第40話 VS俺っ子転生者
「まっ、まままっ、待ったぁ!!」
決闘なのか喧嘩なのかよくわからない戦闘が始まって数秒。
アリスは二つの短剣を持った手で制止してきた。
「待ったは無しと……言ったろ!」
問答無用とばかりに手甲で殴り付け、回し蹴りを繰り出す。
当の本人は「うぎゃああああっ、目がっ、目がああぁっ!? は、鼻も辛いいぃっ!」等と悲鳴を上げて悶絶していた。
が、驚くことにパンチは軽く払われ、蹴りは間合いや速度を見もせずに把握したのか、数センチ規模のスウェーバックだけで回避。反撃こそしなかったものの、いとも簡単にいなされてしまった。
「うぉっ、あ、危ねぇってっ! 初っ端から目潰し道具なんて卑怯だぞ!」
猫のように軽やかな動きで後退を続け、こちらも追っているのにかなりの距離をとられる。
この速度……ステータスでもスキル構成でも劣っていると見た。まるで追い付ける気がしない。
「おいっ、何とか言えよ! それでも世界最強の弟子かっ!?」
ある程度離れて以降はその場で転がって目を擦り、鼻を啜りともがき苦しみながら、ずびしっしてくる少女を見ると流石に心が痛む。
「いやまあ……まさか開始早々飛び込んでくるとは思わなかったら暴発したんだよ」
言い訳しつつ、俺の周辺で舞っている香辛料を『風』の属性魔法で散らす。
何が起こったかを簡単に説明すると、俺が様子見で目潰しアイテムを取り出す→アリス突撃→驚いた俺がアイテムを暴発させて思った以上に飛び散る→突撃してきたアリスが凄まじい勢いでそれらを目や鼻で受け止め悶絶→「待った!」の流れになる。
使ったのは適当にその辺の店で買ったものなんだけど……いや、如何にもな香辛料が売ってたらそりゃ目潰しに使えるなって思うじゃん?
「思わねぇよ」
「……何で僕達を見るわけ?」
「何を求めてるのさ」
ジル様には速攻で否定され、リュウ達には「えぇ……」みたいな顔で見られた。解せぬ。
「ぐあああぁっ……! 目も痛いし、鼻も痛いし、口も辛くなってきっ……ごほっ、ごほっ! おえぇぇっ……!?」
あまりの辛味成分に涙を流しながら咳き込み、今にも吐きそうな声まで漏らしている。
「仕方がないな……三分間待ってやる」
「…………」
小ネタを挟んだらめっちゃ睨まれた。
「よし! アリス様の完全復活だぶっ殺ーすっ!」
「とうとう隠す気も無くなったな」
「そうだそうだーそんな卑怯者なんか殺っちまえー」
「何でこの人は弟子の相手を応援してんの……?」
「ていうか殺すとか殺るとか物騒なんだよなーこの二人」
三者三様ならぬ四者四様。
それぞれ好き勝手に喚いているのを横目に、再度構える。
「おいちょっと待て」
待ったが掛かった。
「あのなぁ……今度は何だよ?」
コケそうになるのを何とか堪えながら訊くと、またまたずびしっと指を差される。
「いや、道具無しっつったろ。何普通に始めようとしてんだ。お前みたいに咄嗟に何かする奴は危なくなったら平気で使ってくるタイプだかんな。騙されねぇぞ?」
割りとマジのツッコミだった。
実際、本来は待った無しなんだから普通に使おうと思ってたし。
「ふんっ……ったく油断も隙もありゃあしねぇ……」
とか何とか、二言ありまくりの転生者をジト目で見ながら懐やら袖やら腰、脹ら脛の裏等々色んなところからアイテムを取り外していく。
先ずはさっき使った袋の砂バージョンに同じ香辛料のやつ、巨蟲大森林に居たデカい蛾から採れる毒粉バージョン、魔力を込めると光るライトみたいな魔道具と音が鳴る魔道具、対人用に作ってもらった撒きびし、回復薬の代わりに毒を垂らしてある瓶。後は……
「いや多い多いっ! 多いよっ!? どんだけ持ってんだよ! つぅかどんだけ汚い戦い方に幅があるんだよっ!?」
アホだからボケ担当かと思いきや、存外にもツッコミまで出来るらしい。有能だ。
取り敢えず笑顔で親指を立てておいた。
「何今のっ!? 何かムカつくんですけど!?」
怒りで剥かれた目は未だに血走っているが、本人曰く完全復活しているそうなので改めて手甲を構える。
「はぁ……やっと真面目にやる気になったか」
アリスはぶつくさ言いながらも半身になり、左手を前、右手を後ろに短剣使い独自の構え方で応えた。
いつでも飛び出せるようなポージング。
肉食動物が機を狙うかのような鋭い目付きと小さな挙動で俺の出方を窺っている。
《縮地》持ちは確定。二刀流でも戦闘スタイルは普通の短剣使いと変わらないことも確定……
となれば。
俺は先程とは打って変わって前に出た。
魔粒子で背中を押し、急激な推進力を得ての特攻。
「っ!? ただの弟子にしちゃあっ……!」
初見殺しに近い加速力も駈けている数秒で慣れる。
少しだけ驚いていた風のアリスはニヤリと笑うと、俺の拳を短剣で受け止めた。
ガキイィンッ……!
甲高い金属音がダンジョン内を反響する中、その反動で揃って弾かれる。
「パワーもそこそこっ……やるじゃん……!?」
「そりゃどう……もっ!」
向こうが地に足を付けてない内に魔粒子で再接近し、今度は左のストレートを放つが、軽く足裏で止められた。
体重や攻撃力の関係で流石に身体が浮いているが、その顔は涼しげ。何なら続くラッシュ攻撃もピョンピョンと跳び跳ね、首を反らし、弾き、スウェーバックで躱される。
それどころか右腕を掴んで膝蹴りまで返してきやがった。
「っ!?」
咄嗟に両胸と右腕から魔力を拡散することで瞬間的に後退。そのエネルギーで手放させられた為、何とか無傷で済ませられた。
「おぉっ?」
「っ、強い……!」
蹴りと風圧の勢いだけで空中一回転し、見事着地して見せるベテラン冒険者に思わず唸る。
ジル様と同じだ。
攻撃も防御も回避も移動も……全部が全部、次の動きに対応出来るような体勢、重心、加減で動きやがる。
対人戦闘に慣れている動きだ。魔物としか戦ってない奴にはこういう隙のない可動は出来ない。
「ひゅ~っ、狡いことしなくても中々パワフルじゃん? 男なら最初から真正面で来いよなー、このもやし野郎がっ」
回し蹴りは寸でのところで躱され、ならばと体当たりを仕掛けても闘牛士のように避けられる。
「ちぃっ……!」
ここまで動けるなら……
俺はスッと目を細めると、手甲から爪を射出。魔力を込めて爪斬撃を飛ばした。
「うおっ!? 拳闘士系じゃねぇのかよっ……!?」
初見殺しの三つの斬撃は目を見開きながらの縦一閃で掻き消されてしまった。
動作と顔的に、ビックリして咄嗟に斬り払っただけ。
何ともムカつく奴だ。
一先ずそのまま一歩踏み出し、もう片方の腕から斬撃を繰り出しつつ接近する。
「ハハッ、ただのガントレットとは思ってなかったが……爪か! 良いねぇっ、楽しくなってきた!」
殴り付け攻撃から六つの刀身による斬り付けに変わったというのに、アリスは如何にも戦闘狂らしく口角を上げ、両手の短剣を逆手に持ち変えた。
「女の子に向かってその顔はねぇだろっ? 怖いぜ?」
そんなこと全く思ってなさそうなニヤつき顔でガードされ、あまつさえギリギリと火花を散らして鍔迫り合いになる。
「くっ……!」
「お前、師匠以外の奴と戦ったことないな? それか雑魚しか相手にしたことないだろ……!」
足腰に力を入れて踏ん張り、押し込もうと震えてくる腕に渇を入れている俺に対し、向こうは平然としていた。どこまで余裕なのか、痛いところを突いてくる始末だ。
「そう何度も強い奴と会えるか、よっ……!」
「ハッ、そりゃそうだっ!」
敢えて左腕の力を抜き、体勢を崩させてのゼロ距離爪斬撃は跳び箱でもするかのような曲芸師みたいな挙動でヒョイっと躱されてしまった。
あの頑丈さ……短剣は二本とも魔剣だ。間違いない。
とはいえ、あまり距離をとられるのも……。
そう思った次の瞬間だった。
「遅い」
跳び跳ねて下がっていたアリスがいつの間にか目の前に居た。
既に右足を振りかぶっており、今にも首が飛びそうな威力の蹴りを溜めている。
「避けろよ?」
その笑みは何処ぞの誰かさんそっくりで。
だからこそ俺は直感に従って額から魔粒子を放出し、地面に滑り倒れる形で回避に成功した。
ブォンッ! と背筋に冷たいものが走る音が頭部スレスレから聞こえ、殺す気かと抗議しかけた直後、更なる猛攻が俺を襲う。
まるで独楽。
残像すら見える速度でくるくると回転するアリスの手からは相変わらず短剣が握られている。
回転しながら《縮地》で突撃してくるというある意味神業的攻撃は盾代わりにした手甲によって弾かれ、チェーンソーと金属板が当たったようなとんでもない音と火花を撒き散らした。
その衝撃で弾かれた俺は変な体勢になっていたこともあって吹き飛ばされ、ダンジョンの壁にめり込む。
「ぐはっ……!?」
痛みと衝撃、どちらか……いや、両方の影響か。
目の奥がチカチカする。
肺から必要な空気が強制的に吐き出され、ずるずると地面に落っこちた。
そうして危うく意識を飛ばしそうになっていたところに、奴の蹴りが迫ってくる。
「くぅっ!」
生存本能が働いたのか、勝手に避けてくれたのは良いが、転がって躱すのはどうなんだろう。
ダメージのせいで無様にも顔面から転倒してしまった。砂まみれだ。
「おうおうどうした世界最強の弟子ぃ! 情けないなぁっ!?」
流石に高笑いされるのはムカつくので転がりながらランダムに爪斬撃を飛ばす。
「雑雑雑ぅっ!」
俺の遠距離攻撃はそんなセリフと共に短剣で全て弾かれてしまった。
続けて、今度はただ突っ込んでくるのではなく、天井や壁で《縮地》を使って何度も弾みを付けてまで攻撃してくる。
しかも真っ直ぐ来るかと思えば《空歩》で急転換するから目で追うこともまともに出来やしない。
幸いなのは近距離の攻撃法しか持ち合わせていないこと。
接近戦なら魔粒子で対処出来る。いや、出来てないが。
「うほっ、マ○リックス回避っ!? 柔軟も良しか! 少しずつ無駄な動きも無くなってきてるしっ……鍛えられてんなぁお前っ!」
地面、壁、天井を蹴って四方から肉薄してくる怪物に褒められても全く嬉しくない。
というか言葉を返す余裕がない。
どんな平衡感覚をしていれば回転斬りや壁蹴り天井蹴りが出来ると言うのか。
恐らくは体重が軽いから威力を増す為に回転してるんだろうが……素のステータスが高い上にそれが底上げされていて、ガードする度に腕が千切れそうな衝撃が襲ってきやがる。
左右上下斜め背後と突撃角度は読めても、こっちだって本気で防いでるから疲労が蓄積する。
かといってこれ以上力を抜けばまた吹き飛ばされる。
その場に留まる為、あるいは回避の為に魔粒子もかなり使っている。魔力残量まで心許なくなってきた。
「っ……! っ……!? ぐぅっ……!」
「体力も上々っ……道具有りなら俺よか強いかもな!」
根がお喋りなんだろう。
態々、足を止めて打ち合いに来てくれた。
逆手で振り下ろされた短剣を左腕の手甲で防御し、お返しで右の爪を振るおうとするものの、振るいきる前に反対の短剣をぶつけられて静止する。
力、速度、体力の全てにおいて勝てない。
アリスもそれがわかっているからか、ニヤニヤと下品な顔を崩さないまま再度短剣を突き付けてきた。
ただの突きだというのに腕が痺れて対処が遅れた。
魔粒子で後退を……。
そう思い掛けた刹那、ガッと右腕を何かに引っ張られた。
見ればアリスにがっしりと掴まれている。
い、いつの間にっ……!? ダメだっ、防御も回避も間に合わないっ!
そんな弱気の思考が漏れた。
しかし。
だったら……!
と、逆転の発想で魔粒子として放とうとしていた魔力に『風』と『火』の属性を付与。強い熱風にしてアリスにぶつけてやった。
「ふぎゃぁっ!? あっつぁっ!!?」
紫髪の小柄な少女改めジル様とよく似た化け物は唐突な熱エネルギーに思わずといった様子で跳び跳ね、《縮地》を使ってまで退いてくれた。
「熱っ……あっつぅ……!? い、今のっ、魔法だな!? そうかっ……異世界人は無詠唱で属性魔法が使えるとかって……チッ、忘れてたぜ……!」
俺の魔法の素質の無さ故に助かったことを悟ったらしい。
深呼吸して油断や傲慢さを抜いていく。
対する俺もこれ以上の時間は掛けられないと意識を集中させる。
黙っていれば確かに美少女。しかし、その中身は言動からして多分、男。リアルTS野郎だ。
だから……
向こうの世界出身だから完全にこっちの世界に慣れてない分、殺気や闘気が分かりやすい。
ジル様みたいに強弱や向き、いきなり消したりとかの自由は利かない。
それでは攻撃の仕方、方向を予告しているようなものだ。
どんなに無駄な動きを削ぎ落とし、高いステータスを身に付けようと予測が出来る戦い方は本当の意味で強いとは言えない。
恐らく今まで殺気に触れる機会がなかったんだろう。
殺気単体で言えば俺の方が経験がある。飛ばし方も使い方も嫌というほど味わって多少は理解している。
そこに勝機がある。
確信を持って覚悟を決めていると、向こうも新たな戦法で行くことにしたようだった。
「俺の短剣ちゃんはちょいと特殊な魔剣でな。こっちの青い剣は……」
そう言って構えた短剣から徐々に水滴が垂れ始める。
刀身が濡れ、ポタポタと垂れていく内に刀身全体が水で覆われる。
魔力を感じず、代わりに別の何かで代用しているような妙な感覚こそ気になったが、直ぐに思考の彼方へ飛び去った。
何故ならアリスがその短剣を思いきり振ったから。
短剣を覆うほど水量。
それを真っ直ぐ俺に向けて振るう。
その答えは水で出来た高圧のカッター。
「いぃっ!? クレイジーなダイヤモンドかお前はっ!」
今日一の速度で迫る、当たり所によっては死ぬレベルのそれをダッキングで躱し、水圧カッターを隠れ蓑に迫ってきたアリスから大ジャンプで逃げる。
攻撃法こそ似ているだけで俺の爪とは違って連発は出来ないらしく、水による追撃はなかった。
……空中に逃げたのは失敗だったな。
壁を蹴って近付いてくる奴の姿を見て強くそう思った。
再び熱風を放ってみたが、もう片方の短剣は風を起こせるようで普通に払われた。
「往生際が悪いぜ堪忍しなっ!」
「うん観念なっ!? 力が抜けるわ!」
諦めて空中接近戦に応じる。
初手は横回転の独楽斬り攻撃。魔粒子と『風』で起こした推進力と爆風で自身の身体を吹き飛ばして躱す。
更に浮いてしまった俺、再度反対側の壁を蹴り、身体を横にしながら回転蹴りを繰り出してくるアリス。
素直に両腕でガードすると、俺の身体は車に轢かれたみたいに一瞬で弾かれ、吹き飛んだ。
「ぐ、ぇっ!?」
ぐるぐる回る視界に混乱している内に、気付けば地面を目指した落下コースに入っている。
「ふっ……フハッ……!」
何故か笑ってしまった。
「楽しくなってきた……!」
ワクワクが止まらない。
「フハハハッ、あぁ……! 楽しくなってきた! 昂るってのはこういうのは言うんだよなあッ!? オイィィッ! フハッ、フハハハハハッ!」
ズダァンッ……! と、地面を揺らし、足がめり込むほどの速度と威力で着地した直後、《空歩》で追ってきているアリスと目があった。
《縮地》は直進的過ぎて不適切と判断したらしい。
良い判断だ。それならそれで別のやり方はあったが、こっちの方が助かる。やりやすい。
内心で僅かに喜んだ俺は今の俺に出せる最大の殺気をぶつけながら迎え撃つようにしゃがんで見せた。
「うわああっ!?」
「ひぃっ!?」
遠くでリュウ達の悲鳴が聞こえる。
それくらいの殺気。
要はブラフだ。
ヤバい、何か来る、特攻するつもりか。
そんな思考を誘った。
《空歩》は確かに強力だが、連続して使えないという弱点を持つ。
トドメを刺したいのはわかる。が、失敗だったなアリス。
《空歩》を連続使用出来ない今この瞬間だけはさっきの俺と同じ隙だらけの状態。
俺は飛ばした殺気とはワンテンポ遅れて跳び跳ねた。
「っ!? テメっ、器用なっ……!?」
なんて驚いている自称美少女様に向かって右の爪を振りかぶり、再度最大の殺気を向けた。
「分かりやすいんだよっ、ド素人がっ!」
真剣であればそれが遺言になったことだろう。
アリスは爪に短剣で応えようとした。
つまり、腹ががら空きになった。
俺はそこに爪を収納した左の手甲を伸ばした。
威力も殺気もない、何なら当てる気すらない一撃。
にも拘わらず、二度の殺気に気を取られたアリスは想定外の攻撃に反応出来ず、突撃の勢いそのままに受けてしまった。
隠れ蓑、隠れ蓑、からの本命攻撃だ。殺気に慣れてないからこそ引っ掛かると思った。
「がっ……はぁっ……!!?」
腹にめり込み、背中から突き破らんばかりのボディブローにアリスは空気と涎を吐き出して悶絶。「っしゃああああっ! 一本っ……取ったぁっ!」と叫ぶ俺の横を落ちていった。




