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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第2章 戦争編
71/333

第71話 告白と別れ



「ユウは……大丈夫、なのか?」

「うん。怪我も治したし、気絶してるだけだよ」



 戦場から数キロ離れた森の中。クロウとジルは地面に横たわっているユウを見ながら話していた。

 ユウは既に魔物の姿から右のこめかみ辺りから一本だけ黒い角が突き出ただけの、人間にしか見えない魔族へと戻っている。



「それにしても……あの聖剣が他のよりもかなり強力っていうのもあるけど、まさか《光魔法》と聖剣の力を維持させただけで元に戻るなんて……今回の勇者君は特別変わっているみたいだね。……まあ、ユウ君と友人ならある意味当然か」

「他者の……しかも勇者にしか扱えない力を維持って……お前、本当に何者なんだ……?」



 いよいよもって理解の及ばない力を発揮するクロウに一瞬懐疑的な視線を送るジル。

 クロウは両手をヒラヒラさせながら、



「何者でもないよ、僕はただのクロウさ。『付き人』のね。ただ何でも出来るってだけ」



 と、いつもの笑みを張り付け、答えになっていない答えを返した。



「……っ。……う、ん……?」

「おっと……そろそろお目覚めのようだね。じゃ、僕はそろそろお暇するよ」



 再暴走を恐れたのだろう。ユウが瞼を動かしたのを確認したクロウは立ち去ることにしたらしい。早々に歩き出した。



「……ユウを魔国に連れていかないのか?」

「僕の目的はもう果たしたよ。後はユウ君達が自らの意思で運命を紡ぐさ」

「そうか……」



 今回はユウの魔族化と強化だけが目的だと言外に伝えてきたクロウから視線を外し、ジルは頭に手を当ててボーッとしているユウへと移す。



「……あっ、そうだ」



 例のどす黒い霧のようなものが辺りに蔓延した頃、クロウが思い出したように声を上げたので再び目を向けた。



「重ねて危なかった。忘れるところだったよ。ん~と~……あ、あったあった。はいこれ、ユウ君に渡しといてくれるかな。多分、めちゃんこ役に立つから」

「……これは?」



 クロウが懐から取り出したのは仮面だった。

 真っ白で無地の不気味なものだ。普段の言動からして、思わず「何だこいつ?」と睨んでしまった。



「ちょっとした魔道具だよ。魔力を流せばその魔力の持ち主のイメージに応じて形を変える玩具。僕が作ったんだ、凄いでしょ?」

「…………あぁ、ユウが魔族だってことを隠すためのものか」



 顔も隠せるし、角も仮面の形状次第では角付きの仮面なんだとカモフラージュすることも出来る。

 大概の国で冷遇されている魔族であることを公にする訳にはいかないだろうという、クロウなりの配慮のようだ。



「またまたスルー……冷たいね君」

「当たり前だろ。もう恨んじゃいないとはいえ、人の祖国を滅ぼしといてよくほざけるな」

「あはははっ、確かに。……あ、それとこれも渡してくれるかな」

「……マジックバッグ? こいつは……ユウのか?」

「そ。近くに落ちてたからユウ君のものっぽいのは全部入れておいたからお願いね」

「……至れり尽くせりだな」

「まあね。彼は僕の家族になるんだもの。優しくするのは当然さ」

「……そうか」



 クロウの謎の言動は今に始まったことではない。未来を見通すことが出来るようだし、そういう未来でも見たんだろうとジルは結論付ける。



「じゃ、改めてまた何処かで」

「さっさと失せやがれ」

「あはっ、ツンツンしちゃって可愛いなぁ」

「ぶっ殺すぞテメェ」



 どこまでもふざけた態度のクロウだったが、気付いた時にはもう姿がなかった。

 辺りの黒い霧も徐々に消え始めている。



「……っ……? っ!?」



 そうして完全にクロウの痕跡が消えた頃。

 図ったようなタイミングでユウが目を覚ました。



「ユウ、大丈夫か?」



 ジルはクロウに向けていた敵意や殺意を霧散させ、慈愛の表情でもって話しかける。



「ジル……様? ここは……?」

「王都近くの森だ。どこか痛かったり、不調だったりとかはないか?」



 普段からは想像も出来ないほど優しい態度をとったからか、やがてユウは全てを思い出したらしい。



「そうか……俺は魔族になって……ライに、裏切……られて……」



 そう言うや否や、瞳の光を失っていく。



 それだけ強くなる理由として、死ぬ気で戦ってきた理由として、生きる理由として頑張ってきたのだと、ジルは悟った。



「…………」



 己の力以外を信じたことのないジルにはそういった経験がない為、必然的に無言になる。

 しかし、次の台詞にはつい声を荒げてしまった。



「……は、ははっ……俺、何やってんだろ……今まで……何の……為っ、に……もう……嫌だ……死に――」

「――ふざけんなッ!!」



 心が折れたらしいユウは突然のことにビクッと肩を震わせた。



 が、こちらの反応で何らかの地雷を踏み込んだことを理解したらしい。



「テメェ……ふざけんなよ……? 何の為にだあ? んなこと知らねぇよ。だがな。テメェが今、口にしようとしたのは過去のテメェを否定する行為だ。死ぬ気で頑張って、死ぬほど辛い思いしてきた過去のテメェを殺す、一番やっちゃいけねぇことだ。……わかるかユウ?」

「……は、い……」



 怒気を多分に含みながらも必死に押さえ込んだような声で諭す。



「テメェが今までを否定したらオレはどうなる? テメェが、あいつらの為に頑張りてぇっつってオレの試練を乗り越えたから初めて弟子として認めた。そのテメェがオレの努力まで否定するなんざ絶対に許さねぇぞ。……全部、初めてだったんだ……人に何かを教えるのも、過去を話すのも、バカやって楽しいって思うのも……誰かと笑って、いたのも……オレはっ……」



 途中からは叱咤ではなく、心の声が漏れてしまった。

 それでもユウの心には響かないらしく、ただボーッと見上げてきている。



「ダチに敵扱いされたぐらいで何いじけてやがる! どこまで女々しいんだよっ、ウジウジウジウジ気持ち悪ぃ! 立て! 大の男がみっともなく泣きやがって!」

「で、でもっ……俺はもう生きる理由なんて……」

「煩ぇッ! テメェが失くしたのは強くなる理由だ! 生きる理由じゃねぇだろ!」



 力なく俯くユウの胸ぐらを掴み、無理やり持ち上げる。

 世界最強のステータスはいとも簡単にユウの身体を浮かせた。



「しっかりしろユウ……! お前はそんな奴じゃないだろう!? そんなにあいつらが大切だったのか!? オレがっ……私が、居る……だろう……? 何でっ……」



 ジルの頬を伝う雫がポタリと地面に落ちた。



 ユウがハッとした顔で見つめてくる。



 心底に生まれ、思わず口に出掛けたのは「見損なったよ」という言葉。

 現状では慰めどころかトドメになりかねない。ジルはぐっと堪えると、ユウを睨み付けた。



 言外に「オレが付いてる、ずっと一緒に居る」と宣言したのに。



 《心眼》スキルはユウの凍てついた心しか表さない。



『…………』



 それがユウの答えだった。



「……すいません……もう、しません……」



 口ではそう返し、だらんと脱力しながら謝るユウに、ジルは思わず拳を振り上げた後、数秒固まり、葛藤の末に下ろす。



 少しすると、ユウから嗚咽したような……声無き慟哭が聞こえてきた。

 男としてのプライドなのか、左手で顔を隠して咽び泣いている。



「……そこまで折れたか」



 ジルは小さく呟くと、ユウを上空へと投げて《竜化》。空中で器用にも足を使ってキャッチし、バサバサと羽ばたいてイクシアの南の方へ移動し始めた。



 されるがままのユウは投げられた時も乱暴に足で鷲掴みにされた時も何の反応を示すこともなく、ただただ無言で俯いている。

 第三者が見れば人間の死体を運ぶ白銀のドラゴンに悲鳴を上げていただろう。それほどまでにユウは力なく項垂れていた。



 ジルも黙っていたので、暫く風を切る音とジルが羽ばたく音が続いた。



 やがて、数十分程が過ぎ、平野続きで街や宿場町を見かけることも少なくなってきた頃。



「ジル様……俺、ジル様のこと……好きです」



 ユウが唐突に胸の内に秘めていた心を吐露し始めた。



 対するジルは心の何処かで待ち望んでいた告白をされても竜の姿のまま、「……そうか」と返すのみだった。



「最初は……見た目はマジで美少女のくせに直ぐ殴るし、スパルタ教育しか知らないし、虫食わされるし、殺されかけるし、鬼畜過ぎるし、いつかぶん殴ってやるって思ってました……」

「おい」

「道端でも剣聖だってバレただけで悲鳴上げられるし、国のトップとNo.2ぶっ殺してヘラヘラしてるし、事あるごとに殺しあおうぜとか抜かす狂人だし、指先一つで人を消し飛ばせるくらいの化け物だし、何なのこの頭のおかしい生き物……え、人? 人なの? マジで? とか考えてました」

「突き落とされてぇのかテメェ」



 案外、余裕があるのではないかと思ってしまうような反応にツッコミを入れるが、ユウは「……けど」と続ける。



「強くて格好良くて……不器用だけど、本当は人のことを想うことが出来る心の優しい女の子なんだって思ったら……好きになってました」

「…………」

「だから……これからも俺とずっと一緒に居てくれますか……?」



 消え入りそうな、何かに頼らなければ儚く散ってしまいそうな弱々しい声。



 普段のユウからは信じられないほど、覇気の感じられない……しかし、感情剥き出しの告白だった。



「師匠として、ではなく……俺の……俺……の………………何だろう……彼女? は何か違う気がするな……嫁さん? は早すぎるし……まあ、良いや。取り敢えず俺が死ぬまで隣に居てくれますか?」

「雑っ。……ったく、締まらねぇなぁ」



 何とも力の抜けるプロポーズに竜の姿のまま苦笑いしたような表情をしてしまう。



 しかし、出てきた言葉とは裏腹にその瞳にあるのは嬉しさや驚愕といったものではなく……静かな怒りだった。



 ジルは辺りに人や魔物が存在しないのを確認して、地面へと降り立った。

 降下途中でわざとユウを落としたが、今度は無気力に落ちていくのではなく空中で体勢を整え、《金剛》を使って着地している。



「つまり……オレが欲しいと?」



 返答を待っている面持ちのユウを前に、内心を押し殺したジルは帯刀している両の刀剣に触れながら短く問うた。



「……まあ、はい。そうなりますね。ジル様を俺のものにしたいです」

「………………クハッ、大きく出たな。初めてだよ。お前みたいな奴は……」



 恥ずかしげもなく返ってきた言葉に一瞬面食らうものの、直ぐに表情が溶けていくのを自覚した。



 嬉しいような、恥ずかしような、何とも言えない顔で笑ってしまった。



 その姿はまるで年相応の少女のようで、とても世界最強と恐れられる者の顔ではなかったことだろう、という自覚とあった。



 だが、それも一瞬のこと。



 次の瞬間には獰猛な戦闘狂のそれへと変え、闘志と殺気を駄々漏れに……否、ユウにぶつけて剣を抜いた。



「ならテメェの力でオレを屈服させてみろ。前に言ったろ。オレはオレを負かせることが出来る奴以外男として見ねぇって」



 それは謂わば誓い。



 ジルにとって最も大事な意地のようなもの。



 深紅と深蒼に輝く美しい装飾の施された二つの刀剣を構え……ユウを見据えた。



 ユウはジルの反応に少しの間目を見開いていたが、やがて深く溜め息をつくと、渋々戦闘体勢をとった。



「……やっぱり、さっきのはそういう意味じゃなかったんですね。……同情で……ははっ、本当、優しいなぁ……。……でも。そういや、確かにそうでした。どこまでも狂った人だ……」



 徐々に神経を研ぎ澄まし、腰に着けている唯一無事だった装備……マジックバッグ化した鞘から剣の取っ手だけを出していつでも抜けるように構えている。



「……だが、それでこそ貴女だ……! 俺が心底から惚れた『狂った剣聖』らしい! だからこそ、貴女が……あんたが……いやっ、お前がっ、欲しいッ!」



 犬歯を剥き出しにしたユウからは心を読むまでもなく真っ直ぐで嘘偽りない気持ちが伝わってくる。



 それでも何処か気持ち悪さを感じる告白にニヤリと口元を緩めたジルはユウを煽った。



「クハッ。相変わらず気ん持ち悪ぃなテメェ……」

「何とでも」

「殆ど全裸のくせに何を言うかと思えば……お前呼ばわりかよ……クハッ」

「……ん? え? あっ……そ、それについては忘れてたんで触れないでもらえますっ?」



 オーク達に食われた上に魔族化した影響で腰回り以外の布地や防具が失くなっていることに言われてから気付いたらしい。少しだけ顔を逸らし、それはもう気まずそうにしている。



 ジルはそんなユウを見て一瞬だけ目を細めると、勝敗条件を出した。



「……覚えてるか? オレとお前が初めて会った時のこと。あん時と同じ条件だ。一撃……オレに一撃さえ入れりゃお前の勝ち。その後はお前の好きにして良い。オレのこの身体はテメェのもんだ。欲望の捌け口にしようが、生娘みてぇに可愛がろうが、テメェが思ってるように幸せだと思えるような人生にしようが、戦いを忘れるくらいこの美少女面を笑わせてやろうが……全てテメェの自由だ」



 時間制限もない甘ったれたそれに、羞恥で悶えていたユウは吠えた。



「はぁ……? っざけんなっ! 俺はあんたが思ってる以上に力を付けた! そんなふざけた条件なんか飲めるかっ!」

「クハハハッ! ……テメェ、さっきからオレに対する態度がなってねぇなぁ? もう勝ったつもりかよ」



 刀剣で肩をトントン叩きながら笑うが、ユウは本気だった。



「ハッ、一撃なんざ一合で当ててやる。当てたらその条件は無しだ。全力でやれ。斬り殺されようが知ったこっちゃねぇ。幾ら世界最強とはいえ、女に情けを掛けられて惨めに生きるくらいなら死んだ方がマシだ」



 ――化け物と恐れられようと、世界最強と畏怖されようと、俺からすればあんたはただの女だ。あんたがいつも言ってる通りの超絶美少女様だ! そんな可愛いだけの〝ただの〟女であるあんたに最期まで認められず、男として見られないなんて……例え死んだとしても……それだけはっ、それだけは絶対に嫌だ!



 言外に、そして、心でそう叫ぶユウにジルは自分の心臓が一瞬、大きく跳ねたのを感じた。



「……っ!? ……お、お前なぁ…………~~っ……! ……くっ、クハッ、クハハハハッ! あくまでオレを女扱いするか! テメェのその気概だけは認めてやる! 来いッ!」



 ユウと出会ってからは様々な感情を抱くことが多くなっていたジルだが、人種どころか種族が違う上に出身の世界すらも異なり、スキルが無ければ話すことも出来ない百五十年は年の離れた子供に心臓の高鳴りを感じてしまった。



 あくまで弟子のつもりだった。性を意識したことはなかった。

 そもそも異性にドキッとしたこと自体、人生で初めてのことだった。



 つい胸に触れ、顔を羞恥で朱く染め……それらを隠すように笑って誤魔化す。



 それが更なる煽りとなり、ユウを焚き付けたらしい。



「ちっ……見下しやがってこの蜥蜴女がっ……世界最強だとか言われて驕ってるあんたの面をこの一太刀で歪ませてやる! 一撃を入れてみろだぁ? 舐めるのもっ、大概にしやがれッ!!」



 激昂したユウが残った魔力を全て使いきるような勢いで魔粒子を放出し、迫ってくる。



 その速度、気概は成る程、勇ましい。



 しかし、その心根は《心眼》スキルは全て暴いている。



 (初撃を直撃させると宣言した手前、当ててやるっつぅ気持ちが先走ってる。オレの行動によって左右される策しかなかったか? 真っ直ぐ突っ込んできたのは……ある種の賭けと見た)



 勝利の女神はユウに微笑んだらしい。



 油断していた訳ではなかった。



 手を抜いた訳でも様子を見たかった訳でもない。



 ただ、腰の剣を抜刀して当てるような構えで向かってくるユウ相手に、ジルが咄嗟にとった行動は防御だった。



 ユウの心が『この剣を使えば一撃入れられるっ、この魔法の鞘のアドバンテージを最大限に利用した最高最悪の剣だ!』と、何か考えていたらしい策を漏らしており、かつ《心眼》が文字化して読むタイプのスキルであるが故に『使えば』というイントネーションや意味を読み間違えてしまった。



 ――ガキィィンッ!!



 辺りに肌と刃物の刀身が当たったとは思えない音が鳴り響き、両者の耳にはユウの腕から鈍い音が届いた。



 ユウが抜いた剣は確かにジルの構えた剣に当たっており……それと同時にジルの左頬にも直撃していた。



 何事かとユウの手元を見て、直ぐ様敗因を悟る。



 ユウが魔法の鞘から抜刀した獲物は刀身が大きく湾曲している妙な剣だった。

 半ばから三日月のような弧を描き、途中からまた普通の刀身に戻したかのような特殊な形状。



 湾曲した部分の先に刀のような刀刃の刀身がある点や湾曲した部分が頑丈さだけを重視したような刃体の分厚い幅になっている点、湾曲した部分が何処ぞの抜刀斎の使う刀のように逆刃になっている点は本来の姿からはかけ離れていたが、その剣は地球のとある国の伝統武器と形状が酷似していた。



 名をショーテル。別名ショテルとも呼ばれるこの曲剣は湾曲した部分が本来あるべき刀身に当たる筈の相手の剣や盾をすり抜け、湾曲した剣先で引っかけるようにして斬って使う剣である。



 地球に有るものは両刃のものだが、ジルの爪で作られているとはいえ、叩き付けて使う剣なので湾曲した部分の先は刀のような剣先になっており、湾曲した部分は相手の剣に耐えられるように逆刃にしてあるのだ。



 それらの事情を知らないジルではあるが、負けは負け。



 今回は刀のようになっている剣先が頬に当たり、湾曲した部分がジルの剣に触れていた。



「っ……」



 顔に迫ってくる一瞬の影を見て咄嗟に〝気〟と『無』属性魔法の一点集中型の防御を行ったことにより、ダメージはなかったが、それでも衝撃で後ろへ下がらされる。



 宣言通り、初撃で当てられた。



 その事実に気付いたジルは大きく目を見開き、頬に触れた。



「どうだ蜥蜴女。これでさっきの条件は無しだぞ」



 ユウの顔に笑みはなかった。

 してやったぞ、という類いのものは垣間見えるが、勝ちを勝ちと捉えていない顔だ。



「使う相手は剣士に限定されるが、それ故に圧倒的な初見殺し。かつマジックバッグ化した鞘からのまさかの形状の武器。まず初手で殺せる。あんたみたいな化け物以外はな」



 まさかあんた相手に使うとは思わなかったがな。



 そう続けたユウはやがてニヤリと嘲るような笑みを浮かべた。



「……なぁ、こんなもんかよ、世界最強。条件付きとはいえ、多少成長しやすいだけの凡人がちょっと努力して奇をてらうだけで負けるほど弱いのか。最強もたかが知れてるな」



 ジンジンと痛む頬を触りながらありえない現実に呆けていたジルはユウの唐突な挑発にポカンと間抜けな顔を晒し……次の瞬間には大きく笑い出した



「…………は? …………くっ、……クハッ…………クハッ、クハハハハハハハハハッ!!」



 何処までも惨めな結果に終わり、自棄糞になっており、半裸状態で、二十も生きてないガキが。



 そう考えると、思わず笑ってしまった。



「つくづく良いなっ、テメェッ! 世界最強のオレを知りたいか! 良いだろう、後悔すんなよ凡人ッ!!」

「ハッ、後悔しないように今、あんたを――」



 ユウの言葉は最後まで続かなかった。続けさせなかった。



 ユウは一撃当てたら勝ちという条件を自ら放置した。



 ならば自分はそれに答えるのみ。



「――バカがッ!」



 一瞬でユウの胸に一筋の線が入り、血が飛び散った。



 遅れて衝撃がやってきたのか、後ろへ吹っ飛び、何回転もしながら転がっていく。



 少しして止まったユウは白目を剥いて気絶していた。



「……バカが」



 剣を振って付着していた血を落とし、帯刀したジルは再び呟きながらユウの元へ歩き始めた。



 辿り着くと、ユウのマジックバッグから回復薬を取り出してユウに掛け、傷が小さくなっていく光景を確認した後、静かに問い掛ける。



「……なぁ。お前、オレに負けたかったんだよな……? 今の不甲斐ない自分じゃ相応しいとか相応しくない以前の問題だって……だから無理やり空元気出して、オレを挑発して……」



 返答はない。



 それでも気にせず続ける。



「オレさ……本当に初めてだったんだ……人に好きだってずっと思われてたのも……実際に好きだって言われたのも……」



 声が震える。



 泣いているのか? オレが?



 そんな独り言のような感想がジルの心に漏れ、消えた。



「嬉しかったよ。身も心も化け物のオレを純粋に好いてくれたのはお前が初めてだった……だから……お前が真っ直ぐオレだけを見てくれてたなら……答えられたかもしれない……」



 地面に膝を付けてしゃがみ、ユウの目をそっと閉じる。



「けど、お前は……お前には大切な人達が居た。全てを捨ててオレの隣に居てくれる……そんな覚悟が生まれないくらいに大切な奴等が……」



 未だに剣から離さないユウの手元にマジックバッグを置き、腰の剣に触れた。



「オレだけを見れないんじゃ……お前はオレに付いてこれない……本当に生きている世界が違うんだ。何もかもを失くし、人間性を自ら捨てたオレと一緒に居るなら……何もかもを捨てる覚悟がなきゃ……お前はいずれ死んじまう。何もかもを捨て()()()()()今のお前じゃダメなんだよ……」



 ジルは優しくユウの額を撫で、柔く微笑むと深紅の刀剣をユウの近くに突き立てた。

 

 

「だから……ゴメンな……?」



 という、謝罪の言葉を残して。



「こいつは……オレからの餞別だ。今のお前ならこいつを使いこなせると思う。必ずお前の力になる筈だ」



 暫しの間、死んだように目を閉じるユウを見つめると、意を決したように体を翻し、ユウから離れる。



「お前はもっと強くなれる。……だが、それには道や答えを教えられるオレの存在は邪魔だ。……これからはお前が決めるんだ。魔族としてではなく人として生きるか、人としてではなく魔族として生きるか……強さを求めて鍛練を続けるか、心が癒えるまで時間が経つのを待つか……お前が好きなように決め、好きなように生きてみろ。間違っても死にたいとか……言うんじゃねぇぞ」



 最後に、周囲に殺気を飛ばすことで当面の間、魔物が近寄らないようにした後、《竜化》して上空へ羽ばたいていく。



「じゃあな、ユウ。お前との師弟関係、楽しかったぜ……それと……」



 〝死ぬなよ〟



 誰にも聞こえない声で呟いたジルはユウに別れの挨拶代わりに、



 ――ギャオオオオオッ!!



 と、一吠えすると、沈みゆく太陽を横切るようにして飛んでいった。










 ◇ ◇ ◇



 黄昏色の地平線が幻想的な自然の世界を染め、夜を感じさせる肌寒い風がユウの黒い髪をなびかせる。



 やがて夜の帳が下り、辺りを暗くしても尚、紅の刀剣は淡く輝き、黒い角の生えた彼の姿を照らしていた。



 それはまるで、新たな道標として名を上げるように。



『オレを超えて見せろ。いつかまた、会いに来い』



 そう告げているような、力強さと哀愁を感じさせる光景だった。


ショーテルはガン○ムサン○ロックのあれですね。知らない方は「ヒートショーテル」で調べると出てきますので参考までに。向こうは剣の向き(?)を反対にして叩き斬るように使ってますが形状は同じです。






最後に。

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