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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第2章 戦争編
56/333

第55話 間諜

話は進まないし、ちょっとふざけたけど、シビアなとこはシビアですよ回。ちょいグロ注意。


 翌日。


 時間は有限。出来ることはやっておくに限る。


 ってことで。


「んぐぐぐぎぎぎぎぎっ……ぐっ、がっ……あっ……うぎゃああああああっ!!?」


 俺は今日も今日とて厳しい訓練に明け暮れていた。


『お、死んだかっ?』

「やったか? みたいに言うの止めてもらって良いっすかねぇ!?」


 割れて砕けた全身の肉と骨が回復薬と回復魔法によって修復される中、ガバッと起き上がってツッコむ。


『何だ生きてるのか……』

「いや何でちょっと残念そうなの!?」


 半ギレ+血まみれの俺が怒鳴っている相手は勿論ジル様だ。


 ただし、《竜化》してドラゴンになった状態の。


『よしっ、じゃあ次!』

「鬼かっ!? 休憩させて!? さっきからノンストップでsぎぃやああああああああああおおぉああああぁぁあっ!?」


 今日で何度目か、竜の手でがっしりと全身を掴まれ、握り潰される。


 悲鳴が出るのはしょうがない。


 あまりに泣き叫ぶものだから近くに控えてた騎士とか歩いてた使用人は腰抜かして逃げていったけど、そりゃまあ人一人が生きたまま圧死寸前まで追い込まれる生々しい音と絶叫を聞かされれば……とも思う。


「はぁ……はぁ……はぁ……こ、今度こそ死ぬかと思った……!」

『チッ……しぶといな』

「あれぇっ、もしかしてマジで殺しに掛かってますぅっ!?」

『煩ぇな、後、虫みたいな鳴き声止めろ。笑うだろ』

「誰があんな化け物みたいな魔物共(奴等)じゃ! そして何わろとんねん! サイコパスかアンタ!?」


 俺達がいつものやり取りをする横では最早言葉を失ったように一心不乱に回復魔法を行使しているトモヨ&シズカさん&リンスさんが居る。


「「…………」」

「我求めるは癒しの光ーー」


 一様に目が死んでいて、目や耳を塞いでたりもしている。詠唱が必要な人は一心不乱にぶつぶつ唱えている。


 そんで、俺の周辺の草地には夥しい量の血痕。


 我ながらちょっとゾッとしてしまった。


「ったく……お前が始めた物語だろ」

「始まってねぇよっ、寧ろ終わるとこだったわっ。つぅか何でそのネタ知ってるんっ?」


 《竜化》を解き、人間形態でドカッと座り込んだので休憩させてくれるらしいと悟り、ツッコミだけしたらその場に前傾姿勢でぶっ倒れる。


「ぐっ……し、死ぬっ……うえっ、ぺっ……ぺっ……何か口に入っ……」


 言ってから歯が何本か欠けていることとたった今吐き出したこと、思い切り噛み締め過ぎてヒビが入ってたことに気が付いた。


「はぁ……はぁ……うぐっ……あ、あとで……マナミに再生して……もらわんと……」

「いやいやいや!」

「な、何で平然としてるんですぅっ!?」

「怖い怖い怖い!」


 回復魔法を頼んでいた女三人組にそれぞれ引かれ、息も絶え絶えで返す。


「て、手っ取り早く筋肉付けるなら……これ一択、だろ……」


 細胞の酷使からの回復強化。簡単に言えば筋肉の超回復とはそういうもの。


 ならば自分より強いエネルギーに挟まれたり何なりしてギリギリまで耐え、いざ死にかけたら異世界の超絶医学で治してしまえば良いじゃないというお手軽三分クッキングだ。


 手足は何度へし折れたかわからないし、たまに複雑骨折とか開放骨折とか内蔵に穴とか頭蓋骨が割れて脳ミソがちょっと漏れたりもしたが、マナミが居れば問題なし。


 肝心な傷部分だけ修復してもらえば他の部分は成長に繋がる。回復薬も回復魔法も元々、細胞を超活性化させるものだからな。


 ま、そのマナミは死んだ目ぇして体育座りしてるけど。


「ほ、ほ、ほーたるこい……」


 ……何かゆらゆら揺れながら歌ってやがる。瞳に光が無くて怖い。


 たまに事故ってフィリピンのバロットみたいな状態になった俺を治すだけなのに何がそんなにキツいんだろうか。ただ友達のグロい姿見続けるだけだぞ。


「覚悟決まり過ぎて気持ち悪いわよ……」

「本当に気持ち悪いですぅ」

「気持ち悪い気持ち悪い……」


 こっちはこっちでキモがられるし。


 ここ二日で人生一罵倒された気がする。


 リンスさんなんて間延び口調が崩れてる。


「そうは言ってもジル様の握力も鍛えられてストレス解消にもなるんだ。一石二鳥だろ」

「いやポジティブ馬鹿かお前は。流石のオレ様でもしねぇぞこんなこと」


 俺の血をピッピッして飛ばしてたジル様にも引かれた。


「まあまあっ、ユー君が気持ち悪いのはいつものことですし、そろそろお昼にしましょー?」


 何故かニコニコと俺達を見守っていたエナさんにもしれっとナイフ刺された。


「何で皆そう容赦なくブスブス刺してくるん?」


 黒髭かな? みたいな感じで視線を返すが、「何でほたるすぐ死んでしまうん? みたいに言わないでもらえるかしら?」という、トモヨの冷たい返答しか貰えなかった。


 ……俺にも心があるんだが。


「あったらこんなことしないんじゃ……? ですぅ……」

「アンタ、職業は通り魔か? あるわそんくらい。後、勝手に人の心読むな。優しくしろ」


 【多情多感】は読心というよりかは共感的な力。なのに読まれたってんだから余程俺の気持ちが伝わったと見える。


「さっ、皆さんの分もサンドイッチ作ってきたからどんどん食べてくださいねーっ」

「…………」

「ユー君? 『どうせ食堂で作ってもらったくせに何で自分が作りましたみたいな口振りなんだろう』みたいな顔止めて?」

「うっせぇわ」


 てか何も言ってねぇわ。


「いやでも顔が煩いんだよね、ユウ君」

「……マナミさんや、何でいきなりぶん殴ってきたんすか? アッパーされた気分なんですけど?」


 死んだ魚みたいな目から一転、ジト目で言ってきたマナミとガビーンッとショックを受ける俺をスルーし、皆は昼食へ。


「ユー君は食べないの?」

「遠慮するっす」


 全身が痛すぎるのとどうせ食ったところで午後に吐くか胃ごと潰れる可能性があるので、地面に俯せで転がったまま気力の回復に努める。


「結局、私はユウ君と?」

「ですね~、他の人だと上手く仕事出来ないでしょうし~……って、あ~っ……そ、そうでした~っ、ちょっと用事思い出したので抜けますね~っ」

「私達は後衛に付くわよ」

「し、支援なら……手伝いたい……ですぅ」

「好き嫌いはダメですよ」

「うるせぇ、もっと肉寄越せ」


 ワイワイのキャイキャイの。


 リンスさんが慌てた様子で離れていくのを横目に姦しい連中だと白い目を向ける。


 ジル様だけだな、癒しは。……いや、世間一般からすればアレな対象k……


「あべしっ!?」


 いつものごとく、竜の尾がニュルニュル伸びてきて顔面をビンタされた。


 身体は軽く吹っ飛び、何回転かして顔面から地面に落ちる。調整して狙いやがったなあの人。


「ふぐっ……い、いてぇっ……」


 結構理不尽な目に遭ってるのに最早、誰も何も言ってくれなかった。


 せめて笑えよ。


「そう言えば…………お師匠様? マナミ? トモヨ? エナさん? 剣と杖と拳とフォーク向けんの止めて?」


 どんだけ信用ないのか、言ってる最中に皆揃って腕捲りしてくるんだから恐ろしい。


「そんな変なこと言わんて。ただ前々から思ってたけど、エナさんってどっかの国のスパイか何かっすよねって訊きたかっただけで」


 俺的には何の気無しの話題だったが、空気は一瞬にして凍った。


「え? え? は? え? な、なっ、何のこと? かなっ? かなぁっ?」


 と、件のエナさんがめちゃめちゃ挙動不審になったが故に。


 これにはマナミらも俺に向けてた疑いの眼差しをそちらへ。


「ち、ちょっと止めてよユー君っ、それ冗談になってないよー?」


 天真爛漫な笑顔が一気に曇り、滝のような汗をかき始めたかと思えば顔をパタパタと手で扇いで言ってきている俺の専属メイドは悲しいかな、嘘が付けないタチらしい。


 俺の方も、少なくとも冗談の類いではない。


 メイドってのは本来、礼儀作法やら教養やらを身に付けた使用人。最低限の知識はあろうと、戦闘や魔法に関する知識は素人に等しいのが普通。


 幾ら主人を守る為に何らかの戦闘訓練を受けていたとしても、俺の血やジル様の扱きを見て平然としていられる神経は身に付かない。


「以前、他国の情勢や常識、歴史について訊いた時、淀みなく答えてくれたのが答えだと思いますけどね。それでなくても魔力の使い方とか教えてくれたり、歩幅感覚を重視して動いた方が良いとか妙にプロっぽい指南してきたし」

「い、いやっ、それはそのっ……それくらいは……ねぇっ?」


 別に糾弾しようってんじゃあないんだが……声は上擦ってるわ、テンパって目だけ明後日の方を見てるわ、口笛を吹こうとしてアヒル口にしてるわで逆に怪し過ぎて不安だ。


「……話題、不味かったっすかね? その辺とかあの辺りとかにも何かコソコソしてる奴居るし、てっきり堂々としてる分、ちゃんとした身分を持ってるか、偽装工作が上手いんだと……」


 経験だろう。


 感知系スキルがなくとも、帰ってきたらそういった機微に気付けるようになっていた。


 その証明に親指をあっちこっちに向けて話せば何人かこちらの様子を窺っていた奴等がビックリした感じでサッと離れていくのがわかる。


 マナミ達が「え? は? 何の話?」とキョロキョロする中、エナさんだけはチラチラと、素早く……それこそ一般人には目で追えない速度で移動する連中を捉えていた。


「クハッ、諦めろエナ。オレがこんだけ揉んでやってんだ、鋭くもなるさ」


 知ってたっぽいジル様がカラカラ笑ったことで両手を上げ、降参のポーズをとる。


「あー……因みにどの辺が変だった?」

「普通の村娘からイクシア城のメイドまで成り上がったとか言ってた辺り? 後は何となくだけど、身のこなしかな」

「一番最初じゃん……」


 未だ立ち上がれない俺の頭上でガクンと脱力し、身体で落胆の意を表される。


 まあネットもないこの世界で元村娘の一メイドが何故()()の他国の情勢を知っていて、どうやってコネや貴族社会に支えられている世界を潜り抜けてきたのか、よくよく考えれば誰でもわかる。


 今さっきの連中も含め、他にももっと下手くそな奴が居たり、逆に何人か見なくなった顔もある。城の方もそれなりに対処してるっぽいな。仮にも一国が掛けたふるいを通過したんだ、エナさんの場合は色々と特殊過ぎた。


「流石にどこの国かまではわかりませんがね。まさかパヴォール帝国はないだろうし」

「ま、まさかまさか~っ」


 乾いた声だった。


 本人に悪意がないことやエナさんの本業が何か大きいことに繋がってるわけじゃないこともわかる。どうせライ達勇者とイクシアの内部事情を探ってるだけだ。深くは訊くまい。


 その代わりに、気になっていた別のことを訊いてみる。


「ってなるとそれなりの実力者で……ってなると、もしや固有スキル所持者?」

「えっと……ユー君さ、勘の良いガキは嫌いだよってよく言われない?」


 困ったような苦笑いのまま、目だけが笑ってない顔で言われた。


「いや急に怖っ!? そんな頻繁に消されそうになることないわジル様(この人)以外でっ」

「は? 何だテメェ」

「ユウ君、召喚された直後、殺されかけたよね?」

「地竜騒ぎの時も最悪消されるとこだったんじゃない?」

「因みに城の中にも結構暗殺者っぽい人が狙ってるの知ってるですぅ……」


 尻尾ビンタと一斉同時ツッコミを一身に受け、本日二度目の強制バク転で地面に叩き付けられる。


「アゥチッ!?」


 後何か暗殺者がどうとかしれっと怖い内容が聞こえた気がする。


「う~ん……まあバレちゃった以上、隠しても無駄かっ! よっしじゃあお姉さんが特別サービスで教えちゃうっ! 私の能力は【天真爛漫】! 所持者の性格が文字通りのものになる代わりに周囲の人に敵意を持たれない力だよ! だからユウ君だけじゃなく、例えジルさんでも私を殺そうとは思えないの! その力を利用してそういうお仕事をしてる感じかなっ!」


 頭を強かに打って脳が揺れてるところにめっちゃ高速で立ち直られた上にめっちゃ早口で説明された。


「ういぃ……つ、強……くね……?」


 ぐわんぐわんする頭を押さえながら呟くと、三人も同意してくる。


「性格が変わるのはデメリットかもだけど……」

「イサムに比べれば遥かに上等ね」

「ふえぇ……敵意を逸らすとかじゃなくて()()()()なんてスゴいですぅ」


 しかもイケメン(笑)と違って明るく好かれるような人格。それは寧ろメリットなのではと思わなくもない。


 試しに殺気を向けてみたが、確かにその気が削がれる。


 というか向ける前に霧散するような感覚がある。


「っ……成る程、有能な力だわ」


 トモヨも気になったのか、腰からレイピアを抜こうとして触れたは良いものの、手が異様なくらいに震え、結果、抜けずに終わっていた。


「うわ、ホントに凄い。他国の情報を知ってるのは何かの魔道具でも使ってるんですか? 仲間と連絡取ったり?」

「んー、そうだねー。ユー君が話してくれたデンワ? っていうのと似たようなのがあるかな」


 俺やジル様と砕けて話すように、あるいは能力的にか。


 マナミ達にも同じ口調で説明していたエナさんは先程何処かへ走っていったリンスさんがこちらに戻ってくるのを見て口を噤んだ。


 客人の立場の俺達ならいざ知らず、潜伏先の人間にバレるのは不味い。何なら死罪だってあり得る。


「あ、そう言えば話変わるけどさーー」


 それがわかっているからこそマナミらも話題を変え、街中で見たアクセがどうの、最低限化粧水が欲しいだの、石鹸が気に食わないだのと他愛もない話をし始めた。


 さっき隠れてた連中だって、こっちを監視してただけで会話内容を聞いてはいない筈。


 エナさんとそこそこ仲の良いジル様が動かないってことはそういうことだ。


「ふむ……」


 世の中は意外と面白い背景の人が居るもんだと感慨深くなる俺だった。


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