第34話 専用装備
ダンジョンに潜り始めてから一ヶ月が経った。
ゲームとかでよくある寄生レベリングを終え、ある程度無駄な動きを削ぎ落とし、今ではショウさんだけで初心者用の階層を抜けられるようになった。
リュウはリュウでスキル取得と『無』属性魔法の修行に心血を注ぎ、俺はナイフや短剣を狙った場所に威力を持たせたまま投擲する技術を独学で身に付けたり、いずれ完成する鉤爪と同じ型の爪を用意してもらって感覚を身体に覚えさせたり、ジル様が用意する地獄のような修行をこなしていた。
先ずは早朝。
街の大通りを全て走るのが今の俺の日課だ。
この世界では日が出始めたらそれはもう朝という扱いらしい。早朝と言ったら日の出と共に走っており、走ることよりも早起きがキツい。目覚ましとかないから余計に。
大通りにしても、ダンジョンへ通じるデカい道が大量にある上、街そのものがかなり広くなるよう発展しているので片道だけで十キロくらいはある。
最低一往復。それも普段装備している物とは別に更に重りを付けて、だ。
お陰で朝っぱらからガチャガチャと音を立てながら走る変人として住人に顔を覚えられてしまった。
「よお目つきの悪い兄ちゃん! 今日も元気だな!」
「うっす!」
「いつも朝から煩いねぇ」
「っすっ、毎日すんませんっ!」
「おう坊主! 後で飯食いに来いよ!」
「っ、はいっ、夕方ジル様と!」
日本とは違い、そんな時間帯でも大勢の町民が道を歩いている。
毎日毎日走っていれば顔も覚えられる。最初は変人を見るような目で見られていたものの、何度かジル様にしばき回されてたら同情と憐れみで声を掛けられるようになった。
走りこみが終わったら日課兼修行その2。
剣の素振り千本、爪の素振り千本、その他、多種多様な筋トレを五百回ずつ。筋トレはそれを二セット。
井戸の水で汗を流して漸く朝食だ。
何処まで脅したのか、ジル様がイクシアからぶんどった屋敷には執事やらメイドやら大量に派遣されていた。
お陰で炊事洗濯その他雑務には全く困らない。至って快適な日々を送れる。
唯一の問題と言えば……朝食後、昼食の時間までみっちりジル様と実戦稽古があること。
この魔物ならこう動く、と棍棒で殴ってきたり、槍で突かれたり、尻尾で叩かれたり、《竜化》した状態で猫が遊ぶみたいに玩具にされたりと多種多様な角度、力加減でボッコボコにされている。
回復薬や回復魔法でも限度はある。普段なら午後からダンジョンでの訓練なので出来るだけ怪我をしないよう注意しているが、相手が相手だ。一日一回は何処かしら骨折か脱臼か裂傷か打撲かむち打ちか複雑骨折か開放骨折する羽目になり、午前は地獄以外の何でもない。
「よし、今日はここまでだ」
「は、はひぃ……」
気絶や嘔吐、号泣を耐える拷問のような時間に食らい付いていると、思いの外早く終わった。
今日、何かあったっけ……?
息も絶え絶え、口の端から血反吐を吐き、折れてるらしい肋骨を押さえながらその場に倒れる。
「お前の新装備が完成すると連絡があった。飯食ったら行くぞ」
「うぐっ……おえっ……うぶぅっ……うっ……っす……」
目の奥がチカチカする。
頭痛と耳鳴りも凄いし、何より息がし辛い。
今日は一段とキツい日だった。
這うようにして用意していた回復薬を飲み、息をつく。
慣れてきたからこそわかる。この感じ……流石に今日一日で治る怪我じゃない。
これじゃ入るもんも入らないだろ……
そうは思うものの、何を言われるかわからないので黙る他ない。代わりに俺から飛び散った血を受けて青い顔してたリュウ達に「わり、今日は二人で頼むわ」と声を掛け、十分ほど意識を飛ばしてから昼食の時間と相成った。
その後、いつぞやの鍛治屋に到着。おっさんに出迎えられる。
「おう、待ってたぜ」
「ん」
「お久しぶりっす」
簡単な挨拶の後、早速説明に入った。
尚、今回も別室だ。専用装備とだけあって人に聞かれないようにするんだろう。
「本格的に仕様を教えたいとこなんだが……その前に坊主、ちょっとその装備外して見せてくれ」
どうせ新調した装備を付けるので言われるがままに服を脱ぎ、重りも外せたことに内心喜ぶ。
「な、何だこれ……一体、どんな使い方したら……! これも……これも……こっちもか! それにこの付属パーツは何だっ? 何キロあんだよこれっ……」
「クハッ、オレがやれと言った訓練を忠実に守ってくれる弟子なんでな。こうもなる」
「……普通は全ての装備に隈無くヒビが入るなんてことはねぇ。どんな苦行を強いてやがるっ……そうだ苦行だっ……何だってこんなっ……」
おっさんは絞り出すように呟いた。
苦行。
そう言われればそうなんだろう。
修行その3の内容は魔物の攻撃を何のスキルも使わずに紙一重で躱し続けること。
相手が推奨レベル20の魔物達で俺のレベルが50を越えていると言っても、全てを上手く躱すことまでは出来ない。
この一ヶ月はライ達とも会えてないというのもある。マナミに修復を頼む時間すらなかったし。
ま、あっちはあっちで色々と大変らしいがな。
運良く助けることが出来た大剣女への尋問、男が持っていた魔道具を踏みつけるという暴挙に出たイケメン(笑)との確執にイクシアの上層部に対する責任追及その他。
ミサキさん達三人も「今回のは流石に……」ということでイケメン(笑)のパーティを抜けると騒ぎ出し、揉めに揉めているとか。
全員ダンジョンには行っているようだが、今のところ全く見掛けない。
地竜討伐に駆り出されたというのも大きいんだろう。
冒険者総出のライ達総出だ。討伐自体は上手くいったらしいが、借りは借り。事が起きる前に対処出来なかったイクシアは商人や平民は勿論、周りの小国等、各方面から板挟みにされていると聞いた。
「頭おかしいんじゃねぇか……? まあ坊主が良いんなら何も言わないけどよ、全く『最強』の最狂話は事欠かんな」
説明したらやべぇ人を見るような目で言われた。
俺をその最狂と同じような扱いしないでほしい。誰がこんな美少女の皮を被っただけの化け――
「――そうかそうかそんなに死にたいのかお前。何だよ、そうなら早く言ってくれよ。手伝ってやったのに」
「ぎゃああああああっ!? いだだだだだっ! 止めて止めて止めて潰れるっ、ギブっ! ギブですジル様ぁっ!?」
尻尾で締め付けられた後、急所への蹴りで済まされた。
おっさんは内股気味で股間を押さえ、俺はその場で昏倒し、ビックンビックン跳ね回る。
「ま、まあまあ……取り敢えず見てくれや」
そう窘め、俺の新装備を持ってきてくれたお陰で漸く話が進んだ。
「おぉっ、おぉっ……!? タマがっ……俺の大事なタマがぁっ……」
「煩ぇなぁ、後で擦ってやっから我慢しやがれ」
「えっ」
「おっと?」
「……冗談だ。察しろよ」
「「…………」」
というやり取りの後に。
おっさんと目が合った瞬間が一番気まずかった。
「オレの鱗を使う時点でそれなりのものにはなると思ってたが……中々腕が良いな」
「お、わかるか?」
何やらプロ同士らしい会話。痛む股間を押さえながら恐る恐る混ざる。
「~っ……お、俺、装備の良し悪しとか全然わかんないんですけど、そんなになんすか?」
各部位を守る防具から要望通りの手甲……それと、どうせ手甲を装着するならと頼んだ手先防護用グローブ。
……連結してるのかこれ。どうやって洗うんだよ。
改めてまじまじと見て、ついそんな思考が過る。
全て最高級の素材というだけあって光沢や特殊な魔力は感じるが……装備そのものの評価は正直出来ない。
イクシアからの支給品も悪いものじゃなかったし。
「まあ……中の上から上の下ってとこか」
「「褒めてるのか貶してるのか」」
綺麗にハモった。
ジル様が相手じゃなければ創作者としてはぶちギレ案件だろう。
「人族にしちゃそこそこだな。国に一人居るか居ないか……流石、ダンジョン街No.1なだけある」
「うへぇっ、めちゃくちゃ凄いじゃないですかっ」
俺が驚くと同時、おっさんは「へへっ、流石に剣聖ともなると良い目利きしてやがる」と嬉しそうに頬を掻く。
「ま、他種族なら同等の奴が大量に居るけどな」
続いた言葉に硬直し、ガックリと項垂れた辺り、マジらしい。
そんな連中と戦おうとしてたのか人族。
ステータス差だけでも相当なものがあるって言われてるのに装備の質まで桁が違うとか無謀にも程があるだろどう考えても。
バカじゃねぇの……?
思わず呆れきったところで、「まあ……物は試しだ。何かあったら遠慮なく言ってくれ」と促された為、手早く装備していき、コンコン叩いてみたり、ジャンプしてみたりと具合を確認する。
先ず言わせてもらえば……軽い。
いや、軽過ぎる。
今までの装備の半分かそれ以上の軽さだ。
それでいて、四肢を動かしやすい。
俺の身体に合わせて造られただけあって何とも馴染む。
「どうだ?」
「ん……良いですね、これで硬度があるなら言……」
う事無し。
そこまでは言えなかった。
何故ならジル様の尻尾が顔面目掛けて飛んできたから。
咄嗟に両手で防ぎ、吹っ飛んで後ろの壁にめり込む。
驚くべきことに、《金剛》による衝撃殺しをしなくてもそれほど痛みは感じなかった。
流石に背中の方は少し痛いが、それだけだ。
防具も手甲も内側にショック吸収用のゴムみたいなものを仕込むとは聞いていた。
しかし、ここまでとは……
ファンタジーここに極まれり。久しぶりに感動した。
「ビビらせないでくださいよ全く……」
「クハッ、試せってのはつまりそういうこったろうが」
おっさんは俺達の会話、やり取りに絶句していた。
この人、いつもこうなんすよ。
全身に付いた破片やら何やらを払いながら、「ね? 酷いでしょ?」という視線を送る。
後で弁償もんだぞこれ……
後ろを見てげんなりしつつ、「んじゃ、爪を見せてみろ」と更に小突かれたのでグローブに繋がっている紐のようなギミックを見ながらグッと拳を握ってみた。
ジャキンッと小気味の良い音と共に、手甲の先端から三つの剣が現れる。
防具や手甲と同じ白銀の輝き。
形状は逆刃の日本刀が近いだろうか。
従来の剣と比べればとても薄く細い刀身は握れば折れてしまいそうなほど華奢に見えた。
ジル様の鱗と爪の色を濃くしたような色合いといい、装飾品を思わせる美しさ。
それと同時に決して折れないという確信も伝えてくる。
魔力もそうだが、何というか……重みや圧のようなものを感じる。
手甲そのものは五キロもないだろうに、俺の両手から突き出た六つの鉤爪は不気味なまでな切れ味と硬度を予感させた。
魅入られるような、妖しさすら覚える綺麗な刀身だった。
「ほれ、素振りしてみな」
おっさんは言いながら盾を持ってきた。
リュウが愛用している小盾とよく似た盾だ。
近くにあった試し斬り用の藁に固定され、俺を正面から見据えている。
俺は無言で左手の爪を収納した。
出す時とは逆に力を抜くこと。その上で少し手を捻る。
どういう原理なのか、この爪はそれだけで手甲に収納される。
「……行きます」
それだけ言うと、フックを放つようにして右腕を振るった。
……? 手応えが……ない?
最初に思ったのはそんな感想。
続いて、綺麗な断面が見えている破片が地面に落ちたことで思考が停止する。
「クハッ、切れ味だけならこいつらよか上か……?」
ジル様の呟きと二対の刀剣をコンコンと叩く音で我に返り、「う、うそん……」とポツリ。
「過剰装備にも程がありますよ……勇者を差し置いてこんなのっ……」
両手の新装備を見つめ、わなわなガタガタぶるぶる震えながら言うが、「ま、元はオレ様の爪だ。こんなもんだろ」と軽くスルーされてしまった。
「それより……おい、魔力を込めないでアレか?」
「い、いや……俺の時はここまで綺麗には斬れなかったっ、坊主の身体から溢れる魔力を吸ったんだろうさ……!」
親指を俺と爪に向けるジル様と盾の残骸を拾って確認し、改めて戦慄しているおっさんの会話でふと気が付く。
何か微妙に魔力吸われてる感じがする。
魔剣だ。
いつだったか、誰にだったか……確かに教わった。
所持者の魔力を糧に何らかの特殊能力を発揮する特別な武器。
槍や斧、こういった爪から果ては盾までそう呼ばれ、その希少性は物によっては国宝級と。
「ふーん……ユウ、『風』だ。属性付きの魔力を通してみろ」
「は、はいっ」
「ちょちょちょっ、ちょっと待てって。今準備すっからよっ」
おっさんが慌てて別の盾と抑えを持ってくる中、言われた通りに意識してみる。
「な、何か……出そう……な? 気がしますね、これ」
変な話、確信にも似た感覚があった。
先ず間違いなく刀身から『風』の刃か何かが出る。
「……急にどうした。うっ、出るっは不味いだろ。いつになくキショいぞお前」
「違ぇよッ!! つぅか足したな今っ! 仮にも美少女を自称するならうっとか言うなっ!?」
気持ち引き気味の目と顔のジル様に目玉が飛び出そうな勢いでツッコミを入れる。
心外にも程があるというものだ。この人は俺を何だと思ってるのか。
尚、振ってみたら案の定だった。
「おぉう……鉄◯牙やんけ……風の◯使えちゃったよ……」
自分でやっといてドン引きし、盾を突き抜けて壁まで裂いて見せた威力に更に引く。
多分、込める魔力を調整してもっと腰を入れてたら建物が崩壊していた。
マジもんのやべぇ武器だ。
「……弁償するんで内密に出来ますかね」
「まあ言ったらそこですげぇ顔してる剣聖に殺されそうだし、言わねぇけどよ……職場の奴に何て説明して、業者には何て直してもらえば良いんだ……?」
うん、マナミに頼もう。
迷いなくそう思い、「おっと待った、すげぇ顔? うん……?」と振り返る。
強気ながらも顔の造形が持つ元来の幼さと愛らしさが混同しているジル様の美少女面。
それはそれは楽しそうに……嬉しそうに破顔し、金色のお目目をキラッキラさせてた。
「『火』は!? 『火』はどうなんだっ? 燃えるのかっ? くうぅっ、ワクワクしてきたなぁおいっ……! オレと戦るぞユウっ! それならオレにだって刃が通るっ、今のお前とその爪さえありゃあ最っ高の戦いが出来そうだっ!」
この美少女……言うに事欠いてやり合うとな?
ハハッ、恐ろしいことを抜かしよる。
戦闘狂はこれだからっ……!
冷や汗脂汗をたらり。
背筋には冷たいものがゾクゾクと。
顔を最大限に強張らせた俺は「わ、ワクワクって……地球育ちのサ○ヤ人かあんたは」としか言えなかった。




