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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第2章 戦争編
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第59話 戦争の始まり


 イクシアの王都から少し離れた場所に生い茂る森の中に今にも暴れだしそうなオークの軍勢が整列している。

 そんなオーク達を見下すかのように、高さ十メートルはあろうかという大きさの岩に腰を掛け、ニコニコと笑っている一人の美青年がおり、その隣では赤い体毛を持つオークが拳を高く突き上げ、口上を述べていた。



「野郎共おおぉぉっ! いい加減、腹が減ったよなぁッ!? 長いこたぁ言わないッ! ここなら思う存分、食って良いっ! それだけだ! 暴れ! 犯し! 奪い! 殺すッ! ついでに何したって構いやしねぇッ! 待ちに待った戦争のっ、始まりだああああっ!!」



 否、戦争の……地獄の始まりを告げていた。



「「「「「ブギイイイィィッ!!!」」」」」



 どう見ても人間ではない化け物が人語を話し、同じ容姿の化け物達を鼓舞する。

 それは地球ではフィクション以外では見られないものだったが、この世界では至って普通のこと。



 何故なら2万匹ものオークを引き連れてきたのは魔族。人と魔物が混ざった種族だからだ。

 故に己の口上に雄叫びを上げて答え、敵国へと攻め込む同志を横目に、



「ふぅむ……やはり、我輩の手下共は醜くないか? 兄弟よ」



 と、見下すような態度を取っているのも普通だと言える。



 しかし、〝彼〟も人目で只者ではないとわかるものの、所詮はオークの域を出ない見た目をしている。

 人目で、と言っても知性のある瞳をしているか、身体の色や図体の差、ある一点の差違程度で容姿そのものはあまり変わっていない。



 普通のオークならば毛深い猪がそのまま二足歩行になり、少々巨大化した程度のものだが、並みのオークの1.5倍程の大きさの〝彼〟は全身の毛が真っ赤に染まっており、額には何故か角があった。

 牙ならまだしも、角……オーク種の魔族なのにも関わらず、オーガのような立派な黒い角が一本だけ突き出るかのように生えていたのだ。



 それらが只者ではないと判断させる材料なのだが、逆に言えばそれだけ。

 基本は普通のオークと変わりないだろう。ただし、身に纏う闘気や放たれる眼光の強さは圧倒的な強者の風格を醸し出していたが。



「あはははっ、面白い冗談だねぇ兄弟。そう言う君も彼等と似たような容姿じゃあないか~」



 そんな〝彼〟の隣には先日ユウへ接触を図ってきた謎の人物、クロウも居た。

 片やオーク、片や人間というイクスでも滅多に見ない組み合わせだが、会話からして対等の立場のようだ。



「……我等のように知性を持ち合わせていないことが醜いと言っているのだ。わかるだろう? 兄弟」

「あはっ、知性のない魔物が醜いのなら知性があるのに争いが止められない僕達は美しいのかな?」



 あくまで同意を求める〝彼〟に嫌味で返すクロウだがお互い不快に思っているのではなく、普段通りの会話らしい。



「どうも話が噛み合わんな。我輩は単純に馬鹿は醜いと言っているんだ」

「あはははっ、どの口が言ってんのさ! 戦を求め過ぎて国を追放された生粋の戦闘狂(バトルジャンキー)のくせにっ、ははは!」



 それまではやり取りには何とも思っていなかったようだが、笑いながら言ったクロウの言葉に反応せずにはいられない部分があったらしく、今回は〝彼〟も苛立ったように声を荒げた。



「ええい、一々その話を持ち出すな兄弟! そもそもあれは戦闘民族である我々の(おさ)の筈の魔王が平和なんぞを望む軟弱者だから――」



 しかし、〝彼〟の反論は一瞬で潰された。



「あはははっ……――殺すよ?」

「ッ!?」



 一介の神(邪神)すらも恐怖のどん底へ突き落とすクロウの殺気は〝彼〟を黙らせるには十分だったようだ。

 


「ゲイル・シュバイン・ギルバート。()がそういう冗談を嫌っているのは知っているだろう? お前には特別な役割がある。だからこそ生かしておいてやっているのを忘れるな。……わかったかい、兄弟?」

「ぐっ……す、すまない……」



 どうやら兄弟兄弟と呼びあっている割にはしっかりとした上下関係があるらしい。

 烈火の如く赤い体毛を持っているのにも関わらず、器用にも〝彼〟……ゲイルは青褪めている。



「「…………」」



 暫しの間、二人には沈黙が訪れた。



 少しすると、真顔でジーっとゲイルのことを見つめていたクロウはいつものニコニコ顔に戻り、別の話題を振った。



「……あ、そうだ。君には良いことを教えて上げようか。僕が確定されていない未来を見ることが出来るのは知っているね?」

「あ、あぁ……確か【(せん)(けん)()(めい)】とかいう、変えられる未来限定で予知、予見することが出来る固有スキル……だったか兄弟?」

「他にも仮定した未来を見ることも出来るよ。代償とかはない。強いて言うなら同じ仮定の未来は何度も見ることが出来ないとか未来を見ている時は完全に無防備になるくらいさ」

「……相変わらず恐ろしい力だ。安全圏に居ればデメリットというデメリットがまるでないではないか」

「そうだね。その力で君がこの戦場の最前線に出る未来を仮定したら面白い未来が見えたんだ」

「ほう?」



 ゲイルからすれば得体の知れない化け物であるクロウの言うことは正直、信用出来ないのだが彼の言う面白いことというのは基本的にゲイル自身も面白いと感じることが多かった為、クロウの発言には興味をそそられた。



「君は『真の勇者』と『闇魔法の使い手』の二人組に負けて死ぬ。そんな未来が見えた。……どうだい? 面白い未来だろう?」

「……フッ。そいつぁ面白いな、兄弟。最高に面白い……!」



 常人ならば未来を予知出来る人物に死ぬと予言されれば恐れおののくだろうが、戦闘狂であるゲイルにとっては正に最高に面白い出来事だ。



 真逆の存在同士の二人が力を合わせて、()()()()()ゲイルに挑み、勝つ。

 何と興奮させる未来だろうか?



 ゲイルはそう思いながら瞑目すると、やがて獰猛な笑みを浮かべ、クロウに感謝の気持ちを伝えた。



「……感謝するぞ、兄弟。弟の存在を教えてくれたこと、我輩の名誉ある死を予知してくれたこと、兄弟にとって許せない存在である我輩を生かしてくれていること……その全てに」



 クロウはそんなゲイルを一瞥すると、笑いながら答えた。



「あはっ、良いよそんなの。僕には僕の目的がある。君に死んでほしい訳じゃないけど、僕の目的を達成する為には君に最前線に出てもらう必要があった。ただそれだけさ」



 時折、真剣な表情でそう答えたクロウにゲイルは再び笑みを浮かべると、



「それでも、だ。例え利用されていようと我輩は戦いの中で死ねる。それが聞けただけで本望よ。……ではな、兄弟。地獄でまた会おう」



 そのような別れの言葉を告げ、立っていた岩の天辺から飛び降りた。

 どうやら死ぬと予言された最前線へ行くらしい。



「あはは、僕は死なないよ~」



 喜んで最前線()へと歩を進める兄弟に対し、クロウは手をヒラヒラと振りながら笑った。



 やがて、ゲイルの姿が見えなくなり、周りに誰も居なくなった岩の天辺でクロウは一人、呟く。



「ユウ君……ここが正念場だよ。今の君にとってゲイルは正真正銘の化け物。頑張ってね……」



 感情を感じさせないその表情からはユウにとっての敵なのか、味方なのかの判別が付かない。

 しかし、ユウを心配しているのは確かのようだ。



「――少し……後少しだよ、――……っ。後少しで……君の――が……」



 時折吹く強い風に自らの独り言が掻き消されることなどお構い無しに続けるクロウ。



 クロウはゲイルだけでなく、雄叫びを上げていたオークが一匹も見えなくなっても、何処か……そう、まるで未来を見ているかのように虚空を見つめながら、ぶつぶつと話し続けるのだった。







 ◇ ◇ ◇



「ユウ……」

「はい、わかってます。……って準備が早い! 気付いてたならもうちょっと早く教えてくれても良くないですか!?」

「……? っ!? も、申し訳ありません主様っ! 気付きませんでした!」



 何処からか聞こえてきた魔物らしき雄叫びと王都を覆うかのような凄まじい殺気の暴雨に文字通り飛び起きたユウはジルの呼ぶ声に答えつつも急いで装備を身に付けていると、ジルが既に全装備を身に付け終わっているのを見てしまい、流石にツッコミを入れた。

 後ろではユウのツッコミで目を覚ましたアカリが一瞬で状況を把握し、ユウへ謝罪していた。



「うぅ……《気配感知》スキルを持ってるのに気付かないなんて……」

「良い、過ぎたことだアカリ。スキルレベルが低いっつぅ理由があるんだから気にするな。次、気を付ければ良い」

「ハッ、オレからすれば寧ろ何で昨日の時点でお前や国の奴等が気付かなかったのかが謎だぜ」

「えっ、奴等、昨日には着いてたんですか? 俺達が寝静まるのを狙って……いや、大体気付かないとか言うなら高レベルの《気配感知》を持ってるライ達に……ってまだ帰ってないんだっけか。クソっ、ここぞとばかりに主人公やってんじゃねぇよあのアホ勇者共ぉ……!」



 あくまでも謝罪を続けるアカリと、鼻で笑いながら肩を竦めるジル、怨嗟の声を上げるユウだが、そんなやり取りをしつつも、手や体は迅速に動いている。

 現にユウは既に寝間着から冒険者用の頑丈な服一式に着替えを済ませ、武器だけでなく防具まで装備を終えているし、アカリもユウと同じく素早く着替えを済ませ、防具を装備している。準備を終えているジルは「むにゃむにゃ……うぇへへ……」と未だに夢の中に居るエナを起こしていた。



「んじゃ、エナさんもいざって時は逃げてくださいよ? 幾ら敵意を持たれなくても投石とかそういう攻撃に巻き込まれたら意味ないですからね」

「そ、そうらね……ふわああぁ……頑張ってねぇユウ君……アカリちゃん、ジルさ~ん……むにゃむにゃ……」

「……マジで国の一大事ってことわかってんのかなこの人」

「まあ、師匠からすれば他国ですからね、この国」

「あっ、まだ師匠って呼んでたんだ」

「当然です。私は使用人ですから」

「喋ってねぇでさっさと行くぞユウ」



 やがて全ての準備を終えた三人は寝ぼけ眼でボケ~っとしているエナに一言注意すると急いで部屋を飛び出した。



「方向は?」

「北から真っ直ぐこっちに向かってる」

「……っ!? か、数が尋常じゃないです! これは……全ての戦力が集中しています!」

「一点集中かよ、数の暴力を最大限に使おうってか……!」



 走りながらジルに敵の居る方向を確認していると、《気配感知》でオーク達の数を察知したアカリが付け足すようにそんな発言をしてきたので、悪態をつきながらも頭の中で算段を重ねるユウ。

 少しすると、ちょうど召喚者全員の部屋へ声が届く位置まで辿り着いたので一旦思考を止め、声の出せる限りで叫んだ。



「すぅ~……――敵襲ッ!! オーク約二万! 北に集中! 急いで戦闘体勢を整え、北門に集まれぇっ! 繰り返す! 敵襲ッ!! オーク約二万! 北に――」

「「「「「っ!?」」」」」



 短いが簡潔で分かりやすいユウの指示に飛び起きたらしいマナミやトモヨ、リュウ達が部屋の中でバタバタと慌ただしく動き回っている音が聞こえるが、それだけ伝えたユウ達はそんな召喚者達に構わず、さっさと近くのバルコニーに出ると、即座に《竜化》したジルの背中に飛び乗り、北門に向かった。



 少しすると、カンカンカンカンッ! と敵襲を告げる合図が王都中に鳴り始めたが、ユウが上空から街の様子を見る限り、明かりが少しずつポツポツ灯るばかり。

 城の中ですら寝静まっていたのだ。住民も当然、まだ大丈夫だろうと楽観していたのだろう。



「全体の動きが遅いな……これが普通なのか……?」

「普通だな。上がこのくらいだと曖昧な情報を伝えたんだ。それを信じきっている奴等からすればいきなり何だって話だろうよ」

「チッ……騎士達までボケっとしやがって……! ジル様、騎士達の兵舎に寄ってください!」

「わかった」



 西洋竜のような形状のドラゴンと化しているジルの背中から頭の角までゆっくり移動してきたユウが振り落とされないよう、角に抱き付きながらお願いをする。

 アカリはジルの背中にしがみつくのに精一杯のようだ。



 十秒もしない内に兵舎の真上へと到着したジルの上でユウは先程同様、声を張り上げた。



「『黒鬼隊』ッ!! いつまで寝てやがる! 敵襲だあっ! 急いで北門に集合! 十分以内に来なかった奴は俺に出来る最大限の厳罰に処す! 良いなっ!? 『黒鬼隊』は十分以内に北門集合だっ!!」



 『黒鬼隊』とはユウがグレンから預けられた二百名弱の部下達のことだ。

 気付いたら、黒髪黒目の鬼畜野郎が隊長だから『黒鬼隊』だ、等と呼ばれていたのでユウもそのように呼んでいた。



 ユウのスパルタ過ぎる訓練により、五十名程は実家や別部隊へと逃げてしまい、残った約百五十名は今や近年稀に見る社畜のような死んだ目をしているが皆、生き残ることだけに特化した騎士だ。

 乱戦だろうがなんだろうが何がなんでも生きるということに固執した特殊な部隊である。



 故に自他共に認める鬼畜な隊長の『厳罰』という一言に凄まじい反応を示し、皆一様に動き始めた。

 急がないと何かに殺されるのかと思ってしまうような速度と『黒鬼隊』全員の切羽詰まった表情に同僚の騎士達は引きながらも急いで準備を終え、ユウの伝えてくれた『北門』という情報から北に敵が居るのだと理解し、それぞれ自らの上官へ指示を求め始めた。



 『黒鬼隊』の中には既に殆ど準備を終えていた者も居たらしく、ダッシュで北門に向かう者達もいたが、殆どが上空から見下ろす巨大なドラゴンと頭の角に片手で掴まってこちらを覗く『黒鬼隊』の隊長を見て固まってしまったので、それを自覚したユウは急いで北門に向かった。








 イクシアの王都は上から見ると概ね円の形をしており、街の周りには高さ二十メートルの壁がある。そして、東西南北にそれぞれ門を設置し、身分ごとに使用できる門を区切ることで整理を行っているので通常時ならば混雑することは殆どない。

 しかし、現在は完全に混乱した騎士や兵士達が北門にごった返しており、戦争が始まる前から怪我人すら出ていそうな具合だ。



 それを見たユウは「後、二週間くらいは来ないだろうなんて楽観してるからそうなるんだろうよ……」と引きながらも北門近くの見張り台に降りた。

 当然、隣にはジルやアカリも居る。元々、見張りをしていた兵士の二人はドラゴンと化していたジルに恐怖し、一人は気絶、一人は悲鳴を上げながら逃亡と既に被害が出ていた。



「急な敵襲に混乱している状態でドラゴンっつぅ化け物を見れば錯乱くらいするか。……ま、国の一大事なんだから許せよ、兵士さん達」

「……案外、お前もこの国を守りたがってるんだな?」

「守りたいというよりはライが来るまでは耐えてやろうかな~って感じっすね」

「……何かあれですよね、主様はすぐライ様のお名前を出しますよね」

「あぁ、奴隷ちゃん、こいつ同性愛者だから。それも結構ガチのやつだから」

「やはりですか……」

「息を吐くかのように嘘付くの止めてもらえませんかね。……後、やはりって何だねアカリさんや。何か心当たりでも?」



 少々ふざけながらもショウから貰った双眼鏡で敵の姿を確認するユウだったが、よく見るとおちゃらけた口調とは裏腹に苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 二万という数字だけではあまりイメージ出来なかったそれを目の当たりにして、今更ながらに絶望的な戦力差を思い知ったのだろう。



 イクシアの兵士、騎士を階級は関係ないものとして数えた場合、総員で約五千。内、半数以上は国を守る騎士ではなく、街を守る兵士であり、大半の者は対人戦闘に特化している。

 冒険者や傭兵等とは違い、衣食住に恵まれた環境での厳しい戦闘訓練を受けているとはいえ、実戦は初めてという者や何万もの大軍を相手に戦うのは初という者も多かった。特に後者に関してはグレンですら初のことだろう。



 そして、オーク一匹を一人で相手にする場合で推奨されるレベルは30。四人で相手にする場合は兵士達のように鍛えられていればレベル15もあれば余裕という程度だ。半分の二人ならば20は欲しいところ。

 実際、兵士の平均レベルは20で、騎士達は30程度だ。各々ステータスの職業は違うので多少の差はあるとしても基本的には同じ程度の戦力。



 数で比べると四倍の敵だ。不慣れな魔物相手だろうと、一匹に四人も掛けていられない。

 とはいえ、オークと人ではステータス値が大きく異なる。生命力にも差があるし、何日もまともな飯が食えない状態だったオーク軍と戦争なんてまだ先の話だろうと腑抜けていたイクシア軍では士気もまるで違うだろう。



 これらのことを踏まえ、ユウが苦い顔をしているのである。



「ジル様が居れば滅ぶことはないでしょうけど……」



 ジルを見つつ、そう呟けば、



「この国の為だけに戦うなんてこと、オレぁ絶対にしねぇぞ」



 と、返ってくる。

 グレンや王女にも予め言っていたことだが、ジルはこれまで育ててきた弟子(ユウ)を無駄死にさせない為に戦うので、あくまでユウの盾としてしか働かないと決めている。



「……まあ、俺を守ってくれるんならそれだけで十分ですよ」



 しかし、オーク程度なら瞬殺出来るユウを世界最強の存在が守ってくれるとなれば下手したら一人で全滅させることも出来るだろう。



 ユウも最強の回復役(マナミ)と最強の(ジル)がおり、頼りになるアカリやトモヨ、リュウまで居てくれるとなれば、兵士や騎士達がまともに機能しなくても戦えるのでは? と、ある種、楽観的に考えていた。

 敵の大将である魔族がどれほどの強さを持っているのかはわからないが、自分では敵わなくともライ達が聖剣に認められ、帰ってくるまで耐えれば何とかなる。そう思っていたのだ。



「あのスピードなら……十分ってところか……?」



 刻一刻と迫り来るオーク軍の速度から今現在、己が立っている見張り台や壁に辿り着くまでの時間を計算したユウは『黒鬼隊』やトモヨ達、召喚者が下の門近くに集まっているのを確認した。

 門の前は混乱した他のイクシア軍が居るので手前で集合しているのだろう。

 


 やがて、肉眼でもオーク達の姿がハッキリと視認できるようになった頃。

 全員が集まったと判断したユウは近くの民家の屋根に飛び移り、皆に声を掛けた。



「早瀬が居ないようだが……まあ、良い。全員集まったな!?」

「「「「「ハッ!」」」」」

「と、取り敢えず召喚者の方も皆集まったよユウ君っ」



 集まった部下達、あるいは仲間達を見渡したユウはちょっとした演説を始めた。

 何百人、あるいは何千人の鍛え抜かれた大の大人達が目の前で阿鼻叫喚の騒ぎを起こしているので、当てられて青い顔をし始めた者や今更ながらに絶望する者を確認したからだ。



「……先程伝えた通り、ついに恐れていた事態が起きた。オーク共の侵略だ。数は二万。……それに対し、俺達の総勢は五千程度と、圧倒的な戦力差である。しかし、案ずることはない! お前達には最強の回復役(再生者)と最強の(剣聖)が付いている。そして、恐らく今現在、この街に居る人間の中で最も攻撃力の高い俺もだ」



 辺りは混乱したイクシア軍達がお互いがお互いの混乱に触発され、大混乱と化していたが少しずつユウの声が耳に届く者達が現れた。

 突如発生したオーク軍という脅威に頭がパンクし、頭の中が真っ白になっていた者達である。



「俺や再生者の他に異世界人補正により、強靭なステータスや固有スキルを持った召喚者達も居る。少し耐えれば勇者の二人も来るだろう。……そこの馬鹿みてぇに暴れてるアホ共も聞けッ!! 国を守るお前達が守られるべき国民よりも恐怖してどうする!? 焦るなとは言わないが一度落ち着け!」



 ユウは話しながらも余計な刺激を与えないよう、一瞬だけ気を引くようにして殺気を出すことで、北門の前で動き回っていた者達を止めた。



「確かに、勇者二人は不在、世界最強の剣聖は力になってくれないこの状況は絶望的だ。だが本来なら争いや戦争などない平和な国、魔物や魔法すらない平和な世界で学生をしていた俺達にこんな危ない戦いを手伝わせ、あまつさえ最前線に送るというのにお前達は何だっ!?」



 その場に居る全員がユウの叫びに一様にピタリと動きを止めた。



「お前達がどんな経緯、思想で国を守る軍人になったのかは知らないが俺達は明日も平和な一日が始まると思っていたのにこんな危険な世界に呼ばれたんだ。戦闘訓練どころか、下手したら筋トレすらしたことのない俺達がっ、自分達の都合で拉致した国の奴等を命を危険に晒してまで救おうとしているのにっ! 本来ならば真っ先に国民を守るべきお前達はその体たらくだ! 恥ずかしいとは思わないのか!?」

「し、知るかよ! 国がやったことだ!」

「そうだそうだ! 大体、戦ったことすらまともにないお前達、異世界人の言うことなんか聞けるかよ!」

「オークが二万だぞ!? どうやったって勝ち目なんかねぇよ! さっさと逃げ出せば良かったんだ!」



 少しプライドを傷付けるような物言いをしたのが悪かったのだろう。何人か、反論してきた者達が居た。

 ユウはその数人に他の者が感化される前に返した。



「黙れッ!! お前達の国だろう!? 知らない、関係ないとは言わせねぇッ! ……それに命令を聞けとは言っていない。ただ落ち着けと言っている。ついでに、そこの逃げてりゃ良かったとか抜かした間抜け! ならお前はさっさと逃げろ。オークが今にも近付いてきているのに周りの士気を下げ、足を引っ張る味方なんざ要らん!」



 先程の気を引く為の殺気とは違い、グレンに飛ばしたような本気の殺気を辺りに撒き散らし、黙らせたユウは続けた。



「なあ。そんな戦ったことすらまともにない俺達、異世界人に守られっぱなしで良いのか? 顔も名前も知らねぇし、国も人種も文化も、世界すらも違う赤の他人共を、魔物や魔法すら知らなかった俺達を魔王を倒させる為とかいう訳のわからん理由で拉致しておいて……自分達は後ろで見てるだけってか? 国の一大事であるこんな状況になっても?」



 オーク到着まで五分を切った。

 先頭のオーク達は姿を見せない敵軍に「奴等はビビっている!」と直感で理解し、既に勝利の雄叫びを上げ始めた。



「もう一度言うがお前達がどんな経緯、思想で軍人になったのかは知らない。だがそうやってビビって何もしなかったらこの国は滅ぶぞ? 隣の仲間を死なせたいのか? 家族は? 友人は? 毎日会う嫌いな上官だって死んでほしくはないよな? ……大切な人を守りたいから軍人になったんだろう? 今の状態で本当に守れるのか? お前達からすればガキんちょ、クソガキ、赤ん坊に等しい俺達におんぶに抱っこか?」



 オークの雄叫びが聞こえてきたが、最早、恐怖する者どころか反応する者も居なかった。



「何を偉そうにだとかガキが生意気にとか色々思うところはあるかもしれない。だが、そんなガキにすら言われるぐらい今のお前達は馬鹿をやっていることを理解しろ! 何度でも言う! お前達は何のために軍人になったんだっ! 胸に手を当てなきゃわからねぇかッ!? 大切な人を守る為に! 故郷を! 我々の住むこの国を守る為! 我々は戦わなければならない! さあっ! ビビってねぇでさっさと持ち場に付きやがれ馬鹿野郎共ォッ!!」

「「「「「オオオオオオォォォッ!!!!」」」」」



 「何でこいつ(ユウ)が先導してんだろう……?」とポカーンとしていた召喚者達が揃って耳を押さえるほどの雄叫びが辺りを木霊した。



「俺にはもうすぐ生まれる娘が! 今も頑張っている妻が居るんだ! やってやる! やってやるぞ!」

「私はこの国の平和を守る為、国民が笑って過ごせる秩序に貢献する為に軍人になったのよ! 異世界人なんかに任せてなるものですか!」

「家族も友達も居ない俺にも! 守りたいものがある! 二万のオークがなんだ! 化け物揃いの異世界人がなんだ! 俺は俺の守りたいものの為に戦うんだあっ!」



 次々に「俺だって!」、「私だって!」、「豚なんかにビビってられるかよ!」と声が上がり、先程の混乱の時と同様の事態が起こり始めた。

 とどのつまり、お互いがお互いの「やってやる!」という気持ちに触発され、瞬く間に広がっていったのだ。



 それは獣のように雄叫びを上げ続けるイクシア軍に圧倒されていた召喚者にも伝わった。



「な、何か……滾ってきた……うん……滾ってきたよ……! こんなアニメみたいな展開、やってられるかって思ってたけど! あぁ! やってやるさ!」

「クっソぉっ、十歳近く年下のくせに相変わらず妙にカッコいいじゃんかよ黒堂君! よぉし! 商人の俺にも出来ることはある! 皆で生き残るんだ!」

「驚いたわ……黒堂君にはスキルに頼らないで、素で人を導く力があるのね……。命を捨てる覚悟と言い、現実的な考え方と言い、イサムよりもよっぽど勇者に相応しいと思うわ……!」

「っしゃあーっ! 私も! 燃・え・て……きったああぁーーッ!!」

「び、微力ながら私も頑張りたいですぅ……い、いや、頑張りますよお……っ!」



 まるでパンデミック。

 この場に居る全員、主義主張、価値観、倫理観、文化、人種、言語すら違うのにも関わらず一人残らず互いに溢れる戦意に感化され、満ちていったのだった。










 そんな状況を作り出した本人の反応はこうである。



「……よし、士気は誤魔化せたな。何かあったらあいつらに押し付けて逃げましょうね、ジル様」



 どうやら、いざという時の為の囮として先導し、扇動して煽動していたようだ。



「……二百年近く生きてるけど、お前ほどのクズは見たことないとハッキリ言えるぞユウ。……ていうかこれからも現れないと思う……」



 予めユウの心を読んでいたジルも流石に手首が捻じ切れそうなほどの手のひら返しに目を向いていた。



「流石、主様……! 尊敬ですっ……これが英雄っていう存在なんですね……!」



 と、感動のし過ぎでいつもの無表情を崩して涙していたアカリはずっこけた。



 実のところ、ユウはオークの雄叫びが聞こえた段階で、



 (え? 嘘、もう来たの? やっべ! マジやっべ! 「敢えて言おう、カスであると!」、言えなくなっちゃったな~とか考えてる場合じゃねぇじゃん!)



 と、かなり焦っており、(おくび)にもその焦燥を気取られないよう、過去最大級に演技系スキルを活用し、表情が動かないよう、唇を噛んで耐えていたのだ。



 その緊張が解れ、つい出てしまった一言とも言える。

 まあ、二人も何だかんだ「ユウ(主様)らしい」と苦笑していたが。



 そんな悪魔のような先導者に煽動されてしまった憐れとも思える被害者達は各自、迅速に持ち場に付いており、戦意の途切れぬ勇敢な軍人として、今か今かとオーク達を待ち構えていた。



 街を覆う壁にはこういった戦争時の為に穴が空いており、そこから魔法部隊の魔力が尽きるまで魔法を放ち、ある程度消耗させたところで白兵戦という戦法があるらしく、そこから流れを作りたいとイクシアは考えているらしい。

 なので、魔法師団だけでなく、魔法を使える者は全て集まっており、各々武器を構えていたのだ。



 誰もが戦争の始まりに息を飲む瞬間、オーク達が魔法の射程距離に入り……



「第一魔法攻撃、放てええぇーーっ!!」



 というグレンの指示と、それによって行われた多種多様な魔法の一斉射という恐ろしい攻撃をもって、開戦の幕開けとなったのだった。



おかしい……戦わせるつもりだったのに気付いたらここまで立派なタイトル詐欺をしているなんて……

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