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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第1章 召喚編
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第38話 過去


「クソっ、クソクソクソぉっ! 何でっ……何でだっ!? どうして皆僕を責めるっ!?」


 勇者一行に宛がわれた高級宿屋の一部屋にて、イサムの怒号と暴れる音が響き渡る。


 壁には穴が開き、椅子や机は無惨にも砕け散り、破れた枕はその中身を床に撒いている。


「ミサキもトモヨもっ……シズカまでパーティを抜けるっ……!? 勝手な真似ばかりっ……! 何がもう信用出来ないだ! 何が悪目立ちは避けたいだ! 何がっ……貴方は変わってしまっただあああっ!!」


 先日の地竜騒ぎに関する数々の行動について責任を追及された彼は怒りに震えていた。


 女性陣がパーティの脱退を申し出た際も似たような言動をしてしまった為、話し合いの余地無しと問答無用で出ていかれるという結果に。


 本人にとっては理不尽極まりない仕打ち。その怒りは凄まじく、八つ当たりされた部屋は酷い有り様だった。


「ぼ、僕は勇者だぞ……!? 勇者は絶対だろっ……国の支援を一身に受け、魔王を討伐する英雄っ……ヒーローは偉くなきゃいけない! なのに何で誰も僕をわかろうとしないんだっ!」


 衝動に身を任せた拳が窓際に飾られていた花瓶を破壊し、破片が壁に当たって跳ね返る。


「いつもそうだっ……僕はいつだって除け者っ……漸くイナミ君に会えたのにっ! 漸くイナミ君と一緒になれたのにっ!」


 彼には学生時代、虐められていた過去があった。


 優れた容姿に頭脳、運動神経。特にこれといった勉強をするのでもなく、授業を聞いているだけで成績はトップクラス。運動に興味がないのに誰よりも動け、誰よりも反射神経が良かった。


 問題は似たようなスペックを誇るライとは違い、中学まで華奢な身体付きをしていたこと。


 それは一重に環境の差。


 ライの場合、両親までハイスペック。要するに恵まれており、イサムの場合は真逆。虐待をするような親ではなかったものの、子供にあまり興味を持てない類いの人間だった。


 故に自信は消失し、卑屈な性格となり、食欲も薄くなっていった為に成長が遅れた。


 にも関わらず、突然変異的に何でも出来る彼は年頃の子供にとって格好の餌食だったのだろう。


 自分達より身長も低ければ女子と見間違うほど細い身。日焼けを知らなそうな白い肌は本人が陰キャ気質で外に出ない性格を表していた。


 転機が訪れたのは召喚の二年前。


 学校で私物を隠され、教科書を捨てられ、裸足で帰路についていた時のこと。


 彼は後ろに付いて回る同級生達に要らぬことを言ってしまった。


「い、痛いっ、痛いよ! 何で蹴るのさ!?」

「お前生意気なんだよ!」

「部活を頑張ってる連中に向かって何のために毎日練習してるのか訊いたらしいじゃないか!」

「何やっても大会で勝てないんなら向いてないから辞めた方が良いとか余計なことばかり言いやがって!」

「お前に出来ることが誰でも出来ると思うなよ!」


 四人ほどのクラスメートに囲まれ、殴られ、蹴られ、散々な目に遭った。


「だ、だって出来るんだからしょうがないじゃないか! 出来ないのは君達の努力が足りないからだろっ? 自分の努力不足を何で人に当たるんだよっ!」


 イサムにとってはそれが事実であり、真実。


 結果が出せないのは素質がないか、努力が足りていない証拠。


「お、お前なぁっ! 幾ら天才だからってっ、言って良い言葉と悪い言葉があるだろっ!」


 額に青筋を浮かべたクラスメートの一人が再び拳を振り上げたその時。


「止めろッ!」


 と、彼等とは別の制服を着た茶髪の少年が割って入ってきた。


 顔立ちや服装、雰囲気からして明らかに同年代。


 その隣には同様の格好をしながらも同年代とは思えないほど目つきの悪い黒髪の少年も居る。


「一人を大人数で虐めるなんて恥ずかしくないのか!」

「……俺は自業自得な気がするけどなぁ」

「なっ……優っ!? お前こいつらの味方するのかよ!」

「別に味方はしないけどさ……話聞くとどっちもどっちだろ」


 少年らは制止してきたのに喧嘩を始めてしまった。


 クラスメートも「何だこいつら?」と困惑の表情。


 斯く言うイサムもまたポカーンと突如現れた少年達に釘付けだった。


「確かに彼にも悪いところはあるんだろうけど……だ、だからって暴力はダメだろ!」

「はぁ……お前ってたまにとんでもないブーメラン投げるよな。ダブルでトマホークだよ、デカいだけじゃなく威力クソ(たけ)ぇよ」

「……? 何の話だよ」

「この前、襲われてる女の子を助ける為とはいえ、相手の男ボコボコにしたくせによく暴力はダメとか言えるよなって話」

「悪いことをしてる奴が居るのに止めないでどうすんだよ!」

「止めるにしたってやり方ってもんがあるだろうよ……」


 どうやら今の自分のような人間を助けて回るような性格らしいと察し、「えっと……喧嘩は止め……」なんて口を開き掛けたところ、目つきの悪い方が「あ~はいはい、へーへー、俺が悪ぅござんした。すいやせんねー」とヘラヘラしながら謝って少年達のやり取りは終わった。


 その後、茶髪の少年が改めて自分達に振り向き、ずびしと指で差してくる。


「おほんっ……兎に角! 君達も今の自分達を見てみろ! 一人をそうやって囲って! 人を虐める時点で最低なのに寄って集るなんて親の顔が見て見たいよ!」

「なっ……なんだよ、お前!」

「さっきから偉そうに!」

「そうだそうだ! 関係ないだろ!」

「他校の奴が話し掛けんじゃねぇよ!」


 そこからはもう殴り合い蹴り合いの喧嘩。


 茶髪の少年は四人を相手に一方的に勝って見せた。


 それどころか余裕の表情で説教を垂れる始末。


 ならばと一人が黒髪の方に向かっていったが、そっちはそっちで軽く足を掛けられて転倒。顔を打ち付けて鼻血を出し、悶絶していた。


「うはっ、痛そー……悪ぃな、俺は別にイジメさえ止めてくれりゃあ良かったんだけど、突っ込んで来るから……」


 明らかに喧嘩慣れしている動き。


 二人の少年は埒が明かないと思ったのか、あっという間にクラスメート達をのしてしまった。


「お前、言ってて恥ずかしくないの? 一緒に居る俺が恥ずかしいんだけど……」

「う、煩いなっ。お前は黙ってろってのっ」


 相変わらず口論をしつつ。


 呻き声を上げて地面に転がるクラスメート達に向かって茶髪の少年は言った。


「自分の胸に手を当てて考えてみろ。それで少しでも自分が悪かったかもと思ったなら自覚があるってことだ。その自覚に蓋をして悪いことをしてたってことだ。それだけは一番やっちゃいけない。今回は俺達も手ぇ出しちゃったけど、暴力だって本当は良くないんだ」


 隣の黒髪は呆れ顔で「どの口が言うんだよどの口が」等とツッコミを入れていたが、イサムの目には映らなかった。


 力だ。


 力さえあれば。


 舐められないくらい強くなれば今無様に這いつくばっているクラスメート達のように誰もがひれ伏してくれる。


 文句も言えなくなる。


 そんな歪んだ認知をしていた。


「正義を行えっ」

「止めろ止めろ、ゼ○かお前は。恥ずかしいっつってんだろ」

「煩いな、黙ってろよ良いとこなんだからっ。……まあ良い子ちゃんになれとまでは言わないけどさ。親や友達に胸を張れるようなことをしなよ。イジメなんてカッコ悪いだろ? 弱い奴を集団で威圧して……いや、ていうかやるならせめてタイマン張れ。君達は群れなきゃ何も出来ないのかい?」

「……それの何処が正義やねんっていうツッコミ待ちか? そもそもは虐める方が悪いだろ。虐められる方も何かしら問題はあるんじゃないかとも思うけども」


 黒髪の少年以外は口を閉ざしていた。


 四対一なら勝てると踏んでいたのに、別の一にやられてしまっては面目すらないとでも思っていたのだろう。


 だからこそイサムは茶髪の少年に憧れた。


「正義の……味方……!」


 強者こそ絶対。


 強者であることが正義。


 自分もこの人みたいになりたい。


 もっと強くなって、今の自分みたいな人を助けてあげたい。


 そう思った。


 結局、憧れの少年は満足したのか得意気に帰っていき、黒髪の相方もぶつくさ言いながら一緒に消えた。


 そこからイサムの人生は劇的に変わった。


 隣町のヒーロー気取りなコンビ少年の噂を聞けば聞くほど努力を重ね、成長期に相応しい食事をとり、順調に成果を出していった。


 それだけでなく、誰かが困っていれば進んで手伝い、ごみ拾いに緑化活動、部活の助っ人に取り組む日々。


 ネガティブなことを言うのではなく、アドバイスをするよう意識。


 結果、実力と行動で黙らせるようになったイサムに対し、周囲の人間は何も言えなくなり、元来傲慢気質な性格を助長することになる。

 

 そうして異世界イクスに召喚された。


 ()()イナミ君と同じ勇者として召喚された、と嬉しく思った。


 努力が実を結んだのだと思っていた。


 しかし、当の本人は自分を覚えておらず、世界最強の剣聖やその弟子には恥をかかされるばかり。


 あまつさえ緊急時の出来事の責任は自分にある等と周囲は言う。


 何故か。


「…………僕は……まだ弱い、のか? そうだよな……? イナミ君と違って僕は結果を出してないっ……こっちに来てから誰も助けてない……だからか? だから誰も僕を見ようとしない……?」

 

 そうだ、そうとしか思えない。


 歪んだ環境に歪んだ性格、歪んだ思想はイサムという一人の少年を内から蝕み、この世界らしい弱肉強食の価値観を植え付けた。


「は、ははっ……だったら強くならないとっ……こうなったらダンジョンに潜って……シュンと一緒なら行ける……皆が居ない分、レベルだって上がりやすくなるし……そうっ、そうだよっ、そうしようっ、それが良いっ……絶対に良いっ……正しいっ……!」


 それがただの現実逃避であることをイサムは知らない。


 幸いだったのはユウやライパーティとは違うダンジョンに入ったこと。


 彼がその目に宿す仄暗い感情はとても勇者に似つかわしくないものだった。


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