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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第2章 戦争編
65/334

第65話 暴走

すいません、遅れました(汗)

グロいシーン、エグいシーンがあるので食事中の方等はご注意ください。

殆ど修正してないので後々修正するかもです。




 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……痛いッ!



 目が覚めるどころじゃない痛みに俺は目を覚ました。



 何だ!? 何が起きてる!? お、俺の指が食われてる!? こいつっ……お、オーク!? 何で!?



 イケメン(笑)にやられて気絶したんじゃ……あああっ!? 腕の肉がぁっ!?



 何だよ! 何だよこれ!? 誰かっ助けっ……ギャアアアアアッ!? 腕が千切れた……っ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ! 

 っ!? 目があああっ!? 目がああああああっ!? 目がなくなった!! く、食われた……!? あああっ、ああああああああっ!?



 自分の血と口を大きく開いたオークの顔で埋め尽くされていた目の前が突如暗くなり……俺は死――



 ――ななかった。



 マナミの【起死回生】らしき力で復活させられたんだ。



 十近く増殖し、高速回転している思考の半数以上が痛みに埋め尽くされていたが、比較的無事かつ冷静な思考が目の前の非情な現実を分析してくれた。

 


 そして……また食われ続ける地獄が始まった。



 空いた拳で殴ろうとしてもジル様の素材で作られた手甲を装備していた右腕は既にもぎ取られてしまったから再生した生身の拳じゃ大した威力が出ない。《狂化》を使っても……

 当然だ。常にどこかの肉や骨が食われているんだ、残った左腕の手甲で抵抗したところで力が入る訳がない。



 魔粒子を出して距離を取ろうとしたけど、痛みでそれどころじゃない。

 思考系スキルで無理やり抑え込み、魔粒子を放出してもオーク達は気にせず俺を押さえ付けて喰うばかり……



 やがて、反抗する気力がなくなってしまった。



 それでも死にたくないと……俺は《金剛》スキルを頭部に使っていた。








 グチャアッ! グチャアッ! メキメキィッ! ブツンッ!



 生理的に受け付けない耳障りな音とどこかの部位が失くなる感覚がする。



 ――あぁ……ぁ……あ……どれ……く、らい……食わ……れ……



 最早、叫びすぎて何を言ったのかわからない。



 助けを求めたのは当然として……ライなら助けてくれると思ったのは覚えてるけど……一向にオーク達は減らないし、助けてもらえない……



 痛い……痛い……痛くてたまらない……誰か……助けて……



 あ……れ? 何で……《金剛》、使ってる……んだっけ……?









 痛いっ!? 痛い痛い痛い痛い! 痛いよ! 何が起きてるの!?

 ひいっ!? 何だよこの化け物……うわああああっ!? 俺の腕がああああああああっ!? 何で! 何でえええっ!?



 がはっ……い、痛っ……い……ぐすっ……ぐす……



 痛いのと怖いので泣いてたら、食われた腕が生えてきた。



 ……は? 失くなったのに生えてきた!? これじゃ、一生……!



 これでは一生食べられ続けちゃう……何で……俺がこんな目に……?



「ああああああああああああああああっ!?」













 ――…………………………。



 ………………。



 ……………………。



 ………………………………。



 もう痛み以外何も感じなかった。



 恐怖も何故誰も助けてくれないのかも……もう何もわからない……



 なのに……死にたくない……



 こんな辛いのはもう嫌だ死にたい……



 嫌だっ、こんなところで死にたくない!



 死にたいっ、死にたい死にたい死にたい!



 死にたくない死にたくない死にたくない! 



 死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくない死にたい死にたくないッ!!



 俺はっ……俺は……………………
















「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛……ッ!」



 ――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛……



 全身の感覚が変わった。



 〝闇〟に染まった身体が変質したのがわかった。



 魔族になったのが……わかった。



 そして、待ちに待った助けが来たのも……




 ◇ ◇ ◇





 ライ達は凄まじい速度で飛んできたジルが不死身の筈のオークを血の霧にし、ユウを助けてくれたのを目撃した。



 ユウの額……右のこめかみ辺りから五センチほどの黒い角が出ているのも。



 ジルは気にせず、涙を流しながら「大丈夫だから……!」とあやすようにユウを抱き締めているが……ライは言わずにはいられなかった。



「何で……何でもっと早く助けてくれなかったんですか!?」

「ユウっ……頼むっ、何か言ってくれ……反応……してくれよ……ユウ……」

「ジルさん! 貴女に言ってるんです! 貴女ならもっと早く救えた筈なのに……何で貴女は――」

「――黙れッ!! なら何故自分で助けてやらなかった! こんなっ……目と鼻の先に居たのに! 自分の無能さを棚に上げて文句を言うな! ……ユウっ! 目を覚ましてくれ……!」



 確かに戦いに夢中になり、救えた筈のユウを忘れていたジルもジルだが、目の前に居たのにも関わらずユウを救えなかったのはライの罪だ。



 互いに悪いところがあった。



 しかし、違う点が一つ。



 心が読めるジルは気付いた。



 ――何で…………ライは……助けて…………くれない……?



 というユウの弱々しい思念に。



 自分の名前は一切出てこなかった。



 それはつまり……ユウは自分ではなく、ライに助けてほしかったということ。

 師であり、最強だとユウ自身が強く思っていた自分よりもライという親友の名前が出るほど、ライを信用していたということだ。



 それなのに……ライは救えなかった。

 助けようとしただけ。その行動には何の意味もなかった。



 この悲しい現実を理解したジルはより強くユウを抱き締め、優しく頭を撫でていた。



「……………………」



 ユウはマナミのお陰で死にはしなかったが精神面で壊滅的なダメージを受けている。



 思考系スキルの両者は思考を増やし、高速で動かすものだ。

 己が喰われていることを理解したユウが自分に群がるオーク達から逃れようと、痛みを幾つかの思考で抑えたように一瞬や数秒、数分程度の痛みなら無理やり抑え、我慢することが出来る。



 しかし、それが絶え間なく続けば寧ろ自らの首を締める効果となる。

 増殖され、早く動いている……それはつまり、痛みを感じる思考が増え、ショック死しかねない痛みを延々とゆっくり味わうということ。



 実際には十分も経っていなかったが、ユウからすれば永遠に近い地獄だったことは容易に想像できる。



 しかし、それをしなければ思考は一つであり、狂わないようにと必死に抗う思考の回転速度もなかった。

 もしユウが思考系スキルを使わなければ完全に狂っていたか、あるいはショック死していただろう。逆に言えば生き地獄を味わうことでユウは自分の精神ダメージを最小限に留めたのだ。



 とはいえ、最小限と言っても常人ならば耐えられる筈のない苦痛を延々と与えられれば幾ら凄まじい精神力を見せていたユウでも壊れかねない。

 故にユウは極度のストレスにより、普段とは違って気弱な一面を見せ、幼児退行し、最後は何も言わず、ただ虚空を見つめるのみとなっているのだ。



 当然、ジルが助け、抱き締めても反応はなかった。



 唯一、心の中以外は。



 目からはボロボロと涙が出ていたが、ジルは確かに見た。



 ――…………もう……やだ………………死に…………たい……



 という子供のような文字を。



 そして、別の思考へと変化していくのを。



 ――あ……れ……? 痛く……ない……た、たす……助かった……?



 助かったという状況を把握。



 開いた瞼から姿を現した瞳は焦点が合っておらず、光も失われていたが、知性の輝きが少しだけ戻ってきた。



 その後……



 ――痛かった……痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かった痛かったっ……何で……俺が……何で俺がこんな目に……? 何で……何でっ……何でッ!!



 今だかつてないほどの怒りと憎しみに囚われた。



「ぁ……あ…………あ……ぅ…………」



 ブルブルと全身を震わせながら、ユウは目の前のジルに手を伸ばした。



 そこにあったのは「助かった」という心底からの安堵と「何で助けてくれなかった」という心底からの憤り。



 それを察したジルが「ゴメンっ……ゴメンな……」と泣きながらその手を握ったが思考に変化はなかった。



 その光景にユウの思考がわからないライとマナミは「反応した!」と喜び、不用意に近付いた。

 否、近付いてしまった。



 その瞬間、ライ達に気付いたユウから再び〝闇〟が溢れだした。



 それは影のように地面を黒く染め上げ、広い戦場の中で誰一人気付かない者が居ないほどの薄気味悪い濃密な気配を漂わせ始めた。



 ジルはただ手を握って泣いていたが、ライとマナミの足は止まった。



「ゆ、ユウ……?」

「ユウ……君?」



 そして、二人の声がユウの耳に届いた瞬間、その〝闇〟は一気に膨れ上がった。



『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!』



 ユウの声に似た絶叫が戦場に居る全員の耳に入った。



 膨張した〝闇〟はジルを飲み込み、ライとマナミの目の前まで迫ってきた。



 二人は間一髪で避けることに成功したが……ユウやジルは漆黒の影で覆われ、何も見えなくなってしまった。



「……あのドロドロは……一体……何……なの……?」



 トモヨがあまりにおぞましすぎる気配に震えながら、そう呟く。

 しかし、返答する者は居ない。



 衝撃的な光景と気配に戦場は沈黙に包まれた。



 少しすると、何十万、何百万、何千万と大量の黒い虫が蠢くように不規則に動いていた〝闇〟が動きを止め、徐々にユウの元へと戻り始めた。



 次第にユウとジルの姿が現れ始め、〝闇〟はユウの身体の中へと沈んでいった。



「「「「「…………………………」」」」」



 召喚者だけでなく、近くに居たオークやイクシア軍すら呆気にとられ、固まっている。



 ライとマナミは震えながらも二人を注視し、何か変化がないか確認した。

 しかし、若干肌が黒くなっていること、五センチほどだった黒い角が倍くらいに大きく長くなっていること、ジルの嗚咽が弱まっていること以外、変化はなかった。



 ユウの身体はゴブリンやオークのような魔物になっておらず、依然人族のものだ。

 例え気配が先程までの『なりかけ』とは違い、完全に魔族になっていたとしても。



 やがて、いつの間にか閉じられていたユウの目がカッと開かれた。

 その瞳は真っ赤に染まっており、普通の人間ではないことを窺わせた。



 空を見上げ、辺りを見渡し……自分に抱き付き、泣いているジルの姿を確認すると、感情を一切感じさせない無表情でジーっと見つめ始めた。



 何を思ってジルのことを見ているのかはわからなかったが、ただ泣いているジルを見るだけで何の反応も示さなかったのは不味かった。



 ライとマナミはユウから先程のような負の感情……〝闇〟は感じなかったので、再び近付こうとしたのだ。



 ジルのようにボロボロと涙を流しながら……謝りながら。



 だが、二人が一歩踏み出した瞬間、先程の魔族のような圧倒的な殺気が二人だけでなく、その場に居る全員にぶつけられた。



「「「「「っ!?」」」」」



 出所はユウだった。



 相変わらずジルを見つめたままだが、異常なまでの殺気は撒き散らされている。



 あまりの殺気に尻餅をつく者、腰が抜けてしまう者、失禁してしまう者、気絶する者……近くに居る全員が様々な反応を示したがユウはジルを見つめるだけだった。



 やがて、ジルが「ユウ……?」と見つめ返すと、



「……………………」



 無言で目を反らし、手のひらを開いたり、閉じたりし始めた。

 まるで自分の身体を確認するかのように。



 それを終えたユウは立ち上がった。



 相変わらず何処を見ているのかわからない空虚さを感じる瞳で辺りを見渡している。



 ジルは兎も角、ライ達のことは見えていないかのような視線の動きだ。



 殺気そのものはライ達に反応したような形で放たれているというのに。



「て、テメェ、黒堂……やっぱお前だけは死なねーとダメだな。俺様達に殺気ぶつけるとかよぉ……喧嘩売ってるよな……? あぁっ!? おいっ! 聞いてんのかよ!」

「良いよシュン。良い口実が出来た。気配だけじゃなく角まで生えた化け物に成り下がり、敵意まで見せたんだ。皆も納得してくれる。……殺るぞ!」



 何が起きているのかがわからず、何が起こるのかも予測がつかない出来事に固まる者が殆どの中、早瀬とイサムだけはユウの殺気に反応し、早瀬はサーベルのような剣を構え、イサムは《アイテムボックス》という勇者専用のマジックバッグのようなスキルで亜空間から予備の西洋剣を取り出すと、ユウへと向けた。

 ユウやライ達ほどではないにしろ、戦闘経験があり、レベルや純粋な強さに至ってはユウとライをも凌ぐ二人だ。少し震えてはいたが、それはユウへの恐怖ではなく、自分よりも劣っている存在相手に恐怖を覚えてしまった自分に対する怒りによるものだろう。



 しかし、ユウは文句を垂れながら自分に獲物を向けた二人に対し、一瞥をくれただけで興味が失せたかのように別の場所へと視線を移した。

 その行動が二人の怒りを買うこととなった。



「……あ? おい……舐めてんのか……? おい、何だよ今のはよお……ああ!? おい! 聞いてんのかコラッ!」

「勇者である僕に向かってふざけた真似を……殺す!」



 早瀬は固有スキルにより、目にも止まらぬ速さで、イサムは《限界超越》で金色に輝きながら、各々剣を振り下ろした。



 ――ガキィンッ!



 ユウはイサムの剣を左腕の手甲で防いたが、早瀬の剣は対応できないと判断したのか、何もせずに受けた。



「っ……」

「くひゃっ! 直撃ぃ! どうだ俺様の剣は!? ええ!? 効くだろう!?」



 マナミによって修復されている防具によって、浅くなっているだろうがユウの肩には大きな斬り傷が出来ていた。

 嫌っていた相手に日本であれば大怪我に部類されるそれを与えたことに気を良くする早瀬だが、それでもユウは目尻を少し上げる程度の反応しか示さない。



「ユウっ! 早瀬、テメェ……ッ!」

「ユウ君! ……な、何でこんなことするの!?」



 ライとマナミが悲痛な声を上げるが三人の耳には入らなかったようだ。



「くひゃっ、くひゃひゃひゃ! ぶっ殺してやる! おらおらどうしたぁ!? 手も足も出ねぇってかおいっ!? ふっはははははっ!」

「っ…………っ……」

「くっ、こいつ僕の攻撃には反応しやがって……!」



 凄まじい速度で動き回り、嬲るようにして浅い傷を付け続ける早瀬と何度攻撃しても全て手甲で防がれるイサム。

 そして、傷が出来る度に少しずつ殺気の圧を高めていくユウ。



 後ろではジルが剣を構え、



「こんな時に……殺すッ!」



 瞳孔が縦に割れた竜の瞳を二人に向けていたが、ユウが一瞬だけ目を向け、視線を交わし合うと、



「……そうか」



 短い一言ともに剣を下ろしていた。



 それを見た早瀬は剣を振るいながら嘲笑する。



「はっ! 世界最強だか何だか知らねーけど、助けを求めた方が良かったんじゃねーか!? 気持ち悪ぃ見た目した女にみっともなくよおっ! はははははっ!」



 早瀬の剣がユウの頬を掠め、返す刃で腹を裂く。

 イサムの振る剣に対しては視線も向けずに手甲を当てるだけで対処していたユウだったが、少しするとユウの傷が治り始めた。



 マナミの【起死回生】だ。

 それに気付いた早瀬とイサムはユウから距離をとると、非難し始めた。



「っ!? ユノ……じゃねぇっ、マナミ! 何しやがる! こいつは敵なんだぞ!?」

「そうだマナミ! これ以上、こいつを援護するなら【唯我独尊】を使うぞ!」



 しかし、マナミもライも黙っていない。



「気安く人の名前を呼ばないで! ユウ君を傷付ける人は全員敵! 私からすれば貴方達の方がよっぽど……!」

「……ユウ、そいつらから離れろ。魔法を使う」

「なっ、テメェもかイナミ! マジでいい加減にしろよ!?」

「くっ、イナミ君……!」



 完全な敵対行動をとった二人に対し、ユウの反応はなかった。

 相変わらず身がすくむような殺気を撒き散らしながら真っ赤な瞳で一瞥するのみだ。



「ユウ……ユウ! 聞いてるのか! 早く離れろ! お前をあんな目に合わせたんだ……こいつらは敵だ! 絶対に許さな――」

「――助けてくれなかったお前が何言ってる……? 俺からすれば……お前も同類だ」



 反応を示さないユウに業を煮やしたライがつい発した言葉にとうとう反応が返ってきた。

 ただし、友好的なものとは言えなかったが。



「…………は……? な、に……を……?」

「ゆ、ユウ……君……?」



 人間のように言葉を発したことに喜びかけた二人だったが、思わぬ返答に混乱する。



「……なあ。俺が……どんな思いで強くなったか……わかるか?」

「何が強……ぅっ!?」

「……くっ!」



 ユウの質問に早瀬とイサムが反応したがこれまで以上のユウの殺気と「邪魔をするな」と言わんばかりにジルからも殺気を飛ばされ、押し黙った。



「……お前は昔から人助けが好きだったよな。だから……異世界に来ても困ってる人を助けたいと言うと思って……俺は死ぬ物狂いで努力した。最初はこの国から逃げることも考えてたけど……結局、やりたくもねぇのに戦う術を覚え、異世界の常識と生き方を学び、死にかけながら魔物を殺し、人も殺した……」



 ポツポツと語るユウに何か言えるものは居なかった。



 あまりに声が震えていたからというのもある。



 殺気が少しずつ少しずつ強くなってきたというのもある。



 だが、それ以上に……ユウの赤くなってしまった目からボロボロと零れ落ちる涙に何も言えずに居たのだ。



「全部っ……お前を手伝いたいって思ったから……こんな国どうでも良いって思ったけど……マナミに死んで……傷付いてほしくなかったからっ……! お前と……お前らと今まで通りっ……ずっと一緒に居たかったからっ…………その為に死ぬほど辛い思いして強くなったんだよ……」



 涙を流しながら空を見つめるユウからは溢れんばかりの怒りの感情が伝わってきた。



「なのに……この状況はなんだ……? 自分(テメェ)で考えず人に頼ってばかりのアホ共にキチガイ二人……そして、現実が見えない……いや、見ようとしないお前。……マナミだけだ。俺を理解しようとしてくれたのは」

「…………」



 マナミが俯いた。

 マナミ自身、「何故ユウに寄り添おうと思えないのか」と、ライ達に対し、そう感じていたんだろう。



「お前達が揃って弱く、死にたがりのバカだったから……! 俺が嫌な思いを全部引き受けてやったんだろうがっ! 俺だって人殺しなんざしたくなかった! 痛い思いも辛い修行も使いたくねぇ脳ミソを酷使させられるダンジョンでのレベリングも! 全部……お前の為に……!」



 それはユウが心の奥底に仕舞っていた本音なのだろう。



 戦う時もレベリングをする時も指示を出す時も自分が居れば全て人任せ。

 そうしなければ死ぬという状況で仕方なく行った殺人も非難され、仲間の安全を100%保証する為に行った殺人では嘆かれ……ユウからすれば「お前らは何なんだ?」と感じてしまうのも当然だろう。



「力や知識があれば、そいつにやらせりゃ良いってか……? 何かあったら文句言うだけか……? それでこの様かよ……。なあ、ライ。見ろよ、俺の姿を……どんな身体してんのか、俺もわかんねぇけど……全身の感覚が変わったんだ……嫌でも魔族になったことくらいわかる……!」



 己の体を確かめるように再び手を閉じたり開いたりするユウ。



「なあッ! 満足かよっ!? 他の奴なら問答無用で助ける癖にっ……俺の時は助けてくれなかったよな!? 今まで……いつも……お前を助けてきた俺は……助けてくれないなんて………………痛かった……凄く……い、痛かったんだっ……。……死ぬかと思った……死にたいと思ったっ……!」



 ダムが決壊するようにユウの口からは彼の思いが吐き出される。



「目先のことしか見えないお前にはわからないよな!? 一番助けてほしいと思った奴に裏切られた俺の気持ちは! 誰より人を助けてきたお前だから! 助けようと努力していたお前だから……! 親友だと……思ってたから……っ!」



 ライ達がユウを救おうと努力していたことはユウもわかっていた。

 しかし、理性では納得出来ても感情は納得出来ない。例え八つ当たりに近いと自覚していても言わずにはいられなかった。



「何が人を救うだ……何が勇者だ……何が敵だ……! お前なんかが……俺一人救えなかったお前がッ……!」



 ただでさえ強まってきていた殺気がユウの感情に比例してより狂暴なそれへと変化していく。



「絶対に……殺してやる……ッ! 殺す……殺すっ、殺す……! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ! お前も! テメェらも! 全員、ぶっ殺してやるッ! 皆殺しだああああッ!!」



 目を血走らせたユウはジルのものと同等かそれ以上のものへと変貌させた殺気をライ、イサム、早瀬にぶつけると爪を構え、魔粒子を全身から放出し始め……



「悪かった!」



 ライの涙ながらの一言にピタリと止まった。



「こんな言葉じゃ納得出来ないのはわかる! お前が怒るのも……痛かったよな……辛かったよな……俺が……俺がバカだったせいで……」



 殺気はそのままだったが、ユウの動きは止まっていた。



「俺、お前に人を殺してほしくなかったんだ! お前なら……俺達のことを最大限に考えてくれるお前ならっ、絶対にやるってそう思ったから……! けど、気付いたら訳のわからない敵意で頭の中が埋め尽くされてて……言い訳にしか聞こえないだろうけど、お前が憎かったんだ! そんなことお前に思ったことないのに……っ! 何故か……憎たらしくて……殺したくて……」



 《光魔法》の影響だろう。

 時折、見せていた暴走もそうだが、妙な正義感を他人に押し付けようとしていた。それは以前のライではあり得ないことだ。



 ユウもわかっていた。



 こいつは《光魔法》の悪影響を受けている。



 そう理解していた。



 しかし、それでも……



 それでもお前なら。



 と、互いに信じたかった。



 ライは《闇魔法》の影響によって倫理観が歪んだユウを、ユウは《光魔法》の影響を受けて正義感が暴走していたライを信じたかった。



「許してもらおうとは思わない! 俺のせいだ……俺にっ…………全部、お前の言う通りだった……俺に力がなかったから救えなかった……お前が一番苦しんでる時に……一番……助けを求めてた時に……俺はっ……俺は……うっ……ぅ……ぅ」



 ライからも大粒の涙が流れ始めた。



 ユウとは違い、激しい後悔の涙だ。



 ユウもライが苦しんでいたのはわかっていた。



 ユウがユウなりにライ達を助けようとしたようにライもライなりにユウのことを案じていたのだ。



 例え結果は伴わなかったにしろ、互いを思う気持ちは確かにあった。



 ユウはそれを理解出来ていたが、積もりに積もった不満と今回の死にたくなるほどの苦痛。

 どうしても当たらずにはいられなかった。



 ――…………もう………………良い…………こいつも……助けようとはしていたんだ……力がなかっただけで……俺が弱かったから……自力で抜け出せるくらいの、勇者並みの才能がなかったから……こいつだけに負担が掛かって……魔族との戦いで魔力や気概を使い果たしちまって……



 納得はいかなかったが、流石に言葉通り皆殺しにしようとまでは思っていなかった。

 ただ、半殺しくらいはしても許されるだろうと爪を向けただけだった。



 だから……当たってしまったことを謝ろうと、少しずつ殺気を弱め、



「…………ライ、俺は――」



 話しかけようとしたところで、



「――おま……えらっ……! 早く、逃げっ……がはっ!」



 全身から血を流したグレンが割って入ってきた。

 右腕は半ばから食い千切られており、指数本、顔や首の肉まで齧りとられている。



 それでも立っていた。



 それと同時にユウの殺気は再び強くなった。

 しかし、向けられた方向は変わった。



 ライ達ではなく、魔族が居た方向……いつの間にか立っていた四体のオークキングに向けられていた。

 以前、倒すことが出来なかった存在が四体も居ることに息を飲むライだったが、ユウの殺気が外されたことにより、一先ず息をつく。



「……ゴメン、ユウ。邪魔が入ったみたいだ」

「………………殺す」



 零れ落ちる涙で腫れた目元を強引に拭って、話は後にしようと持ち掛けたライに対し、ユウはただ、そう呟くだけだった。



一応、補足しておくと、ユウの言ったアホ共はリュウ達やトモヨ達のことで、キチガイ二人とはイケメン(笑)と早瀬です。


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