第37話 確かな成長
1層目、中間地点にて。
二体のオーガと遭遇した俺達は『無』属性魔法の『強化』で威力を高めた拳銃を試していた。
ドパンッ、ドパァンッ!
そんな乾いた音が響き、「ははは! ロックンロールッ!」、「っ……外した! っ、っ!? 弾切れ!?」等と片やテンション高め、片や焦燥感に満ちた声が上がる。
結果から言ってしまえば威力は十分。大体の魔物は一発で屠れるし、掠めただけでも腕が飛び、風穴が開き、致命傷を負う。
しかし、幾ら強い武器でも扱えなければ宝の持ち腐れ。
何の偶然か、リュウには射撃の才能があったらしく、今のところは最初の数戦以降は百発百中。ショウさんは対象に当てた数より外す場面の方が多かった。
一匹は頭が爆ぜ、もう一匹は掠りすらしなかったのか猛然と突進してきている。
ま、今にも自分を殺さんと走ってくる魔物を前にしての弾切れだ。そりゃあ焦る。俺でもドキッとする。
だが、だからって……
「うっ、うわああっ!? ユウっ、ユウ助けてっ!? 殺されるぅっ!」
とか何とか情けなく後ろで監督してた俺の足に縋り付いてくるのはどうかと思う。
いやホント、気持ちはわかるんだけどな?
生き残りは結局リュウがヘッドショットで撃ち殺したが、ショウさんは変わらず〝死〟の恐怖に囚われており、ウザそう&怠そうに足蹴にしてやっても「助けて! 助けてぇっ!」と引っ付いて来てまるで気付かず、「あー……えっと……ショウさん? 大丈夫?」とリュウが肩を叩いて漸く正気に戻った。
「ひいいぃっ!? あっ……う、あっ……? はっ……はっ……はーっ……り、リュウかーっ……ふ、フォローありがと……」
やはり慣れが足りないんだろうか。
後は……盾の有無? いやでも取り回しが悪いから軽盾だぞリュウが持ってるの……怖いのは誰だって同じだと思うんだけどな。
ショウさんのビビりっぷりには正直首を傾げざるを得ない。
当たらなければどうということはないって、つまりは当たったら致命傷な訳で。
深呼吸して落ち着いてから撃ちゃあ良いのにさ。
「クハッ、お前だって似たようなもんだったのによく言うぜ」
何かただ見てるだけの師から矢が飛んできた。
「剣と銃とじゃまた違うんじゃ? ジル様は銃についてどう思ってるんです?」
思わず振り返ってまで言い返し、ジト目で睨む。
「あぁ? どうって……雑魚用の武器? 幾ら威力が高くても無限に撃てないんじゃ剣以下だろ」
……何とも剣士らしい見解だった。
「一応、反論しておくと剣も普通は刃こぼれとかしますからね? ジル様の双刀剣と俺の新装備関連が特殊なだけで」
「直線でしか飛ばないから弾くのも簡単そうだし、何なら斬れそうだなぁとも思うな」
「いや弾道が見えるとかどんな目玉してんだよ……そして斬るな。普通は斬れないんですって」
「出来るんだからしゃあねぇだろ」
世界最強は何処まで行っても化け物のようだ。
全く……この自称美少女様には付いていけん。
呆れるようにそう思ったのが失敗だった。
「……ハッ、その面が好きなくせに」
お返しのつもりか、ジト目でボソっと言われた。
俺は明後日の方を向いて知らんぷりをした。
「あーあ、直ぐ逃げる」
あくまで聞こえないふりを貫いてリュウ達の元に向かう。
「はいこれ、さっきのオーガの魔核」
「ん」
「……良いの? めっちゃ見てるけど」
「煩い黙れ刺激するなその話題を振るなどたまカチ割られてぇのかハゲコラクソコラ」
「「怖い怖い怖い」」
ショウさんのツッコミに目を見開き、俺に出来る最大限の睨みを効かせながら言ったのだが、ハモってまで言われてしまった。
「ジルさんの影響受け過ぎでしょ……」
「後、誰もハゲてないから」
「……で? レベルは今幾つぐらいだ? 取得出来たスキルとかは?」
確かに好意……みたいのがあるのは認めるけど、何もリュウ達の前で話すことじゃないでしょうが。
「フンッ……」
口では真面目な話題を振って誤魔化しつつ、内心だけで返答したところ、また鼻で笑われた。
何かちょっと拗ねたみたいな感じだった。
何なんだよマジで。
「あ、言われて見ればステータス確認してなかったっ。えっと……おおっ、29まで上がってるよ! 倒した数を考えれば……一匹につき、2レベくらい?」
「僕は30だね。確かその前は21だったから9か。……ん? 何で後から戦い出したショウさんに追い付かれてんの僕……まあ良いや。スキルの方は《怪力》と《咆哮》だって。名前は強そう。後で効果の確認を……」
今度こそリュウの感知の方が早かった。
「ユウっ」
「ん? 急になん……敵かっ」
話を中断し、背後に視線を向けての呼び掛けに両の手甲を構え、気配を探る。
オーガと違って離れていてもわかるようなプレッシャーは感じられず、音も聞こえてこない。
これは……《気配感知》持ちじゃないと拾えない敵だ。
「数はっ」
「多めっ、三……四っ……いや、それ以上かも!」
「各自戦闘体勢っ、防御重視っ!」
「了解!」
「ちょちょちょっ、二人とも対応が早いって! た、弾を補充しないと!」
肩に掛けたマジックバッグに銃を収納し、代わりにもう一つ軽盾を出すリュウと急いで弾倉を変えるショウさん。
まだ敵の姿は見えてこない。
だが、気配は俺でもわかるくらい近付いてきていた。
「攻撃はしなくて良いから防御と回避に集中だっ、良いな!? 俺が殺る!」
指示を出す傍ら様子見の斬擊飛ばし。
爪から発生した三つの真空の刃はザンッ! 弾丸よりは遅めの速度で飛んでいった。
「ギャンッ!?」
一匹には当たったな。
獣のような鳴き声。
と、いうことは……
「ケイヴウルフだっ、注意事項はっ!?」
「「か、囲まれないこと!」」
「よぉしっ、それで良いっ!」
ケイヴウルフ……洞窟に生息する狼型の魔物。
特徴は四足歩行のくせに二メートル近いその巨体と群れを作る習性。
連携プレイはお手のものとのことで、群れと対峙する際の推奨レベルは70を越え、ベテランの冒険者でも囲まれればジリ貧になって喰われるという。
厄介なことに今回の群れは全体が隠密系のスキルを持っているらしい。気配はあるのに全く見えやしない。
獣を思わせる荒々しい息遣いも足音も聞こえてきているというのに、だ。
「ひ、ひいぃっ……何で見えないんだよっ……!?」
「焦るな! リュウっ、頼んだからな!」
「わかってる!」
この廊下みたいな一本道での挟撃は避けたい。
既に戦意消失気味なショウさんの様子は気になったものの、俺は用意していたとある袋を二~三個取り出すと地面に向けて投げ付けた。
中身は風で飛ばされるような軽い砂だ。
それが少し入っただけの布袋。
しかし、予め属性魔法でパンパンにしてあり、少しでも衝撃を与えると破裂して周囲に砂をばらまく仕様になっている。
魔物なら人間より知恵が回らない分、目潰しはし易かろうと用意しておいた代物だったが、仲間が一匹やられたことで激昂していたのか、「キャインッ!?」と悲鳴を上げて怯んだ数匹が姿を見せた。
茶色い。
体長も相まって、印象は熊だ。
数は全部で四匹。
ある意味、オーガより怖い。
だが、隙は出来た。
何体居て、どういう陣形を取っているのかを確認出来る隙が。
驚きで僅かに目を見開きながらも素早く確認を終え、おかわりの斬撃をくれてやる。
左右の手でフックを繰り出すように六つ。
四匹は瞬く間に魔核へと早変わりしていった。
「や、やりぃっ!」
「……っ、まだ二匹くらい残ってる! 気を付けて!」
感知系スキル様々だな。
ぬか喜びしていたショウさんの横で《魔力感知》を使ったらしいリュウが真剣な表情で告げてきた。
隠密系のスキルを使う奴等だ。もし《気配感知》だけで拾えていなかったらと心配になったんだろう。
「ナイス判断だリュウっ、俺も気付かなかったっ!」
言いながら飛び付いてきた二匹の巨大狼の顎を両足で蹴り上げて一回転。
「「ギャンッ!?」」
「おっほっ、硬ぁっ!? そんで重いなっ!?」
何処ぞの格ゲーにでも出てきそうなムーンサルトを両足で放ったせいか、少し体勢を崩し、壁に激突しかけた。
が、それは向こうも同じこと。
しっかりと地面を踏み締めて耐えた俺は追加で爪を振るってトドメを刺した。
「……まだ居るか?」
「………………反応無しっ」
リュウの感知結果を聞いてから警戒の残心を解く。
「ふーっ……ショウさん、弾補充すんなら早めに頼んますよ。今の奴等、俺より早いんすから」
「ご、ゴメン……」
何もしてないのに額から汗をボタボタ垂らしてる情けない大人にチクリと注意しつつ、そこらに散らばる魔核を拾う。
ダンジョンに入る前に調べた情報によると、1層で出てくる魔物はオーガ、幻を見せてくるインプという魔物と今しがたぶっ殺したケイヴウルフ。
このダンジョンの最初の関門と言われているインプとはまだ出会ってないが、オーガとは連戦が続いていて少し疲れた。
「ここらで昼休憩にしよう。二人は飯食いながらさっきの反省会な。それと今後の陣形についても考えといてくれ」
「ん、了解っ」
「はあぁっ……つっかれたーっ……!」
レーダーの役割があるリュウは兎も角として、ショウさんは余程神経を摩耗させていたようでその場にどっかりと倒れ込んだ。
インプもまた隠れて攻撃してくるタイプの魔物と聞いている。
幻を見せ、仲間同士で殺しあいをさせる厭らしい魔物。
一人だったら誰も頼れないが故に常に気を張って挑む羽目になっていただろう。
そう考えれば俺より索敵能力の高いリュウは居てくれるだけマシか。
ショウさんの能力やマジックバッグのお陰で食料問題は解決してるに等しいけど、本来なら昼か夜かもわからない洞窟みたいなとこで絶えず強い魔物に襲われ、地図はマッピングして前に進み、トイレや休憩すら儘ならない地獄のような場所。
実際、お守りも怠いし、魔物も思った以上にキツい。
だからこそ学びはあるようにも感じる。
スパルタなようでいて、いざという時は助けてくれるというし、でも死ぬ一歩手前までは助けないとか豪語されてるし……
とはいえ、それはそれ。
やられる身としては堪ったもんじゃない。
「はぁ……」
ホント、うちのお師匠様には困ったもんだ。
つい溜め息を吐きながら恨みがましい視線を向けると、腕を組んで偉そうにふんぞり返っていた鬼なのか竜なのか人なのかよくわからない人から尻尾ビンタを貰った。
「いってぇっ!? 何見てんだよじゃねぇよっ!」
「はぁ? うっせぇうっせぇうっせぇわ」
「へぶっ、はひっ、あいたぁっ!? だ、だから人の心を勝手に読んで勝手に怒るの止めてもらって良いですかねぇっ!?」
「やだ」
こんな可愛くねぇやだ初めて見た。
そう思った次の瞬間、グーが飛んできて俺の腹は死んだ。
「がっ……はぁっ……!?」
「果たして仲が良いのか悪いのか」
「うわぁ……顔中フリッカージャブを受けたボクサーみたいな腫れ方……」
人が嫌々お守りをしてやってる仲間からは同情のような半笑いのような変な目で見られた。
なにわろとんねん。お前ら覚えてろよ……?
「うぐうぅっ……お、おえっ……カハッ……!」
地面の上を悶絶して転げながら、俺は報復を誓った。
いつか絶対ジル様も同じ目に遭わせてやるぅっ。
と。




