第43話 共鳴
冒険者ギルドの訓練場はコロシアムのような造りだった。
受付にてアリスが手慣れた様子で手続きを終え、「さ、こっちだこっち」と手招きをするので黙って付いていったらこれだ。
生憎、観客は居ないが、金が取れそうなくらいには広い。
半径百メートルはあるだろう。
欠伸を噛み殺しながら注意事項を述べるアリスに若干イラッとしつつ、俺とライは装備を整え、マナミ達は後ろに下がる。
「んじゃ、俺が審判な。危なくなったら止めっから好きにしな」
「はい始めー」と力の抜けるような合図が決闘の始まり。
文句を言いたくなる気持ちを抑え、先ずは小手調べ。
ザァンッ! と空気と地を裂く爪斬撃を六つ飛ばし、その反応を見る。
ライは俺の手甲から爪が出てきたこと、飛ぶ斬撃が迫ってきたこと、その威力と速度に目を見開いていたが、《縮地》と《空歩》で難なく躱していた。
「そのまま当たるなよ! 首に当たりゃあ死ぬぜっ!」
「言われっ、なくともっ!」
横薙ぎは避け辛いのか、空中へと避けてくれるが、『風』の属性魔法で背中を押すことで推進力や爆発力を得て躱す。
奴の武装は黄金の装飾がされた西洋剣に片手盾、軽鎧。
魔法剣士のようなスタイルで戦うらしい。
どの距離でも戦えるオールラウンダー。
攻撃一辺倒の俺には決して真似出来ない動きだった。
幾ら素質があるからって属性魔法の応用が利き過ぎだ。
移動にも回避にも使えるなんて。
そしてそれは当然、攻撃手段にもなり得る。
「お前も死ぬなよユウっ、『落雷』!」
ライが最も得意とする属性、『雷』。
どうやら自身の身体からだけでなく、別の場所からも雷撃出来るようだった。
驚くべきことに、奴の西洋剣から放たれた魔力が俺の頭上に飛ばされた次の瞬間、本物の雷が降ってきた。
「っ!?」
目がチカチカするような光と共に落ちてくるそれを、咄嗟に手甲で防ぐ。
本来感電してしまう筈の防御はそれが魔力製の雷故か、はたまたジル様の鱗が特別なのか、俺に僅かの痺れと衝撃を与えるだけに留め、周囲に拡散させた。
「なっ……は、弾いたっ!?」
終わらせるつもりだったんだろう。
ライは反撃を止めて硬直していた。
「くっ……ひ、人は殺せねぇのにっ……俺は殺せるってかっ!?」
初の痺れに俺の方も硬直していたものの、無理やり腕を振るってやり返す。
「でえぇいっ、お前だって怪我じゃ済まない攻撃してるだろうが!」
俺の渾身の一撃は剣や鎧と同じ金ピカの盾に弾かれてしまった。
空中で受けたということもあって流石に体勢を崩しているが、無傷で済ませられた。
俺の自慢の爪斬撃を片手で防がれた。
「ハッ……勇者らしくそれなりの装備を得てるってことかっ!」
そう結論付け、地面を蹴って肉薄。
ジル様の教えに倣い、盾の下方から突き上げるようにして爪を引っ掛け、思い切り振り上げた。
腕に装着し、手を自由にする型の盾は見事ライの腕から外れ、あらぬ方向に吹っ飛んでいく。
「これで――」
爪を収納し、左ストレートで終わり。
そんな俺の予想を裏切るが如く、ライは剣の柄を俺に向けてきていた。
誘われた!?
こうするとわかっててこいつはっ!?
理解は出来ても、行動には移せない刹那の瞬間。
「――俺の勝ちだ。『纏雷』」
静かに胸を突かれた。
バチバチバチィッ!
青白いスパークが走り、全身が強く痺れる。
皮膚が焼け、目が裏返り、筋肉という筋肉に力が入って動けない。
何より、凄まじく痛い。
「あがががががっ!?」
意識が遠くなるような感覚。
それでもライが当てたのは胸当て。
感電しただけだ。
殺すつもりのない電流なんざ……!
俺は言うことを聞かない身体に代わり、魔粒子で肘を押させると、西洋剣の刀身に爪を挟み込み、ぐるりと手首を回転させて獲物を奪った。
それと同時に脹ら脛からも放出することで右足を振り上げさせ、無防備だったライの腹に一撃を叩き込んだ。
「がはぁっ!?」
向こうも鎧を着込んでいる。直撃じゃない分、ダメージは分散した。
しかし、痛み分けという形で終わったことで互いによろめくようにして後退し、俺は痺れて震える手をライに向ける。
「殺す覚悟がないどころか強くもねぇ……そんなんで何が守れるって言うんだ。覚悟、力、実績……何もない奴が理想を語るな」
俺がそれらを得る為、どれだけ血反吐を吐いたか、お前達は知らないだろ。
毎日毎日、師匠にどやされ、理不尽にぶっ飛ばされ、日本なら大怪我レベルの傷を負って……
それでも頑張ってきたのはお前達の隣に立ちたかったから。
「二人が優れてたから……俺は色んなもんを捨ててきたのに、お前達はそんな俺を……? じゃあ……じゃあ俺は一体何なんだよ……! 馬鹿みたいじゃないかっ!」
心の叫びだった。
いっそ涙が出てきそうだ。
だが、それもライには届かなかった。
「俺は……お前に付いてこいだなんて言ってない。お前が勝手に必要だと感じたことだろ? 俺はお前が弱くても友達だと思ってたよ」
は?
は……?
は、ぁ……?
悲しげに告げ、静かに項垂れるライを俺は直視出来なかった。
未だ嘗てないショックに思わず絶望し、痺れとは違うもので全身が震える。
「何だよそれ……何だよそれっ……何だよそれッ! 友達だから対等で居たかったんだろうがっ!!」
ドックン……!
心臓が跳ねた気がした。
次の瞬間。
怒りと悲しみに染まった全身から意図せずして『闇』の魔力が溢れ、目の前の親友を殺してやりたいという気持ちが止まらなくなった。
「俺の師匠もっ、俺もっ、俺の努力も全部否定するのかっ!? 肝心な時に動けない奴がっ、俺をっ!?」
許せない。
許せない許せない許せない。
呼応するように具現化したどす黒い魔力が俺の身体から漏れ、靄を彷彿とさせるエネルギーが制止しようと動き出していたアリス達の足を止めさせる。
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。
その思いに頭の天辺から足先まで支配されたようだった。
全身が沸騰したように熱くて、それでいて殺意のせいで恐ろしく冷たい。
だから、だろうか。
ライの身体からも『光』の魔力が太陽フレアが如く噴き出した。
「ぐっ、あっ……あがっ!? な、なんっ……!? がっ、あっ……があああぁぁああああっ!!?」
本人にその意思はなかったのか、少し抵抗していたように見えたが、眩く神々しい光がライを包み込み……
次の瞬間、『火』、『水』、『風』、『土』、『氷』……そして、『雷』。
六属性に及ぶ打撃、斬撃、刺突、電撃と様々な効果と威力を持つ魔法の数々がライから放たれ、俺を襲った。
弾丸や球、壁、刃、矢、槍、稲妻。
ホーミングミサイルを思わせる挙動で全方位から迫ってくる。
共鳴。
そんな言葉が脳裏を過った。
「く、ぅっ……!」
一先ずは『水』の壁を手甲でぶち抜いて浴び、『火』の弾丸の方から包囲網を抜け出す。
あまりの質量で腕が変な音を立て、あまりの熱量に濡れた髪や皮膚がチリチリと焼けていたが、他のを食らうよりはマシ。そう判断した。
そうして距離をとり、跳ねるように後退してライを見ると、いつの間にかその場に崩れ落ち、異様なまでに白い光を放つ瞳でこちらを見つめていた。
「ら、ラ……イ……?」
どうしたんだよ急に。
そこまで思って漸く暴走し始めていた『闇』の魔力が急速に鎮まっていっていることに気付く。
これ以上は踏み込んではいけないような、触れてはいけないような……
受け入れたら何かが終わると本能に訴えてくる何かが消えていく。
『光』の魔力に当てられたから? 攻撃されたから?
その疑問に答えてくれる者は居なかった。




