第61話 兆候と援軍
すいません、遅れました。
グロいシーンがあるので食事中の方等はご注意ください。
早瀬がサーベルのような剣でゲイルの首を斬りつけた。
早すぎて何が起こったのか全くわからなかったが魔族の首から血が噴き出し、早瀬の剣には血が滴っていた。
それらの視覚情報から早瀬がやったということだけはわかった。
「は、ははっ……やった……やって、やってやったぞ! どうだ癒野っ……い、いや、マナミ! 俺様は強いんだ! イサムやイナミを倒したこいつよりも強いこの化け物をぶっ殺してやったんだからな! はははっ! 俺は最強だあっ!」
早瀬が何やらマナミに話し掛けているが、俺の目は魔族に釘付けだった。
――お、終わった……? 俺の一撃を笑って受け止めた化け物がこんなあっさりと……?
と、混乱していたのもある。
だが、それ以上に……魔族の身体から黒い靄が出始めていることに気付いたからだ。
あれは……そう、俺がいつか《闇魔法》で出した〝闇〟だ。
ジル様でも外せない粘着力を持った謎の霧。
――まさか……っ!?
次の瞬間、俺は早瀬に向けて魔粒子をぶつけていた。
「くひゃひゃひゃ! 俺――うわあっ!? ぐへぇっ!」
当然、早瀬は吹っ飛び……早瀬の頭があった位置に魔族の斧が振り下ろされた。
――こいつ、首が落ちかかってるのに動きやがった!? やっぱりあの〝闇〟で……!
「む? あぁ、弟か。大体の者はこれをやると驚くのだが……反応するとはな」
魔族は首を押さえながら話しかけてきた。
少しして手を話すと……首の傷はなくなっていた。
「〝闇〟で傷口をくっつけた……!? くっ……化け物がッ!」
俺はそう毒づくと近くに落ちていた俺のぐちゃぐちゃになった右腕を急いで拾い、流石にヒビが入って所々壊れかけている手甲を乱暴に引き剥がすと生えてきた右腕に装着した。
それと同時にマナミに目配せをし、修復を頼む。
直ぐ様、手甲も元通りになったので再び戦闘体勢をとった。
恐らくだが……あの信じられないほどの粘着力を利用して傷口同士をくっ付けたんだろう。
覆ってくっ付けただけじゃ、〝闇〟で傷口が遮られるから細胞の組織をくっ付けるように細々とした〝闇〟を付着させたんだ。それなら多少は遮られても傷口の殆どはくっ付く。ダメージは残っているんだろうが血も出ないし、痛みさえ気にしなければ動くことも出来るようになる……筈。
「〝闇〟? あぁ、〝粘纏〟のことか。……まさかお前も〝粘纏〟持ちか? どこまでも我輩と似ているのだな」
「いってぇ……! 黒堂っ、テメェ何しやがっ……は? こ、この豚っ、何で生きて……!?」
「馬鹿野郎っ! 早く逃げろ!」
早瀬は突如吹っ飛ばしてきた俺にキレてこちらに向かってきたのだが、途中で魔族が平然と立っていることに気付いたのだろう。
この世界に来てからより一層間抜けになった面を更に強烈なものにして固まりやがった。
魔族は【電光石火】持ちの相手を嫌がったのか、その巨体に見合わぬ速度で接近すると早瀬に向けて斧を振り下ろした。
「あ? 誰が馬鹿だコ……うおっ!? あ、っぶねぇ! クソが! さっさと死ねよ死に損ないが!」
「固有スキルと驚くほど弱い気配、我輩の斧のように攻撃に特化したその武器……成る程、良い組み合わせだ。その醜い性格は好みではないがな」
意外にも魔族の攻撃に反応した早瀬は先程のような超スピードで躱し、再びサーベルを振り回した。
流石に反応出来ないのか、魔族の全身に次々と切り傷が増えていく。
しかし、テンパってるのか、早瀬がさっきから斬りつけているのはどこも致命傷には至らない部位ばかり。
さっさと脳天やら内臓やらを狙えば良いものを腕や脚を重点的に狙っている。
「何やってんだバカ! 相手は反応出来てないんだぞ!? その剣を早く頭に突き刺せ!」
「ムゥン!」
「うっせーぞクソ野郎! うおっ!? っぶねぇ……! ……ならテメェでやりやがれ!」
「このっ、ビビりがぁっ!」
どうやら魔族は自分では早瀬の速度に対応出来ないと判断したらしく、斧を適当に振り回すことで早瀬を牽制し、爪を構えた俺の方を注視している。
さっきは斧でガードしたから腕が痺れた程度で済んだが、直撃すれば流石に大怪我すると踏んだんだろう。だから細かい傷や煩い雑魚は無視してでも致命傷を与えかねない俺を気にしているんだ。
――だが、やるなら隙が出来ている今だ!
俺は早瀬が魔族の手首を斬った瞬間に魔粒子ジェットで突っ込み、爪を振るった。
「~っ……ウオオオオオオオオォォォーーッ!!!」
しかし、爪の刀身が魔族の腕に当たる瞬間、魔族は耳が潰れそうな音量で雄叫びを上げた。
何らかのスキルでも使ったのか、その雄叫びは物理的な攻撃となって俺達を襲った。
早瀬は地に足が着いているのにも関わらず後ろに吹っ飛んでいき、俺は魔粒子ジェットで加速していたからか、空中で止まってしまった。
斧を悠然と構える敵の前で、だ。
咄嗟に両腕と両脚から魔粒子を逆噴射し、離れようとしたが左脚を掴まれてしまった。
「しまっ――」
「――さらばだ、弟。楽しかったぞ」
思考系スキルで急加速した思考の中で奴の斧がゆっくりと迫ってくる。
脚を掴まれてるから魔粒子ジェットを使っても避けられない。
熱風を当てようにも体勢が悪く、手は届かないし、間に合わない。
どうしようもない絶望感の中、魔族と目が合った。
勝って嬉しい、勝利の美酒に酔いしれるというよりは……どこか、悲しそうな目だった。
ば、万事休す……は、はは……クソっ……俺はこんなところで……死――
「――なねぇな。オレを忘れてねぇかユウ」
――ガキィンッ!
俺の目の前、文字通り目と鼻の先で金属同士がぶつかり、火花が散った。
次の瞬間には俺の身体が放り投げられ、地面に叩きつけられた。
「ぐはぁっ……ぁ……? じ、ジル……様……?」
掴まれていた左脚は潰されていたらしく、立てなかった。
なので、這いつくばりながら声の主を見た。
そこには……俺の口からつい漏れ出てしまった人物が紅く輝く刀剣を手にして立っていた。
た、助かった……!
そう思うのも束の間、ジル様はもう一つの刀剣、右手で手にしている刀剣とは対照的に蒼く輝く刀剣を腰から抜くと……構えた。
――……っ! ジル様が構えるほどの相手か!
今まで幾度となくジル様と模擬戦をしたことがあるが、ただの一度もジル様がしっかり構えたところは見たことがなかった。
俺が格下っていうのもあったんだろうが、そもそも二刀流自体、初めて見る。いつもは紅い装飾の刀剣を真っ直ぐ俺に向け、闘牛士のように往なして戦っていた。
それなのに、腰を落として左の蒼い刀剣を前に構え、後ろでは右の紅い刀剣をちらつかせている。
本気かどうかはわからないがジル様が真面目にやらないと怪我をするレベルの相手ということだろう。
「ぐっ……竜人族……だと? それも珍しい白髪の女にその剣……そうか、お前が狂った剣聖か。色々、話は聞いているぞ」
「クハッ、そうか。生憎、超絶美少女様であるオレの話題はいつ何時も尽きねぇからな~。何の話を知ってるんだ?」
よく見ると、魔族の手首は半ばから斬られており、ぶらんぶらんと落ちかけていた。
俺を助ける為に斧を弾くだけでなく、手首まで斬ってくれたか……なら今の内に体勢を整えねぇとな……
俺は意識が朦朧としているような振りをしながら、しれっと治っている脚の様子を確かめた。
……よし、問題なく動く。装備も直ってる。流石マナミだ。
お陰で死なない限り、俺は一生動ける!
「そうだな……今は亡きフリーデン皇国の元姫だということ……それと……国が滅んだ時、親や兄弟、同胞を滅ぼした男に果敢にも立ち向かった話等はどうだ?」
「……前半は兎も角、何でテメェがあの時のことを知っていやがる」
「兄弟が教えてくれたのさ。おおよそ女とは思えない形相で怒り狂うお前のことをな」
「…………」
自分の身体を確認したところでマナミの安全を考えていたんだが、魔族とジル様の会話が気になった。
確か……ジル様の祖国は魔族の言う通り、何らかの上位生命体によって滅亡させられた。
ジル様はあまり教えてくれなかったけど、バカみたいに強い化け物が急遽皇国を襲い、一夜にして滅ぼされた……みたいな話をしてくれたのは覚えている。
でも自分の国民だけじゃなく、家族が殺された話なのにどうでも良さげだった。
弱かったから負けた。
弱かったから死んだ。
弱かったから滅んだ。
そんなニュアンスを感じた。
それは恐らく……今もそう。
「クハッ、あの頃は若かったからな。感情に身を任せて暴れちまったのさ。若気の至りってやつだ。……今となっちゃ、あの程度のことで何故怒っていたのかわからねぇくらいだ」
笑ってはいないが、本心でそう思っていると感じさせる瞳だ。
「親や兄弟を目の前で惨殺したと聞いたが?」
「……本人から聞いたような口振りだな。百年以上前のことだぞ?」
「その本人が直接教えてくれたのだ。我が兄弟は己の主を侮辱されるのが一番嫌いでな。何年経とうが絶対に忘れないと言っていたぞ」
「……クハッ……そうか……やっぱあいつだったか。そして……今も奴は生きている……。……何処だ? 何処に居る?」
ジル様は親兄弟の辺りではあまり反応しなかった。
しかし、国を滅ぼした存在が生きているとわかった瞬間、いつもの獰猛な笑みを浮かべ、構えを解いた。
「……聞いてどうする。仇討ちでもするのか?」
「クハッ、親父やクソ兄共が生きたまま喰われたのは自分達が弱かったからだ。仇討ちなんざ興味もねぇ」
「なら何故、兄弟の居場所を知りたがる」
怪訝そうな……しかし、どこかジル様の気持ちをわかっているような顔を浮かべた魔族にジル様は刀剣で肩をトントン叩きながら笑って答えた。
「クハッ……クハッ、クハハハハハハハハッ! 強い奴と戦いてぇからさ! お前もそうだろうッ!? 目でわかるぜ! オレ達は根っからの戦闘狂……! そこで狸寝入りを決め込んでるオレのバカ弟子もそうだ! 弱者は死に! 強者は生きる! それが自然の摂理! あの時は事情も知らず、生娘同然だったから少しの間は憎んでいたがなぁ……!? オレをあのクソつまんねぇ国から自由にしてくれたあの男に感謝こそすれど! 憎む気持ちなんざ一片もねぇよッ! クハハハハハッ!」
いつになく、饒舌なジル様。
可愛らしくも美しいその端正な顔だけでなく、全身までもがオーク達の返り血で真っ赤に染まっているのに全く意に介さず、普通なら憎んでもおかしくない相手を憎んでいないと狂ったように笑い、血で血を洗う争いを求めるその渇望っぷりはまさに狂人。
普段は粗暴なだけの優しい人だけど、その顔はどう見ても狂った剣聖と呼ばれるのも無理はないくらいの……どうしようもない狂人だった。
興奮したせいか、少しだけ頬が赤く染まっているが可愛いとか綺麗とかよりも……怖いという感想の方が相応しい。
そう思ってしまうほどの形相だった。
「……グハッ、グハハハハッ! やはり我々は同類だ! どんな社会にも馴染まない異物! 初めて見る弟も同類だとは思わなかったが……面白いなッ!」
「……ジル様には悪いですけど、俺はそこまでじゃないです」
魔族は同類が居たことが嬉しかったらしく爆笑しているが……
こんな狂人達と一緒にされてたまるかよ。
――確かに俺もその気はあるかもしれないけど……家族や友達が殺されても笑っていられるほど、俺は狂っちゃいない!
ジル様に心を読まれるのも承知で俺は立ち上がった。
「クハッ! 良いや!? お前もいずれそうなるんだよユウ……! オレ達ほどの強さがなくてもオレ達ほどの狂人は居る! お前はまさにそれだぜ! クハハハハハッ!」
「我々はどうあっても排除される隈なのだ! ならば剣聖のように好きに滅ぼしても! 我輩のように好きに暴れ、壊し、殺そうとも! 辿る末路が同じならば何ら変わらない! 弟! お前はどうだ!? 好きに暴れたくはないのかっ!?」
――は、はぁ……? な、何だよ……? 何なんだよこいつら……人間じゃない……!?
初めて……ジル様を心の底から怖いと思ってしまった。
二人が何を言っているのかがわからない。
何故、違う陣営の二人が共通の考えを持っているのかがわからない。
ジル様の考えが……わからない。
魔族は兎も角、ずっと一緒に居た……居てくれたジル様のことがわからなくて……怖い。
――これか……この……どうしようもない狂人っぷり……これをライやマナミ達は俺から感じてたんだ。だから俺を否定した……
「お、俺……は……俺は……」
何だろう……?
ドックン……と、心臓が大きく跳ねた気がした。
「……ぁ……ぅ……?」
やがて視界が揺れ始め、動悸がしてきた。
「っ、はぁ……はぁ……はぁ……」
マナミのお陰で肉体的な疲れはない筈なのに、息が切れる。
――ドクンドクンドクンドクン!
心臓の音が煩い。頭に響くようだ。
「ぁ……れ……?」
全身に力が入らなくなり、立てなくなった。
「……はぁ……はぁ……うっ! ……何……だ……!?」
頭が割れるように痛い。
両手で頭を押さえるが痛みは消えない。
「いっ……てぇ……! はぁ……はぁ……!」
それと同時に身体中の体温がグツグツと煮たように上がってきているのを感じる。
「ぁ……ぁ……あ…………ぐぁ……ぁ……」
――こ、これ……は……魔族……化……? ま、不味い……このまま……じゃ……
「クハハッ……――あ……? ゆ、ユウ……? ……おいどうした!? ユウっ! ま、まさか……!?」
それまでは笑っていたジル様だったが俺の様子のおかしいことに気付いた途端、血相を変えて近付いてきた。
俺の思考を読んだのか、相当ヤバい状態だということが伝わったんだろう。
「ユウっ! しっかりしろ! おいっ! ユウっ……! 嘘……だろ……? オレ……オレは……た、ただ……っ!」
さっきまでの狂人っぷりが嘘のように心配してくれている。
――あぁ……やっぱり……ジル様、は……優しい………
今にも泣きそうな顔で抱き締めてくれているその様子から、自分が原因で俺が暴走しかけていることを強く悔やみ、何とか止めようとしてくれてるのがわかる。
「ち、違うんだユウ……っ! オレは……わ、私はただ……お前と一緒に……!」
とうとう口調が崩れ、恐らくお姫様の時の性格が出てきた。
それだけ焦ってるんだろう。
「む? おぉっ、その様子! グハッ、グハハハハッ! 我々の闘争本能に当てられたか!? それとも剣聖への失望か!? 逃げられない真実への拒絶かっ! 自分は違う! そうじゃない! お前らとは違うと!? ハッ! 先程、そこの剣聖が言ったように我々は同類だ! 戦ったからこそわかる! お前は我輩や剣聖と同じ異物――」
「――黙れッ! だからって……引きずり込むなッ!!」
「ぐぅっ!? き、貴様……どの口がほざくかッ!」
「ユウ! いつかはそうなるかもしれないけどっ、今はそうじゃなくて良い! お前には私と違って大切な仲間が……! 友達が居るだろう!? だから……っ!? だ、ダメッ!!」
――ジル様はただ……仲間が欲しかったんだ……知り合いも友人も家族も居なくなって……段々おかしくなって……それでも……自分と似たような存在が……
「ユウ君ッ! ……っ!? いやっ、ダメっ、ユウ君……っ!」
マナミの声が聞こえる。いつの間にか目を閉じていたようだ。
近くに来てくれたのか……?
――あ……れ……? 何か……黒い何かが……俺の身体から……。これ、は……〝闇〟……?
「ユウ! しっかりしろ! お前は人間で居たいんだろ!? 友達の為に頑張りますって……そう言ってただろ!? く、クソっ……これ消せよ! この黒いやつ! は、早く……! ユウ! 命令だ! 止めろ!」
――……そうだ……俺は……ライと一緒に……ライやマナミとずっと一緒に居たかったから……
俺の身体から黒い靄、〝闇〟が溢れ、俺の身体を包んでいく。
ジル様は俺の身体から出てくる〝闇〟を払うようにして止めようとしている。
「ぐぅ……グハッ、ゴホッ……グ……ハハハハッ! もう遅い! 何をしたところで手遅れよ! さあ! 我が弟が魔族へと堕ちる様を見るが良い!」
魔族はジル様に斬られたらしく、胸から大量の血を流しているが俺の様子を見て笑っている。
「ユウ君! ユウ君はただっ……ジルさんが可哀想だって思っただけなんでしょ!? だからって……! ダメだよ! こんなのジルさんも望んでない! 私達、漸くわかりあえたのに!」
――そ、う……いつも……笑ってる……ジル……様……が、どこか……寂しそうに……見え、て……
マナミが涙を流してもう力が一切入らない俺の手を掴んでくれている。
「あ……ぁ……ぁぁ……あっ、ア゛ァ゛……ァ゛……」
ついに俺の身体が黒く染まりきってしまい、意識が消えかけたその時。
「ユウううううぅぅぅっーーーっ!!!」
ライの声が聞こえた。
その瞬間、俺の身体から出ていた全ての〝闇〟が消え去ったのを感じた。
「主様! 申し訳ありません! 皆様を無事、最前線へお連れするご命令、遅れてしまいました!」
「ライが援軍を連れて来てくれたわ! 気張りなさい、黒堂君!」
「ユウ! そういうのはヒロインに止められるべきだろ!? 何、男のライに止められてるのさ!」
「コラぁユウ! あんた、魔族になりたい訳!? それくらい我慢しなさいよ!」
「ふええぇ……黒堂さぁん、大丈夫ですかぁ……!?」
ライだけじゃない。
他の仲間達の声も聞こえる。
――でも……力が……入ら、ない……そ、それに……意識が……っ……
「ユウッ! 他の国の人達も連れてきた! もう大丈夫だ! だから、ゆっくり休んでてくれ! 後は俺が……俺達が何とかする!」
そんなライの台詞を最後に俺は意識を失った。




