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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第1章 召喚編
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第49話 それぞれの一ヶ月と迫る脅威


 魔王についてはさておき。


 俺とライの魔法スキルの影響は一先ず保留という形に落ち着いた。


 元々使っている素振りはなかった為、マナミの口からそれとなく使わない方が良いらしいとでも言ってもらうくらいがちょうど良いだろうってな判断だ。


 そも《光魔法》自体、どういうものなのかわかってないというのもある。


 この前みたいに暴走した場合はどうしようもないが、暴走の原因は恐らくお互いの感情の起伏……端的に言えば何らかの使用条件があると考えられる。


 《闇魔法》を使う為には怒りや悲しみ、嫉妬等、負の感情を乗せた魔力、闇魔力とでも言うべき力が必要。


 ならば全く逆の、対を為す魔法である《光魔法》にもそれに似たような光魔力とでも言うべき力が必要になるのではないか。


 負の感情の逆……単純に考えれば嬉しいとか楽しいとかそういう感情。しかし、あの時のライは俺にキレて暴走した感じだった。


 ならば恐らく何かを正そうとする想いや誰かの為にこうするという気持ちがトリガーになっている。


 となれば。


 俺とライの距離を物理的に離す他ない。


 もう既に俺達は理解し合えないとわかってしまった。


 完全な和解でもしない限り、一緒に居れば居るほど互いを嫌い、憎しみ合うような気持ちが強くなってしまい、暴走に繋がる可能性がある。


 そう……。


 本気で対策したいなら俺がこの国を出ていけば良い。


 ジル様とリュウ達とで面白おかしく生きていく。


 それが一番安全で正しい道だ。


 だけど……そうわかってはいても、感情の部分が邪魔をする。


 誰が何と言おうとアイツは俺の親友で、兄弟みたいな奴なんだ。

 

 誰かの為に全力になれて、心の底から誰かの為を想って生きれる男。


 俺に出来ないことを平然とやってのける……俺の人生において最初に尊敬した男。


 だから、あいつの為になることをしたいという気持ちにだけは背きたくない。


「難儀な話っ……っすよね……!」


 実戦形式の特訓の最中。


 斬り込みながらのマジの相談話も師匠の前では霞むらしい。


「クハッ、テメェの心情なんざ知るかタコ。良いから死ぬ気で鍛えろ。強くなってから考えろそんなもん」


 と、剣先を剣先で押さえられつつ鼻で笑われてしまった。


 まあそれもそうだ。


 弱いくせに、大したことも出来ないくせにうじうじグダグダ悩むなんて男らしくない。


 何より、この人の前でそんなカッコ悪いことしたくない。


「っしゃあっ、来いっ!」

「あぁん? テメェが来るんだ……よッ!」

「べぶらっ!?」


 ちょっと出たやる気を一瞬で削ぐ師匠なんて前代未聞だと思う。


 俺は錐揉み回転しながら空高く舞い。


 あまりの非情さに涙が溢れた。



 ◇ ◇ ◇


 所変わって上級ダンジョン。


「ガアアアアアァッ!!」

「くっ! ……ライ様っ!」

「そこっ!」


 振り下ろされた人の身の丈ほどもある棍棒をアカリが受け止める。


 場所に合わせてサイズダウンさせた片手盾は簡単に砕け散り、持ち主は地面を擦るように後退。咆哮を続けていたオーガが一歩踏み出した瞬間、《縮地》で背後に回ったライがやり返すように獲物を一閃し、巨体の首が舞った。


 その真横ではもう一匹のオーガの顔面をレイピアで蜂の巣にしているトモヨも居る。


「ッ! ミサキっ、トドメ!」

「ハァッ!」


 ステータスで負けているのか、プスプスと刺さるのみだが、ダンジョン製の魔物でも痛みは感じるらしい。呻きながら下がったところをダンッ! と床を蹴って飛び出したミサキが回転回し蹴りを食らわせ、首の骨が折れ曲がる嫌な音が響いた。


「はぁっ……はぁっ……索敵!」

「あっ、えとっ、そのっ……ぞ、増援が来るですぅっ。オーガ二匹っ、インプ一匹っ! 怒ってるのと冷静なのが居ますですぅっ!」


 固有スキル【多情多感】でレーダーの役目を担っていたシズカが泣きそうな顔で叫ぶと同時、霧となって消えたオーガ達の遥か後方から魔物達が突撃してくる。


 内一体は《突進》のスキルで猛進しており、反転しながら着地しようとするミサキの元に向かっていた。


「うわっ、やばっ!?」


 流石の動体視力で体当たりには気付いたものの、身体を動かすよりも先に焦りが出たようで思わずという動きで跳び跳ね、隙を晒してしまう。


「グガアアアアアァッ!」

「ひっ……!?」

「ミサキっ!」

「ミサキちゃん避けて!」


 あわや直撃。


 その刹那で駆けたライがミサキを突き飛ばし、身代わりとなって盛大に吹き飛ぶ。


「ぐあぁっ!?」

「ライっ!? こんっ……のぉっ!」


 壁に叩き付けられて激震が走る中、ミサキは体操や軽業に近い動きで体勢を整えてムーンサルト。三匹目のオーガの首が跳ね上がる。


「……っ!」


 そこへ無言で降ってくるは魔法剣士トモヨ。自らの脚に『風』の魔力を宿して飛んでいた彼女は渾身の刺突で以て敵の数を減らした。


「アカリちゃん! ライ君っ、今!」

「助かりましたっ、こっちは私がっ!」

「え、援護しますですぅっ」

 

 瞬く間に『再生』した盾を前にアカリが後続のオーガに向かって走り出し、その全身をシズカが杖から放った水色の光が包み込む。


 回復魔法の真髄は細胞の活性化。


 オーガの攻撃を幾度となく受けた肉体は急速に修復され、今度こそ吹き飛ばされることなく巨鬼の突進を止めた。


 そして、崩れかけた前線さえ立て直せば対処は容易い。


「いつつっ……先にインプを殺る! トモヨとミサキはオーガをっ!」

「「了解っ!」」


 戦線に復帰したライの働きによって直ぐに魔物の群れは殲滅されていった。


「ふーっ……ふーっ……敵はっ……?」

「し、周囲には何もっ……人も魔物も居ない、ですぅっ……」

「はーっ、つっかれたーっ!」

「はぁ……今のはちょっとキツかったわね」


 レベルが上がり、自身を中心に半径30メートルの対象を『再生』出来るようになったマナミが【起死回生】で装備や身体の損傷を治す前で全員がへたり込む。


 が、一分……否、三十秒と経たない内に青い顔して俯いていたシズカがバッと顔を上げて立ち上がり、他のメンバーのその反応で跳び跳ねる。


「……今度は?」

「またオーガかな」

「人……冒険者ですぅ……多分、前にギルドで絡んできた人達かと……」

「うへぇ、よくやるわ」

「これで何回目よ」


 ダンジョンでの死は日常。故に、ある種の完全犯罪を成立させる一面があった。


 加えて言えばライらは目立つ。美男美女のみ、男は一人。勇者パーティと知らずとも、あるいは知っていてもそういった輩を引き寄せてしまう。


 うんざりする面々の正面、アカリだけは溜め息を吐くことなく戦闘体勢に入り、スッと先を見据える。


「皆様方、ここに入れるということはかなりの手練れ。油断なきよう」


 ユウの指示で彼等に付いた彼女は出来得る限りの情報を心でシズカに伝え、警戒を促せた。





 ◇ ◇ ◇


 ありとあらゆる修行に邁進する者、数で互いを補うパーティが存在すれば己が持つ能力で個々を強化する者も居る。


 同じ頃、イサムと早瀬はライ達よりも深い層でのレベリングを終えて談笑していた。


「周回も飽きたし、明日は少し遠出してドラゴン討伐でも行く?」

「おっ、そうだなっ、そろそろリベンジマッチってのも悪かねぇ!」


 アタッカーから斥候、回復役までそつなくこなすイサムとどんな魔物であろうと文字通りの瞬殺を可能とする早瀬。勇者と盗賊という、傍目から見ればアンマッチ的なタッグも固有スキルや性格は噛み合うらしい。


 余計な指示や手出しがなく、かつパーティの頭数が少なければイサムの方が合わせられる。


「ん? 後方100メートル弱、オーガの亜種か変異種。いつもより大きいかも」

「オーライ」


 短い会話の直後、幾つかのスキルを併用し、一瞬で背後まで迫ってきた灰色のオーガは直前でスピードダウン。驚愕の表情を浮かべたまま脳天にサーベルの刃が深々と突き刺さった。


「世の中ノロマしか居ねぇのかよ?」


 数秒の痙攣の後に霧散していく中、それを成した早瀬が静かに吐き捨て、元の位置に座り直す。


 その横では『火』、『水』、『土』、『風』の属性魔法を大量に浮かべたイサムが無言でそれらを飛ばしており、何体かの魔物の断末魔が遠くから響いてくる。


「君が速過ぎるんだよ。良いよね、派手で」

「ハッ、テメェに勝てねぇ俺様への嫌味か? ま、確かに地味っちゃあ地味か」


 マナミ同様、イサムは【唯我独尊】……他者の全スキル無効化空間の拡張に成功している。


 対する早瀬もまたステータスの敏捷値を底上げする【電光石火】に磨きをかけている。


 得た金をひたすらに装備へと回した彼等の成長力は凄まじく、ライバル視しているユウやライのレベルを既に越えていることにも気付かない。


 そして、身の内に宿る憎悪のような感情を糧に未だ足を止める素振りを見せない。


 素行の悪さから国の援助はそれなりに抑えられているが、それを自分達の食い扶持だけでどうこう出来るほどの成長は遂げていた。


「話を戻す。相手がドラゴンってなると流石に油断出来ないからね。今回くらいは協力してよ? 一撃で倒せなかった皺寄せが何回僕に来たかわかったもんじゃない」

「へーへー、わぁってるわぁってる」


 手をヒラヒラさせて雑に返事する相棒にジト目を向けた勇者は続けて言う。


「それに……ギルドで見た依頼の内容的に急ぎじゃない。調査から始めないといけないよ」

「はぁ? 何でだよめんどくせー。兎に角ぶっ殺しゃ良いんだろ?」

「生態系が崩れる可能性があるって話だよ」

「知るかよ、んなこと」


 うんざりした様子の首を回す早瀬とそれを見て肩を竦めるイサム。口調こそ喧嘩気味でも普段からこの調子なのか、二人に苛立っているような反応はない。


「さっき言ったろ? 考え無しに突っ込むのは君の悪い癖だ。そのせいでいつも僕が尻拭きに回される」

「俺ぁ動く担当でテメェは考える担当だろうが」

「「はぁ……」」


 仲違いしない理由は互いに対話を諦め、直ぐに話題を変える為。余程プライドを刺激されない限り、変に引っ張らないのもその要因だろう。


「そういや、この前の高級店行ったか?」

「……これでも僕勇者なんだけど」

「良いだろ別に」

「良くはないよ」


 召喚者の全員は何だかんだで異世界を満喫しているようだった。





 ◇ ◇ ◇


「そ、その報告は本当ですか!?」


 イクシア城のとある一角。


 新女王として目の下に隈を作りながら王務に追われていたマリーは鮮やかなピンク色の髪を弄りながら声を張り上げた。


「は、はい……確かな情報です」


 兵士の青い顔は他の者へも伝播する。


「な、何てことなのっ……!?」

「むぅ……」

「…………」

「王がお隠れになって間もないというのに……!」


 王国騎士団長グレン、魔術師団団長リンス、騎士団の副団長にしてイサム達を担当した美丈夫教官シャリオと軍の重鎮達も顔を歪ませながら唸っている。


「国が安定してきたと思ったらこれですかっ……神よっ……! いえ……も、もう良いです、下がりなさい」

「はっ」


 あまりの事実に祈りたくなったマリーの眼前にはイクシア領全土を記した地図が広がっていた。


 その視線の先にあるは仮想敵を模した駒が二十と黒角の駒が一つ。


「約二万のオークか……」

「魔族が絡んでたなら巨蟲大森林のことも頷けますねー……」

「隊の半数以上は戦死、勇者が居なければ……いや、『闇魔法の使い手』のユー=コクドーが居なければ団長を含めて全滅の可能性すらあった……」


 国の存亡が掛かった出来事。


 口にこそ出来ないものの、それはその場に居る全員の共通認識だった。


「しかし、先に気付けたのは僥倖と言えるのでは? 剣聖とライ様達を戻せば……」

「……先ず調査隊が帰ってきたことが異常なんです、閣下」

「見張りを置かない軍隊なんて軍隊じゃないですよねー」

「敢えて見逃した、と考えるのが筋かと」


 何の為に? と、話を一つ進めただけで途端にややこしくなる。


「魔物共の考えなんて知りたくもありません。状況を整理しましょう。仮に攻められたとして王都は持ちますか?」

「現状の兵力だけでは何とも……適正レベル20~30の1トン近い化け物が突っ込んでくるだけでも相当な脅威です」

「グレン団長さんや私にしてもレベル70前後の異世界人ほどの強くないですー」

「……その勇者達は精神面が未熟、頼みの剣聖はあの性格。いっそ笑えてきますな」


 そこから兵站、対処法、他国への支援要請、金の工面等々、話し合いは多岐に渡った。


「都民にはそれとなく噂を流しておきましょう。変な混乱を招くよりは……」

「付近の村や街には避難命令……いえ、勧告が適正でしょう」

「冒険者ギルドにも声掛けして戦力を増やさないとですねー」

「国の一大事です。通信系の魔道具も全て解放するべきです」


 普段は謀略に長けた貴族達も()()となると威勢を失くす。


 幾つかの勢力が保つパワーバランスは一部の紛争や侵攻を繰り返しつつも、世界規模で戦争経験者を減らしていた。


 魔王討伐にしても、攻めるのなら兎も角攻められることは想定していない。


 故に、過去のデータから対処に回る他なく、マリーらをしても浮き足立つ感覚はあるようだった。


「期限は一ヶ月……多少の問題は目を瞑ります。全力で事に当たってください」

「「「はっ!」」」


 最も信頼出来る三人がバタバタと忙しなく部屋を出ていく。


「俺は全兵と騎士にレベリングさせるっ」

「じゃあこちらは連携方面に力を入れますですー」

「勇者達には私の方から早便を出しておきますっ」


 僅かに届いた、国の『最強』格達の声は酷く緊迫した様子が見てとれ、王足るマリーは無言で机に突っ伏した。


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