第63話 勝利と……
長いです。
「シャアアアアアァッ!」
「せぇいっ!」
「ぐっ……ほう?」
俺が斬撃を幾つも飛ばし、それを隠れ蓑にしてライが《縮地》で接近する。
魔族は斧を振るって当然のように斬撃を弾くが、その隙を狙ってライの聖剣による突きが襲う。
しかし、それも首を捻るだけで躱されてしまった。
「胴体か四肢を狙え! 最初から頭は無理だ!」
「くっ、わかった!」
斧と剣をぶつけ合いながらだったが返事が返ってきたので、魔粒子ジェットで回転しながら魔族の後ろへと回り込み、爪を叩き込む。
「良いコンビだ。……だが遅い!」
魔族はステータス差で押し負けていたライの腹に蹴りを入れ、俺の爪は斧の刀身を背中に当てることでガードした。
「ごふぅっ!?」
「ぐう……っ!」
――ガキィンッ!
――メキメキメキィッ!
ライが先程の俺のように腹をひしゃげさせながら吹っ飛んでいき、俺は攻撃が受け止められたことにより、身体から悲鳴が上がる。
しかし、マナミによって回復したライが一瞬の内に戻ってきたので、何合か打ち合ってもらっている間に後ろへ下がり、【起死回生】を使ってもらう。
そして、身体中の痛みが消えきる前に魔粒子ジェットで肉薄し、爪を構えた。
「これなら!」
「どうだ!」
「ぐぬうぅ……!」
目の前に居たライを無視し、俺目掛けて振り下ろされた魔族の斧の前に《縮地》と《空歩》で移動してきたライが斧を受け、その一瞬で俺が魔族の腹に爪を突き刺す。
が、刀身が皮膚に刺さった瞬間、魔族の鋭い蹴りが飛んで来た。
「オオォッ……ラアアアァッ!」
冷や汗を噴き出しながらも後退せずに身を翻して躱し、腕から魔粒子ジェットを出すことでアッパーのように振り切り、魔族の腹に縦三線の切り傷を与えることに成功した。
「っ!? やるな! ――~っ……オオオオオオオオオオッ!!」
「なっ!?」
「うおっ!?」
内臓にまでは届かなかったようだが、浅くとも腹を裂かれれば致命的な隙も生じる。
そこを狙ったライが《限界超越》スキルで黄色のオーラを撒き散らしながら斧を上へと弾き、斬りつけるようとするものの、またあの物理的な攻撃になる雄叫びで吹き飛ばされてしまった。
十メートル近く後退させられた俺達はくるくると回転しながら着地し、悪態をつく。
「煩いな、あの豚野郎……」
「くっ……今の雄叫びは兎も角、何でさっきからあいつの傷がなくなるんだ……不死身なのか?」
「〝闇〟……確かあいつは〝粘纏〟とか言ってたけど、《闇魔法》で出すことが出来る……まあ、瞬間接着剤みてぇなもんで傷口同士をくっ付けてんだよ。だから幾ら傷を付けても意味がない……何とか隙を作らせて即死させないとダメだ」
「……ならダメージは残ってるんだな? 回復してる訳じゃないんだろ?」
「恐らくな……」
俺達が与えた傷だけでなく、早瀬がチマチマ付けたものやジル様が斬った胸も全て〝闇〟によって無理やりくっ付けられ、傷はないように見えるがダメージそのものは残っている筈だ。
だから意味がないという訳ではないとはいえ、それらの傷で相手が倒れるのを待つには今の俺達の技量じゃちょいと厳しい。多分、相手が倒れる前にどちらかが死ぬ。
「魔力残量は?」
「……八……いや、七割。ライ、お前は?」
「俺は五割切ってる」
「何でそんなに使ってんだよ」
「煩いな、それだけ急いできたんだよ。お前、あの魔族やジルさんと戦ってる綺麗な人みたいに禍々しい気配を撒き散らしてたんだぞ?」
「……マジか。やっぱ、かなりギリギリだったんだな」
魔族は俺達が話すことを邪魔することなく、斧を構えてこちらを見据えている。
どちらか単体ならば勝てる、組まれたら油断出来ない、とでも思ったんだろう。
「……聖剣の力か《光魔法》であいつの〝闇〟を消せないのか? 俺にやったように」
「……無理だな。《闇魔法》が負の感情と魔力で発動するように、《光魔法》も正の感情と魔力で発動する。さっきはお前を助けたい、魔族にさせたくないって思いで何とか出来たんだ。あいつをお前と同じように助けたいなんて思うことは出来ないね」
「……仲間以外には随分と薄情なんだな」
「以外っていうか敵だろあいつ。無理だよ、流石に殺そうとしてくる奴相手じゃ」
思った以上に恥ずかしい返答だったので冗談で返したが……そうか、無理か……どうしたものか……。
「俺と喧嘩した時みたいに相殺することは?」
「初めて使ったんだ、まだ使い方がわからない。しかもあの時はお互いに暴走した感じだっただろうが」
「……本当使えない勇者様だな。人には散々嫌な思いさせといてよ」
「しょうがないだろ、それにそんなことすればお前だって苦しむぞ。流石に暴走させたら聖剣でも抑えきれない筈だ」
「「…………」」
「……お前の得意な『雷』の属性魔法もあんま効いてなかったんだよな?」
「あぁ、比較的弱い『纏雷』でも普通は気絶する威力なんだが……魔法への耐性が強いらしい」
「なら『落雷』だったか? と【紫電一閃】はどうだ?」
「『落雷』は普通に躱されたし、そもそも隙が出来るから危ない。……固有スキルは試してないな」
「何で試さねぇんだよ……ったく。んじゃ、そういう方向で行くぞ」
「うっ……反応するのに精一杯だったとしか言えない……あ、体当たりは出来ないから接近しないと無理だぞ。お前、あいつの斧を受け止められるのか?」
「……無理だろうな。防御力が低すぎる」
だからこそ、ショウさんが生成してくれた避雷針が役に立つ。
俺はライを後退させつつ、今も戦っているアカリに近付き、預けていたマジックバッグをしれっとパクると、中から避雷針の棒を取り出した。
見た目は二メートル程の銀色の棒だ。素材とかはわからんし、効果もどれ程のものかわからない、ないよりはマシだと思って作ってもらったもの。これを使うしかないだろう。
「お前なぁ、今の怪盗みたいな鮮やかな手口は何だよ? アカリもビックリしてるだろ。幾らショルダーベルトを切ったっつったって自然に取りやがって……」
「これショルダーベルトっていうのか、今まで持ち手だと思ってた。初めて知ったわ。……ってそんなことはどうでも良いんだよ。これ使うぞ」
「……何だこれ?」
「避雷針」
「……どこでこれを?」
「禁則事項です」
「……後で詳しく聞くからな」
お互いの存在に安心したのか、少し余裕が出来た俺達はふざけながらも作戦を決めた。
「まず実験だ! そのっ……一ぃっ!」
魔族に向けて避雷針を投げつける。
地味に《狂化》を使って威力は底上げしてあるので、当たったら痛いどころじゃ済まない威力と速度だ。
「連続……『落雷』ッ!」
続けて、魔族が斧で弾くか躱す前にライが全力の『雷』の属性魔法を魔族の後ろ目掛けて飛ばす。
これにより、避雷針の効果が如何程のものかがわかる。
魔法で作った雷に反応するか否か、ちゃんと電気を呼び寄せるか否か。
果たして効果は……絶大だった。
「何かと思えば飛び道具……何っ!?」
避雷針を斧で受け止めようとした魔族の後ろに幾重もの『落雷』が落ちた瞬間、避雷針の効果が即座に発揮され、電気を呼び寄せたのだ。
狙い通り、魔族の身体を突き抜けて。
「ぐぅ……珍しい魔法……をごおぅっ!?」
『纏雷』より強いであろう電流を連続で食らい、流石に痺れたんだろう。
そこへ現在進行形で飛んできていた避雷針が魔族の腹に突き刺さった。
「ごほっ、ぐふぅ……――~……ぐはぁっ……オ……オオオオオオオオオオッ!!」
そんな状態で近付かれるのは致命的と踏んだ魔族は当然、例の雄叫びを上げる。
しかし、俺達は近くには居なかったので吹っ飛ぶことはなく、後ろへと下がるだけで済んだ。
「ぐう……っ!」
乱暴に貫通している避雷針を抜き、〝闇〟でくっ付けるものの、内臓にも当たっていたらしく、今までと違って苦しげな表情だ。
避雷針がどういうものなのかわかった奴は抜いた避雷針を真っ二つにすると適当な方向へと投げた。
近くに置いといて電気を呼び寄せられても嫌だと思ったんだろう。
今ならやれそうではあるが、念には念を入れさせてもらう。
「実験その二!」
再びマジックバッグから避雷針を取り出し、ライが【紫電一閃】で電気状になった手をくっ付ける。
そして、俺はそれを……ぶん投げる。
「うおっ、本当に引っ張られええええぇっ!? せめて確認しろよバカああっ!」
……どうやら大丈夫そうだ。
今度は少しオーバー気味に回避した魔族の横を通り過ぎ、飛んでいった避雷針から、魔粒子ジェットを使って飛び出てくるライ。
瞬間的に《縮地》、《空歩》、《限界超越》、その他スキルを使って魔族の目の前まで迫った奴は再び電気状になった手を魔族の腹に押し付けた。
「ぐうううっ!」
バチバチと辺りに放電するほどの威力。
流石の魔族でもダメージがあったらしい。
一秒程しか発動出来ない【紫電一閃】の効果が切れた後も固まっており、ライにまた腹を斬られているくらいだ。
とはいえ、その傷も〝闇〟で塞がれてしまう。
かなりの傷を付けてやった筈なのに、ライの攻撃を全て受け止める程度の芸当は余裕らしく、体勢を整えた後は普通にライを押している。
やはり致命傷すら塞いでしまう奴相手じゃ素のステータスと経験差は埋められないようだ。
やがて、グレンさんが使っていた、受けさせた衝撃を時間差で食らわせるスキルで聖剣を吹き飛ばされてしまったライが《縮地》で戻ってきた。
俺が短剣を投げつけて牽制している内に聖剣を拾いに行かせるとライは油断なく構えながらも、
「あ、危ねぇ……死ぬかと思った……つっても、一応さっきよりは弱ってたな。まあ、俺一人じゃ無理なくらい強いままだったけど」
と、伝えてきた。
「そうか。……んじゃっ、実験ラスト!」
《狂化》した拳を地面に突き刺し、そこから無理やり上へ突き上げることで盛大な砂埃を起こす。
「……『落雷』ッ!」
魔族が驚いた時には俺の腕は【起死回生】によって完治している。
また取り出した避雷針をさっきと同じようにしてぶん投げ、ライは威力を一点に集中させた『落雷』を再び魔族の後ろへ落とした。
先程同様、真っ直ぐ落ちていた稲妻が避雷針に引っ張られ、斜めに電撃が走って魔族に当たった。
「何を……ぐっ!?」
砂埃のせいで威力は下がったようだが、魔法は見事魔族に当たったみたいだ。
しかし、感電しながらも避雷針だけは当たるまいと無理やり動いたらしく、避雷針そのものはその先に居たオーク達の腹を貫通していった。
魔族はライの電流が先程の傷に流れたのか、かなり顔を歪ませている。この調子なら行けそうだ。
「多少の砂埃なら効果は発揮、と……こっちの攻撃が弱まるのが難点か」
「後ろのオーク達が埋まるほどの砂の塊や岩をぶつけといて多少とか……てかどんだけ避雷針入ってんだよそのマジックバッグ」
ライの引いたような声が聞こえてきた。
どうだろうな、適当にぶち込んどいたから百くらいはある筈だ。
「一人……いや、二人じゃ無理でも三人なら……ってか」
こんなことはそもそも一人では無理だった。
強敵である魔族と戦えるのもマナミという最強の回復役が居てくれてこそのこと。見た目こそダメージはないように見えるが、実際はボロボロであろう魔族の身体もだ。恐らく俺一人じゃ、最初の一撃か二撃で死んでるだろう。
ライも何だかんだ勇者ということもあり、レベルもステータスも殆ど俺を越えているし、スキルも戦闘向き。
当然、接近戦でもかなり時間を稼いでくれるから援護がしやすい。
「はっ、それも勇者だぜ俺は。時給は高いぞ?」
つい出てしまった俺の言葉に、ライが「俺と俺の彼女、凄いだろ?」と、どや顔しながら言ってきた。
時給制とか勇者はバイトか何かかな?
「……それはイクシアに請求してくれ」
「当然」
中々、シビアな勇者である。
こいつ……と、ライをジト目で見ていると魔族から声が掛かった。
「グハッ、グハハハハッ! やるではないか弟!」
「……弟?」
「あいつ、俺の先輩らしい。『闇魔法の使い手』の成れの果てだとよ」
「マジかよ……魔族の『闇魔法の使い手』だと思ってた……」
どうやらライは《闇魔法》を使うだけの魔族だと思っていたらしい。
まあ、人間の要素、言葉を話すのと二足歩行ってとこだけだもんな。元人間だとは思わないのも当然か。
「……なあ、兄ちゃんよ。さっきから気になってたんだが、何でオーク達をけしかけない? 俺達は三人掛かりなのにアンタは一人で戦うことに拘ってる。このままじゃ死ぬってことくらいわかってるだろ? 何故だ?」
トモヨ達が近くのオークを止めてくれているものの、それはほんの一部のみだ。
他はイクシア軍の兵達と戦っており、こちらには見向きもしていない。
俺が起こした強烈な砂埃やぶん投げた避雷針を食らっても、ジル様達の戦いの余波で染みと化そうとも……何故かこっちや向こうを襲う気配がないのだ。
余波の方は次元が違うと感じたにしろ、自分達の大将が追い込まれているのに手助けもしないのは気になる。逆に魔族が助けを求める様子はないのも何か策があるようで少し怖い。
「……何だ、何を言うかと思えばそんなつまらんことか」
「……つまらない?」
「あぁ、つまらんな。お前にもわかる筈だ弟。こんな楽しい戦場で手助けだと? 己が主役の舞台で脇役を前に出す訳がなかろう?」
…………。
……あぁ、わかった。
こいつはアレだ。本当にジル様と同じ戦闘狂なんだ。ただ単に死ぬかもしれないこの戦いが楽しくて仕方がないから邪魔に等しいオーク達を出さないだけ……
例え自分が死ぬとしても、オーク達の助けがあれば俺達を殺せるとしても……今のこの状況を変えたくないんだ。
俺かライ、それとマナミだけなら大した脅威でもないのに、力を合わせれば脅威成りうる。そんな状況を楽しんでやがる。
「生粋の戦闘狂だな」
「お前もだろう? 弟よ」
「俺は兄ちゃんみてぇになりたくないんでな。師匠のように……ああやって苦しみたくもない。家族や友達を失ったのに……あの人はその時だけ怒っただけ。憎しみを思い出そうとしても戦いたいっていう渇望の前には消えてしまう。……見てみろよ、今なんか楽しんでるじゃねぇか」
俺はジル様の方を見ながらそう返した。
魔族だけでなく、ライも釣られてそちらを見る。
「クハハハハハハッ! 強いッ! 強いなァッ!? オレの本気を止めるかああぁっ!」
「あははははははっ! 前とは比べ物にならないくらい強くなったなぁっ、竜人のお嬢ちゃんっ! 過ぎ去っていった悠久の時の中でも君ほどの才能の塊はそう居ないぞ!」
「クハッ! そりゃあっ、どう、もッ!」
「あはははっ! たった一回の人生で……ここまで僕を引き出すかッ!」
「「フハハハハハハッ!」」
天変地異の如く、地面を割り、空を斬り、近くの森だけでなく、遠くの山をも崩し……と、地形を変えながら剣と剣をぶつける二人の顔からはもう涙が出ておらず、純粋に本気が出せる戦いを楽しんでいるように見える。
それに巻き込まれるイクシア軍の兵やオークが蟻か何かのように吹っ飛んでいる。
両者とも近付かないようにはしているようだが……音すら置き去りにする速度で戦う化け物からは逃れられないのだろう。
最早、ジル様からは俺が、クロウさんからは悲しみが消えている。
あのジル様が人前で涙を見せるほど感情を露にしていたのに、存分に暴れられる相手を前にすれば消えてしまう。
本人は多分、本当に俺のことを心配してくれていた筈なのに。
それはとても悲しいことだ。
クロウさんが悲しいと笑い、泣いていたのもわかる。
どんなに抗おうとも狂人は狂人だという現実をとことん突き付けてくるんだから。
「あのジル様がおかしくなっちまうくらいのことなんだぞ? 俺は……もう戦いを楽しみたくないね……」
「それがどうした。我々のような異物が弾かれるのは当然のこと。何を今更、躊躇する必要がある」
「……『闇魔法の使い手』なら好きに暴れろと?」
「そうでなくとも、力があれば何をしても良いのが世の理だ。おかしいと感じるのは自分と違うからだろう? 今までの環境や法、道徳心に縛られているのだ。それでは、ただ自分を檻に閉じ込めているだけではないか。そんなつまらん世界に満足なのか?」
「…………」
「お前の身勝手な都合にっ、檻に閉じ込もるしかない弱い人や檻の中で満足している人を巻き込むのがおかしいと言っているんだ! お前のような奴が居るから関係ない人が苦しみ、傷付く! そんな道理っ、認められるものか!」
ライが何やら怒っているが、魔族の言いたいことも何となくわかる。
日本で学生やってた頃もニュースとかを見てて思った。
何で人を殺したり、物を盗んじゃダメなんだろうと。
何故かと真面目に考えてみても、法律で決まっているから。それしか出てこない。
何となくやっちゃいけないってのはわかるけど、それは今まで受けてきた教育や培ってきた道徳心、良心からのもので、絶対にやってはいけないというルールがあるわけではない。
鳥居とか神社とかにゴミを投げるってのはどんな奴でも何となく避けるもの。それと同じだ。
何となくダメだから。
それは確かに縛られているのかもしれない。
こいつはそれが嫌なんだろう。
まあ、だからといって……
「自分を苦しめるのはちょっと違うな。今は楽しんでるけど……ジル様やクロウさんは本当に泣いてた。あんな化け物共が心の底から後悔し、悲しみ、涙を人に見せるほど……苦しみたくないって言ってんだよ」
「苦しむのはあの二人の根底に優しさや甘さという『弱点』があるからだ。お前にもな。我輩も……昔はあった筈だ。だが、怒りと憎しみに飲まれ、消えていった。あの二人が本気で戦う時だけ消えるように」
「違うッ!」
「違うっつったろ」
「お前の言う優しさとか甘さは誰しもが必ず持ってるものだ! それを消してしまったのは自分の意思だろう!?」
「あの二人はその『弱点』を消したくなかった。だから苦しんでるんだ。アンタのように逃げたり、知らない振りをせず、正面から向き合ってるんだ」
「…………」
ダメだな、埒が明かない。
俺とライがわかりあえないように、こいつとは考え方が違う。
互いに歩み寄れば一緒に……いや、近くを歩ける俺達と違って、我が道を行く奴だ。
自分達でルールを定めて同じ道を歩こうとしてる奴等に蹴りを入れ、道を破壊する異物……。
「……どうやら剣聖は勘違いしているようだな。お前は我々とはまた別のものだ。同じ異物ではあるが……相容れないとわかっていても、いつかはわかりあえる筈だという理想を持っている。そこの勇者と違って、現実は見えているようだがな」
「「…………」」
「だが、それもまたお前の『弱点』だ。……いつかわかる。お前のように半端な存在は我々のような異物よりも危うい」
「……何が言いたい?」
「助言だ。それぞれにな。まず勇者、弟が堕ちれば我輩よりも大きな脅威となる。初めは小さく、弱いだろうが……やがて成長し、全てを闇に誘う悪そのもの、悪の権化となるだろう。お前のような甘ったるいガキに太刀打ち出来るような奴じゃない。我輩を殺した後、弟を殺すことを勧める」
「血迷ったことを……誰がそんなことするか! こいつは俺の大事な親友だ! 馬鹿にするんじゃない!」
「弟。お前は……そのまま生きてみろ。きっと後悔する筈だ。その『弱点』が何よりの苦しみを与えてくれる。他人を信じてはいけないと理解しているのに、友人だから親友だからと信じていては……足元を掬われるぞ? 我輩のようにな……」
「…………」
こ、こいつ……
魔族の言葉に色んなことを想像した直後。
――ドックン……!
心臓が大きく跳ね上がった。
「うっ!?」
「……ユウ? どうした!? ユウ!」
つい胸を抑えた俺を攻めるように、今度は目眩や息切れ、頭痛が襲い掛かってくる。
――ま、また……魔族化の兆候が来やがった……何でこのタイミングで……!?
「グハッ、グハハハハハハハハッ! 『闇魔法の使い手』は互いに牽かれ合うのだ! お前も我輩の位置を認識出来ただろう!? ここまで近付けば片方の《闇魔法》に影響されるのも当然! 少々、乱暴だが兄弟! お前の望みは叶えさせてやるぞ!」
ぐっ……! クソっ! また身体から〝闇〟が溢れてきた……不味い! 奴の言う通り、共鳴に近い形で影響を受けている……!?
「くっ、聖剣っ……俺に力を貸してくれ……!」
「っはぁ!」
徐々に力が入らなくなってきた俺の身体が優しい光に包まれた。
瞬間、一気に息苦しさから解放され、荒く呼吸する。
「っ!? 出来た! だ、大丈夫かユウ!」
「はぁっ……はぁっ……だ、大丈……ばねぇ。キツ……い……お前……は?」
「こっちもめちゃくちゃキツいっ! 一瞬なら兎も角、ずっとは無理だ!」
「グハハハハッ、その力を発動させながら我輩と一戦交えようとは舐められたものだなッ!」
ライの方を見ると、聖剣が《光魔法》によって神々しく光を放っていた。
どうやら聖剣は『闇魔法の使い手』に悪影響を与える《光魔法》の効果を制御するような能力を持っているようだ。
お陰でダメージも体調不良もなく、魔族の《闇魔法》と相殺されて頭痛だけで済んでいるが、ライの方も厳しいらしい。
「ちっ、ライ! 俺がおかしくなる前に殺る! 合わせろ!」
「ユウっ……あぁ!」
俺からまた禍々しい気配とやらが出てるんだろう。
ライは俺の言葉に頷くと聖剣に流していた《光魔法》を解いて構えた。
その瞬間、また俺の身体に魔族化の兆候が現れるものの、溢れ出る〝闇〟を気合いと根性で何とか抑える。
――負の感情がダメなんだ……だから、ライの【明鏡止水】のように……!
思考系スキルを駆使して、頭の中をカラにすると少しだけ落ち着いたような気がした。
――これなら……何とか耐えられるな……
俺が自分を抑えている間にライは先程から使っていた《限界超越》スキルを全開にしたらしく、全身が黄色に輝き始めた。
マナミの元に戻す【起死回生】は極度の疲労と筋肉痛を引き換えに火事場の馬鹿力を引き出す《限界超越》と相性が良く、合わせていれば延々と使っていられるほど発動させられる。
しかし、俺と違って思考系スキルを持っておらず、痛みにもそこまで慣れてないライは今まで全身には発動させていなかった。
俺の状態を鑑みて、痛みを無視してでも戦う覚悟を決めてくれたのだろう。
ライの今のステータスがどのくらいのものかはわからないが……素のジル様を越えているのは間違いない。
「おらあっ……よッ!」
同じく《狂化》を全開にした俺は避雷針を魔族の元へぶん投げた。
ライが触れていないので魔法が飛んでくると予測したらしい魔族は急いで躱し、離れようとするものの、【紫電一閃】を使って雷速で動いたライがバチバチバチィッ! と音を立てながら一瞬の内に避雷針に移動し、直ぐ様魔族の方へと飛び出る。
そして、ライの固有スキルを今一わかっていなかったのか、驚き固まっていた魔族に聖剣を振り切る。
が、その奇襲攻撃も躱されてしまった。
みれ浜魔族の全身から黒いオーラがモヤモヤと湧き出ている。感じからして《限界超越》じゃなさそうだが……
「『強化』と《狂化》だ! 奥の手を使わせるとはつくづく面白い奴等よッ!」
こ、こいつも『無』属性かよ……!?
「まるで『無』属性のバーゲンセールっ……だな!?」
「そんな余裕ねぇけどっ、俺も同じこと思った!」
顔色を青くさせながら凄まじい速度で振り下ろされる魔族の斧を躱すライに俺も直撃だけは絶対にダメだと冷や汗を流しながら同意する。
今までにない威力とスピードで振られる斧や飛んでくる拳を魔粒子ジェットを全開にしながら躱すライの元へ、同じように魔粒子ジェットを噴射させながら駆け付け、ライの背中を引っ張って魔族の攻撃範囲から外させた。
次の瞬間、魔族は斧を横一文に大振りしてきたので、ライは伏せて躱し、俺は空中へと逃れた。
俺は魔粒子ジェット、ライは《縮地》で後退しようとするが、巨体に見合わぬ速度で追ってきた魔族にまた足を掴まれてしまった。
――グキャアッ、メキメキィッ!
「ぐああああっ!?」
「させるかっ!」
俺の足が潰れ、先程のように迫ってくる魔族の斧をいつの間にやら戻ってきていたライが止めてくれたので、その隙に腰の短剣を抜いて魔族の手首に突き刺す。
「ぐうっ……!」
ライは俺を守るために魔族の攻撃を受け止めたことで弾丸のように後ろへ吹っ飛んでいき、左手に力が入らなくなったらしい魔族から解放された俺は爪を構えつつも魔粒子ジェットで後ろへと下がる。
当然魔族も追ってきている。しかも左手が使えないからか、斧から離した右手で最速最短で突いてきた。
――こんな至近距離で避けづらい攻撃をっ! っ!? 不味いっ、一人じゃ抑えきれなっ……
マナミを信じて額から魔粒子ジェットを噴き出させ、躱すことには何とか成功したものの、ブオオオンッ! と目の前を拳が通り過ぎたのとグキリッ! と鳴ってはいけない音が首から鳴ってしまったことに恐怖してしまう。
「があああっ! いっってえぇぇぇ…………くっそっ……! 一撃っ、一撃っ、に……死ぬかもしれないって! 肝冷やす相手とかっ……」
「ええいっ、すばしっこい!」
そこから何とか連続の突きを躱した俺はマナミが治してくれた足で蹴りを入れる。
確かに顎を直撃している筈だが、ダメージはないようだ。
「しつっけえ!」
魔粒子ジェットで身体を回転させることで連続の蹴りをお見舞いしてもやはりダメージはない。
少し顔をのけ反らせるだけでカウンターばりに拳が飛んでくる。そうこうしている内に首の痛みはなくなっていった。とはいえ、一発当たるだけで半死に、もしくは即死だ。近くには居られない。
魔粒子ジェットで後退しつつ、仕方なしにダンジョンで使っていた砂爆弾を投げつけて『風』の属性魔法で散らし、初見殺しの目眩ましを食らわせた俺は間髪入れずにマジックバッグに入っている避雷針を投げつけていき、足止めする。
「ぐぬぅっ!? 姑息な手を!」
魔族の方も腕に俺の短剣が刺さったままかつ砂爆弾が顔面に直撃してくれたので動きも反応も鈍い。
こちらの狙い通り、避雷針をいつの間にか拾っていた斧で弾くか切るだけで足を止めてくれた。
「ふーっ……!」
力の入った蹴りを無理やり続けたせいで変な方向を向き始めている足がマナミによって治され、着地出来た俺は残っている避雷針を次々と投げつけていく。
動きが鈍いと言っても全て弾かれており、被弾はない。
しかし、気にせず投げ続ける。
途中から魔粒子ジェットで移動しながら投げる、斬撃を挟む、と工夫してみたものの、効果はなかった。
十数秒後。
気付くと、マジックバッグから避雷針が無くなっていた。
「っ!? 使い過ぎたか!?」
「ふっ、尽きたか!」
真っ青な顔をしてマジックバッグの中を漁る俺を前に好機と見たのか、近付こうとしてくる魔族の元に電撃が走った。
「ぬっ!?」
「俺を忘れるなっ!」
【紫電一閃】によって電気と化していたライだ。
ライはそのまま牽制しつつ魔族の周りに落ちている避雷針に移動し、魔族の目の前まで来るとバチバチ放電している手を押し付けた。
「『纏雷』ッ!」
「ぐううううっ!」
斧でガードしたようだが、感電したらしく、魔族の動きが止まった。
今までなら効かなかったのに止まった……? ……追い詰めてるのか!
そう判断した俺は最大限に声を張り上げた。
「ここだっ、畳み掛けろ! ライッ!」
「ああっ! 食らえ連続『落雷』ッ! そして、止めのっ『迅雷』ぃッ!」
「ぐおおおおおぉっ!?」
――バチバチバチバチバチバチィッ!
凄まじい量の電気が音を立てて魔族に襲い掛かる。
青い稲妻が次々と現れては魔族を貫通し、空中を飛び回っている様はどこか幻想的だった。
常に電気が流れているので避雷針に呼び寄せられるが、避雷針そのものは魔族の周りに落ちている。魔族を囲むように何本もだ。
俺が予め多めに投げたとはいえ、予想通り、結界のような形で魔族を閉じ込めてくれた。
常に全方位を囲む電気と身体に直接流される電気。
逃げたくても逃げられないし、常に感電している訳だからそもそも動けない。……逆に言えばライも多少感電しているだろうが、魔族と違って電気が流れることを想定して作られた防具も装備している。恐らく大丈夫だろう。
どうやら即興で考えた電気の結界orライの瞬間移動装置の配置作戦は上手くいったらしい。
魔法よりも威力の高いっぽい【紫電一閃】まで使っていることもあり、魔族はそこから抜け出すことが出来ずに居る。
万が一抜けられても周りは避雷針だらけ。多少、他の避雷針に引っ張られても電気になれるライからは逃れられない。
こちらはわざとではなかったがライが吹っ飛ばされて退場してしまったので、割りと本気で焦った俺が痛みを伴う無理な動きと砂爆弾で俺に注意を向けさせ、尚且つ、避雷針をバカみたいに投げて苦肉の策として足止めする……ように見せ掛けて、避雷針を辺りに撒いた。
ライなら《縮地》か【紫電一閃】で来てくれると思ったし、魔族からすれば敵が万策尽きて足掻いているように感じただろう。
しかし、端から見れば少しずつ、確実に、避雷針が魔族の周囲を囲っていっていたのだ。
ライからすれば『雷』の属性魔法か固有スキルで攻撃しろと言われているようなもの。
実際、適当な避雷針に呼び寄せられたライは魔族の目の前に現れて痺れさせた。後は調理するだけだ。
至って単純かつシンプルな作戦。
――とはいえっ……危なかった……!
魔族化の兆候に耐えられなくなってきて、既に意識が朦朧としていたのだ。
本当に危なかった。後少しライが遅れていたら俺は直撃を食らっていただろう。
「アガガガガガガガガッ!!」
「うおおおおおおぉっ!」
眩しくも神々しく、拷問のような電流攻撃はライの魔力が無くなるまで続いた。
やがて魔力が尽きたのか、ライが無言で崩れ落ちる。
魔族の方も沈黙していた。
よく見ると、所々炭化している。
――流石に死んだか……
悲惨な姿をしている魔族に対し、そう思った俺が視線をずらし、意識をライに向けた瞬間――
「……ガハッ!」
――俺は最後の力を振り絞り、魔族の首に爪を突き立てていた。
魔族は俺が視線を外した瞬間、俺と同様、最後の力を振り絞ってライに向けて斧を振り下ろしていた。
故に、止めを刺した。
「嘘に真実を混ぜれば信憑性が増すってのは本当だな……マジの焦りと《演技》スキルでの青い顔、安堵の感情……上手く調和してくれたな、兄ちゃんよ……」
「……あ、……ぁ……」
少しずつ瞳から光が失われつつある魔族に問うと、肯定が返ってきた。
最初に焦ったような様子で攻撃を躱して逃げようとしていたのは本当に心の底から焦っていたから。
砂爆弾の後、青い顔して避雷針が無いと騒いだのや視線と意識をライに向けたのはフェイクだ。
こいつのスキル構成がどのようなものかは知らない。
それでも……いや、だからこそだな。戦いに慣れているからこそ引っ掛かると思った。
「……~っ……はーっ……はーっ……はぁ~……」
何とか繋ぎ止めていた意識を保つのもそうだが、流石に命の掛かった演技には息が詰まっていたらしく、マナミのお陰で疲労はない筈なのに荒く息を吐いてしまった。
念には念を……と決めた通り、首を落としてやろうかともう一つ爪を向けた俺に対し、魔族は「ふっ」と鼻で笑うと、
「み、見事……だ……ゆ……う、しゃ……おと、う……と……」
という一言と共に事切れた。
塞がっているとはいえ、流石に大量の傷を全身に付けられ、その上喉に三つの穴まで空けられれば死ぬか……
ふーっ……と一際大きな溜め息をついた俺は大の字になって倒れているライの元へ向かい――
「ごほっ……」
――血を吐いた。
ドスンッと何かが当たった気がしたので、視線を落とすと……
俺の腹から剣が生えていた。
「ぐ……ぁっ……!? な、ん……だよ……こ……れ……!」
「ぁ……? っ!? ユウっ!」
「ユウ君!?」
ライの焦ったような声と、俺達が魔族を殺したことで油断していたであろうマナミの声が聞こえた。
「なっ……あ、貴方っ、何てことを!?」
「ふえっ!? あ……あうっ……」
「あぁっ……ぁ……主様ぁッ!」
「ユウっ! ……お、お前ええぇっ!」
遠くからはトモヨ達の声も聞こえる。
「な、何で……こんな……こと…………イサムッ!!」
「は、ははっ……やった……やってやった……やってやったんだ! あひゃひゃひゃひゃ! おら死ねよ! 屑っ! あはっ……あはは……くっくっく……はーはっはっはっは! 僕が正義だ!」
今まで何処に居たのか、イケメン(笑)は俺が……俺達の気が抜けた瞬間を狙って、俺に剣を突き刺したようだった。
所々、違和感があるのでそのうち修正するかもです。




