第7話 敵意と仲間
翌日。
エナさんは本当に日の入りの時間に起こしに来た。
リアルメイドさんのリアル「起きてくださ~い、朝ですよ~」を体験するとは……
実際は「ユー君、起きてっ。朝だよ起きて~」だったからメイドというよりは幼馴染みっぽい起こし方だったが、何せ早い。早すぎる。部屋の中なんてほぼ暗闇じゃねぇかとツッコミたくなった。
緊張やら疲れやらで眠れず、結局いつも通りくらいの時間に寝た身としては少しモヤる。
ま、これが新しい日常だと言うのだから仕方ない。
とにもかくにも身体を解し、持ってきてもらったタライの水で顔を洗い、支給された服に着替える。
見た目は普通の白地半袖、黒地の長ズボン。生地が荒いのか日本の服と比べると若干肌が痛い気がする。
下着は何故かトランクスタイプで、こちらもやはり日本のものと生地以外は変わらなかった。
「いやんっ、ユー君のえっちっ」
「こっちの台詞だわっ。指指っ、指の隙間っ。しれっと見ないでくださいよっ」
そんなやり取りをしつつ移動。
運の悪いことに、イケメン君とその他取り巻きの女達、それらに追従するメイド達という大所帯とばったり鉢合わせてしまった。
完全に初対面である。何か話すべきなんだろうか……と思っていると、取り巻きの一人に話し掛けられる。
「あら? 昨日、修羅場ってた人じゃない。おはよっ!」
THE・スポーツ少女という様相。
茶色の短髪、身長は平均程度。額の左上辺りにピンク色の髪留め。顔は……ニカッて感じ? エナさんとはまた違った明るさを持った、笑顔のよく似合う女だった。
というか朝から声がデカい。
元気だなぁ……と、若干引きつつ、挨拶を返す。
「おはようっす」
「昨日は大変だったわね。異世界に飛ばされるわ、意味のわからない理由で拘束されるわ、居残りさせられるわ……そう言えば残って何の話してたの? やっぱりステータスの件? あっ敬語は要らないわよ? 多分、同い年だし。高ニでしょ?」
こっちもグイグイ来るタイプだった。
顔といい、雰囲気といい、エナさんを見習ってほしい。
まあ当の本人は澄ました顔で全くこっちを見ようとしてないけど。
公的な場では空気を読むし、異世界人同士の会話には入りませんよってか。
さて……話すなとは言われたが、変に全て言えないと返すのも変か。
「……同い年だったのか。えっと、居残りの件はその通りなんだけど、言うなって注意されてるんだ。多分だけど、最悪人の首が飛ぶレベルだと思う」
そう言った瞬間、エナさん他、メイド達が凄い勢いで俺の方を見た。
「えっ、嘘っ。そんなにヤバかったの? まあ……勝手に喚んどいて殺そうとするくらいだしねー」
気付いたのは俺だけらしく、スポーツ少女達も何も言わなかった。
が、メイド達よりも反応した奴が一人。
「人が死ぬなんて聞いたら黙ってられないな」
イケメン君だった。
心なしかキラッキラしている。
それと……何故か敵意剥き出しの目で俺を睨んできている。
はて。
何か気に障るようなことをしたかな?
「ち、ちょっと勇。何よいきなり……」
スポーツ少女も困った様子。しかし、イケメン君は止まらない。
「実咲、行こう。彼は好かない。昨日もマリー王女に楯突いていたし……きっと、人として当然のことも出来ない人なんだよ」
どうやら魔王討伐について言っているらしい。
困ってると聞いたら第三者の意見や反対側の意見を聞かず、問答無用でそいつらを助けるべきだ、と。
昨日の時点で苦手な部類だったが……ダメだ。こいつは俺も好かない。
偉そうな物言いにカチンと来たのもある。
それと、昨日の体調不良もだ。俺が勝手に苦しんだだけとはいえ、何とも言えないイラつきがあった。
「人として当然のことが出来ないのはそっちだろう。人の会話にいきなり首突っ込んだと思えば暴言。とても勇者とは思えんな」
思わず言い返してしまった。
「そうよ、大体アタシの方から話し掛――」
「――そんなことは関係ない。僕は行こうと言った。さ、行こう。自分を客観視出来ない人と話していても時間の無駄だ」
取り巻き改めミサキさんの言葉に被せてまで言い切ったイケメン君は俺の目をじっと睨んで動かない。
どの口がと返したいのは山々だが、朝から召喚者達がバチバチしているということでエナさん達、メイドも困惑している。
ミサキさん以外の連れ達もだ。眼鏡を掛けた頭の良さそうな黒髪の女は「はぁ……? 何言ってんのこいつ」みたいな目ぇしてるし、もう一人のロリ巨乳はおどおどして震えていた。
最初に見た時は「うわ、リアルハーレムじゃん」とか思ったがそうでもないらしい。
「……はぁ。もう良いよ、俺が悪かった。あんたが全面的に正しくて俺が間違ってる。これで良いな? 良いなら先に行ってくれ」
投げやりな俺の言葉に、イケメン君は鼻を鳴らすだけで終わらせると、ミサキさんの手を引っ張って歩き出した。
「ち、ちょっとっ、何すんのよ!」
「良いから」
「アタシが良くないっ!」
「君はいつも元気だね」
「はぁ!? バカにしてんの!?」
口喧嘩しながら歩くイケメン君達をメイド達が追う。
その後ろに取り巻きの二人もそれに続きながら、擦れ違い様に謝ってくる。
「うちのバカがごめんなさいね」
「天光士君……昨日から様子が変なんです……何故か貴方を異様に嫌って……あれ……? 貴方も……? …………あっ、ご、ごめんなさいっ、失礼しますですぅっ」
前者はまともそうだが、後者のロリ巨乳……ありゃあ何だ?
イケメン君を見て困った顔をし、俺の顔をまじまじと見てキョトンとし、慌てて歩いて行った。
まるで奴や俺の心を読んでたみたいな……
「なになに? ユー君ったら、ああいう子が好みなのっ?」
少し立ち止まっていると、エナさんに脇をツンツンされた。
「……うっざ」
「あっ、酷い! メイドは大事にしてよねっ、専属なんだしっ」
「はいはいわかりましたよ」
「はいは一回でよろしいっ」
「はーい」
「伸ーばーすーなー」
肘でぐりぐりされた。
何というかあれだ。
毒気を抜かれた。
天然でやってるのか、狙ってやってるのか……
しかし、お陰で苛立ちは消え失せ、忘れるように話しているうちに食堂に到着した。
素早く俺から距離を取ったエナさんがドアを開け、その横を通る。
ちゃんとメイドやってますよアピールらしい。
中に入ると、「それではお食事を持って来ますので席に腰を掛けてお待ちください」と頭を下げ、さっさと奥へ行ってしまった。
一瞬、ウインクしてきたのはスルーしよう。陰キャというほど陰キャしてるつもりはないが、明る過ぎてダメージを受ける。「お、おう……」みたいな。
俺は既に来ていた雷達の元へ向かった。
続々とやってきた召喚者全員が食事を終えた辺りでタイミングを見計っていたように一人の騎士が声を張り上げる。
全身甲冑を着た、西洋風の厳つい騎士だった。
「皆様にはこれより四人から五人一組のパーティを組んでいただきます! その後、午前中は座学っ、午後からは夕食の時間まで戦闘訓練となっておりますっ。これを毎日の予定とのことですっ! 休日は一週間に一度! 以上であります! パーティが決まり次第、お声掛けください!」
召喚された日本人は俺を含め、十人。
俺と雷達は確定。
イケメン君……は何かムカつくし、残念な奴だからイケメン(笑)と呼ぶか。奴と取り巻きの女三人は四人揃ってるから既に決まり。
サラリーマンの兄ちゃんは職業が商人だということで除外されるらしいから無し。
残りは早瀬とオタクのみ。
ぶっちゃけ俺達は全員早瀬とは仲があまりよろしくないので勘弁願いたい。何度か揉めてるし。
ってことで相模と呼ばれていたオタク君を誘うことにした。
「えっと……あの……その……えと……」
おどおどキョドキョド、チラチラノロノロ。
いきなり呼ばれたからか、まあウザいくらいチー牛をやっている。
大丈夫だ、人はそんなにお前のこと見てないから。
等とは口が裂けても言えないので、「大丈夫……怖くない……ほら、怖くない……」みたいな何処かの谷の姫みたいな気持ちで話し掛ける。
主に雷が。
「先ずは自己紹介といこうか。俺は雷、稲光雷っていう。雷っぽいから覚えやすいだろ? よろしくなっ!」
歯がキラーンッした。
何かムカついたので頭を叩いておく。
「ふぎゃっ!?」
「俺は黒堂優だ。よろしく」
「あー……癒野愛美っていいます。よろしく」
「……優? 何で今俺殴られたの?」
「何かイラッと来ちゃって。ほら、蚊が目の前で飛んでたらムカつかね?」
「俺は蚊じゃないんだけど?」
「丸投げしといて酷いよねー黒堂君は」
「いやあの……癒野さんはどの立場で言ってるの? 俺の扱い酷くない? 勇者だよ俺。蚊じゃないよ?」
「知らんわ」
「関係なくない?」
「仲間が冷たいっ」
もう要らないだろうとだて眼鏡を外している為か、俺とは目を合わせてくれなかったが、コントみたいなやり取りが良かったらしく、少し口元を緩めたオタクはゆっくりと返してくれた。
「え、えっと……僕は相模…………」
彼はそこで一度切り、息を吸って落ち着いてから言った。
「り、竜王……竜の王って書いて竜王……えっと……出来ればリュウって呼んでくれると嬉しいな。よ、よろしくね」
折角和んだその場の空気は空気が凍った。
親もオタクなんかいっ!
俺達三人の心の中の……そして、心の底からのツッコミが一致した瞬間だった。
何で相模君の名前を痛々しくしたのかって? ……本当に何を考えていたんでしょうね。




