村長と自分達の恨みは自分達で晴らすべきだと今を求める若者、か。

 










 コーザ達若者が協力して殺したという盗賊の服からは簡単な地図のようなものすら出なかったことからそう遠くない場所に拠点があると判断したエルティーナはその日の内に村人達に自分達が盗賊退治に行っている間に襲われる可能性があることを伝え、丸一日掛けて少しだけ守りを固めさせると俺と共に拠点を探しに村を出た。



「気の柵を増やした程度で効果があるとは思えん。ないよりはマシだろうが……やらせて良かったのか?」

「……彼等は今、絶望の最中に居る。少しでも気が紛れればと思ってな」

「そのついでに身の安全もってか」

「お前が言ったようにないよりはマシ程度だがな」

 


 やはりと言うべきか俺達が準備を終えて出た頃にはコーザを初めとした他の若者達の姿がなく、既に出ていった後だった。

 残っていた老人なんかは死に急ぐ若者達を助けてくれと懇願してきたし、子供達は泣きながら「兄ちゃん達、大丈夫だよね?」と聞いてきた。



 ただの素人と人殺しを行った素人とでは当然覚悟や考え方が違う。

 必然的にコーザ達が盗賊とかち合えば負けるだろう。例え、数で勝っていようがどの道死ぬとわかっている盗賊とあくまでプッツン来てるだけの村人じゃ目に見えた結果だ。中には死んででも食らい付いてやるって奴もいるだろうが……1の経験と0の経験ってのは圧倒的差だ。十中八九負けるし、死ぬ。



 それがわかっているからか、エルティーナは笑顔でそれらに答えると守りを固めがてら気が紛れそうなキツい作業を任せたのだ。

 若者が抜け、老人や子供達が殆どになったにも関わらず、引き受けた辺り、村人達も相応の覚悟があるんだろう。



 そうして、散策すること一時間。

 漸く盗賊達が残したであろう拠点を示す、一つの線が彫られている木を見つけた。



「……っ! 見つけた……急ぐぞ!」

「……ああ」



 拠点が近いとわかった途端、今まで以上に気を張りつめさせ、急いている様子のエルティーナに「毒を吐く余裕もないか……」等と空気の読めないことを思いつつ、森とまではいかない林を抜け、連立する山々に入る。

 幾つもある線の彫られた木を目安に進んでいるから確実に拠点に近付いている筈だ。



 やがて、怒号や剣戟の音が聞こえてきた。

 間違いなく若者達と盗賊のものだろう。



「っ!!」



 そうなるともう手段を選んでいられなくなったのか、エルティーナは剣以外の道具を全てその辺に投げ捨てると駆け出した。

 俺の方も投げ捨てたりはしないがエルティーナの後を追う形で走っていく。



「はっ、いきなり突っ込んでくるなんて余程のアホだな!」

「けど何人か殺られちまったぜ!? ボスが何て言うか……!」

「だ、大丈夫だべっ、殺られたのは新人ばっかだ! おら達にゃ関係ねぇべさ!」

「うおおおぁあああっ!! どいつが親玉だッ! リーンは!? 村の女達を何処へやったああぁっ!?」



 錆び付いたボロい剣を振り回し、血塗れで暴れるコーザを囲む盗賊達は鍬や鎌のようなもので応戦したり、殺られた仲間達の姿に怯えていたりとまるで連携がとれていなかった。

 その周りには既に幾つもの死体がある。汚い容姿を見るに恐らく盗賊だろう。が、よく見ると村の若者らしき死体も見える。コーザも肩や腕に矢が何本も刺さっている辺り、そう長く動けない筈だ。



 ――若者十人弱に対し、盗賊はざっと二十人……にも関わらず全滅しかけながらも数人殺している。レベルと数、覚悟の差を気迫だけで埋めたか。しかし、回復薬もないだろうにあの傷では…………奥に洞窟があるな。拠点はあそこか。なら殆どの奴は中に居る筈……



「貴、様……らああぁっ!! 何の罪もない者を何故こうもっ!」



 俺が「恐らく死んでいるであろう村人達の為に態々乗り込んでいくよりも入り口を崩して生き埋めにした方が早いか……? かといって村人達に知られればそれはそれで面倒だしな……」と考えている内に村で見かけた十人近い若者の大半が地に倒れ、生き絶えているのを見たエルティーナが激昂し、突撃していった。

 見れば本職の騎士を越える速度で盗賊達を屠っている。グレンさん程ではないにしろ、あの調子なら直ぐ終わるだろう。



「だ、誰かっボスに伝えギャッ!」

「う、うわあああっ! 助けてくれーっ!」



 後ろに居た仲間に救援を頼もうと振り返った瞬間、脳天から斬り裂かれた男を目の前で見ていた盗賊は武器も持たずに洞窟の中へ走っていった。

 エルティーナの視線はチラリとそれを捉えたが直ぐ様他の標的へと移っている。



 ――罠が仕掛けられている可能性を鑑みて、仲間を呼ばせた方が楽と判断したか。……なら俺がやるべきことは何処かに潜んでいるであろう弓兵の対処or場所の特定だな。



 俺は大剣を抜くとエルティーナの後ろに向かいつつ、近くに居た盗賊を武器ごと真っ二つにしていく。



「残り七人っ、エルティーナ! 弓兵を忘れるなよ!」



 コーザだけでなく、若者には矢が刺さっている者が多い。今のところは飛んできていないが弓兵が居るのは確かだ。



「この女っ、よくもやり……ガッ!?」

「わかってっ、いる!」



 鍬を振り下ろすように飛びかかってきた盗賊をシンプルな西洋剣で斬り捨てながらも目だけはしきりに動いている。返答通り、油断出来ないことは理解しているらしい。

 


 即席とはいえ、パーティを組んでいる俺達は互いに背後に立つことで互いの背中を守りつつ……否、互いの体で自分の背後を守りつつ、若者達と応戦していた盗賊を斬り殺していく。

 勿論、俺の方は爪や魔粒子ジェットという切り札を使うことなく、だ。



 やがて、最後の一人となったところで大剣の峰を使って足を払い、転ばせると同時に左手で腰の長剣を抜いて首に当てる。



「弓兵は何処だ?」



 ジル様の爪で作られた最高級の長剣は遺憾無くその切れ味を発揮し、盗賊の首に刀身が埋もれていく。



「ひっ、イギャアアアッ、いてっ、痛い痛いっ! 殺さないでけろ! おら、新人で何も知ら――」

「――なら死ね」



 役に立たない盗賊を殺そうと手首に力を込めた瞬間、ヒュンッ! というとても小さいが何かが飛来してくる音に気付いたので咄嗟に大剣で背中を守り、しれっと盗賊に止めを刺す。



「エルティーナ!」

「気安く呼ぶのと命令するのは止めろ平民がっ!」



 《気配感知》を持ってるっぽいエルティーナが何処かに潜んでいる弓兵の方に行かない時点で奴さんは気配を遮断か隠蔽する何らかのスキル持ちだ。

 だが一瞬だけ背中を晒した俺を見てチャンスだと思ったのは失敗だった。弓兵が潜んでいるという情報を掴んでいる状態で矢が飛んでくれば例え一度だけだろうが方向がわかってしまう。



 実際、エルティーナは《縮地》スキルで矢が飛んできた方向へと消えていったし、後から弓兵らしき者の絶叫が聞こえてきた。



 ――あの女……激昂したかような言動してたくせに《縮地》を隠してやがった。背中を向けてるから一瞬で消えれば俺が気付くことはないと踏んだか。……散々、ライやイケメン(笑)の《縮地》を見た経験がここに来て……。



 ……さて、生き残ったのはコーザと他二人か。いや、あの傷だと……



「くっ……そ……り、リーン……!」

「痛ぇ……痛ぇよお……けど……やったっ、やってやった……は、ははっ……」

「ひゅーっ……ひゅーっ…………ごふっ……」



 体力の限界か、剣と膝をついて青い顔をしているコーザと腕や肩、腹から血がドクドクと流れている二人。

 コーザはわからないが残りの二人……特に一人は確実に致命傷だ。やがて死ぬだろう。



 全ての道具を投げ捨てたエルティーナとは違い、マジックバックを持っている俺は回復薬を数本だけ所持している。使えば致命傷が大怪我程度に抑えられる代物だ。



 ライやイケメン(笑)なら迷わず使うだろう。『真の勇者』ってのは見知らぬ他人の為に自分を犠牲に出来る奴等だからな。

 けど、俺は自分が良ければ他はどうでも良いという『闇魔法の使い手』。……いや、俺がどんな存在だったとしても、死ぬとわかっていて突撃した奴等を助けようとは思えない。



 コーザ達の現況は自分達で招いたものだ。自業自得とも言える。

 冷静に考えればエルティーナの考えや最終的に下した村長の判断の方が合理的かつ正しい。

 


 ここでこの三人が死ねばそれこそあの村は終わる。若者が居なければ畑を耕す程度なら兎も角、狩りをしたり、物を買ってきたりする奴が消えてしまうからだ。

 そして、それをわかっていながら強く止めなかった村長や他の村人にも責任はある。一方、俺やエルティーナはあくまで部外者だから関係ないと言えば関係ない。まあ、心情的に考えれば関係ないとも言い切れないが。



 結論、村長やコーザ達は自分達の村が滅ぶとわかっていて若者達を見殺しにした訳だ。本望だろうとまでは言わないがそんな奴等を助けようとは到底思えない。

 多分、もしムクロが本当は強くなく、あの四腕熊に食われている最中だったり、食われた後だったら助けようだとか墓を作ってやろうだとかそんなことも思わなかっただろう。今みたいに冷めた目で見てしまう筈だ。



 まあ要はあいつの場合、俺自身が目の前で人が食われているところを見たくなかったから助け、コーザ達の場合は俺の目の前ではないどこかに自分から死にに行き、現在死にかけているから見捨てるとそういうことである。

 己の預かり知らぬところで変わった自殺を図った奴を助けたいだなんて俺には思えないのだ。



「ひゅーっ……ひゅっ……ぅ………………」

「はぁ……はぁ……やべぇ…………何か眠……く……っ…………」



 明らかに致命傷の一人は勿論として、もう一人の方も動かなくなった。

 コーザは力尽きたのか地面に倒れ、今にも死にそうな顔だ。



「平民、奴等の中に手練れが居た……一対一ならまだ何とかなるが囲まれると厄介……なっ、コーザ殿っ!? 二人もっ……ま、待っていろっ、少量だが回復薬を常備している、持ってくるから気張るのだぞ!」



 その手練れを殺してきたであろうエルティーナが剣を鞘に納めながら現れた。



 ――急くのはわかるが……後先考えないからそうなる。



「リーン……っ……! リ……ン……! 俺……お、前……をっ……」

 


 エルティーナの声が聞こえなかったのか、はたまたまだ戦うつもりなのか、コーザは地面を少しずつ這って洞窟へと向かっている。



 ――どいつもこいつもっ……バカばっかりだ……感情で動きやがって……全部自業自得じゃねぇか。



 エルティーナもコーザも若者達もバカだと思う。愚かだとも思う。死んで当然とすら思う。

 己の力量もわからず、己の物差しで物事を見て、己の都合で仲間を道連れにする。



 けど、そんなバカ共を見ていると少し前の俺と重なって見えてくる。



 俺はライやマナミに死んで欲しくない一心で手段を選ばず行動し、強くなり、自分の弱さも〝敵〟も味方の制止も切り捨ててきた。

 言い換えれば俺も感情で動いていた。ライやマナミを甘いと笑って侮辱し、喧嘩を売るような言動をとり。イケメン(笑)や早瀬をウザいと感じたり、愚かだと見下したりして殺そうとし……その結果、魔族化し、晴れて人類の敵となった。



 因果応報とも言える。



 盗賊を地竜に食わせた結果、巡りめぐって俺も食われた。

 人としての矜持を大切にしていたライやマナミを「そんなことより、まず強さだろ」と一蹴した結果、親友も友人も仲間も師匠も失くしてしまった。

 イケメン(笑)や早瀬、アルゴとかいう騎士に殺されかけたからと過剰な正当防衛をした結果、一応の保護下にあった微妙な立場を根底から崩し、国からは恐らくだが追われる身となった。



 全て俺の身勝手な……俺の物差しで決めてきた結果だ。

 だから本来ならエルティーナやコーザ達を笑うことは出来ない。勿論、ライ達も。



 けど、それでも。



 俺は間違ったことをしたとは思っていない。間違った認識をしているとも思わない。

 例え笑われようと蔑まされようと非道と言われようと異物だと認識されようと俺は俺のやりたいようにやるし、生きたいように生きる。



 ――『闇魔法の使い手』は究極的な自己中野郎で『真の勇者』は究極的なお人好し、か……



 暫しの間、涙を流しながら必死に這いずり回るコーザを見ていた俺だったが軽く当て身をしてコーザを気絶させると、いつまで経っても出てこない盗賊達の洞窟へと入っていった。



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