第46話 影響と葛藤
屋敷にて。
「全くお前らは! 俺に歯向かうなんて感謝が足りてないな! なってないっ、なってないんだよ! そんな大人修正してやるっ!」
全身を縛られ、芋虫のように醜く這いつくばった男がそう叫ぶ。
何を隠そう俺だ。
休暇を要求された後、何故かこうなった。
「「煩い黙れ殺す (ぞ) (わよ)」」
「やだ何この二人超怖い」
「ユウ君……刺すよ?」
「うぉいマナミさん!? 何出してんの!? それ俺の短剣っ……ぎゃあああっ、何処に向けてんだこらぁ!?」
三人の目が死んでいる。
「主様、そろそろ主様の部屋で寝泊まりさせてもらって良いですか?」
一人は相変わらずマイペースだが、三人の目がヤバい。
死んだ魚の方がまだマシに見えるくらい光がない。
「「……何があった (のよ) (んですぅ)?」」
「「「何があったのか大体想像出来た」」」
ミサキさん達はポカーンとしており、それを鍛えてたアリス、一人でスキル習得に集中してたリュウ、商会の立ち上げに奔走してたショウさんはうんうん頷いている。
閑話休題。
今回こうして集結したのは情報共有の為。
俺やジル様からすればまだまだでも、ライ達はうんざりしてるらしく、休暇を兼ねた暇潰し……じゃないな、情報を得たいと。
正直、知ってどうすんねんという話ではあるが、ジル様が何やら詳しそうな様子。
ってなことでライが話し出す。
「先ず第一に……ユウ達がダンジョンでレベリングしてる頃、俺達は何も遊んでた訳じゃないんです。捕まえたパヴォール帝国の人に尋問したり、マリー様に色々聞いたり……忙しかったことだけは留意願います」
「……言い訳だよな」
「しーっ、多分本人的には大真面目なんすよ」
「…………」
初っ端から話の腰を折り、何なら聞こえる声量で呟いた俺達をジト目で睨むその勇気は讃えよう、流石勇者だ。
ベシイィンッ!
ほら叩かれた。
「生意気だなお前」
「いったぁ……!?」
「気持ち良いだろ?」
「ユウ君は何を言ってるの……?」
涙目で頬を擦るライを嘲笑いつつ、しれっと耳を傾ける。
「曰く……魔王に対抗する為。誰に訊いてもこれです。今代の勇者は魔王に対抗出来る唯一無二の能力を持っている、とも……」
「……まあ、確かに唯一無二だな」
ジル様は何かを思い出すような仕草をしながら言った。
「でも細かいことは教えてくれなかった。いずれ知ることになるからって」
「クハッ、そりゃあまあ奴の固有スキルを聞いたら誰も倒せねぇって思っちまうからな。不安にさせたくなかったんだろうさ」
……ふーん、倒せない系の能力か。それが勇者と何の関係が……
と、俺がそこまで考えたところで、ライがいつになく真剣な表情で食い付いた。
「やっぱり何か知ってるんですか!? ジルさん、お願いします! 教えてください! 俺達はどうしても魔王を倒さないといけないんです!」
ん?
どう……しても?
この点には俺だけじゃなくマナミらも同じ疑問を持ったのか、訝しげな顔で互いを見合わせている。
「んなもんは国に言いな。何で一傭兵……今や一指南役でしかねぇオレ様を頼る」
「何でって……教えてくれないからですよ! 誰もっ!」
ライは尚も食い下がった。一歩踏み出し、テーブルまで叩いて。
距離が近い。
ジル様が本気で怒る距離。
というか……無礼だ。尻尾なんかじゃ済まない。
冷や汗がドバッと出た俺は『火』の属性魔法で縄を燃やし、自力で脱出すると素早く立ち上がり、二人の間に割り込む形でジル様を庇った。
「離れろ、ライ」
「っ、ユウ邪魔をっ」
「良いから下がれ、図に乗るな。自由を好むこの人がこうして時間を割いてくれてることに感謝こそすれ、こんなことをされる謂れはない。……お前、ちょっと変だぞ?」
「そうだよライ君っ」
「失礼でしょっ」
追随するようにマナミ達もライを諌めてくれ、何とか血の海エンドは免れた。
「……お前も近いと思わないか?」
「すんません……」
視界を隠し、止めるように入ったからジル様の手を掴んでた。
無意識って怖い。後、見た目通り小さくて可愛い。剣士特有のマメとかが全然ない。鱗がひんやりスベスベしてて気持ちいい。
「いや……良いけど……よ」
素でべた褒めしてたら普通の少女みたいに照れ始めた。
恥ずかしそうにしてる姿も目に毒だ。
俺の方も若干顔を赤くしてライの方を向く。
「おほん……落ち着いたか?」
「……すみませんでした、ジルさん」
「ん」
「訊きたい気持ちはわかるがな……その状況を態々作り出されてる理由を考えろよ。あの女王が何を考えて教えないのか、時期尚早とか人に広がれば広がるほど強くなる能力とか色々あんだろ」
ジル様の反応からしてそういう類いの能力じゃないことは知れているが、まだ正気になりきってないライには理解が及ばなかったのか、黙って頷いてくれた。
この前と同じだ。
何かしら……恐らくは《光魔法》の影響を受けてる。
邪神は俺を人類の敵として導くと言っていた。
ならばその逆の存在が居て然りで……勇者を他種族の敵として導こうとしても不思議じゃないんじゃないか?
そんな疑念が浮かんでは消えていく。
他種族に限らず、『闇魔法の使い手』に対する敵意を強めるだとか憎悪を深めるだとか……
互いに導かれていると過程すれば、それこそイケメン(笑)の態度もわかる。
召喚された直後に『光』の魔力を放出していたあいつのことだ。最初に影響を受けていたから初対面の筈の俺に敵意を持っていた。
それ以降も……
俺とライが半分殺し合いみたいな喧嘩をしたのもそうだ。
幾ら相容れなくても普通あそこまで怒るか?
二つの魔法スキルには使えば使うほど互いを憎み合うような性質があるんじゃないか……?
…………。
ダメだな、何にせよ今考えることじゃない。
先ずはライ達を帰らせないと。
「一回頭を冷やしてこい。俺の方も野暮用がある」
言いながら少し思った。
嫌悪に憎悪……悪感情の増幅……他種族との軋轢……戦争の勃発……それが神の役割……いや、目的……?
と。
そして、失敗に気付いた。
忘れていた。
【多情多感】は人の感情や心を感じとるスキル。
シズカさんは俺の思考を直に受け取り、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「ちょっ……シズカ!?」
「どうしたのよ貴女までっ」
「だ、大丈夫……ですぅ……」
言おうかどうか悩んでいる彼女に、俺は無言の制止を掛けた。
宗教的に考えればこの考え方こそ悪。特に、今のライに聞かせて妙な正義感や背信を抱かれても困る。
最後に信用出来る人間だけで後日集まろうと内心でだけ話し掛けた俺は「修行の再開日は追って決める。それまでゆっくり身体を休めておけ」とライ達を追い出すのであった。
その夜。
俺は自室のベッドで考え込んでいた。
目の前の机の上にはあの後、受け取りに行った新装備が一つ。
他にも短剣、ショートソード、長剣……いずれもジル様の爪製でどれも魔剣化したものもあるが、一番の変わり種はやはり新装備だろう。
名前を付けるとすれば魔法鞘ってところか。
要するにマジックバッグ化させた鞘。
ただの鞘に見えて、最低でも十本は剣が入る。
収容物の七~八割が入ればスポッと吸収されるマジックバッグの仕様を見てて思い付いた。
何でもジル様クラスの素材とその他高級素材、腕の良い錬金術師や鍛冶師の手が必要だったと聞いた。値段も日本円だと億単位である。
「まさかこれまで得た収入が殆どぶっ飛ぶとは……」
なんて、そんなことを悩んでるんじゃなかったものの、金額を思い出して思わず唸る。
今後の新装備や多種多様な魔剣の存在を考えれば今回の魔法鞘は俺の武器なり得る。
しかし……
武器も防具も充実してきたということはつまり、他に伸び代がないということ。
俺の強さもそうだ。
まだ成長は続けているが、ライ達をしごいていて俺もまた未熟であることに気付いた。
俺には尖っている部分がない。
いや、厳密に言えば攻撃力特化でめちゃくちゃ尖ってるけど、現実的に使えるカードじゃない。
『当てさえすれば強い』はひっくり返せば、『当たりさえしなければ弱い』になる。
ライやトモヨみたいに属性魔法で攻められた場合、対処のしようがないんだ。
防戦一方……何も出来ずに殺られる。ダメージ覚悟で特攻したところで、相手がその状況を想定しない筈がない。
「……どう鍛えても詰みだな」
未発達な世界らしく、やたら埃っぽく、湿気っているような臭いの部屋の天井を見つめながらごろんと寝返りを打つ。
ジル様はどう考えてるんだろうか。
ライはこれがわかっているからさっきみたいなことを気にする余裕があるんだろうか。
意味は違えど、あの二人は俺に同じ感想を抱いていた。
弱い、と。
無慈悲なまでに。
そりゃ自覚はあったが……
あるいはジル様みたく何もかもを捨てればもっと強くなれるのか?
ライほどの才能を持って生まれなかった人間はただ黙って死ねと?
全ては無駄な努力だとでも……?
ハッ、笑わせる。
ライは俺を否定したが、ジル様は違う。
あの人は俺に道を示してくれた。
そうだ……考える方が無駄なんだ。
どの道、俺に出来るのは自分を信じることだけ。
強さの種類だって一つじゃない。
「劣等感ってやつかな……」
どうにも独り言が多くて恥ずかしい。
多分あれだ。この短期間でこうも立て続けに俺以上の能力と素質を持つ連中を見たからだ。
ライとトモヨも近接戦の技術は俺以上。属性魔法まで扱える。
対する俺にあるのは経験とジル様が居なきゃ手に入らなかった最強装備の数々。
それが酷く悔しい。
羨ましくて仕方がない。
持って生まれた手札の数……それが増やせることは知っていた。
けど、それを元来大量に持ってた奴等が持ってない人間以上の速度で増やされちゃ堪らない。
たかだか一ヶ月と少しで……例え数人掛かりでも簡単に制圧されてしまった。
この俺が? あれだけ死ぬ思いして頑張ってきたのに?
直に力の差を見せ付けられたからか、神だか魔法スキルの影響や魔王の能力に関するあれこれよりも余程効いた。意識を奪われた。
「堪らないんだよ……畜生っ……」
努力への意欲は頑張りたい源に否定され、努力そのものは行動と才能で否定された。
これはきっとジル様にも理解してもらえない。
境遇は兎も角、才能だけはあった人だ。
才能すらない俺みたいな雑魚の悩みなんかわかってくれるわけ……
「っ……クソっ……!」
その日、俺は初めて悔し涙で枕を濡らした。




