第47話 無駄話
修行を中断して数日。
同じ宿に泊まっているマナミ達曰く、ライの様子は依然変わらず。
寧ろまた似たようなことを言い出しているそう。
何より、能力でその真意がわかるシズカさんが最もそれを気にしていた為、再び集合することになった。
時間帯は夕陽が沈み、誰もが眠る頃。
場所は俺の部屋でマナミ、トモヨ、シズカさんの計四人。ミサキさんは少し感情的で精神的に幼い面がある。トモヨ達もその点を気にしてか、置いてきたらしい。
ほんの触りだけでも共有したのか、三人の女性はダンジョンに居る時のような気の引き締まった顔をしていた。
「何から話したもんかな……」
そんな入りから俺は知っていることを推測も交えて全て話していく。
《闇魔法》を使う時の悪感情や破壊衝動の暴走、その具体的な能力、デメリット等々。
それから神、あるいは魔法スキル使用時の精神汚染疑惑について。
邪神との逢瀬については伏せたものの、人格への影響とあっては大事。俺の口から直接聞くと重みが違うらしく、マナミとトモヨの顔は一気に重苦しいものへと変わっていった。
「俺は……自分のことだからよくわからんが、どうだ? 日本に居た頃と違うか? 実際、口論には何度かなってる訳だが」
「うーん……? 違うと言えば違うかもだけど、多分関係ないと思う。お互い、内に秘めてた価値観や考え方が段々と表面化してきて……それが偶々相性が悪かっただけのような……?」
「私達にわかるのはイサムのことくらいよ。彼に関しては言うまでもないわよね」
人の心の機敏に長けているのはシズカさんただ一人。
必然的に全員の視線が向く。
そのシズカさんはというと、一斉に注目を浴びたことで元々おどおどしていたのが更に悪化し、挙動不審レベルで落ち着かない様子を見せた。
「あ、あっ、えと……あの、えっと……わ、私は天光士君の様子がおかしいこと……最初の方から気付いていました、ですぅ……あ、あの人は確かに思い込みが激しいですけど……今みたいに何もかも決めつけて暴力で解決しようとする人じゃなかった、のに……」
大方の予想は出来る。が、本人的には言い辛いのか、チラチラとこちらを気にしながら続ける。
「さ、最初は嫌いだとか苦手だとか……そんな感じ、だったのが……少しずつ少しずつ敵意に変わっていって……い、今じゃ……明確な殺意、なんですぅ……私……すっごく怖く、て……」
右も左もわからない異世界で唯一の知己である三人の内一人の様子がおかしい。しかも、他者の精神状態や感情の起伏、深層心理に至るまでを勝手に受信……頭の中に入ってくる能力を得てしまった。
友人が変わっていく感覚を直に感じ取っていくのは恐怖でしかあるまい。
それが他人に対する害意ともなれば尚更だ。
「そう……あいつはそこまで……」
聞けば聞くほど既に手遅れ。トモヨはどうすべきか考えているようだった。
「ご、ごめんなさいですぅっ……私、本当はずっと前から知ってたのに……こ、怖かったんですぅ……何で天光士君がそんなことを思うのか、何で簡単に人を殺そうと考えられるのかがわからなくて……だから……!」
「……つったって俺は殺してる側だしな。責める権利なんかないさ。大した接点ないだろとは思うけど」
というか突っ掛かってくるからって都度相手してた辺り、俺も同レベルな気がしないでもない。
「ま、んなことはどうでも良い。ライはどうなんだ? 本題はそこだ」
修復可能か否か。
それによって俺が取るべき指針が変わる。
「に、似た傾向がある、ですぅ……あっ、で、でも敵意とかじゃなくてっ……ぎ、疑心……? 疑念……? う、疑うような、そんな気持ちが強い……かと……」
現状で邪神の件を知っているのは俺とシズカさんの二人。
向こうは俺が邪神から言われたことを軸に物事を考えているのも承知しているし、恐らく同じ見解であることも何となくわかる。
実際、俺が確認するように考えた直後、彼女は小さくだが頷いていた。
それを二人に伝えないってことは俺を気遣ってるのか、宗教的な意味で不味いと認識しているのか。
……不安そうな顔を見るに、両方だなこりゃ。
俺としてはマナミには伝えたい。彼女はライと同等の友達だ。そりゃ付き合いの長さや性別を思えばライの方に傾くかもしれないけど、信頼という意味では……特に今の奴じゃ話にならない。
問題はトモヨだ。この一ヶ月強で性格面はよく理解した。
「まだと考えるべきか、切り捨てるべきか迷うわね……」
人の部屋の椅子で優雅に足を組んで思考するトモヨの顔は酷く冷たく、それでいて人間らしい。
俺はその発言に目を細め、シズカさんはビクッとしていた。
「き、切り捨てるって……何言ってるのトモヨちゃんっ」
ベッドに座っていたマナミが立ち上がってまで抗議する。
反対にトモヨはやれやれといった感じで肩を竦めた。
一言でこの女を表すなら……利口メガネ。変に頭が良いせいで機械的に物事を考えるくせに自分のこととなるとやや直情的。
ライを盾にすれば楽に戦える場面では容赦なく盾にするくせに、自分がその立場になるのは極端に嫌がり、それを悟らせないよう立ち回りすら変えていたのを何度か目撃した。
追及すれば「私は女よ? 女がタンクをやれと?」だの「あらそうだった? 気付かなかったわ」だの……アカリの役割と存在を全否定してしらばっくれて。俺達とタメにしては随分と大した性格している。
「良いマナミ? こういうのは感情で考えちゃダメ。その感情でライを止められるの? もし仮に止められたとしてイサムは? もう手遅れだからやっぱり切り捨てる? それとも何か方法はある筈だって諦めないつもり?」
「そ、れはっ……わからないけど、皆で力を合わせればきっと……」
「その希望的観測が感情だと言っているのよ。平然と人殺しをしたいと思考する奴が社会に溶け込める? それを甘んじて受け入れられる? 殺したい相手は貴女の友達でしょう?」
一見、正論に見える。
この女が何か言うときはプライド故か、本人なりの信条や軸があるのか、耳に聞こえの良いことを並べる。
が、最後にはボロを出す。
「今後のことを考えるなら少なくとも……イサムはもう〝要らない〟んじゃない? 勇者とは思えないほど弱いし、素行も悪い。肝心の能力も他者の能力無効とライほどの爆発力がない。イクシアからの支援だって私達に比べて少ないわ。既に信頼されてない証拠よ」
「っ……!?」
誰かが息を飲んだような音を耳が拾った。
要らない……要は排除だ。
この場合で言えば殺してしまえ、手遅れだから、という意味になる。
人殺しの思考が不味い理論を掲げておきながら、自分もそれを排除しに掛かる。
矛盾だろう。
例えばこれが実際に事を起こした俺なら理解出来る。現実として被害が出ているなら死刑判定はしょうがない。覆ることのない事実であり、真実だ。
だが、イケメン(笑)の場合は人殺し自体はまだしてない。する可能性があるだけ。実際に起こした地竜騒ぎでも、とんでもなく多大な迷惑を多方面に掛け、誰かが死ぬ可能性を極限まで高めた程度。結果論とて、謂わばゼロの状態。
つまるところ、この女はイクシアの現女王と同じ。
宗教的に受け入れられないからと俺を排除しに掛かったかのクソったれ女と根本的な考え方が似ているのだ。
そして、何が厄介って……
「それより……気になっていたのだけれど、黒堂君……? 貴方、まだ何か隠しているわよね? 妙に確信があるような口振りだったし、何かしら裏付け出来る情報があるのではなくて?」
こうして自分で自分の失言やミスに気付き、話を逸らせること。
勿論、失言なんかしないに越したことはないが、人間だから地雷はある。マナミのように倫理観のしっかりした人間には今みたいな話題は宜しくない。
言ってから不味いかもと思い直し、マナミの表情から反応を確かめ、何か言われる前に矛先を180度変えた。
「っ……」
これには俺まで思わず息を飲んで言葉に詰まる。
「沈黙は肯定で良いかしら?」
「えっ、あっ……!?」
「……シズカまで動揺してるってことは間違いないわね。吐いてもらいましょうか」
マナミはトモヨとのコミュニケーションを諦め、俺の方に向き直っていた。
流された。
こういうのがあるから話したくなかったってのに……
ついシズカさんの方を見てしまったものの、特段責めるつもりはないので向こうも申し訳なさそうにするだけで返答を待っている。
今一、信用出来んが……まあ仕方ない。
俺は嫌々ながら邪神との出逢いや発言について全てゲロった。
「人類の敵として……導く……あぁっ……何て、ことなの……?」
「他に隠してることは?」
「ない。お友達に訊いてみろ」
「あ、そのっ……えと……な、ない、ですぅ……」
神と会ったなんて荒唐無稽な話を俺がしたからってだけで信じてくれたマナミとは違い、トモヨは真意を探るような鋭い目付きで睨んでくる。
その目で見られたシズカさんもまたおっかなびっくりといった様子で答えた。
「そう……貴方はそのつもりなの?」
「んな訳あるかよ」
続いた質問に、つい強い口調で返してしまった。
「今の状況じゃ魔法スキルを使った段階で影響を受けるのか、使い続けることで影響が強まるかもわからないんだぞ? その人類とやらが俺を敵だと断定するんなら敵対するだろうさ。けど、現段階じゃ俺は勇者側だ。称号欄にある『悪の権化』だなんてもんも撤回してほしいくらいだ」
それに……
と、思考の先を変えたことで再びシズカさんがビクつく。
「……? シズカ? どうしたの?」
やっぱり何かあるんじゃないかと眉をひそめるトモヨに対し、俺は「加えて言えば……」と結論を告げた。
「現状で二人しか居ない勇者の排除なんかしてみろ。大衆の反感を買うぞ? 奴の能力を思えばこそイクシアからの悪感情だって抑えられやしない」
ガクガクぶるぶると身長の割に巨大な乳が揺れる揺れる。
それに比べて他の二人は……と少々下らないことも考えつつ、首を傾げている二人にヒントを出してやる。
「魔王は誰も倒せないとジル様は言った。つまり、何かしら特別な能力がある訳だ」
それを無効化出来るあいつこそ唯一無二の対抗手段……今代の勇者だと俺は半ば確信していた。
無論、ジル様が知らないだけで他の方法……《光魔法》とかでも倒せるかもしれないが、確実なのは相手を無効化することだろう。
少なくとも他の方法+奴の【唯我独尊】で二重の策にはなる。
「「…………」」
マナミらは二人して黙りこくっていた。
言外にあった俺の恣意を受け、魔王の能力について考えているようだ。
「……何でかは謎だが、固有スキルってのは四字熟語に限定翻訳されている。『誰も倒せない』、『無敵』で連想する言葉は何だ?」
トモヨは気付いたらしい。
一目でわかるほど急に真顔になった。
「一騎当千……天下無双……あ、後は……?」
「じゃあ……『倒せない』じゃなくて『殺せない』なら?」
そこまで言われれば誰でもわかる。
「不老……不死……」
誰とも無しに呟き、俺以外の全員が俯いていた。
誰もが深刻な表情をしていて辛気臭い。
だからこそ、俺はその空気を払拭するように言った。
「な? 基本的には奴以外の誰にも倒せないんだ。態度や反応からしてイクシアはそう判断してる。だからこの議論も無駄っ。現状でやれることは無しっ。以上っ、解散!」
と。




