第62話 激化する戦場
前半はライ視点、後半はユウ視点です。
補足、マリー=イクシアの元王女(現女王)
思った以上に時間が掛かってしまった。
聖剣に認められるのが、ではなく他国の援軍を連れてくるのに、だ。
予めマリーが救援要請の手紙を送ってくれていたみたいだけど、何処も移動や資金の問題で渋っていたらしく、俺が聖女……いや、聖騎士ノアに頼んで色んな国を転移して回って頼み込んで漸く重い腰を動かしてくれた感じだった。
あまり遠い国に頼んでも間に合わなかったら無駄になる。その辺を考えて周辺の小国だけにしたんだけど、かなりの日数を掛けてしまった。
お陰で小国に挨拶だか何だかの名目で訪れていた砂漠の国シャムザと呼ばれる大国のお姫様と出会えたのは僥倖だったけどね。
それでもグレンさんの見立てから考えればまだ猶予はあると思ってたけど……聖剣を手に入れたからか、何となくわかった。
とてつもなく禍々しい気配が二つ、イクシアに向かっている。特に片方はヤバい。多分、ジルさんだと思われる神々しさと禍々しさを兼ね備えた気配よりも圧倒的に強い。
その底が見えないくらいどす黒い奴は途中で止まったけど……もう一つの気配は真っ直ぐイクシアの王都に向かっている。
「勇者殿、少し落ち着かれてはどうか? あまり休めていないようだが……」
ある日、砂漠の国のお姫様に心配されてしまった。それだけ表に出ているんだろう。
「俺のことはどうでもいいっ。急がないと皆が……!」
明るめの褐色肌に金髪碧眼の可愛くも綺麗な顔立ちのお姫様とは最初こそ王族だからと固くなっていたが、今ではタメ口で話せる仲だ。勿論、ノアとも。
「……勇者ライ。あまり急いても仕方がありません。もう少しゆとりを持ったらどうなのです?」
「ノア殿の言う通りだ。焦りたい気持ちはわかるが――」
「――俺の大切な人達の命が懸かってるんだ! 焦るに……っ……すまない、どうにも焦っちゃうんだ……あいつらなら大丈夫だと信じる気持ちはあるけど……どうしても……」
だからこそ、こうして八つ当たりのように怒鳴ってしまうこともある。
途中でそんな自分に気付き、謝るが二人は気にしていない様子だった。俺の気持ちを察してくれているんだろう。
焦っても良いことは一つもないとわかってはいる。
けど、それでも……俺は焦らずにはいられなかった。
最前線でマナミが……ユウが戦ってるかもしれないんだ……! もたもたしてる場合じゃない!
◇ ◇ ◇
装備や準備を整えた俺は力を貸してくれるという砂漠の国のお姫様と聖騎士ノアを連れて、一足先にイクシアに転移して来ていた。
イクシアの王都のど真ん中。
そこへ瞬間移動してきたから近くを通っていた兵の人達は驚いていたけど、「勇者様が来てくれた!」と喜んで道を開けてくれた。
魔力の使いすぎで顔色が悪くなっているノアに魔力回復薬を飲ませた俺はノアをおぶうと《縮地》と《空歩》スキルで禍々しい気配を三つ感じる方向へ向かった。
砂漠の国のお姫様は魔道具らしい靴と『風』の属性魔法を使い、加速して付いてきている。
そんな彼女はノアと同じようにドレスのような緑色の服の上からミスリルか何かのガントレットや胸当て、太股くらいまでの脚甲を装備していて、腰には『風』の属性魔力が感じられる細い剣が差されている。
彼女曰く、見た目通り、前線に出るタイプらしいから大丈夫だとは思うんだけど……これで死なれでもしたら……
……いや、彼女もノアもユウもマナミも……絶対に死なせやしない!
そうして北門が見えてきた頃。
途中で止まってた、ぶっちぎりでヤバい気配の奴が一瞬で北門に現れたのを感じた。
……いや、その瞬間を目撃した。
黒い霧のような何かが北門の見張り台に現れ、中から人が出てくるのを。
「「「っ!?」」」
あまりの光景と禍々しすぎて気持ちが悪くなってくるドロドロとした強い気配に俺達三人は揃って息を飲み、脚を止めてしまった。
その人はとても綺麗な男だった。
俺と似た茶色い髪を長く束ねてることや驚くほど中性的な顔から、一見すると女性のようにも見えるけど……骨格というか立ち振舞いっていうのかな。そういうので何となく男だとわかった。
貴族みたいな豪華な服を身に付けているのもある。何故か全身黒ずくめで黒いコートを着ているけど、寧ろそれらの服も彼を男だと認識させてくれる。
髪や服、整い過ぎな顔なのもそうだが、何より、何もかもを飲み込むかのような黒い瞳に心の底から恐怖してしまったこと、最初の街で裏ボスと出会ったような気分からおぶっていたノアを思わず落としてしまった。
しかし、ノアは俺の腰に掴まりながらも立ち上がった。どうやら俺と同じように恐怖しているらしい。
「おっ、やったね。一発成功~っ! お? あららっ、見られちゃった。驚かせちゃってゴメンね~そこの三人組~。……ん~? あれ? おかしいな。勇者君に聖騎士ちゃん……それに君は……?」
ニコニコとしたその顔からは不気味なほど親近感が湧き、テンションの高い女の子のように身ぶり手振りで喜びを露にしているその姿は普通ならちょっと引くかもしれないけど、何の違和感もない。
何より、同じ男なのにその人のオーラっていうのかな、存在感? からはドキッとする何かがある。決して同姓に惹かれた訳じゃない……と思いたいが自信がないほど雰囲気に飲まれている。
男は好青年のように笑いながら首を大きく傾げ……急に真顔になった。
その瞬間、未だかつて感じたことのない悪寒が全身を襲った。
「おかしいな……勇者君と聖騎士ちゃんは兎も角――そこの姫騎士。何故、君がここに居る?」
歯がガタガタと震え、鳥肌が止まらない。
何だこの人何だこの人何だこの人!?
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!! こいつは……この人は絶対に手を出しちゃいけない人だ……!
「た、偶々……こ、この……勇者……殿とっ……で、出会……って……い、経緯を……」
ノアとお姫様の方を見ると、二人も青い顔をして震えている。
腰が抜けそうなほど怖いのに……ノアは腰の剣を抜こうとしていた。
男には見られないよう、少しずつゆっくりと。
「……へ~?」
男はノアには興味がないようで一切見ておらず、お姫様の方を見ている。
ノアは背中で抜いた剣を強く握り締め始めた。
不味い……殺る気か……!? 見ただけで敵わないってわかるだろうに!
「この戦いに存在しなかった筈の軍と姫、か……どうなってる……?」
「……そ、存在……しなかった……ですか……?」
「……僕が介――から未来が変――た……? いや、僕が行ったのは……――ぐらいだし……う~ん、でも――か……逆に利――れば……」
「……あ、あの……?」
男が顎に手を当てながら何かを考え、ぶつぶつと呟いている。
お姫様は何とか会話にしようと試みているが……望みは薄そうだ。さっきから全く反応を示さない。
その隙に俺は黙ってノアの手を握り、剣を鞘に戻させた。
少しだけチャキンッという小気味の良い音が鳴ったけど、お姫様と話しているからか、男は気付かなかったようだ。
ノアが「何を……」と目で訴えてきたので、同じように目で「動かないでくれ!」と訴える。
少しの間、躊躇していたものの、最終的には俺の言うことを聞いてくれた。
はぁっ……何て危ない橋を渡ろうとするんだよこの子は……!
「う~ん……まあ、良いや。ゲイルの連れてきたオーク達も僕が見た未来と違って皆元気だし、ちょうど良いよね。うん、よしっ、そうしようっ!」
少しすると男はさっきまでのニコニコ顔に戻り、俺達を襲っていた悪寒が消え去った。
「っはぁ……!」
「~っ……」
「はぁ……はぁ……」
俺達三人はほぼ同時に息を吐き、整え始めた。
息が詰まっていたというより……息をする余裕もなかったんだろう。
急に悪寒が消え、安堵していた俺達に男が話しかけてきた。
「ねーねー姫騎士ちゃん。君の部下達は何処に居るかな。後は……勇者君や聖騎士ちゃんが呼んだっていう援軍もさ。方角だけで良いんだ。どっちから向かってきてる?」
っ!? 俺達、援軍を呼んだこと言ったか……!? ……いや、一度も言ってないぞ……! お姫様も部下がこっちに来てくれてるってことは口にしてない筈……何故っ!?
混乱しているのは俺だけでなく、二人も同じらしく全員押し黙ってしまう。
「あはははっ……急に思考を読まれたら混乱するよね~っ、ははははっ! ――おい……一々、気配を探って合ってるかどうか確かめるのが面倒だから訊いてんだ。俺の気が変わらない内に言え。勇者の同郷の奴等を死なせたいのか?」
「「「っ…………」」」
また真顔になって、悪寒が降り注いできた。
もう何も言えなかった。
本当に……何なんだ、この人……
俺とノアは黙って知っている方向を指差した。
俺は小国の連合軍、ノアは聖神教の聖軍と呼ばれる聖騎士達の軍隊が向かってくる方向だ。
お姫様は……顔は真っ青だが、唇を噛みきることで耐え、口から血を流しながら抵抗していた。
「わ、私の……大切な部下、達の……居場所を聞いて……如何する……おつもりか……?」
気丈にも彼女は部下に万が一のことがないよう口外しないつもりらしい。
俺達は即座に教えてしまったというのに……
「……ぷっ、ははっ、あはっ、あははははっ! 良いねぇ! 気が強い女の子は嫌いじゃないよ? 頑張って背伸びして強がってる子も好きだ……ははっ、別に何もしないさ。援軍なんだろ? 僕が今ここに呼び寄せて上げようかな~って思ってね」
「……は? よ、呼び寄せる……?」
男が笑い出した途端に悪寒が消えた。
しかし、返ってきた言葉にはお姫様だけでなく、俺達も目を白黒とさせてしまう。
「さっき僕が黒いモヤモヤから出てきたの見たよね? あれと同じだよ。そうだな~……勇者君や聖騎士ちゃんは僕の気配を感知してたでしょ? それが一瞬で目の前に来たっていうか……まあ、出ちゃったんだけど、それと同じようにしてその援軍達も呼び寄せるのさ。君達にとっては良い案だろ?」
俺達は揃って目を合わせる。
確かにこの人は数キロ、あるいは数十キロの距離を一瞬で移動してきた。まるでノアの使う転移魔法のようだった……けど、違う。《魔力感知》スキルを持つ俺が一切、魔力を感知出来なかった。だから方法は全くの別物。
そして、彼が言っているのは早い話が援軍を文字通り呼び寄せてくれるというもの。自分が移動してきたように、援軍達を今ここに移動させてくれると言っている訳だ。
しかし、やりたいことはわかったが何がしたいのかがわからない。
だからこそ対応に困る。
「……き、貴殿は魔族側の者ではないのか? 悪いが……そのような者は信用出来ない。……例え、殺されるとしても部下達に万が一があるくらいなら私は死を選ぶ」
黙っている俺達とは対照的にお姫様は毅然とした態度で言葉を返す。
少し声が震えているが、先程のおぞましい気配を思い出しているのだろう。
「あはははっ、そうだね。僕は人族だけど、魔族側かどうかって言われたら否定は出来ないし、しないよ。けど、別に殺したりはしないさ。ただ君達の手助けがしたいんだ。信じられないだろうけどね。……確か君は庶民の出だろう? 王族の血を引いてるってだけで祭り上げられたお姫様……そんな君が何で知り合って日が浅い部下達を大切にするのかな?」
「な、何故、そこまで……!? いえ、なら口調は崩させてもらうわ。堅苦しくて疲れる。……何でと言ったわね。答えは簡単。明日を望む民に死んでほしくないから。傷付いてほしくないから。幸せになってほしいからよ」
お姫様は宣言通り口調を崩すと普通の女の子のように話し始めた。
まさかの生い立ちと純粋な思いに俺とノアは思わず瞬きをしてしう。
「ふ~ん……彼らがそれを望まなくても?」
「ええ。庶民や貴族がそれらを望まなくても……富と安らぎを与えるのが王族の務めだと、私は信じているわ」
「それは善意の押しつけだね。余計なお世話ってやつだ。結局、君の身勝手に付き合わされてこんなところまで連れてこられる訳だし? それに、全員は無理だとわかっているだろう? そもそも自分達の都合で君を王族に仕立て上げた奴等の為に人生を費やすのかい?」
「……確かに私は庶民の生まれよ。至って普通の平民として生まれ育ち、酒場の看板娘として働いてたわ。けどね、祭り上げられたとかそういうのはどうでも良いのよ。王族だったのなら私はそれに相応しい働きを出来るよう努力するだけだもの」
「……面白い子だね。普通なら怒ったり、泣き喚いたり、調子に乗ったりしそうなものだけど」
「平民として育ったからわかるの。民あっての国。貴族や王族は民が民なくして機能しないわ。ならば私達のような高貴な血筋と呼ばれる者達は彼らを幸せへと導き、出来る限りの努力をする義務がある。死人が出ようと、私がこの戦争で死のうと、イクシアという国と繋がりが出来るのは国益に成りうる。ならば、躊躇はしない。全ては国の繁栄の為、ひいては民の幸せの為よ」
「…………」
男もそうだけど、俺とノアもお姫様の覚悟と信念に言葉が出なかった。
俺とそこまで歳は変わらない筈なのに……
「いやはや……若いのに立派だね~。カッコ良くて可愛いなんて最高じゃないか。彼女かお嫁さんに欲しいくらいだ。……そんなこと、僕には関係ないって突っぱねなきゃいけないのが悲しいくらいだよ」
「……ならどうするの? 私を殺す?」
「あはははっ、だから殺さないってば。ただ……今の会話の間に記憶は読ませてもらった。あっちと……あっちだね? 合計で五百もない。移動速度を重視した少数精鋭かな?」
「なっ!?」
男はそう笑うと、唐突に二つの方向を示した。
お姫様の反応を見るに図星のようだった。
思考なら兎も角……記憶を読んだ……だと? この人は……どこまで……!
プライバシーも何もあったものではない男の能力に俺達は揃って身構える。
「まあ、最悪は集団行動をしてる奴等を呼べば良かったんだけどね。変なの呼んだら迷惑かな~って思って訊いたんだ。うん、このくらいの数なら楽勝だね。場所はここで良い? 良いよね、呼んでくれるだけ有難いもんね。よしっ、んじゃ、呼ぶよ。あっ、点呼はとった方が良いかも。集団から離れてた奴までは面倒見切れないからね~……後、たまに失敗するから怪我人の確認も必要かも。……ほいっと!」
「え? いや、ちょっ待っ――」
そう言うや否や、男は手を俺達の後ろに向けた。
止める間もなかった。
少しすると、後ろからさっき見た黒い霧が現れ、中から数えられないほどの人達が出てきた。
「っ!? 本当にっ……こんな規模で転移を……勇者ライ! やはりこの者は危険です! 斬らせてもらいます!」
「す、凄い……ってノア!? 止めろ! 俺達にどうこう出来る相手じゃ――」
「――……い、居ない? くっ! 逃しました……!」
「……気配は物凄い速度で戦場に向かってる。不味いっ、急がないとユウ達が危ない!」
確かに敵なら脅威でしかないけど、今この状況で仕掛けても無駄死にするだけだと思い、剣を抜いて殺そうと勇むノアを止めようとしたが……男は既に姿を消していた。
こうなることがわかっていたのか、何か急用でも出来たのか……
いや、理由はわからないが止まってる場合じゃない! 早くユウ達の元に行かないと!
突如としてイクシアの王都に呼び出された大量の援軍が互いの陣営に気付き、混乱の極致と共に一触即発の空気になり始めて居たので、一言だけ声を掛けると俺はその場を殺気立っているノアと呆然と部下らしき人達を見つめるお姫様に託し、飛び出した。
敵の狙いなんかどうでも良い! 今のはジルさんでも勝てないかもしれない相手だ……! 早く! 一秒でも早く辿り着かないと……!
俺は北門に飛び乗ると、ビックリして固まっている兵の人達には目もくれずに二つの固有スキルを発動させ、移動を始めた。
◇ ◇ ◇
角度を間違えたりしないよう安全に少しずつ移動していた俺だったが、やがてイクシア軍の歩兵部隊や騎兵隊が見えてきたので【紫電一閃】の使用を止め、《縮地》と《空歩》での移動に切り替えた。
……? 待てよ? 焦ってて気付かなかったけど、禍々しい嫌な気配が三つ……?
元々二つだったような……? 一つはさっきの男。もう一つはジルさんより弱いくらいの奴……多分、その二つが元々の……なら最後の一つは……まさかっ!?
その考えに至った瞬間、窮地に陥っている兵を助けようとしていた己の体を止め、《限界超越》スキルを使ってその気配の方へ向かった。
救える命を見捨てたとかは思わなかった。
ユウの元へ一刻も早く辿り着かないと、という思いでいっぱいだったからだ。
人生で一番焦り、飛ばしたと言っても過言ではない速度で移動すること約一分。
道中、トモヨ達を見かけたので一言、「援軍ッ!」とだけ伝えた。
かなり言葉足らずだが、それだけ俺が焦っていることを察したらしいトモヨは空中へ飛び上がってイクシアの王都の様子を確認していたけど、もう目に入らなかった。
視界の端に黒いモヤモヤを出すユウ、そんなユウをどうにか止めようとしているジルさんとマナミ。そして……敵らしきオーク種の魔族の姿があったからだ。
この感じは……以前、喧嘩した時よりも不味い状態だ。
急いで来たのは良いけど、魔族化の止める術がわからない。
でも……聖剣に認められた今の俺なら止められる気がした。
だから俺は出せる限りの声量で叫び……《光魔法》を宿した聖剣をユウに向けた。
◇ ◇ ◇
――ガキィンッ! ガキィンッ!
――ズガアアアンッ!
……激しく剣と剣がぶつかる音がする。どこからか凄まじい轟音も……
「ひうっ……また全方位から五体ずつ来るですぅ……」
「っ、次から次へと……! 相模君とアカリは私達を挟むようにして防御体勢! ミサキは残った二方向で固まってる奴等に攻撃!
残ったのは私がやる! はぁっ!」
近くからはトモヨ達の声も聞こえた。
「うっ……ここ、は……? 俺は……」
俺は身体を起こすと辺りを見渡した。
俺はトモヨ達に囲まれ、守られていて、ライとマナミは魔族と対峙していた。
ジル様は……クロウさんと周りの地形が変わるほどの戦闘を繰り広げていた。
「クソっ、何でっ! あいつの心配で頭がいっぱいだったのに! 何でだああっ!」
「あはははははっ! 君が生粋の戦闘狂だからだろう!? 彼もそのように育てておいて何を今更!」
「違う! オレっ……私は!」
「違わないさ! ゲイルの話だと君も彼を刺激したようじゃないか! 百年以上も戦い続けたくせにっ、今になって戦うだけの人生に安らぎを求めたか! 仲間……いや、自分を認めてくれる唯一の光を見出だすとは!」
「黙れえええっ!」
何故か大粒の涙をボロボロと流しながら……認知が遅れるほどの速度で肉薄し、これまた認知が遅れる……否、出来ないほどの速度で剣を振るジル様。
それを魔族の持つ斧と同じように禍々しい剣で迎え、歪んだ笑顔で答えるクロウさん。
その後ろでは二人が見合う度に生じる余波でイクシア軍とオーク軍の兵達が消し飛び、血飛沫が常に舞っていた。
ジル様が斬撃を飛ばし、クロウさんはそれを弾く。
弾いたそれはイクシア軍への飛び、死体の山を築くがそれはオーク軍も同じ。受けた時に伝わる衝撃で近くに居たオークは肉片と化し、後ろのオーク達も物言わぬ肉塊となりながら吹っ飛んでいく。
「あの時もそうだった……! 家族と友達……育ててくれた乳母も……皆っ……私の目の前で喰っておいて……そうやって笑って! 何がっ!」
「楽しいかって!? あはははははっ! なら何故君は笑っている!? どうでもいい過去なんか思い出してさ! 彼のことが心配で堪らないのにっ! 血湧き肉踊る戦いを欲する身体を抑えきれないっ、言いようもない悔しさに悶えながらもっ! その口元に浮かぶ笑みは何だ!?」
「っ!?」
「ははははっ! ふふふ……っ! 悲しいなぁ! そうやって僕への憎しみを思い出そうとしてももう何も感じないんだろう!? 僕達のような超常の存在はどんな時だってこういう運命を辿るのさ! 強すぎる力はやがてその者を歪ませ、壊す! 戦いを望んだ時点で……僕達のような化け物は生まれた時点で!」
「クハハハッ! ならどうすれば良かった!? そもそも生まれたのが間違いだったとでも!? クハッ……自由への引き換えにっ、私を壊しておいてッ!」
「っははははは! 悲しいっ! 悲しいなぁ……ッ!」
最早、何が起きているのか全くわからない。
気付いたらジル様とクロウさんがつばぜり合いをしていて、次の瞬間には別の場所へ現れる。遅れたように最初の位置での余波が飛び、大量の死体が出来る。
剣と剣がぶつかりあう音も、移動で生じているんであろう、ダアァンッ! という何かを蹴るような音も全て音速を越えており、何秒か遅れて聞こえる。
「な、何だよ……これ……っ……トモヨっ! 俺はどのくらい寝てた!?」
「っ!? す、数分よ! 身体はもう大丈夫っ、……なの!?」
俺が目を覚ましたことに驚きつつも、目の前のオークの脳天にレイピアを突き刺し、蹴りを入れて乱暴に抜くトモヨから心配の声が上がる。
「わからねぇ! が、波は治まった!」
〝闇〟はもう身体から出てないし、体調も悪くない。
ライが《光魔法》を使ったような気がしたが……聖剣のお陰か、『闇魔法の使い手』特有のあの体調不良もなかった。
――身体は……動くな。脳ミソは……っ……少しボーッとするくらい……か?
「クハハハハッ! ハアアアァッ!!」
「あははははっ! オオオオォッ!」
――ガキイイィンッ! ……ズドオオォンッ!
地響きが起こるほどの衝撃が地面に伝わり、俺達だけでなく、オーク達もフラフラとよろめく。
「な、何……あれ……」
「〝気〟と……魔力……じゃないな。魔法……!? それも……あの透明なオーラは……『無』属性!?」
衝撃の方向を見ると、ジル様が二刀の刀剣に〝気〟と『無』属性魔法の『強化』を付与してクロウさんの剣を押していた。
最強の種族で勇者の次に強いとされる剣聖の職業で……約オール一万のステータスなのに、その上に身体能力を何倍にも引き上げる〝気〟と『無』属性魔法を同時に……
……成る程、化け物だ。そこまでの才能と力があれば世界最強と呼ばれるのもわかる。
それを《限界超越》スキルか何かで黒いオーラのようなものを出しながら受け止めたクロウさんも化け物だ。
よく見るとクロウさんも泣いていた。二人して泣きながら笑って……殺しあっている。
事情はわからないがジル様が俺を大切に思ってくれてるのはわかった。そんな俺を忘れるくらい戦いに魅入られてしまう自分の運命を呪っているのも。
「悲しい悲しい悲しいッ! 悲しい……っ! 悲しいなぁ! あははははっ!」
「クハハハハッ! 何でっ!? 何でこんなに楽しいんだああっ!」
それは多分……クロウさんも同じ。会って間もないし、大したことは知らない間柄だけど、ジル様と同じように伝わってきた。
なりたくなかったのに化け物になってしまった自分への悲しさや後悔が。それと同時に、戦うのが……殺しあうのが楽しいという感情も。
「……アレには付いていけないし……あの人達の戦いは邪魔しちゃダメだ」
「え、ええ……」
会話の内容からして、二人にはそれぞれ事情があり、互いの主義主張をぶつけ合う必要がある過去がみたいだ。
それに……恐らくだが、ジル様の言ってた魔王の付き人らしいクロウさんが実際に神を殺せるんなら、目的は俺を魔族化させることだけだ。そんなことが出来るんなら早々にジル様を殺してる筈。今はただその目的の為にジル様を足止めしているだけなんだろう。
それを理解した俺とトモヨは目を合わせると、魔族の方へと意識を移した。
「その程度かっ、勇者ッ! グハハハハッ!」
「くっ、つ、強い……っ!」
魔族が斧を叩きつけ、ライは聖剣で受ける。
魔族が動きを止めたその瞬間、ライは左手を魔族へと向けて『纏雷』を放つが意に介した様子もなく拳が飛んでくる。
それを《縮地》で後ろに移動することで避け、再び接近し、聖剣を振るう。
魔族は正面から受けて立ち、斧でもってそれを返す。
――ガキィンッ!
と、化け物の二人がぶつける時に生じる大きさではないが、決して馬鹿には出来ない音が鳴り響く。
「ならばこういうのはどうだ!?」
「何っ!? 地面を……ガハッ!?」
「グハハハッ! 初歩的な目潰しよ!」
「ライ君っ!」
「カハッ……く、クソったれ……ユウと似たようなことを!」
ライと魔族もまた、ジル様達のように戦っていた。
流石にあの二人のように余波だけで被害を及ぼす戦いではないがイクシア軍の兵程度なら巻き込まれれば確実に死ぬレベルのものだ。
俺は装備と身体の調子を確認すると、トモヨに近くのオーク達の牽制をお願いし、ライに声を掛けた。
「何だよ勇者様、随分と遅い到着だったじゃねぇか」
「っ!? ユウ! 無事っ……か!?」
「ユウ君っ! 良かった……!」
ライは俺に気付くと《縮地》でマナミの元へ移動し、マナミを連れてこっちに来た。
「心配したぞこのバカ! 何だよあの黒いモヤモヤは!」
「ユウ君っ……だ、大丈夫なの?」
ライは相当心配だったのか、少し涙目で怒鳴ってきた。
それと同時にマナミが抱きついてきたので、上手くキャッチしつつ、言葉を返す。
「煩ぇな。テメェが来るまで持ちこたえてやったんだから感謝しろよボケ。……多分、大丈夫だと思う。ボーッとするくらい?」
「そう……良かった……。心臓が止まるかと思ったよもう……」
「悪かったな、心配かけて」
ライとは言い合いをしながら、マナミと至近距離で微笑み合う。
――これじゃあ俺がマナミの恋人みたいだな……
そんな場違いなことを考えていると俺の安否確認を終えたライが話しかけてきた。
「……正直、俺達が何とかするとか言った手前、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……手伝ってくれないか? 思った以上に強いんだよあいつ」
「……お前、本当に恥ずかしい奴だな。聞き間違えじゃなけりゃ任せろとか何とかするって言ってなかったか? 固有スキル、厚顔無恥に変えたら?」
「ら、ライ君……ちょっとカッコ悪いよ」
「す、すまん……」
俺とマナミからのジト目の反応にばつが悪そうな顔をするライ。
気まずそうにしているライを見て、俺は鼻で笑った。
「……はっ、笑わせるぜ。お前が暴れる時はいつも一緒に居てやったろ。何を今更頭なんか下げてんだ。黙ってたって手伝うさ」
「ユウ……」
「ユウ君……ゴメンね、私のライ君が……」
「ははっ、私のとは大きく出たな。仲は良好か?」
「うんっ、もうラブラブだよ! 日本に居た頃は両想いってわかってなかったから、ここまでの関係になるまで時間が掛かったんじゃないかな」
「熱いね~。マナミくらい可愛い子が彼女とか羨ましい限りだ、どうかね勇者君。お気持ちは?」
「……ま、マナミ、恥ずかしいから止めてくれ」
三人で戦場でするような内容じゃない会話をしながら武器を構え……魔族へと向けた。
「……体調は?」
「悪くない」
「暴走は……」
「多分、大丈夫。もう落ち着いた」
「聖剣の力……なのかな」
「恐らくな」
すっとスイッチを入れた俺達は短く言葉を交わしつつ、じっと魔族の出方を窺う。
魔族はそんな俺達を鼻で笑うと吠えた。
「ふっ……結局、兄弟の予言通りになったか。……だが、そう簡単にはやられんッ!」
ジル様達の戦いとか何で《闇魔法》の暴走が止まったのかとかはどうでもいい。
今はただ……隣の親友達と一緒に戦うだけだ。
「回復と背中は任せたぞっ、再生者と勇者様!」
「わかった! 即死だけは気を付けて!」
「あぁ、任された! 存分に暴れてやろうぜ!」
様々な場所で地獄絵図が形成される戦争の中、俺達の戦いも始まった。




