第39話 転生者
ライのパーティにミサキさんらが加わり、初心者用ダンジョンを制覇した。
そんな噂がここ、上級者用ダンジョン2層にまで届いた。
時折すれ違う冒険者達との交流で得られる情報はそれだけに留まらず、イケメン(笑)と早瀬が別の入り口から入った、地竜騒ぎの件が落ち着いた、何やら有名な冒険者が来ているらしい、等々。
ショウの固有スキルもあって物資と外の情報の交換という常識外れのやり取りでも、俺達は全く痛手もなく外部の状況を知ることが出来る。
繋がりはなくとも情報さえ入れば屋敷に戻る必要もない。装備が壊れればやはり【等価交換】で何とかなる。
その為、俺達は決行な時間をダンジョン攻略兼武者修行に割いていた。
「ふっ、ふっ……! っらああぁっ!」
俺に出せる最大速度で右へ左へと動いて撹乱し、射程距離に入れば岩や鋼鉄をも切り裂く鉤爪を振るう。
そうして三~五メートルほどの岩石製人型魔物ゴーレムを幾つかの断片に分けてやった直後、背後からもう一匹が猛然と、しかし、無音で襲い掛かってきた。
が、その間に飛び出る影が一つ。
人間とはまるで違う質量の拳は果たして突如現れたミスリル製の盾によって防がれ、ガアァンッ! と耳をつんざく音が木霊した。
遅れて、乾いた発砲音が続く。
「硬いねっ、ゼロ距離でもダメか!」
盾の脇からの銃撃はゴーレムの大きく仰け反らせたものの、ダメージは見られない。
リュウはならばと叫んだ。
「ショウさんっ!」
「あいよ!」
普段はショットガンなどで援護しているショウさんだが、一度呼び掛けられれば、自前の能力で前衛である俺達の位置を瞬時に入れ替える。
俺の位置に俺と同じ体勢になったリュウが、当の本人はその逆の形で隙を晒したゴーレムの前に瞬間移動。
「ふんぬっ! ……うおっ!? まだ居るのかっ!」
爪を収納し、代わりに正拳突きの要領で繰り出した右ストレートでゴーレムの胴体を破砕したところ、天井から飛び掛かってきた蛇魔物ケイヴサーペントの巨体にビビって変な声が出た。
即座に魔力の粒子を放出。身体を高速回転させ、今まさに散ろうとしていたゴーレムの破片を蹴り飛ばすことで牽制すると、大して効いてない風の蛇に「油断大敵だっ、互いになっ」と言ってトドメの一撃……即ち爪を出しての『風』の斬撃ならぬ爪斬撃をお見舞いしてやった。
「ふーっ……」
一息吐き、それでも残心していた俺の横で空間が歪む。
透明な何かが動いたような不可思議な光景だ。
巨大アナコンダが子供に見えるほど大きい蛇魔物が頭部から胴体の半ばまでを細切れにされて霧散していくその目と鼻の先で、俺は再度爪斬撃を放った。
飛ぶ斬撃が三つ、ダンジョンの壁に当たって弾け、軽く地面が揺れる。
一見何もないように見えた。
リュウもショウさんも油断なく銃を構えているが、空間の歪みに気付かなかったのか、怪訝そうな顔をしていた。
二人の顔は直ぐ様引き攣ることになる。
何故ならその壁の前に人と同等の身丈ほどもあるカメレオンのような魔物が現れたから。
その魔物は既に頭部を地面に落としており、力なく倒れていた。
それでも他の魔物のように霧散はしていない。
「演技派な魔物だな。ダンジョンの霧散システムがなけりゃあ良い初見殺しになるだろうに」
呆れながらポツリと呟き、もう一撃。巨大カメレオンは今度こそ消失した。
「……終わり、みたいだね」
「お、お疲れ様……」
誰よりも動いていた俺よりも更に疲れたような顔の二人に苦笑しつつ、マジックバッグから取り出した水筒で水分を補給する。
俺達の後ろでは相変わらず腕を組んでいるジル様がおり、何ともまあ仏頂面でこちらを見ていた。
俺達が苦戦しなくなってきてつまらないんだろう。
「んじゃ、そろそろ3層に入るとしますか」
最後の確認は終わった。
さっさと次に進みたかった俺は首をパキパキ慣らし、腕を回しながら言った。
「3層の魔物は確か……シャドウウルフとかシャドウオーガとかちょっと強化されて全体的に黒くなったシャドウ系魔物が主体だっけ。さっきのカメレオンみたいなのも勿論居るだろうけどさ」
3層と言えば……と、ショウさんがそのような話題を出す。
予習しておいて悪いことはないとばかりに口を開こうとした次の瞬間だった。
「っ……!? 二人共っ、誰か来る! 凄い速度だっ……! 強さもユウより上かもっ」
リュウがいつになく真剣な表情で告げてきた。
誰か……つまりは感知スキルに引っ掛かった冒険者。それも敢えて気配を殺さずに接近してきているということは俺達に用があるということ。
冒険者同士のいざこざは基本的にご法度。
しかし、ここは死者多数行方不明当たり前のダンジョンである。
当然、良からぬことを企む冒険者も居る。
速度的に逃れられず、ジル様も何も言わない。
となれば……
「二人共、銃を隠してくれ。戦うとしたら俺だ。援護も要らん」
ま、戦うんならこんな露骨な接近はしないだろうけど……とは思いつつ、来訪者を待つ。
一分、二分……三分までは経たない頃。
タッタッタッタ! と軽快なステップで現れたのは淡い紫色の髪を短く切り揃えた少女だった。
冒険者らしく防具は身に付けているが、半袖短パンに胸当てやガントレットとかなりの軽装。目にも止まらぬ速さで駆けてきたにも関わらず、息一つ乱していない。
先ず間違いなく相当な体力持ち。
そして、俺達を認識したらある程度の距離でピタリと静止した。
敵意は感じられない。
が、用があるのは確実。値踏みするような視線が強い。
雰囲気としては……ジル様のような勝ち気な性格を感じさせる力強い眼力が目立つか。
それと、全身から迸っているオーラのような雰囲気と堂々たる佇まい。
身体つきは華奢でも、今の俺達より格上の相手であることが容易にわかる。
ずびしっとジル様に指を向けて叫んだ。
「世界最強の剣聖シルヴィア! ここで会ったが何とやらだ! その称号は俺様がいただくぜっ!」
まあそこまでは良かった。
俺っ子かい、とか色々ツッコミたいことはあったけど、それよりは「おや、知り合い? まさか……ライバル?」といった思いの方が強かった。
そうして目を向けたところ、我が師は真顔で返した。
「誰だお前」
普通に知らない人だったらしい。
俺達は一様にズッコケそうになった。
「いや初対面かい」
「なのに会ったがどうたらとか言ってるのかこの人」
「ていうかキャラ被ってるよね」
何やねんとジト目を返すが、少女は気にせず続ける。
「おうおうおうおうっ、『女好き』に『女漁り』、『女浚い』……この二つ名を持つ美少女冒険者様の噂はこの辺にだってちったぁ知れ渡ってるだろがい!」
「初めて聞いたが。なあ?」
「ですね。そしてその三つは果たして二つ名なのか。後、何でこの世界の女は揃って美少女を自称するんだ」
「ただのナンパ野郎じゃん。あ、いや、女の子だけど」
「濃いなぁ……最後のに関しては一体何をやらかしたんだか」
歌舞伎役者のようにデデンッとポーズをキメ顔でしている辺り、本人は大真面目なんだろう。
よく見ればジル様の双剣とそっくりな、鮮やかな青と薄い緑色の光沢を持つ短剣を腰に差している。
顔の方も可愛い系の顔立ちをしているジル様、可愛いけど成長途中の美女系の少女と口調や態度、武装と相まって非常に強い既視感があった。
「……ジル様のファンっすかね」
「オレは基本的に街に入らんぞ」
「それ入れないの間違いじゃ……すいませんすいませんマジですいません抜剣は洒落にならなぎゃあああっ!? 髪がっ!? 裂けた裂けたっ、危うく今頭皮まで裂けるところだったぞ危ねぇなぁっ!?」
ここは一つボケ返さんといけんとコントを噛ましたところ、今度は少女の方がポカーンとする。
しかし、髪を十数本切られてぎゃあぎゃあと騒ぎながら地面を転がり回っている間、少女と目が合ったことに気付いた。
人間なのに猫の目そっくりな不思議な瞳がかなり大きく見開かれていて、顔は驚愕一色に染まっている。
「ん?」
「っ……」
首を傾げて注目したらバッと顔を背けられた。
その流れでリュウやショウさんの顔もまじまじと見ていく。
最終的には「えぇ……? な、何で……? 日本人のバーゲンセールかよ……」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「…………」
思わず細目&ジト目になってしまう。
「……な、何だよっ!? 惚れたか!? はんっ、俺は美少女だからな!」
誤魔化すようにあせあせキョロキョロと挙動不審になる少女。
内心、「こいつまさか……?」と思いつつも、俺は目的を問うた。
「言ったろ! 下克上だ!」
再びずびしっ。
「言ってないし、下克上の使い方間違ってんだろ」
「え、あれ? そうだっけ? あ、いやいや……兎に角、世界最強はこの俺アリスっ……じゃないっ、アレン様だってんだよっ!!」
俺のツッコミに素で首を傾げ、真面目に考えようとして三度目のずびしっを決行する。
「……アホのアリスなんて聞いたことねぇな」
「アホアリスか……」
「これは確かにアホアリス」
「アレンは偽名でアホアリスが本名と」
ユウだけでなく、他の三人も同様の感想を抱いた。
「アホ言うなっ! 誰だって偽名くらい使うだろ!」
「使わないだろ、ステータスで確認されんだから。隠す奴は大抵犯罪者だ犯罪者」
「犯罪者じゃなっ……いとも言えないけど! テメェっ、さっきからおちょくってんのか!?」
咄嗟に言い返そうとしていたが、何やら思い当たる節があるらしい。
口ごもって逆ギレしてきた。
怒りのあまり、標的をジル様から俺に変え、少女らしい小顔を少女らしからぬ般若顔へと変えてずんずんと近付いてくる。
「最初から気に食わなかったんだよガン飛ばしやがってっ、こののっぽが!」
「目付きが悪いのは元来だ失礼な奴め」
「いやだから使い方間違ってるって。悪口じゃないしそれ」
「がっしりしてるし、少なくとも細身ではないでしょ」
とことんズレている女だ。
とはいえ、揃って虚仮にされるのも癪なんだろう。
とうとう胸ぐらを掴まれてしまった。
「ちょっ、おい強引だなっ!?」
そう抗議こそすれ、足が浮くほどの腕力に目を剥く。
抵抗しようと手首を掴むが、びくともしない。
今の俺のステータスは中堅どころと良い勝負が出来るくらい。その俺が離せない?
少なくとも、この女は冒険者の中でも上位に食い込む強者であることが確定した。
「お前が噂の弟子だろ。世界最強の弟子は世界最恐の輩だって聞いたぜ」
何とも不名誉な噂である。
というか、それ以上に鼻と鼻がくっ付きそうなほど密着されたことに震える。
何処の不良だお前は。
「おっしゃっ、本丸の前に前哨戦だ! 先ずはテメェはボコす!」
「そいつぁ妙案だ。そうだそうだ、やったれやったれ」
「何がおっしゃだ。後、何であんたまで賛同してんだコラ」
決定事項のように言われた上、ジル様までポンッと手を叩いて乗っかってきた。
流れ的に余計な戦闘の確定を悟り、密かに脱力する。
そうこうしている内に少女が乱暴に突き放してきたので、軽くよろけながら服を正し、その間にジル様が殺気を放って付近の魔物や冒険者を払っていく。
俺は溜め息混じりにリュウとショウに離れるよう指示。「対人戦闘は久しぶりだな……」と屈伸をして身体を伸ばした。
あーやだやだ、戦闘狂ってのはこれだから……
「ルールは……魔法、スキル、武器、道具、何でもありの一本勝負で基本は寸止め。待った無しの降参有りってとこか?」
審判として間に立ったジル様の質問。
「異議なし! ぶっ殺す!」
「了解っす。殺さんでくれ」
答えながら「血気盛ん過ぎる……」と距離を取り、改めて対峙する。
「んじゃ……ジル様が弟子、黒堂優……行かせてもらう」
「ふーん、黒堂……優、ね。……確実だな」
名乗りに対する反応で確信した。
翻訳スキルを介しているとはいえ、綺麗なイントネーションで俺の名を復唱しやがった。
この女は俺達と同じ異物だ。
明らかに日本人を知っているような言動とこちらの人間の容姿……十中八九転生者の類い。
本や伝承にも転生者っぽい人間の情報はあった。
しかし、召喚者と転生者が……それも恐らくは同じ日本人が異世界で出会う可能性なんてどれだけ低いか。
さっきのやり取りといい、侮れないな。
「ま……お手並み拝見と行こうか、先輩?」
ジル様とは別枠、別種の強者となれば俺としても面白く感じざるを得ない。
俺は小さくそう呟くと、手甲を構えるのだった。




