第69話 絶望と悲しみと……
すいません、遅れました。
前半はユウ視点、ライ視点を挟んでラストはジル視点になります。また、グロいシーンがあるので食事中の方等はご注意ください。
「あはっ……あはははははっ！ クックック……クゥハハハハハハッ！」
俺は高笑いをしていた。
殺したくて仕方がなかったイケメン(笑)の顔面を握り潰そうと力を込めながら手甲を赤熱化させ、今も尚苦しみを与えてやっていること。
遺言として「この人殺しが」とか何とかほざいた早瀬の頭を踏み潰してやったことに対して。
「雑魚が！ 勝てねぇ奴を敵に回すからそうなんだよ！ ハハハハハッ！」
宣言通り、真正面から正々堂々と三人を負かしてやった。
代わりに今も尚、腹を貫通している剣があるが、興奮しているせいか、さっきの拷問のせいか痛みは気にならない。
「ぁ……あ……ぁがっ……！ あぁ……あ……ぁっ……」
イケメン(笑)は大小漏らしながらビクンビクン痙攣しているところを見ると、生きているような気もするがもう何も出来まい。
何の負荷もストレスもなくなったからか、最高の気分だ。
増殖し、加速している十近い思考の内、半分くらいは発狂していて何も出来ないが、芯……主人格とも言える思考が無事なんだ。いずれ治るだろう。
後は身体を異物が貫通しているとじわじわ感じさせてくるこの剣を抜けばマナミに治してもらえる。
万事解決だ。
「く、くくっ、ククククッ……ははは……！ ごほっ……くっ、笑いが止まらねぇなぁ……！」
俺は吐血しながら笑った。
魔族も殺した。オークキングも全滅し、居なくなった。
戦争はその内、終わる。
俺達の勝利だ。
その上、俺に最もストレスを与えていたクソ野郎は殺した。
残った勇者もこのまま握り潰せる。
あぁ……何て支配感と高揚感……！ ライや援軍の助けを得たとはいえ、俺が戦争を終わらせたんだ……俺が全員ぶっ殺したんだ……！
――まさに最高の……最っ高の気分だ！
しかし。
高笑いを続ける俺を他所にマナミの前へ移動する奴が居た。
金色の聖剣に金色の鎧と金色の鉢がね……ライだ。
ライは俺の凶行に恐れをなしたような表情をしながらマナミの前に移動し、聖剣を構えた。
多分、さっきの反応と同じように咄嗟のものだったんだろう。
俺が視界の端でそれを捉え、視線を向けた瞬間、ビクッと肩を震わせながらも聖剣を俺に向けたのも。
だが、俺はその咄嗟の……如何にもつい、つい出てしまったという反応が許せなかった。
「あ？ ……お、おい……何だよ……ライ……その、反応は……」
怒りだけでなく、黒い……そう、それはまるで絶望という感情をそのまま乗せたような俺の声にライは酷く狼狽した。
「え？ え……あ、……ち、違うっ……！ 違うんだユウ！ そんなつもり……俺は！ 俺はただマナミをっ……！」
ライ自身、自分がどのような動きをし、俺と目が合った瞬間、どのような反応をしたのか、自覚がなかったようだ。
だからこそ、余計に。
深層心理で俺をどんな目で見ているのかが強く理解できた。
「……ぇ？ ぁ……うあ………あ………お、俺、お前の為に……死ぬ思いして……と、友達……だろ……？ な、なあライっ……！ 俺達友達だろ！？ な、何だよそれ……」
高笑いから一転二転……焦燥、絶望へと顔色を変化させた俺は手から反応の無くなったイケメン(笑)を離し、地面に落とすとライに近付いた。
「と、友達だと思ってるさ！ け、けどお前っ、角が……！」
グニャリと視界が……世界が歪んだような気がした。
こいつは何を言っているのだろうか？
友達だと思ってるなら……角が生えたから何だよ……？
俺がマナミに危害を加えるって……そう思ったってことか……？
……………………
……………………………………
…………………………………………………………。
「ふ……ふざ……ける……なよ……？ お前……お、俺が……そんなこと……する筈――」
「――く、来るな！ それ以上は……！」
歪み続ける世界の中、放心したように歩き始めた俺にライは震えながらも剣を構え、警告してきた。
それ以上ということは後一歩でも近付いたら攻撃する、と、そういうことだろう。
事実、ライからは恐怖と……敵意が感じられる。
ライの後ろに居るマナミはライに対しての疑念と俺を気遣うような感情を混ぜた顔で固まっていたが、俺はそれどころではなかった。
「ぁ……？ ………ぅ……あ………な、何だよ…………何……なんだよっ………………何なんだよお前ッ！！」
「「っ！？」」
「俺がお前に何をしたッ！？ マナミに敵意を向けたか！？ お前を本気で殺そうとでもしたか！？」
言っていて俺が二人に殺気を向けたことと矛盾しているのはわかった。
でも止まらなかった。
「何なんだよ……本当にっ……何なんだよお前ぇ……！ クソっ……俺は……俺はなりたくて魔族になった訳じゃっ……！」
再び俺の目から大粒の涙が溢れ、頬を伝っていく。
「ゆ、ユウ君っ……ライ君！ 今すぐ剣を下ろして！ 何でユウ君に剣を向けるの！？」
「ち、違っ、マナミっ、これ……は……！」
「剣を下ろしなさい！ ユウ君は貴方の親友でしょ！？ 兄弟同然に育ってきたんだって言ってたのに……！ 何でっ！」
「違うんだマナミ！ これは……！ これには訳が！」
「訳じゃないッ！ 良いから、下ろしてって言ってるの！！」
マナミが俺を見て、悲痛そうな顔で泣き始め、ライに止めろとしがみついた。
俺と同じように涙をボロボロと流しながら。言い訳をするライに平手打ちやパンチで抗議しながら。
「ぁ……あ…………ぁ……あぁ………あ……！」
最早、何も感じなかった身体から……また〝闇〟の気配が漏れだした。
「っ！？ ゆ、ユウッ！」
「ユウ君……！ 駄目っ……ら、ライ君の馬鹿！ 貴方、ユウ君に何をしたのか本当にわかってるの！？ このっ……！ …………ユウ君！ 駄目っ、駄目だよ！ これ以上は止めて！」
全身から力が抜け、地面に両膝をついた俺は両手をだらんとさせ、上を向いていた。
腹を貫いている剣の先端が地面に当たり、倒れることはなかったが俺の血で染まった刀身が身体から出てくる。
いきなり座り込んだ俺にマナミが嗚咽しながら抱きついてきた。
しかし、俺は何の反応も出来なかった。
魔族になっているのに魔族化と同じ兆候が来たことに驚いたのもあるが、人間だった時のそれとは比べ物にならないほど強いものだったからだ。
『あはっ……言っただろユウ君。勇者君によって〝悪魔〟になるって……可哀想に…………ふふっ、魔族化ってのは負の感情の爆発がトリガーになるんだ。魔族になったから負の感情の爆発がもう何の意味もないなんて……そんなことはないんだよ』
何処からかクロウさんの声が聞こえてきた。
目の前に居るようで遠くから話し掛けられているような……
耳元で囁れているようで脳内に直接語りかけているような……
「ユウ君！ 駄目ぇ！ ユウ君！ ユウ君っ！」
「や、止めるんだマナミ！ ユウから……ユウから離れろ！ ユウはっ、もう……！」
マナミが泣きながら必死の表情で俺の肩を揺さぶり、話し掛けてくる。
ライが魔族の気配をより濃密にさせ始めている俺から離れれてくれとマナミに懇願しているような声が聞こえる。
しかし、それらは全てクロウさんの声で掻き消されていく。
『竜王の一人娘ちゃん……ジルちゃんには僕から説明しておいた。前に言っただろう？ これから君には災難や絶望が待ち受けているけど、それを乗り越えれば幸せがあるって。君がそうなる未来を見せたんだ。だから……彼女は止めに来ないよ。……君はもう僕達の仲間なんだ。その絶望と深い悲しみを受け入れ、認めるんだ。自分は魔族なんだって……』
朦朧とする意識の中で、「あぁ……だからジル様はクロウさんとの戦いを止めて俺を助けに来てくれたのか」と思った。
恐らく、俺が完全に狂う前にジル様に助けを促して、絶望する俺を魔族化させたんだ。
クロウさんは俺が食われていたことを知っていた。その上で止めなかった。俺が魔族化するほどの負の感情の爆発を待っていた……
――つまり……この人が……こいつがっ！ 全ての元凶ッ！！
『あはっ、怖い怖い……でも怒っちゃ駄目だよ。怒りってのは負の感情なんだ。こいつを殴りたい、殺してやりたいって気持ちは魔族化に拍車を掛ける。君はこれ以上、魔族に……いや、化け物にはなりたくないんだろう？ あはっ、あはははははっ！』
――俺が……ッ！ 俺がどんな思いでっ！ こいつッ！！
「ユウ君っ、ユウ君っ！ 駄目っ、だ、め……だよ……！ ユウ君は優しくて強くて……人を守ろうとする凄い人なのにっ、何で……！」
「ま、マナミ！ これ以上は何か不味い！ ユウはもう手遅れだ！ 離れよう！」
「煩い！ ライ君は今まで暴れてきただけでしょ！？ 私が絡まれてた時も助けてくれたのはユウ君だよ！ 貴方はただ理由を作って人に暴力を振るってきただけ！ ライ君の妹だって暴漢に襲われそうになった時に守ってくれたのはユウ君で、ライ君はその人を殴ってただけだって言ってたじゃない！」
「ち、違っ……こ、こんな時に何を言ってるんだマナミ！」
「このわからず屋ぁっ！ ……あ、あぁ、ユウ君っ……ユウ君が……」
マナミが俺を抱き締めながら強くライを責めてくれているのがわかる。
だが……それもクロウさんの声で消えていく。
『あはははは！ 良いねぇ、可愛いねぇ……！ こういう子は本当に好みなんだよ！ 人を信じて疑わず、ユウ君っ、ユウ君って必死にしがみついてさぁ！ あはははっ！』
挑発だとわかっているのにこの化け物に憎悪と憎しみが溢れてくる。
『ん～……実に好みだ……！ 襲っちゃおうかな～？ 勇者君の彼女らしいけど……寝取っちゃおうか実に悩むよ……知ってるかい？ 薬やテクニック、環境や心理状態次第で、女の子ってのは結構従順になるんだよ？ 監禁して縛り付けて躾けて……あはっ、どんな風に鳴くのかが楽しみだなぁ……！』
ブチン、と何かが切れる音がした。
何かが額から飛び出た気がした。
生温かい何かが頭から……目から飛び散ったような感じがした。
「グ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーッッ！！！！」
俺はどこまでも続く黒い世界に……〝闇〟に飲まれた。
◇ ◇ ◇
ユウの姿が魔物に……いや、ユウが魔物になった。
そう感じた。
獣のような慟哭と共にユウの額を突き破って出てきたもう一本の黒い角と生えていた角から大量の血が飛び散った。
真っ赤な瞳から赤黒い液体が漏れ始めた。
全身の黒ずんだ皮膚の色が一層濃くなり、メキメキと嫌な音を立てながら巨大になっていった。
――あ、あの姿は……
「お？ ……あらぁ、オーガじゃないか。あはっ、角の大きさ的にゴブリンかと思ったけど、人の姿のままだからおかしいと思ったんだよね～。まさかゲイルを越える逸材とは……良いね良いね～……鬼人状態だったってことだもんねぇ……あは、あはははっ！」
ユウの姿とダンジョンで見かけた魔物の姿を重ねていた俺の耳にジルさんと戦っていた綺麗で不気味な人――ユウがクロウさんとか呼んでいた奴の声が届いた。
目を向ければ少し後ろ、ジルさんの近くで腕を組んでニヤニヤと笑っている姿が見える。
しかし、構っている暇はない。
俺は《縮地》で移動すると、夥しい量の赤い液体で身体を深紅に染めたユウとマナミの間に聖剣を挟み、マナミを抱き締めて後退した。
「いやああああっ！ 離して！ ユウ君がっ！ ユウ君がああっ！」
「くっ、ゴメン、マナミ……レナ！ マナミを頼む！」
「ライ殿……貴方は……！ わ、わかった！ 今は貴殿に任せる！ だが、先程のご友人への態度！ あれではご友人が……っ！ ……いやっ、後で文句は言わせてもらうからな！」
「……つっ……勇者……ライ……だから危険……だと……」
ユウがグレンさんの部下っぽい人と早瀬を殺し、イサム君を瀕死に追いやった時、俺と同様に呆然と見つめていた砂漠の国の姫騎士、レナにマナミを引き渡し、抑えるよう頼む。
後ろには気絶から目を覚ましたらしいノアも居るが片腕を失った彼女が戦えるとは思えない。俺はそのまま二人を後ろに下がらせた。
「誰か援護出来る奴は手伝ってくれ！ ユウを止める！」
聖剣を構え、ミサキ達に声を掛けたが反応はなかった。
周りを見渡せばミサキ達だけじゃなく、アカリやリュウ、トモヨまでもが呆然としている。
「アアアアアアアッ！！」
視線を戻すと、みるみる内に三メートルを越える巨体へと変化したユウが雄叫びを上げながら拳を振り回していた。
もう助けを求める猶予はないらしい。
皆、ユウの変貌に脳がついていけてない……！
――ならっ……俺一人でやるしかない！
「ユウ！ 俺がお前を止める！」
自動MP回復に近いスキルを多用し、同時に魔力回復薬を飲み干す。
幾分か魔力を回復させた俺はそんな決意を胸に鑑定スキルで『ブラックオーガ(変異種)』と表示されたユウの前に立ちはだかった。
◇ ◇ ◇
「おい……おい！ クロウ、とか言ったな！ ゆ、ユウは……本当に大丈夫なんだろうな！？」
「ん～……多分？」
「ぶっ殺すぞテメェ……！」
「あはっ、それが出来るのなら何故さっき殺さなかったのかな？」
オレは最早、ユウの原形を何一つ留めていない黒いオーガの姿に堪らずといった様子で近くに居たクロウに話しかけた。
奴がニコニコとふざけた面を晒しながらほざきやがったから剣を抜こうとしたが、奴の最後の台詞に黙ってしまった。
「僕はああなるって教えたし、この先の未来も見せた。あの殺しあいも中々楽しかったけど僕の目的とは違うからね。戦いたがりの君には悪いけど、さっき戦闘中に見せたじゃないか」
「……あぁ。だが、オレはあいつが……ユウが食われてるのを見て……」
そう、奴はオレと戦闘中に奴が見たという未来を見せてきた。
どういうスキルでどうやって見せてきたのかはわからないが、《心眼》スキルはユウと……何より、『あいつ』の為だと伝えてきた。
ユウはその未来の中で見たことのない奴等や今の顔見知りの何人かと本当に幸せそうに笑っていた。
今みたいに生きたまま食われたりしない限りは無表情で居続けるユウじゃなかった。
ユウはオレと出会った当初は笑ったり、ふざけたりして余裕があった。恐らく、元来は結構ふざけて周りを笑わせようとするタイプの性格だったんだ。
けど……ここ最近のあいつは笑うこともふざけることもなかった。余裕が無くなっていたんだろう。
「僕とのダンスを中断してまで助けに行ったね。あの狂った剣聖と同一人物とは思えない行動だ」
「……あ、あいつは……本当に……」
「あくまで多分、だよ。頑張れば無理やり出来なくはないけど、それを成すのはユウ君自身だ。僕はただ、それを補助するだけ」
これまでにない真剣な表情で勇者とユウの戦いを見るクロウはオレから心配や同情という感情を読み取ったらしく、こちらにチラリと視線を送ると少しだけ目を細めた。
「……ユウに何かしてたのは？」
「あら、バレてた？ ん～とね～……まあ、それもちょっとした補助かな。魔族化ってのは殆どの人生で一度もない、本っ当に希少な経験なんだ。僕はそれを何回か体験したからわかるんだけどね、魔族化はトリガーとなった負の感情が強ければ強いほど、身体が強靭になるんだよ。だから、ちょっとだけ後押しさせてもらった。やり方は褒められたものじゃないけどね。けど……これは言わばユウ君の為の行動。彼は自分の凡庸な才能やステータスで悩んでいたようだったからね。戦闘センスや純粋な適応能力はかなりのものだけど、それだけじゃ生き残れない世界だってのもわかってたみたいだし？」
……嘘じゃない。奴の心は本当にユウの為だと思い込んでいる。
「でも何か意外だね。ユウ君とあの可愛いお嬢さんはただの友人同士だと思っていたけど……日本に居た頃は少し違った関係だったのかな。相思相愛だった二人の間に勇者君が割り込んだ？ ん～……それにしては幾つか不可解な点が……」
疑問を浮かべながら思案するクロウ。
こんな状況なのに平然としているところがまたムカつく野郎だ。
「まあ、どうでも良いか。大方、少なからず互いを想っていたところがあったってくらいだろうし」
「ユウ……」
「そう言えば君も……」
無視してユウのことを見ていると、クロウはオレの方へ疑問の矛先を向けてきた。
「……………あはっ。何だ、既にモテモテじゃないか。後は耐えるだけ。勇者君のお手並み拝見といこうじゃないか」
しかし、それも直ぐに霧散した。
オレは努めて無視を続け、勇者を注視しながら剣に触れる。いつでも止められるように。
「大丈夫。オーガの相手には慣れているようだし、彼も止めたいだけらしいからね。大人しくしてもらったら、また干渉させてもらうけど」
「……クソ、オレはこんな奴の言うことを鵜呑みにして……」
「こんなとは失礼だね～。ここまで美しく優雅で何より凛々しい男はどこを探してもあんまり居ないよ？ めっちゃ強いしね！ あはははっ！」
見せられた未来が本当とは限らない。
変えられる未来の場合もあるし、幻惑の類いの可能性もある。《心眼》スキルも本人がそう思い込んでいる場合なら事実とは異なるとしても意味を成さない。
だが……それでもオレはユウが笑えていたあの光景が……
「おおぅ……まさかの無視……傷付くなぁ……。……それにしても勇者君も罪な男だねぇ。まるで主人公みたい……ああいう偽善者っぽい感じ、元来陰キャな僕は嫌いだなぁ……」
「……何が言いたい」
自分の行動が本当に正しかったのか、ユウの為になっているか……
そう悩んでいると、クロウはまたブツブツと話し始めた。
独り言というか人と話したり、言葉を発するのが好きなんだろう。
「君もユウ君の心を読んだんならわかるだろう？ ユウ君は勇者君を心のどこかで敵と認識していても親友だから、兄弟……いや、家族だからって心から信用していたんだよ」
それは……わかった。
ユウの心は基本的に「ライならこうする」、「ライならこう思う」みたいな思考で埋め尽くされている。時々、マナミとかいう女のことも考えたりする辺り、二人はユウにとってかけがえのない存在ということだ。
「加えてさっきの反応。オークに食われた時より、勇者君に拒絶されたことに対する絶望の方が強かった。魔族化して落ち着いた後、更に魔物になるまで堕ち続けたのが何よりの証拠だ」
「…………」
「ユウ君は勇者君のことを大事に思っていた。けど、勇者君はユウ君ほど深く思ってはいなかった。……普通なら些細な違いだけど、悲しかったんだろうね……」
勇者の反応もわからなくもない。
友人だと、親友だと思っている奴から角が生え、禍々しい気配を駄々漏れにし、挙げ句には顔見知りを目の前で惨殺したんだ。
咄嗟に大切な人を守ろうとするのも理解出来る……けど、それはユウからすればとても許せないことで……悲しいことで……辛いことで……。
心底からの信頼を裏切られるというのはある意味、下手な拷問を受けるよりも強い絶望だろう。
「けど、この国に帰ってくる前に何かあったみたいだし、それがなければここまで拗れることはなかったんじゃないかな。勇者君ももう少し、ユウ君を信用していただろうし」
クロウはそう言うと、真剣な表情でユウ達を見始めた。
もう話す気はないらしい。
一方、クロウの発言でオレの脳裏に浮かぶのはユウが勇者と喧嘩をした時のこと。
オレに「少し監督兼護衛お願いします。……えっと、率直に言えば、ライ達の腕を見たいんでダンジョンまで来てくれますか？」と、不安そうで悲しそうで憤慨を多少含んだ心で頼んできたユウの表情は心に渦巻く複雑な感情を表していた。
心の中で「ライなら……大丈夫、俺達は親友なんだから……」、「ヒビくらいで何だ、バリバリに割れたって俺達は修復してきた。だから……」と必死に思い込んでいた。
ここに来て、その時の喧嘩で生じたらしい友情や信頼……いや、絆のヒビが大きくなり、音を立てて完璧に崩れ去ったんだろう。
恐らく……そういうことだ。
「グアアアアアアッ！！」
「くっ、ユウ！ もう止めてくれ！ お前はそんな奴じゃっ……魔物なんかじゃない！ ユウッ！ 正気に戻ってくれ……！」
ユウの大振りの拳を《縮地》、《空歩》で躱し、説得を続ける勇者。
しかし、ユウは咆哮を上げて暴れるばかりだ。【電光石火】持ちの盗賊のガキを負かした時、足が変な方向に曲がっていた筈だが一切、足を気にする素振りがない。身体自体が変質したから傷が消えたか、興奮のし過ぎで気にしていないかのどちらかだろう。
狙いもクソもないが直撃したら即死か半死には免れないであろう殴打の連続に勇者は中々近付けずに居る。
しかし、長らくユウの面倒を見ていたオレからすれば動きにすらユウの面影がないことに虚しさを覚えてしまう。
幾ら腹に剣が刺さったままと言っても元来のユウの俊敏さは失われ、力に振り回されているだけの印象だ。
勇者の方も少しずつ豪腕だけに気を付ければ良いとユウの動きに慣れ始めている。
魔族化どころか殆ど魔物と化してしまったユウを見ていると、手遅れだとは思っても自分の判断が本当に正しかったのかと強く思う。
――オレがこいつを……クロウを止めなかったからユウは……。
ユウは正気に戻れるんだろうか？ 本当にクロウとか名乗るこいつを信用して良いのだろうか？
百年前と姿どころか性別すら違うのに何故こいつだと……ガキだったオレの目の前で親や兄弟を笑いながら食い殺したあの時の女や魔王に喧嘩を売りに行った時、門番のように魔王の側に控えていた大男と同一人物だと《直感》したのか。
こいつと出会ってから疑念が尽きない。
オレが本気で殺しに掛かったのに笑いながら完封しやがったことといい、本当に何者なんだろうか？
そんなことを考えている場合ではないとわかっている筈なのにオレはクロウと名乗った、容姿も年齢も性別も出会う度にコロコロ変わる謎の『付き人』を見やる。
「……悲しいなぁ」
何を思っているのか、何を考えているのかはわからなかった。
ただクロウは先程のオレ達のように涙を流しながら拳と剣を交える二人を見て、静かに涙を流していた。
《執筆》スキルと時間が欲しいと思う今日この頃。
