第58話 聖剣と邪神、『あの人』との相瀬
俺ことライ=イナミは同じ勇者として召喚されたイサム君と勇者専用武器と言われる聖剣を受け取りにそれぞれ旅に出ている。
いや、旅とは言わないか。イサム君はイクシアの王都の近くにあるらしい遺跡のような場所に奉られている聖剣を受け取りに行ったし、俺は俺でこの世界で一番ポピュラーな宗教……聖神教の人達に連れられ、聖都テュフォスという場所に来ている。
イサム君自体はその遺跡が近いから旅とは言えないけど、俺は聖神教に伝わる秘術とかいう転移魔法のようなもので一瞬のうちに飛ばされたからという理由だから微妙な気持ちだ。
そんな便利なものがあるなら……と思ったが聖神教の偉い人しか使えないらしい。ユウなら喜んでご都合主義って言うだろうね。
(ユウ、か……)
聖剣を受け取りに来いとか言われて唐突に連れてこられたけど、正直幾つか不安がある。
聖剣には意思があるらしく、所持者を主として認めなければとんでもなく重くなって、その上、切れ味や聖剣らしい魔を祓うような効果が消え去るんだとか。
その聖剣に認められるかっていう不安と……ユウだ。
あいつは盗賊を……アマンダさんを殺した。もう抵抗する力も意思もなかったのに生き残った盗賊も全て殺してしまった。
連れて帰っても処刑か死ぬまで働かされるだけ、道中の盗賊達の世話が無駄、変な情が生まれるとか……あいつにも色んな考えがあったんだとは思う。
……それでも人を殺したんだ。己の手で、己の意思で。
どんな理由があろうと人が人を殺めて良い訳がない。
そう思って、イクシアに着いてからユウを問い詰めようとした。
何故殺したのか、何故人を殺すことに躊躇がないのか、何故対話という道を模索しようとしなかったのかを。
しかし、グレンさんに『闇魔法の使い手』に無駄なストレスを与えるなと止められてしまった。
それではあいつの好き放題じゃないかってイサム君は怒ってたけど、グレンさんの次の言葉で俺は固まってしまった。
アマンダさん率いる盗賊達はあの村だけでなく、他の村も襲っていたらしく、被害は相当なものになるらしい。
死人は反抗したのであろう若者、役に立たない老人や赤ん坊だけで数百人、被害にあった女性や子供もかなり居るらしく、盗賊達が討伐されたことを知ると泣いて感謝していたのだとか。
あの時はそのことを知らなかったから文句も言えたけど……ユウやアカリが早々に殺そうとする理由もわかった。
盗賊っていうのは魔物と同じか、知能や欲望がある分、より厄介な生き物なんだ。だからアカリが言っていたように殺すのが当然なんだ。
ユウが生き残った盗賊を殺したのは強ち間違いでもないとグレンさんは続けた。
盗賊は基本的に死刑、または死ぬまで強制労働の刑に処される。事と次第によってはその家族諸とも処刑するらしい。
家族からすれば堪ったものではないし、どの道、アマンダさん達はやり過ぎたから処刑は免れなかったという。
そんな奴等の生き残りを連れて帰ったとしてメリットはあるだろうか? 食事やトイレは当然として、どの馬車に置いておくかも考えなくてはならないし、それらのデメリットを無視して連れて帰ったところで賞金等出る筈がない。賞金首になれば出るだろうが、そもそもどこが出すんだって話だし、出されたって無視したデメリットを越えはしない。その上、盗賊達は逃げ出そうと四六時中暴れるだろうから、徒労も良いところだ。
だからさっさと殺して見なかったことにすれば家族は救われるし、無駄な苦労をすることもない。
国としては「こいつらはこれこれこういう罪を犯したので処刑します」と民衆の前で処刑を行うことでデモンストレーションのような形で息抜きに使えるらしいけど……俺達はそんな恐ろしいことの為に連れて帰ろうとした訳じゃない。
好き勝手してるのはユウじゃなく、俺達の方だったんだ。無駄な正義感に囚われて仲間達を危険に晒し、不安に怯える村人達に余計恐怖を植え付けてしまった。
俺は一体何をしようとしていたんだろう? ユウは最も簡潔で最も素早く最もシンプルに解決しようと頭に大怪我までしたのに……俺は人を殺してはいけないという自分のルールを押し付け、考えを貫こうと馬鹿をやっていた。それを強く実感した。
……だからこそ。
俺は一刻も早く聖剣に認められなければならない。
最前線で戦うと決めたらしいユウの隣でイクシアを守りたいんだ。
そんな覚悟を【明鏡止水】で心を静めながら決めれば、あいつを見ると胸の中でざわつくこの黒いモヤモヤも消える。そう思えた。
「勇者ライ、どうかしましたか?」
「い、いえっ、何でもないです……」
「そうですか」
周りの人に聖女と呼ばれ、畏れられていた女の子にいきなり話し掛けられ、ビックリした俺は平静を装いながらそう答えた。
聖女さんの名前はノア。年齢は16、身長や体つきは至って平均程度だと思うけど、ジルさんのようにイクスでも珍しい白い髪と真っ白な肌を持った人族の女の子だ。
その全体的な白さに合わせたかのように、月の光を思わせる薄い青が混ざった月白のドレスの上にユウの装備みたいな白銀の防具を各部位に装着していて、腰には何やら魔力と……《光魔法》に似た気配を感じさせる西洋剣が差されている。
その見た目から一見、ジルさんに似ていると思うけど、よく見ると全く違う。長髪をストレートにしているのは同じだけど、色合いや持ち合わせている雰囲気が全くの別人だと告げている。
何て言うか……神々しさの中にどこか禍々しさを感じさせるんだよね。ジルさんのが一片の汚れもない綺麗な白だとしたら、この子のは……全体が灰色がかっている……ような? 気がする。汚れている訳ではないんだけど……何か変な感じだ。
顔付きもそうだ。ジルさんは感情が乗った、真っ直ぐな瞳や綺麗で整った、キリッとした顔をしているけど……このノアという女の子からはそれが一切ない。……いや、顔は整ってるんだけど、人形みたいっていうか……まるで感情という大事な部品が欠けた、壊れた機械のような感じがする。
顔から『無』というイメージが強く滲み出ているって言うのかな。
折角、可愛らしい小顔をしているのに、その顔は無表情か作った笑顔で固められている。美しい造形の仮面をくっ付けているようだ。
アカリからは拷問や壮絶な過去で感情が失われたような印象を受けたけど……この子には元々なかったような印象だ。
自然な笑い方を知らないのだろうか? と思ってしまう、歪な笑顔を時々見せてくれる。
俺は現在、その聖女と共に聖剣があるという聖都の中心部に向かっていた。
最初、急に聖都に来ることが決まったんで盗賊達の件で謝りながらユウに相談したら、どや顔でマナミの肩を抱きやがったから思わずぶん殴って、それでも苛々が収まらなかったけど……聖都に着いた瞬間、冷たい氷水を吹っ掛けられたような感じがして一瞬でその熱は冷めてしまった。
今こそ、聖女ノアは俺の隣で無言と無表情を貫きながら歩いているけど、俺の……救世主様、勇者様のお迎えだとか言って聖都の人から熱烈な歓迎を受けている時に現れたその瞬間はまさにそんな気分だったんだ。
仮面のようなその笑顔で「勇者ライ、歓迎致します。イクスの光よ……!」と声を掛けられた時が一番恐ろしかった。
まるで何かに取り憑かれたようなドロドロした瞳の奥に……洗脳か何かでもされたんじゃないかってくらいの怪しい光を俺は見た。
あれはダメだ。人が一番持っちゃいけない光だ。直感的にそう感じた。
「私の顔に何か付いていますか?」
「……いや、あの……き、綺麗だなって……」
「そうですか、ありがとうございます」
まただ。また、笑った。
(……何だろう? この壊れたような笑顔を見ると胸が痛む……)
この子は何がなんでも俺が守ってやらなきゃいけないという気持ちになる。自然な笑顔を知ってほしいと思ってしまう。
初対面なのに……何故、だろうか……?
「先程も言いましたが敬語は不要ですよ、勇者ライ。私は貴方より年下ですし、聖女、聖騎士の並行職を持つ私よりも異世界人であり、勇者である貴方の方が敬われる立場にあります」
「あっ、すいませ……う、うん……ゴメン、どうも初めて会う人にタメ口ってのが慣れなくて……」
「そうですか。では、すぐに慣れることをオススメします。人と話す度にそのように緊張していては相手も疲れますし、何より貴方が疲れます」
「う~ん……俺達の世界だと初対面の相手にタメ口っていうのは少し失礼な感じがするからね……」
「そうですか」
……そんな感情を覚えてしまう相手だとはいえ、さっきからこの調子だから少々苦手だ。
「もう少しで聖神教の総本山に着きます。聖剣に認められる時が迫っていますね」
「え、えっと……何かさっきも言ったけど、聖剣には意思があるんだよね? そんな簡単に認められるのかな……?」
「はい、直感でわかります。貴方はこの世界を救う光です。平和の導き手足る勇者様です」
「ちょ、直感か……」
「はい、直感です。私には《直感》スキルがありますので。これでも外れたことは一度もないのですよ」
って言われてもその《直感》スキルの効果がよくわからないんだけど……かといってそれを訊くのは……
「何か?」
「なっ、何でもないよ……」
「そうですか」
憚られる。
せめて、この気まずい空気だけでも何とかならないかなと悩んでいると、そこに辿り着いた。
ステンドグラスで装飾された美しい建物の扉の先。
そこが聖神教の総本山であり、聖剣が封印されている場所。
聖域だ。
そこには緑が咲き乱れ、美しい花片や鳥が飛び交う幻想的で広大な世界が広がっていた。
まるでアニメの世界から切り取ったようなその風景の中に真っ白な神殿が鎮座している。
(……ん? ……あの神殿に聖剣があるんだろうけど……何だろう? 何かが呼んでいるような気がする……)
色とりどりの自然と真っ白の神殿は全く別物なのにも関わらず調和していて、不思議と全く違和感がない。
後ろが普通の街とは到底思えないその光景に圧倒されていると、
「ここです。さあ、聖剣とご対面ですよ」
と、ノアはさっさと前へ歩を進めていくので、急いで後を追う。
さっきの転移魔法のようなものと同じでどこかの空間と空間を繋げている……?
街中を歩いてきて、大きくてステンドグラスに覆われた綺麗な建物の扉を開けたらこれだもんな。明らかにおかしい……
そんな風に考えながらもその聖域に入った瞬間、全身が感動を覚えるほどの空気の澄み具合と聖域と呼ばれるに相応しい何かを感じ取り、震えてしまった。
(神聖とか神々しいっていうのはこれのことか……!)
俺は何て形容すれば良いのかわからないその感覚にビビりながらも何となくそう思った。
「聖剣か……俺に出来るかな……?」
「絶対に認められます。断言致しますよ、勇者ライ」
「あ、ありがとう。心強いよ」
「いえ」
等と話しながら後ろを振り向くと、入ってきたドアが消えていくところだった。
(ど◯でもド◯……?)
「そ、そういえば、さっきのドアってどういう仕組みなの? あのステンドグラスの建物の中にこの聖域があるわけじゃないよね?」
流石に気になって訊いた。
「あのドアは予め設定しておいた場所へ繋がるようになっているのです。普通に中に入ることも出来ますがこうして特別な用事がある際は別の場所へと行くことが出来るのですよ」
「そ、そうなんだっ……へ~凄いね……」
(……ハ◯ルの動く◯だったーっ! 玄関のドアだこれ! あの城の!)
聖剣や聖域よりもどうでもいいことに食い付く俺だった。
◇ ◇ ◇
グレンが予想していた戦争勃発の日まで残り五日を切り、ユウが手に入れた部下達に行ったとあるスパルタ教育によって次々と逃亡者や心が折れる者、実家へ逃げ帰る者が現れている頃。
ユウはいつしかのように再び邪神と会っていた。
「ま、まさかあの宝石に語りかけるだけで良いとは……」
「ふふふ……ごめんなさい。……連絡手段、について……伝えるのを……すっかり忘れていたわ……」
「いやーすまないね~少年。あっ、17なら青年かな? あはは、彼女、ちょっと引きこもり気味だからさ。コミュ障なんだよね~っ、あはははっ」
(しかも何か知らないイケメンが居る……! 誰だこの人……!? ってかマジでめっちゃくちゃイケメンだなっ!?)
ユウ曰く何か知らないイケメンと共に。
戦争の日が近いことに緊張してきたユウが忘れかけていた、邪神の教会から猫ババしてきた例の宝石に「そういや、運命とか言ってたよな? そこら辺、詳しく聞きたいんだけど? このままじゃ多分死ぬぞ俺。おーい、邪神さ~ん!」と何となく話し掛けた翌日にはこの状況だった。
ユウとしては冗談というか気まぐれで話し掛けただけだったのだが、しっかりと邪神に伝わっていたらしく、気付いたら初めて会った教会のような場所へと誘われていたのだ。
「え、え~と……ど、どちら様で?」
「あはははっ、僕はアレだよほら。君達……いや、君をこの世界に呼んだ張本人……真犯人みたいなー? はっはっはー!」
(邪神じゃなくこの人が呼んだ……? あっ、この超絶イケメンさん、あれか! 邪神が言ってた『あの人』か! ……いや、絶対に序盤に会っちゃダメなタイプの人だろ!?)
まさかの暴露にユウの思考は止まった。
「あははは、いやいや、それはアニメとかの話でしょ? そんなルールないし、僕が会いたいからこうして邪神ちゃんに呼んでもらったんだよ~」
「は、はぁ……」
その何か知らないイケメン改めユウをイクスへの召喚に巻き込ませた真犯人の見た目は見たこともないほどの美貌を持ち合わせた好青年だった。
服は少々豪華で貴族が着るような形状の黒い正装を纏っているが、ユウはその高そうな服ですら彼の持つ美しい中性的な顔に負けていて全く視界に入らないと感じた。
ジルや邪神のようにこの世のものとは思えないほどの美貌とも言えるだろう。
何せ、同姓であるユウですらドキッとするくらいなのだから。
声で男だと判断してしまう程度には見た目から性別がわからない彼は男なのに長髪という少し珍しい容姿をしており、腰まで届いている淡い茶髪をポニーテールのように結んでいるのだが、そのニコニコとした顔と相まってか不思議と違和感は感じさせない。
しかし、彼を認識してからもずっとニコニコと笑い続けている姿は少し不気味だ。心なしかキラキラキラっと効果音が聞こえてきそうな、にこやかな顔だと感じるのもユウからすれば相当不気味である。
「……ん? アニメ? アニメを知ってるんですか?」
今一状況はわからないものの、かなり気になることを言ってきたので彼の容姿にドキドキしつつもユウは突っ込んだ。
「あはっ、別世界から人を拉致出来るんだよ? 当然、その逆も出来るに決まってるでしょー。邪神ちゃん達と一緒にしないでほしいな~?」
「す、すいません……」
(……や、ヤバいぞこの人。言動から察するにこの世界の神……少なくとも邪神よりも上位の存在っぽい……それも相当な。しかも地球と行き来出来る感じだ……)
その事実にヒヤリと冷たいものがユウの背中を走る。
「ぶっぶー、違いまーす。僕は神を越える上位生命体なんかじゃないよ~、あくまでただの人間だからねぇ。そこんとこ、覚えておいてねー」
「ふふふ……」
(さっきから当然のように心読んでくるし……邪神も否定しない。本当、なのか……?)
「そ、そうなんですか。に、人間……重ね重ね申し訳ないです。……失礼ですがお名前やどういった方なのか教えてもらっても?」
ただの人間が仮にも神である邪神をちゃん付けで呼び、その神達よりも自由に世界を行き来出来ると公言したのだ。
気になるのも当然。ユウとしては初めて会った時、見ているこちらが怖くなるほど表情を変えなかった邪神が楽しそうに『あの人』の腕に抱き付いているのも気になったが。
「名前かー、どうしようかなぁ……ん~……まあ、良いか。いずれは家族になるかもしれないからね~……」
「か、家族……ですか?」
「ん~? あぁいや、こちらの話だよ。僕の名前はクロウ。ただのクロウだよ。姓名は忘れちゃったんだよねー。一応、アケディアっていうのもあるんだけど……厳密に言うとちょっと違うからさー」
「は、はぁ……」
「んで、普段は……執事とかボディーガードとか~……付き人? をしてるかなー」
さしものユウもクロウと名乗った目の前の美青年が何者で何を目的に接触してきたのかがわからず困惑していたがクロウの言った『付き人』という単語には反応した。
「……く、クロウ様、貴方はもしかして魔王の――」
「――あはははっ、様は要らないよー。呼び捨てでも良いし、寧ろタメ口でも良いくらいだからねー、遠慮しないでどんどん話そう~!」
ジルの言っていた魔王の付き人ではないか?
そう思ったユウだったが、台詞の途中で被せられてしまった為、押し黙ってしまう。
「うふふっ……クロウ、貴方も意地悪ね……」
「そうだね、僕は裏ボスだからね。あんまり表に出るのは良くないかな~ってさ。……でもね、邪神ちゃん。俺、今話して良いって言った? 言ってないよね? 君が話すと話が拗れるからさ、少し黙っててくれない? ――殺すよ?」
「――っ!? ご、ゴメン……なさいっ……!」
教会のような形の空間だからか、邪神とクロウはその場にある椅子に座り、邪神がもたれ掛かるようにしてクロウに抱き付き、クロウはその邪神の頭や体を撫でながらユウと話していたのだが突如、態度を一変させたクロウは細めていた目を開くと、邪神をギロリと睨み付けながらそう呟いた。
今までのような軽薄そうな雰囲気とは違い、本気で殺しても良いんだぞ? と言わんばかりの眼光だった。
(……邪神の方もクロウ様……いや、クロウさんの名前を呼び捨てした? ってことは一応、対等なのか? けど、今は完全にクロウさんの方が上だよな? 雰囲気的にも台詞的にも……)
邪神は殺気を当てられてるのか、ブルブルと震えながら謝っているがユウの方へは一切飛んでこない為、何が起こっているのかよくわからない。
ただ一つ言えるのは目の前の美青年はこんな至近距離でもユウに感じさせない点から、ジル並みに殺気の扱いに慣れているということだろう。その事実だけはしっかりと理解したユウは少しだけ身震いをした。
「やぁ……っ! クロウっ……私、もう話さない……っ。だ、だから許して……! ぎゅーってしてっ……撫で撫でしてぇっ……」
「…………」
見た目はただの美幼女だが、神という上位どころではない存在がボロボロと涙を流しながら抱き付き、許しを乞う姿はとても異様だ。
初対面では邪神相手に緊張が取れなかったユウからすれば信じられない光景。
そんなユウや邪神を無視するかのように邪神をジーっと見つめたクロウはやがて先程までのニコニコ顔に戻ると、静かに「次喋ったら怒るからねー。お仕置きしちゃうぞ~? あはははっ」と話し掛けた。
邪神もクロウの言葉に頬を弛ませ、「んっ!」と両手で口を押さえるとクロウの胸元に頭を押し付け、『撫で撫で』を所望した。
クロウもそんな邪神を抱き締め、あやしながら優しく銀色に輝く艶やかな髪を撫でる。
邪神からは「んふぅ……」とくぐもった声が聞こえるので安堵しているのだろう。
「え~と……何の話だっけ? ユウ君……だったよね、確か?」
「あ、はい。俺……ん? あっいや、私はユウ=コクドウと申します。よろしくお願いしますです……」
「へ~黒堂君っていうのか。良いねぇ、名字に黒。ちょっと中二っぽくてカッコいいじゃん」
「ど、どうも……」
邪神への態度を見るに絶対に逆らってはいけない相手なのはわかるがその見た目とは裏腹なその軽そうな性格のせいか、キャラが全く掴めず混乱するユウ。
良いね良いねと言わんばかりにグッドサインをしてくるクロウに「どうしたものか……」と、ユウは頭を悩ませた。
「あ、そうだそうだ。僕が何者かを話してたんだっけね。長く生き過ぎたせいか、忘れっぽくていけないね。……さっきも言ったけど、僕は執事みたいなものさ。今日はユウ君からアポがあったってこの子が言うから君の顔を見に来たんだ」
この子、と言いつつ、邪神の頭をポンポンと叩くクロウに「いや、俺も敬語とか使わなくなったけど、仮にも神の頭を……まあ、脅したり、あやしたりしてる時点でお察しか……」とドン引きしたユウがツッコミを入れる。
「えっと……アポっていうか、偶々話し掛けただけだったんですけど……」
「良いの良いの。細かいことは気にしなーいっ。僕はただ、運命の君と話したかっただけだからね。そういうのはどうでも良いよ~」
「…………」
クロウの邪神に対する扱いを考えると下手な発言は死を呼ぶと理解しているが故に無駄には話せないユウだが『運命』と聞くとどうしても思ってしまう。
(ま、また運命か……この人も邪神みたいに運命って言ってはぐらかすんだろうな多分。全く意味がわからないから気になるんだけど……)
と。
そんなユウの思考に対し、クロウは笑いながら答えた。
「あはははっ、ゴメンねー。あんまり教えちゃうと運命が変わっちゃうから言えないんだよ。いや~……もう何千年も苦しみ続けた『あの子』がこの地獄から漸く解放されるって考えると嬉しくってね~。お祝いしたい気分だよ!」
(う~ん……はぐらかされてはいないけど……どっち道何言ってんのか全くわからないな……)
「取り敢えず、君は今のままで良いよ。このまま行けば、君は人間を辞めて僕達の側に付く〝悪魔〟になるからね」
「へ?」
(さらっととんでもないこと言われたけど、怖すぎてあんまり突っ込めねぇ……っ!)
「え、えっと……それは《闇魔法》が暴走するってことですか……?」
「うん、そうだね。今のままじゃ、間違いなく君は狂う。勇者君によってね」
(勇者……。勇者ってどっちだ? イケメン(笑)か? ライか? ……いや、絶対イケメン(笑)だよな。間違いねぇよ……よし、これまで以上に近寄らないようにしとこ……)
「で、出来れば対処法や《闇魔法》が何なのか教えてくれると助かるんですけど……」
チラチラとクロウの様子を窺いつつそう訊くユウ。
魔族化し、クロウの言う『悪魔』になるのがクロウにとって良いことならば面と向かって反対は出来ないが、かといってこのままでは暴走して魔族になると言われて、はいそうですかと簡単には頷けないので頑張って勇気を振り絞る。
「う~ん……対処法はね~……あんまり苛々しないことかな? 君、ここ最近、パニック障害みたいな症状出したでしょ? アレは結構ヤバい状態だからね。魔族になりたくないんなら深呼吸して落ち着くのが一番だよ。《闇魔法》については……邪神ちゃんや他の神達が作り出したふざけたシステムとしか言えないね」
「ですよね~っ、簡単には教えてくれる訳……ってあれ? 教えてくれるんですか? しかもかなり重要そうなワードもちらほら聞こえたんですけど……」
存外、普通に教えてくれたことに驚くが盗賊や大剣女、イサムやライに苛々した時の体調不良が割りと危ない状態だったと言われ、ドキリとする。
当然のようにユウの最近の出来事を知っているのにも驚いたが、神々の作るシステムをふざけていると一笑する相手だ。ユウも一々突っ込んではいられないのだろう。
「僕としてはさっさと魔族になってほしいんだけど、あんまり急かすのもね~……運命が変わっちゃっても面倒だし。あっ、ふざけたシステムについてもうちょっとだけ教えると、邪神ちゃんと神達が人間を駒にして戦争ごっこをする為のものだよ。正義側と悪側で分けて遊びたかったんだってさ。下らないよね~……」
「そ、そうなんですか……」
聞いたのはユウなのだが、まさかまた答えが返ってくるとは思っていなかった為、驚きの情報の連続に脳がショートする。
と、ここで邪神が不満そうに言葉を挟んできた。
「あ、遊びじゃ……」
しかし、すぐに黙った。
クロウが頭を撫でるのを止め、再び目を開けてジーっと邪神の瞳を見つめていたからだ。
「ん~? 何か言ったかい邪神ちゃん。お仕置きが必要かな? それとも……――死にたい?」
「――ひぅっ……!? な、何も言ってない……お仕置きやだ……もっと撫でて……」
「…………」
(見た目はめちゃくちゃ綺麗な人なのに言動がおっかなすぎてチビりそうなんだけど……)
恐怖に震える邪神の姿に当てられたのか、ユウも少し足が震えていた。
そんなユウをチラリと一瞥しつつも、クロウは虚空を見つめると、「ん? チッ……あの馬鹿共、静かにしろとあれだけ言ったのに……」と小さくぼやくと唐突に告げた。
「ま、今のところ話せるのはこれくらいかな。僕の部下……部下? 達が煩いからそろそろお暇させてもらうよ。久しぶりにアニメって概念を思い出せて少し懐かしかったよ、また会おうねユウ君。今度は戦場かな。竜人王の一人娘ちゃんがどれだけ強くなってるのかも気になるし、なるべく早く会いたいね」
「はい? 懐かしいって……あ、あれっ、もうおしまいなんですか!? その……まだ色々聞きたいことが……!」
唐突にこの相瀬は終わりだと告げられて焦るユウだったが、
「あっそうだ、最後にもう一つ。気を確かに持ってね。これから君には数々の災難や絶望が待ち受けているけど、それらを乗り越えた先に君の幸せがある。……ま、上手くやれば女の子にモッテモテのウハウハなハーレム人生を歩めるだろうから頑張ってねっ、ばいばーい!」
というクロウの途中までは真面目な声色だった助言を最後に目の前が真っ暗になった。
◇ ◇ ◇
「何だったんだあの人……」
邪神というより、クロウさんとの相瀬を終えた俺は自室のベッドから起きると一人、そう呟いた。
俺への態度は兎も角、邪神の扱いのせいで悪い人なのか良い人なのかもよくわからなかったし……
少なくとも敵ではなさそうだったけど、俺が魔族化するのを望んでいるようだったから微妙なところ。
それに最後の言葉……
運命が変わる云々の話といい、あの人には未来が見えているんだろうか? 運命だから俺を召喚に巻き込んだってことだもんな?
……あ、だから邪神も運命としか言わなかったのか?
クロウさんがあんまり細かいことまでは教えてくれなかったからひたすら運命だって繰り返したと。
う~ん……キャラが崩壊気味だったから全くわからないな。見た目通りどころかそれよりも幼児退行してたし、そもそも今回、殆ど俺と喋ってないし。
話そうとしたらクロウさん、何故かぶちギレたからなぁ……
邪神もあの震えようからして、クロウさんが余程恐ろしいんだろうけど、俺の方にはそういう気配を一切飛ばしてこなかったのも気になる。
結局、クロウさんが何者なのかもよくわからなかったし、このままだと俺が魔族化するのも間違いないらしいし、何か色々な出来事が一度に起きすぎて混乱してきた。
「それにしても……懐かしい、ね……ま、何者だろうとここは異世界。何でもありだよな……」
どの道、俺に出来るのは戦争に備えることくらいだ。
後はジル様に魔王の付き人って奴の容姿と性格を訊くくらいか。
……グレンさんの見立てだと残り五日。いや、今日を除けば後四日か。
ライ達は未だに帰ってこないし、最悪の場合は俺やジル様が先陣切って戦う羽目になるだろう。
不安がないと言えば嘘になる。
とはいえ、やるしかないのも事実だ。
正体不明の〝美人〟と遭遇し、様々なネタバレをされたことで、より不安になったものの、その後もいつも通りの鍛練を続けた俺だった。
◇ ◇ ◇
二日後の真夜中。
グレンの見立てよりも早くイクシアに忍び寄る敵の姿があった。
即ち……辺り一帯を埋め尽くすほどのオークの軍勢である。
万越えの魔物の軍勢と一つの国が真正面からぶつかるという前代未聞の戦争が今、始まろうとしている……




