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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第2章 戦争編
70/334

第70話 運命の分かれ目

グロいシーンがあるので食事中の方等はご注意ください。



 まさに鬼のように暴れ続け、イサムの剣が刺さったままの腹からドクドクと血を流すユウを見て、ライは焦燥を覚えていた。



 (地面に血溜まりが……あの量は不味い……。あの調子で続けられたらユウは正気に戻す以前に死んでしまう……)



 兎に角当たれと言わんばかりの雑な拳を近接戦闘限定でほんの少し先の未来が見える《先読み》と自分に対して飛来する物体の軌道が何となくわかるようになる《見切り》で見つつ、拳一つ分のところで躱し、後ろに下がる。

 直ぐ様、巨大化してしまったせいでギチギチと手甲が食い込んでいる左拳が飛んでくるがダッキングの要領で避け、カウンター気味に『纏雷』をぶつける。



 バチバチバチィッ! と、音を立てながら一歩下がったユウは既に手甲くらいしか装備しておらず、魔法を弾く防具はない上に服すらまともな布地は残っていない。

 オーク達に食われた時に肉ごともぎ取られたものもあれば、巨大化した身体に耐えきれず外れたり、破れたりしていて上半身に至っては殆ど全裸だ。その為、防御力はほぼ皆無。申し訳程度の服とマジックバッグ化している鞘しかない現状で電流を流されれば当然硬直する。



 その隙にイサムの剣に飛び付き、《限界超越》を使いながら抜こうと力を込める。

 しかし、腹筋に力が入っているらしくびくともしない。やがて硬直が解けて暴れ始めたので、《縮地》で一気に後退する。



「くっ……!」



 マナミの方にチラリと視線を向ければ、泣きながらユウを見ているのがわかる。

 こちらの視線に気付くと、黙って頷いている。「俺が抜くから回復を」というライのアイコンタクトに気付いたのだろう。



 だが、このままでは手が足りない。

 あまり攻撃し過ぎてもユウのHP残量がわからない以上、迂闊に攻撃する訳にもいかない。



 トモヨ達に援護を頼みたいところではあるが、自分ほどユウと仲が良い訳ではなかったトモヨ達に魔族を通り越して魔物化しているユウに攻撃させるのは酷だろう。

 そう判断したライは思考を続ける。



 (……人間だったら既に致死量レベル……迷っている時間はない。少し静かにさせるしかない……か……)



 ライは【明鏡止水】で焦る心を静め、聖剣を構えるとユウに向かって駆け出した。

 拳を振り上げたのを確認した瞬間、《縮地》でユウの後ろへと回り、《空歩》と併用しながら撹乱し、聖剣で切りつけていく。



「グガアアアアアアアッ!!」



 人間とは思えない苦痛の声を上げるユウだったが、少しすると傷口が塞がり始めたのが見えた。



 (治り方的に【起死回生】じゃない……これは……まさかっ!?)



 よく見ると、傷口から黒い霧のようなものが出ており、傷口と傷口をくっ付けている。

 オークの魔族、ゲイルが行っていた、《闇魔法》の『粘纏』によって無理やり傷口をくっ付ける技術を使っているようだった。



「……っ!? これじゃ本当に……っ!」



 【明鏡止水】を越えるほどの驚愕をしつつ、そのまま聖剣を振り続ける。

 魔族にダメージがあったように一見治っているように見えるせいで驚異的と感じるが、実際は止血程度しか効果はないのだ。



 それでも初めて遭遇した魔族とユウが重なって見えてしまう。

 人族ではなくなってしまったという事実がライの心を縛る。



 加えて傷口が塞がるせいでどの程度傷付けたかがわからず、ユウが蓄積しているダメージもわからないときた。必然的に様子見の攻撃が増える。



 一方、ユウの方は自分の攻撃は当たらず、相手の攻撃は尽く当てられる状況に業を煮やしているらしいがユウであって、ユウではない黒い鬼(ブラックオーガ)は変わらずやたらめったら殴りかかってくるだけで知性の欠片も感じられない。

 余計に死にかけているのか、まだまだ余力を残しているのかが見通せない。



 しかし、ライのチマチマした攻撃が功を成したのか、動きが鈍くなり始めた。



「……ガアアアッ」



 ユウの声も心なしか張りがなくなってきている。

 ライはこのタイミングで攻めるべきだと《限界超越》を使った。



 全身が黄色いオーラに包まれ、ライの身体を埋め尽くす。

 それと同時に無限に力が沸いてくるような感覚とまるで何でも出来るようになったかのような万能感を覚える。



「マナミ! 腕を切り落とすからユウを最優先で回復! 定期的に俺にも使ってくれ!」

「わ、わかった!」



 普段の攻撃力と敏捷値なら躱されるだろうが、巨大化した時点で力のみに一点集中していたユウの動きが更に鈍くなったタイミングだ。《限界超越》を最大で使えば腕だけを確実に狙える。



 そんな予感は果たして――



 的中した。



 《縮地》を併用することで残像が出来るほどの速度で肉薄したライが聖剣を一閃させ、気付いた時にはユウの右腕が宙を舞っている。



「グガアアアッ!?」



 ユウの悲痛な叫びが辺りに響くが無視してイサムの剣に飛び付く。



 幸い、ユウはなくなった右腕を押さえて悶絶しているのでマナミによって再生するまでは若干のタイムラグが生まれる。

 その隙に聖剣を鞘に納めてユウの腹に両足を乗せ、イサムの剣を握りこむライ。



 《限界超越》を使えば素のジルを越えるという稀有なステータスのお陰で少しずつ少しずつ抜け始めた剣だったが、そんなことをされれば当然ユウも右腕だけに気をとられていられない。

 無意識にカシュンッ! と爪を出したユウは体を足蹴にして激痛を与えてくる敵に突き刺した。



「ごふぅっ!?」



 背中から胸を貫通し、姿を現した三つの刀身に思わず意識を奪われかけたライは吐血しながらも剣を抜こうと歯を食いしばる。



 しかし、ユウの爪はイサムの剣とは違い、ジルの爪で作られた至高の逸品。筋肉で締められたくらいで抜けなくなるほど切れ味は悪くない。

 それを知ってか、ユウはぐちゃぐちゃと爪を動かし始めた。運良く内臓の一つ二つ、肋骨の何本かで済んでいた被害が肺や他の内臓にまで達し始める。



「ぐぅえあぁがぁっ!?」



 意図せずして苦悶の声が漏れてしまい、力が入らなくなる。

 それと同時に力が抜けきった体は重力に従って地面へと落ちた。



 ズルリと体を貫通していた異物が抜け、地面へと倒れこんだライは【起死回生】によって再生を終えた右腕を振りかぶっているユウと目が合った。

 その瞬間、【明鏡止水】で痛みを無理やりねじ伏せて《縮地》を使用した。地面の上でユウの足を蹴って使った為、先程の早瀬のように肩の肉が地面に擦れ、大分磨り減ったが直撃は避けることが出来た。



「がはああっ、い、いっってえぇぇぇっ……!!」



 【明鏡止水】ですら抑えきれない激痛に少しの間、地面で転がり回っていたライだったが、マナミによって数秒で全回復した。



「クッ、ソがぁっ……!」



 つい肩や胸に触れてしまいながら聖剣を抜き、構えた次の瞬間、今までの比ではない速度でユウが接近してくるのが見えた。

 自分の右腕を飛ばされたことに怒っているようだった。



「ガアアアアアアアッ!!」

 


 が、所詮は多少早くなった程度。

 スキルを使った訳ではなく、ただ感情に任せて突っ込んできただけならば体感ほどの差はない。



 そう感じながらユウの特攻を躱す為、後ろへ下がろうと片足を上げたライの脳裏に電流が走った。

 それはイメージとなり、映像となって……《直感》した。



 戦闘中、刹那的な未来を見ることが出来る《先読み》のように見えた映像はユウの左拳で自分の体が上半身ごと消し飛ぶというもの。

 その映像は確かに《先読み》と似てはいたが、明確な予感となってライの心を蝕んだ。



 (なっ!? 今のは……!?)



 謎の予感に気をとられたほんの一瞬、反応が遅れてしまい、拳の届く範囲に入られた。



 (《縮地》……は足が上がってるから無理っ! なら防御っ……!)



 躱すのは無理だと悟ったライが聖剣を盾にしようと腕を上げた瞬間、ユウの深紅の瞳の光が力を増した気がした。



 爛々と輝いているユウの目と自分の目が合う。



 ライの生存本能が激しく警鐘を鳴らした。



 ――何かヤバい! 何かがっ、何かが来るっ!



 それ以外のことを考える間もなく、【紫電一閃】で電気と化したライは自分が狙いを外し、空や味方へと突っ込んでしまう危険性を完全に無視して後ろへと下がった。



 幸い、数十メートル後方にユウが使っていた避雷針が落ちており、それに引っ張られたライは何とか後退することが出来た。



 逃げ切れた。



 そう感じ、ユウの方を見てみれば……



 ――ズガアアアアアアンッッ!!!



 凄まじい轟音と衝撃がライを襲った。



 ライが立っていた地面やその後方は抉れたかのように真っ直ぐ消し飛んでおり、それを成したものがライに直撃したのだ。



 全身が砕けて無くなったかのような感覚を味わいながら吹っ飛んでいくライだったが、何者かによって直ぐ様その衝撃波から救われた。

 何者かは瞳の光が失われつつあるライを肩に背負うとあまりの衝撃に地面に伏せていたマナミの前へ瞬時に現れる。



「やあ可愛らしいお嬢さん、また会ったね。早速だけど治してくれるかな。勇者君、全身の骨どころか首の骨まで折れてるみたいなんだ」



 あらぬ方向を向いている四肢やごろんと地面に投げ出された、一切力の入っていない首を晒すライを助けたのはこの惨劇を引き起こしたクロウ張本人だった。



 言いたいことや思うことが多すぎて口をパクパクとさせていたマナミはかなり動揺している様子だったが、一先ずライを復活させることを優先したようだ。

 無言で手を向け、【起死回生】を使う。



 十秒ほど掛かって、光を取り戻したライの瞳がクロウを捉えた。

 瞬間、地面に寝転びながらも決して離さなかった聖剣がクロウへと振られる。



 クロウは素早く人差し指を剣先に当て、受け止めた。



「おっと。……驚いたな。まだまだ元気そうじゃないか」



 突然の攻撃に目を丸くさせたクロウに一瞬で飛び起きたライが聖剣を当てようと振り回す。



「貴様あああああぁっ!!」

「こらこら、そんなことしてる場合じゃないだろう? ユウ君を助けたいんじゃ――」

「――どの口が言うッ! お前がッ!! お前があああっ!」

「も~……話にっ……ならないなぁ……折角、ユウ君を救うチャンスなのに……」


 

 先程のユウのようにブンブン聖剣を振り回すライだったが、クロウの一言に剣を止めた。



「ほら、ユウ君を見てみなよ。今のユウ君は完全に無防備。今なら……」



 聖剣を軽々と止めた人差し指でそのままユウの方を指すクロウの視線の先を追ってみれば、確かに左腕が手甲ごとひしゃげており、地面に再生した右手を当てて膝をついているユウの姿が見える。

 現在はマナミの【起死回生】も発動していないので、左腕が即座に元通りになるということもない。



 唯一の武器兼防具と片腕がなくなった。残った三肢は地面につけているから反撃もワンテンポ遅れる。

 まさに千載一遇のチャンスだった。



「さっきの消えない炎と同じように無意識に『風』の属性魔法で壁のようなものを作り出して殴ることで衝撃波を生んだんだろうね。ただ《狂化》しただけの拳、必殺の攻撃を躱されると瞬時に判断しての行動。……学習し始めてるよ。急いだ方が良い」



 今までとは違い、真顔で説明するクロウに「くっ!」と悔しさがつい出てしまったが、ライは急いでユウの元へと向かった。




 ◇ ◇ ◇




 途中、地面に落ちていた避雷針に気付き、何かを思い付いたらしいライが幾つか拾っていくのを見送ったクロウはグサッ! と、音を立てて背中に短剣を突き立ててきたマナミを見やる。



 ぶるぶると震えながらもキッとクロウを睨み付けるマナミ。



「……あはっ、良いねぇ。本当に強い子だ。君みたいな子は徹底的に苛めて上げたくなる……」



 今もなお、突き刺さっている短剣を握りこむ自分の手に触れながらニヤニヤ笑うクロウにマナミは声を張り上げた。



「よくもっ、よくもユウ君を……!」

「痛いなぁ……あはっ、可愛い顔で中々、エグいことをする」

「貴方が……お前がユウ君を魔族にしたっ……! お前さえ居なければ!」

「あらら、つい口が悪くなるほど嫌われちゃったか。……でもね。いずれわかるよ。本当に彼の為の行動なんだ。……僕は……全ての生き物に幸せになってほしいと思ってる。けど、それは無理だってわかってるから。……思い知らされたから。だから……せめて、僕に手が届く範囲で……家族だけでも幸せに、笑っていられるようにしてあげたいんだ」


 

 後衛職とはいえ、異世界人ならではの高いステータスを駆使し、ユウから借りているジルの爪で作られた短剣をぐりぐりと捻る。

 クロウはそれを笑っていたが、徐々に張り付けていた笑みを消し始め、物憂つげな表情へと変化させていった。



「……っ」



 クロウの様子はあまりに儚げで今にも泣きそうで壊れそうで……



 そんな印象を受けたマナミはついたたらを踏んでしまったがそれでも、と続ける。



「……貴方の家族の為にユウ君を利用しようとしているってこと? だとしたらそれはユウ君の為じゃ――」

「――勿論、それもあるよ。けど、ユウ君の為にもなるんだよ。彼が魔族になれば彼にとっても、僕にとってもWin-Winになる。そういう未来を見た」



 言葉を被せてまで語気を強めたクロウにマナミは懐疑的な視線を送る。



「君達にとっては……あんまり良い未来じゃないかもしれないけどね。……いや、特に君にとっては尚更か。……悪いことは言わない、君()あの勇者君とは別れてこっち側に来ると良い。じゃなきゃ君は……」

「っ!?」



 自分が現在進行形で力を入れて奥へ奥へと刺していた短剣を事も無げに抜き、こちらを振り返ってマナミの手を取ってきたクロウはとても真剣な表情と声色をしていた。

 先程までのヘラヘラしたような、にこやかな印象は一切消えている。



「ユウ君に――」

「――絶対にありえない! ユウ君をあんな目に合わせておいて、何を訳わかんないことを!」

「……そう、か。………………なら良い。はいこれ、返すよ」



 クロウは少し顔を下げると、やがて先程までの軽薄そうな笑みを張り付け、マナミの手に短剣を握り込ませてきた。



「……なっ!?」



 何がしたいのか、何を考えているのかが読めないクロウにまた短剣を突き立てようかと思ったが背中の刺し傷が消えていることに絶句する。



 短剣や刺した部分に血痕はあるが傷は……否、服の穴まで消えている。

 こんなことが出来る能力をマナミは一つしか知らない。



「き、【起死回生】……」

「……あはっ。僕はね、何でも出来るんだよ。少し大袈裟かもしれないけど、全てを知り、全ての能力を有している。それが僕。『付き人』のクロウさ」

「そ、それって……」



 クロウの言葉に何を想像したのか、ガタガタ震え始めたマナミだったがクロウは既に今代の再生者を見ていなかった。

 その視線は避雷針を使ってユウを追い詰めるライを追っている。



 だが、やがてマナミが腰を抜かしたようにストンと座り込めば……



 チラリとマナミに目を向け、



「君――ずれ……――ウ君に……――る」



 誰にも聞こえない声でそっと呟いた。





 ◇ ◇ ◇





「ユウ……お前が魔族に試したよな。砂埃程度じゃ俺の電撃は止められないって……」



 バチバチバチィッ! と凄まじい音を立てながら『雷』の属性魔法を命中させていたライはユウに語りかけた。



「グガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」



 『落雷』が直撃し、その驚異を悟ったユウが地面を蹴ることで砂埃と言うには明らかに不相応な規模のものを起こすものの、ライが言ったようにユウ自身がそんなものは意味を成さないと証明しており、当然の如く土煙を貫いてユウに直撃する。



「グッ……ガッ……!」



 プスプスと身体から煙を上げるユウにはライが拾った避雷針が幾つかくっついており、それらがライの攻撃を一心に引っ張ってくれるので、どこを狙っても当たるようになっているのだ。



 ユウが〝粘纏〟を使って傷口を塞ぐ瞬間に避雷針を当て、くっ付けた。



 たったそれだけのことでユウに勝ちの目はなくなってしまった。



 くっ付いて離れない性質の〝粘纏〟を利用した、絶対に離れることがなく、かつ、こちらの攻撃は一方的に当てられるようになるという最悪の一手だ。



 幸い、左腕が使えなくなったことで攻撃も防御もよりおざなりになっており、《縮地》を使わずとも簡単にくっ付けることが出来た。

 後は高威力だが発動に少し時間が掛かる上に命中率の低い『落雷』をバカスカ撃つだけだ。時折、突撃しての殴打を繰り出そうしているが事前の鈍い動作で予測出来る。

 


「実験ってのもあったけど……魔族に妨害は無駄だとわからせるためにやったことが裏目に出たな。お前の得意な心理戦のお陰で俺が思った以上に『雷』の属性魔法が強いってことを理解できた。こういう砂埃が起こっている時、『落雷』は平常時と同じように効果を発揮するか、なんて試したこともなかったからな」

「ガアッ!?」



 黄色いオーラを纏ったライの閃光のような一閃が瞬き、再生した右腕が再び宙を舞う。



「マナミから少しだけ聞いたよ。……俺が聖都に行ってた時、戦争に備えて色んなことをやってくれてたみたいだな」

「ガアアアッ!?」



 両腕を失い、攻撃する手段がなくなったユウに近付き、抜けかけていたイサムの剣を万力のような力を込めて引っ張る。



「けど、俺が遅れたせいで……魔族はお前一人で相手する羽目になって、マナミを背負いながら戦うっていうやり方も早々に潰されて……全部、俺のせいで上手くいかなかったんだよな……」

「グアアアッ!!」



 あまりの激痛にのたうち回り、果てには倒れてしまったユウの腹に足を乗せ、無理やり剣を抜き取った。



 ライはユウの血で真っ赤に染まっているイサムの剣に一瞥をくれると、無造作に投げ捨て、聖剣を構える。

 攻撃する為の構えではなかった。何度かユウの暴走を止めた聖剣の力を発揮させる為の、剣を掲げるような構えだった。



「聖剣……お前ならユウを元に戻せる筈だ。だから、頼むっ……力を貸してくれ……!」



 祈るような言葉と共にライの身体が神々しい光を放ち始め、聖剣も似たような光を帯びる。

 その光は優しくユウを包みだし、暖かい温もりを与え――



「――ダメですっ! 勇者ライ!」



 突如、聖騎士ノアによって中断させられた。



「なっ……ノア、何で邪魔をっ」



 布で縛ってはいるが、未だに血が止まっていない右腕の欠損部を抑えながら《縮地》で近づいてきたようだ。

 痛みと失血によるものか、真っ青な顔をしている。しかし、白く綺麗な瞳は強い意思を帯びていた。



「くっ……そ、それだけは絶対にさせません。例え、世界の救世主足る貴方であってもっ、これまでにないくらい《直感》がこの男は危険だと告げているのです……この男はいずれ我々を……!」

「だけどっ! ユウが魔物になってしまったのは俺のせいなんだ! 俺のっ、俺のせいでっ……全部、俺が不甲斐ないばかりに……!」

「貴方に不甲斐ない点など一切ありませんっ、全てはこの男の脆弱な心が招いたこと。自分勝手に助けを求め、こちらの力が及ばなければ何故助けなかったと宣う……挙げ句には貴重な【電光石火】持ちを殺し、魔王に対抗できる唯一の勇者様まであんな目にっ」



 ノアの目には眼前で全て自分のせいだと嘆くライの姿よりも両腕が半ばから無く、顔は踏み潰され、地面に陥没している早瀬と顔面が溶けて原型を留めていないイサムの姿が写っていた。

 イサムは勇者に相応しい生命力を発揮しており、辛うじて生き延びているようだが、早瀬は既に事切れている。



 魔王討伐こそが世界を平和にもたらすのだと信じて疑わない聖神教の教えにより、強い正義感と使命を植え付けられた聖女と聖騎士の並行職という、世界に二人と存在しない奇跡の少女からすれば現状の時点でユウは生かしておけない人物であり、今のうちに始末するべき人物である。



 また、もう一つノアがどうしてもユウを消したい理由があった。

 それこそが《直感》スキルであり、《直感》が反応しているからこそ、ノアの中では聖神教の教えよりも強い理由となっている。



 《直感》というスキルは全ての事象を()()()()理解出来るようになるもの。

 何となくこうすればこういう未来になると直感出来るし、認知していない死角からの攻撃も何となくわかる。ユウを見たオーク種の魔族、ゲイルが『全てを闇に誘う悪そのもの。悪の権化となる』と予言したようにノアはこれまで見てきたどの人物よりも驚異になりうると《直感》していたのだ。



 しかし、今はまだ成熟しておらず、化け物染みた力を持ってはいるが弱りきっている。

 貴重な人材を二人も潰した人物を殺しきれるこの状況で正義こそが全てであるノアが邪魔をしない筈がなかった。



「っ……ノアっ、君はいつも《直感》が《直感》がって……そればかりじゃないか! 堕ちてしまったといっても俺の親友なんだ……! せめて納得出来る理由を説明してくれ!」

「貴方には《直感》がないからそんなことが言えるのですっ。この男だけは今のうちに始末しておくべきです!」



 しかし。



 ライと聖剣の光を浴びた時点で白目を向いて気絶したユウの前で、数秒無駄にしたのは失敗だった。



 ライからすれば当然の帰結であり、反発。納得も出来ずに親友を見殺しには出来ないし、ちゃんと話し合えばわかる筈だと信じていた。



 ノアからすれば片腕を奪った上に人生最大級に《直感》が反応する〝敵〟を殺せるチャンスに浮き足立っている瞬間であり、例えライの意思を無視してでも殺すと心に決めていた。



 それでも、互いに認められなければ反論や話し合いの為の数秒のロスはしょうがないことだった。



 たかが数秒、されど数秒。



 この数秒さえなければ……否、数秒がなかったところで音もなくユウの前に現れたクロウに対抗する術は皆無に等しかったが、負傷しているノアでも気絶しているユウに一太刀入れることくらいは出来た筈だった。



「お~危ない危ない……君のことをすっかり忘れてたよ聖騎士ちゃん」

「「っ!?」」

「《直感》持ちってのはこれだから嫌なんだよね。変に鋭いからさ」



 気付いた時にはクロウがユウを抱き抱えており、二人が反応する頃にはクロウもユウの姿も消えていた。見ればジルの姿もない。

 若干の時間差をもって、



「仲間割れしてくれてありがとう。いや~……今のは本当に危なかった。僕としたことが危うく全てを無に還すところだったよ……」



 という嫌味の置き土産を残して、二人の姿は消え去ってしまった。



 ライ達は遅れて後悔したがもう遅かった。



 ライは親友を拐われたことに激怒し、未熟な自分に向けて声にならない慟哭を上げた。



 ノアは天から降って湧いた最大のチャンスを逃したことに顔を青ざめさせ、音もなく膝から崩れ落ちた。



 こうして、戦争の最後は呆気なく幕を閉じた。




少し荒いので所々修正するかもです。

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