第68話 早瀬視点
グロいシーンがあるので食事中の方等はご注意ください。
俺とあいつ……黒堂が出会ったのは高一の頃だった。
中学の頃から噂になっていた稲光雷とかいう電気みたいな名前のイケメン野郎とクラスで話していたのを見かけたのはよく覚えている。
170と少ししかない身長の俺からすれば180を越えるタッパーのあいつは少し目障りだった。
でけぇし、睨んでくるし、今時アニメなんかを見てるキモオタだし……クラスの奴等が距離をとるのもわかる程度には嫌いだった。
だてらしいが眼鏡越しでも伝わってくる目付きの悪さに、最初は同類かと思ったがクラスに何人かは必ず居るキモオタ共の会話に普通に混ざっているのを見て、心底軽蔑したもんだ。
つっても、そん時の俺はクラスのキモくて気に食わない奴よりも保健室でサボってた時に見かけた癒野愛美というお下げ髪の優しそうな女に釘付けで視界に入るキモい奴くらいにしか思ってなかったが。
偶然だった。
別のクラスの女が顔色を悪くして保健室に入ってきたのを見たのは。
どうやら運動が苦手で体育の途中でバテたらしい。
だが、そんなことはどうでも良かった。
ああいう汚れを知らない、真っ白とでも言うべき無知そうな女は好みだった。俺好みの色に染め上げたいと思った。
それから癒野……いや、マナミを見かける度にアプローチを掛けた。
最初は学校の図書室で、次はマナミの教室で、あるいは登下校中に、休日は居そうな町の図書館や本屋なんかを探し回り、事あるごとに話し掛けた。
あいつが邪魔するようになってきたのは……初対面だったからか、俺にビビってたマナミも徐々に俺に慣れ始め、顔に染まる感情が恐怖から嫌悪に変わった頃……だろうか。
恐怖から嫌悪へ、やがて好意へと顔色を変えていく。
そんなやり方が好きだった俺は今までの女のように真面目そうなマナミに声を掛けていたんだが、壁ドンで逃げ道を無くし、マナミを口説いていたある時、あいつ……黒堂が話し掛けてきた。
「もし……二人はそういう関係なのか? それなら何も言わないけど……その子は嫌がっているように見えるな」
初めてあいつとまともに会話した。
「あ? うるせーよ、関係ねーだろ失せろカス」
「……ん~……やれやれ。こういうのは俺の役割じゃないんだけどな……」
初めて同級生にビビった。
あいつがやったのは……何のことはない。
ただ眼鏡を外して、制服の上着を脱ぎ、身体をいつでも動かせるようにして、胸ぐらを掴んできただけ。
「よし、喧嘩しようぜ。それが一番手っ取り早い」
俺はあいつの言ったことの意味とあいつの訳のわからない思考、片手で俺を引きずり寄せたあいつの腕力。
何より、心底楽しそうに笑いながら喧嘩を求めるその顔に……ビビった。
――……は? 喧嘩? いきなり何だこいつ。頭、イカれてんのか? えっ? てか何だこの状況。何で胸ぐら掴まれ……え?
いきなりの出来事に思考が止まった。
「何だ、しないのか? 見た目的に喧嘩とか好きそうだと思ったんだけど……」
俺は完全に固まりながらも黒堂が空いていた左手で俺のマナミに逃げるよう促していたのは見えていた。
喧嘩をしたがっていた割には冷静に逃がそうとしていたんだ。
「ひうっ……ご、ごめんなさい!」
「あっ、コラ癒野!」
「…………何か今、俺にビビってなかった? 普通に傷付いたんだけど……」
ダッシュで逃げたマナミを追おうとしたが、何かぶつぶつ言う黒堂に捕まっていた俺は走ることも出来なかった。
「テメェ、やんのかコラ! 邪魔しやがって! 正義の味方ってか!? ああんっ!?」
「おっふ。モノホンのヤンキーに至近距離で怒鳴られると思った以上にビビる件。グレートだぜ、こいつぁ……」
頭に来た俺は黒堂の胸ぐらを掴み返し、下から突き上げるように睨みつけた。
そんな俺に対し、黒堂は目を丸くして、本当に驚いたような顔でまた訳のわからないことを言っていた。
「あ? 何訳わかんねぇこ――」
「――優! こんなところに居たっ、の……か? 何だこの状況。君は確かクラスメイトの早瀬君……? ……優、何があった」
そして、そこへ稲光が駆けつけ、事情を聞かれ、解散し……大事にはならなかったが、代わりに二人がマナミに引っ付くようになった。
いや、稲光に関しては通り魔事件を解決したとか迷子を救ったとかであんまり見かけなかったが、黒堂は常にマナミの隣に居座るようになった。
何回か黒堂を無視して話し掛けてもマナミは目付きは悪くても守ってくれる優しい同級生の後ろに隠れ、まるで俺が悪いかのような態度をとってきた。
黒堂はいつの間にか、マナミの信頼を勝ち取っていたらしい。
黒堂に邪魔されてから数日後、廊下で偶々マナミを見かけた俺は再び口説いたんだが、黒堂がまたどこからともなく現れ、胸ぐらを掴んできたことがあった。
マナミは「こ、怖い人にモテるフェロモンでも出てるの私……?」と若干ずれたことを言っていたが、その時も稲光が来て……今度はこっちから退散したんだっけか。
その後にでもマナミと親睦を深めたんだろう。
「ねぇ黒堂君、今日も一緒に帰ろ? 黒堂君が勧めてくれたアニメ見たんだよっ、面白くて一気見しちゃった。あははっ」
と、俺には見せたことのない笑顔で黒堂に話し掛けるのを目撃した。
「あら、そんなに刺さったか。ん~……癒野さんにはどっちかと言うと、ラノベとかの方がオススメなんだけどな。読書好きだろ?」
「好きだけど……折角だから黒堂君と同じものを見たいかな~って……えへへっ……」
「……好みじゃないのが惜しいくらいの美少女がSAN値をガリガリ削ってくる件について」
「え? 何か言った?」
「い、いや、何も……」
「ん~? 変な黒堂君~」
少し頬を赤く染めながら話す二人はまるで恋人みたいだった。
俺が先に唾を付けた女なのに。
後もう少しであの綺麗な身体をものに出来たのに……
俺を理由にして仲良くなりやがって……!
俺はその日を境に、黒堂をキモくて気に食わない嫌いな奴からキモくてウザくてぶっ殺したい奴へと意識を変えた。
稲光ならまだわかる。あいつは顔も良いし、運動も勉強も何でも出来る。運動と腕っぷしだけの俺と違って人助けを進んでする、誰からも好かれる奴だ。
だが、黒堂はどうだ? あいつはただ稲光とダチってだけだ。幼馴染みだか何だか知らないが稲光とずっと一緒に居るだけの臆病者……
「どうせ、稲光が人助けしてる時、お前はゲームでもしてたんだろ? 稲光と一緒に事件に首を突っ込む癖にお前の話は聞いたことがねーもんなぁ。目付きが悪いだけのキモオタが調子こいてんじゃ――」
「――はいはい、俺の負けで良いからもう良いだろ? しつこいんだよ毎日。俺はこの後、雷や癒野さんと映画を見る約束が……」
「ああ!? 何だその態度っ! あの女は俺のもんだ! さもテメェの女みてぇにイチャコラしやがってクソがっ!」
「……はぁ。本当にしつこいな。お前の妄想はどうでも良いんだって。帰らせてくれ鬱陶しい」
一年最後の春休み前の時だった。
あれから毎日のように絡んだり、クラスの仲良い奴等とキモオタ野郎を笑ってやっていたある日。
執拗なまでに絡む俺達に痺れを切らし、話し掛ける度に心底嫌そうな顔で面倒そうに返事をするようになっていたある日だ。
「は? マジ意味わかんないんだけど。早瀬の女に手ぇ出しといて鬱陶しいって何なのキモオタ。本当、キモい。死ねば?」
「ギャハハハ! お前、辛辣! 幾ら事実でも言って良いことと悪いことがあるんだぜ~? ヒャハハハハハ!」
「全く……俺に逆らって良いのか? クラスの奴だけじゃなく学校中に言い触らしてやっても良いんだぞ? ああ?」
黒堂はこういう時、いつも「雷は何やってんだよ……俺ん時だけいっつも放置しやがって……あぁ、ムカつく……」とか何とかぶつぶつ言いながら帰っていくんだが、その日は違った。
「……お前さ、癒野さんのことが好きなのはわかったけど、カッコ悪いぞ? ストーカーに脅迫、挙げ句には力で言うことを聞かせようとして、別の男が近付いたら仲間作って虐めとか……キモいのはどっちだよ」
帰り支度を済ませ、鞄を持った黒堂は珍しく反論してきたんだ。
「は? 虐め? あはははっ! バカ! バカ過ぎる! キモオタってキモいだけじゃなくバカなんだ! あはははは! マジ死ねば良いのに!」
「早瀬がキモい? 何言ってんだお前。お洒落しまくってるこいつと常に寝癖でボサボサの髪に何の着飾りもしない上に眼鏡でオタクアピールしてるお前。頭沸いてんじゃねーの?」
俺と仲の良い男女のダチは盛大に馬鹿にしていたが、俺は違った。
こんなキモオタに……人のものを勝手に奪っていったこんな奴に……キモいだと? 関係ねーくせに……! 俺が……俺がキモい? ……はぁ? こんな、こんな奴に……っ!
完全に頭に来ていた俺はつい黒堂の胸ぐらを掴み、無言で睨みつけてしまった。
「え? ち、ちょっと早瀬、やる気……? あ、あはは……が、ガッコーで、流血沙汰は……ま、不味くない?」
「お、おい早瀬、こんなところで暴力は……やるなら誰も見てないとこでやらねーと俺らがやべぇよ」
庇ってくれていた二人はキレている俺に狼狽していたが俺が負けるとは思ってない様子だった。
対して黒堂は初めて喧嘩を売ってやった日と違い、真顔でこっちを見下ろしていた。
「……何だ、今日はやるのか?」
「調子乗ってんじゃねーぞカス! マジぶっ殺すぞテメー!」
「……はぁ。面倒臭いなぁ…………誰か先生呼んできてくれないか? あっ、後、雷か癒野さんの知り合いが居たら俺がこんな状況になってるって伝え――」
「――無視してんじゃねぇっ!」
面倒。
あいつは確かにぶちギレている俺にそう言った。
お前なんか取るに足らないレベルの低い相手だと、鬱陶しい虫程度だとそう言ったんだ。
だから俺は殴った。アッパー気味のパンチを入れてやった。
しかし、黒堂は俺が殴ってくるのがわかっていたようだ。
何故なら自分の胸ポケットに差しているシャーペンの先端で俺の拳をガードしていたのだから。
「っ!? あ、あぁ……あああああっ!? い、いてぇ!? いってえええぇっ!!」
「うわぁ、痛そ~……血ぃ出ちゃってる……うへぇ……」
黒堂は至って冷静だった。冷静に俺にダメージを残す防御をしやがった。
お陰で俺の右手は血まみれだ。めちゃくちゃ痛いし、力が入らない。
「せ、先生……先生呼ばないと! 行こっ!」
「ヤバ……あいつらマジかよ……」
「し、信じられない……」
「ち、ちょっ、ちょっと……や、ヤバくない!? マジヤバくない!?」
「は、早瀬、だ、大丈夫かよ!?」
「大丈夫な訳ねぇだろクソがっ! いてぇ……いてぇよぉっ……!」
「……あ、やべっ、俺のシャーペンちゃん壊れてる。うわぁ……これ弁償してもらえんのかな……」
突然の流血事件に騒然とするクラスの奴等やダチ二人を他所に俺は黒堂の横っ腹に蹴りを放った。
「このっ、死ねええっ!」
「そんくらいじゃ人は死なねぇよっと」
黒堂は俺の蹴りを肘で受け止めた。
黒堂の方は平然としていたが、ちょうど脛に直撃した俺は無事じゃない。
「ああああっ!? またっ! い、いてぇっ……!! て、テメェ汚ねーぞ! 正々堂々勝負しろコラぁっ!」
「三対一、別のクラスの奴がたまに入ることも入れれば五対一くらいで毎日絡んできて、反論されたらいきなり殴ってくる犯罪者予備軍(笑)の言うことじゃないな」
「ああ!? 何意味わかんねーこと抜かしてんだ! 死ねよ!」
「……お前、そればっかだな。お前らみたいのを五月の蝿って言うんだよ。ブンブンブンブン五月蝿いったらありゃあしねぇ。……お? 自分で言っといて何だけど、今の上手くね? 自画自賛していくぅっ」
「っんの野郎ッ!」
余裕でふざけまくる黒堂と痛みと怒りで余裕のない俺。
今思うと、かなり危ない顔をしていたんだろうな。マジで殺すって思ってたし。
結果は稲光が乱入し、俺をボッコボコにして解決。悪いのは俺で正しいのは稲光。そういうことになった。
けど、俺は見ていた。
稲光がいきなり現れ、「テメェ、俺の親友に何してんだ!」と、俺の腹に蹴りを入れたその時、黒堂がニタァと口角を上げた、薄気味悪い顔して拳を構えていたのを。
あいつは最初から俺を相手にしていなかった。ただ俺を殴りたかったから……ただ喧嘩がしたかったから俺の邪魔をしていた。そう感じた。
じゃなきゃ稲光の乱入に驚きながらもつまらなそうに拳をポケットに入れたりはしないだろう。
だから……異世界に召喚され、黒堂が危険人物だと教わった時も特別疑問は浮かばなかった。
あいつが命の掛かった本当の殺しあいを楽しんでるのを見ても「やっぱりか」としか思わなかった。
暴走したら魔族になるんだか何だか知らないが、こいつはいずれ味方をも殺そうとするんじゃないか。
そんな疑問が頭から離れなかった。
だから親友になったイサムと一緒に何度も絡んだ。あいつが怒って暴力で訴えてくれば正当防衛で殺せる。そう考えたからだ。
幸い、イサムは勇者だし、俺は最強の固有スキル所持者。
『闇魔法の使い手』であり、殺しあいを楽しむ化け物なんかを殺したところで正義はこちらにある。
俺に少しだけマナミを奪われたことに対する恨みがあったとしても相手は死んで当然、存在自体が間違っている奴だ。殺して何が悪いというのか。
そう思い、何度も何度も絡んでやった。
けど、全て返り討ちにされた。
今度はつまらなそうに、本当にウザそうに、鬱陶しそうに……
俺は世界で最も強い固有スキルを持っているのに。
強力な武器さえあればあの蜥蜴女にだって勝てるのに。
最初にやらされた筋トレと戦闘訓練、巨蟲大森林とかいう森でのレベル上げ、ダンジョンでのレベル上げ……
俺はずっと頑張ってきた。全ては黒堂を殺す為、マナミを稲光から取り戻す為に。
何で最強の固有スキルを持った俺がこんなに努力したのに勝てないのか、全くわからない。
あいつはただ強い武器を持ってるだけじゃないか。地竜の時は気絶させられたから知らないが、気付いたら助かってたんだ。どうせ何か汚い手でも使ったに違いない。
イサムと俺で一緒に攻撃した時はレベルが低かったから負けたが、今では俺達の方がレベルも高いし、稲光を含めたあいつらのパーティでも辿り着けなかったダンジョンの深層までクリアしている。
だから負ける筈がないんだ。なのに……
――な、何だよこれ……俺が何したって言うんだ……ただ生意気で目障りで気色悪い黒堂の野郎をぶっ殺そうとしただけなのに……何で……
俺は魔族になった黒堂にやられて顔と両腕の感覚が無くなったこと、俺やイサムに比べれば圧倒的弱者の筈の黒堂に正面から負けたという事実を受け入れられずにいた。
◇ ◇ ◇
戦争が始まり、イサムや稲光無しでは勝てないと踏んだ俺が荷物をまとめ、トンズラしようとしていた時のことだ。
黒堂がイクシアの兵共に演説をしているのが見えた。
他の召喚者達が走っている姿が見えた。
どこまでバカなんだと思った。
あんな雑魚共に構っている暇があれば波のようにうねっている気持ち悪いオークの群れから逃げれば良いのにと。
だが、いざ奴等が前線に出ればどうだろう。
押し負けていたイクシア側は勢いを取り戻し、異世界人……主に黒堂の活躍によって、一気に形勢が変わっていった。
何故か逃げずに遠目から食い入るように様子を窺っていた俺はもう一つのことに気付いた。
黒堂が部下にしていたという二百人くらいの騎士達だ。
『黒鬼隊』とか呼ばれていた奴等は騎士らしからぬ軽装で逃げ回る部隊とひたすら攻撃だけに特化した部隊に分けられ、二対一程度でオーク達を殲滅していた。
一人が避け、大振りを誘った瞬間に後ろから首に一刀浴びせ、別の標的に近付く。
単純だが、処理は早かった。少なくとも魔物相手に苦戦して、四対一くらいでも時間が掛かっていた他の兵達に比べれば。
流石に一撃で死ぬほど、オーク達も弱くはないが首が落ちかけてるか、血が止まらなくなっているから半狂乱になっていて、距離さえとれば勝手に死ぬか、仲間を巻き込んで自滅していた。
確かにあの錯乱状態じゃ、無理に殺そうとする必要はない。他の騎士達は鎧とか重い装備をしてるから防御力はあっても移動も攻撃速度も遅く、オークの攻撃を態々受け止める奴ばっかで怪我人も多数出ていたからな。
餓死寸前のオークをわざと半殺しにして錯乱させ、同士討ちを狙う。
一回か二回切りつけて後退すれば良いのだから、自分達は最小限の動きと疲労だけで済む。……黒堂らしい汚い戦法だ。
更に奴等は囮役と攻撃役を交代で行っているようだった。よく見ると、お互いの武器や立ち位置を逆転させている。
多分、同じ危険を共有することで仲間達との連携をとりやすくしたり、疲れやストレスを平等にさせるのが目的。
他の騎士も交代で休憩しているようだったが、攻撃と防御と魔法の行使と一人でやることが多すぎる。
『黒鬼隊』に関しては戦争が始まってからかなり経った辺りから半数が即座に後退し、十分ほど休憩をとって、残った半数と交代を繰り返していた。動きは遅くなっていたものの、確かな実績を上げ続けている。
「黒堂、黒堂、黒堂……皆、あいつのことばかり……! あんな横取り野郎のどこがっ……!」
俺はそれを横目に呪詛に近い独り言を吐きながら魔族らしいオーク目掛けて走っていた。
黒堂が良い感じに魔族の注意を引き付けている今なら……世界最速の俺なら、確実に殺れると考えたからだ。
「騎士とは思えぬやり方だが……コクドー殿の指導は正しかったか!」
「戦争時であろうと正々堂々に拘ろうとしていた我々が青かったようですな!」
槍を持った騎士と魔法を放つ老騎士が一人でオーク達を相手にしていたが、無視して走り続けた。
そして、辿り着く。
黒堂の本気らしい右拳を斧で受け止め、無防備に背中を晒す魔族の元へ。
そこから……ここから俺の人生が始まると思った。
戦争を終わらせた英雄として、敵の総大将を討ち取った男としての人生が。
しかし、現実は違った。
剣を首の半分……いや、骨の半ばまで食い込ませてやったのに魔族は死ななかったし、その後は確実に殺してやろうと弱らせるつもりで痛ぶってやっていたが、付けても付けても魔族の傷は消えていった。
挙げ句には無視だ。魔族は致命傷を与える脅威である俺を完全に無視し、黒堂やいつの間にか来ていた稲光すら俺を無視しやがった。
何度やっても無駄だと悟った俺は再び距離をとって、チャンスを待った。
稲光と二人ががりなら倒せるかもしれないし、倒せなかったところで致命的な隙は生まれる筈だと。
だが、二人は魔族を倒してしまった。
かなり苦戦していた様子だったが連携して魔族を殺したんだ。
狡い、汚い、またお前らか……と色々なことを思ったけど……俺はイサムの存在を忘れていた。
見事聖剣に認められたらしいイサムが《縮地》で黒堂を串刺しにした瞬間、俺は最高の笑みを浮かべながらイサムの元へと走った。
イサムの援護をし、黒堂を確実に殺す為だ。
その結果が……
◇ ◇ ◇
――これかよ……
魔族になった黒堂にいきなり燃やされ、死にたいとすら思うような地獄を味わった俺は訳のわからない理屈で治された。
三対一かつ正面から俺達を倒すと宣言され、復活させられた。
そして、イサムや割り込んできた騎士っぽい謎の男と共に黒堂へ襲い掛かり……負けた。
最初は上手く事が進んでいた。
俺とイサムの最強のコンビネーションであの黒堂を弄んでいたんだ。
ウザくて目障りで殺したかった黒堂の顔を殴り、腹に蹴りを入れ、剣で腕を切り裂き……最高の気分だった。
手も足も出ない……いや、出せない様子の奴に勝ったと思った。このまま何も出来ず俺達に殺されるのだと。
だが、黒堂は俺やイサムにやられながら無理やり身体を動かして、騎士を半殺しにし、地面に蹴りを入れて俺を……
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
イサムの絶叫が聞こえる。
あいつもやられたようだ。
――……普通、血が滲むほど殴られたり、蹴られたりして顔色一つ変えない奴が居るとか思わねぇよ……
――肉が見えるほど、身体の至るところを斬られてるのに笑っていられねぇ……よ……
――あぁ……あのオークの魔族が言ってたな……
――こいつは悪の権化になるって。
――もう既に化け物だ。人なんかじゃない。
深くそう思っていると、黒堂の高笑いが聞こえた。
『殺そうとするってことは殺される覚悟があるってことだ。同様に喧嘩を売るってことは買われる覚悟があるってこと。……意味はわかるよな?』。
ふと……日本に居た頃、黒堂がそんな感じのことを言っていたのを思い出す。
当時は厨二野郎と笑って終わりだったが今はわかる。
――けど……だからって……これはないだろ……
互いに嫌っていたとはいえ、タメの顔見知りを……
――は……はは……俺はそもそも間違っていたのかもしれないな……
――人を平然と殺して……人の顔面を擂り潰して両腕を躊躇いなく切り落として……
意識が朦朧としているせいか、何も感じなくなっちまったせいでイサムが何をされたのかはわからないが心の底からの絶叫なのはわかる。
それだけ痛い思いをさせられているということだ。
――化け物……いや、悪魔だ。
喧嘩なんか売るんじゃなかった。
「こ、ころっ……ひろごろひ……あ……!」
顔も手も抵抗する力も無くなった俺に出来た最後のことはただ恨み言を吐く……それだけだった。
次の瞬間、グキャァッ! という何か潰れるような音がして。
俺は死んだ。




