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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第2章 戦争編
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第72話 旅の始まりと行き倒れ



 目が覚めると辺りは暗闇に染まっていた。



 魔物らしき気配が近くを彷徨っているのがわかる。



 また、目の前には闇夜と対照的に紅く輝いているジル様の刀剣が近くの地面に刺さっており、その僅かな発光に魔力を感じさせている。



 取り敢えず殺気を飛ばして魔物を散らせると、自分の身体を確認する。



 ジル様にやられて気絶したけど、受けたのは一撃だった気がする。しかも胸か腹を思いっきり裂かれた筈だ。

 あの人のことだから放置するってことはないだろうが……うん、傷は兎も角、血は止まってる。



 俺は治りかけの一閃傷を撫でながら、もう片方の腕でジル様の刀剣を抜き取る。



「……綺麗だな」



 よく見ると、刀身自体が薄く紅色を帯びており、魔法陣を線のように伸ばした模様があった。



 曰く、刃こぼれは滅多にしない上、したところで勝手に治るという刀剣。傷はなくて当然とはいえ、何百何千何万という命を散らしてきた剣とは到底思えないほど美しい。



「つっても、俺にこの剣を使う資格はないよな……そもそもこんな目立つ物、使えませんよジル様……」



 少しの間俯き、ついでに周りの気配を探っていく。



「……魔物くらいしか居ないか」



 ジル様は去ってしまった。



 ライに敵扱いされて、何かもう何もかもがどうでも良くなって……そんな状態であんな投げやりな告白したんだ、流石のジル様でも愛想を尽かしたんだろう。



 ――あぁ……そうか、あの人とは……ここで……お別れ、か……この剣は餞別代わりに……成る程、あの人らしい。



 ジル様との師弟生活は終わった。



 そう考えただけで寂しく、悲しい。



 何かが足りないと思ってしまっている時点で否が応にも自覚する。



「はーっ……相当惚れてたな、俺……」



 本当にお別れなんだなという実感や自分の中の好意。



 何とも受け入れ難いそれらに向き合いつつ、ジル様の刀剣をマジックバッグに入れる。

 靴やマジックバッグ化した鞘……魔法鞘やショーテル、大事なところが隠れる程度に残っている服まで脱いで一旦全裸になった。



「……捨てるか」



 マジックバッグから水筒を出し、身体に付着している血や土の汚れを落とす。

 ついでに、証拠隠滅を兼ねて『火』の属性魔法で火種を作り出して服を燃やした。



 何の気無しに出した小さい火の粉が服に当たった瞬間、ボッという音と共に一気に燃え上がった。



 あまりの威力に思わず目を見開くが、少しして落ち着くともう一度その辺に向けて同じものを飛ばしてみた。



 結果は同じ。

 燃えるものがないところに飛ばしたからか、燃えはしなかったが、瞬間的な火の強さは同じだった。



「属性魔法が……強くなっている……? 以前ならこんなに強く燃えなかった筈だけど……」



 しかし、今思えばイケメン(笑)達を燃やした時もおかしい。



 幾ら〝粘纏〟付きとはいえ、延々と燃え続ける魔法なんて存在しない。俺の適性的にも不可能だ。



「…………」



 試しにその辺に落ちている木の枝に向けて『風』の属性魔法を使ってみる。



 こちらに引き寄せるようなイメージで風を……起こす!



 ブワリと何処からともなく風が沸き起こり、木の枝は思い描いた軌道でこちらに飛んできた。



「……マジか」



 以前の俺に出来たのは精々、焚き火の火種やそよ風を作り出す程度。合わせたところで目の前の相手に熱風をぶつけるくらい。



 明らかに強力になっている。



 魔族化の影響か? 種族が変わったからステータスも変わった……?



「……ステータスを見りゃわかるか」



 これ幸いとばかりに適当な枯れ枝を風で集め、今もなお燃えている服の上に置く。

 パチパチと音を立てる立派な焚き火の熱気を上手く風でこちらに送り、全身をドライヤーに掛けているような感じにしながらステータスを開いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 種族:人族→魔族<オーガ>

 名前:ユウ・コクドウ

 性別:男

 年齢:17

 レベル:68→1

 職業:武闘士・狂戦士→狂魔戦士

 称号:堕ちた者・固有スキル所持者・悪の権化・闇魔法の使い手・戦闘狂・指揮官・軍師・先導者・生還者・地獄を味わった者


 HP:2213→3841

 MP:1965→4277

 攻撃力:5021→6893

 防御力:1030→3526

 魔攻力:1916→4201

 魔防力:1914→4199

 敏捷:4987→6367

 耐性:1841→5018


 固有スキル

 【抜苦与楽】Lv2→3

 スキル

 《言語翻訳》LvEX

 《身体強化》Lv6→7

 《感覚強化》lv6→7

 《成長速度up》lv5→6

 《鑑定(全)》lv6→7

 《闇魔法》lv2→5

 《狂化》lv4→5

 《負荷軽減》lv7→9

 《詐欺》lv6→7

 《演技》lv6→7

 《仮面》lv6→7

 《人心誘導》lv5→7

 《並列思考》lv5→7

 《高速思考》lv5→7

 《記憶補助》lv5→6

 《集中》lv7

 《武の心得》lv6→7

 《怪力》lv5→6

 《金剛》lv6

 《痛覚耐性》lv2(NEW

 《直感》lv1(NEW

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……ははっ、マジで……別もんじゃねぇか……」



 とてつもない変貌を遂げたステータスに思わず乾いた笑みを溢しながら独りごちた。



 種族は当然として数値やスキルはそのままに……いや、寧ろ上昇しているのにレベル1になってるし、職業まで変わってやがった。

 称号からも『異世界人』、『召喚に巻き込まれた者』が消えている。それでも異世界人特典の限定スキルが残ってるのは嬉しい誤算か。それなら恐らく、ステータスの伸びも異世界人の成長力を残している筈……



「挙げ句に知らないスキルまで手に入ってるし……どれ、鑑定をっと……痛覚に関する耐性……ってそのままじゃねぇか。相変わらず使えないな鑑定先生。《直感》ってのは……おいおい、今度は何も出やしねぇ。スキルがだんまりっておかしくねぇか……?」



 《直感》は効果も取得条件もよくわからないが、《痛覚耐性》に関しては称号に出るくらいのあの生き地獄……オーク達に食われたから取得したと見て良いだろう。



 半年以上色々やってるのに全く新しいスキルが手に入らないから、てっきり異世界人は新スキルの取得が出来ないのかと思っていた。



 経験が足りなかった……いや、命が幾つあっても足りないくらいの戦場じゃないと取得出来ない……か?



 基本的に死にそうな目に遭うことはあれど、死にかけることは殆どなかった。死にそうな状況で身に付けた技術や耐性がスキルに昇華されるとかそんな感じと見た。



 しっかしまあ微妙なスキルだ。いやまあ無いよりはマシだろうけども。

 これが勇者ならもう少し違ったんだろうが……ってそうだ。職業も見たことないのに変わってるんだった。



 右のこめかみから生えている自分の角の感触が気になって触ってみたり、引っ張ったり、指でトントン叩いたりしながら職業の狂魔戦士を鑑定してみる。



 どうやら、魔法を()()使えるようになった狂戦士らしい。

 あくまで多少であり、本場の魔法使いには敵わないと。そして、狂戦士であるのには変わらず、何かマイナス点があるわけでもないと。完全な上位互換ってことだな。



 何でこんなことになったのかはわからないが、体の構造や構成が変わったんだ。何でもありだろう。



 それに、身体は変質しても異世界人の特性は残っている。異世界人特有のスキルが証拠だ。



 スキル然り、魔法を無詠唱で発動出来たこと然り……結果的に今回のことは俺の成長に繋がったらしい。



 ライがどうとか他の奴等がどうとかはもうどうでも良い。



 前向きに考えよう。色々辛かったけど、結果だけ見れば俺は強くなれた。これからも強くなれる。それがわかっただけでも儲けだ。



「よし……んじゃあ一先ずはイクシアから離れつつ、金を稼ぐ方法を見つける……だな」



 強力な力を得た代償を考えて暗い気分になりそうだったので思考系スキルを使って脳みそから追い出し、取り敢えずの目標を立てた。



 水で濡らしただけの体も乾いたので、マジックバッグから新しい冒険者用の服を取り出し、着替えながら頭の中で将来のことを考える。



 俺はこの先、どうしたい?



 俺は……この世界を旅してみたい。見たことも聞いたこともない冒険ってのは元高校生でも心惹かれるものがある。



 最終目標としてはそうだな……もっと強くなってジル様に認めてもらいたい、か。俺の隣に居てもらうのは無理でもせめて異性として認識してほしい。



 その為には経験が必要だ。召喚された当初に比べれば圧倒的に強くなったとはいえ、やったことはレベル上げとバカみたいな訓練、多少の実戦にパーティへの指示出し程度……。



 殆ど誰かに教わりながらやったし、側には必ず誰かが居て頼ることも出来た。逆に頼られることもあった。鬱陶しいと勿論思うこともあったが、他人が近くに居て一緒に行動してるってのは思いの外、安心感があった。



 だが、これからはどうだ? 俺は今、一人だ。これからもずっとそうだとは限らない。しかし、一人の方がよっぽど身になる。仲間の有り難さも学べる。

 適当な街で職を見つけるにしても一人ってのは動きやすい。丁度良い機会だ。ジル様も言ってたけど、少し自分を追い込んでみようか。



 ま、仲間が直ぐに出来てたとしても相手は現地人。それだけでも十分学べることは多い。どちらにしろメリットはある。



「そうだそうだ、旅に出よう。もっと見て聞いて体験しないと成長は出来ない」



 となれば、だ。



 こんな国からはさっさとおさらばしたい。ある程度の強さを身に付けたことだし、冒険者になってみるのも良いかもしれないな。



「……よしっ」



 目標や目的を定めた後は現状把握だ。



 多少の金はある。ダンジョンの街ケイヴロックでの買い物から相場を仮定するに、手持ちの金だけでも一ヶ月程度なら働かなくても生きていけるだろう。

 それどころか、適当な魔物の部位や使わない装備を売れば半年以上は余裕で暮らせる。



 売るとしても転々としながら細々売るしかないだろうな。周囲から怪しまれる。



 そこからライ達まで情報が回ればまた会うことになる。



 イクシアどころかあいつらの顔も見たくない。あんな裏切り者達と一緒に居るのは二度とゴメンだ。



「金はあるが収入はなく、大々的に何かを売るのは少々不味い、か……」



 ならば優先するのは街に着くこと。何か職に付かないと早々に詰む。



 ここが何処かわからないが、村くらいある筈。取り敢えずはそこに……って待てよ……? 何か忘れてるような……?



「あっ、しまったっ」



 肝心なことを忘れていた。



 今の俺は魔族だ。思いっきり角が生えている。



 人族至上主義のイクシアは当然としても他の国でも魔族を受け入れる所は全くと言って良いほどなかったような……。



 やっぱメリットばかりじゃなかったな魔族化。人間じゃなくなっただけでもげんなりしてるってのに。



 着替えが終わり、防具や魔法鞘、靴等をマジックバッグから取り出した適当な布で水洗いしつつ、装着していく。



「どうしたもんかな……」


 

 マジックバッグに何か入ってなかったかと、何を入れたかが日本語で書かれたメモをマジックバッグから取り出す。



 フィクションなら頭の中に中身の品名が浮かぶとか選択肢が出てくるとかそういうのがあるんだろうけど、現実はシビアだ。メモがないと「忘れた? はい残念でした、諦めてね!」って感じで突き放してくる。



「何かなかったっ……け……っ!?」



 メモには驚くべきことが付け加えられていた。



 ジル様の字で『クロウから。魔力を込めながらイメージすれば形がその通りに反映されて変形する仮面だそうだ。上手く使え』と書いてあるのはまだ良い。



 あの野郎、マジで何がしたいんだよ。有難いけど死んでほしいわ畜生……とかすげぇ思ったけど、何に驚いたってクロウさんらしき字が追加されてることだ。



『武器とか防具とか君のかな~? ってのは直して入れといたのと、君が興味深そうに見てたゲイルの斧とかも入ってるから確認してね~』



 ビビるくらい綺麗な()()()()書かれていた。



「マジで何者なんだよあの人……」



 俺を魔族化させるためにえげつないことしてくれたからいつかぶっ殺す……のは無理でもあのニヤついた面を殴り付けてやりたい。



 そう考えていた矢先にこれだ。



 怒りや呆れの気持ちよりも得体の知れない恐怖が勝ってしまう。



 確認の為にそれらを出してみれば、真っ白で無地の不気味な仮面や俺の手甲、防具、ゲイルが使っていた禍々しい斧が出てきた。

 何故か白銀に輝いてた俺の愛しの装備達が黒く染まって、黒銀になっており、手甲に関しては右腕分が丸々ないが……まあ他のが揃ってるだけ上等だろう。傷とか凹みも直ってるし。



 非常に達筆な文をよく見てみると、小さい文字で『黒って厨二っぽくて格好いいよね……ということで僕色に染め上げてみたよ。オマケで全部修復しといたから。あ、大したことはしてないからそんなに有難そうにしなくて大丈夫よ! 照れちゃうからっ』等とムカつく顔文字付きで書かれていることに気付いた。



「…………」



 取り敢えずその部分を破いて握り潰して燃やして踏みつけた。



 無言のままクロウさんがくれた仮面を手に取り、魔力を込めてみる。



 魔力はみるみる内に吸い込まれ、仮面が反応。カタカタと震え出した。



「……騙されたと思ってやってみるか」



 頭の中で、ひょっとこの仮面を思い浮かべてみる。

 するとグニャリと白い仮面が形を崩し、一瞬にしてイメージした通りの間抜けな仮面に姿を変えた。



「……本当に何なんだあの人。ご丁寧に色まで付きやがったし」



 どこまでも有難く不気味な魔道具に肩をガックリと落としつつ、再び仮面の形状を変える。

 今度は左のこめかみ部分から角が生えていて、右のこめかみ部分は俺の角がスポッと入るくらいの穴が空いた、魔物の頭蓋骨を模した仮面だ。



 何となくでイメージしたからか、俺の角には入らなかった。

 なので、形を崩して真ん中に穴を開けると俺の角に予め掛けておき、その状態で整えてみる。



 今度は丁度よくハマった。

 だが、マジックバッグからショウさんに貰った手鏡を出して確認してみたら、骨の顔は兎も角、左右の角の角度や長さがバラバラだった。これでは俺の角を仮面の一部のように見せかけて誤魔化すことは出来ない。



「意識無しでも色が付くのは助かるが……暫く練習が必要だな」



 口元にも密着しているからか、くぐもった声が漏れた。











 翌日。



 夜の内に仮面の形をイメージした通りに変える練習をしながら、南に歩いて進み、幾つかの村を通っていた。



 仮面を付けたまま人前に出たり、旅人の真似事の練習の為に態々通ったんだが、毎回怯えられ、挙げ句には石を投げつけられたり、酷い時には農業用の鍬や鎌を向けられてしまった。



「何で俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ……」



 久しぶりの徹夜に多少の疲れを感じつつ前を見据える。



 山、山、村、山、魔物、山、魔物……



 魔物は弱いのばっかだから良いけど、平野を抜けてからは山ばかりで代わり映えしない景色に飽きてきた。何度山越えしたか。



 かといって魔粒子ジェットで飛んだりするのはリスクがある。見られてたら堪ったもんじゃないから戦い方も変えざるを得ない。

 黒くなったと言っても俺の専用装備なことに変わりはなく、手甲や防具の形状が珍しいせいで、余ってる布や防具でカモフラージュしなきゃいけないのが中々面倒臭い。



 一応、冒険者か傭兵に見える旅人を装って土や泥を付けてみたり、これ見よがしにマジックバッグに入ってた大剣と長剣を背中、腰に差しているが、効果があるかは謎だ。



 会った人には大体、盗賊か魔物か変人かイカれた奴扱いされて石投げられるからな。道端ですれ違った人が悲鳴上げたり、腰を抜かして座り込むくらいならまだマシな反応。酷い時はこっちを認識した瞬間、猛ダッシュで逃げられた。



 そんな反応ばかりだから偽装の効果は全くわからない。後、石投げんの本当勘弁してほしい。そりゃ魔物の骨を模した仮面を付けた頭の可笑しい奴に見えるだろうけど、俺がマジで盗賊とか魔物だったらどうすんのかと。

 一回、頭に来て両手をグーにして無気力に上げてやったら泣き叫びながらどっか行ったし、何がしたいんだこの辺の村人は。



「……そろそろ休憩するか」



 会う人会う人の反応は勿論、周りの気配に注意しながら半日何も飲まず食わずの移動はそれなりに疲弊する。



 何処か周囲がよく見渡せて、かつ後ろを気にしなくて良い場所はないかと辺りを見渡してみれば、近くの草むらで倒れこんでいるであろう誰かの足が目に入った。



「お、行き倒れか? すげぇ……初めて見た。……ん? あっ、死んでる可能性もあるのか。臭ったりしたら嫌だな……」



 そう思ってスルーしようとすると、



「む……声……誰か、居るのか……?」



 掠れきった女性の声と共に草むらから手が生えてきた。



「い、生きてんのかよ……」



 手足しか見えない相手に少々引きながら距離をとる。



 盗賊……? 声の弱々しさからしてハニートラップってことはないだろうが、俺が駆け寄った途端に襲い掛かってくるor倒れてる本人が襲ってくる可能性はある。



 少しだけ警戒しつつ、辺りとその人物の気配を探ってみる。



「…………」



 周囲にゴブリン以外の気配はなかった。



 加えてこの人からは何か気色悪い、うじゃうじゃした気配こそすれ、敵意は感じられない。



 そうとわかれば……良し。



 俺はくるりと身を翻して、休憩場所を探しに別の方向へと歩き始めた。



「お、お腹……空いた……お腹ぁ……」



 ぶつぶつ言いながらグーグーと腹の大合唱を奏でていたが、努めて無視する。



 行き倒れだろうと死にかけていようと知ったこっちゃない。現状、余裕は無いんだ。リスクや時間のロスは出来るだけ避けたい。というか見るからに怪しい奴を救う義理はない。



 ある意味、当然の結果だった。



「うぅ~……シ……さ……おな……空い……ぉ……」



 子供のように甘えた、しかし、掠れてて聞き取り辛い声が聞こえてくるのも無視。



 罪悪感もなくはない。が、他人より自分の命。これ大事。こんな命の軽い世界での人生で優先事項を間違っちゃいかん。



「悪いが……見殺しにさせてもらう。恨むなよ」



 手で合掌しながらその場を離れて数分後。



 洞窟を見つけた。



 俺はこれ幸いにと入り……



 ――グルルルルッ!



 という鳴き声で硬直した。



 中には背中からも腕が生えている四つ腕を持つ熊が居た。



 俺の足音に気付いたのだろう。人の頭蓋骨を簡単に噛み砕けそうなほど鋭利な歯を剥き出しにして威嚇してきている。



 入って一歩目で固まったような形で動きが止まり、頭の中で「あるー日っ、洞窟の中ー、熊さーんに、出会ったあああぁぁっ!!?」とツッコミなのか何なのかよくわからない替え歌が流れた。



「……お邪魔しました」



 流石にいきなり踏み込んで殺していくのもどうかと思ったので、身を翻して洞窟から出ようとした。



 しかし、バンバン飛ばしてくる文字通りの獣の殺気を感じるに(やっこ)さんはもう激おこぷんぷんな状態らしい。



「はぁ……不法侵入に殺人……いや、殺熊か……後、戦う時の被害とかも入れれば器物破損も追加と。俺、とんでもない極悪人だな……」



 盛大な溜め息をつきつつ、魔法鞘からジル様の爪仕様の剣……爪剣を抜く。



 そうして、いつでも殺せるように構えながら振り向けば……



「お腹ぁーっ……空いたーっ」



 さっき行き倒れてた奴らしき女が熊の前でコロコロ転がっていた。



 岩に頭をぶつけ、石に乗り上げ、「痛っ……ぐえっ……い~た~い~……」と声を上げているが間違いない。確実にさっきの人だ。



「おなか~……す~い~た~……よぉ……?」



 何故疑問系。そして何故ここに居る。



 あまりの驚愕に、俺は再び硬直してしまった。



「う~ん……お腹ぁ~………………ん? ハマった……ハマってしまった……あは、あははは…………はぁ……痛い……」



 あっちへコロコロ、こっちへゴロゴロしている内に岩と岩の間に挟まって止まった。



 マジで何やってんのこの人。



 ――グルルラアァッッ!



 あ、あかん、そうこうしている内に熊の目が女をロックオンしてる。



 流石にこの状況で見捨てるのは……かといって助けてもあんな山ん中で行き倒れてる時点で訳ありだし……。



 自由気ままな旅が始まって早一日。



 何とも対処に困る問題に直面してしまった。

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