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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第2章 戦争編
64/334

第64話 歪んだ正義と生き地獄

エグい&グロいシーンがあります。食事中の方等はご注意ください。


「な、何で……こんな……こと…………イサムッ!!」

「は、ははっ……やった……やってやった……やってやったんだ! あひゃひゃひゃひゃ! おら死ねよ! 屑っ! あはっ……あはは……くっくっく……はーはっはっはっは! 僕が正義だ!」



 イケメン(笑)が近くに居るらしいが俺は腹を()()して飛び出している剣に目を向けていた。



 ――あ……れ……? これ……俺に……刺さって……?



「ふふふふっ! ははは……! やった……ついに悪を倒した! 僕が! この僕がっ! 成敗してやった! あはははっ……くっくっく! あひゃひゃひゃひゃっ!」



 何が起こっているのかを遅れて理解した俺は後ろで笑ってるイケメン(笑)に爪を向けるが、腹に刺さっている剣をグリグリとねじられ、余りの痛みと苦しさに動きが止まってしまう。



「ごはぁっ……うぐっ! うっ、うぅぅっ……!」

「あはっ……おい、どうしたんだよ屑! いつものように僕を殴るんじゃないのか!? ええっ!? はっははははっ! 何とか言ってみろよおっ!」



 口から、あるいは腹からボタボタと大量に血が流れ、地面に垂れていく。



 気付いた時には口周りや腹だけでなく足元まで真っ赤に染まっており、水溜まりのように血が溜まっていた。



「薄気味悪い気配を出しやがってこの魔族がっ! 同族を殺したからってお前のような悪が見逃されるなんて思うなよ!?」



 イケメン(笑)は目を血走らせ、唾を飛ばしながら喚き散らしている。

 とても正気とは思えない様子だ。



 ――それに……俺の腹に刺さってる剣……これは……



「貴っ様あああああぁーーっ!!!」

「へ? ――ぐへぇぁっ!?」

「て、テメェっ、止めやがれイナミ!」



 激昂したライがイケメン(笑)を殴り飛ばしてくれたが、何処からか現れた早瀬に止められていた。

 


「お前もか早瀬ッ! ぶっ殺してやるッ!」

「イサムが魔族と同じ気配を出してるって言ったんだぞ! お前にだってわかってるんだろ!? 何でそんな奴を庇うんだよ!?」

「黙って死ねえぇっ!」



 余程、頭に血が上っているのか、聖剣を凄まじい勢いで振り回すライだったが、やはり魔力が尽きたこともあり、【電光石火】を持つ早瀬に傷一つ与えられないようだ。



 その隙に剣を抜こうとしたが力が入らず、倒れてしまった。



「ユウ君! い、今治すから!」

「どこが勇者なのよっ、あの馬鹿!」

「あ、主様ぁっ! 死なないでください!」

「ユウっ……ユウっ! しっかりして!」



 血を流しすぎたのか、何らかの内蔵を貫かれたのが不味かったのか、気絶しかけていたがトモヨ達が駆け付けてくれた。

 真っ青な表情でアカリとリュウが腹を貫通している剣を抜こうとしてくるが……



「なっ……何ですかっこれ……!」

「お、重いっ……!」



 その剣は認めた持ち主以外には持つことの出来ない聖剣だったらしく、二人がかりでも抜くことは出来なかった。



 ――やっぱり……聖剣だったか……



 泣きそうな顔で頑張ってくれている二人を見つつ……消えていく意識の中でそう思ったのをうっすらと覚えている。





 ◇ ◇ ◇





「これ、聖剣じゃない!? あああもうっ! あの勇者っ……どこまで性根が腐ってるのよっ!?」

 

 ユウの背中に深々と突き刺さっている剣が意思を持ち、認められた者しか持つこともままならない聖剣だとわかったトモヨはプルプルと震えると、髪をぐしゃぐしゃにし、地団駄を踏む。



 聖剣は聖剣自身が認めた者以外の者が持とうとすると、誰も持てないほど重くなり、何の効力もないなまくらの剣になってしまう。

 それが刺さっているとなれば……人力で抜くことは不可能だ。



「ど、どうすれば……!?」

「兎に角、持たないで抜くしかっ……」

「アカリ! 剣か盾で聖剣を引っ張って! 黒堂君は私達が抑えておくから!」

「わ、わかりました!」

「いくわよっ! せーのっ!」

「「「ぬぐぐぐぐっ!」」」



 聖剣の柄に盾を引っ掛からせて引っ張ることで抜こうとする面々。

 確かに持ってはいないので重くなることもない。



 少しすると、二人が持ったが故に重くなって余計に刺さってしまっていた聖剣がずるずると抜け始めた。



 しかし……



「テメェら! 何してやがる! どけ! 揃って洗脳されやがって馬鹿共がっ!」



 【電光石火】で瞬間移動のごとく目の前に現れた早瀬にマナミ以外の全員が蹴りを入れられ、吹っ飛んでしまった。



 頭の切れるトモヨに関しては顎を狙ったらしく、気絶しており、他の者もアカリ以外はダメージを受けている。



「貴様……邪魔をするなッ!」

「黙れ奴隷女! お前も勇者なんだろ? ならわかるんじゃねぇか? そいつが今、化け物の身体になってることをよおー!」

「なりかけてるだけで……まだ人間です!」

「おっと、危ねぇな。油断も隙もねぇぜ……ったく! おい、イサム! いつまで寝てんだ! 早くイナミを止めてくれよ!」

「早瀬ええぇっ!」



 アカリが早瀬に向けて剣を振るが、何度やっても認識出来ない速度で避けられ、カウンター気味の蹴りや拳が返ってくる。

 どうやら早瀬はユウ以外は殺すつもりはないようでアカリを適当にあしらっていたが、そこへライが《縮地》で現れた。しかし、ライの斬撃も躱され、手も足も出ずにやられてしまう。



「コソコソと隠れて漁夫の利を狙い、終いには裏切りとは……反吐が出ますね!」

「裏切り? 何言ってやがる? 魔族を庇うお前達の方が裏切り者だろうが」

「ああああっ! 死ねっ! 死ねえええっ!」

「うおっ、危ねぇっ! イナミ、テメェっ! さっきからそればっかだな! 頭おかしいんじゃねぇの!?」

「黙れえええぇっ!」



 マナミ以外は倒れてしまったので、自然とアカリとライ、早瀬という構図が出来上がった。



「ゆ、ユウ君っ……死んじゃダメだよっ! 今っ、今助けるからっ」



 二人が早瀬を止めている間にマナミも近くの避雷針を引っ掛けて聖剣を抜こうとするが……ステータスが足りないのか、微動だにしない。



「こ、のっ! 抜けて! 早く! ユウ君が死んじゃう! この! ふぬぬぬっ!」

「うぅっ……何なんだよあの馬鹿二人は……」

「あいつ……よくも……くっ……」

「つっ……『ヒール』! ……三人ともそこまでだ! 早く邪悪な魔族から離れろ!」



 少しすると、リュウとミサキがふらふらと立ち上がり、マナミを手伝おうとするが、今度はイサムも目を覚まし、自分に回復魔法を掛けると三人に剣を向けた。

 トモヨは脳震盪を起こして気絶し、シズカは例によって訳のわからない殺気を感じとって気絶しているので、イサムと対峙しているのはリュウとミサキ、マナミだけである。



「『ヒール』! 『ヒール』! うっ……い、痛かった……イナミ君まで誑かされるなんて……やっぱり洗脳されているみたいだね、皆……」

「邪魔するんじゃない!」

「イサム! あんた、自分が何してるのかわかってるの!? この犯罪者!」

「ユウ君っ……ユウ君っ……目を開けて……!」

「目を覚ますんだ皆! こいつから禍々しい魔族の気配を放たれているのがわかるだろう!? 危険なんだよこいつは!」

「このっ、本当に何なんだよお前ぇっ!」

「………………相模、マナミ。任せたわよ」



 会話にならないと感じたミサキが前に出て、籠手を装着した拳を構えた。



 イサムは訳のわからないことを喚き散らしていた先程と違い、今度は真面目な顔で三人を止めているが、三人からすればどの道、訳がわからない。

 気配は確かに感じていた。ユウが既に危ない状態なのもわかっていた。しかし、ユウは正気だった。



 苦しみながらもライと協力して敵魔族を撃破したのだ。

 当然、ユウのことを排除しよう等と考える者は居なかった。



「……残念だよミサキ。君なら僕のことをわかってくれてると思ったのに……」

「黙りなさい! 今すぐ聖剣を抜けば何とか生かしてあげるわよ……!」

「君もこの屑の毒牙に掛かってしまったか……可哀想に……僕が今、その呪縛から解き放ってあげるよ」

「このっ、訳わかんないことほざくな!」






 ◇ ◇ ◇





 時は少し遡る。



 まだユウが魔族と話している時だ。



 オーク達に起きている異変がついに露になり始めていた。



 オーク達は仲間の数割が餓死するほど餓えていた。

 故に人間も馬も仲間も……弱いものや動かなくなったものは直ぐに食っていった。



 最初は近くに寄った人間と馬を食べ、少しだけ飢餓感が弱まった。

 しかし、それはほんの一部のみ。



 少しだけ腹が満たされたオークはやがて仲間の死体を貪り食い始めた。

 元々目の前で倒れた仲間を食っていた者も居たが、食事に夢中なようで槍や斧を持った一部のオーク達の敵ではなかった。



 異変に気付いた騎士や兵士はそれに気付くほど接近していたこともあり、引きずり込まれ食われていったのだが、それを見た者も居た。

 それらもオーク達に食われ、それを見る者もまた……と次々に連鎖してはいたが、いつしかこちらの攻撃には一切目をくれずに食事を続けるオーク達の情報は瞬く間にグレン達、三人の軍団長の耳に入った。



「不味い……非常に不味いぞ!」

「と、兎に角、早く対処しなくては……!」

「対処って言っても相手は数千、数万匹も居るんですよ~!? 対処しきれませんよ~!」

「だが、このままでは多数のキングが生まれてしまう!」



 三人は部下達に指示を出すため、それぞれの前線に離れていたのだが、その情報を聞き、対策を考える為に再び集まっているのだ。

 人族にしてはかなり強い部類に入る三人が揃って顔を青ざめさせ、怒鳴りあっている。



 理由は魔物の持つ特徴にあった。



 魔物にも人間と同じようにレベルがあり、生き物を殺したり、食うことで経験値を得て強くなるという特徴がある。

 しかし、人間と違い、もう一つ特徴があった。



 それは『進化』。

 強くなった魔物は上位種へと姿を変え、より強く、狂暴になるのだ。



 オークならばハイオーク、ハイオークならオークジェネラル、オークジェネラルならオークキングへと進化する。

 普段ならばあまりあることではないが、食料が豊富であり、レベルの上がりやすい環境ならば、逆に進化しない道理がない。



 とはいえ、オークキング一匹程度ならば成長した召喚者達でも対処できるし、グレン達三人の軍団長が手を組めば倒せなくはない。



 だが、それがこの規模で……手の届かない場所で行われたなら? 推定二万匹とされるこの大量のオーク達の中で()()()()()()現れたなら?



 それは最早、イクシア軍の敗北……イクシアという国の滅亡を意味する。



 ユウ達、召喚者が魔族を足止めしてくれているようだが、魔物との戦闘に慣れていないイクシア軍ではキングどころか下手をしたらジェネラルにも対応出来ない。



 だからこそ、三人は焦っているのである。



「ライ達はまだ来ないのか! 援軍は!?」

「……そのような話はまだ入ってない。召喚者達に頼むのは?」

「こちらが止めたにも関わらず、一番危険な魔族の元へ自分達の意思で行ってるんですよ~!? 今更、こっちも手伝ってくれだなんて~……」

「しかし、手段を選んでいる場合では……」

「ならどうやって召喚者の皆さんにこの情報を伝えるんですか~!?」

「そ、それは……」



 オーク達はユウ達の近くに最も集中していた。

 騎士や兵士達が集中していたのもあるが、それらに群がるようにして仲間が移動したのを見て、それらも移動して……と、数が集まっていったのである。



 そんな危険地帯に行けるのは自分達の誰かのみ。

 他の者に行かせようものならものの数分で死ぬ。



 だが、自分達にもそれぞれ持ち場はあるし、限界もある。

 敵は波のように見えるほどの数なのだ。行けたところで自分達も危ないのは当然。



「……俺が行く。部下は任せたぞ、お前達」

「なっ、グレ――」

「グレンさんっ、無謀で――」



 しかし、そうやって議論していては何も変わらないと覚悟を決めたグレンは立ち上がり、二人に部下を任せると、さっさと飛び出してしまった。

 二人が止める余地もなく。



 そして、最速の馬でかっ飛ばして、最前線で見たのは……ジルと何者かによる凄まじい戦いと召喚者同士による殺しあいだった。



 ジルと謎の男はこちらや召喚者達の方に意識を向けておらず、近くの兵やオーク達を肉片や血飛沫に変えながら戦っている。



 召喚者達の方へと意識を向ければ、魔族らしきオークは既に事切れており、近くのオーク達に群がられているのが見えた。

 その近くでは早瀬がライとアカリに大量の切り傷を与えており、気絶している数人と聖剣らしきものが腹部を貫通しているユウの付近ではミサキとイサムが戦っていた。



 早瀬とイサムの二人は固有スキルによってどちらも優位に立っており、殺そうと思えば殺せる状況だとグレンは感じた。



 この非常時に何を……と口にしようとした瞬間、魔族に群がっていたオーク達の気配が変わったのを感じた。



「っ!? くっ、遅かったかっ……!」



 ユウ達の倒した魔族は相当強かったのか、それを食したオークはハイやジェネラルを飛ばしてキングへと進化してしまったのだ。

 その数、四。



 巨蟲大森林でたった一匹に苦渋を舐めさせられたグレンからすれば裸足で逃げたくなる光景だった。



 そして……だめ押しに絶対に敵対してはいけない、と今まで培ってきた勘や経験、全身の警報が最大限に反応する者が後ろへ現れた。



 騎士になっての初陣以来感じたことのなかった、濃密な死の気配に足が震え、歯がガタガタを音を立てる。



 グレンは子犬のようにぶるぶると震えながら振り返った。



 そこには今も尚、ジルと戦っている筈の謎の男が居た。

 ニコニコと笑顔を絶やさず、こちらを……否、召喚者達の方を見つめる瞳は底が見えぬほど黒く、おぞましい。



「ふ、双子!? な、何者だ貴様!」

「ぶっぶ~っ。残念、どちらも本物で~す」



 両手でバッテン印を作り、明るく答える彼は倒れているユウの姿を見つけると、目を細めた。



「ん~? あれ? まだ……魔族化して……ない? ……嘘でしょ? げ、ゲイルが居たのにか……は、ははっ、本当にも~っ……あの子は……僕の見た未来の何倍も精神力があるじゃないか。どうなってんのさ……まあ、僕としては良いっちゃ良いけど……辛いのは自分なのに……」

「な、何を言っている……!」



 ぶつぶつと話すクロウの姿はグレンからすれば不気味以外の何でもない。

 しかし、グレンの質問にもう返答はなかった。



「仕方ないな……恨まれるかもしれないけど、最後の手段だ……これも全て――の為……。耐えてくれよ……ユウ君っ……」



 そんな台詞と共にグレンの目の前から姿を消し……次の瞬間には召喚者、正確にはユウの眼前に現れていた。



「ば、化け物……」



 グレンは対峙したからこそわかるクロウの底知れぬ力に飲まれ、固まってしまった。

 後ろからハイオークやオークジェネラルが忍び寄っていることにも気付かずに……











 ◇ ◇ ◇










「こんにちは、可愛いお嬢さん。ユウ君を貸してほしいんだけど……ダメだよね?」

「ひっ!? あ、貴方、誰ですか……っ!?」

「っ!? ゆ、ユウに何の用だ!?」



 目の前に突然現れたクロウに驚き、ユウを抱き締めて守ろうとするマナミと、震えながらも盾を構えるリュウ。



「う~ん……用……用か。ちょっとした拷問がしたいから? ……いや、少し語弊があるな。何て言えば良いんだろう? ん~……ま、ぶっちゃければ、ちょっとオーク達に食わせたいんだよね」

「……は? な、何、言って……」

「やっぱり敵か! みん――」

「――おっと、面倒だからお友達は呼ばないでね~」

「ガハッ…………」



 恐ろしいことを宣ったクロウに反応して仲間を呼ぼうとしたリュウはいつの間にか後ろに移動していたクロウに首を手刀で叩かれ、気絶してしまった。

 マナミはそれを見てもクロウをキッと睨み付け、ユウを守ろうと覆い被さった。



「……むっふっふ~、今日は強い子ばっかり見るね~。僕としては二人とも可愛いし、強いしで彼女に欲しいなぁ。……あははっ、ごめんね、お嬢さん。僕にもそうしなきゃいけない理由があるんだよ。だから……ユウ君は渡してもらうよ」

「っ!? だ、ダメっ! 死にかけてるのに! これ以上酷いことしないでっ!」



 気付くと、抱き締めていた筈のユウが姿を消しており、クロウの方を見ると、クロウの近くでユウが浮いていた。

 マナミは殺されるかもしれないとわかりつつも必死に手を伸ばす。



「ユウ君を返してっ……私っ、ユウ君が死んじゃやだっ……私の……大切な友達なのっ……だから返してっ!」

「……ん~、顔立ちと雰囲気がちょっと好みなこともあって罪悪感が……本当にごめんね、彼には魔族になってもらわないと困るんだよ。君は再生者だろ? ……よいっしょっと。ほらっ、聖剣は抜いたよ、傷は治せるね? じゃあ……後は任せたよ」

「へ? 聖剣……がっ……? ぁ……あっ、き、【起死回生】! ……は、発動出来た!? ユウ君……っ!」



 クロウは涙を流しながら懇願するマナミに頬をポリポリと掻きながら困惑の表情を浮かべ……事も無げにふわふわと浮いているユウの背中から聖剣を抜き去った。

 そして、一瞬だけマナミの前に差し出して回復させると、オークの数が一番集中しているところへユウを浮遊させ――



「いやっ! ……や、止めて……止めてくださいっ、お願いします……! あっ……だ、ダメええええぇぇ――っ!」



 ――落とした。



 マナミの悲鳴に戦っていた召喚者達は初めてクロウの存在に気付いた。



 謎の人物に驚きつつも、皆一様にマナミの元へ駆け寄り、ユウの姿がないことに気付く。



「お前はさっきの……! ……はっ!? ゆ、ユウはどうしたマナミ!?」

「主様!? 主様! どこですか!?」

「マナミ! ど、どうしたのよ……こ、この人は……?」



 混乱する三人を横目に、



「んじゃっ、ばいちゃ~っ!」



 と、笑顔で手を振りながらクロウは姿を消した。



「ぁ……あ、ああっ……! ユウ君……ユウ君っ……! ダメっ……死なないで……! やだっ、やだよっ……!」



 盛大に取り乱して、やけにオーク達が群がっている()()の方へ走りだすマナミの様子に……ライは気付いたらしい。



「ま、まさかっ……!?」

「っ!? き、消えた……な、何が……ら、ライ様……?」

「今の人は一体……ってそんなことどうでも良いのよ!? ユウはどこに行ったのっ、マナミ! 教えて! マナミっ!」



 ――バキィグチャッメキメキメキィッ!



 少しすると何かを貪るような音と……



「……ぁ? ああっ!? がっ、あ゛あ゛っ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっっ!?」



 という……ユウのものらしき絶叫が聞こえた。



 何が起きているのか理解してしまったマナミはもう正気ではいられなかった。



「いやああああああっ!? ユウ君がっ! ユウ君がああぁっ!? 助けっ、助けないと! やだ! ユウ君っ!」

「ま、マナミ! 落ち着きなさいっ、ユウがどうしたのよ!」



 錯乱したかのように涙と鼻水を流しながらオークの元へ走りだそうとするマナミを何とか抑えるミサキだったが、次に聞こえてきた助けを求める声から……その場に居る全員がユウが現在進行形で生きたまま喰われていることを悟った。



「ああああぁっ!? い、痛いっ!? 何っ、あがあっ!? 痛い!? 痛い痛い痛い痛い!? あああっ!? ゆ、指がっ!? 腕がぁっ!? 痛い痛いぃっ! 誰かっ、助け――」



 ――グチャアッ! ブツンッ!



 何かを噛み千切る音と何かが千切れた音……



「ギャアアアアアッ!? 手がっ……! ああああああっ!? 目がっ! 目があああっ!?」



 続くユウの悲鳴……



 ライとアカリは「「うわああああっ!」」と言葉になっていない心の叫びを上げながら、オークの群れに突っ込んだ。



「……ぅ……ん? ここ……は……?」

「あああああっ!? 痛い痛い痛い痛いぃっ!? がっはっ……いた……ぁ、……あ……ぅ…………」



 ユウの断末魔のような声と聞くに耐えない嫌な音で目を覚ましたトモヨはユウがどこに居るのか、どんな目にあっているのかを一瞬で理解した。



「ま、マナミ! 何してるの! 早く治しなさい! 黒堂君を死なせたいの!? 早くッ!」

「あぁ……ユウ君っ……死なないでっ……」



 マナミは涙を流し、震えながら【起死回生】をオークの群れの中で発動させた。



 少しすると、再び咀嚼する音や悲鳴が聞こえてきた。



「……ああああっ!? な、何で!? 何でええぇっ!? 痛い痛い痛い痛いいぃいいぃ!! いいっ痛いっ! 誰か助けっ……ああああっ! ライぃっ!? ライっ! 助けてくれっ! ああっ、やだぁっ……またっ、また手がああああっ!? がああああああっ!」



 最早、イサムや早瀬すら顔を青ざめさせて固まっていた。



 殺そうとした相手とはいえ、食われて再生して食われて再生してを繰り返す文字通りの生き地獄に言葉が出ないのだろう。



「ユウっ! 今っ、今助けるから! だから……っ! 耐えてくれ!」

「主様……! 主様ぁっ! どうか……どうかっ!」



 ライとアカリの二人が泣きながら剣をオークに突き立て、蹴りを入れ、ユウを助けようと奮闘する。

 しかし、食事に夢中になっているオークの群れもマナミの【起死回生】回復範囲に入ってしまっているので、傷は治ってしまう。



 オークにしても痛いとはいえ、気配は強いくせに抵抗が弱いという最高の食べ物が目の前にあるのだ。一心不乱に食べてしまうのは必然に等しい。



「痛い痛い痛いっ!? 助けて! 誰かっ! 母さんっ、父さんっ!? やだっ、痛い! 食べないで! やあああっ! ぐすっ! 痛いっ、痛いよ……誰か……!」



 やがて、空腹感が治まってきたのか、咀嚼音が落ち着いた頃……あれほど痛みに強かったユウの口から幼児退行してしまったかのような弱々しい言葉が漏れ始めた。

 あまりのストレスに脳がショートしたのだろう。



 ライとアカリも何とか助けようと斬ったり、突いてはいたのだが……斬ったところで直ぐ様再生し、脳天に突き刺して殺したところで肉塊が邪魔になる。

 《限界超越》でユウのように腕が変な方向になるまで斬り飛ばしたり、殴り付けたりもしたが一トンを優に越える巨体はそう簡単には退かなかったのだ。



「ぁ……ぅ……あ……あ……ぅ…………あぁ……ぁ……う……………………」



 数分後、知性を感じさせる声が聞こえなくなり、最早沈黙した頃。



 オーク達から沸々と闇の気配が溢れ始めた。



 ソレは倒した魔族よりもどす黒く、禍々しかった。



 この世のものを全て呪ったかのような憎悪そのものを感じさせた。



 言葉に言い表せないほど黒い闇の気配を、感知系スキルも《光魔法》も持っていない召喚者や近くに居た兵すら感じとり始めたその時。



「ユウっ……!!」



 と、短く叫びつつ、辺りを吹き飛ばしながら突撃してきたジルによってユウは助けられた。



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