表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第2章 戦争編
76/334

第73話 道連れと名前



 目の前でガツガツ、ムシャムシャと人目を気にせず熊肉を食らっている女性が居る。



 言わずもがな、先程の行き倒れ女だ。



 赤と黒が混ざったような、暗さはあれど綺麗な色の長髪が地面や熊の死体に当たっているが、本人に気にした様子はない。

 汚れが目立つ肩や胸を露出した高そうな黒ドレスも血や油で酷い有り様になっている。それも気にしてなさそうだ。



 女の特徴の中で、何よりも目を引く()()()瞳もジュージューと焼ける熊肉を一心不乱に見つめており、こちらを見ることはない。



 飲み込まれそうなほど仄暗く、深い紅色の宝石のような瞳。

 全く瞳らしい輝きを持っていないその瞳は本当に生きてるのか疑問に思うほど。



「あー……つい成り行きで助けましたが……っと」



 そうだ、この世界で敬語は珍しいんだった。目上だろうが、平民は敬語は使えない。それが常識だ。



 俺は咳払いをすると、こっちの世界風に言い直した。



「んんっ……あんた、何者だ? 流石に目の前で人が食われるのを黙って見てるのも嫌だったから助けたが……」



 ガツガツムシャムシャ、ガツガツッ、ムシャムシャッ!



 ……返事がない。ただの屍のようだ。いや、手と口はすんごい動いてるけど。



 少なくとも目は死んでいる。



 意思が感じられないというか、肉を見ている筈なのに肉自体を見ていないというか……。



 まるで別の何か……何処か遠くを見ているような、そんな不思議な印象を与えてくる女だった。



 一瞬、盲目を疑って目元を見た直後、凄まじく濃い隈に気が付いた。



 深海を思わせる紅い瞳に夢中で気付かなかった。



 この女、目の下が真っ黒だ。



 元は美人だろうに、疲れきっているような表情。全てに興味を失ったような態度……行き倒れ、病む何かがあったんだろう。



 それから暫く。



 パッと見でも一~二トンくらいあった熊肉が半分くらいに減ったところで、女は漸く止まった。



「凄いなあんた……よくもまあ……」



 つい出てしまった言葉にも返事はなかった。



 ジル様も大食らいだったけど、流石にここまでは食わなかった。というか、あの人もそうだけど一体全体、あの量がこの身体の何処に入ってるんだ……?



 こちらはドン引きである。



 しかし、屍さんは「ふぃー……」と満足そうな顔でお腹を叩きこそすれ、大量に食ったくせにそんなに出ていない。



 170と少しくらいと女性にしてはそこそこ高い身長。程よい大きさの胸はあっても特に違和感を感じるような余分な肉はついておらず、モデルみたいな体型だ。



 大食いにしてはアンバランスな肉付き。気になって仕方がない。



 本当に何者だろうか。



 ……でも何だろう。この女を見ていると、胸がざわつく……よう、な?



 感覚的にもゲイルやクロウさんとよく似た何かを感じる。



 まだあの気色悪い気配も放ってるし……見た目はまんま人間なんだがな……。



 そんなことを思っていると、屍さんはこちらに向き、軽く頭を下げてきた。



「さて……助かった、旅人よ。感謝する」

「お、おう。……おう?」



 案外強くなかったから解体ついでに飯でも食うかと適当に焼いてたら、別に食って良いとか言った訳じゃないのに勝手に食い始めたのはどこのどいつだっけな。



 岩に挟まって「ん~……抜けない~……お腹ぁ……空いた~……」と唸ってたくせに気付いたら涎まみれで近くに居たからめちゃくちゃビビったんだけど。普通に人の飯を片っ端から食ってったし。いやまあ、別に良いんだけどさ。職や金、拠点には困ってても飯には困ってないし。



「すまないが手持ちはこれしかなくてな。……足りるか?」



 そう言って油or血まみれの手で雑に差し出してきたのは大金貨。

 日本円にして、大体百万くらいである。



 ぶっちゃけ、飯を奢っただけでこれは……と思わなくもないが、彼女に実力がないのなら命を助けたことにもなる。

 貰えるんなら有り難くもらっておきたいところだ。



「……逆に聞くが良いのか? かなり多いと思うんだが」

「良い、面倒だ。釣りも要らん。やる」

「そ、そうか? まあ、くれるって言うんなら貰うけど……」

「ん」

「確かに」



 半ば押し付けられるようにしてベトベトに汚れきった大金貨を受けとり、屍さんに見えないよう服で擦って汚れをある程度落としたところでポケットに入れた。



「「…………」」



 ……はい会話終了。気まずい。



「……あんたは何であんなところで倒れてたんだ?」



 片や魔物を模した仮面を被った奇人。片や魔物が出る山で行き倒れていた上に危うく殺されかけ、果てには恩人の飯を了承なしで貪り食った変人。



 当然、無難な質問しか出ない。



「暇だったから」



 思わぬ返答だった。



「は?」

「暇だったから」



 一言一句同じ返答だった。



「いや、聞き直したんじゃなくて……」

「暇だったから」

「……さいですか」



 俺はまともな会話を諦めた。



 腹を満たしたからか、女は先程からこっくりかっくりと頭を揺らして眠そうにしている。



 脳ミソが回らなくて訳のわからないことを言っているのか、はたまた適当に誤魔化してるのか。



「眠いんなら寝ても構わんがその前に一つ良いか?」

「……何だ?」

「俺はさっきあんたが倒れてたのを無視してこの洞窟に来た。その俺よりも先にどうやってここに来た?」

「転がってきた」

「……は?」

「転がってきた。コロコロ」

「……えっと、あの山の中を?」

「コロコロした」

「そ、そうか……えっ、坂だったよな? 転がりながら上がってきたのか?」

「そう」

「…………」



 どうしても気になったから聞いたんだが、わかったのは目の前の変人はマジもんの変人だということと、ヤバめのステータスを持っているということだった。



 さっきから要領を得ない話し方で今一わかり辛いし、真っ直ぐ洞窟に来た俺よりも先回りして山の坂道を、それも獣道に等しい草むらの中を転がってきたって……



「痛かった」

「……だろうな」

「でも歩きたくなかった」

「……そうすか」

「立つのも面倒だった」

「…………」

「息をするのも――」

「――それはしろ。めっちゃしろ。どこのゲ○ラだよ」

「……zzz」

「寝やがった……」



 マジで何者だこの人。只者じゃないぞ。



「すぅ……すぅ……」



 艶やか……じゃないな、痛みまくってるのが一目でわかるほどの毛先を揺らしながら静かに眠った屍さんは少しすると、思いっきり地面に倒れこんだ。



 ゴンッ! という鈍い音と共に身体が地面に投げ出され、気味が悪いくらいに脱力している。



「……今、頭から行ったな。大丈夫か……?」

「うっ、いた……い……むにゃむにゃ……」



 今、むにゃむにゃって言ったぞこの人。本当に寝てんのかこれ。



 地面に寝転がったまま完全に眠りについた屍さんは四つ腕熊を殺した時や解体の時に出た血で偉いことになってる地面に顔から突っ込んでいる。



 服の汚れもそうだけど、血の臭いがキツそうだ。



 よく寝れると感心すらする。



 とはいえ、流石に無視するのもどうかと思ったので屍さんの身体を起こして壁にもたれ掛けさせ、洞窟内での焚き火という窒息間違いなしの状況を打破する為に『風』の属性魔法で常に起こしていた、怪しまれない程度のそよ風の威力を少し強めて血を吹き飛ばし、水を掛けて地面を洗っていく。



 血の臭いや肉の匂いが消えるまで風を起こしておき、同時に着ていた上着を脱いで簡易的な寝床を確保。ついでにマジックバッグから比較的綺麗な布を取り出し、水で濡らしながらマジックバッグを枕にして屍さんを寝かせる。



 振動や刺激で起きないかを注意しつつ、出来る限りの汚れを取ってやった。



「…………あれ?」



 何でこんなことやってんだっけ?



 ふと、そんな疑問が浮かんだ。



 割りと無意識に尽くしちまった。



 マジックバッグと上着が汚れるのが嫌だった……? いや、それにしては……



「……んっ……んがっ…………むにゃ……」

「…………」



 あまりに無防備な女に、今更ながら薄ら寒い感覚を覚えた。



 初対面の男で尚且つ仮面で顔を隠した不気味な奴を前にして爆睡決め込む女。



 俺が盗賊や暴漢だったらどうするつもりだったんだろうか。



 現に拭きながら『おぉぅ……女性特有の柔らかさが……』とかキモいことを思ってしまった。



 生憎、数日くらい身体を洗ってなかったようで凄い臭いを発していたから決して良い匂いとは言い難かったけど。



 何て言うか土臭さと草臭さが混ざったみたいな、自然の臭いだった。

 多分、ずっとその辺で倒れてたんだろう。



 俺が偶々通り掛からなかったら確実に死んでいた筈だ。俺自体、最初は見捨てたし……



「…………」



 無言でむにゃむにゃ言いながら眠る屍さんを見る。



 偉そうな口調に高級そうなドレス。よく見ると、アクセサリーのようなものも結構付けている。腕輪に指輪、イヤリング……etc。



 普通に考えれば貴族。しかし、こんなところで行き倒れる理由が思い浮かばない。



 本人は至って真面目に「暇だったから」と言い、その言い訳も声色からして本音っぽかった。



 それに、魔物が跋扈する山の坂を転がってきたという身体能力(ステータス)……。



 考えれば考えるほど謎の女だ。



 こんなところで行き倒れてたのも魔物の目の前でふざけてたのも強者としての余裕で……?



 いや、だとしても行き倒れる理由はない。強いんなら好き勝手に生きていける世界なんだから。



 ……手っ取り早く《鑑定(全)》スキルで覗いてみるか。

 


「…………ゃ……ぁっ……」



 鑑定しようと目に意識を集中した途端、屍さんが何か呟いた。



「……?」



 うなされるように身体を丸める彼女の様子が気になり、スキルを使うのも忘れて耳を傾ける。



「やだっ……お……様……お父………………てっ…………何で皆っ……私を…………の……?」



 あまり聞こえなかったが、この女が何か心に傷を負っていることはわかった。



 苦しげに……何より、今にも砕けそうなほど悲しげに歪む彼女の顔から涙がボロボロと落ちていた。



 悪夢の類いじゃない。明らかに嫌な思い出か何かでうなされていた。



 俺は彼女が枕にしているマジックバッグから起きないようにそっと毛布を取り出し、彼女に掛けた。



 何か……とても悲しいことがあったんだろう。そんな弱った時の涙なんて誰にも見られたくない、よな……



 昨日の自分が彼女に重なって見えたからか、見ず知らずの他人に自分が持っている鞄はマジックバッグだと教えるような最悪の行動をとってしまった。



 知られたくなかったから上着を敷いたりして、殆ど着の身着のまま状態だとアピールしたかったんだろうに。



 咄嗟にとった行動のせいで全て無駄になった。



 しかし、後悔はあまりない。あるのはどちらかというと反省。



 何だかんだ言って結局助けた。他人でしかない奴相手に自分の手持ちを晒して介護まで。



 はっ、ライ達のことを笑えないな。



 と、自嘲気味に自分を責める。



 結果として自らの危険を背負ってまで人助けをしてしまった。



 平然と生き物を……人を殺せるようになって、角は生えて……見た目からして人じゃなくなっちまった俺が、何を今更人間ぶる?



 同情か? それとも現実逃避か? 



「何を馬鹿馬鹿しい……」



 その後も女は寝返りを繰り返して泣きじゃくっていた。



 その度に毛布を掛け直してを繰り返している内、日が沈んでしまった。

 


 数時間経った辺りで少しずつ嗚咽が消え始め、やがて静かな寝息に変わっていったのだが、休憩場所を探し始めたのは昼頃。四つ腕熊を殺して食ったのがそれから少しした頃。そこから数時間も経てば夜にもなる。



 二徹は負担も大きいし、注意力が散漫になって無駄な危険を呼び込む。

 とはいえ、目の前の女みたいに無防備で寝られるほどの神経は持ち合わせていない。



「……ちょっと多くなってきたな、流石に」



 四つ腕熊の血肉の臭いに誘われてやってきたんであろう低級魔物達に爪剣で斬撃を放って殺す。



 風でそれらの臭いを上に飛ばしつつ、予め作っておいた穴に死体を落として上から土を掛けていく。



 これで襲撃のエンドレスは避けられた筈だ。



「ちっ……臭いまでは考えてなかった。血が出るタイプの魔物の死は魔物を呼び寄せる……ジル様が言ってたのはこういうことか。虫系魔物やダンジョンの魔物しか相手にしてこなかった弊害だな……今回のことで学べたから良いが……TPOがよろしくないな……」



 俺が魔物を殺したり、風を起こす度にピクリと反応していた屍さんを横目に、かなり前に見たイクシア近辺の地図を脳内で広げる。



 俺を見て腰を抜かしていた村人に訊いたところ、現在地はイクシアの王都の遥か南。

 山や村を幾つか越え、過ぎてきた。そして、今居る山から平野が見えるってことは……この先にそこそこの大きさの街があった筈。



 そこまで行けば休めるだろう。残り数日の辛抱だ。幸い、ゴブリンやコボルトくらいしか居ないし、後少しくらいなら……



 屍さんも飯を食ってある程度は元気になっただろうし、本当に行き倒れならその街に連れていけば十分だろう。



 よし、方針は決まった。



 そう思った次の瞬間。



 視界がぐらりと揺れ、膝を付いていた。



「あ……? ……んだ……よ……こ……れっ……?」



 突然の事態に混乱している間にも絶え間なく凄まじい眠気が襲ってくる。



 疲れてるにしたってこの眠気は……



「っ!? この気配っ、しまった、魔物かっ……!?」



 洞窟の奥から魔物らしき気配が近付いてくるのを感知した。

 空中を浮遊する白い粉のようなものや、それが焚き火の火で燃えて散っていくのも視認した。



 中からっ……!?



 この白い粉……胞子、か……? 



 何で気付かなかった……! く、そっ……この眠気を起こす成分か何かは【抜苦与楽】で『抜』けるけど、それじゃ遅すぎる……しくった……!



 ライの反応によるダメージか、ジル様との別れを引きずっていたのか、あんな地獄を味わった後なのに大して休憩もせずに一日近く歩いていたからか……否、全てが理由だろう。



 兎に角、俺は油断していた。



「何がっ……少し……くら……い……だ……一日オール程度で……この様……かよっ……」



 ――ゴゥエゴエッゴギェアァッ!



 意識が無くなる直前、植物のようなものが気色悪い音を出しながらこちらに向かってくるのが見えた。















 



 頭に感じる柔らかくて固いという不思議な感触で目が覚める。



「っ……俺は…………」



 ぼんやりとした視界の中、見えてきたのは洞窟の天井。それと、黒くて上質な布地で覆われた胸とその上から俺を覗く屍女。



「起きたか」



 相も変わらず死んだ目と顔で無機質に呟く。

 少しの間、無言でその紅い瞳を見つめ……ガバッと飛び起きた。



 一瞬とても柔らかい何かの感触を頭に感じた次の瞬間、今度は額にかなり強めの衝撃が来た。


 

「ふぎゃっ……!? うぅっ、いったぁ……!」



 思いっきり頭突きをしてしまった。



 額を抑えながらジトリと睨まれ、こちらも悶絶しながら謝る。



「つぅっ……! わ、悪いっ……! な、何で膝枕なんか……いやっ、そんなことより植物みたいな魔物はどうした!?」



 俺は彼女の返答に思わず固まった。



「殺した」

「……へ?」



 殺した。



 この女は確かにそう言った。



 事も無げに、どうでも良さそうに、ゆっくりと瞬きをして眠そうにしながら。



「えっと、その……は? 何て?」

「殺した」



 混乱する俺の口から出た言葉に律儀に返してくれたので、激しく動揺しつつ、聞き返す。



「こ、殺したって……だ、誰が?」

「私が」

「あんたが……?」

「殺した」

「そ、そうか……」



 どうやら助けてくれたらしい。



 辺りを見渡してみれば、近くに細切れになった植物みたいな何かが落ちている。



 厚さや量からしてかなりの体積。俺を眠らせた魔物に違いない。



「俺としたことが……いや、助かった。ありがとう」



 自分の軽率さを悔やむ。



 今回は本当に危なかった。技術や経験は兎も角、レベルが高いからと油断していたところがあった。次から気を付けないと……

 


「良い。気にするな。飯の礼」

「あぁそう……ん? いや、飯代ならさっき貰ったぞ?」



 飯の礼で助けたんならさっきの大金は何だったのか。



「……? ……そうだった。じゃあおまけ」



 忘れていたらしい。不思議そうな顔で首を傾げ、「あっ……」みたいな顔になると、そう言った。



 おまけって……



「おまけ」



 態度から呆れか何かでも出ていたのか、二度言われた。



「そうか……なら改めて。……ありがとう、助かったよ」

「うむ。感謝しろ」



 座ったまま両腕を組んでうんうん頷く屍女。

 相変わらず死んだような目だが、感情はあるらしい。少し誇らしげに胸を張っている。



 最低限のことしか言わない無口キャラになったり、偉そうになったり、子供みたいになったり……口調や性格が気配と同じでぐちゃぐちゃだ。その気配も身体の中で色んなものが蠢いているような感じがして気味が悪いし。



 ま、何にしろ命の恩人だ。



 油断していたとはいえ、俺が何も出来ずにやられた相手には余裕で勝てるのに行き倒れてたり、熊相手だと無抵抗で転がってたのは気になるが。



 それに……耐性の数値が平均よりも圧倒的に高い俺を問答無用で眠らせる魔物がこんな辺境の地に居るのも謎だ。



 ……って、そういえばこの女、いつの間に起きて魔物を殺したんだ? 



 植物魔物の死骸の切り口を見るに恐らく魔法使いだ。



 にも関わらず、ステータスは耐性だけでも異世界人である俺より高い、と。耐性の数値は前衛職の方が伸びやすい筈なんだが……?



 この女……いや、止めよう。無駄な詮索だ。



 頬を引っ張って「こう……こうか? こうかっ」とブツブツ言いながらどや顔を作ろうとしている姿を見ていたらどうでも良くなってきた。



「……あんた、名前は?」



 俺はくすりと笑いながら聞いた。



「む……貴様、笑ったな?」

「あぁ、悪い。気に障ったか?」

「……いや、良い。えっと、名前は…………何だっけ?」

「……俺に聞かれても」



 言おうとしてから「ん?」という顔になり、そこから「あれ?」、「ん~……?」、「あっ……」と声には出さないものの、コロコロ表情を変えて百面相をしている時点で若干冷や汗が流れてきたが、案の定だった。



「何かこう……カッコいい名前だったような……?」

「……記憶喪失とかじゃないだろうな?」



 さっきの暇だったからって何だったんだよ。



「いや、覚えてると言えば覚えてるし、覚えてないと言えば覚えてない……」



 両の指で頭をぐりぐり押しながらそう言ってきた。



「どっちなんだよ……」

「う~ん……」



 ダメだ、やっぱ変人だ。



「じゃあ屍……はちょっとあれだな。屍、死体……死骸……骸……あっ、ムクロっ。ムクロで良いか?」



 俺は少し考えた末、案を出した。



「ん?」

「名前。思い出すまであんたを呼ぶのに困る」

「ムクロ……死体、か……良いわねっ、あたしにぴったりじゃないっ」

「……そうかい。んじゃ、ムクロ。この後、どうすんだ?」



 口調どころか一人称まで変わりやがった。とことん変わった女だ。



「この後?」

「あぁ。この先の平野を何日か進めば街があった筈だ。暇潰しは良いが、魔物も出る。腕に覚えがあっても、こんなところじゃ気が休まらないだろう? そこまで一緒に行くか?」

「う~ん……街かー……街はあんまり入っちゃダメって言われてるんだけど……またお腹空いてきたしぃ……ここら辺で寝てると痛いしぃ……わかった! あたし、行く!」



 聞き返したい新情報が出てきたが、取り敢えず無視して会話を進める。



「じゃあ臨時のパーティってことだな」

「うむ。短い期間だろうがよろしく頼むぞ」

「また変わりやがった……あぁいや、寧ろ、頼まれてくれ。またさっきみたいのが来たら俺は普通に死んじまう」

「あいわかった。では頭を垂れて感謝するが良い」

「……やけに偉そうな仲間だな」

「当然だ。私は偉いからな」



 やはり貴族か何からしい。

 良いのかね、そんな軽々しく素性がわかるような反応しちゃって。



「あ、そうだ。俺は……」



 無意識に俺の名前を言おうとして踏み留まった。



 そうだ。俺はもうユウ=コクドウの名前は使えない。使ったら最後、巡りめぐってライ達に見つけられるか、イクシアに追われる。



 魔族化した上にイクシアの騎士と早瀬を殺害……勇者であるイケメン(笑)まで半殺しにしたんだ。指名手配や神敵扱いされていてもおかしくはない。



 なら……



 ユウ=コクドウは人として死んで……オーガ、鬼になった。



「俺は……死鬼。そう……ただのシキだ。よろしくな」



 そう言ってムクロに手を伸ばす。



「今の反応だと偽名感が凄いぞ? 仮面があろうとなかろうとな」

「良いさ。これから態度に出さないようにする」

「ふっ、そうか」



 ムクロは俺の手と目を見てニヤリと笑い、手を返してきた。



 俺は差し出された華奢な手をしっかりと握ると、仮面に隠れて見えない笑みで答えるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ