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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第1章 召喚編
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第36話 重み



「……揃いも揃って何をニヤついてんのか知らんが、装備には慣れたな? 明日から上級者用の方に潜る。野営の準備をしておけ」


 久しぶりに口に合う飯を食えて上機嫌だった俺達は国から借りた屋敷に帰ってきて早々、絶望した。


 いや、あの……ジル様? 慣れたって……まだ慣らし始めたばっかなんですけど……?


「……にしても寝間着姿可愛かったな」


 言うだけ言ったら欠伸をしながら自室に戻っていくジル様の背中とにゅるにゅる動く尻尾を見てボソリ。


「嘘でしょっ!? 最悪だよっ、泊まりでダンジョン攻略なんて……ってちょっとユウっ? 真面目に聞いてた!? 泊まり込みだよっ!?」

「後、諦念に満ちた目で俺達を見るの止めてもらっていい?」


 というかヘソ出しグレーパーカーとか何処で作って何処で売ってんだ? 地球の文明を感じるんだが。


「「無視かいっ」」

「煩いな、良いだろ。どうせ反抗したって無駄だ。それよか自他共に認められている美少女のエロ可愛い姿にデレてる方がマシだわ」

「「いや、それはない」」


 ジル様の無茶振りに慣れてない二人があーだこーだ言ってくるのを無視して装備を外し、ラフな格好になる。


 そうして軽く伸びをしながらソファーに寝転ぶと、「さて」と切り出した。


「とりま聞いてくれ二人共。考えてもみろ、日本食……地球産のものが生成出来たんだぞ? 必要なのは対価と詳細なイメージ。事実、ショウさんが食ったことのない料理や見たことのないものは生成出来なかった。なら……アレはどうだ?」


 二人が動揺する気持ちは痛いほどわかる。幾ら初心者用の方は網羅してしまって手持ち無沙汰とはいえ、死ぬ可能性の高い上級者用のダンジョンにいきなり泊まりで行けと言われれば怒りもする。


 だが、俺がニヤリと笑いながら指鉄砲のポーズでショウさんを指差してやれば途端にポカーンとした後、二人仲良く目を輝かせ、互いを見つめ、うんうんと頷き出す。


「そっかっ……そうかっ、銃! 原理はわかるし、イケるかも!」

「それとリュウの『無』属性魔法による『強化』も! 良いね良いねっ……テンション上がってきたよ俺っ!」


 そこから新たな武装の生成に『強化』、使い方の確認をしているうちに日は沈み、瞬く間に夜が明けた。


「よーしっ……皆の武器や防具に『強化』はしたし、夜営の準備もOK。日用品とか役に立ちそうなものは【等価交換】で揃えたし……うん、行けるねっ」


 早朝、最後の確認を終えた俺達は上級者用ダンジョンの入り口に立っていた。


 全員、国からマジックバッグを支給されているので万が一遭難しても問題ないくらいの備えはしてある。


 装備も上々。『強化』に時間制限がないのも大きい。


 ま、俺の装備はジル様の素材が元々強固過ぎるせいか、『強化』が掛けられなかったけど、二人のものとは質が違う。そこまで気にすることもないだろう。


「ジル様、注意事項とかあります? 罠とか推奨レベルとかは下調べしてありますけど……」

「あぁん? んなもんあるかよ。ただ生きる。それだけだろ」


 ぶっきらぼうに返された。


 相変わらず厳しいお師匠様である。


 しかし、目はマジだ。


 その真意も何となくわかる。


 二人のお守りをしながらの死地、軽く乗り越えて見せろ。


 言外にそう言っている。


 俺がそう読み取った直後、「フンッ……」と鼻で笑った辺り、当たらずとも遠からずといったところか。


 ならばとリュウ達の方を見れば緊張した面持ちだったり、「大丈夫……新兵器だってあるんだ……」とぶつぶつ呟いていたりと落ち着きがなかった。


 成る程、地に足が付いてない奴のお守りはキツいぞってか。


「二人共よく聞いてくれ。中にはジル様も来てくれるが、あくまでこの人は俺の師だ。いざという時は俺しか守ってくれないということを念頭に行動しろ」


 ゴクリ……


 どちらともなく息を飲み、肩肘の張った態度で俺を見つめてくる。


「ほら、変に力が入ってるぞ、さっさと抜け。なに……難しく考える必要はないさ。基本的には俺が指示を出す。間違っても勝手には動くな。許可を求めるか提案してから行動。勿論、ああこりゃ死ぬなと思ったら動いて良い。……わかったか?」

「おっけ」

「り、了解……!」


 ……ダメだ、まだ固い。


 表情筋は強張ったままだし、視線が忙しない。どんだけ緊張してんだこいつら。


 しかし、こうなると……初心者用の時みたいに一気に何階層まで駆け抜けるんじゃなくて、浅い層で本気の死地というのに慣れてもらった方が良い……か?


 折れちまう可能性もあるとはいえ、二人からはどうも危機感や覚悟が感じられない。


 だからって連れていかない訳にもいかないし、何から何まで面倒を見てやるほどの余裕は俺にもない。


 こりゃ、俺の方が覚悟を決める必要があるな。


 ジル様には筒抜けの悩みを抱えつつ、俺は二人を促してダンジョンに突入した。







 1層目。


 初心者向けダンジョンと大差ない洞窟タイプ。至るところに光を発する謎の石が設置してあるので普通に明るく、数十メートル先の様子もハッキリ視認出来る。


 そのせいか、リュウとショウさんはやや拍子抜けしたような顔で辺りを見渡していた。


 バカが……


 思わず嘆息する。


 ショウさんならいざ知らず、リュウは《気配感知》スキルをコピーしている筈。俺でもわかるくらい露骨なのが先に居るということにまるで気が付いてない。


 チラリとジル様の方を見たが、肩を竦められて終わる。


 俺は小さく舌打ちしながら足を止め、その場で爪を構えた。


 それでも当の二人は気付かない。


 ボサッと突っ立ってキョロキョロキョロキョロ。


 ぶっちゃければ殴り付けてやりたいくらいの様だった。


 幸い、気配は一つ。それも今の俺の装備なら対処出来る程度。


 本当に幸先が良い。


 予定通り、二人には心底からの恐怖を味わってもらおう。


「こ、ここが……上級者用のダンジョン……?」

「ははっ……あ、あんまり凄そうに見えないね」


 呑気な会話を耳にしつつ、即座に飛び付ける距離を保ってゆっくり歩を進める。


 気配まで残り数メートル。


 この先を真っ直ぐ、突き当たりから出てくる。


 耳をよく済ませばその魔物の足音も聞こえてきているというのに、二人は相変わらずペラペラと普段通りの声量で話していた。


 向こうのが聞こえるのなら当然こちらが出す音も届く。


 気配の主は二人が目の前に現れた次の瞬間、「グガアアアアァァッ!!」ととてつもない雄叫びを上げて飛び出してきた。


 その正体は赤いオーガ。


 三メートルを優に越える巨体と鬼らしい角、恐ろしい形相が特徴。


 武器は持ち前の腕力に身の丈ほどの棍棒。


 数歩分しか離れていない距離からドスドスドスッ……と地面を揺らしながら迫ってくる巨大な鬼の姿はさぞ怖かろう。


 リュウは固まることしか出来ず、ショウさんは腰を抜かして座り込んだ。


「っ……っ……!?」

「ぁっ!?」


 声も出ていない。


 心底から思いっきりビビるとああなることを俺は何度も経験して知っている。


 日本で言えば熊に出会ってしまい、食い殺される数秒前ってとこだろう。


 故に。


 地面を蹴ってその場から飛び出した俺は二人目掛けて振り下ろされた棍棒を手甲で受け止めた。


 ズドォンッ……! と、衝撃で足が地面に埋もれ、少し鑪を踏む。


「ハッ……流石はっ……!」


 痺れた程度で済ませた手甲の圧倒的な硬度とジル様への信頼感に堪らず口角を上げる。


 続けて、オーガが次の行動に移る前に反対の腕から出した爪を振るった。


 ザンッ! という空気を裂く音と肉や骨が断ち切れ、血飛沫が舞う音が響く。


 至近距離で放たれた『風』の刃はオーガの分厚い皮を容易に切り裂き、物言わぬ肉塊へと変えていた。


 断末魔はなかった。


「……何で俺がお前らを放置したのか、わかるな?」


 静かに問うと、二人は今にも泣きそうな目と顔でコクコクと頷いた。

 

 自分も通った道だ。くどくど怒るつもりはない。


「次はない。悪いが、マジの時は敬語も気遣いも無しだ。俺だって危ないんだからな」


 注意は短くとも、実際に〝死〟を体験すれば身も引き締まる。


 折れなくて良かったと安堵すると同時に、これが命の重みかとも思う。


 最近はちょいと腑抜けてたけど……俺も本気で挑まないとな。


 手甲内に爪を収納しながら、俺は静かに瞑目するのだった。


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