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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第1章 召喚編
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第48話 魔王と『付き人』


「ふっ……ん、ふっ……あ、そうだっ……ま、魔王について……っ……質問しても、良いっ……すかねっ……?」


 ダンジョンでのレベリングも頭打ち、ライは未だ落ち着きを知らず、マナミらはショックを受けて宿屋にこもっているとのことで、今日は筋トレ日。


 いつものごとく防具を付けたままジル様を乗せ、連続腕立て伏せ千回。他のも千回ずつだからうろ覚えだけど、三セット目かな。今ちょうど五百を越えたところだ。


「大したことは知らねぇぞ。後、喘ぐな」

「信用出来ないっす。後、喘いでない」

「クハッ、泣けてくる話だぜ」


 日頃の行いのせ……いでっ、すいません! ありがとうございます!


 ぐへへ、尻尾で叩かれてしまった。


「…………」

「おぉっ、そのゴミを見るような視線もゾクゾクすりゅっ……!」

「…………」

「で、そもそも何で魔王のことを知ってるんです? 会ったことがあるとか? もしくはある程度、権力や地位、力がある人は皆知ってる感じ?」

「…………」


 今の数秒だけで三つのドン引き顔が得られた。今日は良い日だ、うん。


「会ったこともあるし、大体の国のお偉方にゃ能力だけバレてる。オレは喧嘩売りに行った時に『付き人』から聞いたな」


 ……ツッコミ待ちかこれ。何も言えないんだけど。


 一部では周知の事実で、ジル様は詳細を聞いた……魔王じゃなく側近ってのがミソか。


「で、ボッコボコにして聞き出したor魔王と対決したと」

「いや、普通にボロ負けした」


 あっけらかんとした顔で言われ、硬直する。


「は?」

「手も足も出なかったな。今なら……いや、微妙だな。固有スキルで戦うタイプっぽかったし」

「え? はっ? 負けっ……えっ?」


 たかだか側近に……ってのも変な話か。仮にも一国の王の守護者と考えれば……え、いやでもこの人『世界最強』なんじゃないの? なのに負けた?


 一瞬だけ納得しかけて首を振り、再び混乱して……さぞ変な顔になってたのか、心を読まれただけか、ジル様は苦笑しながら続けた。


「ふっ、青かったんだよ色々」

「青いって……大体何年前の話なんです?」

「あん? あー、オレが60歳くらいの頃だからー……百年以上前だな」


 ……何百歳って聞くと何も思わないのに、60って聞くと無駄に年増感を感……


「誰がババアだコラ」

「へぶぅっ!? ありがとうございます! 後、思ってないです!」


 また尻尾で叩かれてしまった。


 さっきよりも強めに打たれたせいで腕に来た。


 咄嗟の返事は出来ても、いざ冷静になったら産まれたての小鹿のようにぷるぷるしてきて何ともしんどい。


「ぐっ……おっ、おっ……キ、ツっ……いぃ……!」

「喘ぐな気色悪ぃ」

「だから喘いでないですけど!? 何なんですかさっきから!」


 多分これお互いに何なんだこいつって思ってるパターンだな。


「ふっ……くっ……! で、でもそいつがそんだけ強いってことはっ……?」

「いや、お前が思うほど魔王本人は強くねぇ。ただその『付き人』が異常なだけだ」


 えぇ……?


 何で王より手下の方が強いんだよ。普通逆だろ。


 ……ん? あれ? よくよく考えるとそれが正しいのか? 王の方が強いなら護衛自体要らないもんな。体裁上は必要かもしれんけど。


「因みに魔王は?」

「オレと同じくらいじゃねぇか?」


 またまた軽い感じで言われた。


 いや普通に勝てないんだよなー。


 もうその時点でライも俺もバカ共も諦めた方が良い案件なんだよなー。


 なのにその上で【不老不死】なんだろ? ダメじゃん。平伏もんじゃん。


「『付き人』はな、ありゃあ人外とかそんな次元じゃねぇ。神をも殺せる器だ。オレ達とは住む世界も見ている世界も違う。あいつに言わせりゃオレなんてアマチュアも良いところだ」

「……裏ボスか何かっすかね」


 アマチュアという単語に相応しい言葉があるのかは知らないが、翻訳スキルはそのように訳し、俺の耳に届けた。


 え、そんな化け物が居るのに人族側の切り札はあのイケメン(笑)?


 ……泣きたくなってくるな。


「まあ魔王に害を与えなければ悪い奴じゃない。魔王に関係ないことなら寧ろ良い奴の部類だ。逆に言えば魔王に関することで何か不快に思わせたら……ってことだな」


 尻尾を鞭のようにしならせ、言外に「何休憩してんだ、はよ動け」と文字通りケツを叩いて催促されたので、仕方なしに腕立てを再開する。


「魔国に行くんならよく覚えとけ。奴の行動理念は一に魔王、二に魔王、三に魔王だ。自分が貶されようがバカにされようがキレはしねぇ。が、魔王に対して少しでも気に入らない態度をとれば、拷問に次ぐ拷問を延々と繰り返された後、『生まれてきてすいませんでした』と公衆の面前で土下座させられて、笑いながら死ぬことを強制してくる」


 何それ怖い。


「オレが行った時は全身の皮膚を剥がされて剥製になった死体が見世物にされてた」

「こっわ」


 見たくねぇ……何て絵面だよ。


「『付き人』の存在も知られてる筈なんだがなー……意外と気概があるよなこの国」


 気概とかじゃなくてバカなんだろ。


 素でそう思ってしまった。


 今だって、どうやってライを止めようか悩んでるくらいだ。


「あ? あ、いやいや、魔王に不快な思いをさせず、楽に殺せるなら奴も何もしねぇと思うぞ?」

「……はぁ? 不快な思いはダメで、殺すのは良い? はあ?」


 俺の反応を否定するように手を振ったジル様の言ってる意味がわからず、再びフリーズする。


「そりゃそうだろ。何せ魔王本人が死にたがってんだから」


 ……そういうことか。


 そこまで言われて漸く理解した。


「永久に老いないし、()()()()んだぜ? そんでもって意識や感覚は普通の生物と変わらねぇとくりゃあ死にたくもなるよな」

「うわぁ……」


 つまり……魔王には普通の人間と同じようにこの娯楽の全くないクソみたいな世界を苦痛に感じる意識も、知り合いとの永久の別れを辛いと感じる心も……痛みを感じる感覚もあるってこと。


 姿形は知らないけど、その本質は本当に人間と変わらないんだ。


 そして、痛みを感じる=傷は付く……あるいは傷付くことがある。


 俺はてっきり傷すら付かない……何て言うか、無敵状態をキープし続ける固有スキルなんだと思っていた。


 身体の状態を永久に固定する……みたいな?


 けど、ダメージを受けるってことは再生するタイプの能力で……HPが減らないんじゃなくて、0にならないだけで普通に減るし、その上で死なないってことは傷が自己治癒する能力なんだ。


 死という概念を取り払った肉体の授与。


「それが……【不老不死】……」


 怒られたのにも拘わらず、腕が止まる。


 娯楽が女と酒くらいしかないこの世界で、知り合いが年や戦いで死んでいく中、自分だけ年はとらず、死ぬこともない。


 それは確かに……死にたくもなる。


 ……可哀想、と言ったら失礼だろうか。


 そんな魔王が人族を襲っている……?


 それは……人生に絶望して? 自分を産んだ世界を恨んで? 人族に迫害されて?


 召喚された時のことを思い出す。


 マリー女王は言った。


 悪逆の限りを尽くす魔王とその国に人族は脅かされていて、実際に土地を奪われている、と。


 ただ死にたいだけの魔王が……何故? 


 そう思った次の瞬間、今度はジル様の方が「は?」と固まった。


「ち、ちょっと待て、魔王が侵略してきてるって? マジでそんなこと言われたのか?」


 珍しく狼狽えた……というより、心底驚いたような声が降ってくる。


「確かにあいつは生きることに絶望してたが……決して戦いを好む奴じゃない。寧ろ平和を望む性格……間違っても戦争を望むような奴じゃねぇぞ?」


 ……一気にキナ臭くなってきたな。


「事実じゃないんです?」

「……少なくとも、魔族側が侵攻してきたなんて聞いたことがない。一度足りとも、な」


 いつになく真面目な話だからか、ジル様は俺の背中から降りるとソファーの方にどっかりと座り込んだので、俺も立ち上がってそちらに向き直る。

 

「魔国ってのはな、鎖国してるんだよ。第一……国同士の諍いなんてここ数百年以上は人族でしか起きてない。魔国も獣人族の国も一国しかねぇ……」


 両国は全魔族と全獣人族を束ねた国だ。人族みたいに国と国が分かれてない。精々、監督する領土や貴族の有無くらい。


 人族側の宗教観的に合わないから関わりもない。


 だから交易をしなくなったと、ジル様は教わったらしい。


 千年近く生きる長寿種で皇族。誤った歴史を植え付けられているとも考え辛い。


 どちらかと言えば人族の方が変な方向に舵を切っている可能性がある。


「ってことは……俺達、召喚者を使って魔王を殺したい……いや、他種族の国に攻め入りたい奴が居る……?」


 当然だが、イクシアという国も一枚岩じゃない。


 一番怪しい前王や宰相は何処かの誰かさんがぶっ殺したし、女王は予想外のタイミングでの即位にテンパってた。


 他の派閥は……居てもブルー・ブラッド至上主義者程度だ。


 俺が知らないだけで実情は違う……のか?

 

 今考えても無駄ということは理解しつつも、考えずにはいられなかった。


「人族最大と言われるこの国を影から操る奴、あるいは奴等、か……心当たりもなくもないが、向こうには『付き人』が居る。魔王を悪に仕立て上げて良いことなんてねぇと思うけどな」


 聞きながら、俺も一つの組織のことが脳裏を過る。


「『聖神教』、ですか」

「直属の軍隊も都もある。歴史も古い。妙な野心を持った奴が出てこないとも限らん」


 それはこの世界の唯一教であり、大半の人族には絶対の教え。


 他種族を奴隷ではなく国民として受け入れている国は違うらしいが、そんなのは少数派で実に八割以上の人族がその教えの通りに生きていると聞く。


「よりによって奴が()()()()時期に……いや、逆か。だからこそ、動いた奴等が居る……?」


 白く小さい顎を擦りながらの発言。一瞬何のことかと首を捻り掛け、直ぐに魔王のことかと納得した。

 

「意識はあるけど……って意味ですか?」


 生きることに絶望してるんだ、もうずっと寝たきりということも考えられる。


「……そうだ。会話自体は出来た。二~三言だけな……だが……」


 ジル様は酷く憐れむような顔で苦々しく言った。


「一切こちらを見なかった。ベッドに寝転んだまま一切……オレが本気の殺気をぶつけても何の反応もせず、ただ虚空を見つめ続けたまま、少しだけ言葉を発した程度だった」


 魔王の絶望は計り知れない。想像も出来ない。


 が、『付き人』とやらが魔王を最優先で行動するのもわかる気がした。


 そこまで可哀想な人を目の当たりにしたら、俺でもそうするかもしれない。


「「…………」」


 俺達は揃って口を閉じ、少し気まずい沈黙が訪れた。


 空気を払拭するべく、「そう言えば……」と話題を変える。


「そんな人相手に喧嘩売ったんすか?」

「むっ……知らなかったんだからしゃあねぇだろうがよ」


 ジル様はちょっとだけむくれて答えた。


 死ぬほど可愛くて逆に笑えない。


「若かったんだ。百年も前なんだぞ? お前ら人間の年で言えば、ほんの2~3歳にも満たねぇ頃だ」


 はて……と首を傾げる。


 竜人族の寿命が約千年なのに対し、この世界の人族の平均寿命は五十くらい。


 両者が最大まで生きたと仮定して比べれば……


 確かにそうかもしれない。


 竜人族の60歳は人族の3歳。魔物とかに殺されたりすることもなく、平和に生きてって前提を含めればもっと若いか。


 竜人族自体、千年どころか追加でもう何百年かは生きるらしいし。


「ってことは……ジル様、めちゃくちゃ若いじゃないっすか……」


 今日一の衝撃だった。


「いやだからいつも言ってるだろ。オレはピッチピチのギャルだぞ」

「……言い方が古いんだよなー」


 どうなってんだこっちの世界の言語は。


 それにしても……この人、俺達と同い年くらいか、もしくはもっと若いのか……


「うわぁ……」

「人を珍妙なものを見るような目で見んな殺すぞ」


 凄んでも可愛いさが抜けない。


 だって千を六十で割れば十七くらいだけど、六十が三歳で今の年齢である百七十くらい……ってことは今は八歳な訳だ。


 幾ら何でも若すぎ……あ、寿命が五十だもんな、日本と違って。だから大体1.6倍すれば……約十三歳? ……えっ、若すぎじゃね? 


 い、いや、でも……五十を越えればめちゃくちゃ長生きって考えられるこの世界と百歳近く生きて、たまにそれを越える老人が居る日本って考えれば……1.6じゃなくて大体2倍……か? 


 いや、それでも十六歳やんけ。


「あんた年下かよ……」

「おいコラ何タメ口聞いてんだコラ殺すぞコラこちとら師匠だぞコラ」


 実際には大分歳上でも普通の人間に当て嵌めれば若者も若者と知り、額に浮かんだ青筋や軽い殺気すら可愛く思えるくらいゾッとしてしまった。


 見た目だけで言えばただの美少女で、ちんちくりんのこの子が……と。


 ロリババアって怖い……と。


 ……ダメだ。これ以上考えるのは止めよう。そもそも魔物が居る世界と比べてもしょうがない。


 取り敢えず……


「今まですんませんしたーっ!」


 ジャンピング土下座で許しを乞いた。


「フンッ……」


 わかれば良いんだよみたいな顔でジル様がふんぞり返り、俺は謝罪を続ける。


「今まで普通に二百年近く生きてるはクソババアだろとか思っててすいません! そんなババアが自分は若いとか冗談は顔だけにしろよとか思っててすいませんでしたぁっ!」

「煽るのか貶すのか褒めるのか一つにしろやッ!」

「ぶべらっ!?」


 そのビンタは過去最大の威力で。


 俺は盛大に吹き飛び、窓を突き破って外に転がる羽目になった。



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