第52話 暇
あの後、もう十日近くかを馬車で過ごした俺達は無事、イクシアに辿り着いていた。
ライとイケメン(笑)からの反応は不気味なまでにない。
目の前での人死にが余程ショックだったのか……いや、ライに関しては以前見たしな。敵だったとはいえ、会話した相手が無惨に死んだことに驚いたんだろう。
「戦争っつっても集団戦とか正直わからないよな」
「魔物との戦いですら漸く慣れてきた感じですしね」
「僕なんか未だに無能って思われてたから戦争に参加するって言ったら数人の貴族とか騎士に笑われちゃったよ。……別に良いけどさ」
「考えたら俺、帰ってきた意味ないような気がしてきたんだけど。そもそも商人だし……」
グレンさんに呼び出された全召喚者がズラリと並ぶ訓練場。
変わらず考え込んでいる勇者達の横で、全く気にしてない俺達は小さく話す。
「……マイペースね、貴方達」
何故かトモヨまでこっちの仲間みたいな顔してるが、無視だ。他の女共と同じで何もしてないのに何でしれっと混ざってくるんだこいつ。
尚、マナミは『ユウ君が私達の為に最善を考えてくれた結果』だなんて前向きに考えてくれていて、ミサキさんはまたやり過ぎだとブーブー言ってるらしい。ロリ巨乳のですぅ女シズカさんはノーコメント。ちょっと引かれてるかな? ってくらい。
ま、それはさておき。
そんな俺達の後ろには何故かフル装備の騎士達が千名ほど。
グレンさんから何らかの指示を受けているのか、全員一律に気を付けのポーズをキープしている。
……こうして見るとかっこいいなぁ騎士団。皆、キリッとしてるし。
連携の甘かった盗賊達を思えばこそ、大人数が一糸乱れずポージングしている光景は統率が取れていて大変見映えが良い。
余程訓練してるんだろう。俺達と違って無駄口一つない。
代わりに視線は『何だこいつらは……』、『黙って待てんのか?』、『何が異世界人だ馬鹿馬鹿しい』みたいなことを語ってるけど。
そんなこんなで感心と辟易を同時に味わっていると、トモヨが小声で話し掛けてくる。
「ねぇ……今の貴方は味方? それとも……敵?」
かまちょかな?
いや、惨殺死体の量産者なんだからある意味当然っちゃ当然だけど。
「さてな。お前ら次第じゃないか?」
「……取り敢えずはいつも通りみたいね」
肩を竦めておちゃらけた俺に対する返答はジト目。どうせならジル様に向けられたかった。きびきび委員長タイプ(眼鏡装着型)って好みじゃないんだよな。これだったらアカリとかマナミの方がまだ嬉しい。
という内心の独白をよそに、真面目半分で答える。
「どうだか。とはいえ、《闇魔法》の影響はあると考えて良いだろうな。最近は夜ぐっすり、朝お目目パッチリの絶好調だ。罪悪感なんざ欠片も感じやしない」
「……元来のものという可能性は?」
「勘弁してくれ、正当防衛でも猟奇殺人に何とも思わないはサイコパスどころの騒ぎじゃねぇ。んな人間が日本に居てたまるか。いや実際ニュース見てると居たけども。……少なくとも、こっちに来る前なら考えられなかったさ」
「ふーん……そう。ライ達のこともあるし、宗教的な問題もある。精々気を付けなさい?」
ボソボソと話を聞いて脱力する。
どれだけこの国がキナ臭くて俺が危うい立場に居るかぐらい、言われなくたってわかる。当事者なんだから。
「少し遅れたっ、すまない!」
と、グレンさんが謝りながら正面に出てきたので気を引き締めて姿勢を直す。
「今回、諸君に集まってもらったのはお前達の成長した姿を見せてもらおうと思ってのこと。あまり大きな声では言えんが……やんごとなきお方達の意向だ」
言われてチラリと訓練場の隅……観覧席のようになっている方を見てみれば新女王様やら何ちゃら大臣やら貴族共が勢揃いしていた。
騎士達に目がいってて気付かなかった。
ライやイケメン(笑)も事前に聞かされてなかったのか、「え?」、「そ、それはどういう……?」と困惑している。
「へっ……モルモットの状態確認ってわけか。そいつぁ恐悦至極」
相変わらずだなと皮肉たっぷりに笑うと、「「ち、ちょっとっ……!」」なんて、リュウとトモヨは焦った様子で肘をぶつけてきて、グレンさんは申し訳なさそうに顔を曇らせて続けた。
「重ねて謝罪しよう……本当にすまない。困ったことに召喚者という戦の素人を戦争に参加させることに疑問の声が上がっているのだ。一体全体、何処の誰が召喚の義を行って、何故鍛えたんだという話ではあるんだがな」
素直に頭を下げ、反省の意を示してくれる辺り、この人は下らない催しだと感じてるらしい。
何かアレだな、日本とは比較対象にすらならない全くの別世界だというのに中間管理職の闇を見た気分だ。
上からは無駄な仕事を増やされ、下から突き上げられる。
リンスさんも合わせ、唯一と言っても過言じゃない良心の持ち主。流石に少し可哀想だなと思った直後。
「師団長閣下が謝る必要はありませぬ!」
「貴様ぁっ、黙っていれば『闇魔法の使い手』の分際で偉そうに!」
「お前達は黙って我々の言うことを聞いていれば良いんだ!」
「そうだそうだ! 召喚されてまだ半年と少しの若造共が我々に並べる等とっ!」
「いざという時に足を引っ張られては困るのは我々なんだぞ!?」
後ろからワッと抗議の声が飛んできた。
派手に言ってきてるのは鎧やら兜やらに家紋みたいなのが彫ってある奴等ばかり。雰囲気や口振り、何処までも見下すような視線からして貴族出身の連中だな。
「主様……斬ってもよろしいですか?」
わなわなと怒りに震えながらもアカリの表情は乏しい。
しかし、その手が獲物の方に伸びているのを見て、手を振って制止する。
「あー放っとけ放っとけ。要するに暇なんだよこいつら」
見向きもせずに吐き捨て、親指を向けて言う俺。
「……皆さん、少し勝手過ぎませんか?」
「酷いっ……私達が今まで誰の為に頑張ってきたと思ってるんですか!」
俺ほどじゃなくてもそれなりに異世界に染まり、ハッキリ物を言うようになったライとマナミ。
「またアイツのせいで……何で僕達まで責められなきゃならないんだ……」
「ぎゃはははっ、雑魚共は揃いも揃ってキャンキャンキャンってか!?」
恨みがましい目を何故か俺に向けてくるイケメン(笑)の隣では中指を立てて煽っている早瀬も居る。
「いやだからユウさんっ!? 他の皆も!」
「ひいいいぃっ……!?」
「もう……何で喧嘩売るのよ……」
「ちょ、ちょっと止めなさいよっ」
「皆怖いですぅ……!」
程度の違いはあれ、対立構造は出来上がった。
これで向こうが望んだ通りの、恐らくは決闘方式のテスト(笑)が始まる筈。
「で?」
どうすんの? と目と態度で応えてやれば、グレンさんは「……空気を読んでくれるのは有り難いが、出来ればもう少し穏便にだな」と胃の辺りを押さえて言ってくる。
「そりゃまあ何だかんだと聞こえの良い御託並べてもガキぃ拐って戦争にぶち込もう、他種族を殺して回ろう、奴隷にしてやろうって国っしょ? 俺じゃなくてもナーバスになりますよ」
「言い方ぁっ!」
「オブラートが破けてる!」
無駄に弱気で煩いリュウ達はさておき、騎士達のヘイトはMAXになったらしい。
「ほざくな小僧っ!」
「神の恩恵を受けているからとっ……!」
「何たる無礼っ、ただで済むと思うなガキ共!」
「付け上がりやがってっ!」
ワーワーワーワー、良い歳した大人が騒ぎ出した。
何とも笑える話だ。
偉そうなのはどっちだよ。
こっちは散々死ぬ思いして強くなってるってのに。
中には俺達が自分の子供や孫と同じくらいの連中だって居るだろうに……
つっても、軍全体は魔法師団を入れて三万は下らない。
その一部と考えれば……多いのか少ないのか。
「おーおー、戦争前に余裕なこって。態々そのガキ共を呼び戻さなきゃいけないとお上が判断したってぇのに、そんなに勝率が高いのかねぇ。……ま、それはそれとして。兎にも角にも、もう事態は収まりませんぜ。誉れあるイクシア騎士師団長殿?」
ジル様が居たら手ぇ叩いて爆笑してるだろうなと思いながら。
俺はストレス解消にゃ丁度良いと笑って見せた。




