第42話 決裂
俺は張り手、リュウからはクソ雑魚ステータスによるグーパンがプレゼントされたライは「勝手に彼女の下着を見られた挙げ句、何で殴られなきゃいけないんだ……」と不服そうな顔をしていたが、いつまでもその話を引っ張っても意味がないのでパンッと手を叩いて切り替える。
「先ずは意思表示だ。やり方は多少強引だったかもだけど、俺は間違ったことはしてないと思う。あの時、生き残る為には必要なことで……それは今後も同じこと。不殺の精神を貫いたところで報復されるのがオチ。だから謝罪もしないし、非も認めない」
「なっ……あんたねっ! だったら一体何をしに――」
「――はいストップミサキ。貴女は黙ってて。ライ達が話し合う場よ」
一瞬激昂しかけたミサキさんを、同じくライのパーティに入ったトモヨさんが制止する。
少し時間を置いたとはいえ、日本人らしい気質を強く持つこのスポーツ少女は俺に良い感情を抱いてないようだった。
「……二人はどう思うんだ? まだ関わりがないだけで殺し殺されの世界だってのはわかってるんだろ?」
俺はそんな彼女らを無視し、ライとマナミの意見を求めた。
大事なのは部外者の感情じゃない。
二人がどうしたいか、俺とどうなりたいか、だ。
「……あの盗賊達にだって家族は居た筈だ。犯罪者にでもならないと生きていけなかったのかもしれない。人の命はお前が言うほど軽くないよ」
「そうだね。ユウ君はあの時、誰かに相談しようともしなかった。反省してほしいとまでは言わない。私達は何も出来なかったしね。けど……他にやりようはあったんじゃないかって今でも思うかな」
裏切られたような気分だった。
ガツンと殴られたような、あるいは脱力するような返答。
堪らずアリスの方を見ると、こちらも目を真ん丸にして驚いている。
口論になるかもしれないとは思ったものの、言い返さずにはいられなかった。
「じゃあ……何であの時何もしなかったんだ? 何で俺を止めてくれなかった? 勇者だろ、『再生者』だろっ……俺より才能に恵まれてて、俺より強いだろうがっ。後から文句を言うだけなら誰にだって出来るっ、大事なのは結果だ! 過程なんかじゃない!」
言ってて苛立ちが勝り、声を荒げてしまう。
誰のせいで俺があんなことをする羽目になったと思ってんだこいつらは?
全て俺が望んで行動したと?
それが命の恩人に対する態度か?
それが才能に胡座をかいて足元を掬われそうになった奴等が言うことなのか?
「そ、それはっ……それこそ今言われても困る。悪いけど……お前が簡単に人の命を切り捨てられるようになってしまって俺達も動揺してるんだ」
「私達だって努力はしてるよ。そういう言い方は止めてほしいな」
……何なんだよ。
何なんだよマジで。
聞く価値もない戯れ言を垂れ流す親友達に頭痛を覚えるを通り越して視界がぐにゃあと歪むような感覚を覚えた。
俺はジル様の教えでこの世界を生きてきた。
それを……この二人は何だ?
環境の違い? 教え方の問題?
違う。
結果だけ見れば教わった内容はほぼ同じ。
法律なんて特にそうだ。
犯罪者である賊と何の罪もない人間を同一視してるのかこいつらは。
「動揺……? 努力……? だから何だってんだ? 犯罪者にでもならないとって言ったよなライ。じゃあその犯罪に巻き込まれた被害者にも同じことが言えるのか? あいつらにはあいつらなりの事情があったから許してやれって? 矢で射られたろ、俺達より弱い奴等だったら死んでたろ……あの躊躇のなさっ。命令されていたとはいえ、直接的間接的問わず何人殺したかわからない連中なんだぞっ?」
そこまで言って漸く黙り込んだ。
しかし。
「そ、そんなのわからないじゃない! もしかしたら誰かが助けてくれたかも――」
「――ミサキ、邪魔しない。貴女やライ達はたらればの希望とか理想の話をしてるけど、黒堂君は現実の話をしてるの。少なくとも助けてもらった立場で糾弾なんて出来ないでしょ」
「わ、私もトモヨちゃんと同感ですぅ……」
外野が騒ぎ出した。
どうやらライ、マナミ、ミサキが同意見で、他は俺寄りか俺擁護派らしい。
アカリもまた無表情ながらライ達を訝しげな目で見ている。
空気を読んでか、トモヨさん達三人が俺達から少し離れた位置に移動し始めたのを横目にわなわなと震え、一歩二歩と後退する。
「あ、アリス……俺にはダメだ、お前から説明してやってくれ」
「うぇっ? 俺っ? ……無理だろ、想像以上の馬鹿共だぞ」
「シッ、声が大きいってアリスっ……聞こえてるよっ」
渾身のバトンタッチは真顔で弾かれた。
前世を含めればアリスは四十年近く生きていて、この世界では強者の部類に入る本物の実力者。ジル様と違って常識も知っている。
その力や知識、地位を得る為にそれ相応の努力や苦悩、困難を経験してきた筈。
そんなアリスがお手上げと言うのならどうしようもない。
根本的に相容れないんだから。
とはいえ、来てくれた手前、注意喚起くらいはしてくれるようで大分顔を引き攣らせながらではあったものの、重苦しそうに口を開く。
「あーっと……良いか勇者様達? その認識はかな~り危険だぞ? どれくらいかって言うと外国で金持ってますアピールと無害な日本人アピールしてるくらい危ねぇ」
その例えは何かちょっと違うような気もするが、危険性という部分では一致してると言いたいんだろう。
「他国の連中に襲われたんだろ? んで撃退したんだろ? 下っ端が帰ってこねぇってそれ自体が情報だぜ? 漏れてんじゃん情報。ある程度強いとか成長してるとかさ。その上、人一人殺せねぇ甘ちゃんってそれ……冒険者以前に兵としても勇者としてもダメじゃね?」
言外に日本の常識で物を語るなアホかお前らと言われたにも拘わらず、ライ達の反応は薄かった。
「相手を殺さずに無力化出来るくらい強くなれば良いだけの話だ」
「仮にそうだとしても、やって良いことと悪いことがあるでしょって言ってるの」
ダメだこりゃ。
親友ながら情けない。
こいつらは変わる気がないんだ。
先ず第一に自分の物差しが一番で、この世界の価値観や常識は二の次の思考をしてやがる。
「かーっ……成る程なー。剣聖の奴がユウちゃんを弟子にした気持ちもよくわかるわ。特にアイツ心読めるんだもんな? キッツいわこれ」
「ちゃん付けは止せ、柄じゃない」
面倒臭くなったのか、単に気に食わなかったのか、アリスは「たっはー」と天を仰ぎ、俺の肩をバンバン叩いて続けた。
「呼び方なんてどう良いじゃねぇか別に。んなことよか、ユウちゃんがこの二人を変えたいのかどうかに話変えんとさ。こんな奴等とパーティ組むとかこのままじゃ無理だろーよ」
本人を前にあっけらかんと言ってのけられ、明らかにムッとしていたライ達も、後半のパーティ云々の下りで押し黙る。
嬉しいことに二人も最終的には俺と一緒に生きていきたいと考えていたらしい。
だが、ここまで意見が食い違ってしまえばそうも言ってられない。
「誰も殺さずに魔王討伐って……矛盾してるだろっ。何でわからないんだっ、ここはもう日本じゃないんだぞっ?」
「でも俺達は日本人だっ。なあユウっ、人として大事なことがあるだろっ? 昔のお前はあんなことをする奴じゃなかったっ、こうやって人に食って掛かったりもしなかったっ……どうしたんだよ急にっ……」
俺とライは互いに俯き、本心を吐露した。
「俺はただ……お前らに死んでほしくないだけだ。友達だから一緒に居たい……それだけなんだ。お前らが優秀で、俺が爆弾付きの凡人でっ……置いていかれると思ったからっ、だから強くなろうと必死にっ……」
「そんなのは俺達だって同じさっ、けどっ……俺にはお前が強さを求め過ぎて別のものを見失ってるように見えるんだよ。全部っ……全部シルヴィアさんのせいじゃないかっ……あの人のせいでお前はっ……!」
思わぬ返しに俺の中で時が止まった。
「は?」
お前は一体何を言っている? 今、何て言った?
つい出てしまった反応に加え、溢れ出る感情の赴くまま睨み付ける。
「俺の前でっ……ジル様を侮辱するんじゃねぇ! あの人は俺の師匠だ! 弱い俺を鍛えてくれてっ、何もかも教えてくれた恩人だっ! それをっ……!」
ビクンッと、マナミ、リュウ、その他の肩が跳ね上がったのがわかった。
動じてないのはライとアリスだけ。
「事実を言ったまでだ。俺は侮辱なんてしてない。あの人がお前を変えてしまった。シルヴィアさんこそ全ての元凶だ」
プツン……
と、頭の中で何かが切れるような音がした。
「お前っ……!」
ライの胸ぐらを掴み、片手で持ち上げる。
「何だよっ……!?」
対するライは俺の手首を掴み、無理やり下ろさせてくる。
「俺は目の前の現実の話をしているっ」
「俺だって現実を見てるだろうがっ」
まさに一触即発。
「ライ! そんな奴っ、やっちゃいなさい!」
「はぁ……男の子って……」
「ふ、二人共怖いですぅっ」
外野が騒ぐ中、マナミとリュウ、アリスだけは何も言わずに俺達のやり取りを見ていた。
俺達はというと、至近距離で睨み合いながらぐぐぐっ……と引かず。
「何が現実だっ、甘ったれた夢と理想をごっちゃにしやがって……反吐が出るっ!」
「この世界の人達は困ってるんだっ! 見殺しには出来ないだろ!」
「なら何処の誰が何に困ってるのか今すぐ言ってみろ! 魔族が戦争をしかけてきてる訳でもなく、魔王が世界征服や滅亡を目論んでる訳でもないこの世界でっ! 一体誰が困ってるってんだよっ!!」
今日一の怒号が出て自分でも驚き、そして、誰も何も言えないのを見て「ほらな」と小さく付け加える。
「何もわからないで何が勇者だ、何が『再生者』だ、何が現実を見てるだ。勝手な都合で召喚され、良いように丸め込まれて政治的道具に成り下がって……今後は戦争の道具にされるかもしれないってぇのに何で誰も疑問を持たない?」
どんなに言い繕ってもイクシアが自分本位に動く国だということは揺るがない。
それが現実だ。
ライもマナミも他の連中も馬鹿ばっかり。
まだマシに見えるトモヨさんだって、いざ事が起きれば役立たず。
「信じる前に疑えよ。自分の目で見て、耳で聞いて、感じてっ……そこまでして漸く考えられるんだろ? 思考が停止してるんだよお前らは……」
そう吐き捨て、ライから手を離し、何秒が経った頃か。
「お前に……お前に何がわかる」
我らが勇者様は静かな怒りと共に言ってきた。
「勇者や『再生者』としての責務や重責を知らないくせに……一人だけ修行に明け暮れて、表舞台に出ようともしない。お前は何回城のパーティーに出席した? マナーは知ってるか? 社交ダンスは? 貴族や国の重鎮の名前と顔は全部言えるのか?」
下らない質問だった。
「それこそお前が望んだことだろ。良かったな? 王女……今は女王か。マリー様も勇者が何でもしてくれてさぞ嬉しいだろうさ」
俺にとってジル様への侮辱が地雷なように。
ライにはイクシアの新女王のことが怒りのスイッチだったらしい。
「彼女の悩みの種がよく言うッ! あの子は親を目の前で殺されたんだぞ!? お前の師匠は人殺しだっ! 弟子のお前も人殺し! 俺は大罪を犯して平然としていられるお前達が許せないっ!」
轟ッ!
と、吹き荒れるは《光魔法》の波動。
勇者の中でも選ばれた者しか使えないという特有の力は正反対の力を持つ俺には毒以外の何でもない。
その独特の魔力は一瞬で俺にありとあらゆる不調を与えた。
頭痛、吐き気、悪寒に震え。
目まで痛いし、息が詰まって呼吸も儘ならない。
「っ、くっ……!?」
「わっ、ら、ライっ!? ちょっと!」
「この力は……?」
「ひ、《光魔法》……ですぅ……」
「ん? 何だこの魔力?」
「っ……ライ君落ち着いてっ、ユウ君がっ!」
「やばっ、ユウっ、大丈夫っ!?」
「主様っ!」
《光魔法》も《闇魔法》も、それらを持たない人々は妙な違和感や高揚感、嫌悪感を覚えるという。
ライから放たれたものがただの魔力じゃないことを悟った皆は一様に驚き、リュウとマナミ、アカリの三人は俺が膝を突いたことで盾になるようにして前に出てくれた。
しかし、部屋中に『光』の魔力が充満したせいで効果は無い。
ならば……と。
俺は対抗するように『闇』の魔力で自身の身を覆った。
「ぐっ、ぐぎっ……がぁっ……!」
ジル様との訓練のお陰で《狂化》を同時発動することもなく、また、襲い掛かってくる『負』の感情に飲まれることもない。
ライ達に対する怒りをトリガーにしたせいか、いつも以上の力の奔流を感じたが、何とか耐えきった。
『光』の魔力に晒される中、ゆっくりと立ち上がる。
「「「「「っ!?」」」」」
マナミ達の反応は《光魔法》の波動を感じた時より顕著だった。
全員が一斉に驚き、嫌そうに顔を歪め、サッと一歩下がる。
そんなことなど歯牙にも掛けず、逆に一歩踏み出した俺と今にも剣を抜きそうなライの間に割って入ってきたのはアリス。
「はいはいどうどう~。落ち着けーお前らー? 男だろ? 喧嘩だろ? なら外でしな。冒険者ギルドに訓練場があっからよ。そこで存分に自分をぶつけんだ。そうすりゃ多少はスッキリすんだろ?」
この場において最も経験豊富で最も強いであろう彼女は踏切のバーのように腕を下ろして前に出ると、俺達に両手を向けてそう告げた。
「別に今この場でやっても良いけどよ、全員ボコして憲兵に突き出すぜ?」
闘志。
殺気とはまるで違う、強者が放つオーラのようなものに圧倒され、俺は「チッ……」と舌打ちしながら怒りを収め、ライはバツが悪そうに『光』の魔力を消す。
こいつが本気を出せば俺達なんか一捻りだ。
ライもそれを悟ったからこそ引っ込めた。
いや、わからせられた。
相手は二十年選手に届きそうな転生者。間違っても俺らみたいなひよっこが勝てる奴じゃない。
そして、その提案を是非も無しと思ったからこそ互いに頷いて見せる。
「賛成だ。その甘ったれと腑抜けた根性、俺が叩き直してやる」
「言ってろ。俺はお前の勘違いを正す。勇者として今のお前を認める訳にはいかない」
最強の修復チート持ちのマナミも居る。
即死さえ気を付ければ何をしたって問題はない。
意見が食い違えば決闘。何かを奪い合う時も決闘。
それが冒険者。兵や騎士でもそうする人間は一定数存在する。下手をすれば民間人もそうかもしれない。
イクスはそういう価値観の世界だ。
なあライ、マナミ。
こうして決闘することに何の疑問も抱かないくらいに、俺達はこっちに染まってるんだぞ。見ろ、誰も止めようとしない。
こちらの人間であるアカリがうんうん頷いてるのは兎も角として、争い事が嫌いなリュウも、女共も「そうするしかないよね」みたいな雰囲気でいる。
殺人という一線が越えちゃいけないものだなんて価値観は向こうの世界……それも日本みたいな平和な国のものだろ。
何でそれがわからない……?
しわくちゃになった服を正しているライと心配そうに見つめてくるマナミを見て、俺は無性にやるせない気持ちを覚えていた。




