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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第2章 戦争編
67/334

第67話 人殺し

お待たせいたしました。

今週から再開です。(2話しか書けなかったとか言えない……)


例によって、グロいシーンやエグイシーンがあるので食事中の方等はご注意ください。



「ギャアアアアアッ!? 熱っ、熱いいいいっ!」

「何だよこれっ! 何だよこれえええっ!?」

「…………」

「ど、どうすればっ……な、何か叩くもの……あっマント! ミサキ! 上着か何かで叩くんだ!」

「わ、わかったわ! やってみ……キャッ! そ、そんなっ……」

「くっ……な、何で、こんな……」



 紫色の火だるまになっている二人を感情を感じさせない表情で見つめるユウと、一先ず火を消すべく上着やマント等で二人を叩くライ達。

 しかし、紫の火が一瞬にして燃え移り、咄嗟に手離してしまう。



 ライの魔力が尽きていることもあり、『水』の属性魔法を使える者がトモヨしか居ないという状況なのだが、そのトモヨは目の前の光景に驚きながらも目を逸らしている。



 ()()()()のだ。

 ユウが暴走する原因となったに等しい早瀬とイサムを。



 自分がされた訳ではないとはいえ、ユウが今までされてきた数々の仕打ちを考えればトモヨの判断も一概に悪いとは言い切れないだろう。



「トモヨっ……ま、マナミ!」

「二人とも! 今はボケッとしてる場合じゃないでしょ!? 手を貸しなさいよ!」

「…………」



 また、同じくマナミも即座に行動を起こしたライやミサキとは違い、黙って燃える二人を見ていた。

 トモヨとは違い、『水』の属性魔法は付与する程度しか使えないマナミだが、【起死回生】すら発動させない素振りに『悪い奴でも死ななければならない生き物なんか居ない!』というタイプの思考のライとミサキが声を張り上げる。



「マナミ! 【起死回生】を使ってくれ! このままじゃあいつらは本当に死んでしまう! だからっ――」

「――ねぇ。……ライ君はどっちの味方なの? さっきは殺すとか言ってたのに……いざ死にそうになると、親友を殺そうとした相手でも助けるの?」

「トモヨ! あんた、見捨てるの!? 確かにこの二人は最低最悪の屑男達だけど、こんなのっ――」

「――言ったでしょ。私は黒堂君のパーティに居たいの。黒堂君が嫌がることは極力しない。それに、今もギャーギャー喚いてるそこの二人は殺されても当然のことをやったのよ? 何でそんな相手を助けようとするのか、私には理解出来ないわ」

「「っ!?」」



 マナミはどっち付かずのライの態度に疑念を抱いており、トモヨは死んで当然の相手だと突き放した。

 二人からすれば信じられないマナミとトモヨの反応に、思わずリュウやアカリ、シズカの方へと視線を向ける。



 しかし、残った三人も同じように見捨てるつもりのようだった。



「ライはユウとあいつらであいつらを選ぶんだね? ふーん……流石、勇者様はお優しいことで」

「ライ様とミサキ様は……どこまで主様のお気持ちを無視するおつもりなのですか?」

「ふえっ……黒堂さん、確実に天光士君達を殺すつもりですぅ……こんな、黒い感情……初めて…………」



 リュウはいきなり発火した二人に怯えていたが、ライとミサキが咄嗟にとった行動で逆に冷静になり、アカリはユウの視点で考えてみろと抗議の視線を送り、シズカに至っては感じ取ったユウの感情に恐れをなし、敵対も助太刀もしない、いわば傍観者の立場をとるようだった。

 


「「ああああああああっ!?」」



 そんなやり取りの中でも全身が燃えている二人はもがき苦しんでいる。



 ライ達はジルと共にマナミの護衛に当たっていたグレンにも助けを求めるが、



「すまないが俺は魔法はからっきしだ。そして、こんな状況になったからこそ、国を守らなければならない立場にある俺は態々コクドーと敵対しようとは思わないし、思えない。……すまないな」



 と、今もなお絶叫する二人を哀れそうな目で見ているだけだ。

 


 傍らでは気絶しているノアを寝かせた後、『風』の属性魔法で強い風を一瞬だけ起こし、火を消そうとする砂漠の国の姫――レナの姿が見えるが、やはり何度消そうと火は再発火するようだ。既に数回、消火直後に再発火している。

 しかし、それでもレナは諦めずに魔法を使用して消火活動に当たっている。初対面の筈の二人を助けようと努力する姿からは彼女が正義に生きる人間なのだということが伝わってくるようだった。



「お前らはそいつに人殺しをしろって言ってんだぞ、わかってんのか?」



 今まで黙って一部始終を見ていたジルがレナに視線を向けつつ、声を発した。

 ジルが何を言っているのかがわからず混乱するライとミサキはどういうことだとジルを睨み付けた。



「見ろ。何度やっても消えねぇ。ありゃあユウの『火』の属性魔法の火種に《闇魔法》の〝闇〟。……それのくっついて離れねぇっていう性質が混ざった火だ。だから消えねぇでずっと纏わり付いてる。灰になるまで燃え続けるであろう奴等を治せたあ、テメェらも中々イカれてるな」

「な、何を……」

「で、でも治さないと二人が死んじゃうじゃない!」

「だがそんなことをすれば精神は死ぬぞ? ユウがどんな目にあって魔族になったのか、もう忘れたようだな」

「っ……!」

「そ、それでもっ……」



 二人は自分達の行動を鼻で笑ったジル相手では埒が明かないと考えたのか、燃やした張本人に声を掛け始めた。



「ユウ! もう止めてくれ! 気は済んだろ!? 全身大火傷の大怪我だ! 殺すにしたって、何もあんな惨い殺し方……!」

「ちょっとユウ! あんたいつまで燃やしてんのよ!? 早く消しなさい! あのままじゃ本当に死ぬわよ!?」



 だが、ユウの返答は冷酷だった。



「……黙れ。俺は助けてくれなかったくせにあいつらは助けるなんて絶対に許さねぇぞライ……それに、俺は殺すって思っただけで態々火炙りにしてやろうなんざ考えてない。何であんなことになったかもわからないし、消し方も知らん。だが、もし本当に〝闇〟……いや、〝粘纏〟の性質を持った火ならどの道、俺でも消せないってことだ。黙ってあいつらが死ぬのを見てろ」



 納得はしなくとも、ライの心からの謝罪に答える為にライも頑張っていたんだと必死に思い込んで許そうとした自分を再び裏切るようなライの行動に敵意を抱くユウだったが、その瞬間、イサムから金色の輝きが漏れ始めた。



「熱い熱い熱いぃっ……痛い……痛いよおっ! ……クっ……ソおおおっ! し、死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるかああああっ!! こんなところでぇっ! こんな死に方ぁ! 絶対に嫌だあああああああっ!!!」



 地面でゴロゴロと回転して苦しんでいたイサムは両手で頭を抑えるとそう叫び、光の中に消えた。



 少しすると、光が消え、中からイサムの姿が露になる。



 服は殆ど燃え尽き、鎧や籠手、脚甲は原形がわからないほど溶け、全身の肉は焼き爛れているか灰になっていたが、火は消えていた。



「……【唯我独尊】か」



 スキルの効果を消す【唯我独尊】で〝粘纏〟の性質を消し、ただの火となったそれを地面の砂で消火したのだろう。

 それを看破したユウが左の爪を向け、止めを刺そうと近付いた瞬間、何者かがユウの後ろから現れ、剣を突きだした。



「死ねえぇぃっ! 薄汚い魔族があっ!」



 駄々漏れの殺気に気付いていたユウはイサムに向けた爪をそのまま裏拳気味に振り切り、何者かを殴り飛ばした。



「ぐふぉぉっ!?」



 数メートル以上軽く吹っ飛んだ人物は数秒だけ蹲ると、剣を杖代わりに立ち上がった。

 しかし、足は震えており、ユウの一撃が効いているのは一目瞭然だった。



「なっ!? き、貴様、アルゴか!?」



 その人物を見て驚いたのはグレンだ。

 失踪していた自分の元部下が突如現れたのだから当然とも言えるが、暴走してしまった『闇魔法の使い手』を態々煽るような行動の方に驚いているのだろう。



「ぐ、軍団長……見損ないました、人類の敵である魔族の存在を容認するなんてっ……ましてや勇者様を殺害しようとしたこんな醜い魔族を……!」

「貴様っ……! コクドーが暴走したのも我々の責任でもあるのだぞ!? それを――」

「――暴走したのなら即座に殺すべきです! 魔族になる可能性があるから優遇していたのでしょう!? 魔族に堕ちた今ならば!」

「ただでさえこの戦争で疲弊したイクシアにまだ戦乱を呼び込むつもりか! 人族の時点で俺を越えている男だぞ!? 誰を敵に回そうとしているのかわかっているか貴様!」


 

 フラフラと今にも倒れそうになりながらもグレンに抗議する、以前ユウに突っ掛かってきた騎士――アルゴは再び剣を握り、ユウへと向けた。

 対するユウは、



「はぁっはぁっはぁっ……! き、消えた……助かった……? っ、シュン! 僕はどうやって火を……ゆ、【唯我独尊】か! 消えっ、ろおっ! ……よしっ、消えた! ……くっ……い、痛い……熱い……『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』! クソ、何で治らないっ!? こんなっ、『ヒール』ッ!」



 【唯我独尊】の効果範囲内に居た早瀬にくっついてる紫の火の〝粘纏〟の性質を消した後、決死の表情で回復魔法を自分に掛け続けるイサムを見つめており、突然の襲撃者には全く意に介していない。



「貴様っ……どこまで私を侮辱すれば気が済むのだ! 私は! 私は貴族だぞ!? 平民どころか存在そのものがゴミ以下の魔族の分際でぇ……!!」

「止めろアルゴ! さもなくばお前を国家反逆、転覆罪の罪で俺が今ここで処刑する! 今すぐその剣を下ろせっ!」



 顔を真っ赤にしてわなわなと震えるアルゴとこれ以上イクシアに危険を呼び込みたくないグレン。



 反応はないが、最早呼吸して胸を上下させているだけの早瀬と全身の大火傷に泣きながら「殺してやる……! 勇者であるこの僕をこんな目にぃ……!」と殺意を滾らせるイサム。



 それらを見渡したユウはマナミに声を掛けた。



「マナミ。あいつらを全員治してやってくれ」



 意図のわからないユウの願いにマナミは「……え?」と聞き返すが、ユウは「治してやってくれ」と続ける。



「ユウ! わ、わかってくれたか!」

「な、何よっ、あんたも良いところあるじゃない! マナミ、早く治してあげて!」

「……二人共、本当にっ………………ユウ君、い、良いの? あの人達は……」

「良い。どうせ殺す」

「「「「「……は?」」」」」



 その場に居る全員がユウの口から発せられた言葉に混乱し、絶句した。



「こいつらは俺を殺したい。俺もムカつくこいつらをぶっ殺したい……だが、弱ってる今の状態で殺してもこいつらは汚いとか狡いとかで俺を認めようとしないからな。だから【起死回生】で完全に復活したこいつらを正面から完膚無きまでに叩き潰す。……それなら何の言い訳も出来ねぇ。自分(テメェ)は雑魚で屑で薄汚い魔族の俺にすら劣る劣等種だってことを理解しながら死んでいくんだ。……最高の死に方だろう?」

「「「「「……………………」」」」」



 自己満足とも言えるその理論に呆気にとられる全員だったが、マナミは「……わかった」と頷くと同時に【起死回生】を使い、三人を復活させた。



 髪や服は当然塵となり、指や耳だけでなく顔まで溶けていた二人の姿は直ぐ様元に戻った。アルゴの方も曲がっていた腰が真っ直ぐになっている点からダメージが抜け去ったことがわかる。

 三者は一様に憎悪に駆られた表情でユウを見ており、今にも斬りかかりそうな雰囲気だ。



「こ、黒堂……テメェ……! 絶対に殺すっ! テメェだけは許さねぇ! 強者である俺様に歯向かいやがって! 一年の頃もそうだったよな!? 尽く俺様の邪魔ばっかり……! 引導を渡してやる! 俺がこの手でテメェをぶっ殺す! 俺様を回復させたこと、後悔するんだな!」

「この屑野郎……! 僕からは何も言わないぞ……ただ殺す! お前だけは絶対にっ! それだけだ!」

「【電光石火】持ちの異世界人と勇者を助けるとは……やはり人間ではないようだな。だが、とち狂った判断をしてくれたことは感謝してやる。精々、無様に足掻くんだな」



 好き勝手宣う三人だったが、早瀬が【電光石火】でユウの顔面にパンチを叩き込んだのを機に殺しあいが始まった。



 早瀬が反応出来ない速度で殴るか蹴り、ダメージで硬直させた瞬間に離脱して【唯我独尊】で追えなくor攻撃出来なくする。

 端から見れば、ユウは一方的にやられている。反撃しようと思っても目の前には既に早瀬はおらず、【唯我独尊】を使われているからスキルの使用も出来ない。攻撃を受けている間ならばスキルの使用は出来るが残念ながらユウには戦闘に関するスキルがほぼない。



 出来ることと言ったら痛みに悶絶する瞬間だけ凄まじい速度で思考を回転させるか《金剛》で一発だけ耐えるくらいであり、それらも攻撃役がイサムに代わった途端に打ち切られるので本当に何も出来ないのだ。



 【電光石火】と【唯我独尊】の息の合ったヒット&アウェイのコンビネーション。

 単純だが、それ故に強い。



 これまでの鬱憤を晴らすかのように二人で交代しながら《縮地》等でユウを翻弄するイサムも腐っても勇者ということだろう。

 アルゴも最初はユウを圧倒する二人に固唾を飲んでいたが、どのタイミングでどういう動きをするのかを直ぐに理解し、イサムと同じように《縮地》を使って攻撃に加わり始める。



「くひゃひゃひゃっ! どうしたよ魔族! 手も足も出ねーじゃねーか! 気持ち悪ぃ見た目しやがって! 俺様達をよくもあんな目に合わせてくれたな!」

「おら! 痛いか!? 僕達はもっと痛かった! もっと熱かったんだ! 覚悟しろ! 楽には死なせないからな! っはははは!」

「流石、勇者様と【電光石火】持ち! こうも貴様を弄べるとはな!」

「つっ……」

「……コクドー! 俺も加勢する! アルゴだけでも――」

「ゆ、ユウ! 止めろお前ら! 三対一で汚いぞ! 俺も――」

「――ぐっ、……邪魔するな。お前らも゛っ……っく……死にたい、のか?」

「「っ!?」」



 助太刀をしようと一歩前に出たグレンとライに対し、殴られ、蹴られ、斬られながらも殺気を飛ばし、牽制するユウ。

 やられてはいるがあくまで殺すつもりのようだ。



 周囲は未だにオークやイクシア軍とその他両軍が戦争を続けているにも関わらず、この殺しあいの空間だけは一切関係ないらしく、オークだけでなく、兵達も近付いてこない。

 「こんな時に何を!」と思わなくもないが邪魔してユウ達を怒らせるような真似はしたくないのだろう。



「くひゃっ! 何が死にたいのか、だ! 死にてーのはテメェだろうが!」

「馬鹿が! 現実と妄想の区別も付かないのか! どこまでも恥ずかしい奴だな!」

「平民風情が図に乗るからそうな――」



 ――ザンッ!



 異世界人二人は最後まで言えたが、アルゴだけは途中で中断させられた。



 早瀬が鼻っ面を殴り、ユウが固まった瞬間にイサムが腹を切りつけ……最後にアルゴが剣を向けてユウに肉薄した瞬間、魔粒子ジェットで無理やり身体を動かしたユウに剣を持った右腕を斬り飛ばされたのだ。



「――へ? ……ぁ……あ……あぁっ! う、腕が! 私の腕がああっ!?」

「こ、こいつ無理やり動きやがった! 痛くねぇのか!?」

「…………」

「このっ、化け物がッ!」



 当然痛みはある。

 しかし、生きたまま喰われるのに比べれば大した痛みではなく、スキル無しでも耐えられる程度のダメージだったのだ。



 そんなユウにイサムが突撃し、アルゴが後ろへ下がる時間を稼ぐ。



 ステータスに頼ったような素人臭い攻撃ではあるが、《限界超越》まで使われたら一対一でもユウは手を出せない。

 それでも無駄な動きの多いイサムの動きを注視しながら最小限の動きとダメージで捌いていく。



 大振りだが完全に避けきると次の攻防に回れないと判断すれば薄皮一枚をくれてやるつもりで肉の皮だけ斬らせ、後ろへ下がりながら首を捻って刺突を躱し、頬に大きい横線が入る。

 返す刃で胴体に狙いを定められたので魔粒子ジェットで身体を浮かせ、空中で身体を横にするような形で避ける。当然、空いている片手を向けられ、属性魔法を飛ばされるがその時には既に空中にはおらず、地面へと着地している。



 ユウはイサムが魔法を撃った瞬間、一気に後退する。

 ついでと言わんばかりに上半身だけ先に後ろへ下がるような形で滞空しながら左腕を振り、



「うっ、うぅっ腕が……! 私の腕――」



 ――ザァンッ!



 今も尚絶叫を続けるアルゴの、喉元だけに当たるよう斬撃を飛ばし、見事的中させておくのも忘れない。



「――ガッ!? かひゅっ、かっ……」



 腕は無くなり、喉を一気に裂かれたアルゴは白目を向きながら倒れた。

 ピクピクと痙攣している辺り、生かされたらしい。



「血が足りなくなるのが先か、痛みで死ぬのが先か、息が出来なくて死ぬのが先か……どれだろうな?」



 全身に青アザや生々しい切り傷を作りながらも顔色一つ変えることなく三人の内、一人を瀕死に追いやったユウは続けた。



「なあ。お前の弱点を教えてやろうか早瀬」

「は? 弱点? な、何言って――」

「――確かにお前はめちゃくちゃ早い。けどな、お前は人間だ。それが弱点。お前は足で地面の上を移動する人間だから俺に負けるんだ」

「いきなり何をほざいてんだこの人殺しがぁっ!」



 初めてイサムとのヒット&アウェイ戦法に対応され、動揺していた早瀬はユウに剣を向け、走り出した。



「人間だからこうやって足場が不安定になれば……」



 そう言いながら、足を振り上げ――



「はっ! 僕がお前の後ろに回っていたのに気付かなかったのか!? 《狂化》は使えないんだよこのノロマが!」



 ――地面に突き刺す。



 後ろではイサムが何やら喚いていたが気にせず地面に蹴りを入れた。



 ユウは人族の時点で《狂化》を使わずとも五千を越える攻撃力を持っていたのだ。

 イサムが《狂化》して何かする筈だと考えようが地面になら、あまり関係ない。



 地竜騒ぎの時の崖崩しの一撃並みの攻撃力を持つ蹴りだ。一瞬とはいえ、地面を揺らすことも容易い。

 代わりに《狂化》を使った時ほどではないにしろ足は潰れ、地面も地割れに近いような有り様になっているが、真っ直ぐ突っ込んできた早瀬が急に揺れた足場に足をとられ、【電光石火】の速度で地面と熱い抱擁を交わしている。



 人の反応が遅れるほどの速度で地面に転べばどうなるか。

 地面に跡を付けながらズザーッ! と凄まじい勢いで近付いてきた早瀬を見ればわかる。



「――っ……!? がっ! ぁ……ぁぁ……~~~っ! ああああああああっ!!!?!?」



 あまりの痛みに悶絶しているが言葉になっていない。

 当然だろう。顔がすり減り、顔のパーツが全て潰れているのだから。



 ユウの目の前でゴロゴロと転がり回る早瀬。

 言わずもがな、格好の的だ。



「……普通に転ぶ。お前が人間じゃなければ俺に勝てたのにな」



 ユウは赤くなった瞳で憐れそうに……しかし、口元には裂けたような笑みを浮かべながら早瀬を見下ろすと、二連続で斬撃を飛ばして両腕を斬り落とした。



「むがあああああああああああああああっ!!?!?!?」



 断末魔に近い声が早瀬から漏れる。



 早瀬を救ったつもりで【唯我独尊】を発動させ、棒立ちになっていたイサムは思い描いていた結果にならなかった現実に呆然としている。

 そんなイサムにユウがいつの間にか飛ばしていた斬撃が目の前まで到達した瞬間――



 ――ガキイィンッ!



「ヒッ!?」



 ――ライに弾かれた。



 イサムはライが助けてくれなければ死んでいたという事実に腰を抜かし、尻餅をついた。



「……ユウ。もう……気は済んだろ……何も殺すことはない。もう十分だ……」



 己の思い込みと己の決めつけと己の都合で止めたライに沸々と沸き上がってくるものを感じたユウだったが、努めて抑える。



「……いや、殺す。こいつらだけは絶対に……!」



 見れば、既にアルゴは息絶えている。

 首を抑え、痛みと死への恐怖に歪んだ醜い死に顔だ。



「……気持ちはわかる……けど、せめてこの二人だけは止めてくれ。特に勇者の方は……魔王への唯一の対抗手段なんだろ?」



 アルゴの死体から目を背けながら、そう呟くライだが、それでもユウの気持ちは変わらない。

 放たれている殺気がそれを雄弁に語っている。



「……マナミか」

「ごめんなさい、ユウ君……私もライ君のことを信じたくて……」

「そうか……」



 魔王の固有スキルはマナミやトモヨ、シズカ以外は知らない筈なのにライが知っている。

 それはつまり誰かが他言無用の約束を破って教えたということを意味する。



 トモヨとシズカはライと違って現実的な思想の持ち主だ。

 ともすれば……必然的に教えた人物が浮かび上がってくる。



 とはいえ、マナミにも理由はあった。

 既に信用出来なくなってきていたライを……恋人を信じたかった。



 魔王や【唯我独尊】の希少性について知って直ぐにではなく、戦争が近付いてからライに教えた辺り、マナミも相当悩んでいたのだろう。



 だが、ユウからすれば知ったことではない。



「魔王討伐なんか知ったことか。そもそも魔王について聞いたんなら性格も聞いたんだろう? 戦争を望まない平和主義者を殺したいのかお前は」

「違う! けど、その情報が正しいとは限らないんだ。だから出来る限り手札を揃えておくべきだ。それに……お前だって日本に帰りたいだろ」

「いいや? 別に今更帰りたいとは思わないな。どっかの誰かさん達のせいでこちとら稀代の殺人者だ。既に20人近くをぶっ殺した殺人鬼……態々、死刑になりたくないね。魔王を殺したところで帰れるという保証もないしな」

「だけど!」

「黙れ勇者っ……! お前はどこまで優柔不断なんだ? グダグダ、グダグダ下らねぇことをいつまでも……お前も俺の敵か? 例え元親友でも殺すぞ……?」

「くっ……!」



 黒い角も相まって鬼のような形相で睨み付けるユウ。ライは反射的に聖剣を構えてしまった。



「……ハッ、やる気満々だな」

「っ!? ち、違う! 俺はただ――」



 そんなライの咄嗟の反応にユウが目を細めた次の瞬間、



「――は……ははっ、す、隙ありいいぃっ!」

「「っ!?」」



 その一瞬の隙にイサムが乾いた笑みを浮かべながら《縮地》で突っ込んできた。



 ザシュッ! と再び深々とユウの身体に突き出していたイサムの剣が刺さる。

 今度は背中からではなく、正面から。



 しかし。



 腹に剣が突き刺さり、背中から刀身の半分近くが出ているのにも関わらず、ユウは笑っていた。



「ごほっ……ご、ご、のや、野郎……さっきから……刺すの、好き、だな……ガハァッ……き、斬るより、早くて、避け辛く……死に、至りやすい……とはいえ……」



 ライがイサムの行動に怒りを露にするよりも早く。



 ユウが平然と立っていることにイサムが驚き、固まるよりも早く。



 吐血しながらもニタァッと、悪魔か何かのように笑いながら,



 手甲でイサムの顔面を掴んだ。



「これで【唯我独尊】も《限界超越》も……意味、ねぇな……く、クハッ……クックックッ……クハッ、クゥハハハハハッ! 赤熱化ァッ!」



 ――ジュウウウウウウッ!



 『火』の属性魔力が込められ、一瞬の内に真っ赤に染まった手甲から……否、イサムの顔から肉が焼ける小気味の良い音が鳴り響いた。



「アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!??!?」



 同時にイサムの口からは腹の奥底からの……否、魂の叫びとすら思える凄まじい絶叫も。



後、数話で漸く一章が終わりだ……耐えるんだ作者の頭……!

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