第6話 憂いと新たな常識
一先ずということで解放された俺達は与えられた個室に通された。
軽く走れそうなくらい広さの割に一人用の机と椅子に簡素なベッドがポツンと置いてあるだけ。
中々寂しい印象を受ける。
見慣れた家電製品もなく、壁や床の材質も馴染みがなければ天井も異様に高く、外国と同じで靴を脱がない造りというのも何だか落ち着かない。
それにこのベッド……二人でも三人でも寝られそうなのは仕様か……?
なんて思いながらそれに腰掛け、一息つく。
「異世界召喚……勇者に魔王……か……」
もう帰れないかもしれない。
一度冷静になってそう考えると、少し悲しい。
別段、仲の良い家族という訳でもなかったが、叱る時は叱り、褒める時は幾らでも褒めてくれる……良く言えば愛情のある家庭、悪く言えば普通の家庭だった。
召喚された国も国だ。
身勝手な理由で別の世界の人間を拉致し、かと思えば号泣して喜び、涙ながらに懇願して同情を煽ってくる神経……
宗教的な観点だから仕方ないとはいえ、忌み嫌われる力を持っていた俺が居たからと捕縛してみたり、挙げ句しれっと殺そうとしてたりと、まあ信用出来ない。
「魔族になるとか言われても今一ピンと来ないしなぁ……」
深い溜め息と共に寝転がり、思わず呻いた。
「……何でベッドが硬いんだよ」
質の悪さは想像してなかった。
ベッドは良いとして、マットレスみたいなのが無駄に硬い。
こんなところで寝ていたら全身が痛くなりそうだ。
「全く……嫌になる」
テレビもパソコンもエアコンもなく、ティッシュやトイレットペーパーすらない世界。
考えれば考えるほど憂鬱だ。
人、建物、家具等から察せられる文明の差。わかっていくごとにげんなりしてくる。
「…………」
わかると言えば……さっき魔王討伐を快諾していたイケメン共はそれが何を意味するのかわかってるのかねぇ。
「王ってことは配下や国がある……例え姿形が人型じゃなかったところで、魔族は何らかのコミュニケーションをしながら生活してる奴等ってこったろ。ならそれは……」
人じゃないのか。
宗教的理由と言われてしまえばそれまでだが……
「はぁ……」
何度目になるのか、深々と溜め息を吐く。
ステータスの中にレベルという項目があった。
ゲーム脳かもしれないが、それがどういうことなのか、何となくわかってしまう。
ここは殺し殺されが常識の世界で、しかし、雷はこの国の奴等を信じたいという。
癒野さんも……あの場では濁していたけど、雷がやりたいことなら手伝いたいとか何とか言って付いてくと思う。
根がお人好しなんだよな。
俺個人としては早々に逃げ出しても良い案件。
逃げたところでどうするのかとかそもそも国から逃亡が可能なのかは置いといて、今のところ良い印象のない国だ。別の視点からの意見も聞きたい。
だが、何より大事な親友達がやりたいことなら……そう思えば俺も癒野さんと同じ意見が浮かんでくる。
雷は勇者だから除外するとして、聞けば癒野さんも何やら特別な能力を授かってるらしい。
対する俺は可もなく不可もなく。精々、職業が珍しい程度とのこと。
となると努力が必要なわけだ。
二人の隣に立つ為、仲間として生きる為の。
「はぁ……でも……嫌だなぁ……」
でもでもだって思考でぐだぐだ考えていると、そのうちメイドがドアをノックしてきたので身を起こす。
「失礼します、お食事の用意が出来たとのことです」
「……今行きます」
ま、雷達の手前、暗殺される心配はない。……多分、きっと、恐らく。
……いや、どうだろう。もう危ない目に遭ってんだよな俺。
「…………」
考えるのは後にしようと立ち上がった俺は迎えのメイドに連れられて歩き出した。
案内されたのはデカい食堂みたいな部屋だった。
石造りの机がずらりと並んでいる、体育館ほどに大きな部屋。
兵士や使用人も利用する場所なのだろう。俺以外の召喚者全員と他にもちらほらと鎧を着た人達が席に着いている。
雷達に手招きされた席で食事をとりつつ、軽く情報を共有する。
内々のグループごとに席自体分けていた為、他の召喚者との合流はなかったものの、幾つか知れた共通点と気付いたことがあった。
先ず、雷と癒野さんのステータスにも俺と同じスキルがあること。
《言語翻訳》、《身体強化》、《感覚強化》、《成長速度上昇》、《鑑定(全)》の五つ。効果は全て言葉通りのもので、誰とでも会話が可能になり、身体能力が向上し、五感が研ぎ澄まされ、全ての成長に補正が掛かり、見た物体に関する情報文を脳内に浮かび上がらせることが出来る。
早速使ってみた鑑定結果やレベルまで同じな点を見るに、異世界人特典みたいなもので、召喚者全員が持ってるんだろう。
後はそれに比べればどうでも良いけど、俺達全員が着の身着のまま召喚されたこと。
雷はチャリがないし、俺と癒野さんは鞄がない。が、俺のポケットには携帯と財布があり、癒野さんはハンカチが入っていた等、その辺からの推測だ。まあだから何だって話なんだが。
それともう一つ。
メイドや兵士を何となく見ていた時に気付いた。
口の動きが明らかに日本語の動きをしていない。
例えば「あ」の母音で途切れた会話。よく見ればこちらの人間の口は「う」の形になってたりする。
今、明らかに口を閉じたような……? という場面でメイドの声が聞こえることもあった。
《言語翻訳》が本当に翻訳であることがわかったわけだ。
こちら側の視点で言えば黒髪黒目、茶髪に茶色の瞳と見た目的にも珍しい外国人が自分達とは違う言語で話している形になる。
「口元……隠した方が良いかもしれないな」
真剣な顔でそう言った俺がバカだったらしい。
「そんなに気にする人居るかなぁ……」
「勇者パーティとかってそのうち有名になりそうだしね。考え過ぎじゃない?」
で、会話が終了した。
一々説明求められるとか変なやっかみがあるかもとか考えないんかっ!
とは言わなかった。
色々あって神経が過敏になってるんだろう。
「参った……スキル使ってるからかな、無駄なことばかりに気が向くし、考えちまう……」
「さっき言ってた脳を高速回転させて並列思考を可能にするってやつか。どんな感覚なんだ?」
「どんなって言われても……こう、本当に脳が増えたみたいな感じ? レベルが低いからか今は二つのことを同時に考えられるな」
「へー……凄いねそれ。マルチタスクが出来るようになるってことでしょ?」
他の召喚者達が自室に戻る中、俺達はいつものように談笑していた。
それが悪かったのか、文化的な差なのか……
一番は時間だろう。
既に日が沈みつつある時間帯だった。
俺達用にと付けられたメイドや執事に怒られてしまった。
日没には就寝し、日の出に起床するのがこの世界の常識だと。
まあテレビどころか街灯も大通りくらいにしかないみたいだし、当然と言えば当然か。
イクシアの王都に限らず、街を出れば魔物も出没するし、夜は活発化する個体も居るし、そもそも態々暗い夜にやらなきゃいけないこともそんなにないしで殆ど世界共通の常識らしい。
ということで二人と別れ、自室に戻る。
少し暗くなった廊下はランプで照らされてはいたものの、日本では先ず見ない建築方式。見慣れないこともあって薄暗いのがとても不気味だった。
広くて長いのもいただけない。音は反響するし、時々鎧や鏡が飾ってあるのも何だかな。
大体距離が長い。階段上がったり、下がったり、歩き回ったりで体感五分以上歩いている。
それをお付きのメイドに愚痴ったところ、「あはは、城ですからねー」と苦笑いされた。
エナと名乗ったそのメイドは栗色の髪の美人さん。
「19歳未婚です!」
とのこと。だから何やねん。
身長はそこそこ。凹凸もそこそこ。腰は細い。右頬に泣き黒子があるのが特徴で、顔立ちには持ち前の天然気質な性格が反映されていて、年上に見えない可愛らしさが前面に出ている。
「可愛い系美人ってよく言われます!」
「いやだから何なんすかさっきから」
挙手して謎アピールを続けるエナさんに変わった話をねだったところ、魔石に魔道具、冒険者、ダンジョンと心を揺さぶられる響きの単語がかなりの割合で飛び出した。
明日以降の予定はと訊けば、魔法やら戦闘訓練やら歴史に現在の世界情勢、種族やら何やらのお勉強だとニヤニヤ顔で言われた。
どうにも明るい性格のようで、人懐っこいというか嫌味のない人間というか……
「もーっ、さっきから目がえっちだよユー君~っ」
気付けばこの口調だった。
年上に敬語で話されるのが嫌だと言ったら途端にこれだ。
指でツンツンしてきたり、かと思えば腕を組もうとしてきたり……露骨過ぎて引く。the・陽キャ感にも引く。ライ達とも違うタイプで何とも眩しい。そして鬱陶しい。
「……じゃ、あざっした。おやすみなさいっす」
「無反応!? しかも何かウザそうっ!」
ツッコミも無視して扉を閉めようとしたら、ガッと足を挟まれて止められ、心境的に複雑な戦いが始まる。
「おや、すみ、なさいっ……すっ……!」
「ねぇ止めよっ? わかってるんでしょっ? 他の人は仲良くやってる頃だよ多分っ」
「知るかっ、半分くらいは確実に断ってるわっ、日本の若者を馬鹿にし過ぎだろっ」
「これが私達のお仕事なのっ……だからこれ開けてっ、ね? ほらっ、お姉さんがリードしたげるからっ……!」
そういうことがメインなのは何となくわかってた。雷と癒野さんに付いてたのも美人メイドとイケメン執事だったしな。
さっきの食堂でも互いに付けられた従僕を見て苦笑いした。何ならちょっと気まずかったから無駄話で現実逃避してたわけだし。
「純情そうなのに粘るねっ……良いのっ? 私、こう見えて初めてだよっ?」
「初めてでリードって何すかっ……あれかっ、清楚系ギャルみたいなっ?」
女にしてはやたら強い力で引かれるドアを何とか維持していると、途中で急に力を抜かれ、つんのめって木製のそれにごっつんこする羽目になった。
「いってぇ……」
「あはははっ、ごめんちょっ!」
「……仮にも客の扱いが雑なんだよなぁ」
「それが私クオリティ! 悪いけど慣れてね!」
涙目で額を押さえてたら普通に入られ、身構える。
「えへへ、大丈夫だよぉっ、もう手ぇ出したりしないからさー」
「信用出来るかっ」
両手を手刀にし、ウル◯ラマンポーズで一挙手一投足を注視していると、小悪魔的含み笑いをふにゃっと崩して困り顔に変えられた。
が、油断はしない。この人は仕事だから責めんが、こういう手を殺そうとした相手にすら使って見せるこの国の図々しさが許せん。
「…………」
「……っ」
至近距離かつ無言でじーっと目を見つめられ、流石に気恥ずかしさを感じた次の瞬間だった。
「慣れは必要だよ、どんなことでもね。例えば……こういうこととかっ!」
と、エナさんが動いたのは。
気付いた時には心臓に悪い浮遊感と共に視界が変わっていた。
「へっ?」
間抜けな声を上げてから状況を理解する。
エナさんに全身を持ち上げられている。
所謂、お姫様抱っこというやつで。それも軽々と。
「へっ、は? あれっ?」
間抜けな声再び。
身長差は十センチ以上。体重だって下手すれば三十キロ近く違う。腕の太さなんて半分くらいじゃなかろうか。
にも拘わらず、エナさんは平然としていた。
俺に比べれば随分と華奢な体格で、筋肉もない筈なのに。
ニヤニヤとまた意地の悪い笑顔を向けてくる余裕まである始末。
「ステータス。……ユー君達の世界ではあり得ないんでしょ? 私とユー君とで才能とか成長力とかまあ色々と差はあるけどさ。これがレベルの差だよ。異世界人のユー君達なら私くらいあっという間に追い抜いてくと思うけど……よいしょっと」
「うわっ!?」
今度はひょいっと投げられた。
硬いベッドに背中から落ち、何度かバウンドした後、口をあんぐりと開けて今体験したことを脳に刻む。
よくよく意識すると、膝裏と脇に触れられたような感触が残っていた。
膝カックンで体勢を崩した後、普通に脇掴んで浮かされたらしい。
「痛くなかった?」
「……はい」
あまりの現実に、震えた声しか返せない。
いざ身を以て教えられると怖いものがあった。
向こうはただのメイドで、性別だって違うのにレベルやステータスに差があるだけでこんなにも違うものなのかと戦慄するようだった。
そして、遅れてエナさんの意図を察する。
ここまで圧倒的に身体能力に差があるのなら、さっきの押し問答は演技。
「私という人間を知ってほしい」というコミュニケーションの裏で、言外に「やろうと思えばどうとでも出来るんだよ?」と釘を刺された。
「ふふっ、良かったっ」
まるで屈託のない笑顔も少し怖い。
嫌味な部分や何らかの裏があるようには見えない。
純粋に好意で「こういうこともあるよ、こういう世界なんだよ」と教えてくれたような顔。
けど、こうも強引じゃあな。
「あ、上には専属になったって言っとくからよろしくね」
「え? あ、はい」
適当に返事してからハッと気付く。
専属メイド、専属執事というのはこの世界で言う特別な従僕のことと聞いた。
今後は俺専属……「これからは私一人で面倒を見てあげる。代わりに、上からや他の人からはそういう目で見られるよ、やったねっ」と、まあそういう意味の発言だ。
俺は何とも言えない顔で金のマークを作り、首を傾げた。
「お、わかってるじゃん? 勿論、もしユー君がしたいって言うなら付き合うよ? けど、出世してくれないんなら何も知らないお子ちゃまはちょっと……って感じかな。お薬とか魔法とか対処は幾らでも出来るし。玉の輿玉の輿~っ♪」
「元の世界じゃ成人もしてない子供に何て生々しい話するんだこの人……」
ドン引きである。
というかやっぱり内心ではガキ扱いか。いやまあたった今赤子同然に遊ばれたけども。
「へっへーんっ、こっちでは15で成人だもーんっ、郷に入っては郷に従えって言うでしょ~っ?」
乾いた笑み以外何も返せなかった。
脳内の方ではまだ驚愕が残っているのか、状況にそぐわない下らない感想や予想が過る。
てかこのサイン通じるんかい。そして何で日本のことわざを知って……あぁ、似たような言葉が俺達用に言語化されたのか?
と。
対するエナさんは俺が固まっている間に、「んじゃまた明日ね! ばいばいっ、おやすみ!」なんて言いたいことだけ言ってしゅばっと姿を消してしまった。
ドアは閉めてて、開きすらしてない。部屋には人一人が隠れられるようなスペースもない。一体どうやって出ていったんだか。
「いや忍者かっ。そして元気かっ」
俺のツッコミは今度こそ虚しく部屋に響いた。




