第57話 聖なるもの
「聖剣……って、あの?」
全てが白一色に染められた都。
建物も外壁も日用品も道行く人も髪以外の何もかもが不気味なまでに統一された街中で、ライ=イナミは記憶の片隅からソレを引っ張り出していた。
「えぇ、その聖剣です」
政治的なアピールの為とはいえ、大事な時期に知らない街、知らない土地、知らない人々に囲まれてのパレード……つまりは見世物に強制参加させられたこともあり、不快感に眉をひそめながら返した。
「勇者にしか装備出来ず、刃毀れもしなければ《光魔法》の力を引き出すという伝説の……?」
曰く、意思がある。
曰く、聖剣に認められた者しか真価を発揮することは叶わない。
曰く、他の者が持とうとすれば忽ちナマクラと化してしまう。
そも勇者の職業を持つ者は異例中の異例で一つの国に一人居るかどうか。
その上、現存する聖剣は聖遺物という扱いで厳重に保管されている。
故に、それがどれほど貴重で強力なものかくらいの知識はあった。
「本来であれば十分に成長しきった状態が望ましいのですが……」
「戦争とあらばやむを得ない、と」
目、肌、服すら白く、上に着込んでいるドレスアーマーもまた月白色の少女が腰まで届く白い髪を靡かせながら頷く。
「イクシアからは勇者ライ、貴方こそ我等の持つ聖剣に相応しいと窺っています」
同じ歳頃だろうその女騎士はこの街、聖都テュフォスの聖女にして聖騎士の職を持つ女傑である。
性格は冷静沈着。無口なのかあまり感情を表に出さず、幼さを有しながらも氷のように冷たい顔でこちらを見つめていた。
「……だからイサム君は別の場所に行ったんだね」
問題児のやらかしに瞑目したライはそう言って周囲を見渡した。
ワーワー、キャーキャーと沸く都民の人々。
驚くべきことに全員が例外なく信徒だという。
「勇者様ー!」
「救世主様っ、ようこそテュフォスへ!」
「どうか穢れた亜人共に浄化をっ!」
「奴等に奪われた無垢の土地を取り返してくださいませ!」
男も女も、子供も老人も。
私服という概念がないのか、同じ修道服に身を包んだ彼等はその場で膝を折り、祈るようにして勇者の来訪を喜んでいた。
「聖神教、か……」
「興味がおありで?」
実に宗教家らしい、食い気味の質問に首を振って否定。「例にはならうけど……生憎、無宗教なものでね」とだけ返答する。
唯一教と言っても差し控えなく、また、イクシアでは国教と定められている聖神教。
内容を簡単に言ってしまえば人族至上主義である。
魔族や獣人族といった他種族は人族という上位種の為に存在し、使われるべき、人ならざる者だと定義している。
その始まりは想像がつく。
彼等が独占する、回復や毒抜き、魔を祓う『聖』の魔法は他種族に特効的効果を持つらしい。
対して、人族にそのような凡例はない。
アンデッドや霊系魔物も同様なのだから他種族は魔物と同種、あるいは魔物から派生した劣等種だという教えだ。
必然的に人族間では例え信徒でなくとも共通認識が生まれ……
本来、犯罪の抑制やある種の受け皿的役割があった奴隷制度も他種族を強制労働させる手段に成り下がっている。
「何故でしょう?」
続く問いにも微妙な表情をしてしまう。
「……この都に獣人は? イクシアではかなりの数見かけたけど……」
細かくは言わなかった。
が、質問に質問で返したことを後悔した。
「? 居ませんよ、あのような雑種など」
聖女があっけらかんと言い放ったから。
「大国ほどの土地があり、自給自足が可能なほどの人材がおり、他国と交易出来るほどの経済力があり、並べるだけの統制力と国によっては滅ぼせる程度の〝力〟も保持している我々ですが、国家ではありません。あくまで聖都……世界の中心にして主の膝元に汚らわしい獣を入れるわけにはいかないのです」
信仰の厚い人間の認識を改めて目の当たりにし、言葉に詰まる。
「っ……」
ろくに洗えてももらえないのか、それなりに離れていても臭う者。
食糧や水も惜しまれるのか、雇い主に蹴られ、詰られても泣きながら懇願する者。
日常的に暴行されているのか、痣や切り傷、四肢や関節が妙な方向に曲がったままの者。
鞭に打たれながら死んだ目で荷を運び、倒れても罵倒され、運びきっても『何となく』という理由で殴打される者。
今まで見てきた他種族奴隷の扱いを知ってるからこそたじろいだ。
「そうか……労働力と見なすことすら……視界に入れることすら……」
「……? 当然では? 耳、牙、爪、翼……それらを斬り落としても尚、不快な存在なのですから」
狂っている。
心の底からそう思った。
ジルのように美しい容姿を持ちながら無自覚な残忍性を持ち、アカリのように感情の起伏が乏しいながらに手前勝手な理想を持つ聖女。
元からなのか、洗脳の結果か。
この少女にとって、それこそ絶対的な正義であり、揺るがない信念なのだろうと、無を彷彿とする瞳に思わされた。
濁っているようで、輝いても見える深い白灰色の瞳に。
あれはダメだ。
人が一番持っちゃいけない光だ。
直感的にそう感じ、恐怖した。
「ノア……君はーー」
「ーー到着したようです」
危うく人の在り方に踏み込もうとして、その声で留まる。
見ればステンドグラスで装飾された神殿が迫っていた。
印象は荘厳で神々しく、飲まれるような白い宮殿。
ライは何かの情報媒体で見かけたどこぞの国の世界遺産を思い出した。
「ここもか……気が滅入るな」
大きさ、広さ、厳かさよりも先ず色について言及してしまい、「あ、ご、ごめんっ」と謝るが、「いえ。慣れの問題でしょう。中に入れば落ち着く筈ですよ」と流された。
その言葉の真偽を証明されたのはそれから数十分後のこと。
出迎えの信者や騎士との歓談を終え、いざ内部へ通されて呆気にとられた。
壁や柱の造形にではない。
そこかしこに描かれる鮮やかな絵でもない。
中庭に咲き乱れる色艶やかな緑と花々、見たことのない鳥が飛び交う幻想的な光景でもない。
澄んだ空気と共に漂う神聖な魔力……
神気とでも言うべき新たな未知に満ちた空間そのもの。
気付けば当てられたように立ち尽くしていた。
「う、あっ……?」
グレンとの立ち合いからまだ一日。
転移魔法なる特殊な技術であっという間に大陸の最西へと誘われ、心の内を占めていたモヤモヤまでもが綺麗に失せた。
「主を身近に感じられるこの世で最も尊き場所……聖域。少しは我々のことをご理解していただいたようですね。それでは勇者ライ。どうぞこちらに。貴方の聖剣はこの奥です」
ライはどこか自慢気な少女に手を引かれるがまま歩を進めるのだった。




